● 「ああ……結局これだけかあ……。まぁ、余り一気に加速させると持たないみたいだって言うのは前回で分かったからねぇ……うん、こんなものかなぁ……」 一歩進んで、一歩下がる。一歩進んで、一歩下がる。 前進のない運動を続けながら、研究自体は進んだらしい男が少しだけ満足げに頷くのに、別の男――等活は声を掛けた。 「先日より化け物染みていると思いますが。これが進化系なので?」 「……でもこれ、少しロマンチックでしょう? 折角素体が小さい女の子だったからさぁ……これでも気を遣ってあげたんだよ……。僕、これでも子供には優しいからさぁ……」 子供に優しい人間が、その手足を磨り潰して混ぜるものかね。 思った事は口には出さず、等活は肩を竦めた。 其処にいるのは、半透明の巨大なナメクジ……ウミウシとか男は言っていたか。 全長は成人男性の二人分を悠々と越すだろう。 頭部と言うべき前面に植えつけられたのは、手足を失った幼い少女。 本来ならば人の身の色をしているはずの少女もまた、半透明の薄い桃色に変化している。 ゼリーや樹脂で作られたオブジェと言った方がまだ現実味がある。 ゆらゆらと揺れる桃色の突起は長く伸びて触手、或いは少女から伸びる長い長い髪にも見えた。 白衣の研究員が手にした絵本は『ラプンツェル』、それだけで意図が分かって等活は小さく溜息を吐く。 「ほらね……? この年頃の子って何が好きか分からないからさぁ、年の近い研究員に聞いてみたんだよ、そうしたら彼女、『人魚姫』って言ってねぇ……。童話とかがいいんだってさぁ……」 「……で、絵本まで借りてきたと」 「そうそう、『可愛く作るのよ!』って言ってたからさぁ……混ぜるのもピンクにしてあげたんだよねぇ……。ほら、ちょっとお姫様みたいになったでしょ……」 攫って手足をもいで研究材料にしてお姫様。素で何を言っているのかと等活は思うが、深く考えるのは宜しくないと切り捨てた。研究者に限らず己の道に没頭する者は往々にして自分の感覚でしか生きていない。 それは男に絵本を貸した研究員とて同じだ。年若くして六道に名を連ねる少女は、才の元に尊重されたが故に、幼くしてその精神に歪みを見せている。全くロクなものではない。 「……で。我を呼んだのはこれを見せる為ではないのでしょう。金さえ貰えれば我等は何でも構いませんが、時もまた金、手早く願います」 「ああ……そうそう、でさぁ、『彼女』の『王子様』が欲しいんだよね。でさぁ、等活君に護衛して貰おうかなぁって」 「この間の裏野部の生き残りでも使えばどうです」 「ああ、駄目だよ。彼はこの子引き渡してすぐにいなくなっちゃったからさぁ……。『お友達の仇を取りたいなら強くしてあげるよ』って言ったけど、断られちゃった」 「……ま、前回のを見ていたら賢明な判断と言わざるを得ない」 「酷いなぁ……これでも随分、安定性と完成度は上がったんだよ……。紫杏様のお役に立つ為にも、まだまだ改良はしなきゃいけないけどねぇ……。お願いできるかな……」 「常の通り。我ら六道が最下層、地獄一派。地獄の沙汰も金次第」 「うんうん、君らは分かりやすくて好きだよぉ……」 「止めて下さい、気持ち悪い」 溜息をついた等活の視線の先、少女の手足を混ぜられた四体の小型な異形が、蠢いた。 ● 「あー……ええ、またです。またですがどうぞお願いします。はい、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。お喋りしたい所ですがそうもいかないんですよね」 赤ペンを手に、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は肩を竦めた。 示されたのは、郊外の幼稚園。 「先日、結構な数のチームが六道派の奇妙なエリューション退治に向かった事はご存知ですか? はい。あれです。あの、ノーフェイスともビーストとも、ゴーレムとも言いがたい、人工的に混ぜられたと思われるエリューションです」 『六道の兇姫』六道紫杏が率いる一派によって行われていると思われる研究。 内実や目的はまだ全くの不明ながら、どうやらそれによって異なる種のエリューションやアザーバイド、アーティファクト等を組み合わせて新たな種を作り出している様子だ、とギロチンは言う。 「この種を呼ぶに当たっては仮に『キマイラ』という呼称を使わせて頂きます。今回発生したキマイラは五体。一体は巨大で、残りの四体はまあ、子供程度ですね。……使われたのも子供です」 行ってから見るよりも、とフォーチュナはモニターにその姿を映し出した。 半透明の体。彫刻の様に浮き出た幼子の体。手足のないその姿は、船首像にも似ている。 「……先日ぼくが視た案件で、とある小さなリベリスタ組織と彼らが保護しているフェイト持ちの子供たちが狙われたのですが、襲撃者はその時と同じグループだと思います。更なる『材料』を求めて幼稚園を襲う様子です。今からならば避難は間に合います」 なので詳しい事は資料を参照して下さい、と渡される紙。 ギロチンはいつも通り焦点の定まらない目で、僅かばかりの苦笑を浮かべた。 「全く、鬼の件が一先ず片付いても息をつく暇もないですね。ですが皆さんにお願いするしかないんです。お願いします。子供が更にあんな姿にされてしまうなんてこと、嘘にして下さいね。ぼくを嘘吐きにして下さい」 お気を付けて。 少しの憂いを乗せて、フォーチュナはひらり手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月22日(火)23:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 賑やかな幼稚園。 昼下がりのそこは、平穏な光景そのものであった。 ――子供を狙うなんて。『無音リグレット』柳・梨音(BNE003551)の瞳が剣呑に細められる。 蘇る過去。罪もなく命を弄ばれ殺されるだけの子供。 自らの過去と重なるそれを思い、今度は無力で在るものかと小さな拳を握った。 『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)の顔も冴えない。 ブリーフィングルームで見せられた映像、蠢くミノの間に見えた瞳から薄紅色の滴が零れていた。 半開きになった小さな唇はもう言葉を紡ぐ事はないのだと思うと、溜息が漏れる。 何故、<<これから>>を生きるはずの子供がこんな事に巻き込まれなければならないのか。胸のむかつきが消えない。 「幼稚園を襲撃するとかホント許せないよね!」 眉を寄せる『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)の視線の先では、子供らが遊んでいる。罪もない子供達。それを狙うなど許しがたい。 叩き潰してやりたくとも、当面の敵は彼らが作り出した『血涙のラプンツェル』である。 結局ラプンツェルと名付けられた醜悪な化け物も、弄ばれた被害者に過ぎない。 けれど、ここで彼女に同情して加減をし、次の被験者を与える訳にはいかないのだ。 「行こう、皆」 明神 禾那香(BNE003348)が囁いた。 幼稚園の建物の上に舞い降りた『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は道に油断なく目を走らせながら、仲間が向かうのを見た。 己の行動に対し、普段悔いる事は少なく生きている彼だが、目前で攫われた少女の行く末を目にして僅かばかり息を吐く。 あと一息、もう一歩、せめて一撃。仲間を盾に逃げた下衆に掬い取られた命。 手が届きそうだったからこそ、『もし』の可能性が頭を巡る。けれど、もうどうしようもない。 彼の目線の先では、『Weise Lowen』エインシャント・フォン・ローゼンフェルト(BNE003729) と『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が保育士相手に偽の説明をしている。 「失礼、此の園内に爆発物が隠されているという情報があり、念の為にと避難指示が下された。御手数を掛けるが、至急園外へと退避して頂きたい」 「これと同型の……という話なんッスけど、見てないッスよね」 「は、はあ……」 幾らスーツを着ているとは言え、リルの姿は少女じみた顔も相俟って幼すぎる。エインシャントの後ろに控えているのも子供達ばかりであれば、どう判断したものか彼女は迷った様子だった。 大の大人がこれだけ子供を揃えて悪戯、というのも考え難いが、にわかには信じがたい構成なのも仕方がない。 すっと前に歩み出たプレインフェザーが、軽く指を立てた。 「な。先生、『警察手帳の確認は済んだ』ろ? あたし達は緊急だからって避難手伝いに呼ばれたんだ」 すいっとずらされたそれに目線を動かした女性の瞳に浮かぶ疑念が、質を変えた。 即ち、『正体に対する疑念』ではなく、『本当に爆弾があるのか』という疑念に。 プレインフェザーによって書き換えられた記憶は、直ちに園長に伝え避難させる、という言葉になった。 ただ――。 「あの……あなたたちは?」 「すぐに爆発の危険はないらしいんでね。もし見付かったら逃げるよ」 「そう……?」 近所の子供など、本当に爆弾の疑いがあるとしたならば真っ先に逃がさなければならない方の人間だ。たった一人の警官に複数の子供。幾ら記憶を弄った所で、浮かぶ疑問までは消しようがない。 あまり大きくない幼稚園でよかった、とプレインフェザーはくしゃり頭を掻く。 彼女が記憶を弄る手間は、まだ幾度か必要そうだった。 ● トラック内。複数の男達の会話。 「オーバーステップ。目標地点から急激に生体反応が移っていますが」 「――やれ、またアークでしょう」 「あー……本当にぃ……? 全くもう……他でも戦闘データ収集とかやってるから、そっち行ってくれてると思ったんだけどなぁ……」 「『万華鏡』に加えて人員が潤沢の様子、羨ましい事で」 「どうします? 中止致しますか?」 「なんでぇ……?」 「新規素体のの確保は難しそうですが」 「いい。このまま戦闘データの収集に切り替えようよ。……『石』やら最近の調査記録やらのお陰で、何処も研究が劇的に進んだみたいだからねぇ……僕も少しでもデータ貯めとかないとぉ……。……いいよね? 等活君」 「クライアントは貴方です。ご随意に」 「了解。このまま向かいます」 ● 「慌てずに、走らないように、前の子の手を繋いでいくんだ。いいね?」 「落ち着いて、大丈夫。……せんせいと一緒に行けばいいからね」 『来たわ』 エレオノーラと繋いだままの幻想纏いに細心の注意を払いながら、禾那香と『フラッシュ』ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)は最後の子供らを見送った。 無愛想な顔に精一杯の愛想を浮かべていたのを消し、裏口から聞こえてきたエンジン音に走り出す。 トラックのコンテナの角を視認したかしないかの辺りで――解き放たれたキマイラが、グランドに流れ込んだ。 薄紅色の涙を流す巨大な半透明の混種生物『血涙のラプンツェル』、付き従う赤い半透明『ノヂシャの露』。 「……誰が」 ルークの唇が噛み締められる。御伽噺のお姫様は、確かに少女が夢見る事もあったかも知れない。 けれど。 「誰が、こんな風になりたいっていうんだよ……!」 空ろなゼリーの半透明の瞳は、最早どこも見ていない。 望まぬ動きを止める為、彼は己の集中力を最大まで引き出した。 「まずは、ノヂシャから……」 横並びのラプンツェルとノヂシャ。端の一体に目標を定めた梨音は、一気に敵から距離を置く。 「確実に殲滅して行くッスよ!」 たたん、と地を蹴ったリルの姿が質量を伴いながら二重三重にぶれ、その全てがノヂシャに叩き込まれた。 屋根より仲間からやや前方に降りたエレオノーラは、ラプンツェルと相対する。 唇の先だけで謝罪を呟き、神秘で置き換えた伝達速度で自身の集中力を人外へと押し上げた。 視界の奥に、トラックから降りた男達が目に入る。ラプンツェルとノヂシャから滴る雫の音がたまに響く以外は、子供の声もなくなったグラウンド。 着古したYシャツと白衣の男が恐らく研究員だろう。と、なるとその前に立つスーツ姿が資料にあった『地獄』を名乗る一人か。ラプンツェルに最も近い彼からは、話さえも通る位置。 「地獄の沙汰も金次第、って言葉が好きなのはあなた?」 「……これはこれは。然して表に出ない我らをご存知とは流石アーク」 皮肉げな声は遠回しな肯定。 「ねえ、死を恐れる前にどう生きるのかが重要じゃないかしら。漫然とした生こそ、死そのものよ」 「――ご高説且つ上澄みの一般論を態々述べてくれて感謝しよう。我の生が漫然としている様に見えるのならば、君はさぞかし充実し溌剌とした毎日を送っているのだな。此処で終わらないと良いものだが」 敵対者だからか、元の性格がそうなのか、言葉は嘲笑と悪意に満ちている。 言葉が終わるか終わらないかの内に、動き出したのはノヂシャ達。 「くっ……!」 群がられたのはウィンヘヴン。半透明の全長は彼女よりも小さいとは言え、質量では大きく上回る。リルが前に立ちはだかった一体以外が、紅の騎士少女へと圧し掛かる。 行動を遮られた一体は、赤黒い霧をリルとルーク、エインシャフトに向けて吹き付けた。 エインシャフトはそれを苦もなく振り払ったが、リルとルークはまともに吸い込んだそれに喉を焼かれる感覚に襲われる。 「無茶すんなよ」 咳き込んだ仲間に言葉を送り、プレインフェザーもまた己の集中領域を一段階上へと押し上げた。 面影を残す少女の形。手足を失い埋め込まれた子供。 こんな運命を、再び許してなるものか。 「ラプンツェルだといって悦に入っているが、何だ、化け物じゃないか」 可愛らしい名前を付けた所で、この外見は如何ともしがたいだろう。望まずこの姿にされた子供には同情を覚えども、製作者の美的感覚は疑わざるを得ない。 隣に慣れた気配がない事にほんの少しの不安を覚えながら、禾那香は皆に翼を下ろした。 空中への退避をも可能にした仲間の動きが、少し機敏さを増す。 「来たか……ラプンツェル……灯りを求め謡う少女の歌声は悲痛の叫びか……或いは――」 憂いを交えた瞳のエインシャントの刃は、それでも鈍らなかった。 リルが目標を定めた一体へ向けて、力を乗せて刃を減り込ませる。 「触りたくないけど、好き勝手されるのはもっとヤだしね……! うー、感触気持ち悪い」 先程圧し掛かられた時の事を思い出し身震いしながらウィンヘヴンも槍を振り上げた。 流れ出す瘴気は、零れ出し棘を持った彼女の生命。 体が僅かに脱力するのを感じながら、ウィンヘヴンは黒のそれがノヂシャを覆うのを見た。 ● 「……ちょっと。余り前に出ないで貰えますか。護衛は受けましたが、我は余計な巻き添えまでは食らいたくないんですよ」 「いやぁ……大きさってやっぱり武器になるよなぁ、って思ってさぁ……。でもあんまり大きくすると今度は『ダウン現象』起こす確率が上がるしねぇ……?」 「あれは?」 「今の所は兆候なし……。うんうん、いいよ、いいよねぇ……。もっと大きいのもいけるんじゃないかなぁ……?」 「持ち運びと管理の面は?」 「……あぁ……。……従順さはともかく、もう少し知能は欲しいよねぇ……持ち運びは……飛べるようにでもしようかぁ……?」 ● ラプンツェルもノヂシャも、切られ穿たれれば赤い液体を流す。 人の血液を何倍にも薄めたようなそれが、グラウンドへと滴っていた。 だが、それより濃い色、リベリスタの流した血も、決して少なくはない。 何より、大きな誤算が一つ。 5mはあるラプンツェルは、小柄なエレオノーラ――例え小柄でなかったとしても、人が一人で抑え切れる代物ではなかったのだ。 「……っ、抜かれるわ!」 エレオノーラをひき潰す様にして前進したラプンツェルは、ノヂシャを巻き込むのも構わず全身のミノを伸ばした。 「う、ぐあ……!」 「う、わ、ちょっと離してよ……!」 薄桃色のミノ、先がほのかに紫に染まったそれがルークとウィンヘヴン、ルークを絡め取る。 ぎぢぎぢと締め付けるミノの力は強く、容易に解けなかった。刃を振るっても、切れ目が入っては塞がっていく。 伸ばされたミノが目を覆う。顔を覆う。 分泌されている液体がずるずると肌を這う内に、意識が混濁していく。 自らもこれの一部ではないか。同じものではないか。手足となって動かねばならないのではないか。同時に痺れも体に回り、上手く動かない。 「っ、気を強く持ちたまえ……!」 ルークの瞳が、仲間に向けて敵意を孕んで向けられるのを見て耐性を持つエインシャントが叫ぶ。 囚われたままでは仲間への攻撃が行われないのが幸いだが、戒めから逃れる気力までも失ってはその間の戦力の低下は免れない。 締め上げられる内に手から力を失いそうになったウィンヘヴンが、運命を代償に血を巡らせ柄を握り直す。ミノを振り払った彼女であったが、蠢くノヂシャを前に体力は些か心もとない。 「一旦退いておきなさい。あたしが変わるわ」 「回復する。こちらへ」 入れ替わるように出たエレオノーラの背後で、禾那香が手招いた。 「六道の狂った実験を、好きにされるのは大変癪だ」 その為には、ここでこのキマイラだけでも倒しておかねばならない。 戦力を迂闊に欠く訳にはいかないのだ。 リルの黒いオーラに、梨音のナイフが重ねて煌いた。 ナイフの光に惑わされたノヂシャは、頭と思われる部分が目標を定めかねるようにふらふらと蠢き、同類へと圧し掛かる。 戦闘は想像以上に、長引いていた。 ラプンツェルによって強化が解除された場合に再付与を試みる者が多かったのも拍車を掛けた。 体力と再生力を誇るラプンツェルに対し、時間を与えるのはそれだけ回復の暇を与える事となる。 だからこそ、ウィンヘヴンやルークが癒しを拒絶する呪いを与えるべく立ち回っていたのだが――その分彼らは最もラプンツェルからの攻撃を受ける事となっていた。 「いま……解放するよ……!」 ルークの叫びも、今の少女には届かない。瞳だった場所から赤い雫を垂れ流し、無表情に締め付ける。どうして、こんな。けれど、彼は目を逸らさない。少女の姿を忘れないように、現実から目を背けないように、歯を噛んでその顔を見詰め続けた。 「生命を弄び、神にでも成ったつもりか……」 そこに少女の意思はなく、生命としての尊厳さえも与えられず、好き勝手に弄り回された慣れの果て。奥に見えるトラックに、エインシャントは冷えた目線を送る。禾那香が回復に回った際には彼の光が戒めを、毒を振り解く手伝いとなった。 ウィンヘヴンが力を失い二度目に倒れるのとほぼ時を置かずして、ルークの一撃が、最後のノヂシャを砕く。だが、エインシャントも武器を握り締めたまま緩やかに膝を突いた。 「お姫様を救うのは、決まって王子様なんスよ」 茨に囚われた呪いを解くのも、硝子の靴を持って迎えに来るのも、王子様。 「ただ、リルは王子様じゃなくてただの死神ッス」 だから、救えない。 守れなかった以上、もう状況を変えられない以上は謝罪もしない。 この状況に自らの手で終わりを。 エレオノーラと同じ覚悟を決めて、リルの黒いオーラがラプンツェルに叩き込まれた。 打撃に抉られた体に、変化が起きる。先程までは即座に埋まっていたそれの戻りが、非常に悪い。 「子供みたいな大人のお遊戯に付き合わされて、災難だったわね」 腕に首に、締め上げられた痕を残してエレオノーラが無愛想にも見えるナイフを振るう。実用性を第一に置かれたそれは、滑らかに薄桃色の皮膚を貫いては抉った。 「助ける、なんて綺事だろうな。本当には救えないんだから」 プレインフェザーの言葉が、宙に浮いて溶ける。 それでも、赤い涙を流し続ける少女に終わりを齎せるのならば。 「全力で殺してやるよ」 彼女の手から放たれた糸が、無数の小さな穴となってラプンツェルの体に針のように細い赤い川を作り出した。 「……御免ね」 口数の少ない梨音が、ほんの少しだけ目を伏せてラプンツェルに呟く。 この少女ばかりは、どうやってももう、救えないのだ。 分かっている。分かっているから、梨音はナイフを握り締めた拳を叩き付けた。 ゼリーの様な体が、小柄な少女の拳を中心として氷に閉ざされて行く。 「おやすみッスよ。お姫様」 氷ごしに、リルが少女の頬を撫ぜた。 刻まれた印は、おやすみのキス。 救いがたい現実を蕩かして、『少女』を終わりの夢に落とす為。 リルが己の体にラプンツェルの最後の生命力が流れ込むのを感じた瞬間――戦闘は終わった。 温められたゼリー。薄桃は少女の顔ごと溶け崩れ歪んで消えた。 手を伸ばす事さえ許されず、生き物としての形を保つ事さえ許されず、ラプンツェルは崩れ落ちる。 「……手がかりさえも与えないつもりか」 ノヂシャと同じく、地面の染みとなり乾いて行くラプンツェルに禾那香が息を漏らした。 何を企んでいるのか。何を目指しているのか。先日から活発的な六道の行動の目的は、未だ見えない。 気付けばトラックは消え、男達も全て姿を消していた。 「……次は、必ず捕まえる……」 ラプンツェルを打った感触を拳に残しながら、梨音は先程の男達の顔を思い返す。 忘れてなるものか。許してなるものか。 今は戦う事さえ叶わなかったが、いつか。そう遠くない内に。 「地獄に落ちろ、糞野郎共」 プレインフェザーの呟いた言葉を、トラックの男達に告げられるように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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