●レースの森 「つまらないつまらない。ここはすごくつまらない」 純白のレースが、天井から床に向かって垂れさがる。床にも、レースが何重にも敷き詰められている。時折、隙間風が吹いてレースを揺らす。サラ、と掠れるような小さな音。 窓からは、月明りが差し込んで、レースの森を怪しく照らす。 レースの森の奥に、大きな天蓋付きのベッドが見える。ベッドは当然のようにレースのカーテンで仕切られており、中の様子は窺えない。 つまらない、という声は、ここから聞こえてきたようだ。 ベッドを覆うカーテンを押しのけて、小さな手が覗く。真っ白で、なめらかで、陶器のような質感の手。 その手の持ち主は、ベッドからレースの敷き詰められた床に降り立つと窓辺に向かう。 月を見上げ「つまらない。つまらない」と呟いた。 彼女のガラスの瞳に月が映る。紅い目だ。月明かりに照らされた髪と肌は、雪のように白い。 球体の関節をわずかに軋ませ、彼女はベッドに戻っていった。 そう、彼女は人間ではない。彼女はただの球体関節人形だ。人間の少女と同程度の身長の人形。ただし、持ち主は数日前に亡くなり、今はエリューションと化した、そんな球体関節人形。 このまま処分されるのか。 それとも放置されるのか。 或いは、誰かに引き取られるのか。 そんなことを考え、彼女は呟いた。 「あぁ、つまらない」 と。 ベッドを覆うレースのカーテンを開ける。ベッドの上には、いくつもの球体関節人形が横たわっていた。 これら全て、彼女の持ち主だった人間が作ったものだ。 人間は、彼女のことを(ヴァ二ー)と呼んだ。 だから、彼女の名前はヴァ二ーだ。 「つまらないから、遊びましょう?」 ヴァ二ーは、ベッドに横たわる自分の姉妹たちに呼びかける。すると、姉妹たちもまた関節を軋ませながらベッドから起きあがった。 起きあがった球体関節人形達は、我先にとベッドから飛び降り、レースの森へと入っていく。 どこから持ち出したのか、ある者は包丁を、ある者は鋸を、ある者は金槌を手にしていた。 身長50センチ程度の人形が10体。手に手に武器を持ち、レースのドレスを身に纏い、レースの森の中に消えていく。 「さぁ、遊びましょう。私達の家に入ってくる侵入者を、斬って、削いで、血まみれにして、遊びましょう。そうすればつまらなく無くなるわ。そんな気がするもの」 ヴァ二ーはそう言って、ベッドの上で横になる。 獲物が来るのを、じっと待つのだ。 これは、人形達による危険な遊びの話。 ●レースの部屋へ。 「黙ってると、可愛いんだけどね……」 と、どこか残念そうに『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が呟いた。 モニターに映ったレースの森を眺めて、ため息を吐く。 「この中に、10体の小さな球体関節人形と、それから人間の少女くらいの大きさのヴァ二ーが隠れてる。ヴァ二ーのフェーズは2で、他は1」 ヴァ二ーと、他の球体関節人形達の写真がモニターに映された。人形と一緒にひとりの老婆の写真も。 「彼女は、この人形達の持ち主だった人。ヴァ二ーは、幼いころに亡くなった老婆の娘に似せて作っているみたい」 でも、こうなった以上退治するしかないのだけど、と寂しそうにイヴは言う。 「人形達の攻撃は、主に物理攻撃。手にした武器で、レースに紛れて斬りかかってくる程度。ただし、レースのせいで視界が悪いから気をつけて。ヴァ二ーは遠距離攻撃がメインになるわ。状態異常も多いから、気を付けてね」 そう言って、イヴは集まったリベリスタ達の方を見る。 「戦場は、だだっぴろい部屋。レースで埋め尽くされている。相手の人形達は危険だけど、遊んでいるだけのつもりみたい……。とはいえ、可哀そうだけど、全部退治してきてね」 それだけ言うと、イヴはモニターを消した。 エリューション化してしまった人形達に対し、何か思う所でもあるのだろうか。少しだけ、悲しそうに見える。 「人形の後始末に関しては、任せるから……。老婆は有名な人形作家だったみたいだし、それなりに価値のあるものだと思うけど……」 出来れば、老婆と同じところに……。 イヴは小さく、そう言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月21日(月)22:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●人形劇・開幕 レースに覆われた部屋の中で、真白い人形が怪しく笑う。 紅い目に月明かりを反射させ、くすくすと……。 「この部屋は白すぎるわ。真っ白で色のない部屋……。変化に乏しくて、詰まらない。だったら、紅く染めましょう。ついでに、切って刻んで遊びましょう。そうすればこの退屈も、すこしはマシになるのでなくて?」 なんて、笑うヴァ二ーに同調するように、彼女の周りにあった他の人形がカタカタと動き始める。 館の主が死んで以来、誰も立ち入ることのなかったこの部屋に久方ぶりの客人が訪れたのを察したのだ。 客人をもてなすために、彼女達は手に手に刃物をとって、レースの森へと姿を消す。 血液の通っていない彼女たちにとって、溢れる暖かい血というものはある種の憧れの対象であった……。白に飽きた彼女達は、紅い血の色でレースを染めることにしたのだ。 先頭を歩くのは『仁狼』武蔵・五郎(BNE002461)だった。狼のごとき顔を険しく歪め、周囲に警戒を払う。レースに覆われた部屋に入って数分。早速敵の気配を感じているのだ。 しかし、姿は見当たらない。元より敵は、小さな人形。その上、視界は夜の暗闇と垂れさがった無数のレースに覆われて数十センチ先の様子も窺えない。 「人形も退屈する時代か。最先端だな」 なんて、皮肉気に言ったのは『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)だった。腰に下げたカラ―ライトで仲間の位置を確認しつつ、壁に背をつけて一息入れる。 足元には取り払ったレースが山と積み重なるが、一向に減る気配はない。 「可愛がってくれた人がいなくなって寂しいんでしょうか? それで周りに求めてもきっと寂しさという飢餓は埋まらないのですよ?」 それは、どこかに潜む人形達に向けた言葉だっただろうか。雪白 桐(BNE000185)はマンボウにも似た特異な形状の剣を手にそう呟いた。 「専用の部屋を与えるくらいなんだから、きっとすごく大切にしていたんだろうね。この部屋を血で汚したくないな」 櫻木・珠姫(BNE003776)がレースを切り落としながら進む。ある程度仲間達と距離をとって、慎重に前進。経過した時間に対し、進んだ距離は微々たるものだった。 「彼女らは退屈凌ぎの方向性を間違えたな……致し方あるまい」 残念だ、と目を伏せたのは『Weiße Löwen』エインシャント・フォン・ローゼンフェルト(BNE003729)であった。 「あぁまったくだ。もちっとマシな娯楽はなかったもんかと」 やれやれ、と頭を掻いて『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が足を踏み出す。切り落とされ積み重なったレースが足に絡むが、関係ないとばかりに取り払って前へ。強化されたバランス感覚がそれを可能にするのだ。 「出来るなら……。仮初の命といはいえ屋敷の主人と会わせてあげたかった気がしないでもないですが……。もはやそれは叶わぬ夢です」 悲しそうにそう言って、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)がレースに触れる。彼女の触れたレースが雨に濡れ、一瞬にして氷ついた。 そうすれば砕きやすくなるのでは……と、考えた結果だ。 しかし……。 なんとはなしに行ったその行動が、思いもよらぬ結果を導き出した。 ポト、っと軽い音と共に積み重なったレースに落ちて来たのは、片方の足の氷ついたドレスを纏った人形であった。 「……え?」 と、思わず声を漏らした風宮の足首に、鋭い痛みと熱が走る。人形が手にしていた剃刀による一閃が、足首に傷を付けたのだ。血が溢れ、足元のレースを紅に染める。 レースを伝って、いつの間にか接近されていたらしい。人形は素早く足元のレースに潜り込み姿を隠す。 『右からも来てるそ』「左にも隠れてんなぁ?」 左右の手にそれぞれ兎と豚のマペットを付けた少女が、そう言った。腹話術、だろうか? 彼女は『ゴロツキパペット』錦衛門 と ロブスター(BNE003801)と呼ばれている。少女の発した言葉は、そのまま手に付けたマペットの意思らしい。 暗視によるものか……。少女は敵の接近に気付き仲間に注意を促した。 「いつの間にか、囲まれてやがる」 手近なレースを切り落としながら、斜堂が叫んだ。切れて宙に舞うレースの間から、錐が飛んでくるのを見てとって、首を捻る。錐は壁に突き刺さって小さく震える。 「消耗は押さえていこうぜ」 回復役はいないのだ。すぐさま、錐の飛んできた方向に目を向けるが、人形の姿は既にない。 「見つけたぞ!」 武蔵が叫んで、バスターソードを振り下ろす。しかし、対象は小さな人形。おまけにレースのせいで視界が不明瞭。剣は虚しく床を突き破った。代わりに、背後で櫻木の悲鳴があがる。 「可愛い人形は好きだけど、物騒な人形は御免被るよ」 肩から血を流しながら、櫻木が閃光弾を放る。強い光がレースの森を怪しく照らし出した。 ポト、っと手足を痙攣させながら人形が床に落ちる。 「ふむ、其処か……」 落ちた人形に向け、エインシャントが剣を振るう。空気を切る音。一瞬遅れて、レースと人形が真っ二つに裂かれた。 しかし、真っ二つになった人形は直ぐにレースの中に消えていく。仲間の人形が連れて逃げたのだろうか。後を追おうとして、踏みとどまった。 「ジリ貧の持久戦になりそうな気配が強いんだよなぁ」 カルラが呟く。視界の悪いこのレースの森の中、迂闊に行動すると、すぐにでも人形の餌食になるだろう。それを危惧して、深追い出来ないでいる。 「集音装置は、そこまで役に立ちませんね」 雪白がぼやく。床にもレースが敷かれている事、人形が軽い事、それからこちらのたてる音の方が大きい事などが原因で、集音装置はあまり意味を成さないようだ。 特異な形状の剣を、一閃。周囲のレースが切れて落ちる。 と、同時に手首に痛みが走り、雪白の顔が歪んだ。 「これは……!?」 見ると手首が氷ついている。冷気を放つ細い糸が巻きついているのだ。 『お? 親玉かぁ?』「ヴァ二ーと言ったか」 ロブスターと錦衛門の口が開閉し、そんな事を言う。二体のマペットを操る少女の手足にも、雪白同様、冷気を放つ糸が巻きついていた。 錦衛門から弾丸が放たれ、レースを落とす。レースの向こうに、真っ白い人形の姿が見える。 「ただ守りに入っても勝機はありません……行きます!」 風宮が、ヴァ二ー目がけ走り出す。しかし、そんな彼女の眼前に、レースから飛び降りて来た人形が現れた。人形の振りまわす包丁を、風宮が回避し、式符で作った鴉を飛ばす。 鴉と包丁がぶつかって火花を散らした。 その隙に、ヴァ二ーはレースの中に身を隠す。 「エインシャントさん、2人を!」 と、櫻木が叫ぶ。 「ja。すぐに治療するとしよう」 氷ついて動けないでいる2人に、エインシャントが駆け寄った。 「皆、無事か?」 カルラの声。レースのせいで、仲間の位置や安否が確認し辛いのだ。口ぐちに返事がある。 どうやら、重症を負った者はいないらしい。 「一気に引いたな……。だが、またすぐに来るんじゃないか?」 直感がそう告げているのか。周囲に視線を巡らせて武蔵が告げる。 ●人形劇・劇中 最初の襲撃から数分後、一行は再び人形達による襲撃にあっていた。 先の先頭で破壊した人形は2体。残りはヴァ二ー含みで9体。未だ、数の上では劣勢である。 「さぁ、シビれる戦いにしようぜ!」 と、声も高く斜堂が叫んだ。最前線での戦闘を行う彼の身体には、無数の錐や針、ピックなどが突き刺さっている。深い傷はないものの、このまま時間が経過すれば、パフォーマンスは下がるばかり。 回復役がいないことが、致命的な弱点となっている。 「あら? 遊んでくれるの?」 と、レースの向こうから甘ったるく幼い声。恐らくヴァ二ーのものだろう。声のした方へ、錦衛門とロブスター、それから少女が目を向ける。感情の宿らない少女の目は、何かを観察するようにヴァ二ーの姿を捕らえようとしていた。 レースの隙間を縫って、冷気を放つ糸が伸びる。 しゅるる、とそれは武蔵の身体に巻きついた。 「む!?」 と、武蔵が唸った。瞬間、周囲のレースから数体の人形が這い出してくる。 「気付いてんだよ!」 姿を現した人形目がけカルラが闇の塊を放つ。夜の闇よりなお黒いそれは、人形1体を包みこんで切り刻む。敵の位置を把握し、その上で敢えて気付かぬふりをしていたのだ。 「動きを封じさせてもらうよ!」 と、今度は櫻木の放つ閃光弾が炸裂する。姿を現した人形の、残り2体が床に転がった。光に包まれる寸前に放ったものだろう。宙を舞った剃刀が櫻木の頬を切り裂いた。 「その精気……頂かせて貰おうか」 エインシャントと斜堂による追撃。2体の人形が切断され、動きを止めた。 「あら、やるじゃない?」 なんて、軽い声。糸が、人形の残骸を回収していく。 「そいつはどうもっ!」 武蔵が、自身に巻きついていた糸を引っ張った。レースの向こうで小さな悲鳴。瞬時に、風宮がレースを取り払う。姿を現したのは、白い人形、ヴァ二ー・ドール。糸を引かれ、体勢を崩している。 「暇なら一緒にワルツでも踊りましょうか?」 飛び出したのは、雪白だった。レースの切れ端を掴み、ヴァ二ーに接近する。逃げようとするヴァ二ーの手を掴み、レースで縛り上げた。 「あら……素敵なお誘いだけど、縛られて悦ぶ趣味はなくてよ?」 と、ヴァ二ーは言う。人形であるため、表情は変化しないが、声に焦りが見受けられた。 カパ、とヴァ二ーが口を開く。飛び出してきたのは、小さなナイフだ。首を捻って雪白がそれをかわす。 ヴァ二ーを助けようと、辺りから次々に人形が姿を現した。人形の放つ刃が雪白の身体を傷つける。 血が飛び散り、純白のレースに染みをつくる。ヴァ二ーの真白い顔や髪も、血の赤で斑に染められた。 「着実にぶっ壊して黙らせてやる。そうすりゃ流石に退屈とは言えまいよ」 姿を現した人形目がけカルラが腕を振った。その動作に呼応するように人形の身体を闇が覆って行く。 闇が収縮し、人形を締め付け、破壊する。 「あなた方は。あなた方を作った方の事を、覚えていますか?」 そう問いかけたのは、風宮だった。聞いてどうするわけでもないし、意味があるわけでもない。エリューションと化した時点で、人形達は既に殲滅対象。その事実は変わらない。 しかし、そう聞かずにはいられなかった。 「返事は、ないですか」 元より、ヴァ二ー以外の人形は言葉を発することはできない。レースの森の中、姿を現したり隠したりする人形相手に、言葉が届いたかどうかも怪しい。 だから風宮は諦めて、そっと手の平を上に向け、伸ばす。途端に周囲の空気が冷たくなった。建物の中だというのに急に降り始めた雨が氷つき、レースの森を氷で包む。 「エリューション化さえしなければ……」 囁くようにそう呟いて、エインシャントが剣を振るう。気迫の籠った一撃。氷ついたレースの森が粉々に砕け、散った。宙を舞う氷の破片が月の光を乱反射させ、エインシャントを怪しく照らす。砕けたレースの隙間から人形達の姿が覗く。隠れることを諦めたのだろう。次々に手にした刃物を振り回し、床に詰まれたレースの上でくるくると回る、跳ねる。それは、踊りを踊っているかのように、優雅。しかしそれは殺戮の舞いだ。触れるを幸いに、刃物は周囲のものを切り刻んでいく。レースであったり、壁であったり、誰かの肉であったりだ。 「あの世でまた持ち主に会うんだな。そうすりゃ遊んで貰えるだろうよ」 唸るような声と共に、武蔵が人形達の繰り広げる舞踏の中に飛び込んで行った。手足を切り裂かれながらも、バスターソードを振りかぶる。瞬間、彼の姿が二重にぶれる。高速で振るわれる剣技は、残像を生み出し、同時に複数の対象を切り刻む。 武蔵の血が飛び散った。と、同時に人形の手足がレースの上に落ちて積み重なる。 「血まみれになっちまったら、奇麗な肌も髪も台無しだ!」 辺り一帯のレースは無くなったものの、部屋の中にはまだまだ無数のレースが残っている。その中へ逃げこもうとする人形達に追い打ちをかけたのは、斜堂の放った一斉掃射だった。 蜂の襲撃を思い起こさせる弾幕の嵐。レースを焦がし、小さな穴を空ける。圧倒的な数の暴力。人形達を撃ち抜き、砕き、原型を留めないほどに蹂躙する。 「遊びの時間は終わりだ……」 攻撃を終えた斜堂が、つまらなそうにそう呟いた……。 ●人形劇・終幕 「そんな……。皆が……」 レースで縛られながらも、雪白と交戦し続けていたヴァ二ーが絶望的な声を漏らす。 声に宿る感情は、悲しみか、それとも怒りか。表情の変わらない人形の顔からは、彼女の感情は窺えない。それでも、姉妹達の死を悼んでいるのであろうことは伝わってくる。 「よくもやってくれたわね……っ! いいかげん放しなさいな!」 月明かりにも似た淡い光。されど、月明りにはあり得ぬ紅い光が、ヴァ二ーの瞳に灯る。 「う……ぁ」 至近距離でヴァ二ーの瞳を覗きこんだ雪白が、小さな呻き声を漏らした。唇を噛みしめ、言葉を漏らす。 「剣戟を音楽に、血を彩りに、どちらか力尽きるまで、暇なんて言ってる暇はありませんよ」 皮肉気に笑う雪白だが、顔色は急激に悪くなっていく。血の気が引いて、土気色。意識が遠のいているのか、目の焦点が合っていない。フラフラと、タップを踏むようによろめいて、ついにレースの上に膝をつく。呼吸は荒く、胸は大きく上下する。意識だけは辛うじて繋ぎとめているようだが、ヴァ二ーを拘束するだけの力は残っていないらしい。レースがほどけ、ヴァ二ーが解放された。 「よくもやってくれたわね! 目には目を! 歯には歯を! 仲間の死は、あなた達の命で償ってもらうわ! 覚悟なさいな!」 全身から冷気を放つ糸を放出し、ヴァ二ーが宙に飛び上がる。天井からつり下がっていたレースはすでに取り払われて、視界は良好。リベリスタ達の姿はヴァ二ーから丸見えだ。敵の姿を確認し、ヴァ二ーが糸を伸ばす。冷気を振りまきながら宙を走る。 しかし……。 視界が良好で、敵の姿を確認できるのは、リベリスタ達も同じだった。 「誰かの大切なものを壊すのは忍びないけど、あるべき場所に帰れるように……。せめて祈ろう」 ヴァ二ーの身体が、二つに裂けた。 それは、櫻木の放った真空の刃によるものだ。今まで、仲間への誤射を恐れ控えていた技。視界が良好になったことで、使用が可能になったのだ。 宙を駆けていた糸が、溶けるようにして消える。 支えを失ったヴァ二ーの身体が、ゆっくりと重力に引かれて落ちていく。レースの敷き詰められた床には、彼女の姉妹達のパーツが転がっている。 「ここまでかしら……? まぁ、楽しかったのだわ。いい暇つぶし。こんなに動き回ったのは、はじめてかもしれないわね」 ヴァ二ーはそっと、目を瞑る。 そんなヴァ二ーの真下に、錦衛門とロブスターを手にした少女が回り込んだ。 『お人形さんにやられるわけにはいかねーのよ』 と、左手に付けられた豚のマペット、ロブスターが言う。少女は、ロブスターを付けた左手を大きく振りかぶった。 「然り!」 右手の兎のマペット、錦衛門が同意する。コクンと大きく頷いた。 「遊んでくれて、ありがとう」 ヴァ二ーは、静かにそう呟く。 と、同時に少女の左手、豚のマペットがヴァ二ーの身体に突き刺さった。気合いの籠った一撃。何かの砕ける、小さな音。 錐揉み回転しながら、ヴァ二ーは暫し宙を舞う。月明かりを反射する、紅いガラス片が散った。 ヴァ二ーの瞳に使われていたであろうそのガラス片は、まるでヴァ二ーの血のようで……。 仮初の命を散らせたヴァ二ーは、物言わぬ人形へと戻って、レースの中に落ちていった……。 「そちらでどうぞ、ご一緒に……」 エインシャントのブレイクフィアーによる治療を受けながら、満身創痍の雪白が目を閉じ、そう囁いた。 それは、レースの森の人形達に向けた手向けの言葉。 「Gute Nacht, Vagney…。姉妹仲良く、老婆を労れよ」 エインシャントがそれに続く。 周りでは、他の仲間達がバラバラになった人形の欠片を、思い思いの表情で拾い集めている。この後、人形達を老婆の墓へと持っていき、一緒に埋葬するつもりなのだ。 自分達で破壊した人形を、自分達の手で、大切に拾い集める。 そんな中、錦衛門とロブスター、それから少女だけは、壊れたヴァ二ーを手にしたままじっと動かないでいた。 自我を無くし、錦衛門とロブスターという別人格を作りあげてしまった少女からしてみれば、一時とはいえ自我を獲得したヴァ二ーが羨ましかったのかも知れない。 少女は、傍に落ちていたレースでヴァ二ーの身を包むと、優しく胸に抱いたのだった……。 帰るところのなくなったヴァ二ーの想いを、自身の中いとり込むかのように、じっと……。 レースの森で起こった一晩の出来事。 一夜限りの人形劇は、これにて終焉……。 レースの森には再び静寂が戻る。明日も、明後日も、恐らくこれからずっと住人のいないこの部屋に、それでも月日は差し込み続けるのだろう。 どこか物悲しい、そんな幕引き……。、 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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