● 男は、彼の地へ降り立った。 傍には、大型の獣。刃物さえ通らぬような絨毛と口から生えた大きな牙は、サーベルタイガーの風貌を思わせるが、体はそれより遥かに大きい。 「無事、辿り着けたか」 辺りの様子を見回すと、男は一つ息を吐く。 以前来た時と場所は違うが、恐らく此処は間違いない。 「疾風。彼奴を探すぞ。そう遠くには行っていない筈だ」 『疾風』と呼ばれたサーベルタイガーは、男に胴を撫でられると心地よさそうに目を細めた後、颯爽と駆け出した。 男もそれに続き駆け出す。厚手のコートの襟につけられた数々の勲章が擦れる音が、深夜の川岸に響く。 『彼奴』を野放しにしておけば、この世界にどれだけの影響があるか計り知れない。 この世界を、己が居た世界のようにすることは許せない。 この世界には、恩人が、いるのだ――。 グルルルルル……。 『疾風』の呻り声が聞こえ、男は踵を返す。 「疾風!」 即座に駆けると、男は獣の傍へと辿り着く。 やはり居たか。と、心の中で呟き、獣に呻りを止めるよう指示を出す。 しん……とした空気の中、グチャグチャと音が響く。 川岸に出来た干潟。 土はぬかるみ、葦がところどころに生えている。 その中に、異形なものの姿が在った。 其れは、河原に住む生物を拾っては喰らっていた。 グチャ、グチャ、ズチュ と、音を立てて喰らう姿は酷く醜悪で。 男はあれを今から斬らねばならぬことに、吐き気を覚えた。 しかし、逃げるわけにはいかない。 ここで逃げては、何のために再びこの世界へ来たというのだ。 男は意を決し、獣と共に干潟へと渡った。 『それ』と同じ地へ立った途端、臓物が腐ったような匂いが鼻をつく。 風は男の背から吹いているにも関わらず、その匂いたるや吐き気を覚えるほどだ。 その匂いは『それ』から放たれていた。 外見だけでなく、匂いまでもが醜悪な『それ』には、先ほどまで呻りを上げていたサーベルタイガーですら戦意を失いつつあった。 「疾風、行くぞ」 男は、獣の戦意を保つように声をかけ、『それ』に近寄る。 『それ』は、男の匂いに気づくと顔を上げる。 巨大な両生類を思わせるような口からは、今喰ったばかりのカエルの足が、だらりとぶら下がったままだ。 「この世界にも種を広げようとする貴様の所業は、この僕が許さん」 すらりと、サーベルを抜き構える。 にたぁ~。と、醜悪な顔を歪ませ、更に醜悪にも見える笑みを浮かべると、『それ』は男に向かい唾を吐いた。 「くっ」 即座に男が身をかわす。と、男の足元に落ちた唾の中、何かが蠢く。 男は唾を踏み、何度も靴底を擦りつけた。 「この世界の者達をみすみす貴様に殺させはせん。僕は、その為にここまで来た。わが故国と同様にはさせんぞ!」 男は、己の闘気を爆発させ、『それ』へ向かいサーベルを振り上げた。 「覚悟しろ、『滅するもの』よ!!」 ● 「二度目のご登場のアザーバイド……だそうよ」 『もう一つの未来を視る為に』宝井院 美媛(nBNE000229)は、資料を開くとそう告げる。 「以前こちらに来たときは偶然開いたDホールに飲み込まれたらしいわ。 その時は、異界に返そうとするリベリスタの言葉を信用せず、戦闘不能にされてからDホールに入れられたようよ」 リベリスタに一度遭遇して異界へ戻るよう説得をされているくらいだから、リベリスタや神秘などについての説明は不要みたいね。と、続け、美媛は資料を捲る。 「さて、今回は、そのアザーバイドが追いかけてきたアザーバイドの討伐、もしくは送還が仕事よ」 「アザーバイドアザーバイドってややこしいな。せめて画像とかないのか?」 「……あるけど……、見たい?」 美媛が、眉間に皺を寄せてリベリスタに問う。 そりゃ当然見たいだろ。と詰め寄られ、美媛は観念したようにリモコンのスイッチを押す。 しかし、スクリーンには何も映らない。 「……扇風機ついてる」 呆れたようなリベリスタの声に、小さく「あっ」と漏らすと、美媛は別のリモコンのスイッチを押した。 「気持ち悪いから、覚悟してね」 スクリーンに映し出された画像に、リベリスタは思わず息を呑む。ボコボコのイボだらけの顔面、けれど瞳は人間のような瞳をしている。顔の肉はところどころで腐り落ちたようになっており、口は蛙のように大きく左右に広がっていた。体も顔同様イボだらけで、後ろ足だけで直立し、体には軍服のようなものを纏っている。 まさに醜悪のきわみといったような風体。美媛の説明では人の身長ほどの大きさをしているらしい。 「これが、アザーバイド『滅するもの』。 外見の不気味さでも気持ちが悪くなりそうだけど、更に凄まじい異臭を放っているの。 まるで、内臓が腐ったような匂い。 どうやら体臭らしいけど、人によってはその匂いだけで具合が悪くなってしまうかもしれないわ」 美媛は限界に達したらしく、画面を切り替える。 映し出されたのは、軍服のような服の上に同様の素材で作られたようなコートを着ている男性。 その襟には数々の勲章が輝き、腰には帯剣。 そして傍らには巨大なサーベルタイガーが座している。 「この男性が、この世界に再び現れた方のアザーバイドよ。 サーベルタイガーも同様。 名前は多分……大下……。服の袖に刺繍があるわ。 サーベルタイガーの名前は、疾風(はやて)ね。 彼らの世界は、この気持ち悪いアザーバイドによって崩界の危機にあるわ。 その中の一体が、私たちの世界を狙っていることを知った彼が、こちらまでアザーバイドを追いかけてきたのよ」 美媛は、資料とリベリスタ、交互に見ながら説明していく。 「彼らの世界を滅ぼそうとしている力は、驚異的な食欲と繁殖力によるものよ。 この気持ち悪いアザーバイドは、自らの体液から無数の子供を生み出すことが出来るわ。 その子供はものの数十秒ほどで成体となるの。 そして異常な食欲で辺りのもの全てを喰らい尽くすわ。 食べるものは、生き物でも無機物でも厭わない。 ただ、己の食欲のままに食べつくすだけ。 ……彼らの世界は、この気持ち悪いアザーバイドに食い尽くされようとしているのよ」 「そんな窮地に何故この世界に戻ってきたんだ?」 リベリスタは問う。 「以前、こちらの世界に来たときに、 『結果として自分が居た世界に戻ることが出来たならリベリスタ達を信じる』 と、言ったそうよ。 その信じた人々の世界が自分の世界と同様の危機に瀕する可能性があると知って、 助けなければと思ったようね」 以前のことを詳しく知りたければ、過去の資料を準備したので見て頂戴。と、続ける。 「彼は、今まさに『滅するもの』に戦いを挑もうとしているわ。 けれど、残念ながら負けることは目に見えている。 もし、彼が倒れてしまえば、私たちがどうにかしなければならないわ。 お願い、できるだけ急いで現場へ向かって頂戴」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月20日(日)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「覚悟しろ、『滅するもの』よ!!」 男――『大下』は、振り上げたサーベルを前方へ突き出すと、傍らで戦闘態勢を取っていたサーベルタイガー『疾風』と共に、ぬかるんだ湿地を駆ける。 目指すは、前方で醜悪な笑みを浮かべる、軍服を着た両生類のような顔をしたアザーバイド『滅するもの』。 その口が、かぱぁっと開かれる。 今まさに、唾を吐きだそうとした瞬間。 猛スピードで干潟に到着した者たちが居た。 ぬかるんだ湿地を、驚異的な平衡感覚で駆けてきた『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)は、大下の前へと半歩出た。 「あんたのことは聞いている、この戦い加勢する」 簡単な挨拶。けれど、その言葉の中には強い思いが宿っていた。 世界の守り人としての覚悟。そして、この世界を救うためにやってきた者たちを護る覚悟。 「他人に構ってる余裕なんか無い癖に律儀な奴」 「――! 貴公は……」 背後に現れた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の声に気付き、大下は振り返る。 「久しぶり。 また会うとは思わなかった」 「あ、あぁ。実は、あの化け物は――」 大下はサーベルは滅するものへと構えたまま、首だけ後ろを向かせ、が滅するものの事を簡単に説明しようとする。 綺沙羅は、それを封じた。 「わかってる。取りあえず、話はそれ片づけてからね」 「――あぁ」 先にこの世界へ来た時に、彼らには未来を知る力があると聞いていた。 恐らくは、この事も、彼らは察知していたのだろうと大下は悟る。 (ならば、彼らがこの場に赴いた理由は――) その回答は、櫻木・珠姫(BNE003776)によって告げられた。 「アークのリベリスタ助太刀に参上だよ」 大下の口角が僅かに笑みの形を取った。 やはり気づいていたのだ。そして、滅するものを倒すため。己と共闘するために、ここに来てくれたのだ。 自分を元の世界へ戻してくれた時も思ったが、彼らはどれ程お人好しなのだろう。 己が倒れてから、滅するものを倒してもいいはずだ。なのに、この場に現れるとは。 (――いや、そう言ってしまえば、僕もそうか) 先ほど綺沙羅に言われた言葉を思い出し、自嘲気味に笑む。 そこに、背中の翼を精一杯羽ばたかせた『歪な純白』紫野崎・結名(BNE002720)が現れた。 「アークのリベリスタ、到着! 悪ものを倒すのを、手伝います!!」 小柄な体躯、外見からも幼い事は容易に見て取れる。 「こんな子供までもが……戦おうと言うのか」 やや長身の『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が現れ、大下の隣に立った。 「事情はだいたい把握しています。あれが私達の世界に来てしまった以上、私達も当事者です。どうか、共闘させてください」 「あ、あの、あの不気味と言うか無茶苦茶な生物が危険なのは以前に話した未来予知の一環で知りました。 なので、出来れば一緒に戦わせて貰えませんか?」 両腕を機械化した姿には見覚えがある。如月・真人(BNE003358)だ。 「貴公も――来てくれたのか」 あの時はすまなかった――と、告げようとした言葉は、その後ろから現れた長身の男の姿によって遮られた。 あの日も見た、鮮やかな赤のコートが舞う。 「よぉ、オッサン。久しぶりだな、えぇ?」 にやりと笑う『赤備え』山県 昌斗(BNE003333)。 「山県……。覚えているぞ、その名はな」 「鬱陶しい糞がいちゃあ気持ちよく殺し合いも出来やしねぇ」 んじゃ、まずはコレを片付けるとするか。と、昌斗はライフルを構える。 「殺し合い、か」 滅するものへ向けられた銃口。 彼奴と闘う事も、殺し合いになるのではないかと考えかけたその思考を、大下はストップさせる。 否、それは殺し合いではないのだろう。彼の美学の中では。 「相変わらず、狙いは僕か? だとしたら、彼奴を倒してからだな」 大下のサーベルが再度力を込めて、滅するものへ向け、突き出される。 『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)は、それに並び斬馬刀を突きだした。 「よぉ、旦那。手伝いに来させてもらったぜ!」 己の腕に並ぶように突き出された腕に、大下は暫し目を見開く。 「御堂霧也。今からテメーを断つ剣の名だ、覚えとけっ!」 滅するものに向けられた言葉。その言葉で、彼も共闘の輩と知る。 「……こんなに加勢が居るとはな。――心強い」 大下の口が、はっきりと笑みの形を作る。 我が世界を滅ぼそうとしているものは、発見が遅れたため無限に増殖をしてしまった。 だが、一体だけならばきっと倒せる。 この、『アークのリベリスタ』が一緒ならば、きっと。 大下は、確信した。 「いくぞ疾風。この戦い、勝ちは見えた」 「かかってきなゴミ野郎」 グァァァオォゥ……!! 昌斗の声は己の能力を高める為。 サーベルタイガーの吼え声は滅するものを脅かす為。 二人の猛き声が重なった。 その時、滅するものの口から大量の唾が吐きだされた――。 ● 「10だ! 新たに滅するものを残すわけにはいかない、ここで完全に潰すぞ!」 翔太は、滅するものが吐きだした唾の数――要するに、『子』の数を仲間たちへ告げる。 そして、自分の足元に散った唾を、中で蠢くものごと踵で踏み潰した。 翔太は滅するものに誰よりも近接している。 仲間たちにはガスマスクまで装備している者もいたが、彼は素顔のまま。 勿論匂いは感じる。胸の奥から込み上げてくる不快感は、気のせいではない。 けれど、そんなものは気にしていられない。 何よりも、滅ぼさなくてはならない相手が居る。その為には、こんなものなど弾き返してやると、その瞳は語っていた。 綺沙羅は全ての感覚を集中し、滅するものを見詰める。 ガスマスクをつけていても悪臭を感じる気さえする。 それでも彼女は眼を逸らさない。 もしかしたら、奴らの増殖を食い止めたり、殲滅する方法が見つかるかもしれない。 それは、今目の前にいる敵を倒すためだけではなく――。 (せっかく遠路はるばるこんなとこまで来たんだから、大下に土産の1つでも持たせてやりたいし) 異界からの闘士の助力になるのならと、彼女の雨が天から降り注いだ。 珠姫は、加護の手をリベリスタだけでなく大下と疾風にも伸ばした。 「おお……」 自らの守りが強固になった事を、大下は知る。 疾風も同様に感じ取ったのか、振り返り珠姫を見遣ると、グルルル……と、喉を鳴らした。 珠姫が答えるように微笑みを返し、その横に並ぶ結名は滅するものの子を目がけ、マジックアローを放つ。 眼前を魔法の矢が飛ぶのを見ながら、真人は自らの強化を図った。 回復を担う己の能力を高める事。それは全ての生命線に繋がるのだ。 滅するものの放った子たちは、リベリスタ達の攻撃により全て潰された。 効果的に複数を攻撃する術を使用した事は大きな収穫を齎している。 己の能力を更に高めた佳恋は、白鳥乃羽々を閃かせると滅するものの顔面へ叩き込んだ。 剣圧に押されるように、滅するものが後方へと飛ぶ。 ブロックしていたメンバーから遠ざかった滅するものを、彼らより早く追いかけたのは昌斗の弾丸。 弾丸は胴を貫き、両生類を思わせる大きく横に裂けた口から、呻き声が聞こえ、瞳から涙が零れる。 「――!」 滅するものの子が生まれるのは、唾だけではない。 資料にも書かれていたが、涙からも子は生まれるのだ。 霧也は、安全靴で湿地を蹴ると滅するものに接敵し、頬を伝い腹に落ちた涙の中で蠢く子を切り裂いた。 「霧也! 下がれ! 飲み込まれるぞ!」 翔太の声、研ぎ澄まされた直観が、滅するものから発せられる殺気を感じ取った。 「くそっ!」 すかさず下がったが、湿地に脚を取られ激しく転倒した霧也を守るように昌斗の銃弾と、佳恋の剣先が飛ぶ。 ぐぅぅ、と変な呻き声を漏らし、滅するものは口を開いた。 「あぁ――っ」 無数に飛ばされた唾が、佳恋の体に撃ちこまれる。 佳恋の体に当らなかった唾は地に落ち、湿地の中でもぞもぞと動き始める。 珠姫の真空刃が、そのうち一体を貫いた。 「きゃー!」 その最中響く悲鳴。女子――かと思えば真人だった。 近くに落ちた唾から生まれた幼生は、小さくとも眼前の滅するものと同様の姿をしており。 真人はその恐怖に悲鳴を上げつつマジックアローを炸裂させていた。 ● 「まだまだ居るぞ!」 「大丈夫、潰す」 綺沙羅は端的に告げると頭上から雨を降らせた。 「一掃するから、生き残ってるのがいたら潰して」 リベリスタ達は、雨を受けても生き残る幼生を1体ずつ確実に潰していく。 大下もその行動に従い、疾風もそれに続いた。 ブチブチと幼生が潰れていく。 その間に飲み込まれるのを避けて転倒した霧也が立ち上がる。 「大丈夫か」 大下は、霧也への元へと駆け寄り、拾い上げた斬馬刀を差し出した。 「あぁ、心配するな」 霧也は、再度前衛へと向かおうとする。 「すまん。僕たちの世界から彼奴が来たばかりに」 「気にするなよ。あんたこそ、ここまで駆けつけてくるなんて見上げた男だぜ」 「恩義が、あるからな。彼等の為なら、僕はなんでもする」 大下は視線を上げる。その先には、反撃により傷を受けた仲間を癒す真人、滅するものの弱点を探ろうと注視している綺沙羅。そして、銃弾で子を飛ばしていく昌斗が映る。 彼らとの出会いが無ければ、己が此処に居ることもなかっただろう。 「でもな、敵がコッチの世界に来た以上これは俺達の戦いだ」 「そうです」 滅するものをブロックする、佳恋の声が飛んだ。 「元がどこから来たものであれ、この世界に来てしまった以上、放置するわけにはいきませんから」 ザン。 と、一撃。佳恋の剣が滅するものの首に亀裂を入れた。 佳恋は、滅するものの首から剣を抜くと、大下へと振り返る。 「ですから、一緒に倒しましょう」 「そうだ。だから恩義だ何だの為にあんた達が命を落とすんじゃねーぞ?」 「――あぁ。そうだな」 大下は頷くと、先を行く霧也を追った。 滅するものは首を斬られ、パクパクと口を開閉している。 しかし、その口から粘つくような唾液は出てこない。 「今がチャンスだ。一気に行くぞ!」 翔太は攻撃の好機と判断すると、ソードエアリアルを放つ。 滅するものの肩に埋め込まれたような短い首に、再度刃が突き刺さった。 グェェ……。 辛そうな声を上げ、滅するものは舌を突きだした。 「――!」 長く伸びた舌を、佳恋が斬り割いた。 ガァァァッ!! 切り口から緑色の血を噴出し、滅するものは悶絶する。 その血からも、腐臭が撒き散らされ、ガスマスクをつけていないリベリスタは手で顔を抑えるとその匂いに耐える。 「くせぇ、うぜぇ。さっさとくたばれ糞が!」 昌斗の弾丸が一閃、滅するものへ向かい飛んでいく。 しかし、滅するものは斬られた舌を伸ばすと弾丸を捕まえ、それをぼりぼりと噛み砕いた。 「えーい!」 結名と真人ののマジックアローが、絡まるように飛行しながら滅するものへと襲いかかる。 二本の矢は滅するものの口腔へ入り込み、咥内から頭蓋を突き破った。 グゲェェェ……!! 滅するものの悲鳴。 「これでとどめだ!」 サーベルを振り上げた大下は、滅するものの頭を狙う。 ギロリ。 滅するものの瞳が殺気に満ち、口を大きく開く。 「――!!」 大下は咄嗟にサーベルを縦にして、滅するものに飲み込まれるのを避けようとする。 しかし、口の中で突き立てられたサーベルをものともせず、大下の上半身を咥えたまま滅するものは口を閉じていく。 「馬鹿野郎!」 霧也の斬馬剣が唸った。 「テメー等には元の世界でやる事がまだあるんじゃねーのかっ!? だから勝手にくたばろうとすんじゃねぇよ!」 霧也の一撃で、一瞬動きが止まった滅するものの口から、大下を引きずり出した。 「唾液が、ついてない」 綺沙羅はぼそりと呟いた。 大下のサーベルはまだ滅するものの口を縫いとめたまま。 しかし、大下を飲み込むことが最後のあがきだったのだろう。 その瞳は既に生気はない。 首の亀裂を狙い、珠姫の真空刃が突き刺さる。 ぐらりと揺らいだ両生類のような頭は、斬り倒された大木のようにひっくり返り、皮一枚で首と繋がっていた。 「もう二度と、てめぇはこの世界に来るんじゃねぇ!」 翔太の剣が煌く。 ゴロリと、滅するものの首が落ちる。 「終わった――か」 ● 「おつかれさまです」 周囲に子の残りが無い事を確認した結名が、ほっとした様子で戦いの終わりを告げた。 「すまなかったな。結局助けてもらう羽目になった」 大下は、傍らに疾風を従えるとリベリスタ達に頭を下げる。 気にするなと、口々に告げられると、大下はうっすらと微笑みを向けた。 「この前は途中で終わっちまったからな。今度はしっかり殺し合おうぜ。なんなら猫も一緒でも構わねぇぜ?」 昌斗が、ニヤリと笑う。 「そうだったな。――とはいえ、軍人たる者、一対一ならまだしも、疾風も共にというのは引っかかる」 「あの」 やる気満々の二人に、びくびくしながら声をかけたのは真人だ。 「何だ」 昌斗と大下は同時に返事を返す。 「あ、あの。戦うなら、回復させて下さい」 戦いに優劣が出ないよう、回復させて欲しいと真人は申し出たのだ。 「俺はいらねぇ」 昌斗はぶっきらぼうに答える。 「では、僕も不要だ。――すまないな」 「――時間がないんでな。悪いが、本気で行かせてもらうぞ」 大下がサーベルを構える。 「いいよ。適当にのしてやって」 昌斗より早く、綺沙羅が答える。 相変わらずの昌斗に、半ば呆れ気味なのかどうなのか。 その声は憮然としつつも状況を楽しんでいるようにも思えた。 「オッサン、てめぇ前に言ったな? 命のやり取りが拘りかってな」 昌斗がライフルを構えたまま声を発する。 「あぁ、言ったな」 「イエスだ。俺はそこいらのチンピラでテメェはご立派な軍人様だ。 俺はテメェに比べて何も持っちゃいねぇ。 だけどなぁ、それでいいんだよ。 それがいいんだよ。 俺には銃(コイツ)だけあればいい!」 頬をぶつけるように構られたライフル、其れだけがあればいいと昌斗は告げる。 「――そうか」 (では、いずれ守るべきものが見つかった時、また戦ってみたいものだな) 「行くぜェ……!!」 昌斗は引鉄を引く。 放たれた弾丸を大下は身を翻して避けた。 「今度はこっちの番だ」 大下は地を蹴る。その速さは凄まじいもので、距離を置いた昌斗の前に瞬間的に現れた。 「貰った」 突き出す瞬間、サーベルをくるんと返し、持ち手を昌斗の眉間に叩き込んだ。 「僕は、殺し合いは好きじゃない。特に、友と思える相手とはな」 眉間を打たれ、倒れた昌斗の上から立ち上がると、大下はコートを纏い直す。 「友だとォ……!?」 立ち上がろうとする昌斗は脳震盪を起こした様子で再び地に腰をつく。 「わざと眉間を狙ったんだ。もう立たないでくれ」 「うん、――そこまで」 綺沙羅が対戦の終わりを告げた。 大下は疾風と共にDホールの前に居た。 昌斗を除くリベリスタ達は其処に集っている。 「そっちの世界の滅するものを全て倒せることを期待するよ」 武運を祈ると続ける翔太。 「あぁ、貴公の指示が無ければ、子を殲滅することは叶わなかっただろう。 ――感謝する」 深く頭を下げる大下の前に、佳恋が歩み出る。 「私が助太刀することはできませんが……どうか、貴方の世界でのご武運を」 「滅するものを抑えてくれて、助かった。 女性の身ながら、素晴らしい太刀筋、僕も見習いたいと思う。 ありがとう」 ガォォウ。 大下が、珠姫に礼を告げようと体を向けると、その前に疾風が立ちはだかった。 「ん?」 珠姫が首を傾げる。 ゴロゴロゴロ……。 疾風は自ら歩み寄ると、珠姫の腰に顔をすり寄せた。 「最初に、貴公から受けた強化の恩に礼を言っているのだと思う」 「あ、そうなんだ。……ありがとう。そっちの世界も何とかなるといいね」 珠姫は疾風の首を軽く撫でる。分厚い毛の層がふわふわと珠姫の手を擽った。 「大下。もしかしたら、滅するものは首が急所かもしれない。 首を斬られてからは唾も吐けなくなったし。 効果があるかはわからないけど、やってみて。 それじゃ、縁があったら、またね」 綺沙羅の言葉に、大下は頷く。 「――ありがとう。貴公の雨が無ければ、子をあんなに早く殲滅も出来なかっただろう。 急所の事も、感謝する。狙ってみるよ」 「アンタ達と出会えて良かったぜ、……負けんなよ戦友」 霧也の言葉に、Dホールに消えていく大下の手が、高々と上がった――。 「じゃあ、閉じますね」 結名がブレイクゲートを使用し、Dホールは消滅した。 それを見届けると、綺沙羅はアークに連絡を取る。 「アザーバイドは倒した。死体の処理と、共に智親に解析を頼みたい。 やつは、今回は一匹だけだったけど、次は大挙してやってくるかもしれないし」 異界にはまだ、大量の滅するものが居る。 大下が負けると思いたくはないが、それでも――。 綺沙羅は、Dホールが消えた跡を暫し見詰め、一つ息を吐いた。 願わくば、異界の脅威が消えるよう――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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