● 夏になりきれぬ斜陽が石畳に長い影を落とす。 海辺に開けた臨海公園。むき出しのコンクリートを多用した八十年代の遺物は、今日も閑散と人々を待ち続けていた。 ぽてん。 ドレス姿の少女が転ぶ。 綺麗にまとめられたつややかな髪が、ふわりと広がる。 背が大きく露出し、白くみずみずしい肌が覗いている。 その肩からは、脚からは、華奢な手足がすらりと伸びていなければならない。 だがそうあるべき箇所は、うねうねと蠢く薄緑の軟体にとって代わられている。 「あはっ」 捕まえた。転げる少女がぬいぐるみのように抱き上げられる。 創造主への挑戦を思わせる冒涜的な姿態を、背後からつかみ上げたのは、こちらもまた美しい少女である。 その姿は、上半身を今まさに巨大な蛇に飲まれる渦中であるように見える。 されど少女達は皆ころころと笑っている。あたかも仲睦まじく、じゃれあうかのように。 かなりの仔細な観察を要するであろうが、もう一点。気づくことは出来るだろうか。 少女達の頬を彩るみずみずしい薄紅が化粧に過ぎないことに。 彼女等は死者だ。死者のはずだ。その身には丁重なエンバーミングが施されているに過ぎないのではないか。 蛇の口が大きく開く。抱き上げた少女の身は、蛇の上あごと融合している。 これまたあるべき禍々しい牙は、滑らかな腹部から突き出していた。 蛇少女は捕まえた獲物をそっと仕舞い込むように、巨蛇の口腔に押し込む。 笑い声が響いた。幾人もの少女の声だ。 蛇の腹がもこもこと膨れていく。少女達は、その様子を笑っている。 箸が転げても可笑しい。蛇に呑まれても可笑しい。 笑う少女達の誰もが皆、同じような風貌をしていた。 触手に代えたその手足には、余りに不釣合いなドレス姿だった。 「ウィーズ(可能性)も、ああなっては唯の枯れ草……」 哀れね。黒ドレスの少女がころころと哂う。 手に持つのは古風なオペラグラスだ。 遠く視線の先には、異形と化した少女だったモノ達が居る。 「折角の献体を、申し訳ありませんな」 抑揚の薄い言葉をかけるのは顔に刻み込まれた皺が年齢を感じさせる白衣の男。 五十代半ばの理科系研究者に見える。さもなくば医師か。 特徴らしい特徴はそれだけだ。男は無貌としか表現出来ぬ程、無個性な容姿だった。 「そういわないで。等喚受苦処(とうかんしゅくじょ)さん。完成度は、ずいぶん上がったのでしょう?」 「ええ、とても素晴らしく。見ての通り、まだ完璧とは言えませんがね。名も無きお嬢さん」 たった今、二人の目の前で、少女の遺体は食われて消えた。それはかつてどこかで生きていたはずである。 おそらくどちらかの。いや、間違いなく黒ドレスの少女の仲間だったはずである。 二人はその光景を目の当たりにして、淡々と花鳥でも愛でるかのように話を進めている。 「このまま、留まって良いのですか? 箱舟の神の目はかならずここを掴むでしょうに」 「私達は兎も角、そちらは『見せている』のでしょう?」 それに。 「私達は一応、あなたの護衛も兼ねていますから」 御不要でしょうけど――幼い姿に似合わぬ艶やかな笑みが少女の頬を彩った。 「一応、ね。慎重なことですな」 お気持ちだけは有り難くと、等喚受苦処はカカと嗤った。 ● 「おい」 無機質なブリーフィングルームでリベリスタの誰かが声を荒げる。 無理もない。モニタに映し出された映像では、相手は明らかにアークのリベリスタを誘っているように見えたのだから。 「放ってはおけない。ってことでいいんだよな?」 「こんな何も無い場所で」 どこか気色も胸糞も悪い連中だった。一同が押し黙ると、空調の微かな駆動音だけが響いている。 「はい」 桃色の髪の少女――『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は数瞬の後、静かに頷いた。 「おそらく相手は、不可思議なエリューション的生物と、アークのリベリスタが交戦することを望んでいます」 「あのエリューションて」 疑問はある。蛇の口から生えた少女や飲まれた触手の少女等はアザーバイドともノーフェイスとも言いがたい。 それはアンデッドのようでもあり、ビーストのようでもあった。 「エリューション区分上の複数特性を持つ存在。研究と人為的な追加過程の成果――」 言うなれば『キマイラ』と呼ぶ他ないと、少女は続ける。 「キマイラ……ね」 リベリスタが唸る。以前頻発していた事件に似ている。 混ぜ物のような化け物が出現していたのだ。正体は結局の所、良く分かっていないままだ。 「それで、キマイラってのと、フィクサード共を倒せばいいのかい?」 「……それは、難しいです」 曰く。フィクサードについては陣容こそ六道の一派であろうと推測出来るが、能力はほとんど分からないということだ。 そしてフェイトを保有しないエリューションは見敵必殺でなければならない。 ただでさえ通常ならばフェーズ進行という事態が考えられるのだから殲滅は必須事項であるが、今回は何が起こる全く分からないと来ている。 だからキマイラの殲滅を最優先させてほしいと少女は述べる。 「放っておけば、あの蛇女が雑魚っぽいのを全部食ったりすればいいのにな」 悔しいが難しい相談だ。待つことは不明なリスクを払拭仕切れない。リベリスタが拳を握り締める。 「それで、フィクサードは放っておくのか?」 出来ることなら一網打尽にしたい。彼等が持っているであろう情報も気になる。 だが目の前の預言者は、あまりそれを主眼に捉えては欲しくはなさそうである。危険が大きいと言いたいのだろう。 不確定のヴェールは、重なれば重なるほど霧のように事実を暈し、やがて覆い隠してしまう。 一枚、二枚と剥ぎ取ることは出来ても、その先の先までは計り知れない。悪戯に迷い込むのは命取りである。 「最終的には、現場の判断にお任せします」 桃色の髪の少女は静謐を湛えるエメラルドの瞳を伏せ、くれぐれも深追いは禁物であると念を押した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月19日(土)00:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「鳳嬢、こちらだ」 細い細い一筋の糸の上を『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が駆ける。 多数の触手少女達をものともせず、鷹の目で見通した最良の襲撃ポイントはここであるはずだ。 「任務を遂行する」 寡黙なロシア男の狙いは的中し、彼は『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)と共に蛇女の懐に潜り込む。 「人を弄ってこんなものを創って……」 ウラジミールは全身に守りの力を張り巡らせ、朱子は深紅の刃を握り締める。 六道の連中はこれまで何度も何度もリベリスタの前に現れてきた。朱子自身直接の交戦経験こそなかったが、報告書からは聞き及んでいる。 その全てが六道一派による人間への――生命への冒涜だった。何様のつもりだというのだろうか。許しておくわけにはいかない。 ただ一点。朱子の心にちくりとひっかかったのは、触手少女達が二人の足止めをする気配が余りに少ないことだ。だが、今それに構っているわけにはいかない。 肉薄。同時に華奢な指先が朱子の額にそっと触れる。待ち構えていたかのように、蛇女の両手が彼女の頬をやさしく包み込む。 突如襲い来る膨大な力が全身を覆い尽くした。石化の魔力が少女を蝕み――されど絶対者は砕けない。 「なにをしたの」 凛とした瞳は一点の曇りなくラミアを見据え、皆紅の刃が炸裂した。 一方。敵陣の正面から触手少女――レッサーヴィルデフラウに向かうのはリベリスタの主力攻撃部隊だ。 「ハッ、連中の趣味の悪さは折り紙付きみてーですね」 相手は寄せ集めの部品から作られた醜悪なキマイラである。 その身に影を纏い、『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)はコンクリート壁を蹴りつける。直後に突き刺さる触手が壁は粉々に打ち砕く。 だが最早彼女の姿はそこにない。空だ。唯々はそのまま蛇のように荒れ狂う触手の雨間を縫い、幾本かを蹴りつけながら急降下する。 速い。二本のナイフが踊り、立ち上る紫の飛沫はヴィルデフラウ達の体液だ。 触手を戦慄かせて少女達が哂う。嗤う。乾いた笑みを星光の散弾が切り裂く。射手の名を『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)と言う。 ひょっとして。己の眼前に居る敵達の中には、過去に彼が撃ち抜いた少女も混じっているのだろうか。 もしそうであればなんとも切ない気もするが―― 「まあ、何時も通り撃ち抜くだけですかのう」 天が黒に染まる。ヴィルデフラウ達の触手が伸び、うねり、無数の矢雨の如く上空から降り注ぐ。 「素朴な疑問なんですが、触手や蛇が手足になってるなら。そこを壊されたら、動きが鈍くなったりするんですかのう」 だが少女達は触手の全てを攻撃に傾け、その身体だけで蚤のように跳ねながら猛烈な勢いで突進してきた。 「なんですとっ!?」 正に悪夢だ。唯々には六度、九十九に至っては三十もの打撃が立て続けに浴びせかけられる。 『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)が的確に指定し続けるポイントは、直撃の受けづらさに寄与している。 その甲斐もあり両者は軽やかなステップで攻撃をかわしていくが、それでも唯々はいくらかの傷を負い、九十九はずたずたに引き裂かれている。 リベリスタ達の中でも特に身のこなしと防御に秀でた九十九でなければ既に倒れているであろうが、そんな彼ですら一瞬のうちに体力を七割程こそげ落とされていた。 「気に食わないね……」 よりにもよって人の死体を実験材料にするとは。 後衛から端的な、それでいて絶妙な指示を飛ばし続ける卯月は、これまで何度か六道と交戦してきた経験がある。 破界器を探すためにリベリスタを拷問する、何かと戦わせたまま高みの見物を決め込む等、愉快な趣味ではない。 光の翼がリベリスタ達を包み込む。更に卯月には戦いを見通す力がある。次々に飛ばされる的確な指示と合わさりリベリスタ達は大きな力を得ることになった。 「研究だかなんだか知らないけど」 すき放題に混ぜられた生物達は悪趣味で、滑稽で、悪夢のようで。 「なにより、嫌だね」 叶うならば今すぐにでも殴りつけてやりたいが、まずは目の前の事態に対処せねばならない。 即座に癒しの術を展開する『ティファレト』羽月・奏依(BNE003683)は戦慄する。 敵は予想以上の打撃力だった。九十九を癒しきるには余りに遠かった。 ● 「ク……はははっ! 素晴らしい。鳳 朱子じゃないか」 双眼鏡を覗く等喚受苦処がくぐもった笑い声をあげる。その姿は遠く視線の彼方であり、リベリスタ達には聞こえるはずもない。 ないのだが。 「熟く悪趣味ですね、六道は」 『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は、敵の全てを見通すように小さく呟く。 「やはり。敵は威力的脅威を敵と見なしてよく狙う――!」 ヴィルデフラウ達は降りかかる打撃に対して敵意をむき出しにし、そうでなければ敵と思われる対象へ向けて出鱈目な攻撃を行う。無機質とも言えるルーチンだ。 だが単純だからといって、威力が手ぬるいとは限らない。ヴィルデフラだけで三十六度の攻撃を放ってくる。 一撃一撃の重さはそれほどでもないが、集中すれば死活問題だ。やはり初手は遅らせて正解だった。 マグメイガスとしては相当な度合いで身のこなしに優れた悠月とて、あれだけの攻撃を一気に浴びせられれば耐えられるものではない。 だが耐えるばかりでは活路は開けない。 こんな時どうすべきか。スマートな正答は常に単純なものだ。リベリスタ達は初めから、削りきられるよりも早く圧倒的な火力を叩き込むことを選択していた。 「いいでしょう、お望み通り討ち滅ぼして差し上げます」 六道が何を目的として合成魔獣の研究をしているのかなど知れたことではないが。 「――神威を示せ。神鳴る縛鎖」 強烈な雷光が戦場を一気に包み込む。ヴィルデフラウ達に逃れる術はない。死肉が焼け焦げ、触手がのたうつ。 現れた敵を撃破し、データを採られ続けるという展開には飽いていた。 リベリスタ達は敵を速やかに撃滅し、この醜悪な擬似生物を生み出し続ける外法の徒の顔に一太刀浴びせる算段だ。 そもそも六道は、このような実験で何を得ようというのか。 等喚受苦処という名から、地獄に関する一派であることは推測出来るのだが、まずはとにかく片付けねばならない。 ウラジミールは軍用ナイフをラミアに力強く突き立てる。燦然と煌く法理の光が炸裂し、ラミアの腹部を深く抉った。 (そろそろ完成に近いのかね) 敵はアークが保持している資料の化け物達よりも、ずいぶん『らしい』見てくれに近づいている。 ラミアには少女を飲み込むことも、石に変えることも、ロシヤーネの動きを鈍らせることも出来て居なかった。 厄介な状態異常を封じている以上、後方で激戦を繰り広げる仲間が触手に動きを封じられぬ限り、二人は攻撃に全力を注ぐことが出来る。 兎も角、どうにか打ち破らねばならない。未だ損害は軽微だ。二人は猛然と得物を振るい続けている。確かな手ごたえを感じる。 しかし届かない。いまだ届かない。フィクサード達は依然、リベリスタ達の目の届かぬ所で高みの見物を決め込んだままだ。 「……ふざけている」 二人の無限機関が震える。なぎ払われる尾を炎でいなし、無軌道に振るわれる爪を剣で弾く。 朱子は弾いた剣を返し、崩れぬラミアへ向けて烈火のように連撃を叩き込んだ。肉が裂け、合成獣が奇声をあげる。 「あはっ」 ヴィルデフラウ達が一斉に嗤う。ドレスを揺らせてくるりと向き直る。悪夢の人形達が嗤いながら触手を向ける先は九十九と悠月だ。 星光を纏う散弾は触手を切り裂きながらも、少女達に無数の弾痕を穿つ。 ドレスは破れ、肉はこそげ、体内で蠢く緑の軟体が剥き出しになっている。 暴風のような鞭の嵐と五月雨が、二人へ向けて一気に襲い掛かる。 「――いい加減にしてほしいものですね」 「カレーだ何だ等と言ってはいられない状況ですな」 だがここまでも悠月の読み通り。精緻な銀の指輪を掲げる悠月の口元を一筋の赤が彩っていた。生者の証だ。 かなりの攻撃を避けた九十九と、避けながら身の守りに徹した悠月はかろうじてではあるが、未だ二人の膝は折れていない。 「キマイラ、ねぇ」 厄介な状況だが、とにかく仕留めなければ埒があかない。 幾度目かの闇を放つ『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は唇をかみ締める。 ヴィルデフラウ達はなぜ沈まないのか。リベリスタ達は強烈な打撃を何度も叩き込んでいる。だが満身創痍に見えても、やはり敵は化け物だ。 拡散する闇の波動は一体の触手を粉々に粉砕する。手足を失ったヴィルデフラウが芋虫のようにのたうつ。 とにかく敵の数を減らさねばならない。卯月は不可視の糸を少女の胸に叩き込んだ。僅かな嘆息をこぼさずにはいられない。 ようやくの一体だった。 ● そこから短い幾順かが過ぎ去り、戦いは劇的な展開を見せる。 間に合わない。間に合わないかもしれない。奏依の腕が震える。 打撃か回復か。二手の選択を持つ彼女だったが、ヴィルデフラウの狙いには多少の揺らぎはあるものの、総じれば特定の仲間に余りに集中しすぎていた。 小さな少女の癒しは深い傷を負った仲間達を次々に包み込むが、よくない状況だ。 再び攻撃の為に様子を伺った悠月とは対照的に、九十九と唯々は強烈な一撃を見舞っている。ここで更に一体の少女部が完全に損壊した。それは最早緑色をした大きなミミズの塊に過ぎない。 リベリスタが放つ火力の中で、唯々の斬撃、九十九の散弾と、何度も打撃が重なっている個体から、少しずつ限界に達してきているらしい。 こうして見えてきた勝利の糸口。これを過信だなどと述べるのは余りに酷であろう。リベリスタ達はそれぞれが各々の特性をよく理解し、有効な立ち回りをしているはずだった。 触手の五月雨が再び降り注ぐ。触手の五月雨は九十九を次々と貫き、ついに怪人は倒れた。リベリスタ達の顔を焦りと疲労が彩り始める。 「外法の徒。操られる哀れな人形達――疾く! 消えよ!」 悠月の稲妻が更に戦場を覆い、二体の触手少女が跡形もなく消滅する。雷光から逃れた敵は居ない。 続いて限界が近い悠月を襲う触手の雨は、その数さえ減っているものの、彼女は運命を従えざるを得なかった。 あと二手、否。一手でもいい。どうにか凌ぐことが出来れば。勝てるはずだ。 「イイですよ。今はテメーらのお遊戯に付き合ってヤルです。 機会が来たらテメーらのその喉元を纏めて喰らい潰してヤルですから」 夕暮れを舞うように二振りの短剣が煌き、唯々は触手少女達を次々と切り裂いて行く。 仮面の内側に汗が滲む。戦闘における一流の指揮能力と、燃費を引き上げる戦術、その間隙に的を狙い打つ卯月の怜悧な判断に誤りはない。 ここまで個々の面々の判断は明らかな最善手に見える。なのに何かが上手く廻っていないのだ。歯車がかみ合わない。例えば未だ仲間へ活力付与する機会が一度も到来していなかった。 それでもおそらく。この一撃すら悠月は覚悟していたに違いない。 天を覆う暗雲から降り注ぐ災厄を身に浴びて、少女の意識は闇に閉ざされた。 ラミアの前に立ちふさがり、肩で息をするウラジミールが唸る。 彼が眼前に見据える相手は巨体である。威力、精度、耐久力の全てが、他のキマイラ達を凌駕している。 さらには行動の制御が少女と蛇と、完全に分かれているのだから一人で受け止められるかどうかは定かではない。 ラミアは同じ者ばかりを執拗に狙ってきているとはいえ、ただ一人を立たせれば当然それだけ危険も大きい。 だから推測の上で、確実に足を止めるには二人が必要だと判断した。 一人で押さえるべきか、二人で押さえるべきか。 それとも……どんな判断がよかったのか。その対処は余りに悩ましい。彼一人がより子細に詰めていればどうにかなったのだろうか。 そうすれば臨機応変に立ち回れたかといえば、それも状況次第となってしまう。 仮にどれかが誤りで、どれかが正解だとしても、それは結果論に過ぎない。更に言うならば、個には限界というものもある。 際どい戦況だが布陣とて悪く無い。各々はベストを尽くしているはずだ。だから勝てるはずである。 なのに――だからこそ歯がゆい。 冷然たる結果が迫っていた。それでもリベリスタ達は一縷の希望を糧に抗い続ける。勝機の全てが失われていないことの証拠に、キマイラ達も倒れ始めていた。 ラミアに立ち向かう二人が数多の傷を負ったとて、未だ倒れていない。完全に押さえ込むことが出来ている。 未だ戦場の中で、個々の戦闘をコントロールする卯月も、万全を尽くし続けることが出来ている。 各々の戦闘経験は、数多の勝利を知っている。各個人は今回とて淀みない。 眼前の相手を的確に捌き、最良の戦闘を行っているはずだ。だからこの状況に及んでも、未だ勝機そのものは潰えていないのだ。 悠月に続いてフランシスカ、奏依さえも運命を従える。 降り止まぬ厳粛の刃はリベリスタ達の残り少ない体力を、奪い去って行く。 倒れたまま浅い呼吸を繰り返す悠月は――もう起き上がれない。 ● 打撃力の要であった二人が落ちたことで、ヴィルデフラウ達の攻撃はほとんど無軌道と言える状態に変わった。 それならばそれで裏返せば単純な状況でもある。ある意味ではむしろ御しやすいとすら言えるが、対処するにはリベリスタ達は深く傷つきすぎていた。 リベリスタの猛攻に呼応するように、ヴィルデフラウ達が触手を叩きつけて来る。その一撃一撃は決して重くはないが、数があるとなれば中々凌げるものではない。フランシスカ、奏依が再び倒れる。 朱子がちらりと送る視線の先で、ウラジミールの背の後ろで、リベリスタ達が次々に倒れていく。恐らく、自分達ならば耐えられているのだろう。 リベリスタ達は反撃を繰り出すが、ここで唯々までもが運命をねじ伏せた。下がることすらままならなかった。 「驕るなよフィクサードッ――!」 朱子の歯が軋む。この戦いは限界なのに。まだ何か出来るのではないかと誰かが思う。 だが。戦況、戦場全域へのコントロールだけが彼等の手を離れてしまっていた。 それでも個の力が、劣勢を凌駕することがないわけではないのだが、それとてかみ合わせ、運命のめぐり合わせという要素を孕んで居る。 「鳳嬢」 寡黙なロシア男は二の句を紡がなかった。 紅の少女は小さく、ぎこちなく頷く。これ以上は命に関わる。潮時だ。 「情報まで集められれば良かったんだけどね」 飄々とした卯月の声は――どこか苦い。 リベリスタ達は追いすがるキマイラ達を切り払い、戦場を後にする。引き際は決して見誤らない。 誰かの笑い声がする。物理的には聞こえるはずのない、等喚受苦処のカカという狂笑。 「残念ね。沢山枯れてしまって」 「試作品というのは、常々こういうものでして」 「追わせないの? 等喚受苦処さん」 オペラグラスを覗き込んだまま、黒ドレスの少女が首をかしげる。 彼等が立つのは遠く、戦場の外のままだった。 「どうして」 こんなに良いデータが採れているのにと、無貌の男が嘯く。 「生データとスコッチ・ウィスキには徹頭徹尾。手を加えない主義でね」 相手が撤退するなら撤退しきるまで、全て集めねば完全とは言えない。 単語の終わりを飾る音引きを、口にするときでさえ削るタイプの男だった。 余裕か皮肉か、ここ暫くはワイン党になってしまったと、男が言葉を添える。 ネームレス・ソーンが微笑んだ。 「それ以外は好きにするのでしょう?」 等喚受苦処は顔をくしゃくしゃにゆがめて笑う。心から楽しげに。 「ええ。ええ。紫杏お嬢様も喜んでおられますからな」 「アブソリュート。確かに最高の素材でしょうね。他の面構えも最良……」 「頃合だ。血肉の一片でもいい。すぐにでも集めさせよう」 男が何かの指示を飛ばした。リベリスタ達は遠く、それを知ることもなく―― 「世の中、正しい事がいつもまかり通るとは限らねーんですよ」 細い身体に仲間を背負う唯々が吐き捨てた。誰の耳にも聞こえぬ小さな声だった。 皮肉な自嘲を暮れ泥む夕日が包み込んだ。銀色の髪がそよめいた。 だけど。だから。次は――絶対に潰してやる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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