●花の香薫る館 三高平市の郊外、居住区域のはずれに人目を引く大きな館がある。 白い壁に映える真っ赤な屋根が鮮やかな館は、平屋でありながら木造のテラスを備えている。みすぼらしくなく、豪奢すぎず、慎むような気品を持っていた。決して広すぎはしない館の周りには、多くの緑を湛えた庭が広がる。樹木と草花は整然と区分けされており、剪定された様子は素人目にも手間暇をかけられているのがよくわかる。館の玄関からは石畳の道が、ゆったりとした幅をもって真っ直ぐに外門へと延びている。外門を中心に左右対称に連なる外壁は、高さは三メートルはあろうか。時間をかけ、豊かに色を重ねたレンガを積んだ外壁が、緑薫る春の庭と館を包んでいる。 館の主であった泉陵一鷹(せんりょうかずたか)は、自ら会社を興し、一代にして財産を築き上げた。その辣腕と相反して地位や名誉には無頓着で、一人っ子であった自身に子宝が恵まれないことにも特に落胆した様子はなかったという。還暦を迎えると社長職を腹心に譲り、自らは会長職にも就かず、共に十八歳のときに婚約し、人生の苦楽を共にした愛妻と館で静かに老後を過ごしたらしい。 やがて一鷹は、七十二歳にしてやや短い人生を往生する。残された妻、静(しずか)は、それまで生活を支えた住み込みの家政婦を通いに変更し、日常生活の大半と愛犬の世話を自らの手で行うようになったという。これは独り身になったことで、自ら日常生活を行うことに重要性を感じた結果らしい。 静は花の栽培を長年の趣味としており、館の玄関から外門へと通じる石畳の道の両脇には、季節の花々が風に揺られている。ちょうどこの季節は、クロランサス種の株が、緑の可憐な花を咲かせるころだ。 ●誰が、想い 「依頼は、婆さん探しだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、全く面白くないという風情で君たちに告げた。 「通いの家政婦がいつものとおりに館に到着すると、飼い犬が狂ったような剣幕で吠えてきたそうだ。無理すると噛みつかれかねない雰囲気だったみたいだな。館に入ることができないため、電話をかけてみたが、誰も出ない、ということらしい」 状況は理解できる。しかし、ここにいるリベリスタは意味を図りかねていた。 ただの人探しなら警察で十分だろう。刑事事件ではないとはいえ、人の生死に関わることであれば、十分人手を動員するに足りる動機だ。ならば、なぜアークが動く……? 「エリューションが関わっている」 将門伸暁がヒントのように出した言葉に、その場にいた全員が納得する。どういう理由かは不明だが、飼い犬がエリューション・ビースト化したというところか。 「いや、違うんだ。花だ。庭に咲く花がエリューション化している」 まるで考えを読んだかのようなセリフに、リベリスタたちはさらに困惑する。未だもって何が危険なのかが不明である。食虫植物でも噛み付いてくるというのか? 「エリューション化したのは、クロサンサス種の一株だ。この種の花は以前は婆さんが世話をしていた一部分のみに植わっていたらしいが、どういった理由か今では庭全体にまんべんなく生えているようだな」 将門伸暁は一度話を区切ると、近場にあったイスに深く腰掛ける。そして大きく足を組みながら、話を続けた。 「一株だけだ、エリューション化しているのは。その他の株、飼い犬は操られているだけ……」 そこで話を区切ると、大きく息を吐く。 「婆さんは花の世話が趣味だったらしい。可能なら、排除するのはエリューション化した一株にとどめてほしい。犬はエリューション化した株に操られているようだから、そのあたりに見極めるヒントがあるかもしれないな」 その言葉を最後に、りベリスタたちは、ひとり、またひとりとブリーフィングルームを後にする。 その背に将門伸暁が声をかける。 「婆さんと、花の想いを、汲んでやってほしい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:つぬーんゅ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月30日(月)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 花は、誰が為に 「では、始めようか」 『市役所の人』須賀 義衛郎(BNE000465)の声に、その場にいる全員がうなずく。 場所は泉陵家の正門前。 ある程度の情報は事前に家政婦より聞いてはいるものの、花のエリューション化の影響は侮りがたい。リスクを抑えながらも現状を把握するために彼等が取った手法はラジコンヘリだった。 「いくよ」 『シャーマニックプリンセス』緋袴 雅(BNE001966)はそう言うと、ヘリを飛ばす。 ラジコンとはいえ、ヘリはなかなかの爆音だ。 事前に結界のスキルを持っているメンバーはそれぞれが既に使用している。郊外とはいえ、人目につくわけにはいかなかった。 リモコンのモニターに映るメンバーの姿が徐々に小さくなり、やがて庭内に景色を移す。全員が覗きこむようにモニターを見つめる。 「この背の高めの植物がそうかな?」 雅はヘリをホバリングさせ、モニターの角度のみを調節しながら問題となる株を探す。しかし、クロランサス種の株は至る所に蔓延っているようだ。それと見分けられる特徴も、ヘリのカメラとリモコンの小さなモニターから得ることは難しかった。 「犬はいないんでしょうか?」 『闇猫』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はモニターを見つめながら聞く。 「家政婦さんの話では、犬小屋は館の裏にあるとのことでした。なら、あたしたちが庭内に入るまでは姿を見せないかもしれませんね」 そう言ったのは、『ドラム缶型偽お嬢』中村 夢乃(BNE001189)だ。彼女は事前に家政婦に連絡を取っており、ある程度の話を聞いている。 「たった数日ですが、状況もかなり変わっているようですね」 夢乃のセリフに、「やはり、中に入らないと進展しないようだね」と『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)が答えた。 高さ三メートルはあろうかという大きな鉄扉は、その外壁同様、僅かながらも歴史を重ねた色を持つ。夢乃は家政婦から預かった長さ十センチほどの古めかしい真鍮製の鍵を鍵穴に挿し込み、ゆっくりとひねる。半回転ほどで感触が変わる。立て付けがやや悪くなっていたのか、鉄扉はぎぃと小さく鳴きながら、慣性に任せて人ひとり通れる程の隙間を空ける。 鉄扉の間からのぞく庭内は、春霞がかかったように見えた。 ● ざ・しさつせん 黒く濡れた大きな翼が風を巻きあげる。巻き起こる風は『炎獄の魔女』エリザ・レヴィナス(BNE002305)自身の体を空へと運んだ。 「入って早々花粉で混乱するつもりもありませんわ。打ち合わせどおり、わたくしは空から観察を始めますわ」 言葉を残しながらエリザの姿は、館の左手を観察しはじめる。花粉の影響を受けぬよう、ある程度の高度を保っている。 ヘリの操縦を続ける雅はエリザとは逆方向、右手へとヘリを方向転換させる。 彼は本来前衛に立つべきデュランダルではあるが、前回の戦いで負った深傷が癒えておらず、今回は後衛役へと徹する。 ならば今回の前衛役、飼い犬であるボルゾイの相手をするのは……。 「あたししかいないでしょう!」 胸を張り意気揚々と登場するのは『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)だ。 「ボルゾイかっこいいです! 憧れるのです! ですけれどそあらさんの眼光にかかればいちころなのです!」 大丈夫なのか……、という空気がその場を支配する中、「犬が来ましたわ!」とエリザが叫ぶ。 それは花が敵対者を認識した証拠。戦いの開始だった。 「花粉対策の準備を!」 そう言ったのは、『特異点』アイシア・レヴィナス(BNE002307)。義衛郎と共に今回の犬の相手を主に担当する。 事前に与えられた情報を元に、各々がマスクを被る。眼鏡やサングラスを用意していたものはそれらも着用する。一番の敵は花でも犬でもなく、混乱した仲間であることは明白である。万が一にもその自体だけは避けたかった。 メガネをかけ、マスクをした犬(?)、そあらが一足前に出る。 ボルゾイは狼狩猟にも用いられた大型犬であり、その走行速度は五十キロメートルにも達する。 ものの数秒でそあらの前に立ちはだかったその表情は、明らかに常軌を逸していた。大きく白目を剥いた眼に、ブラフではなく攻撃の意図を持った歯牙を大きくあらわにする。 「さ、さあ……。まずはそあらさんが相手なのです。思う存分かかってくるがよいです……」 気後れするそあらのセリフに犬はますます敵意を増幅させ、できうる限りに牙を向く。低く唸る声は、普段生活で聞くことができるものとは一線を画していた。頭を低くした攻撃的な姿勢。人間とさほど変わらない体長は、エリューション・ビーストを凌ぐ迫力である。 そして、「うっ…今日のところはこれくらいにしてやるです。あとはお任せしたのです」とそあらがしっぽを巻く。 第一戦は改めていうまでもなく、ボルゾイの勝ち。 ● なんだかよくわからないもの 予想通りの結末に、特に打ち合わせるわけでもなく義衛郎が前に出る。犬の注意を惹くよう、武器の短剣をちらつかせる。攻撃の意図はないものの、操られ冷静な判断力を欠く犬には十分な囮となった。 その隙に、そあら、アイシア、レイチェルが正門から真っ直ぐ館に延びる石畳の道をかけていく。 「そあらさん! アイシアさん! レイチェルさん! 静さんは主に石畳の両側の花を世話していたそうです!」 夢乃が三人に声をかける。エリューション化した株は、そのあたりにあるであろうと推測された。 ビーストハーフ特有の足の速さで、そあらとレイチェルが石畳の両側を駆ける。しかし花粉のこともあり、ゆっくりと観察しながらとはいかなかった。上空からはエリザと、雅の操縦するラジコンヘリの目がある。四人が、それぞれに違和感を探る。 アイシアは館に一直線に向かい、散水器の場所を探す。花粉であれば、水を撒けば無力化できるだろうとの判断だった。 「どうやら注意はこっちに向いているようだね」 スケキヨがそう言うと、「もし向こうにいきそうになったら、オレが体を張ってでも止めるよ」と義衛郎が返す。 「けど、いつまでも膠着状態を続けるわけにもいかないね。結果的にこちらに前衛担当が残り、花を探しているのがアイシア以外、後衛担当になってしまったからね」 ラジコンヘリを操縦しながら雅が言う。 「万に一つも許してはいけないということですね」 「花に近いのは向こうだから、混乱の可能性もある」 義衛郎が短剣を華麗に操り、巧みに犬の敵意を惹く。 「もしそうなった場合はどうするんだい?」 スケキヨの疑問に「あたしがブレイクフィアーをかけにいきます。それでも止まらないようなら、羽交い締めにしてでも止めます。機械の体重舐めんなってことです」と夢乃が返送した。 「ことです……」 もう一回。 「夢乃くん、機械の体はチャームポイントだよ。落ち込まないで」 スケキヨのフォローも届かないのか、自爆した夢乃の周囲だけ空気が重い。 「あまり時間をかけるわけにもいかないよね。一気に犬の戦意を喪失させようか。幻視のスキルを持っているのは?」 「ボクと」 「あたしです」 スケキヨと夢乃が答えた。と同時にスキルを発動する。 夢乃は「でかいぞー、ぼよぼよするぞー、ぐにゃんぐにゃんだぞー」と言いながらどんどん前に出る。 スケキヨは「何かよくわからない不気味な姿」に姿を変え、犬を威圧する。 「キミに恨みはないんだけどなあ……。ゴメンね」 そんなセリフも届かないのか、犬は明らかに動揺を見せる。義衛郎は短剣による撹乱を続けているが、犬の意識は明らかに二体の「よくわからないもの」に向いていた。自分より数倍大きく、形も不定なそれは、威嚇すら気に止める様子もなくどんどん近づいてくる(ように見える)。噛みつくことが無意味と思わせるそれらは圧倒的な威圧感で、やがて彼の戦意を収縮させた。 「うまくいったみたいだね」 「やりました」 「さて、犬がどういう行動をとるかだけれど……」 義衛郎が犬をまっすぐに見つめ、その行動に注視する。 犬は使命と本能がないまぜの状態で、あたりをきょろきょろと見回しながら徘徊している。やがてその範囲は小さくなり、ちょうど道の真ん中ほどに立ちつくすようになった。 「なるほど。あの辺だね」 雅は犬の上空辺りでヘリをホバリングさせ、エリザと共に上から探る。 そあら、アイシア、レイチェルは緊急性を要しなくなったため、館の方に退避している。館の鍵は夢乃が預っていたため、家の中には入れない。もとより静の捜索は最後に回しても問題ないと言われている。 「ここまで寄って、やっとわかったよ」 「見つけましたわ」 雅とエリザが見つけたのはほぼ同時だった。それは門から見て右手、確かにそれと見れば分かる程度には他より茂っていた。その中央には明らかに幹の太い一株がある。 スケキヨが持っていたホースを使い、館の脇にあった水道から大きく散水する。これで花粉の脅威はほぼ防げるはずだ。あとは花の排除、もしくは回収方法だが。スケキヨの1$シュート、レイチェルのピンポイントでは他の花も傷つける可能性がある。 「わたし、はさみを持っていますわ」 アイシアが取り出したのは、高枝切りバサミ。長さは三メートルにも伸び、切った枝をつかむことも可能だと謳っているアレだ。 スケキヨがホースを握っているため、夢乃がひとりで幻視を使い犬を追いやる。犬から見えるわけでもないに、両手を上げ、「ぐにゃんぐにゃんだぞー」という姿はやや微笑ましい。 散水による細かな水をわずかに浴びながら、アイシアが問題の株を根元から切り落とした。 その瞬間、春霞は晴れ、美しく澄んだ青空が広がる。 誰もが言わずとも、問題の排除に成功した証だった。 「その花、私がもっててもいいかしら?」 エリザがアイシアから花を受け取った。クロランサス種の花の名はフタリシズカ。 犬はいつしか従順に、そばに寄り添っていた。 ● ふたりしずか 館の玄関を開けると、数十畳はあろうかという大きなホールが目の前に広がった。いくつかの絵画やアンティークが飾られたホールには、他の部屋に抜ける通路と、いくつかのドアがある。 「静さーん」 アイシアが大きく声を上げる。 しかし返事はない。 「みんなで手分けして探そう」 義衛郎の言葉に、三々五々メンバーが散った。 大して広くない邸内では、結果が見えるのも早い。 「みなさん」 レイチェルがホールに向け呼びかける。彼女が入ったのはテラスに繋がる、最も陽あたりのよい部屋。メンバーがその部屋に集まった。 そして部屋に入る順に、結果を悟った。ロッキングチェアーに眠るように深く体を預けた静の姿を見て。 「私が見つけたときには、もう……」 レイチェルの目は少し潤んでいる。彼女は静の無事を信じていたひとりであった。しかし現実はドラマではなく、残酷なリアルを突きつける。 「台所があったのです……。あたし、お茶を淹れてくるのです……」 そあらはぱたぱたと足音を立て、部屋を出る。 優しく日差しを受ける静の膝元に、エリザはそっとフタリシズカの花をそっと手向けた。 「フタリシズカの花……。安らかな顔ね……。どなたを思って眠っているのかは、考えるまでもないか……」 誰もが言葉少なく、その中で夢乃が家政婦に連絡をとった。同時に義衛郎がアークに結果を報告する。これで、依頼は完了だ。 「みなさーん。お茶が入りましたよー」 大きなトレイによろめきながら、そあらが部屋に入ってくる。 「あたしの大好きないちごのジャムがあったので、ロシアンティーなのです」 ティーポットにカップが、九つ。 「おばあさん……。あたしのお茶、飲んでみてください」 傍らにある、小さな丸テーブルに、ソーサーとカップを置く。ジャムは控えめに一杯。 スケキヨがテラスに繋がる窓を開ける。さあっと、優しい風が部屋を満たした。 「素敵な香りだ。どの花も皆いい子だね。本当に綺麗で、素敵なお庭だよ」 静に語りかけるように言う。仮面の下の表情は見えない。 「このお花達……良かったら今度ゆっくり見に来てもいいですか?」 レイチェルは静の足元に屈み、ゆっくりと問う。なんだか静が微笑んだような気がした。 「紅茶、おいしいな」 「ああ」 「ええ」 春の風が、優しく吹き抜けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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