●システマティ 数時間程度の浅い浅い眠りから目が覚めた。カーテン越しの外は蒼暗い。耳に入るのは雨の音――雨、雨か……起き抜けの頭痛に響いて疼いて吐き気がするから雨は嫌いだ。身を起して、頭を抱えて、息を吐いて、鼓膜に縋り付こうとしてくる雨音を振り払って寝台から降りた。 そうして、六道の奥深く。 自分を呼び出した姫君陛下は一つのモニターに目を向けていた。 「ねぇスタンリー」 「何で御座いましょうか、紫杏お嬢様」 「テレビ冷蔵庫電子レンジエトセトラエトセトラ。家電製品。家電製品ってあるじゃない」 「はい」 「作られた当初はその時の最新技術が詰め込まれてありますわよね。 でも半年も経てば半年分進んだ技術が詰め込まれた製品が作られる。 一年経てばもっと差が開く。二年三年四年五年。諸行無常光陰矢の如し。 それじゃ新しいものに取って代わられて要らなくなった古い製品はどうなる? 貴方、お分かりかしら」 「……処分、であると思います」 「えぇそうよねアタクシもそう思いますわ」 でも、と兇姫はニッコリ微笑む。 「最近のトレンドは『リサイクル』『勿体無い』『エコロジィ』よね? 残り物には福があるって言いますし、どうせなら使えるだけ使わないといけないと思いますの」 彼女の機械の指がモニターをなぞった。そこに映っているのはかつて『人で無し』と呼ばれた『古いもの』。溶けもせずに前回の実験の後もずっと残っていたソレ。 「後片付けはきちんとしなさいって、お父様も仰っていたわ。 前の実験のお陰で『進んだ技術』が沢山ある事ですし。そうね、使える程度には改造してあげようかしら。 丁度――『例の計画』に向けて『対リベリスタ戦闘テスト』も行いたいと思ってましたし」 蠢いている『人で無し』がモニター越しにこちらを見ている。古いもの。彼女の道具。そう、道具だ。ここにあるものは全て全て彼女のモノ。自分も、『彼』も。 「またおつかいを頼みますわ、スタンリー」 「――仰せの儘に、お嬢様」 ●セッショナボー 「……『エリューション・キマイラ』とでも呼ぶべき存在、でしょうか。 アザーバイドでもなくノーフェイスとも言い難く、他のエリューション・タイプとも言えません。この多数の特徴の組み合わせは、人為的な追加工程の上に成り立つ『研究の結果』なのでしょう」 事務椅子をくるんと回し、『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)がリベリスタ達を見渡した。 「研究・鍛錬といった求道系フィクサード派閥『六道』、それに属する『六道の兇姫』六道・紫杏一派が作り出したあの不気味なエリューションが再び出現致しましたぞ――更に完成度を上げて」 覚えていますかと訊ねる。二月ほど前あちらこちらに出没した謎のエリューション、それを観察する六道のフィクサード達による事件。なんでも、黒幕は六道首領の異母兄妹なる『兇姫』の仕業であるというが……一先ず、フォーチュナの説明を聴くとしよう。 「……さて、『人で無し』之井・ノーマンという革醒者をご存知でしょうか。 リベリスタでもフィクサードでもなく、過去にアークのリベリスタと接触し――恐らく拉致でもされたのでしょう、六道のフィクサード達にキマイラとして改造され、皆々様と交戦する事となった人物なのですが」 メルクリィが苦い表情を浮かべる。 「彼が更に改造された存在。それこそが、これですぞ」 と、モニターに映し出されたの歪な人の形をした不気味な異形だった。ミンチにした肉を人の形に圧縮したかの様な、それに肉色の装甲を接着したかの様な。装甲を突き破って全身から不揃いに生えているのは銀色の棘――禍々しい。禍々しくって、不気味だ。 そこに最早『人』としての面影は無い。凶暴。凶悪。その言葉が正に当て嵌まるだろう。 「皆々様に討伐して頂きたいそれの名は、E・キマイラ『ノーマン改』。 改造によって前回よりもアップグレードしているようでして。かなり凶暴で攻撃的になっとります。 防御値は高く、常時ブレイク不可の自己再生能力を有しておりますぞ。 アーティファクトめいた能力も有しておりますので、お気を付けて! それから前回同様、現場付近には六道派フィクサードが数人ばかし何処かから戦闘を監視していると思われます。彼らが直接戦闘に関与する事はないでしょう、こちらから手を出しに行かない限りは」 但しと言う。 「彼らとて立派に戦えますし、護衛に戦闘専門のフィクサードが付いて居る事でしょう。 紫杏様の側近である『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダもその一人」 切り替わるモニターに映ったのは、やつれた顔に丸眼鏡をかけた痩身の男だった。 「彼等に関しましては皆々様にお任せ致しましょう。ですが、くれぐれもお気を付けて」 サテ――画面が切り替わる。現場の映像だろう。廃ビル。雨夜の暗い暗いコンクリート。 そこには、 見るも無残に切り刻まれた人間達の欠片が。血の海が。 その真ん中に立つのは件のエリューションだった。 「ノーマン改はこの廃ビルに屯していた若者達を惨殺、残念ながら生き残りはいません。間に合いません。 ……どうやら『わざとカレイドに引っ掛かる為に』殺したようです。ただ、無作為に。 まるで皆々様を誘き寄せて……皆々様とキマイラとの戦いを望んでいるかの様ですな」 一体六道は――影に蠢き妖しく嗤う兇姫は、何を思っている?何を企んでいる?何の為に? それは、毒が密やかに巡る様な。嫌な、心地。 そう言えば外は雨だった事を思い出す。 「……皆々様ならばきっと、大丈夫! 私はリベリスタの皆々様をいつも応援しとりますぞ」 ●セメントレイン 屯していた人間達はそれを見るなり悲鳴をあげる暇も無く八つ裂きにされた。 コンクリートに血肉が浸み入る。 もう彼は誰でも無い。何でも無い。 ただ呪詛めいた呻き声を雨夜に漏らすのみ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月22日(火)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●アメフリコンクリ 雨の音が鼓膜に纏わり付いている。 (安全なところから静かに見てるだけ、自分は感情のない道具ですみたいな顔をして) 表情に苛立ちを滲ませて。すっげー、むかつく。と『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)は仰いだコンクリートへ吐き捨てる。雨夜。廃墟の階段を上る音。最中、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は用心深く周囲を見渡していた。きっと何処かで見られている。逃がさない。とっ捕まえてアークにしょっぴくのです。 「知っているかい? リサイクルってのは、確かに資源の有効活用に最適と思われがちだけどよ。逆にゴミを増やしてんだぜ?」 六道一派の捜索、それは『メンデスの黒山羊』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)も同様であった。 「だったらさっさと潰してやるのが手心ってモンだとボクは思うわけさ」 等、戯曲を演ずる様に語りつつもその第六感は研ぎ澄ませ、怪しげな場所のアタリを付けてゆく。 「確か前も雨だったなあ。あの時に確保できてれば……ああ、成る程。これが未練か」 動機が聊か人間的すぎるな、と自らを客観視し『落とし子』シメオン・グリーン(BNE003549)は緩く首を傾げる。周囲を確認しつつ、前回の記憶。苦い思い出。雪待 辜月(BNE003382)にとっても同じく。 「前は失敗してしまいました。ですから今度は止めて見せます」 決意を胸にグリモアールを抱き締める。殺して止めるのは非常に傲慢な考え方かも知れない。それでも、止めたいと思うから。深呼吸の後に体内魔力を活性化させる。 「私も研究者の端くれ……大学でそういう専攻だっただけですが」 『紅瞼明珠』銀咲 嶺(BNE002104)は浅く息を吐く。研究者の端くれとしてこういう事は興味深くありつつ――カタギの人が居るようなトコに放つのは見過ごせないんですよね。 「っていうか、人だったんですよね。ノーマンっていう種類のイキモノじゃなくて、ノーマン氏だったんですよね。興味はあるんだけど、なんだかねぇ……」 端正な表情に複雑さを滲ませて。 そんな銘々の様子を見、『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は薄笑み浮かべる。フィクサード達に興味を惹かれる人達が多い様だね、と。 「僕としても高みの見物をされているのは割と癪に触るけれど……。まずはお仕事をきちんとこなさないとね」 愛器を指先で一撫で。 「ほら、美味しいものは最後に取っておいた方がより楽しめるじゃない?」 ならない?まぁ兎に角、取りあえずはアレを片付けなきゃね。 階段が終わる。冷たい湿り風が吹き抜ける。血の臭いを運んで。 「六道・紫杏一派……、人を人と思わない彼らと、そして嘗て人であり、永遠に人に戻れなくなってしまった彼」 腥く剣呑な気配に『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は薄く眉根を寄せる。彼らの実験として行われる行為に『怖い』と――そう感じる自分が居る。それでも引き返す訳にはいかない、目を逸らし耳を塞ぎ続ける訳にはいかないのである。 (皆が居る限り、私は戦える) だから、凛と前を向いて。暗闇と血の海の中、蠢き振り返る異形を見澄まして。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ●血レイン こちらに振り向き悲鳴じみた呻き声をあげたのは、全身から不気味な棘を生やした異形。ノーマン改。形こそ何とか人のそれだが――『これが元々は人であった』とは俄かには信じ難い。その足元にはズタズタに引き千切り引き裂かれた人の過去形があり、血糊がべっとりと。ヘルマン、ミリィの懐中電灯に照らされる。 今日のお仕事は壁とひとごろし。 「之井・ノーマンさん、はじめまして。初対面で不躾ですが、あなたを殺害させていただきます」 一気に地を蹴り目前へ。全身に戦気を漲らせ、振るわれた一撃を蹴撃で逸らせ躱した。凶暴な殺意にゾクリとする。脳内のタガが外れているとしか思えない、禍々しい。奥歯を噛み締め、間合いを詰め、防御を許さぬ蹴撃。土砕掌を鋭く叩き込んだ。 それらとほぼ同時にノアノアもブロック役としてノーマンの前へと躍り出る。 「へっへ! 余り前に出られる機会ってのも無いからさー、張り切っちゃうぜ? 張り切っちゃうな!」 ニィッと歯列を剥いて笑う。暗くて見え難いが致し方ない、エネミースキャン。ノーマン改の解析を試みる。 (歪って事は何処かにガタがあるって事だ……) そこを叩ければ叩くに越した事ねーから、と。見詰める。見澄ます。そして、その分析結果を声に出して仲間へと発した。 「あー、なんか装甲の継ぎ目っぽい所! だと思う!」 成程――だがそこを狙うとなれば如何しても攻撃精度は落ちるだろう。だが、弱点を知っているか否かで心持は随分と変わって来る。それだけでも得をしたものだ、とミリィは仲間達と意識を瞬時に共有する。防御の為の効率活動。支援、援護が己が役割。と同時に、ニニギアも己が体内魔力を活性化させた。 「何ですかあの恐ろしいとげとげ……」 ノーマン改の悍ましい姿。あまりに恐くて涙目になりそうだけど、気力を奮い起こして立ち向かう。自分達が倒さなきゃいけない相手。殺されてしまった人たちの無念を思うと、怯んでなんていられない。 「そんな声、怖く、ないものっ」 震える指先を抑え込む様にグリモアールを握り締め、支援の為にと詠唱を紡ぎ出す。同じくと辜月の方は詠唱を終えていた。 「清き鎧よ、此処に」 清らかな光は神秘の鎧となり、具現する。それは前衛でノーマン改のブロックに当たっている者へ、反撃の具足となって煌めいた。その間にもじっと、具に、少年は異形を見詰める。動きに癖は無いか。攻撃の予測は出来ないか。その視線の先で閃いたのは――シメオンが放った神気閃光だ。ショックを与えるまではいかなくとも、その衝撃にノーマン改が薄く怯むのが見受けられる。 「お久しぶり。随分大きくなったけど、今更成長期?」 常の柔い笑みを浮かべたまま、御挨拶。神髪鞭「オピオン」がピシンとコンクリートの床を穿つ。今度は負けない、負けたくない。仕事に私情を交えるのは自分でもどうかと思うけど。等と思うも、その笑顔(ポーカーフェイス)は崩れない。 「さて、往きましょうか」 コンセントレーション。活性化したニューロン。嶺は凶器そのものである腕を振り回す異形を見澄ました。暗い、が、まぁヘルマンとミリィの持つ懐中電灯の僅かな光を頼りにする他あるまい。相手を絡め取る気糸の網を繰り出した。その刹那に耳元を掠めて飛んで行く何か。それは狂気の詰まった一枚のカード。うんと離れていたリィンに直撃とはいかないまでも鋭い痛み。顔を顰める。なら、同じ――いやそれ以上に酷い目に遭わせてやれば良いだけの事。射手としての神経を研ぎ澄ませるままに重弩を構えた。折角だから、『観客の皆さん』にも楽しんで貰うとしようか。 「しっかりと目に焼き付けてよ、この一撃を――硬さと自己再生が特徴らしいけど、避けられるかなぁ?」 呪いを鏃に込めて、撃った。他の追随を許さない命中精度の下、一閃に貫いた。蝕んだ。 苦痛に呻いたらしい歪な声。刹那に閃きリベリスタ達を襲ったのは、衝撃波。まるで全身を堅い壁にたたきつけられたかの様な痛みが脳を焼く。視界がブレる。凶悪な状態異常を齎すものでないからこそ、ただ純粋に破壊力。強化の術すら破る凶撃。 されど、未だ倒れる者や致命傷を負った者が居ないのはミリィ、辜月の補助技と的確な戦闘指揮能力に因る所もあるだろう。 「大丈夫、支援します!」 全身の痛みに恐怖を覚えつつ即座にミリィはディフェンサードクトリンを展開し戦線維持に奔った。 「がんばるわ……皆もがんばって!」 ニニギアも紡いだ詠唱によって奇跡の福音を顕現し、仲間の傷を強力に癒してゆく。こと神秘能力に置いてはこの場に於いてニニギアの右に出る者はいない。 次々と支援。ノアノアは裂けた唇を手の甲で雑く拭い不敵に笑い、ジャスティスキャノンを撃ってノーマン改の注意を此方へ向けようと試み、斯くしてそれは成功した。こいつの攻撃を一身に受けるのは、まぁ、きっついだろうが作戦だ。叩き付けられる脅威の腕。血潮を貪るチカチーロの舌。ド派手に鮮血が迸って、傍のヘルマンに飛び散って彼を怯ませるまでに。ノアノアの身体が揺らぐ。が、踏み止まってはその棘を引っ掴んでグイと引き寄せた。笑った。 「……お前の魂をボクの血肉と化してやる」 インカムゲイン。貪られた血肉を貪り返す。 呻き。咆哮。遠くの方で雨の音。 若干の火力不足感は否めない。暗さの対策をして居ない者は中々攻撃を当てられない。が、それを補うあまりある支援力。砕かれようと再び作る。癒す。立て直す。維持する為に。先を燃やそうとも。 煌めく光が一閃して、交差して、そして暗いコンクリートにビチャリと飛び散るのは血の色をした赤。 「あなたが何の宗教を信仰していたのかは知りませんが、きっちりお弔いはさせていただきますよ。でもちょっとだけ研究させてくださいね」 せめてもの、手向け。受け取るが良いと嶺は舞うかのような滑らかな動作で気糸を繰り出し、同時にリィンの高速の弾丸が寸分違わずノーマン改の棘を砕く。 「まだまだ、倒れません……!」 全力防御。前衛二人が傷を癒す間、ミリィはシメオンと共にノーマン改の目前にいた。目前、零距離、その悍ましさも一入不気味に感じて、怖くて怖くて泣きたくなるが、大丈夫だ。仲間が居るから。 「我が名の下に、聖なる奇跡を!」 吹き抜ける優しい旋律はニニギアが紡いだ天使の歌。その直前に煌めいたのは辜月のブレイクフィアー。傷を癒して、再びノアノアとヘルマンが前に出る。代わりにミリィとシメオンは後退した。置き土産にと言わんばかりにミリィは誘導性の真空刃を放つ。脅威的な視野から繰り出されるそれは凄まじい精度を以てノーマン改の身体から血潮を散らした。 短期決戦、とまではゆかずとも。だが、戦線は健在。こちらも傷付き消耗してはいるが、ノーマン改が徐々に弱りつつある事は誰もが理解する。あと僅かか、あと一押しか。どちらが倒れるのが先か。 いや、倒れる訳にはいかないのだ、とヘルマンは強く地を蹴る。己が機械の駆動音が鼓膜の裏側で聞こえる。一歩、集中を込めて脚に炎を宿らせて。 「之井さん! 言い残すことはありますか!」 呼びかける声。多分、届かないだろう事を知りながら。届く筈も無いのだろうと思いながら。それでも、蹴る。蹴り付ける。只管蹴る。切り裂かれて殴られて、冷たいコンクリートに叩き付けられても。蹴った。人を攻撃してるという事を、今まさに人を殺そうとしてるという事を、自分の足から感じながら。血に染まるのを感じながら。 (どんな姿だって同じです。人間は人間で、それを殺すのは人殺し) ごめんで許されれば警察なんて要らない、なんていう言葉もあるのだけれど、も。等。思い思い。燃え盛る足の踵落としがノーマン改の頭部を捉え、焼かれながら呻きながら元人間が後退した。ふらついて。ボタボタボタ。血が。殺げた肉から棘が落ちる。苦痛の声。されど理性を失った暴力的な睥睨。拉げた体で尚も戦いを望んでいた。否、望まされていた。 だがもうそれを、終わらせよう。もう苦しまなくって良いのだ。出来れば、もっと早くに――そうできなかった自分を悔い、だからこそと辜月は凛と彼を見澄ました。魔矢の呪文を唱えていた。 「……どうか安らかに眠って下さい」 言葉の終わりと共に放たれる光。 それは――彼の胸を、確かに貫いて。 そして、雨の音が聞こえる…… ●ヒトデシタ 嗚呼、漸く終われたのか、と。無意識の意識で最期に思う。伸ばした手の先。大切な人達の笑顔が――こっちにおいでと手を伸ばす姿が見える。様な気がした。見えた。やっと会えた。 「随分待たせてすまなかった。今からそっちにいくよ」 永遠に暗転。 ●しとり 倒れた彼は跡形も無く溶けて、消えた。無くなった。 「回収は不可、か」 皆の思いをリィンが呟き代弁する。そして仲間を見渡した。ミリィも同じく。微妙な所だ。戦えると言えば戦えるし、消耗していると言えば消耗している。されどやる気に満ちた仲間達。そのうち一人の姿は既になく――エンジン音。バイクに乗ったシメオンが六道の下へ走る。目標を逃がさぬ為の迅速な行動。 「多分こっちだろ! 行くぞうおおおおおお!」 ノアノアもそれに続けと超直感で割り出した方向へ走り出した。 こっちに来るらしい。六道の彼等は懐刀を見遣る。 「……私が時間を稼ぐ。その間に行きなさい」 斯くして。 『お久し振りです、懐刀さん』 雨の下。暗い街道。巨大メスを携えた『兇姫の懐刀』スタンリーとシメオンの視線が噛み合っている。何も言って来る気配はない。ならばと笑顔のシメオンはテレパシーを送る。 アザーバイトと、特に人間を使用した交配実験をしたいがアークでは無理なので委託したい旨 鬼のデータや卵母・精素細胞は可能な限り回収済、個人的に回収した分を提供する旨 今後得られるエルフ、オーガについての情報(可能なら検体も)提供する旨 目標を逃がさぬ為の迅速な行動――そんなものは嘘だ。戦闘になったら怪しまれぬ程度にサボタージュするつもりですらある。その明確な裏切りにスタンリーは僅か眉を擡げ、 「何です? 貴方。アークを裏切るお心積りで?」 ならば。 「こちらへ向かっている貴方の仲間を全て殺して下さい。こちらにつくお心積りなのでしたら、当然その程度の覚悟はおありでしょう?」 我々は六道。その中でも更に深淵、兇姫が嗤う地獄の底。 シメオンが答えようとしたのと、他の面々が辿り着いたのと、スタンリーが動き始めたのは全くの同時であった。 「動きを止められるのも一時的です。行動開始、行きますよ!」 「まあ、覚悟しなよ」 「……せめて、その眼鏡だけでもぱりーんと!」 緊張を孕んだミリィの声が雨夜を打つ。同時、放たれるのはフラッシュバン。更に重なる閃光はノアノアのジャスティスキャノン、次いでリィンの呪矢にニニギアがマジックアロー。どうだ。硝煙、しかしタンリーは平然と、こちらへ吶喊してくる。無傷――いや強いて言うなら耳に小さな小さな掠り傷。リィンの矢か。その手に輝いているのは紅、バッドムーンフォークロア。不吉の月がリベリスタ達に襲い掛かる。 「!」 スタンリーは決して小物の類では無い。立ち上がるリベリスタ達へ凶器を振るう。最中。ヘルマンはスタンリーの前へ、先を燃やして立ち上がりながらきっと睨み据えて。声を張る内容は報告書を読んで聞きたくなった事。 「あなたは、あなたのご主人さまが好きですか?」 「……どういう意味です?」 「好きでも嫌いでもどうでもよくたって、それはあなたが人間だって証ですっていう意味ですよ」 「……」 「物は思考しません。物は記憶しません。物は諦めません。 しょうがないと諦めるのも、お仕えしなきゃって考えるのも、あなたが人間だからです。 自分が物だなんて思い上がらないでください。人間はそう簡単に別のものにはなりません」 スタンリーは何も答えない。或いは、何と返すべきかと逡巡している様にも見えた。構わず、ヘルマンは続ける。ノーマンが倒れたビルを指差して。 「あなたは人間です。あの人と同じように。 ……あなたのご主人さまにお伝え下さい。人間は人間以外になんて絶対になれません」 わかったか、クソ野郎! 蹴り付けた。呆気に取られて反応が遅れたのか、その蹴撃は躱されずスタンリーの腹を捉える。 衝撃に下がり、スタンリーはヘルマンを見る。暗い目。光の無い目。絶望も希望もない虚無の目。そのぽっかり空いた暗い底から、言う。 「ならば、貴方は疑い無く人間なのですか。――いや、戯言ですよ。もうお行きなさい」 これ以上の戦闘は双方に不利益だ、と戦闘態勢を解いて一歩下がる。ミリィは「退きましょう」と皆に言い、協力して倒れた者を抱え、退き始めた。 雨の音。やがて何も聞こえなくなる。 ●ヒトデナシ? 雨の中、彼はふと己の掌を見詰めてみた。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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