●承前 三高平市、商店街――スーパーまるやん。 今日も野菜売り場には、人だかりができている。 人垣をかき分けて中を見れば、そこには一人の店員が一生懸命呼び込みをしていた。 「今日の特売はほうれん草だよ! 見て見てこの色! ツヤ! イキイキしてるだろっ?」 彼が話すと常に笑い声が耐えない、威勢の良いガッシリとした体型の40代のおじさん。 名前は比嘉建午(ひが・けんご)といい、このスーパーの名物店員である。 何より、彼が薦める野菜は常に新鮮で絶品の味と評判だ。 彼は仕入れる野菜をひとつひとつ、直接市場に行って自分の目で確かめて買い入れる。 それもそのはず、彼の前職は八百屋さんだったそう。 そう、30数年前までは。 彼は突然神隠しにあって、沖縄の自宅から失踪していた。 神隠しにあっていた期間の記憶は、一切持ち合わせていない。 それが突然三ヶ月前、三ッ池公園の『閉じない穴』から沢山の人々と一緒に帰還してきたのだ。 30数年前と何一つ変わらない姿のままで。 リベリスタたちに救出されて以降は、この三高平市で生活している。 彼にはかつて妻と子供たちがいた。 だが妻は既に病気で亡くなっていて、子供たちも成人して今やそれぞれの家庭を持っていた。 何処にも行き場のなくなった彼は、アークの奨めもあってこの街に落ち着いたのだ。 戻ってから、不思議なことが分かった。 彼が植物や野菜に触ると、何故かイキイキとしてみずみずしくなり、ツヤが出て調子が良くなる。 最初はただの偶然かと思っていたが、そうではなかった。 冷蔵庫にたまたまあった腐りかけのキャベツをずっと触っていたら、やがて採れたてのように新鮮な野菜に戻ってしまったからだ。 健午はこれを、神様からの贈り物だと思った――『Gift』なのだと。 アパートの近くの公園に、ひとつだけ咲く桜の木。 亡くなった妻が好きだったこの木を、彼はとても大好きだった。 毎日話しかけては、愛おしそうに手で触れていたのだ。 桜はそのせいか常に生き生きとしていて、絶え間なく綺麗な花を咲かせている。 彼は今日も出勤前、桜に話しかけてからスーパーへと向かう。 気のせいか桜の姿が健午の姿を見て、花を咲かせたかのように見えた。 「おはよう、今日も仕事行ってくるよ」 彼が去った後、風に揺れた桜から微かに声がした。 「……イ、カ、ナ、イ、デ………」 それから間もなく。 彼は市場へ向かう途中、トラックとの衝突事故であっけなくこの世を去ってしまう。 次の日も、その次の日も。 健午は桜の前には姿を見せなかった。 桜はずっと待っている。 だが、健午はもう二度と戻ってこない。 そして一ヶ月後。 彼女は大きな決断をした。 自分で健午を探しに行こうと決めたのだ。 ●依頼 「三高平にひとつだけ、季節外れの桜の花が咲く木があるの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、夜の公園の映像をリベリスタたちへと見せる。 「この桜は、比嘉建午という男性の力によって命を持って目覚めてしまったの。 ……ただし、エリューションとして」 健午の手に一体どのような神秘の力を秘められていたのか。 今となっては知り様もないことなのだが、少なくてもこの木がエリューションとして目覚めているのは確かだった。 それ故に散ることもなく、この五月に満開の花を咲かせている。 「桜自体はただ健午さんに逢いたいと願っているけれど、それはもう叶わない。 心根の優しい、まるで乙女のような清らかな心を持つ桜の木。 けれども桜が動き出して人々が騒ぎを起こす前、今夜のうちに皆で倒してほしいの。それが今回の依頼」 事情を聞き、桜の木を哀れに思うことはあれども。 それが崩界を食い止める唯一の道である以上、リベリスタはエリューションを放置しておくことはできない。 事情を聞いて溜息を吐いたリベリスタたちは、一人、また一人と無言で部屋を後にしていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月21日(月)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●告白 三高平市――住宅街の公園。 今日はスーパームーン現象の日である。 地球に最も月が接近する影響で、光量が高くなり夜空は明るくなっていた。 中央に狂い咲く季節外れの桜。 まるでライトアップされたかの様な月夜に、美しく満開の花を咲かせている。 彼女の旅立ちの時は、まもなく訪れようとしていた。 現れなくなった彼に逢うことだけが『最後の桜』の望み。 だが、それを阻もうとする者たちがいる。 彼等はリベリスタ――この世界を崩界から護るべく戦う者たち。 公園の外には10人の運命を持つものたちが、既に集結を済ませている。 仲間たちに翼を与え、散開を指示する『てるてる坊主』焦燥院フツ(BNE001054)。 今回の相手は範囲攻撃を主としたエリューション。 そこで後衛の面々に距離を置かせた配置を心がけている。 「……これでよし」 フツは態勢が整ったのを確認して頷く。 後は仲間たちが先に説得を試すか、それとも最初から力押しで行くか。 流れを見守りつつ、どのような時にも対応していくつもりで公園を注視する。 ゆっくりと公園を囲むように足を踏み入れたリベリスタたち。 『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)はフツと同様、遠巻きに位置を起きつつも桜をジッと観察する。 「私はヘタに説得するよりも、こちらの方がお役に立てますから……と。ええと、これは……!?」 彼女は桜がエリューション化した根源――深淵を覗き込もうと、自身の記憶の扉を開く。 少なくても単なる人間の為せる技ではないことだけは、はっきりしている。 だがあれこれと類似した例を推測したとしても、創り出した本人が既に事故死した以上、これ以上判断材料がなく確証はない。 せめて比嘉建午(ひが・けんご)と直接会う機会でもあれば、話しは別だったのだろうけど。と、チャイカの思考はそこで一旦止まる。 遠巻きに桜へと語りかけた『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)。 「桜さん、こんばんは……。 あのね、健午さんの事について貴女に伝えたい事があって来たんだ………」 桜は健午という言葉に反応し、カサカサっと枝葉を揺らして返事をした。 少し言い淀む遠子に、桜の近くへと近づいた『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が、残酷な現実を伝えるべく言葉を紡ぐ。 「ここを出て行っても、彼には会えません。 ……もう、何処を探しても、彼に会う事は出来ないのです」 ザワザワッと桜の枝葉が小波をたて、ユーディスの話しに理解できていないような反応を示す。 ある意味、この先の展開を悟ったような表情で彼女は桜の側に立っていた。 『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は彼女たちの説得の合間、遊具にひとつずつ触れながら健午と桜の記憶を探している。 来るべき結末に、彼との記憶を伝える為。 遠子は覚悟したように頷いて告白した。 「あの人はね…先日事故にあって亡くなったの……。 だから貴女に会いに来れなくなったんだ………」 「!?…………ウ………ソ……………」 思わず桜が発した言葉から伝わるのは、愛する者を失ったと知った衝撃と、現実として認められない感情。 悲しみの感情を正面に受けて目を反らす遠子に対し、『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は後方からはっきりと言い切った。 「彼は死んだ。もういないのよ」 逢いたいって気持ちは否定しない。そう雅は思う。 だとしても、桜のこれからの行動は凄く勿体ないことだと彼女は感じていた。 桜に近づいた『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は、事前に健午についての情報を集めている。 彼について唯一載っていた――トラック同士の衝突事故で彼が死亡したという、記事の載った地方新聞を突き出す。 「……これが、彼が死んだという証拠」 涼子が桜に指し示した記事、大きく前が潰されたトラックの写真。下にある健午の名。 それをはっきりと桜の目の前に突き出すことで、理解させようと試みる。 「一応、彼の墓には連れて行けるけど………ただし」 後で彼女等は桜を倒さなくてはならない。 崩界を防ぐリベリスタたちの使命――エリューションの殲滅にある以上、それは避けては通れない事だった。 一方の桜はその枝葉を幹ごと大きく震わせていく。 ただ、健午に逢いたい。 それだけが、それだけが『最後の桜』の願いだった。 リベリスタたちの告白がすべて嘘だと決めつけられないのは、あの新聞記事に彼の乗るトラックが写っていたからだ。 そして彼女たちの悲しげな瞳が、痛いぐらいに真実を告げている。 「ア………ア……アア………ァァアァァァアァアァアァア!!!!」 悲嘆、悔恨、嫌悪、憤怒、そして絶望――。 やり場のないどうしようもない感情だけが『最後の桜』を支配する。 そして。彼女の中の自我は、リベリスタの告白と共に砕け散った。 ●儚散 桜はその枝を前方へと振るって、花びらを周囲一面に散らす。 不意を打たれた涼子は枝に強かに傷つけられ、その花粉を吸い込んでしまう。 その香りに包まれて突然桜に背を向けた彼女だったが、フツが素早く反応して神々しい光を放つ。 「こいつぁ、厄介な能力だ……」 事前に散開させて正解だったと、彼は一人頷いた。 桜の自我が崩れ落ちていく様を見て、『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は小さく溜息を吐く。 「ま、こーなるよな」 背を向けた二人に対峙する様にして前へと進み、死翼を名付ける騎士槍を手に構える。 同じく前へと歩み出たエリーゼ・イルミス(BNE003713)が、桜に魅了された涼子の攻撃を正面から受け止めた。 「桜の願いを叶えることは不可能でも、少しだけでもできることを……」 その為に彼女たちは此処にいる。 これから自らが為すべき事も、すべて理解した上で。 アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)が他の後衛たちと距離を置き、戦闘態勢に入る。 それぞれが自身の能力を向上させ、戦う態勢を整えつつあった。 フツの光の加護が注がれたことで、涼子は間もなく自我を取り戻す。 自身の強化を終えた段階で、最も早々と攻撃に移れたのはチャイカだった。 「残酷ですが、せめて苦痛を最小限に出来れば」 全身から伸びた気糸は、桜の枝葉の脆い所を砕いて幹を襲う。 対象が単体の為に多数攻撃が無理でも、気糸は正確に防護の薄い角度から突き刺さった。 例え意思を交わす事が出来ても、『最後の桜』は健午を探す事を止めないだろう。 そう確信していたユーディスは、両手槍に破邪の輝きを纏わせる。 「だから此処から出す事も出来ませんし、何より……貴女を滅ぼさなければならない」 輝きを帯びた槍が大きく桜の幹へと炸裂し、直後反動がかかったかの様にユーディスは大きく後退した。 攻撃を行った直後、距離を大きく離して複数攻撃を受けないよう配慮する。 後方のフツはエリーゼと涼子に天使の歌を投げかけながら、変わりゆく戦況を見つめていた。 「皆、このまま位置を保っててくれ」 仲間たちがそれぞれ近づきすぎないように全体を見ながら気を配っている。 集中を終えていた雅は、幹の上部に向けて執拗な殺意の塊を向けた。 「あんたの一番の取り柄は、その綺麗な華でしょう? 動いたら台無しってなもんよ」 桜は殺意の衝撃を受け、その言葉に僅かながらに止まる。 「だからさ、せめてあたしらが運んでやるよ……。 あんたが一番自信持てる華をさ」 雅の殺意で止まった桜の背面には、涼子が待ち構えていた。 「月に雲がなくて、風が吹かなくても、花は散る」 既に雅の殺意を受けていた幹の上部へ、涼子は音速の一撃を重ねる。 「……散らすのは、わたしたちだけど」 樹液が吹き出すように滴り、まるで流血しているかの様に思わせた。 遠子は気の毒そうな表情をしたまま、集中を重ねている。 「本当はこのまま会わせてあげたいけど、貴女が歩く姿は目立つし……。 既にこの世界にとって異物となってしまってるんだ……」 異物である以上、排除するのがリベリスタの使命。 心情的に同情は出来ても、どうすることもできない現実がそこにある。 アルフォンソは小さな魔術書を手に、人差し指をタクトに見立てて弧を描く。 幹へと放たれた一撃が更に加わり、手傷を負わせた。 「やはり集中が必要でしょうか……」 思ったほど深く傷を与えられないのを確認し、アルフォンソは少し逡巡する。 全身の呪力を解放したレンは、擬似的な赤い月を生み出す。 健午と桜との記憶は、微かだがこの公園に生きている。 彼女を解放して伝えてやらなくては、その想いを抱いて赤き光を桜へと向けた。 レンとタイミングを合わせ、カルラは暗黒の瘴気を形成する。 「悪いな。お前の不運は……まだ積み上がるぜ」 放った瘴気が赤き光と重なった時、赤黒く照らされた桜は、樹液の噴出と相まって血の涙を流しているかの様に見えた。 大きく運気を落としていく桜は、この場を逃げ出すように走り出す。 しかし、目の前にはしっかりとエリーゼがブロックして離さない。 「皆さんは、攻撃に専念してください」 『最後の桜』の体当たりに近い突進を、防御姿勢のままでガッシリと抑えにかかった。 大きく傷を負うエリーゼだったが、しっかりと両足を踏ん張って押し留めている。 「ここは私が引き受けます!」 自我が崩壊して錯乱している『最後の桜』は、最早戦術等を考えてはいなかった。 対して事前に配置まで工夫し、各々の役割を個々でしっかり受け持って立ち回るリベリスタたち。 その勝敗の行方は、誰が見ても明らかになっていく。 幹のあちこちからは樹液が吹き出し、赤い月の光と漆黒の闇のコントラストが彼女の慟哭を強調させている。 すべてに絶望した彼女の行動は、自死しようとするそれに似ていた。 チャイカはそれがとても哀しいものに見える。 「もう少し、我慢していて下さいね……!」 更に気糸を張り巡らせ、幹を確実に削りにかかっていた。 早くこの苦痛から解放し、救ってあげたいと願わずにいられない。 桜の花には神々しい光を、前衛たちへの直接攻撃には癒しの符を。 それらを駆使して、戦線の維持を徹底するフツ。 前線でヒット&アウェイを徹底することで、ユーディスは桜の生命を削っていく。 もはや声を発することなく、もがく様に動き回る桜の木。 「――ごめんなさい」 槍を大きく繰り出したユーディスは、ただ彼女に謝ることしか伝えられない。 謝ることしかできないのは、遠子もまた同じだった。 自身が気糸で創り上げた罠、それ等がついに『最後の桜』を封じていくのが分かる。 「ごめんね……」 遠子の気糸で桜の木の動きが止まり、一斉に攻勢へと打って出る仲間たち。 カルラは暗黒の魔力を帯びた死翼で、幹を大きく袈裟斬りにした。 「残念ながら、人間社会は木が歩き回っていいようにはできてねーんだわ」 暗黒に侵食された桜の幹は、著しくその力を弱めていく。 そこへ雅の殺意が執拗に叩き込まれ、アルフォンソは集中を重ねた真空刃を送り込む。 レンから放たれる不吉のカードは、更に暗き未来を暗示させた。 「向こうでまた満開の笑顔を見せてやるといい」 彼は願っている。健午との再会がこの後果たされることを。 涼子は更なる一撃を音速で繰り出す中、桜の伝承を思い返していた。 桜が咲くのは、何十年も前にそこに人がいて、花を咲かせようと思ったからだって。 多分、誰かの為に。 彼女は、きっと健午の為に今まで咲かせてきたのだろう。 例え季節外れであっても、ずっと満開にして帰りを待っていたのだと。 エリーゼは防御姿勢のまま、『最後の桜』の動きが完全に止まったことを確認する。 桜の木は大きく揺らぎ、そして倒れた。 その瞬間。辺り一面にパアッと舞う、幾千の桜の花びら。 だがその花びらには、もう何の力も残っていない。 儚い最後と共に、彼女の長過ぎた春は終わったのだ。 ●桜花 沖縄県那覇市――郊外の霊園。 墓前に立つ、リベリスタたち。 彼等はそこへ『最後の桜』から一番見事な枝を選び、墓前へと手向けに来ている。 比嘉健午は三十数年の時を経て、亡き妻の隣に眠ることが許されたのだ。 ユーディスは哀しげに墓標を視線を向けていた。 「あの時の御一人が……まさか、亡くなっていたなんて」 かつて『閉じない穴』から救い出した108人の男女。 その一人だった健午の死は、少なからずショックを受けている。 チャイカはその様子を覗いつつ、別のことを思案していた。 「帰還者は全部で108人。これからも似たような事が起きないとは限りません。 今まで以上に、注意が必要そうですね……」 健午一人だけが、偶然特殊な力を持っていたとは考えづらい。 最初からそう推測していた方が、より理に叶っているとチャイカは思っていた。 エリーゼとアルフォンソは無言で黙祷を捧げ、静かに冥福を祈っている。 フツは持ってきた桜の枝へと触れ、そっと口寄せで式神を創り出す。 枝から小人のような女性が姿を現し、目の前の健午の墓を見ている。 「ここが、健午の眠る場所だ」 そっと彼女に伝えたフツは、彼女と一緒に墓前へ手を合わせて静かに拝む。 レンは公園で見たビジョンを元に、健午が桜をどれ程大切に想って接していたかを伝えていた。 遠子も静かに手を合わせ、小さな彼女を見る。 「健午さんはね、神隠しにあって何十年もの空白を得て居場所を失ってしまった人なんだ……。 だからね……桜さんが健午さんを待っていてくれた事……きっととても嬉しかったんじゃないかなと思うんだ………」 彼女は遠子に言葉は返さないものの、小さく頷いて墓前に枝を置いてもらう。 墓前に飾られた枝へ、持参した桜の花びらを散らしたカルラ。 「……いい感じに咲いてるぜ」 身につけた神秘と、そこから生まれた絆。 どれも大事にされて然るべき存在なだけに、今回のことは残念でならない。 それでも彼等は、桜の為にやれることはすべて行った。 そう信じたいカルラだった。 三高平市――住宅街の公園。 涼子は公園の中央で、その土を丹念に馴らしている。 「素人の接ぎ木が上手くいくとも思わないけど」 そう言って額の汗を拭った涼子は、さし木を手にした雅に向けて小さく頷く。 「桜を愛してたのは、比嘉健午だけじゃないでしょう?」 だから、きっと大丈夫。雅はそう思っている。 この公園へ訪れる者たちは、皆この桜を見て月日を過ごしてきていた。 此処には沢山、桜を愛してくれる者たちがいるのだから。 「けど、なんで涼子が?」 そんなの誰かに任せたら? と、言いたげな雅から涼子は枝を受け取る。 彼女は既に埋めてある桜の台木にその枝を繋ぐと、大きく伸びをして立ち上がった。 「わたしもまた、誰かの為に花を咲かせたいと思うから。 ……まったく、ガラじゃないけどさ」 小さく照れ笑いをしながら、涼子は接ぎ木を終えた桜を見やる。 やがて季節は巡り、桜が花を咲かせる春はまたやって来るだろう。 そしてその時、この桜は満開の花を咲かせて出迎えてくれるはずだ。 ――きっとまた、誰かの為に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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