●承前 横浜市中区、山の手にある海の見える公園が近い場所――深夜二時。 閑静な住宅街にある一軒家の二階の窓辺に立ち、若い男は自らの万年筆を見詰めていた。 男は、綺麗な指先を乱暴に扱って後頭部をかき乱す。 癖毛で量の多い髪を後ろでひとつに纏めた姿は、自宅にいるのにも関わらずスリーピーススーツで小奇麗に整えられている。 彼の名は、佐倉譲(さくら・ゆずる)。 ここ数ヶ月で売れっ子の仲間入りを果たした新進気鋭の小説家だ。 ピンポーン……。 チャイムが鳴った玄関へと目をやる直前、ガレージに一瞬目を移す。 ガレージの中には、湘南ナンバーのスポーツカーが一台。 (そういや、よく原稿に詰まって悩んでた時に、ドライブ連れてってくれたっけ) 男が思うのは、数ヶ月前に唐突に現れた不思議な女性の事。 人付き合いが苦手な彼にとって。今ではとても大切な、数少ない心許せる人となっていた――。 物書き一本で買った家も、このスポーツカーも。 彼が新たに得た色違いの瞳すら、珍しくも無さそうに「素敵よ」と笑った女性。 そんな彼女がくれた宝物が、すべての成功のきっかけなのだと彼は信じている。 ピンポーン……。 どうせ編集者がまた家を訪ねて来たのだろうとタカを括って、彼は窓から玄関へと降りていった。 しかし玄関の扉の向こう側にいたのは、見慣れない女性を先頭にした数人の男女である。 「こんにちは、佐倉讓さん」 背中に羽根を生やした女が一人、穏やかな笑みを浮かべて挨拶をしてきた。 「私は天羽(あまはね)と言います。 突然ですが、貴方がお持ちの万年筆をお預かりしたいのです」 海の見える公園で、激しい戦闘と声無き悲鳴が響き渡り、そして止んだ。 天羽と名乗る女はその場に座り込んだ讓を、無表情に見下ろしている。 「……なんで、そっとしておいてくれないのかな」 誰に言うでもなく呟いた譲の胸元には、一本の万年筆が光った。 口から血を吐き出した為に汚れたスーツを指先で払って「新しくしないと彼女に怒られる」と愚痴を零す。 このスーツだって、彼女が褒めてくれなければ着る事も無かったのだ。 色違いの眼を夜空へと向けた讓は、不意に蘇った遠い記憶――自分の肉親に寒空の下で捨てられた過去を頭から追いやる。 まぁ仕方ないか、とまた彼は思考を切り替えた。 ペンを走らせる指先が綺麗だと笑った彼女の姿を、譲はもう一度思い浮かべる。 その指先を彼女はまた褒めてくれるだろうかと考えて、「もう一度、会いたいな」と呟いたきり沈黙した。 天羽はその光景を一部始終見届けると、彼の胸ポケットから万年筆を抜き取って懐に収める。 生き残った彼女の配下たちは讓の死体を担ぎ上げると、彼の家にあったスポーツカーへと無言のまま向かって行った。 ●依頼 アーク本部、ブリフィングルーム――。 「今回起こるはずたった殺される相手は、佐倉讓というフェイトを持つ小説家」 カレイドシステムの予測状況を見せた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は淡々と言葉を口にする。 相変わらず白い肌からこぼれる瞳の色が、リベリスタ達に眩しい。 彼女はどんなに残虐な映像を見ても、表情を変えないでいる事が本来であれば不思議な事なのに。 「彼を殺害するのは、天羽とフィクサードが6人。 依頼はふたつ。一つ目は讓を殺そうとする天羽達の撃退、その生死は問わない」 敵のフィクサードは手練れも多く、しかもリーダー格である天羽は実力も高いホーリーメイガスらしい。 戦術によって、苦しい戦いを強いられることだろう。 「それともう一つ、佐倉譲の持つアーティファクト『運命の万年筆』の破壊か回収。 でもできるだけ彼は殺さずに解決して欲しいの」 このアーティファクトは、選ばれた者には強制的にフェイトをもたらす力を有しているという。 それと引き換えに万年筆を所持し続ける事によって、そのフェイトはごく短期間ですべて失う宿命にあるらしい。 彼が例えこの場で生き残っていたとしても、遅かれ早かれ運命を使い切って死に至るか、最悪エリューションと化してしまう。 だが万年筆さえ回収してしまえば、彼はフェイトを有したリベリスタにも、フィクサードにもなり得る選択が生まれる。 つまりリベリスタたちにとっては、天羽たちをただ撃退するだけでなく、譲から万年筆を手に入れるという二重の手間がかかることを意味していた。 「依頼達成への方法は一任するわ。戦闘するも交渉するも、貴方たち次第」 ブリフィングルームを後にするリベリスタたちは、一応に考え込む表情を浮かべていた。 讓がこのアーティファクトを宝物としている以上、リベリスタたちに抵抗するのは目に見えている。 彼らの選択によっては二つの敵を同時に相手取る展開にも、成りかねないからだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月11日(金)00:09 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
●拒絶 横浜市、海の見える公園――。 佐倉讓(さくら・ゆずる)は天羽(あまはね)と、自宅から目と鼻の先にあるこの場所へ移動してきていた。 ちらりとスーツの胸ポケットへ視線を落とし、まるでそれが大切な相手に向けてであるかのように笑みを浮かべる。 彼にとっては幸運の象徴であり、彼女から貰った大切な宝物。 「……何故、これが?」 ふと疑問に思ったことを、天羽に尋ねてみる。 彼女は引き連れた複数の男女を少し後方へと下がらせ、その問いに答えた。 「それは『運命の万年筆』と呼ばれ、選ばれた者に運命の力を授けます。 以前からずっと行方を探していました。私たちにとって、それがとても必要なモノだからです」 答えに対し、讓は静かに首を横に振った。彼女たちの事情等に興味はない。 大切なのは、この万年筆は自身が彼女からプレゼントされたものだということ。 「相手が誰であっても、誰かに渡すつもりはない。 これは僕にとって、かけがえのない宝物だから」 彼の否定に合わせたかのように、後ろに控えていた男女が天羽と入れ替わるように位置を変える。 讓は彼らが自分を攻撃してくるつもりなのだと理解し、少し後ずさった。 そしてその場にいた全員が、近づいてくる複数の存在に気づいたのも、ほぼ同時の出来事である。 ●救援 譲と天羽たちへと近づいてきたリベリスタの数は、全部で10人。 最も機敏に反応したのは『閉月天女』銀咲嶺(BNE002104)である。 後衛に位置していた彼女は、同じく後衛に下がった天羽の姿を確認した。 同じ背に翼を持つリベリスタ――フライエンジェとしての対抗心が彼女の心に波音を立てる。 「古今東西、天舞う女は死の使い。天女連環の計を見せてあげましょう」 灰色がかった鶴の羽を広げ、自身の集中領域を限りなく高めていった。 視線を受けた天羽もその白い翼を広げ、大きく両手を翳して、周囲の魔力を次々と自身へ取り込んでいく。 嶺の隣を行く『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)は、天羽とは対照的な黒い翼を広げた。 いつもの眠たげな声からは一転、戦闘時には覚醒して理知的な口調へと変貌する。 「さて、と……行こうか」 後退した天羽と距離があるのを瞬時に判断した那雪は、前に立ちふさがる前衛たちへ向け、その指先を水平に動かす。 指先から放たれた気糸が次々と男女を撃ち、先手を打たれたことで動きを鈍らせる者も現れていた。 二人のすぐ後方で、『廃闇の主』災原・悪紋(BNE003481)は印を結ぶ。 悪紋が展開した結界がリベリスタたちを包み、各人の護りの力を高めていく。 「皆、気張っていくのじゃぞ!」 幼き容貌からは想像つかない古めかしい口調で、仲間たちへと号令をかけた。 更にその後方、最後尾にはエリス・トワイニング(BNE002382)が控えている。 そこに並ぶのは、『おとなこども』石動麻衣(BNE003692)。 出発前、麻衣は天羽に関して調べ物を進めていく内に、とある神秘事件に行き当たっていた。 ある女占い師によって強制的に革醒させられたフィクサードの中に、彼女の名が存在していたのだ。 「お仲間さんたちは、今回一緒ではないのですね」 記述にあった他のフィクサードたちの姿がないのを視認しつつ、麻衣は自身の体内にある魔力を循環させていく。 その一方で前線に展開したフィクサードたちに、前衛たちが走り込んでいた。 先頭を行く『紅炎の瞳』飛鳥零児(BNE003014)が真っ直ぐに敵の覇界闘士へと向かう。 だがフィクサードの方が僅かばかりに先手を取り、疾風の如く零児たちとの間合いを詰め、雷撃を纏った武舞を以て迎え撃っていた。 雷の一撃を受けながらも、体勢を崩さなかった『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)も同様に敵の覇界闘志を狙う。 気合一閃、全身を光り輝く防御のオーラで覆って眼前へと立ちはだかった。 「……今は役目を賭そう」 挑戦的にフィクサードたちへ言い放つと、大きな槍を軽く回して構え直す。 敵の前線には覇界闘士の他にも、クロスイージスが既に合流していた。 自身の防護を強化しながら、次の一撃に備えている。 加えて天羽から指示を受けた前線のデュランダルが、讓へ標的を変えようという動きを見せた。 しかし『生還者』酒呑雷慈慟(BNE002371)が冷静に敵の動きを見極め、その行く手を阻む。 「下手に孤立すれば狙い撃たれる。今はとにかく指示に従って欲しい」 デュランダル越しに戦況を見据えながら、雷慈慟は讓に声をかけて背後の仲間たちの行く手を確保する。 阻まれたデュランダルが全身の闘気を爆発させた一撃を放ち、強かな衝撃を受けつつも雷慈慟は動かない。 その一方でスペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)とリオン・リーベン(BNE003779)は、雷慈慟の背後を抜けて讓の元へと駆けつけようとしていた。 リオンはスペードとの距離を置き、後方にて一度仲間たちへと防御への効率動作を共有する。 天羽の前にいたナイトクリークが、彼女の指示を受けて突然讓へと襲いかかってきた。 しかし間一髪でスペードが譲の前へと割って入って攻撃を庇いに回る。 「こんばんは、譲さん。貴方を、護りにきました」 笑顔を向けて、後から追いかけてくるリオンを待つ。 「アンタたちは、一体……?」 讓が動揺するのを見て、リオンがそれを制しながら、遅れて二人のもとへと移動してくる。 「話は後だ、まずは俺たちから離れるな」 視線で天羽たちを示し、自分たちは敵意がないことを行動で示すリベリスタたち。 自身が狙われているのは明らかだったので、讓は彼等の言葉に従う素振りを見せている。 天羽の隣に控えたマグメイガスとスターサージリーが、それぞれ自身の力を高める術を施し、互いの戦闘準備はほぼ整っていた。 ●攻勢 リベリスタの布陣を確認した天羽は、配下の治療の為には回りながらも前線とは更に距離を置く。 後衛の攻撃がそれぞれ相手の後衛には届かない距離となり、リベリスタたちはひとまず敵前衛の掃討に回る。 それぞれの陣営が治癒の援護を受けつつ、戦線はしばらく膠着し続けていた。 状況が変転したのは、リベリスタたちが前衛を集中的に攻撃していったことに起因する。 今度は覇界闘士の攻撃よりも先んじて零児の鉄塊が闘気を纏い、覇界闘士の全身を打ち砕いていた。 殆どのリベリスタの攻撃が集中したことで、回復が追いつかなくなっていたのだ。 フィクサードの前線が一枚消えたことで、リベリスタたちが一気に攻勢を強めた。 次なる標的をクロスイージスへと変更した嶺が、手にした羽衣をひらひらと舞わせる。 「羽衣で、縛ってあげましょう!」 そこから繰り出された気糸が相手を縛り付け、その毒に侵食させていく。 隣の那雪が重ねるように気糸を前衛たちへと放ち、その鋭い一点攻撃が幾度も彼らの防御の薄い部分を貫いた。 彼女の視線は天羽を捉えていて、いつ逃走されても対応できるように備えている。 (動く気配は……ないか) だが今のところ、彼女は此方と距離はとっているものの、前線を援護できるギリギリの位置に留まっている。 続けてエリスが希薄な高位存在の息吹を送り、仲間たちの傷ついた身体を癒していく。 「ん……みんな、頑張って」 相変わらずのカタコトで、やんわりとした声をかける。 零児の手に握られた剣の思しき鉄塊は、続けてクロスイージスへと裂帛の気合と共に振り下ろされた。 しかし相手はその身体をしっかりと踏ん張り、炸裂した一撃を何とか交わす。 彼が標的を切り替えたことで、悪紋も合わせて式符をクロスイージスへと放った。 「飛鳥の進む道づくじゃな!」 鴉へと変化した符が炸裂し、敵は怒りで自失するは免れたものの、その体内に再度毒素が駆け巡ってゆく。 そこへ追い打ちをかけるように、シビリズの重厚な槍の一撃が繰り出された。 「盲目と従うモグラ共が……」 全身の膂力を爆発させた突きを無防備に正面から受け、クロスイージスの体勢が大きく揺らいだ。 雷慈慟は嶺に重ねて更に気糸を纏わせ、集中した意識の下でクロスイージスを完全に縛り上げる。 「貴君の身の安全を守りに来た事は相違無いが 全力で己の身を守って頂きたい!」 念には念を。讓へと確認するように警告を発しながら、彼は前線の掌握に努めていた。 状況を理解したように無言で頷いた讓。 彼の前に立つリオンが、目の前にいるナイトクリークの攻撃から身体を張って庇い続けている。 「逃げるな。他にお前を狙う仲間がいないとも限らない」 不吉を伴う黒い影に幾度も襲われ、顔を歪ませながらもリオンは護衛に専念する姿勢を崩さない。 一方、リオンと立ち位置を入れ替わったスペードは、前線の雷慈慟と入れ替わりでデュランダルと対峙していた。 禍々しい黒光りを放つ告死の呪いを帯び、Cortanaと呼ぶ切っ先の欠けた両手剣を振るう。 「彼は、私たちが護ります」 デュランダルも気合と共に爆裂した闘気を剣に込め、互いの武器が交差してそれぞれに大きく傷を与え合う。 カバーするように麻衣が清らかなる存在に呼びかけ、その福音を響かせて仲間へと癒しを送った。 「皆さん、援護は任せて下さいまし」 言いつつ、彼女の視界にふと映ったのは、天羽と後衛たちが一斉にリオンと讓の方へ移動していく姿である。 讓を射程距離に入れた天羽を含む後衛3人は、一斉に攻撃を開始したのだ。 天羽の魔法陣から強力な魔力の矢が放たれたが、庇ったリオンの身体が大きく貫かれる。 続け様に動体視力を強化したスターサージリーが呪いの弾丸を放ち、更に魔力を高めたマグメイガスの黒鎖の血が二人を呑み込む。 一気呵成に晒されたリオンの体力は、瞬く間にその限界点を超えた。 それでもこの場に立ち続けられたのは、自身の運命を解き放っていたことにある。 「……今は、俺を信じてくれ」 そう告げるも、重傷の身を推してこの依頼に参加していたリオン。 普段の倍の気力を必要とする状況下で、そう長くは持ち堪えられそうもない。 仲間たちもリオンが後僅かな時間しか耐えられないことは判っていた。 だがそのお蔭で天羽が前に出て、リベリスタたちの射程に入ったのも事実。 彼女はこのタイミングで讓をリオンごと殺す算段でいるのだ――前線の回復を無視してまで。 「……失礼」 再度打ち放った強烈な魔力の矢。これを庇わなければ讓が死に近づくことは容易に想像できた。 讓の目の前に立ち、その矢を正面から受けたリオンの身体がその場へと崩折れる。 「何故、そこまでして」 「言ったはずだ。俺達は……お前を守るために来た」 動揺する小説家に対し、黒髪の陰謀家は答えるのがやっとの状態ながら、まだ意識をギリギリの線で保っていた。 だがこれ以上の戦闘継続は、もはや困難な状況である。 僅かに遅れて嶺の気糸が天羽たちを襲った。 「この気糸は鶴の羽根。織れば高価ですから切らないでくださいね?」 次々と敵を貫いていく鶴の細き織り糸。しかし天羽の心に動揺を起こすまでには至らずに終わっている。 しかし理性を失い怒りに震えたスターサージリーの標的が、讓から彼女へと切り替わっていた。 だがその糸はひとつだけではない。 隣で重ね合わせる那雪の気糸が、再度天羽たちを貫く。 「逃さない……」 立て続けに放った攻撃に対しても、動揺を抑えきった天羽だったが連れ立った配下は異なっていた。 マグメイガスが怒りに震え、その標的を変えてしまっている。 更に雷慈慟が気糸を重ね、三重となって防御の隙間を縫った攻撃が貫く。 「済まないな。見目麗しい女性の願い、叶えて差し上げたくはあるのだが……!」 かろうじて天羽は怒りに駆られずに済んだものの、次の攻撃次第ではそれも難しくなるだろう。 一方でデュランダルは雷慈慟と入れ替わったスペードがしっかり抑えに回り、遊撃には叶わない。 零児の鉄塊の一撃に重ね、シビリズの神聖な力を秘めた大上段からの一撃が、クロスイージスを完全に打ち砕いていく。 「……散るが良い!!」 既に気糸に身体の自由を奪われた相手がその槍によって地に落ち、前線を阻むものがまたひとつ消えた。 唯一、讓たちに対峙していたナイトクリークだけが、その効果を免れている。 だがその攻撃も、フリーとなっていた悪紋が寸での所で庇いに回ったことで絶たれてしまう。 「しっぽを巻いて逃げるなら、今の内じゃぞ?」 彼女の言葉に相手は諦めたように首を小さく横に振った。唯一押し切れるチャンスが、これで完全に途絶えたと理解できたからだ。 天羽は残ったフィクサードたちを盾に、一人撤退を始める。 リベリスタが残るフィクサードを撃破していくのに、然程の時間を要すことは無かった。 ●正体 「寒い、夜ですね……」 ふと寒空を見上げながら、スペードが呟く。 きっと肉親に捨てられた過去を持つ譲にとって、暖かな幸福を与えてくれたのはその『万年筆』ではなく、彼女自身だったのではないだろうか? 彼女にはそんな気がしてならない。 個々の手当を済ませたリベリスタたちが、既に譲と対話を始めている。 嶺が自分たちの正体を讓に明かし、自己紹介をしていた。 「私たちは特務機関アーク……あなたのような、異能の力に目覚めた人々の集団に所属しています」 次いで深手は負っているものの、意識は失わずに済んだリオンが小さく詫びを入れる。 「急に押しかけて悪かったな」 讓が狙われた原因はその『万年筆』にあり、そのアーティファクトの正体を説明する。 動揺する讓の横に立ったシビリズが大きく頷いた。 「それは大変危険なモノなのだよ。奴らが来たのも、私達が来たのも偶然ではない」 「でも、これは。これだけは……」 彼女の思い出に縋る彼に、雷慈慟は寄り添うようにして理性で訴えかける。 「貴君が万年筆を大事にする気持ちは、解らないでもない……。 しかし、これを所持し続けると貴君が保たなくなる」 その言を受けても、迷いを隠せない讓。 悪紋も手放すよう、説得を重ねる。 「おぬしはもうこんな物に頼らずとも一人前じゃろ?」 最後に那雪がリベリスタたちの言をまとめ、改めて申し出た。 「その万年筆は運命の寵愛(フェイト)を与える代償に、短期間にフェイトを使い果たさせる。 フェイトを使い果たせば怪物(ノーフェイス)となり、何れ自我も無くしてしまう。 だから、どうか……貴方や貴方の大切な人の為、その万年筆……我々に預けてもらえないだろうか?」 讓の心は大きく迷っていた。 命を賭けてまで自身を守ろうとしたリベリスタたちが、信用に値する相手だとは彼も理解できている。 しかもやみくもに奪おうというのではなく、納得できる理由もある。 万年筆を手に取り、目の前に出してジッと眺めている讓。 それでも、この万年筆には彼女のすべてが詰まっているのだ。 「すまない。それでも、僕はこれを手放すことはできな……」 決心したように拒否した讓だったが、次の瞬間には万年筆の上半分が綺麗に吹き飛ばされていくのを目の当たりにした。 説得中に集中を重ね続けて万年筆だけに狙いを絞り、零児が巨大な鉄塊を器用に一閃したのだ。 「まるで壷を買わされる手口だ。どうせ最近その彼女とは、会えてないんだろ?」 そう告げて、何事も無かったかのように鉄塊を背中に戻し、彼の隣にいたエリスは小さく溜息を吐いた。 あまりに突然のことで唖然とする讓に対し、リオンがずっと気になっていたことを尋ねる。 「教えてくれ。お前にそれを渡したという女性は一体誰なんだ?」 その問いに対して、しばらく無言のままで呆然としていた讓だったが、やがて呟くように一言彼女の名前を告げた。 麻衣はその名前で、すべてが繋がったと確信する。 「やはり……」 報告書を調べた際に思った推測が、ほぼ的を得ていたからだ。 彼女の正体は既にリベリスタたちによって倒されたフィクサード。 そして、『ハーオス』の駒のひとつ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|