●いいえ、炎駒(えんく)です 「炎駒だよ、君ぃ!」 白衣を羽織った男が言った。ちなみに白衣は防衣なので腕まくりなどをするのはよろしくない着用法だが、男は肘あたりまで3回ほど袖を折り畳んでいる。助手達には叱られるのだが、手首あたりまであるとなんとも邪魔な感じがするのだ。 「古来、赤い麒麟を炎駒というのだよ。だからそう呼んでくれたまへ」 男は大正か昭和初期のエセ紳士風の口調で胸を張って言う。上から目線と言う奴だ。モニター内の緋色の獣はCGで本物ではない。全身は細かい鮮紅色の斑点のある赤い毛皮に覆われ、顔はドラゴン、細い尾と四肢の先には蹄があり、額には長い一角がある。 「赤い麒麟……ですか? 先生」 白衣の男の隣でダークスーツの男がうなる。水玉模様の爬虫類顔で細すぎる尾と四肢とに糸のこぎりみたいな角。マウスでCGをグリグリ動かしてみてもちっとも強そうではないし、霊獣っぽくもない。 「羽場君、君、僕の炎駒を疑っているね。あぁ、嘆かわしい。そりゃあ、まだこの子は完璧ではないよ。でもね、もやはプロトタイプではなく、プレ・キマイラと呼んでしかるべき存在なのだよ」 如何なるアザーバイドでもなく、その特徴を内包した人の手により生み出された『研究の成果』なのだとエセ紳士は陶酔してまくしたてる。 「で、先生。炎駒をどうするんですか?」 いい加減、長口上を聞くのが辛くなってきた羽場は勇気を振り絞って話の腰を折る。 「決まっているじゃないか。データだよ、データ」 白衣の男は愉快そうに眉を寄せた。 「羽場君。どこでもいいから適当なところで適当な敵と炎駒を戦わせて、そのデータをサンプリングしてきてくれたまへ。細かい事は一任するよ、僕はまだ他にすることがあるからね」 男は羽場に手のひらほどもあるごつい鍵を手渡して言う。炎駒はこの鍵で区切られたコンテナに保管されていて、このままトラックに積み込み現場で解錠しろと『先生』は言う。 「熱、エネルギー放出量、崩壊速度、攻撃や防御の能力値も逐次記録してくるんだ。専門のスタッフと護衛もつけるから君は全体のプロデュースをしてくれればいい。では、よろしく頼んだよ」 白衣の男はきびすを返し、鼻歌まじりに数式をぶつぶつとつぶやきながら去っていく。その後ろ姿を見送って羽場は溜息をついた。要するに丸投げされてしまったのだ。 「戦闘データって言ってもなぁ」 がっくりとうなだれた視線の先に……モニター画面にはのんびりとしたゆるキャラめいた画像がぼーっと立っていた。 ●赤水玉1号 「赤いへんなのが夜の公園で暴れる。背後にいるのは六道」 表情を変えずに『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が言った。場所は新宿区にあるおとめ山公園。高田の馬場から歩いてすぐの小さな公園だ。 「滑り台とブランコがあるだけの小さな公園。でも、六道が作る奇妙なモノに壊されていい物なんてない」 イヴは静かな声で言い、六道の狙いが研究と創造物の更なる性能向上であることも付け加える。 「なんだか研究の手伝いをするみたいで不愉快。でも、螢を育ててる場所に近いし野放しも嫌。あとは任せるからよろしく」 言葉通りの不愉快そうな顔でイヴは言い、撃破対象は『赤水玉1号』と呼称する事に決めたと言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月20日(日)23:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●おとめ山 東口正門 寒くもなく暑くもない。空は薄雲が出ていたが満月間近の月明かりを遮るほどでもない。特に特徴のない夜であったが、今はまだただ待つしか出来ない者達にとっては僥倖であった。開園時間をとっくに過ぎたおとめ山公園には癒しを求める人々の姿はなく、ただ『待ち人』達がひっそりと闇に沈んでいるだけだ。 そしてアークが誇る予知姫の言葉通り、刻限の数秒前になって迫る車のエンジン音、続いてヘッドランプが照らす二筋の光りが迫ってくる。街灯に照らされる車体は4トントラック程度の代物だ。 「わしが潜む東口に来るとは面妖な事もあったものじゃ。したが、せっかくの好機じゃ」 隠れていた物陰から飛び出した『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)は道の端を伝いながら間合いを詰める。 「あー待ちくたびれた。やっと来たみたいだな」 事態の変化を歓迎するように『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)は言い、全身からしみ出る漆黒の闇を身体にまとわりつかせていく。これで無為な時間ともおさらば出来るし、敵が出現しないなんて緊急事態も回避出来たと言う事だ。そう思えばついつい晴れやかな表情にもなってしまう。 「やっぱここなのかねぇ」 なかなか店員に通じず苦労して買った大きな花束に持ち『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が力なく言う。花の名も用途も色々齟齬があるのだが、翔太は大事そうにそれを抱えまだ陽のあるうちに一通り公園内を見回った。中央を貫く道路で東西に分断されているおとめ公園は緑豊かで美しいが、反面アップダウンに富み、狭く細い道が続く場所が多い。比較的空間が確保されているのが子供の広場だ。 「来る場所も時間もわかってるんだ。待機していればいい」 滑り台のハシゴに背を預けて佇む『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)にもトラック独特の走行音が聞こえてくる。 「子供達の遊び場、壊させるわけには行かぬ」 『のびのび育って貰わなきゃ将来のべっぴんさんに響くからなァ!』 前髪に青いリボンを結びまるで自ら視界の半分を遮っているかのような『ゴロツキパペット』錦衛門 と ロブスター(BNE003801)も動き出す。左右の手に装着した武器はまるでそれ自体が自意識を持つかのようにそれぞれ異なる口調と抑揚、声音をひとつの唇を介して紡ぐ。 「敵は1体、考える必要もない、最初から全力で仕掛けるわね」 手にした懐中電灯を点灯させると『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)の全身が戦闘モードになる。身体の細部にまで意識が集中し、戦場と言う名の舞台で最高のパフォーマンスが出来そうな気がしてくるのだ。 「そろそろか」 強ばった肉体を手慣れたストレッチでもみほぐすと、日常生活レベルに制限していた枷を外し、全ての力を戦うためのものへと変換していく。 「あの人のハードテクノは美しい」 音楽プレイヤーを停止させると名残惜しそうにイヤホンを外し『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)は立ち上がった。この1時間は都会とは思えないほど緑豊かな自然の中でお気に入りの楽曲を聴く贅沢な時間だった。状況が許すのであればもっとこの至福の時を満喫していたいのだが、そうも言っていられないのは視覚情報だけでも充分に伝わってくる。 「奏音は巻き込まれないように遊具さん達から離れるのですよぉ~♪」 道路から最も奥に移動すると来栖 奏音(BNE002598)は自らを中心とした複数の魔方陣を虚空に描く。 トラックが東門に横付けされ、運転席と助手席から降りた黒い服の男が2人トラックの荷台部分へと手を掛ける。 「どうせこの矢はあたらんのじゃが」 だが、与一の矢が淡い曲線を描いて宵闇を滑り荷台を戒める物全てを射抜いてゆく。ごつい鍵が仄かに煌めき砕け散った。 「わああああ!」 「ぎゃああ!」 夜の静けさを切り裂く男達の悲鳴と破壊音と共に赤い何かがもの凄い速さでトラックの荷台から飛び出していく。 「なんと! 当たってしまったのじゃ……って、い、急がねば!」 公園の内部へと消えた赤い物体を追い、与一は慌てて走り出した。 ●おとめ山 子供の広場 高く跳躍し子供の広場に降り立ったのは確かに普通の生物ではなかった。しかし、紅蓮の焔をまとう禁断の霊獣と思える様な神々しい存在ではない。赤い水玉模様の毛皮にタツノオトシゴの様な顔を四肢、鞭の様な尾と赤いキリの様な角は幼稚園の子供が描く様な不思議な物体だ。 「これが最近噂のキマイラってやつ? なんか想像と偉く違うわね……まぁいいわ」 敵の動きは早いけれど見失ってしまう程ではない。間合いを詰める闇紅は流れるような華麗な動きで小太刀を振るい時間差攻撃を敢行する。だが、すっとぼけた見てくれよりは性能は悪くないのか、微妙にずらされた攻撃ではクリーンヒットとはならない。 「めんどくせぇけど、やるしかないか!」 半日ほど持ち歩いた金色の花束を移動する敵のライン上にばらまく翔太。都会の闇の狭間で戦うリベリスタ達と怪しい合成生物の戦いに似つかわしくないミモザの黄金色が散らばっていく。 「一応キリンっぽいんだろ? 好物のアヤカシの花だ。食いたきゃ食いな!」 すぐに遊具を足場にトリッキーな跳躍をした翔太は全く異なる角度から敵の背へと襲いかかる。だが、夜目にも鮮やかな赤い水玉の敵は花に一切の関心を払わず、翔太の剣はかすめるだけで傷つけられない。 「アンタのボケには後でツッコミいれてやる! 変な物体Aでも水玉1号でもどうでもいい。とっとと片づけるぞ!」 「え?」 年齢よりもずっと幼く見える驚いた表情の翔太を後目に、向かってくる敵の真正面に躍り出たディートリッヒが更に踏み込む。気合いに呑まれたのか一瞬速度が落ちた敵に銀色の刀身を思いっきり撃ち込んでいく。 「ナアアアァアア」 耳障りな金属音の様な叫びが稚拙なフォルムの合成獣から立ち上がる。それは苦痛への悲鳴であり叫び同時に音波による攻撃でもあった。独特の周波数が精神と肉体に呵責を与え、今攻撃を仕掛けたばかりのディートリッヒへと襲いかかる。 「っつっ」 更にウィンヘヴンと闇紅にもダメージが伝わり、両手のパペットを操る名の無い少女は表情こそ変わらないが可視と不可視に大きなダメージを負い数歩よろけた。 「痛ったいなぁ! 訳のわからない実験につきあわされてボクは怒っているんだよ!」 言葉と共にもとより紅の武具に身を包むウィンヘヴンが更に赤く染まる。共に駆けるモノ同士が空中で激突し赤いランスが敵を貫いた。同時にウィンヘヴンの怪我が僅かに回復する。それでも敵の動きに明かな弱体はみられない。 「六道の奴らはセンスがない! 一角獣創るくらいなら清らかな乙女とか戦乙女とか用意しろっての」 所詮外見、みてくれ、容器かもしれないが、それでも視覚的情報の違いがもたらす効果は大きいと達哉は思う。目の前の敵がこんな子供のお絵かき程度ではなかったら、自分のやる気も随分と変わっていたはずだ。 「うちの娘の方が可愛いし、兵器的にも優れている。若干贔屓目も入っているが!」 親馬鹿を華麗に披露しつつ全身から伸びる気糸が敵の尖端、糸のこぎりの様な角へと集中し狙い撃つ。空中でのたうち再度悲鳴をあげる『赤水玉1号』だが、先ほどの様な鳴声とはならない。 「チャンスなのです♪ これでも喰らっちゃうのですよ♪」 奏音がカード型の魔導書を繰りながら詠唱し、周囲に展開したに魔方陣から魔力を込めた弾丸を放つ。再び響く敵の悲鳴にハッとしたかのように白髪の少女が顔をあげた。 (あの子が泣いている? 造られた身体、造られた命で……) 生まれたばかりの命、初めての外……きっと楽しいくて嬉しい。ロブも錦もあれは敵だって言う。でも……でも。 「お嬢、あ奴は敵だ」 『余計な事考えてんなよォ?』 身体の深い場所で何かが訴えているのに身体は心を裏切りいつも通りに動いていく。自動の様に錦側の手があがり、もがく敵の角を狙って早撃ちが炸裂する。 仄かな懐中電灯や携帯ライトが灯るだけの公園で幾つものシルエットが錯綜し、時折キンと甲高い金属音や銃声が響き渡る。回復手段を持たない合成獣は徐々にダメージを蓄積させ水玉の毛皮もほころび己の体液で染めていく。同時に移動速度や攻撃威力も急速に劣化していく。反面、リベリスタ達は達哉が幾度となく奏でる『マイフェイバレットソング』と共に紡がれる清らかな歌が皆の傷を癒していく。 「つか……リベリスタ8人すら殲滅できないようじゃ高額な費用と時間を掛けて開発した兵器として失格なんじゃないか?」 達哉の視線は公園の外へと向けられる。どうせ今この時も六道の研究員達がデータ蓄積とやらを目的としたのぞき見をしているのだろう。 「データをあげるのも癪なのですよ♪」 回復の必要がないと判断すると奏音は幾度目かの魔方陣を描き、魔力の弾丸を発射する。痛みに身体を震わせる敵の動線上……そこには両手にパペットを手にした1人の少女。 「む!」 『何してる!?』 左右のパペット達が放つ少女の唇を介した言葉。ならば少女の中で生まれた言葉はどこから出てゆけばいい。伝えられない思いを抱え、少女の腕は攻撃ではなく……敵への優しい一瞬の抱擁。けれど、出来損ないのキマイラもどきに少女の思いは通じない。あっと言う間に小さな身体は一角に腹から背まで貫かれ、血まみれでゴミのように放り投げられる。2転3転してバウンドした身体が力なく地面に横たわる。 「どうせ当らんのじゃろうが……目くらましともなるやも知れず。とにかくやることに意味がある気がするのじゃ」 この戦いで抜群の命中率を誇りながらも相変わらず与一の口調は醒めている。そしてこの攻撃も正確無比の早業で『赤水玉1号』の動きを察知し次々に魔弾を叩き込む。 「麒麟って馬みたいなものよね。自慢の後蹴りを出す力ももうないのかしら?」 敵の進行方向にディートリッヒやウィンヘヴン、翔太が居る事を確認した闇紅は敵の背後に回り込み、そこから華麗な連続攻撃で後肢を狙う。 「まぁ、斬り応えだけは抜群ね。存分に刻ませてもらうわ……」 更に舞いを踊るかのようにしなやかで美しい動きで小太刀を振るう。ザックリと敵の身体が深く切り刻まれ、体液をが水音をたてて地面を濡らす。 「ここから先へは行かせない! ブロックの役目だからな」 水飲み場を足場にして蹴り、翔太が仕掛ける。内心、闇紅の言葉の意味がわからず心の表層に『?』が乱舞していたが、剣を持つ手にブレはない。 「見てくれはへっぽこでもさすがにエリューションだな。撃たれ強い。だが……!」 心を研ぎ澄し敵を倒す、その1点に集中したディートリッヒが敵へと迫る。気合いのこもる強烈な一撃がボロボロになりかけた敵を圧倒し蹂躙する。途端に敵の動きが鈍る。 「もう終わりだよ、赤玉君!」 禍々しくも美しい酷死の黒をまとったウィンヘヴンのランスが失速した敵の脾腹を突く。敵は苦しそうにもがくけれど、ランスの切っ先から逃れられない。 『チッこれだからガキは!』 「ロブ…!」 常識を覆して立ち上がった少女はパペット達の罵倒にも耐え、遊具を背に立ちつくす。 「よい! これで終いじゃ……当たればじゃがのぉ」 優しい言葉を少女に掛けつつ与一が狙い撃つ。魔弾が敵の眉間を射抜き一角が飛ぶ。動かなくなった赤い獣は緩やかに倒れ、すぐに液状化が始まっていく。リベリスタ達の目の前で一瞬前まで疑似とはいえ存在していたモノは溶け……仄かに赤い水たまりとなって消えていった。 「完全に消えちまったか」 しめった地面の跡を見下ろしながら翔太が言う。初手でばらまいた黄色いミモザが手向けの花の様に散らばっている。 すぐに近くの道路から走るトラックの音が遠ざかっていく。六道の研究者達が撤収していったのだろう。 「僕を萌えさせたいのならテクノを聞きまくって出直してこい! あ、どうせなら萌え萌えなバニー少女で頼むわ」 「せっかくお手紙を用意したのに、逃げられてしまったのです~♪」 聞こえないと判っていながら叫ぶ達哉の横で奏音は『炎駒』の文字を×印で消し、大きく『命名:赤水玉一号♪ byアーク』と書いた紙をションボリと広げてみせる。 「イヴにしちゃ投げ槍のネーミングだったが、奴らに教えてやればよかったかもしれないな」 ディートリッヒはニヤリと笑った。ちょっとした意趣返しぐらいにはなったかもしれない。 「ナンバーも付けぬ整備不良のトラックであったが、一応報告しておこうかのぉ。何かの折りに情報となるかもしれぬからのぉ」 すっかり闘気を消した与一がのんびりと言う。 「その辺の対処はお偉いさんに任せましょう………過度なアフターサービスはあたしの趣味じゃない」 静かに武器を鞘に収めながら闇紅が言った。倒した敵にも逃げた輩にも思い入れはない。 「あれ? なんか人の声がするみたいだけど……」 不意にウィンヘヴンが身をひるがえし幻視をまとう。確かに公園の入り口付近から人々の声が聞こえてきていた。ただならぬ物音などで閉ざされた門の前に集まってきてしまったのだろう。都会ではまだ人々が寝静まるという時刻ではない。だがリベリスタならば閉園したこの場から撤収するのはそれほど難しい事ではない。最後に錦衛門とロブスターは振り返る。夜に沈む前の空のような深い青の瞳が消えかかった敵の跡をじっと見つめ、そして闇に消えていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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