●承前 横浜市――萬田ビル、明日真探偵事務所。 ビルの階段を登り、5階に彼の事務所はある。 事務所へ戻って来た零は、ひとりリビングへと移動していた。 玄関ポストに大量に詰め込まれた手紙をひとまとめにすると、冷蔵庫を開いてミネラルウォーターを一口飲み込む。 「やれやれ、この三ヶ月というもの仕事以外何も出来なかったな………」 愚痴るように席について、届いていた様々なカラフルな便箋を手に、宛名と中身を確認する。 「春村待子? 誰だろ……って、これ全部かよっ! 怖っ!!」 ピンポーン……。 不意になったチャイム。 溜息をついて玄関へ向かうと、ちらりと覗き窓から外を窺いながら、静かに尋ねる。 「……どちら様?」 向こう側にいるのは、見る限りは女性のようだが。 すっぽりとした衣服を身にまとっていて、よく見えない。 「押し売りなら、お断り………」 言いかけた零は、不意にドアが殴られたのに驚く。 「なっ?」 慌てて懐に隠してあったリボルバーを手繰り寄せた。 ピーンと張り詰めた空気が、室内を支配していく。 女は口元を綻ばせてドアの向こうで衣服を脱ぎ始め、もう一度覗き窓を確認した零は慄然とする。 その衣服の下、首から下は緑色のザラザラとした鱗の生えた胴体。 それぞれの腕には大きさの異なる、鈎爪の付いた腕。 女の首から下がどことなくチグハグな不協和音を奏で、それでいてスラッとした脚の理想的なラインが一層の不気味さを感じさせる。 「………こいつはヤバいっ!」 次の瞬間、零の脳裏にははっきりとしたビジョンが映る。 自身がこの女によって、間もなく殺されて床へと倒れされる光景。 銃口は向けたままだが、少しずつ気圧されたように後退を始めて行く零。 女は前進し、ものすごい鈎爪の力で扉を破壊しにかかる。 銃声が、一発、二発、三発。 何かが砕ける音。 女の耳元に届く「帰還しろ」という小さな声。 窓の向こう、遠く離れたビルに待機している者たちからの指示だ。 首を傾げた女は、床に倒れている明日真零の死体を無表情に眺める。 女の目に映ったのは、何故か確信を持った笑みを浮かべている零の表情だった。 ●依頼 カレイドシステムの映像をリベリスタたちが確認したのを見て、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が話し始める。 「殺される男は明日真零(あすま・れい)。表向きは探偵ですが、アークの調査員をしています」 彼はここ三ヶ月の間、ずっと鬼に関するの一連の事件調査や後始末などのフォローに回っていて、岡山に長期滞在していたという。 横浜に戻ってきたのは、ごく最近のことだそうだ。 「殺害したのは……過去に報告例がありますが、おそらく『六道の兇姫』六道紫杏(りくどう・しあん)――六道の首領の異母兄妹である彼女の手の者のようです」 紫杏の一派は今までの事件の経緯で、従来のアザーバイド、ノーフェイス、エリューションのどのタイプにも属してない、言わば人為的な追加工程の上に成り立つ新たな生物を研究していることが、朧げながら判明している。 この女もそれ等と同様の存在のようだ。 「皆さんへの任務は、零さんの保護とこの正体不明のエリューションの殲滅です。作戦内容は皆さんに一任します。 探偵事務所の合鍵を預かっていますので、表口からでも裏口からでも出入りは可能です。 敵はかなり手強いです。くれぐれも気をつけてくださいね」 和泉からリベリスタたちに合鍵が手渡され、リベリスタたちは頷いてそれぞれ部屋を後にする。 彼等が全員外へ出て行ったのを確認し、和泉は小さく溜息を吐き、映像の最後の部分を思い返す。 声には発せられていないが、死の直前の零の唇の動きで自分の名前を呼んでいたと気づいていた。 零はこの光景を彼女が見て、そして自身の運命が変転することを既に知っているのだ。 (もしかしたらあの人も、フォーチュナの資質を持っているのかも……) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月20日(日)23:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●突入 ピンポーン……。 不意になったチャイム。 明日真零(あすま・れい)は溜息をついて玄関へ向かい、ちらりと覗き窓から外を覗う。 見る限りは女性のようだが、すっぽりとした衣服を身にまとっていてよく見えない。 「押し売りなら、お断り………」 言いかけた零は、不意にドアが殴られたのに驚く。 「なっ?」 慌てて懐に隠してあったリボルバーを手繰り寄せた。 ピーンと張り詰めた空気が、室内を支配していく。 女は口元を綻ばせてドアの向こうで衣服を脱ぎ始め、もう一度覗き窓を確認した零は慄然とする。 首から下は緑色のザラザラとした鱗の生えた胴体。 それぞれの腕には大きさの異なる、鈎爪の付いた腕。 女の首から下がどことなくチグハグな不協和音を奏で、それでいてスラッとした脚の理想的なラインが一層の不気味さを感じさせる。 「コイツは………!?」 次の瞬間。零の脳裏にははっきりとしたビジョンが映り、反射的に扉から逆方向へ一気に下がった。 扉が破壊され、姿を現れた不協和音の怪物。 それと同時に部屋の窓ガラスが割れ、そこから飛び込んでくる『残念な』山田・珍粘(BNE002078)。 「折角改修したのに、窓を壊して御免なさい」 彼女は零の前に立ちはだかり、キマイラの進行をブロックする。 自身の速度を最大限に高めながら、零に謝罪の言葉を投げて怪物へと向き直った。 「貴女の相手は私です。さあ、怒りでも喜びでも、有るのならその心を見せて下さい」 突然の乱入者で判断が迷ったキマイラだったが、速やかにその鈎爪を珍粘へ伸ばす。 巨大な鈎爪が大きく彼女を振り抜こうとするが、彼女は大きくステップを踏んで後ろへ反らした。 だが立て続けに踏み込んだ怪物のもうひとつの鈎爪が、珍粘の身体を二度に渡って引き裂いていく。 その化粧もない能面の様な素顔からは、およそ感情というものが感じられない。 心あるものを相手取りたい彼女にとって、何でこんなモノを創るのかは到底理解できなかった。 「……つまらない」 直ちに片付けるべく、珍粘は集中を重ね始める。 零は怪物から裏口の方へと移動しながら、銃弾を放って牽制した。 しかしキマイラの鱗に敢え無く弾かれ、傷を追わせることはできない。 直後に、裏口のドアが開く。 先頭を切って『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が彼と鉢合わせになり、少しよろめきながらも零の前へ回り込んだ。 「もー、この辺って坂ばっかで来るのしんどかったんですよー? 今度奢って下さいねっ」 視線はキマイラに向けたままユウが冗談めかして言い、続けて入ってきた『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)もそれに乗る。 「久しいな……無事か、姫君?」 さながら囚われの姫君を救い出す騎士の如く振舞う彼女に、「そんなに綺麗に見えるかい?」と苦笑する零。 「冗談だ、怒るな」 那雪は小さく笑んで零たちの前に移動し、キマイラのその身体をジッと観察した。 少し時間を消費したものの、その耳に付けられた小さなイヤホンを確認する。 一方で那雪は、彼女を何処かで見かけたような気がしていた。 しかしその化粧っ気のない無表情さには、記憶の心当たりがない。 最後に『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が飛び込んできた。 ウェスティアはユウと零に片手を大きく翳し、制した仕草を見せる。 「私が来たからには──」 そこで堂々とキマイラを直視。 沈黙。 「──えっと、小船に乗った位の気持ちではいると良いんじゃないかな……」 やや自信なさげに答えつつ、気を取り直して傷ついた珍粘へと天使を召喚し、傷を癒すべく歌を送る。 ユウはそのまま零を連れ、一度非常階段を出た。 その間にもキマイラはアンバランスな体躯に似合わず、俊敏に両腕を振るう。 交わそうとする珍粘だが、先の出血により動きが鈍り巨大な鈎爪の一撃を浴びてしまった。 一撃にして強烈な打撃、骨が砕けるかのような重みに彼女の失血が増して止まらなくなる。 そこへ音速の鈎爪が水平に繰り出され、珍粘の身体を連続して貫いた。 もし最初に相対したのが彼女ではなくウェスティアかユウだったら、この時点で倒れてしまう程の衝撃だっただろう。 だが運命を開放した珍粘は、多数の幻影を創り出す程の高速で動き出す。 「さっさと死んで頂戴」 両手の広刃の剣を舞わせ、鋭く斬り込む珍粘。 だがこの技は単体相手には向いていなかった――対象が人間大のサイズでは小さ過ぎるのだ。 その為、連続攻撃を展開することはできず、初撃を叩き込むのみで剣の動きが止まってしまう。 大きく鱗を切り裂かれた怪物は「ェグァ」と奇妙な声を発し、更に珍粘へ鈎爪の素早い連撃を送った。 失血の続く彼女にとって、この連撃は致命傷である。 「少し無理が過ぎましたか……」 続けて振り降ろされる巨大な一撃に対し、彼女に抗う術はもう残されていない。 珍粘が地に倒れたとほぼ同時に、部屋へと戻ったユウはその場で自身の集中力を高めていく。 キマイラは珍粘へ止めを刺そうと動くが、那雪の放った一筋の気糸がそれを阻んだ。 気糸は正確に女の耳を掠め、付けてあったイヤホンを破壊する。 「さて、暫く私の相手をして貰おうか?」 挑戦的に言い放ちながら注意を引きつけようとする那雪に、味方の指示を失った化け物が真っ直ぐ飛びかかった。 双撃が嵐のように降り注ぎ、彼女は大きく失血を強いられて膝を着く。 ウェスティアから癒しの風を送られて傷は多少塞がったものの、もう一度集中攻撃が来れば那雪も珍粘と同様、運命を消費しても地に倒れてしまうだろう。 「姫にみっともない所、見せる訳にはいかないしな……」 気力と運命を振り絞って立ち上がる那雪。 だがここで救いの手が現れる。 追いかけて両口を駆け上がった仲間たちが合流してきたのだ。 ●合流 表口を最初に駆け上がり、扉の向こう側にいるキマイラと対峙したのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)である。 その場で自身の速度のギアを一気にトップまで高めていく。 しかしそのほんの少しの間は、キマイラの更なる攻撃を許す結果となった。 三連撃を立て続けにその一身で受け止めた那雪。 「!……そう、か……」 不意に何かを悟った那雪だったのだが、それを伝える間もなく力尽きて後方へと吹き飛ばされる。 ユウは怪物の鱗へ気糸を放つが、鱗自体は特に動く様子もないまま容赦なく弾かれた。 「下半身狙いの方がいいかもしれません!」 仲間にそう告げながら、彼女は次の行動に備える。 動くことがないのならば、まずは鱗がない剥き出しの脚部を狙うのが一番都合良いと判断したのだ。 裏口から駆け上がった『茨の守護騎士』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)は、裏口で零とすれ違う。 「話は聞いてるぜ、探偵さん。そのまま上に逃げろ!」 すれ違い様に声をかけ、彼が走り出したのを横目に部屋へと飛び込む。 しかし彼は、何故か下へと駆け降りてしまっていた。 疑問に思ったユーニアだったが、意識は直ぐに眼前のキマイラへと向かう。 ブロックするようにペインキングの棘と盾をかざし、相手の上半身の動きを読み切ろうとしていた。 狙いを付けるとなると、命中の精度は確実に落ちる。 (それを防ぐとすれば……) 自身が鱗の動きを見切って攻撃をかけ、仲間にチャンスを作ろうとしていたのだ。 だが隙を見出そうと探ることは、それだけ攻撃までに時間を消費しなければならないということである。 それはユーニアに限らず、幾人かのリベリスタも同様だった。 彼の後方では到着した『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)はちらりと下へ駆け降りる零に視線を送る。 「噂に聞きますが、明日真さんは良く狙われますね」 小さく呟きながらも、位置取りを済ませて自身の集中を高めていく星龍。 ウェスティアも魔陣を敷いて魔力を高めようとしている。 結果彼等が直接行動するまでに、空白の時間が生まれていた。 それ等を無視して表口から飛び込み、真っ向から装飾を排した白銀の騎士槍を叩き込んだのは、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)だ。 「討ち取らせて頂きます」 槍はキマイラの固い鱗を貫き、確かな手傷を負わせている。 「……なるほど、確かに硬いようです、が……」 硬いだけで攻撃が通るのであれば、充分に戦えるはず。 「自然に存在すべき形ではない……討ち取らせて頂きます」 ノエルは決意してキマイラへと立ち向かう。 彼と同じく、時間を重視して行動した者がもう一人。 『生還者』酒呑雷慈慟(BNE002371)はノエルと舞姫の後ろに立つや、即座に気糸を放って怪物の注意を引きつけにかかる。 「女性に対し攻撃を加える事は、出来るだけ避けたい。が……」 そう言ってる余裕もない。既に仲間の二人が動くこともままならない状況だったからだ。 直後、自身のギアが高まった舞姫が攻勢に打って出た。 素早く体を翻し、軽やかな剣の舞いによって怪物の右側を執拗に斬り続ける。 しかし何れも鱗によって弾かれ、細かい傷を積み重ねていくのみで留まっていた。 キマイラは右腕で舞姫を、左腕でノエルを一度に切り刻もうとする。 もし速度を極限まで高めていなければ、舞姫は巨大な鈎爪を寸での所で捌ききれなかっただろう。 ノエルはこの連撃で出血と大きな傷を強いられたが、舞姫自身の目論見は成功していた。 攻撃を分散させた事で、とりあえず即時誰かが危機的状況に陥ることは回避できたのだ。 ようやく自身の集中を高めきった『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が合流し、雷慈慟の隣から正確無比な射撃でキマイラの脚部を狙う。 「この状況、探偵さんと会った時の事を思い出すね」 あの時も同じく、彼が危機的な状況にあったのを救い出した。 デジャヴを感じずにはいられない虎美。 「敵もあの時のにどこか……?」 言いかけて、奇妙な疑問を抱く。 虎美はこの女を何処かで見かけたような気がするのだ。 ●後手 一斉に反撃に転じるリベリスタたち。 剥き出しの脚部を狙うことで敵の体勢を崩し、仲間のフォローに回ろうと試みるユウ。 「これは、時間との勝負……」 彼女の中で焦りが生まれている。 言葉通り、今回の戦いは短時間で零を救出し、如何に戦闘態勢を構築するかが勝負所だった。 零の救出はユウたちの思惑通りに成功している。 ただ戦闘ではあまりに後手後手に回りすぎ、怪物の攻撃回数を増やしてしまっている。 脚部に一筋の傷が刻まれ、そこへ追い打ちをかけるべくユーニアは後退して暗黒の瘴気を送り込む。 「不吉の闇よ、舞え!」 瘴気はキマイラを侵食し、その身体を蝕んだが状態の変化をもたらすには至らない。 彼は冷静にブロックに当たっている舞姫やノエルと、入れ替わるタイミングを測っていた。 それは二人の後ろに立つ雷慈慟も同じ。 自身の集中を極限に上昇させながら、壁を定期的に入れ替えることで戦線を保たせようとする。 「遠慮は無用だ」 しかしノエルは引くつもりなど毛頭なく、オーラを込めた一撃でキマイラを部屋の中央へ動かそうと槍を振るう。 「吹き飛ばします!」 鈍い音がキマイラの鱗から聞こえたものの、敵は微動だにしない。 舌打ちをして槍を戻し、更なる攻撃を重ねるべく気合を高めるノエル。 星龍は相手の動きを慎重に見極め、やはり狙いを下半身へと絞り込む。 その判断に至るまでにも、やはり時間は必要とされた。 ウェスティアは敵を、それよりも自分自身を許せないでいる。 位置をユーニアの後方に置き、仲間へと癒しの歌を送って傷を癒す。 「口ではああ言ったけど、絶対に誰も死なせやしないんだよ……!」 これ以上、仲間をやらせはしない。 そう強く想うウェスティアだったが、彼女の癒しの速度よりも敵の攻撃による負傷度合いの方が大きく上回っている。 舞姫は更に執拗に右側からの攻撃を続け、今度は拳に冷気を込めて放つ。 「麻痺が無効化されても、氷結なら……!」 キマイラの身体の体温が、その拳の一撃で著しく低下する。 それでも、敵の動きが止まることはない。 今まで彼女を含めてリベリスタたちが様々な種類の攻撃を試しているものの、何れも直接的なダメージのみで追加の効果を上げるには至っていなかった。 虎美とユウがキマイラの双方からほぼ同時に弾丸と気糸を放ち、キマイラの足止めにかかる。 尚も、敵の動きが止まることはなかった。 怪物は次も同じ攻撃をしてくるはず――右側より執拗に攻撃を重ねた舞姫は確信し、防御体制を取る。 しかし、その鈎爪が彼女に振り降ろされることは無かった。 敵は即座に狙いを切り替え、より当たり易いノエルへとその両腕を振るったのだ。 巨大な鈎爪は一撃でその運命を削り取り、連撃がその生命力を更に削り切る。 崩れゆくノエルを見、危機的状況を即座に悟ったユーニア。 「ったく、危なっかしくて見てられないぜ!」 大きく前進して刺を抜き放ち、禍々しい黒光を帯びた告死の呪いを込める。 「貫いてみせる……!」 その鱗への一撃がガッチリと収まり、彼は背面からキマイラに組み付く。 隙を作り出すべく、ユーニアは自身を顧みない賭けに打って出た。 賭けに出たのは雷慈慟も同じである。 自身の集中を高めた彼は、ノエルとキマイラの間に割り込んでブロックすると防御姿勢で正面から迎え撃つ。 「女性へのエスコートは、任せてもらおう」 二人の行動が今よりもう少しだけ早く展開されていたか、またはそれまで徹底して防御に徹していたのなら。 この時点から戦況は大きくリベリスタ側へと傾いただろう。 だが、それには既に時を逸し過ぎていた。 ●撤退 ウェスティアの黒き津波も。星龍の呪いの弾丸も。舞姫の弛まぬ連撃も。虎美の正確な射撃も。ユウの狙った気糸も。 その全てがキマイラへ叩き込まれたにも関わらず、敵の体力を全て削り切るには火力が及ばなかった。 怪物は右手の巨大な鈎爪でユーニアをガッチリと掴み、アスファルトへと叩きつける。 身体が衝撃と鋭い爪によって斬り刻まれ、彼は刺から手を離す。 そこへ左手の連撃が叩き込まれ、彼もまた運命に縋り付くことで倒れるのを防いでいた。 この時点で前線は雷慈慟、ユーニア、舞姫の三人だけになっている。 ユーニアが既に運命を開放した状態で、ここから入れ替わり立ち替わり前線を維持していくのは、かなり厳しい状況だった。 雷慈慟は冷静な口調で、前線の舞姫とユーニアを見て呟く。 「この辺りが引き時、か………」 既に零は部屋を脱出して、目的の片方は果たしている。 キマイラをこのままの戦力で倒すとなると、更に重傷者が増すのは間違いない状況だった。 ならば全員を連れて引き下がれる内に、撤退を決めるのが上策だろうと結論づける。 頷いて反応する二人。後衛の面々もその決断に異論はないようだ。 雷慈慟は防御姿勢のまま、ピッタリとキマイラに張り付いて時間稼ぎに回る。 その隙にユーニアが前線のノエルを抱えて、大きく裏口へと後退を始めた。 続けてユウと星龍は那雪を、舞姫と虎美は珍粘を抱え、一気にそれぞれの出口から外へと引き下がる。 キマイラはくっついて離れない雷慈慟へその連撃を繰り出した。 かろうじて左の連撃のひとつをかわし、即座に運命に縋ることは免れた雷慈慟もまた直後に後退を始める。 既に窓から外へ出ていたウェスティアは、距離を起きながらも最後まで癒しの歌を続けていた。 「ほんの少し……皆が撤退するまでの時間を稼げれば………」 零は既に階段を下りて、地上で皆の合流を待っている。 ウェスティアはキマイラの動きを上空離れた位置から見つめた。 怪物は部屋に誰一人居なくなった途端、プツリと何かが切れたように動きを止め、周囲を伺っている。 これ以上の追撃がないことを確認して、彼女は地上へと合流した。 雷慈慟の運転する4WDの車内。 リベリスタたちは全員、アーク本部へと向かって移動している。 那雪が目覚めた時、目の前には心配そうに見つめる零が座っていた。 彼女はそっと零を見つめて、いつものゆったりとした口調で話しかける。 「怪我、ない?」 零は「大丈夫。それより自分の心配してくれよ」と、心配そうに答えた。 「そう……無事で、よかったの………」 あの時は立ち位置が逆だったが、同じ様に彼の頭を軽く撫でる那雪。 近くの座席に座っていた虎美が、那雪に向かって声をかけた。 「キマイラの顔に、見覚えある?」 虎美に反応した那雪が思い出したように答える。 「私と、虎美さん、それとユウさん、那由他さんも……彼女と一度会ってる、の」 那由他と呼ばれた珍粘は、まだ気を失っていて気がついていない。 不意に名前を呼ばれ、助手席から振り返ったユウ。 「会っている……?」 彼女は首を傾げた。怪物の顔は見覚えのない顔だったのだが。 あの顔に化粧をして装飾を加えたら……ユウはハッと気づいたような顔をする。 周囲を見回すように視線を仲間たちへ向け、那雪が更に呟く。 同時に記憶が繋がり、その名前を虎美とユウはほぼ同時に答えていた。 神木実花(かみきみか)だ、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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