●しっぽ ここは所謂オーソドックスな研究室だ。専門的な知識がなくとも、足を踏み入れればそれっぽいなと感じるような。 中にいる研究員もそれっぽい。白衣に眼鏡、きっちりと分けた七三の髪――狙ってるのではないかと思えるくらい、その三十路の男は研究者然としている。 熱心に彼が見ているのはガラスケースだ。中のものに比べて若干大きすぎる感の強いそれには、仲睦まじく遊ぶ三匹の猫。 その様子を熱心に記録する男。傍から見ればとんだ猫好きに見えなくもないが―― 「どーよ吉田」 背後からの声に振り返ると、そこにいるのは同じ顔。髪の分け目が逆な事以外に全く差のない彼らはこの研究室を任されている双子の研究員である。 「うん、兄さんの新コンセプト通りの結果が出てるよ」 二人は双子だったが、研究に関する才覚が違う。その為基本的には作業を分担していた。奇抜な発想力、優れた着眼点を持つ兄山田がコンセプトを定め、全体の指揮を執る。対し、真面目で堅実な性格と優れた技術を持つ弟吉田が研究の先頭に立ち、現場の指揮を執る。それがこの佐藤兄弟のやり方だった。 「おーおー」 山田は満足気に頷きガラスケースを見やった。 「ずいぶん可愛くなったな~」 「いやだから、可愛さは求めなくてよかったと思うんだけど……」 かつての実験体と比べると、今回のぬこ達は毛並みもよく見た目にも愛らしい。副次的効果ではあるが実験がそれだけ進んだということか。弟の苦笑にもぬこは可愛いほうが良いじゃんと軽く返しつつ。 「実験データは?」 「ご覧のとおり」 言って指差すガラスケースの先。ぬこ達はおもちゃを取り合い戯れる。彼らの取り合うおもちゃは、体中が刻まれぐちゃぐちゃに潰れた何かの獣であったモノ。 「獲物は同じケースに入れた時点で動きを鈍らせてた。自分達への耐性も完璧だね」 前回の実戦から研究がずいぶん進歩したねと弟が笑えば、兄は苦い顔。 「言っておくが、リベリスタが怖くて毒素を抜いたわけじゃないからな」 「わかってるよ」 吉田は笑いを苦笑に変える。前回取ったリベリスタとの実戦データを元に、彼らは研究コンセプトを変更していた。 猫のその小さな身体と身軽さで、どこにでも入り込めることを利用した要人暗殺を目的とする大まかなコンセプトは変わらない。変更点はその能力だ。 研究に使用したアザーバイトの持つ『体内に取り入れた成分を周囲に放出する』特性を、当初は強力な毒素を注入して無差別に死を振りまく能力として利用していた。 だがこれは毒素が強力すぎた為、ぬこ自身の身体をも蝕み崩壊を早めてしまう。皮膚もボロボロになり見た目の愛らしさを損なってしまうのも問題だ(山田談)。 「何も毒素にこだわる必要はなかったんだ。予想以上に身体能力の向上が見られたし、だったらそっちを特化した方がいい」 身軽な猫をベースにしたそれは、打たれ弱くもその身体能力で幾度も連続した攻撃行動を可能としていた。そこを強化しない手はない。 「身体能力の向上、尻尾の武器データの反映、猫の狩猟本能をより強くして兵器化……これらはもう強化限界に近いと思う。あとは新コンセプトの能力『プレッシャー』をどこまで上げられるかだね」 「となると、紫杏お嬢様に報告するにはやっぱり……現状の時点でエリューション能力者にどの程度通じるかのデータが必要、だよな」 不敵に笑い出す兄に―― (……よっぽど屈辱だったんだなぁ) 弟は兄の欠けた歯を眺めつつ呟いた。 ●もふ もふっもふっもふっもふっ―― 尻尾ふりふりソレは歩く。 それは猫……間違いない。 その毛並みも、瞳も、声だって間違いなく愛らしい猫。 白、黒、ぶちと揃った三匹の猫は、威風堂々愛らしさを振りまいてこども動物園の中を歩いている。 通りかかった飼育員がぬこ達を見つけ――悲鳴を上げる。 背を向け慌てて走りだす……が、男はへなへなと膝をついた。力が、入らない。 もふっもふっもふっもふっ――その尻尾が動き出す。 白い尻尾が首を刎ねた。黒い尻尾がそれを叩き潰す。ぶちの尻尾がミンチに添えられると、激しい熱で焼き焦がす。 ――はい、ハンバーグの出来上がり。 「――ってな。早く来ないと、可愛いぬこちゃんがお腹いっぱいになっちゃうぞ~」 片手にアンパン、片手に双眼鏡で様子を見やり、双子はまだ見ぬリベリスタに呼びかける…… ●もふもふ 「見ての通りぬこだ」 「よし殴るぞ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉に、彼に対して殺意を隠さないリベリスタ。 モニターに映るぬこは愛らしい――その尻尾がそれぞれ3m程の、鎌状であったり大鎚状であったり鉄板状であったりしなければだが。 「前に見た時より完成度が上がっているな。正体不明のアンノウンには違いないが、様々な要素を組み合わせた、人の手の加えられた産物だ。研究が生み出した新たな生命――アークはこれをキマイラと呼ぶことにしたよ」 アザーバイドではない。特定のエリューションでもない。それらの特徴を合わせ持つ混在生命――キマイラ。 「彼らは小さなこども動物園に現れ、中の動物や飼育員を襲う。まぁ本気ではないようだから、お前たちが向かえば被害は出ないだろう」 平日のこども動物園はほとんど客もいない。そもそも規模も小さいので、一般人のいない場所で戦うことは容易だろう。 「この場所を選んだのは、ついでに研究材料として動物でも攫っていくかって感じだね」 「つまり、狙いは俺達……ってことだな」 伸暁のウィンクは肯定の証。彼らの望みは戦闘データだということだ。 「すぐに向かえば人気の無い場所で待ちぶせできる。まぁ、双子がどこで見てるかはわからないけどね」 前回の反省か護衛は倍連れてるらしいよと軽く笑う。 ぬこは三匹。量産を視野に入れた研究と速度特化を行った為か、個の戦闘力は前のぬこより落ちている。 非殺や状態異常以外の手段で止めを刺すと小規模な爆発を起こすが、この威力と範囲もさほど派手ではなくなった。 「だから弱い、なんてことは全くない。その理由が……『プレッシャー』だ」 獲物の動きを鈍らせた力。かつての毒素に変わって振りまく新たな力だ。それぞれが別のプレッシャーを振りまき獲物を弱らせる。 白ぬこが獲物の力を弱らせ。 黒ぬこが獲物の防御を崩し。 ぶちぬこが獲物の動きを鈍らせる。 周囲に振りまくそれは、彼らを倒さない限り全員が影響を受けてしまうという。 「それぞれ倒した時点でそのぬこが振りまく効果は消える。まぁそこは考えてくれ」 モニターに映るぬこはソルジャー。耐え難い痛みに暴れまわった前のぬこと違い、ただただ動く者を襲う狩猟者だ。 「油断も容赦もいらない。戦って、倒すんだ」 もふっもふっもふっもふっ――ぬこの行進を止める為に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月21日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ぬこが歌う 「猫~♪ 猫~♪」 「ぬこ! もふもふのぬこ!」 不協和音もなんのその。愛らしい歌声と力強いシャウトが重なって、ある意味で新しい表現方法となっている。 「危険じゃなかったら心置きなくもふもふしたかったところね……」 傍らで楽しげに歌う『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)に、『雷を宿す』鳴神・暁穂(BNE003659)がそう呟けば。 「愛くるしい猫の姿をしたものなら、アタシはキマイラであろうとも愛すると誓うよ!」 ぐっと握り拳を突き出し陽菜が笑った。 同学年の二人が笑い合う。そうとも、可愛いものは可愛い。可愛いは正義なのだ。 「……だからこそ、こんな非道な実験にぬこを使う人たちは絶対に許せない」 陽菜の瞳が形を変える。遠く、動物園の外を視界に収め、鷹の如く真っ直ぐ見据えるは許せぬ者達。 「六道の奴らが見てるんでしょう? だったら、とくと見せてやるわ。わたしのコブシ、わたしの力、わたしの意地」 暁穂の瞳には監視者の姿は映らない。けれどもわかる。下卑た笑みを浮かべるヘンタイどもが見ている。 「これも任務なんだから、きっちりやらないとね。ぬこだろうともっふもふだろうと、わたしのコブシでシビれさせてあげるわ!」 頷きあい二人は現場へと駆け出した。 「おーおー来た来た。今回の獲物だぜーぬこちゃん。お、あの娘胸でけぇ」 「あのね兄さん……」 今日も双眼鏡を片手ににやにや笑いの兄山田に、疲れた顔の弟吉田。 「記念すべきリベンジだぜぇ? お前も見ろって」 肩を叩いて双眼鏡を渡す笑顔の兄に、しかし弟の表情は晴れない。 「どうしても耐久性を犠牲に武器データの反映を優先したせいで、まだ戦闘用として完璧とは言えないんだよ。実験は早かったんじゃないかな……」 「だぁら考えすぎだって! そんなことより胸でけぇぞ!」 吉田はため息をつき、真面目な顔で振り返った。 「確かに僕は女子高生が大好きだ。でも大きければ正義だなんて認めないよ。普段元気な女の子が内心で小さいことにコンプレックスを抱いてるとか最高じゃないか。ギャップ萌え、そうギャップ萌えだよ。決して小さい胸がいいってわけじゃなくてね。わかるでしょ」 「あ……はい」 「視線を感じる……見られての戦闘は気持ち悪いわ」 色っぽい息を吐いて『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)は身震いした。 きつね広場に向かう道中。ぬこを探しながら歩く一同の中で『リベリスタの国のアリス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)がため息一つ。 「見た目は可愛いねこさん……なんですけど、危険極まりない『キマイラ』なんですよね。気は引けますけど、倒さないといけないです……」 「可愛らしい生き物を戦闘の道具にするとは許し難い。被害を出さない為にも急ぎ決着をつけねばいけないね」 頷き、『新月』月ヶ瀬 蓮糸(BNE003664)は歩く先に目をやる。彼方を見据えるその目に映ったぬこの影、そしてそのずっと先で監視する双子。 「もし、ねこさんを普通に倒す事ができたのなら。出来れば、ねこさんの亡骸を優しく、抱きしめてあげたいです……」 ねこも犠牲者だ。身勝手な人の研究で歪められた命。 呟くアリスに小さく微笑み、「そうしよう」と答え蓮糸は歩を早めた。戦いが始まるのだ。 (可愛いけれど、まあ何処にでもいるし) 待ち構えるぬこを見て、千歳は指先に魔力を灯した。 「人に飼われて血を浴びるより、凛とした野良のが好きよ」 ――かわいそうな動物たちだ。言葉も意思も通じぬままに実験体にされて。 視線が交差する。ぬこの瞳は狩るべき『獲物』を映していた。その心だって、人の手で改造されたもの。『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は左右の手で魔術書を構えた。 「それでもぬこを、このまま放っておくこともできない。かわいそうだが、ここで眠ってもらおう」 自分達が戦わなければ被害が出る。それを止める為に自分達はあるのだ。 もふっもふっもふっもふっ―― 飛び出したリベリスタ達の正面で、三匹のぬこが尻尾を揺らす。風を切る音はまるでぬこ達の歌声のように響いて―― ●ぬこが笑う 音が聞こえる範囲に入って、飛び出したリベリスタ達が一斉に失速した。空気が身を押し包む感覚。じわじわと迫る重い空気が呼吸を乱れさせ、武器を持つ手が緩んでいく。 「重い、プレッシャーが重い! むかつく!」 縛られることが何より嫌いなのと千歳が睨みつけるも、ぬこ達は涼しい顔だ。 誰もが動きを鈍らせ横並びとなる。その様子にどこかおかしそうにぬこが笑い尻尾を振るう――より早く。 重い空気を切り裂いて。ぬこより早く動いたのは―― 「言ったはずだぜ、狐より優れたぬこなんざいねェ!」 誰より早く。『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)の一撃が白ぬこの刃の尻尾と斬り合わされた。 鎌が、大鎚が、鉄板が、多種の尻尾がアッシュの身体に叩き込まれる。血を吐くも、結果は仲間がブロックにつくまでの時間稼ぎになる。 空気が敵となっている。震える大気が行動を阻害し仲間を苦しめた。だがそれなら。 「多少だが、プレッシャーは中和してみせる」 鋭い眼光を向け、リオン・リーベン(BNE003779)は動きを読み取っていく。経験はデータを導き。データは策を生み出す。策は戦いにおける効率を産み、勝利を導く重要な一手となる。 リオンはその為の指揮者。言葉、指先、その一挙一動が仲間の情報伝達を良くし、プレッシャーの中で効率良く戦うすべを伝えていった。 (厄介な敵だ。普通に倒したら爆発というのが何よりも厄介だ) 立ち位置に気を配る。敵の攻撃範囲は。味方との距離は。すべての効率を求めれば、格段と被害は下がるのだ。 暁穂の身体に大鎚が打ち込まれリオンの位置まで吹き飛んだ。それを支えるとダメージを目算し、脳内のデータに修正を加える。 「まだ行けるな? よし、では頼むぞ」 全ては勝利の為に。 「――っ、やってくれるよね」 激しい痛みも、暁穂の身体を痺れさせることはない。耐性を持つ暁穂ならばこそ、すぐに戦線へと復帰する。 吹き飛ばされることは想定済み、その為にこの黒ぬこの相手は二人体制だ。 (無理はさせられない。わたしが気張らなきゃ!) 傍らに立つ蓮糸を気遣い、暁穂は崩れた構えを取り戻す。流水の如く、動きを、流れを読み取る。 「――捉えた!」 武甲・蒼雷が蒼く輝く雷の軌跡を描いて――黒ぬこの胴体を強く叩いた。 今にも奥へ駆け出そうとする黒ぬこを抑え、蓮糸はヴァリアントブレイカーを振りぬいた。結果は小さな黒ぬこの身体を捉えない。 だがそれでいい。今の自身の技量ではそうそう捉えれないことはわかっている。必要なのは大事な場面での効果的な一撃だ。 ここにある以上は戦力。やれるべきことはある、その為にここに立ち―― 「支えよう。突破はさせないよ」 毅然と構える。その意思は力だ。 「もう、すばしっこい!」 千歳が積み重ねた魔光を放つも、直撃は難しく行動を封じるには至らない。 それでもプレッシャーに負けない強い魔力が、もろい黒ぬこの身体を削りとっていった。 撃つ。撃つ。呼吸を整えて撃つ。 「長い行脚もここで終わりにしましょっ!」 魔術を扱うことに自信がある。その威力も、精度も、精神力も、誰にも負けない破壊の魔術に繋がる自信だ。 息を整えよく狙いをつける。 アリスの放った意思の閃光がぬこ達の身体を焼くと、怒りの声と共に尻尾の一撃が周辺に一斉に飛び交った。 そのうちの白ぬこの尻尾が上空で網目を作ると、降り注ぐ連続攻撃がアリスと陽菜の身体を激しく切り刻んだ! 「くぅっ……負けないです」 唇を噛んで痛みに耐え、アリスは連続して癒しの力を紡ぎだす。 各所で被害は甚大。伸縮自在の尻尾は脆い後衛にも降り注ぎ、決して重くないはずの一撃はプレッシャーの効果で致命的な一撃となる。 ぬこ達が笑っている。そして恐らくどこかで見ている連中も。 「遊び半分でこんな、危険な生物を造るなんて……生命は、玩具じゃないんです!」 傷ついた身体で、それでもアリスの瞳は決然として。 ぬこは気まぐれで自由なものだ。だけど…… 「ここまで危険になっては、放っておけないな」 レンはぶちぬこの前に立ち突破を阻止する。その位置で、仲間と目標を合わせて黒ぬこめがけ魔術書の1ページを飛ばした。 魔力が型取り不吉の象徴となり、黒ぬこの身体の芯を捉え貫いた。 的が小さく回避の高いぬこ。それを確実に傷つけていける者は少ない。 この戦場に置いては二人。レンと、もう一人は―― 激しい攻防が続いている。その中で―― 呼吸を整える。指先に力を込める。 雑音が消える。世界が……止まる。 「――いけぇ!」 8.8 cm FlaK 37。言わずと知れた高射砲。本体のみを取り外し腕に装着させるというリベリスタだからできる無茶な荒業。 陽菜の射撃は狙い通りの位置に打ち込まれる。狙いは黒ぬこ、その、尻尾だ。 尻尾の付け根を弾が撃ちぬいた時、今まで攻撃を受けてもどこか余裕であった黒ぬこが絶叫を響かせた。 「――やられた!?」 「データ照会急げ!」 戦場から遠く離れた場所で。佐藤兄弟がパソコンにデータを高速で打ち込んでいく。 「尻尾への情報量が多すぎたんだ! 伸縮の素材から唯一の武器としての負担、脳波へ直接繋げての精度向上……情報が全部逆流してるよ!」 吉田の焦った叫びに、山田は天を仰ぐ。 「想定はしていたんだ……でもまさか、気づかれるとは思わなかった」 「効果抜群みたいだねっ!」 苦しみもがき尻尾を振り回すも、その精度、威力とも先ほどまでのものではない。 さすがに千切り飛ばすには及ばないが、ぬこの持つほとんどの能力を尻尾に集中させていた兄弟の失敗であろう。 「気が進まないけど、ぬこ達は倒さなきゃいけないんだよね。かわいそうだけど……尻尾を付け根から千切っちゃうのがいいかも」 陽菜は再び構える。動きを鈍らせたぬこ。高い効果を生み出せる陽菜の攻撃は絶大なアドバンテージとなりえたが…… 「――あっ!」 陽菜が慌てて違う力を紡ぐ。敵を射抜く為の力は、代わりに味方を癒す力へと変わる。 押し切るチャンス。だが前線の崩壊がそれを許さなかった。 「――ガッ!」 切り刻まれた身体をさらに業炎が押し包む。白ぬこを抑えていたアッシュは、ここで力尽き前のめりに沈んでしまう。 笑う。笑う。フリーとなった白ぬこがゆったりと前進し…… 「行かせないよ!」 後衛から飛び出した陽菜が牽制してその行進を防いだ。 危機はチャンスにもなり得る。 「動きが鈍ったぬこくらい――シビれさせてあげるわ!」 暁穂の拳が黒ぬこへ激しく叩きつけられる。雷の力に一瞬呼吸が止まり、ぬこの動きが止まる。 (この機会――見逃せない!) 再び振るわれた蓮糸のヴァリアントブレイカー。この瞬間の為に集中を重ねられたソレが、ぬこの身体の芯を捉え―― 吹き飛ばす! 地面を転がる黒ぬこは白ぬこの位置まで吹き飛んで―― 「ナイスバッティング! あはは、燃えろ燃えろ!」 千歳の放つ炎の術式が黒と白のぬこを激しく炎上させた。 「アリスさん」 千歳の言葉は攻撃と同時に発されて。 アリスの瞳が黒ぬこの身体を解析していく。 「黒ねこさんはもう限界です!」 アリスの解析が爆発寸前という結果を打ち出した。衝撃によってその生命が尽きるとその身ごと周囲を巻き込む爆発を起こす命。 「ふん……気に食わんな」 リオンの呟きはフィクサードに対してのもの。 『倒されて自爆する』ことが前提の能力。これが指揮者であるリオンには気に食わなかった。 戦力は使い捨てるものではない。備えることは悪いことではないが、万が一が起き得ぬ様策を練り戦力を揃え向かうのが戦いなのだ。 「まあ、フィクサードに何を言っても無駄ではあるが」 アリスの叫びが終わるより早く。 すでに一つの影が飛び出している。 気を強く硬く練りあげて。 死角から忍び寄る力にぬこは気づかない。 首に巻き付くは一瞬。力の収縮も一瞬。 レンの放った気糸がその首を締め上げ、黒ぬこの意識を刈り落とした。 「……これで、ゆっくり眠れるだろう。お休み」 黒ぬこの身体が爆発することはもうない。 ●笑うのは 激戦は終わらない。互いに一人ずつが倒れた。八人の内の一人と、三匹の内の一匹は大きく違う。 しかし、それはその置き土産の大きさ次第でもある。 フリーになったぶちぬこのブロックに入った、蓮糸の身体も無傷ではない。攻撃に耐えるべく全力で防御に徹する――その身体に、強力な神秘の力が叩きつけられる。 防御をこじ開けて穿つ強力な一撃。その身体は未だ神秘の洗礼を受け慣れていない。 「くぁっ――!」 激しい業炎に包まれて、蓮糸は地に崩れ落ちた。 黒ぬこの放つガードプレッシャーの効果がなくなり、一撃の重さは確かに減った。 だが、倒すまでにある程度時間が立ち、十分に傷ついたリベリスタの体力は、ぬこ達の連撃に耐えられるものではなかった。 「くっ、まだここで眠るわけにはいかない」 前衛を支えるレンの身体もぼろぼろだ。伸縮自在の尻尾で打たれる後衛は、前衛ほど普段攻撃を受け慣れていない。レン以上の消耗を受け膝をつく。 千歳が、アリスが刻まれ血に濡れた身体を必死に起こす。その運命と引き換えに―― 「んふ、ちーちゃんは、勝つためなら何でもするのよ。意地と根性で、生きてるんだから」 苦痛は見せない。笑って――千歳は笑って立ち向かう。 負けない、意思。 陽菜とアリスが必死に癒しを紡ぐ。二つの意思が相乗し、前線を支える力となるも―― ぶちぬこの神秘の力が暁穂の自己を高めていた力をすでに奪っている。リオンの策が生み出す力も、神秘の力が阻害していた。 再び叩きつけられた尻尾の一撃に、暁穂もまた意識を失いかける。それを叱咤したのは自分自身。運命は彼女の意思に従い力となるのだ。 「斬られようと潰されようと焼かれようと構わない。ただ、わたしは倒れない!」 握る拳を振り回して。咆哮は自信を奮い立たせる勇気の歌だ。 「わたし達を倒したきゃ、見た目度外視で性能重視してきなさいよ、六道のヘンタイども!」 パワープレッシャーによる火力の低下は戦況を長引かせる。それによって生み出される状況は、精神力の枯渇。 リオンは味方の指揮と精神力の回復を努め、勝利への献身を見せていたが―― 「――あっ」 癒しの力を放った直後のアリスに向けて、刃が振り下ろされた。アリスは痛みを覚悟をするが、その痛みは別の者が引き受けた。 「リオンさん!」 「気にするな。行動に専念しろ」 今この戦場において癒し手を失うわけにはいかない。自身もまた勝利を導く為の駒。その覚悟がリオンの身を動かし…… ついで来る衝撃。強力な神秘の一撃の前に、リオンの身体は崩れ落ちた。 「こっのぉ!」 陽菜の射撃がぶちぬこの尻尾を撃ちぬく。だが、付け根を正確に撃ちぬくにはよく狙う必要があり、その為の集中を取る暇はすでになかった。 ぬこ達があざ笑う。プレッシャーが周囲を弱らせ、尻尾が容赦なくリベリスタ達を打ち付ける。 兵器とされたぬこ。邪悪な意思も、人に手を加えられた結果だ。 ――変な改造をされて。それでも元は愛玩動物だったはずだから。 だから。倒さなきゃいけない。最後くらい看取ってあげたいから。 陽菜の目が遠く彼方を映す。そこにいる双子に。許せぬ外道に。 「双子はアタシを怒らせた! 可愛らしい猫を……ぬこを兵器として使った罰を受けてもらうから!」 猫は愛でるもの、ぬこも愛でるもの。 「猫の姿をしたものを悪さに利用する人は――アタシが許さない!!」 激しい怒りと共に弾丸が打ち出され―― 「……兄さん」 弟吉田の声に。 「おう、まぁここまでだな」 兄山田がため息混じりに言葉を吐く。 「まだまだ完成には程遠いなぁ。いやまぁ、不完全な代物を紫杏お嬢様に報告せずにすんだから良かったかなぁ」 「繰り返していけば完全な物に繋がるよ。今回のおかげで欠陥も直せるわけだしね」 物。欠陥品。双子は繰り返し、パソコンにデータを打ち込んだ。 「今回は痛み分けだ。次はもっと完璧な物にしないとな」 もふっもふっもふっもふっ―― 尻尾ふりふりぬこは歩く。 リベリスタ達に緊張が走るが、ぬこは興味を失くしたように離れていく。 向かう先を確認すれば、彼方で双子が手を振っていた。 「待ちなさいよ!」 千歳が引き止めるも、その足はふらつき立つのがやっとだ。 誰もが疲弊している。これ以上の継戦は命の危険すらあった。 レンが、暁穂が悔しさを滲ませる。 その後ろで、アリスの上げた悲鳴が一同の意識をかき集めた。 「ねこさんが……」 倒れていた黒ぬこ。その身体が崩れ落ちていく。 今までのキマイラでも見られていた現象。細胞がドロドロに融け、身体は風とともに散っていく。 皆の沈黙は怒り。生き物を兵器とし、戦わせた結果がこれか。 陽菜と暁穂がぬこの身体を抱きしめる。 服が汚れるのも構わずに。 全ての言語を解析する力で、ぬこに『おやすみなさい』と呟いたのは千歳だ。 レンが小さな穴を掘る。 確かにあった命を、偲ぶために。 「今度、生まれてくる時は……普通のねこさんとして、生まれてきて下さいね……」 アリスの祈りがぬこに、きっと届いて―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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