●序 誰も足を踏み入れないような奇妙な闇の中で、ローブ姿の男たちの会話が続く。 円卓を囲むようにして席に着く者たち。何れも顔まですっぽりとローブで隠しており、その素顔を窺い知ることは出来ない。 「……やはり、この地が崩界に最も近くなりおったわ」 賢者の石の争奪、ジャックの襲来、鬼の復活、何れの事件も彼らにとっては喜ばしい自体だった。 今は崩界にできるだけ近い状態が持続していることが、何よりも重要だったからだ。 「だがその影でアークが隆盛を見せておるな。そのせいで今ひとつ進展が食い止められておる」 案ずるなと左の男が言葉を添えた。 「かつての盟友にも渡りをつけてある。助力は惜しまないとの事だ」 一応に頷くローブの男たち。 だがしばらく沈黙していた右側の男が会話に割って入るように滑り込んだ。 「ところで、怪僧(やつ)の動きはどうなっている?」 「さてな……ただ我らと同じく、この日本に目を向けているという情報もある」 「以前同様、我らの邪魔立てを?」 「あれは怪僧(やつ)の隣にいた女が元凶よ」 「今ではバロックナイツの末席に居座っておるとか、まったく忌々しい事だ」 吐き捨てるように告げる彼等の会話を制するように、首座にいる男が手で大きく遮った。 「100年前。我らはリベリスタたちや、バロックナイツ共に不覚を取った。今度は、そうはさせぬ……」 立ち上がった首座の男は、決意したように一同へと向かう。 「はるばる我らが極東の離島まで出向いたは、何の為か?」 一応に居並ぶ魔術師たちがその答えに頷きを見せ、首座の男がひとりのローブを指さした。 「……まずは、最初の使者の招来をイワノフに命じる」 ローブたちの顔なき視線が、一斉にひとりの魔術師へと送られ、視線を向けられた男は恭しく頷きを返す。 「お任せを……」 首都圏、某所――。 獅子落としと水の流れる心地よい音が時折響く、広大で静かな日本庭園の向こう側。 広い屋敷の応接間には、二人の男が向かい合って座っている。 上座には柔らかい茶色の和服に身を包んだ、やや痩せ気味の老人。 下座には丁重に礼をする黒スーツ姿の若者の姿がある。 若者といっても20代そこそこといったところだろう。 その温和そうな表情からは、何の感情も読み取ることは出来ずにいたが、その瞳からは燃え盛る炎の様な強烈な意志を感じ取れる。 一方の老人は若者とは好対照に、何の感情も読み取ることは出来ない無表情な顔で、瞳すらも凍るような冷たさを帯びていた。 先に声をかけたのは、老人の方である。 「聖四郎、其方に頼みがあるのだ」 老人の声は抑揚もなく、その顔立ちと相まって一層の冷たさを感じさせた。 声をかけられた聖四郎は、静かに顔を上げて頷くようにして答える。 「本家のご命令とあらば」 凛とした声で応じ、敬意を持って再び頭を下げる若者。 「其方は『ハーオス』を知っておるか?」 「いえ……」 老人の質問にふと逡巡する仕草を見せた聖四郎だが、その言葉にまるで聞き覚えのない様子で首を傾げた。 「無理もない。かれこれ一世紀近く忘れられた名だ。古き仲でな……」 一瞬言葉を止めて、老人の冷たい視線が凪から庭園へと向けられた。 記憶を辿るようにした老人の様子に若者は沈黙し、彼の言葉が続くのを静かに待つ。 「……その手の者が我ら『逆凪』の力を再度借りたいと申し出ておる。今後は其方に一任する」 「はっ」 深々と頭を下げた聖四郎が面を上げると、そこには既に老人の姿はなく、一枚の和紙が置かれてあるのみ。 残された若者はその和紙を丁重に手に取り、まるで老人がまだその場に居たままであるかのように再度礼をして部屋を後にした。 ●承前 東京都北区、氷川神社――。 素戔嗚尊(スサナオノミコト)を主祭神とする氷川信仰を祀った神社の一つ。 だがその神社の中でも、特段取り分けて意義深い場所でもないこの地に、時代錯誤なローブ姿の男がひとりで佇んでいた。 その神社の周囲を警護するようにスーツ姿の男たち。 中心で男たちへと指示していた聖四郎に、学生服に小太刀を装備した少年が声をかけてきた。 「外側は全員、配置につきました」 ちらりと視線を少年に向け、頷きを返すと小声で別の命令を出す。 「拓馬。今回の警護は天正と共に指揮を任せる」 「それは構いませんが……聖四郎さんは?」 視線を神社中央のローブ姿へと移しながら、聖四郎は拓馬にウィンクする。 「あの魔術師がどんな実験するのか、正直興味がある。近くで見学させて貰うさ」 「……分かりました」 無理はなさらないようと言いかけたが、拓馬は言葉を止めた。 聖四郎自身の実力を知っている以上、この忠告は愚問だと判断したのだ。 彼は無邪気な笑顔で拓馬に手を振ると、神社の中へと入っていく。 (不思議な人物だ) 凪聖四郎(なぎ・きょうしろう)と出会ってからというもの、竜潜拓馬(りゅうせん・たくま)はずっとそう感じている。 フィクサードの日本最大派閥『逆凪』の幹部にも関わらず、大物フィクサード特有の後ろ暗さや狂気といった類の影をまったく持ち合わせていない人物だったからだ。 もっとも誰にも見せていないだけもしれないが、だとすれば大した自制心だとも思う。 「拓馬、どうした?」 不意にやってきた佐伯天正(さえき・てんしょう)に思考を中断された拓馬は、小さく首を振る。 「なんでもない」 聖四郎からの指示を説明し、二人はそれぞれの警護の分担についての話へと移っていった。 黒ローブの男は神社に魔方陣を開き、慎重に呪術を繰り返す。 その顔は、初老の金髪男性といった風貌だ。 この日の為に幾度となく繰り返し練習してきた神秘。 共に命を賭けて日本へと渡ってきた同胞の為にも、失敗は許されない。 『逆凪』の男がひとりでその様子を観察しているが、彼はこの秘術を会得するまでに何十年もの長い歳月をかけてきている。 (心配することはない) 彼は気にすることなく、儀式に集中する。 (これが首尾良く進めば……間もなくだ。もう間もなく……) やがて魔法陣の中心に、やがてぼんやりとした扉が浮かび上がる。 ローブの男が扉に触れるとゆっくりと扉が開き、中から何本もの不揃いな触手を持ちドロドロとした不定形で巨大なものが姿を現していく。 その触手の一つにはラッパのような楽器を持ち、不定形のものは触手をずるりと身体へと動かしてラッパの口を抑え、耳障りで甲高い音を吹き鳴らす。 「テストは……成功だ」 魔術師の目が狂気に満ちた輝きを見せ、歓喜の声をあげた。 ●依頼 リベリスタたちが会議室へと足を踏み入れたと同時に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が理解していたかのような頷きを見せる。 「『ツングースカ・バタフライ』って言葉、知ってる?」 イブの唐突な問いに、集まったリベリスタたちは首を傾げた。 「1908年6月、ヨーロッパやロシアで奇妙な現象が多数目撃されたの。 過去にそんなことが一度も無かった地でオーロラが観測されたり、白夜が何日も続いたり」 急な歴史話を始めたことに顔を見合わせるリベリスタたちだったが、その反応を無視したイブは言葉を続ける。 「そして6月30日。ロシア奥地にあるツングースカ川上流で大爆発が起こり、現在の東京都とほぼ同じ面積が消失。 爆発跡を上空から見ると、まるで蝶が羽を広げた姿のようだったことからこの名が付いたの」 ザワッとしたような空気。息を飲むリベリスタたちの声が、会議室を包む。 「その閃光とキノコ雲は数百キロも離れた地域からも観測された。ヨーロッパの広範囲で地震が起こり、地鳴りが続いたそう」 絶句した表情を見せるリベリスタの中に、とある共通の出来事に思い当たった者がいたようだった。 「そう、フォールダウンと非常に酷似しているこの現象は、アザーバイド『混沌の王』によって引き起こされたの。 召還したのは当時、帝政ロシアを拠点にしていたフィクサードの一派『ハーオス』の魔術師たち。 でも当時いたヨーロッパと極東にいた多数のリベリスタたちと、当時組織と関わっていたとされる怪僧ラスプーチンが直前に変心したことで撃退には成功してる」 リベリスタたちの頭に11年前の『ナイトメア・ダウン』を連想させるには、充分な内容だった。 「その結果、組織の主要な殆どはこの事件で死に絶えたはず……だった」 イブの声が不吉な影を落とし、万華シテスムには氷川神社で儀式を行うローブ姿の魔術師が映し出される。 「この男は、イワノフ・フルシチェフ。かつて『ハーオス』に所属していたメンバーの生き残り。 彼らは僅かながら生き残っていて、そして日本へと渡ってきたの。おそらく『混沌の王』を招来するという目的で」 もう誰も言葉を発することはなかった。イブの言葉の続きを静かに待つリベリスタたち。 「今回、イワノフが招来しようとしているアザーバイドは『混沌の使者』。 『混沌の王』のような強力な力のものではなくて、テストケースとしての実験のようね。 だから例え儀式が成功したとしても、現時点での影響は非常に限定的で危惧することはないけど」 一呼吸おいたイブは、一同に向けて決意するかのように告げる。 「でも危険な魔術結社をとても放置出来ないし、だから……お願い」 リベリスタたちの応答を待ったイブの視線の先には、草薙神巳(nBNE000217)の姿があった。 イブの視線に気づいた神巳はリベリスタたちに笑顔を見せ、軽く一礼する。 「今回、彼と他のリベリスタが陽動部隊として当たる予定。 儀式には『逆凪』の護衛たちがついていて、簡単に阻止できる状況ではないの。 彼らの陽動を待ってから皆は神社に突入し、イワノフの儀式を中断させる。 もしくは中断させられなくても、招来された『混沌の使者』をその場で殲滅するのが目的」 陽動に当たる神巳と他のリベリスタたちを以てしても、すべての護衛を引きつけることは不可能だという。 神社への侵入経路は表口と裏口があって、それぞれ佐伯天正と竜潜拓馬という名うてのフィクサードが半数の護衛を率いているからだ。 その片方の入口を神巳たちが先に抑え、次いで主力部隊であるリベリスタたちがもう片方の入口から突破を図るというのが作戦の概要らしい。 「護衛たちを短期間で突破できても、境内には凪聖四郎が控えてるの。 彼は最大派閥『逆凪』幹部のマグメイガスだから、充分に気をつけて」 更にイワノフの儀式が阻止できなければ、加えてイワノフや『混沌の使者』とも戦う可能性もある。 実力の上回る相手との連戦は、流石に避けたいところではあるが――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月13日(日)22:34 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●陽動 陽動部隊を率いる草薙神巳(nBNE000217)が日本に帰国して、もう半年近くが過ぎようとしている。 縁あってアークの一員となった神巳にとって、リベリスタたちの活躍や日々の成長を見るのはとても喜ばしいことだった。 来るべき運命の日に備え、次世代の主役たる彼等の実力を最大限にまで高める為のサポートを続ける。 それが残された者に託された使命なのかもしれない。そう考え始めていたからだ。 陽動を買って出た神巳に対して出発前、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は短く挨拶を告げる。 「ご武運を」 それは祈りではなく、己が力で運命を掴み取ることを信じての言葉。 『黒鋼』石黒鋼児(BNE002630)も続けて声をかける。 「無理しねぇ程度に無茶してくれ」 一見矛盾するように聞こえる言葉だが、彼の真意は無事に全員生還して欲しいのだと、神巳は理解していた。 二人の真意を受け取り、神巳は軽く頷いて二人に言葉を返す。 「君たちも。また後で合流しよう」 だが神巳は自らの力で、自分だけが運命を掴み取って先へ進む事を選択できない人間だった。 常に最前線で最も危険な役割を担い、一人でも仲間の多くに運命を掴み取るチャンスを得て欲しいと願う。 それがすべてを失っても尚、生き残った自身に定められた贖罪であるかの如く。 東京都北区、氷川神社――裏口。 竜潜拓馬(りゅうせん・たくま)は佐伯天正(さえき・てんしょう)との打ち合わせを済ませ、自身が受け持つ裏口の警備にあたっている。 先程まで中断していた考えを再び頭に蘇らせていた。 凪聖四郎(なぎ・せいしろう)のことである。 彼と出会う直前、拓馬と天正は『Ripper's Edge』後宮・シンヤ(nBNE000600)に依頼され、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の護衛に充てがわれていた。 だが最後の決戦が行われる直前、アシュレイの裏切りの為の時間稼ぎとして利用されたことを知り、二人は三ッ池公園の戦場を放棄して撤退する。 アシュレイの裏切りにより『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパー(nBNE001001)がリベリスタたちに倒され、シンヤもほぼ同時期に逝った。 執拗なリベリスタの追撃を何とか振り切り、公園を脱出して傷ついた彼らに手を差し伸べたのが聖四郎である。 彼はジャックたちの儀式の見学に、近くまで足を運んでいたらしい。 以来二人は聖四郎と行動を共にし、事あるごとに彼の性格に触れてきている。 長い間日本を離れて欧州で生活していた聖四郎は、この事件の直前に突然日本に帰国し、直後に幹部の一人として『逆凪』へ加わっていた。 早々に分家へ養子として出されているが、もともとは逆凪前当主の妾の子であり、現当主の逆凪覇王(さかなぎ・はおう)の異母弟に当たる。 彼は一言で言えば天才――神秘魔術に対して飽く無き好奇心を持ち、ただ貪欲に研究を重ねて、常に更なる高みを目指す魔術師。 しかも身内には家族のように接し、配下から信頼厚い主として慕われている珍しい存在だ。 平然と配下を切り捨ててしまう雇い主を見続けてきた拓馬が、聖四郎に惹かれていったのはある意味自然なことなのかもしれない。 気がつけば今では自ら率先して護衛役として、彼の近くであれこれと気を配るようになっている。 今回の『ハーオス』の保護は逆凪本家からの命令である以上、分家の聖四郎にとっては必ず遂行しなければならないことだった。 (何事もなく事が済んでくれれば良いが。問題は……) 特務機関アークのリベリスタたちだ。 神秘事件なら何処でも首を突っ込む彼等にとって、この儀式は何より阻止したい内容だろう。 不意に表口へと突入してきた幾多の影が、拓馬の視界に飛び込んでくる。 「どうやらお出ましのようだ……迎え撃つぞ!」 小太刀を抜き払い号令をかけた拓馬は、詰め寄るリベリスタたちへと厳しい視線を向けた。 ●警戒 裏口での戦闘開始から遅れること、しばし。 リベリスタの主力部隊が突入を開始しようとしていた。 隻眼隻腕の舞姫は、この作戦に参加したリベリスタをひとりひとり眺めている。 何人かは同じ戦場で、また何人かは三高平で様々な苦楽を共にしてきた仲間たちだ。 鋼児は2メートルを超える恵まれた体躯にも関わらず、まだ中学生だという。 彼は幾度となく、『ハーオス』の企みと対峙し続けている。 その都度、影で犠牲となった者たちを目の当たりにし、悲劇に巻き込まれた人々に直面してきたのだ。 後方にいる金髪碧眼の『三高平の悪戯姫』白雪陽菜(BNE002652)は、アームキャノンを腕に突入の時を待っている。 「危険なアザーバイド召喚は見過ごせないよね!」 それはかの有名なドイツ軍の高射砲を、宿敵との戦い為に改造した8.8cm FlaK 37BS 仕様。 陽菜の言葉に反応したのは、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)だ。 カレイドシステムでの映像から思い浮かぶのは、狂った音色でまどろむ『混沌の王』の姿そのもの。 「……どう考えても、アザーバイトというよりミラーミス」 例え眷属とはいえ、それを招来する等とは到底アラストールにとって許すことの出来ない行為である。 『静かなる鉄腕』鬼ヶ島正道(BNE000681)は軽く肩をすくめ、機械化した右手の指をカチカチと動かす。 「100年前の『結果』を経て尚も繰り返そうとは、研究者の固執という奴もなかなか厄介なモノですな」 おそらく彼らは儀式に失敗する等とは、微塵も思っていないのだろう。 凄まじいまでの執念深さを感じ、辟易した様に首を横に振る正道。 同調するように大きく頷いたのは、『殺人鬼』熾喜多葬識(BNE003492)である。 「セイギノミカタとしては、『ツングースカ・バタフライ』の再来は防がないとだめだよねぇ」 だが口にしていた言葉と、彼の心が真に欲しているのはまったく別のものだった。 帝政ロシア時代からのフィクサード。その殺しの味は格別なのだろうかと彼は夢想して止まない。 『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船ルカ(BNE002998)が溜息混じりに呟く。 「……過去の亡霊が今更」 このテストが成功したなら、今度は更に上位の存在の召喚に着手して行くだろう。 だからこそ『鋼鉄の戦巫女』村上真琴(BNE002654)は強く思う。 「儀式は絶対に阻止しなければ」 それに加え、彼女には今回対峙するフィクサードたちと浅からぬ因縁がある。 三度目の邂逅となる竜潜拓馬、佐伯天正。 常に敵味方に分かれて相対しているものの、真琴はこの二人を嫌いではなかった。 しかしその実力は続けて相対した真琴だからこそ知っている。 真剣に相対しなければ、そこより先へ進めないことも。 『八咫烏』雑賀龍治(BNE002797)は腕組みを解き、頷いて静かに宣言する。 「その目論見ごと撃ち落して見せよう」 雑賀衆の末裔と名乗る彼の傍らには、代々受け継がれてきたという古式の火縄銃が常に付き添う。 彼は幾度となくその匠の技を持って、崩界を目指す者たちの計画を撃ち落としてきたのだから。 各人の準備が整ったのを確認し、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が仲間たちへと明るい声をかける。 「それじゃあ……頑張っていこっか!」 彼女が強く想うのは、皆と同じく儀式の阻止。 けれどもっと強く心に想っているのは、彼女の言葉に頷いた全員が無事に生きて還る事。 その為にはあらゆる努力を厭わない、そう決めているウェスティアだった。 ――表口。 裏口での戦闘は、通信によって既に天正にも伝わっていた。 だが彼は動じることなく表口の警備に集中している。 長年の付き合いから拓馬を信頼し、今では気の置けない弟のような感覚を天正は持っていた。 天正の方が年長にも関わらず、普段拓馬が主導的に共に行動しているのは彼の理解による所が大きい。 そんな中、二人は聖四郎と出会った。 傭兵で外様である二人に対し、彼は他の配下と変わらず親身に接し、実力があると分かるや直ぐに要職へ付けた。 何より格式を重んじ、年功序列に偏重している『逆凪』の中ではかなり異質な存在である。 それでいて他の同僚たちが、それを妬む気配はない。 聞けば『逆凪』の中で比較的実力があっても、生まれや格式、入った時期から決してチャンスの与えられない位置にいる者ばかりだった。 それでいて意味のない凶行や悪事に働かせるのではなく、粛々と本家の命令をこなし、少しずつだが着実に自身の勢力を築いている。 神秘魔術への好奇心が強すぎるのが難点と言えるものの、主として申し分のない存在。 拓馬が強く聖四郎に惹かれるのも、頷けることだった。 天正自身もまた、そうなのだから。 大きく息を吐いて、配下たちへと呼びかける。 「気を抜くな、裏口にリベリスタが現れたということは……」 背中の巨大な鉄槌を抜くと、彼は周囲の警戒を指示した。 「此方にも来る可能性が高いぞ!」 裏口の戦況は一進一退である事から、陽動という可能性を否定できない。 警戒を強める中、リベリスタたちが突如表口に殺到したのは間もなくのことだった。 ●激突 表口へと突入したリベリスタの内、速度を上げて誰よりも先行した舞姫は、中央に立つ天正へと黒曜を突き出す。 「まずは……!」 鋭い輝きを放つ小脇差から放たれる突き、斬り、払い、胴薙ぎ、面打ちの連続。 その全てを天正は悉く真正面から受け、そして跳ね返す。 最初の踏み込みが甘かった故か、その連撃によっても僅かな手傷しか与えられない。 小さく舌打ちをする舞姫に続き、魔力を高めたウェスティアの手首より黒き鎖の津波がフィクサードたちを襲う。 「いけぇ!!」 距離を開いて他のリベリスタへの道を確保しつつ、敵の前線攻撃からは影響を受けない位置へと陣取った。 次々と鎖に呑まれるフィクサードたちだが、既に天正によって十字の加護を受けた配下たちは、何れも体勢を崩さずにはいる。 しかし激しい出血や、毒に侵食されていく護衛たち。 お返しとばかりに敵のマグメイガスから一筋の雷が放たれ、リベリスタたちの身体を激しく撃つ。 怪訝な表情を見せながらも、火縄銃を手にした龍治はその標的を天正から外して他の護衛へと向けた。 「……邪魔だ」 複数へ向けての光弾が次々と打ち込まれ、フィクサードたちの身体を貫く。 続いた葬識も、雷に怯まずに前進する。 彼は自身の千里眼を駆使し、敵の配置を既に把握していた。 更に奥にいるイワノフの儀式の様子と、それを無言でジッと観察している聖四郎の姿も。 境内にはこの二人以外は居ない様で、儀式も完成までには猶予が残されている様だった。 「はいはーい。悪い子退治にきましたよ~」 ウェスティアと敵前線の間に立ったまま、葬識は生命力を暗黒の瘴気に変えてフィクサードたちへ叩き込む。 天正は踏み留まって目の前の舞姫へ、鮮烈な光を帯びた鉄槌を振り降ろした。 「ここは、通さん!」 余りに巨大な破邪の一撃。もし舞姫が事前に自身のギアを高めていなければ、相当の手傷を負わされていただろう。 かろうじて左右へと素早いフットワークを見せ、その傷を最小限に食い止める。 続けてソードミラージュの二人が剣を振るい、それぞれに舞姫を狙う。 淀みない連続攻撃を立て続けに受け、その全ては交わしきれずに徐々に体力を削られていく舞姫。 だが遅れて前線に加わった正道がソードミラージュの片方へと襲いかかって、それ以上の攻撃を許さない。 「兎も角、時間的な猶予がどれ程度のものか……」 直前の連続攻撃から行動パターンを解析した正道は、気糸を纏わせて相手を絡めつつ死角からの連続攻撃に出た。 黒き津波との傷も相まってソードミラージュは大きくダメージを受けた様子だったが、敵の最後尾にいるホーリーメイガスが直ぐ様全体治癒に回って易々と倒されることは防いでいる。 一方でルカが詠唱で聖神の一端を癒しの息吹として具現化させたことで、リベリスタたちの傷を癒していく。 「出し惜しんでいる余裕は無いので」 全力で相対して突破しない限り、儀式を中断させることは難しいと既に判断していた。 遅れて前線へと合流した真琴はソードミラージュへ、両手で持つ巨大な盾を大上段から叩きつける。 「努々、慰労無きよう」 傷の深くなったフィクサードがその一撃で更に弱り、ほぼ同時に前線へ合流した鋼児が狙いを付けた。 「いくぜ!」 その炎を宿らせた黒鋼の豪腕がソードミラージュを貫き、敵を打ち倒す。 リベリスタたちが敵に集中して当たったように、またフィクサードたちも攻撃を集中させていた。 だが最初に狙われたのが回避能力の高い舞姫だったことが、リベリスタにとって幸運を齎す。 ナイトクリークの破滅のカードはその身に受けてしまったものの、立て続けに押し寄せるデュランダルの攻撃は身体を宙に舞わせて素早く避け続けていた。 遅れたスターサージリーは龍治と同じく、光弾を舞姫が中心に鋼児、正道、真琴へ撃ち込む。 アラストールはルカを庇える位置で留まり、十字の光をホーリーメイガスへと打ち込んだ。 「素早く片付けるぞ」 大きく呼びかけたその背後では、陽菜がゆっくりと銃口をフィクサードたちに向ける。 「全弾ここで撃ちつくすつもりで、いっくよ~!」 蜂の襲撃の如き連弾の雨が、一斉にフィクサードたちを覆っていった。 視線はまったく動かすことなく、聖四郎は無言で儀式に魅入っている。 だが表口と裏口の戦況は、通信ですべて把握できていた。 信頼している拓馬と天正が易々と倒されることはなさそうだが、それでも境内まで侵入してくる可能性は否定できない。 イワノフは自身の儀式に夢中で、こちら側に意識を向ける暇はないようだ。 「少し時間を稼ぐ必要がある。か」 儀式に目は向けたままで手早く詠唱を始めると、常人の倍以上の速度で次々と術を完成させていく。 「さて、後は……」 この儀式が完了するまで、意識を集中していられるかどうかだが――。 ●突入 少しずつではあるが、時は確実に先へと進む。 最も動きの速い舞姫は、その目標を天正からもうひとりのソードミラージュへと切り替えた。 手早く切りつけて手傷を追わせると仲間の前衛たちがそれに続く。 後衛の全体魔法と相まった連携に抗いきれず、ソードミラージュはその場へと倒れ込む。 一方で地力の劣るフィクサード側であったが、天正の指揮によって標的を今度は正道へと切り替える。 そうする内に今度はデュランダルの一人がリベリスタ達によって落とされた。 正道は自身の傷が深くなったことで防御に回っている。 天正は焦りを覚えていた。 最初の標的を自身がミスしたことによって、戦況の打開する術を失いつつあったからだ。 そして戦闘の趨勢を決定づける事態が、直後に待ち構えていた。 ホーリーメイガスがアラストールとウェスティア、そして葬識の重ねた神秘攻撃によって、ついに倒れたのだ。 舞姫は4人目のフィクサードが倒れたのを確認し、攻撃の手を止めた。 再度自身の速度を最大限にまで高め、突入に備えたのだ。 ウェスティアはその手を止めることなく、再び黒き鎖を解き放つ。 その津波が押し寄せ、回復手段のないフィクサードの形勢を更に不利に導く。 「そろそろだね……」 頃合いだと感じるウェスティアだが、自身も術の反動と敵の雷によって大分傷ついていた。 ルカが癒しを惜しみなく続けて戦線は保たれてはいるが、実際傷を負っていない者は一人もいない。 再びマグメイガスからの雷がリベリスタたちを貫く。 それによって正道が地面に倒れかかるが、彼は自身の運命を解き放って踏みとどまった。 「門番ぐらいは、手早く乗り越えておきたいところ」 ここで倒れる訳にはいかない。彼にはまだすべき役割があるのだから。 龍治は変わらずに火縄銃から光弾を放ちつつ、敵の数を数える。 残りは五人、もう頃合いだろう。 「葬識、境内の様子は?」 葬識は自身の目で境内の聖四郎が次々と高速で術を完成させているのを監視していた。 術の内容までは理解できないものの、今まで彼が見知ったマグメイガスの魔術のどれとも異なる詠唱だ。 加えてイワノフの儀式も先に進んでいて、もう然程時間がないと判断する。 「感じ変わってきたね、行こうか」 合図をルカに促した後、再びその生命力を瘴気に転換して後衛を薙ぎ払う。 暗黒の瘴気によってスターサージリーがその場から吹き飛ばされた。 合図を受けたルカは再度翼の加護を願い、リベリスタたちの背に翼を与える。 天正は傷の度合いを見て標的をウェスティアに切り替え、十字の光を放つ。 今までの傷と相まって回復を一度見送ったことで、彼女の体力もついに限界に達した。 それでも倒れなかったのは、運命を手繰り寄せる覚悟を持っていたからだ。 直後、正道はデュランダルをブロックするように立ちはだかって攻撃する。 続いて鋼児が覇界闘士を相手取り、その進行方向を防いだ。 削り合いを始めながら、仲間の通る道を作ろうとする。 天正は咄嗟に反応して指示を送ろうとするが、目の前にアラストールが立ちはだかった。 「貴公の相手は私が務める。嫌でも付き合って貰おうか」 「……面白い冗談だ」 不快そうな表情で天正は相手を見やり、巨大な鉄槌を構え直す。 その間にも真琴が飛翔し、一気に境内へと向かっていった。 唯一前線に残ったナイトクリークは、真琴をブロックしようとする。 「プランC」 その天正からの指示は、敵の補給源を叩くということを意味していた。 アラストールが天正と向き合ったことで、フリーとなったルカへ狙いを変え、不吉のカードを送り込む。 激しい衝撃がルカを襲うが、今まで護られていた事もあり深手には至っていない。 そうする間にも舞姫、龍治、葬識が飛び上がって次々と境内へと向かった。 だがブロックされている天正たちには手出しすることはできない。 鋼児は突入組が無事に境内に入った事を確認し、炎の拳を揺らしてニヤリと笑みを浮かべた。 「やっとだ、やっとそのツラ拝めそうだな。『ハーオス』さんよ」 もう少し、あと少しで届く。 神木実花や諸々のフィクサード、アーティファクトを駆使して人々を傷つけた。その元凶に。 ――境内。 最初に到達した真琴は、社の近くで詠唱を行うイワノフとそれを見つめる聖四郎の姿を見る。 イワノフは侵入者に気づくことなく一心不乱に儀式を継続していたが、聖四郎は視線を真琴にちらりとだけ向け、また直ぐに視線を戻した。 真琴は意を決したように一気に踏み込み、イワノフへと向かう。 「これ以上はさせない!」 大きく両手盾を振りかぶった真琴に対し、それよりも速く聖四郎が間に入る。 そのまま聖四郎へと盾を叩きつけようとし、彼は真琴へと片手を翳した。 すると聖四郎の目の前で、何か壁にでもぶつかったかの様に盾を大きく弾かれてしまう。 「悪いけど、儀式が終わるまでは邪魔はさせない」 特に感情のこもっていない口調で、彼は視線も向けることなく真琴へ告げる。 直後、目の前に魔法陣が形成され彼女目掛けて魔力の砲撃が放たれた。 突然の攻撃に貫かれ、大きく傷を負う真琴。 続いて後を追いかける舞姫、龍治、葬識が境内へと入ってきた。 神速の速さでイワノフへと近寄ろうとする舞姫。 だがその行く手を聖四郎は視線を合わさずにゆらりと阻んだ。 「これが実験だというなら、情報など持ち帰れると思うな。 記録も記憶も、全てを微塵に叩き砕く!」 懐へ飛び込んでから、その黒き切っ先を聖四郎へと叩き込もうとする。 しかし舞姫は彼の眼前で何かに弾かれ、懐どころか傷一つ付けることさえ出来ない。 まるで聖四郎と舞姫の間に、大きな壁でも立ちはだかっている様に。 目の前のスーツ姿の男は、特に視線を介すこともなく手早く詠唱を終えた。 「悪いが、しばらく大人しくしてくれないか?」 魔法陣から扉が形成され、四人に向けて地獄の炎が瞬く間に降り注がれた。 圧倒的な力を持ってその身体を焦がされ、舞姫の身体は大きく揺らぐ。 それでも、彼女が足を止めることはない。 自らの運命を解放して踏み止まり、キッと聖四郎たちを睨みつける。 運命を手繰り寄せたのは、真琴も同じだった。 それぞれ獄炎に身体を焼かれながらも、倒れることを自身に許さずに構え続けている。 龍治は舌打ちして火縄銃から光弾を放ち、聖四郎を狙った。 「静かにしておけ……!」 やはり光弾は、聖四郎の眼前で弾けて消えてしまう。 どうやら物理だけでなく、神秘攻撃にも耐性のある障壁の様だ。 ならばと葬識が走り出す。舞姫と真琴が既に聖四郎に付いている。 彼が障壁らしきものに守られていようが、イワノフさえ片付ければ問題無いはずだと葬識は判断した。 大きく迂回するように老魔術師に近寄り、暗黒の力を解放する。 「呼ぶのはいいけどちゃんと管理できるのぉ?」 しかしイワノフへと瘴気が届く直前、目の前で弾かれた様にかき消されてしまう。 聖四郎はイワノフに対しても、障壁を用意していたのだ。 真琴は立ち上がり、大きく障壁へと盾を叩きつけた。 「私たちは……負けない!」 自身の全力をこの巨大な盾に託し、何度でも振り抜くのだと。 舞姫も諦めることなく、目の前の障壁に黒き刃を振りかざす。 「あの地獄を、二度と繰り返させはしない……絶対に………」 突き、払い、斬り、薙ぎ、振り抜き、叩き付け、打ち貫く。 常人では考えられない速度での連続攻撃を、幾度も繰り返す。 「そのためなら……わたしは修羅にでもなる!!」 ピシィッ!! その攻撃の連続に、聖四郎との間に阻む見えない障壁からヒビ割れたような音が聞こえた。 だがその直後、眼前の魔術師の術が完成する。 「……すまないが、これで終わりだ」 視線を最後まで儀式から反らすことがなかった聖四郎から、今度は黒き鎖の津波が四人へ放たれた。 ●失敗 ――表口。 突入部隊が去った後も、彼等の戦いは続いている。 陽菜の一斉射撃がフィクサードたちの体力を大きく削り取っていく。 「まだまだ~っ!!」 このダメージの蓄積が敵に対して大きな負債となっていた。 ウェスティアも消耗戦となるのを覚悟で、黒き津波を幾度も解き放つ。 自身が反動で傷つき倒れる前に、その波にマグメイガスが呑まれて沈んでいた。 「誰も私の前では死なせはしないよ……!」 何があっても、仲間を護る為に戦う。その強い意志が彼女を奮い立たせている。 一方、最後尾のルカへナイトクリークからの攻撃は続く。 自身が治癒を祈るよりも早く、死の爆弾が植えつけられて炸裂したことで、彼もまた運命を賭けて立ち続ける事となった。 「貴方がたはこの儀式で何を呼び出そうとしているのか、御存知なのですか?」 崩れそうな身体を堪え、フィクサードたちを見据えて尋ねる。 そんなものが成功してしまえば、災厄へ一歩近付く事以外の何物でもない。 まだ倒れる訳にはいかない。 ルカは聖なる神の力で、再び仲間たちを癒していく。 天正と対峙したアラストールだったが、自身の十字の光の一撃よりも相手の鉄槌の一撃の方がより重く、そして確実に体力を削られていると感じていた。 「全ての敵意害意を、剣で払い、盾で弾き、たゆまぬ鍛錬の技で守り抜き……」 だが元来の防御力の高さ故、倒されるとしても他の決着が終わった後だろうということも理解できている。 故にアラストールはここで引く訳にはいかない。何としても。 「貴方をこそ辟易させて見せましょう」 その言葉に流石の天正も、舌打ちを禁じ得ない。 ここでの戦況は、もはや勝敗が確定していた。 未だに自身は然程傷を負っていないものの、回復のない消耗戦では部下の体力がリベリスタよりも先に尽きてしまう。 そしてそれは間もなく現実のものとなる。 覇界闘士の度重なる攻撃も、鋼児に届くことは無かった。 彼の物理防御は、もはやアラストールすら凌いでいる。 「いい加減そのツラ、ぶん殴らせてもらうぜ」 振りかぶった鋼児の炎の拳が覇界闘士の顔面を捉え、ついに決着がついた。 眼前の障害が消えたのは、正道もまた同じである。 敵の攻撃を受け流した正道が、デュランダルへ連続し気糸を左右から放つ。 逃げ道を失ったところへ、大きく踏み込んだ連撃。 揺らいだ所へ、狂いなき気糸が正確に急所を貫く。 「まあ、なんとかなるもんでございます」 汚れたスーツの裾を左手で払いつつ、右手の鋼鉄の指をカシャカシャと鳴らす。 前線に残ったのが天正一人になったことで、陽菜は飛翔して境内へと向かった。 境内の援護を優先すべきだと考えたのだ。 ウェスティアはこの場に留まり、更に黒き鎖を重ねる。 残されたナイトクリークは死の爆弾の連続でルカを追い詰め、ついに回復の手を止めさせていた。 だが入れ替わりに鋼児がナイトクリークと対峙し、それ以上倒れたルカへの攻撃を許さなかった。 そして境内での儀式も、間もなく決着を迎える。 ――境内。 鎖に呑まれ、ついに深手を負って完全に動けなくなった舞姫と真琴。 気を失うことだけは免れた舞姫だが、既に隣の真琴の意識は掻き消えている。 龍治と葬識にしても、もはや運命を手繰り寄せていなければ立つことも叶わない。 聖四郎はちらりと視線をヒビの入った空間に向け、小さく頷いた。 「『魔力の障壁』を短時間でここまで傷つけてしまうとは……大したものだ」 と、また視線を儀式へと戻してしまう。 龍治は気力を振り絞って火縄銃を構え、狙いをイワノフへと改める。 聖四郎は溜息を付くが、次の瞬間微かに顔色を変えた。 彼が瞬時に魔方陣へと狙いをずらし、老魔術師には気づかれないよう魔弾で射抜いたのだ。 よく見れば、魔法陣はもう一箇所欠けている箇所があった。 それは葬識が暗黒の瘴気によって付けたものだ。 「おじいちゃん無理しちゃ腰にわるいよぉ~、今日はもうこのへんで帰っちゃわない?」 彼は挑発的にイワノフへ問いかけ、意識を魔法陣へと向けさせまいとしている。 既に彼等は儀式の失敗だけに目標を絞って行動していたのだ。 すべてを悟った聖四郎は、思わず小さな笑みを浮かべる。 「……やるね」 この瞬間。彼は今回の結末をすべて悟った。 魔法陣の変化には気づかないまま、イワノフの呪文はこの直後完成する。 金髪の老魔術師の目の前に、ぼんやりとした扉が出現した。 だがそれはリベリスタたちが観たカレイドシステムでの映像の時とは異なり、大きく歪みきった扉である。 イワノフの顔色が見る見る内に青ざめていく。 招来の儀式は、失敗したのだ。 「何故だ? 呪式は完璧に……」 周囲を確認した時点で、イワノフは直ぐ魔法陣が欠けている事に気づく。 愕然とする老魔術師を余所に、聖四郎は軽く拍手をする。 その視線を彼は始めて、リベリスタたちへ向けた。 「お見事、君たちの勝ちだ。今回はこれで手打ちにしたい。 これ以上争っても、互いに死者が出るだけだからね……」 聖四郎にとって、大切な部下の死はできる限り避けたい。 その声はフィクサード側の通信とアクセスファンタズムで、双方に聞こえている。 しかし近くにいた舞姫だけは、それとは別にポツリと小さく呟いた言葉を耳にしていた。 問いかけられた龍治と葬識にしても、既に二人が重傷に陥っていて戦闘継続が難しいのは充分理解している。 この辺りが頃合いだと、双方の考えは一致していたのだ。 イワノフは憎々しげな目でリベリスタたちを睨みつけているが、聖四郎に制され渋々裏口へと後退する。 だが金髪の老魔術師の視線は、境内に残る彼らに最後まで向けられていた。 同時に両口のフィクサードたちも、速やかに撤退の準備を始めている。 イワノフと共に裏口へ出た聖四郎は、駆けつけた拓馬へと微苦笑を浮かべた。 「アークという組織は情報力といい、手際といい大した腕だ。 しばらくは直接相対せず、事を済ませたいな」 そう言って肩をすくめ、重傷を負った配下たちを回収しつつ神社を後にした。 一方、境内に残された歪んだ扉は、遅れて合流した陽菜の力によって消失する。 「悪戯要素なんて皆無だと思ってたけど、本当に消せるんだ♪」 彼女の悪戯っぽい笑顔が、仲間たちに今回の依頼の成功を示す。 フィクサードたちが完全に撤退したのを見届け、リベリスタたちもまた引き返そうとする中。 舞姫は去り際に呟いた聖四郎の言葉が、頭からずっと離れないでいた。 「……それに、今ので覚えた」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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