● ──ねぇ、お母さん 私の口にした声は届かない。 ──ねぇ、お父さん。 私の声は聞かれない。 ──ねぇ、お姉ちゃん。 私は頭を撫でられて、彼女を見る。 微笑んでいる。悲しそうに。情けをかけるように。 彼女のその表情が。私に対する感情が。嬉しくて。優しくて。愛しくて。 憎かった。 「大丈夫ですかい?」 起き上がり、声のした方を見る。この男は誰だったろう。名前も思い出せないが、自分に忠誠を誓っている事だけは覚えている。誓わせた、の間違いであるかも知れないけれども。仕方はないとはいえ、こんな醜男となんて。思い出しただけで身の毛もよだつ想いになる。 「ん、昔の夢を見ていただけですわ」 納得したのか、男は問いかけるのを止める。ここにいるものは、男も女も同じようなものだ。話したくない、という雰囲気を少し醸すだけで、途端に問答を止める。つまらない。拒絶とは似て非なるものであると言うのに。 嗚呼、でもそれは姉さんの影響か、と私はしみじみと想う。あの人だけは私の側にいてくれた。あの人の為に、私はここにいるのだ。 「それで、準備はできていますの?」 「えぇ、万全に。新顔もきっちりと」 「上出来ですわ。さぁ、行きますわよ」 私は待ちこがれている。心を失ってしまいそうな程に。心を壊してしまいそうな程に。 ● 生暖かい吐息を漏らしつつ、彼女の唇から離れた。とろんとした表情で、彼女はこちらを見る。私が応えるように微笑みかけると、彼女は嬉しそうに私を抱きしめた。私はニヤリと笑って体を預ける。その表情は決して柔らかくはなかっただろう。 さてと、と彼女を振りほどいて息を整え、歩き出す。危険は承知の上だ。まして戦闘能力のない自分が戦場に赴くのだ。リスクなしに望むリターンはない。そもそもどれだけのリスクを冒してきたか。覚えてすらいないほどだ。 私は私の目的を果たすまで、或いはそれが潰えるまで、リスクを冒し続ける。 さあ戦場へと繰り出そう。私はそこに用がある。 ● 「あるフィクサードチームの犯罪が予知されています。止めてください」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はリベリスタに告げる。 「『操心香水』というアーティファクトを用いた犯行を行うようですね。以前『操身香水』という似たような名前のアーティファクトを別のフィクサードが用いた記録がありますが、後者が体のみを操るのに対して、前者は心を操るようです」 心を操られた人間は、決して能力が向上するなどと言う事は無い。ただ、所持者の指示が絶対となる。もし所持者が死ぬまで戦えと指示したなら、彼らはそれに従うだろう。無論、今宵の『所持者』はそれをするということだ。 「彼女──木凪アカリは自身につけた香水の匂いを周囲の一般人に嗅がせつつ行動しています。そうして彼らを自身に従属させ、誘拐するのが目的だと思われます。確証はありませんが。 幸いな事に、このアーティファクトは革醒し、フェイトを得た者には効果がありません。そしてアーティファクトが破壊されれば効果は消えます。上手く破壊すれば、被害を最小限に、フィクサードを効率よく倒す事も可能でしょう」 ああ、それと、と和泉は思い出したように付け加えた。 「今回、木凪ヒカリさんが同行します」 和泉が視線を向けた方向には、一人の女性がいた。自分に目を向けられたことに気づいたのか、頭に生えた二つの耳をピンと立てて、リベリスタを見回した。 「妹さんに関わりがある事件、ということで帯同許可を求めていたようです。今後リベリスタとしてアークに身を置くことを条件に、許可を出しました。上手く使ってあげてください」 よろしく、とリベリスタの一人が手を差し出した。ヒカリは照れくさそうにしながら、それに応えた。 「私にだって、誰かを救えのかなって。あとは……妹の真意が知りたいくらいよ」 「では皆さん、よろしくお願いしますね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月14日(月)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● ──ねぇ、お姉ちゃん。 私の声に振り向いた姉はちょっと困った顔をし、私の頭を優しくなでながら、ごめんね、と謝った。 ──ちょっと行く所があるから、ね。帰ったら遊ぼうね。 そう言って姉はどこかへと出かけていく。私は一人で玄関に佇んでいた。 どうして行っちゃうんだろう。 ふと頭を通り抜けたのは、そんな想い。 もっと一緒にいれたらいいのに。 彼女が買ってくれたぬいぐるみを抱きしめながら、そう願ったのだ。 もっと、私の側にいてくれたらいいのに。 初めは多分、それだけ韃靼だと思う。 ● 木凪アカリの真意は何なのかという疑問は、誰しもの胸にあった。 アカリは真っすぐにヒカリを見て欲しかったのだろうか、と雪待 辜月(BNE003382)は考える。憐憫でも敵対でもなく、対等な姉として、ヒカリがアカリに向き合って貰えれば、償いの必要があるにせよ、最悪の結末の訪れは免れるのではないかと。 アカリはきっとヒカリが好きだったのだろう、と『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)は思う。自分のことを決して哀れんだりして欲しくなかったからこそ、ヒカリの優しさを憎らしく思ったのだろうと。 アカリの真意はアカリにしかわからない。けれどもすれ違ったこの姉妹のわだかまりを、解決してあげたかった。 「アーティファクトが絡むと、姉妹の邂逅も喜べませんよね……。最悪の事態にならないよう、私たちが全力で頑張らないといけません」 『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)は決意を固める。彼らのアーティファクトは支配を促すものだ。姉妹の再会の場に存在する要素としては、どれだけ考えたとして適切でない。 「結局まともに戦ったのは最初だけでしたね。改めまして、姫宮心。守る人なのデス」 『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が自己紹介をしたが、ヒカリは聞いているのかよくわからない神妙な面持ちでいた。 「そんな顔なさらないで。落ち着いて、一緒にちゃんと、アカリさんの話、聞きにいきましょう?」 心は、ヒカリを宥めるように言う。そのままアカリのいる戦場に放ったら、命を投げ捨ててもアカリに突進していきそうな、表情をしていた。 「……そうね。落ち着かないと」 「ヒカリさん、道は私達が必ず作ります。だからそれまで姫宮さんから決して離れず、無理はしないで下さいね?」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が補足すると、心は小さい体を大きく見せるようにふんぞり返る。ヒカリは少し微笑んだ。 「頼りにしてる」 「あと、お願いがあるのデス」 前置いてから、心はヒカリに言う。 「もう迷ったり逃げたりしないでください。守りたいものがあるのでしょう? 守りたいものがあるのなら、楽な方に逃げたら駄目なんですよ。私、頭悪いですけど、それは知ってます」 「うん……わかったよ、心ちゃん」 「それで、ヒカリさん」 辜月がヒカリに声をかけ、今回の戦いについての説明をする。一般人、加えてアカリも攻撃することに、彼女は少し鼻についたような反応をしたが、それで『最悪』を免れるためには、それも仕方ないことではあると、しっかり理解したようだった。 「これもあの子を救うため……」 彼女は肝に銘じたようだ。そしてどこかにいるであろうアカリを思うように、儚げな表情をする。 「お前達はマトモな喧嘩の一つ、思っている事の言い合い一つ殆どした事がないんじゃないか?」 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は一つの問いをヒカリに提示する。そうかもしれない、と言って、ヒカリは俯いた。 「あの子が悪いことしてるんだから、私がしっかりしなきゃ、ね。言えた義理じゃ、ないかもしれないけど」 ヒカリの胸にはかつて後宮に属していた自分が浮かぶ。けれども、もう過去のことだ。開き直っていこうと彼女は顔を上げる。 「少々派手な喧嘩になるが、付き合おう。……良い結末を期待する、木凪ヒカリ」 「アカリさん、何かする気かもしれません。先日も偽名使って何かしてたっぽいので。ですから、何かあるかもしれません。ゆえに迷わないようしっかり決めておくといいですよ。私が今回決めたのは 一般人さん守る。ヒカリさんとアカリさんの幸せな結末守る。デス」 葛葉と心が、ヒカリを鼓舞するように言った。彼女は空を見上げながら、言う。 「そうね、私は──」 あの子をつれて帰ることとしましょうか。 リベリスタたちは戦場へと歩を進める。 ● 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう。──全ては其の真意を得るために」 ミリィは自身の敵を見据えて言う。ヒカリとアカリ。予てより彼らに関わっていたものもいるだろうが、彼女らに会うのが初めてな自分には、詳細はわからない。けれども、知らぬ、成し得ぬでは、追われない。 少しでも最善の結末を得るために。彼女の意思は、視線の先で行動を始めている、アカリにも同様に向けられている。ミリィの言葉など、届くはずもなく。 行動を始めたとはいえ、アカリらはまだ、周囲に対して危険な行動だとか、暴力行為を行っているわけではなかった。彼らの一人が、通り行く一般人の一人の腕をつかみ、そしてアカリの方へと引き寄せる。アカリはそれを受けて、香水を吹きかける。 瞬く間に、彼の顔が綻んで、彼女の従順な兵士となった。その周囲で、その異常に気付いた者は、少なかった。まだおとなしめの行動だったためだ。彼らの行動が激化する前に、とリベリスタはアカリたちに向かっていく。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は集中力を高めながら、周囲を見渡す。敵は未だ大それた行動を成していない。一般人の日常は続いている。重傷を覚悟で不安要素を打ち消すか、敵の支配下に易々と置かれるか。彼らに取ってどうであれ、レイチェルがどちらを望むかは、決まっている。 仲間が彼ら自身を強化しながら敵に向かっていく中、レイチェルは光を溜めて、解き放つ。まばゆい光が戦場を走り抜け、射程の範囲内にいる一般人を焼く。人通りの多くはない場所とはいえ、人はいた。彼女の周囲にいた人間が、苦しそうに膝を折った。それを見て、他の人間がざわめきだす。どうした、何がおこった、と。 そこで戦場が動き始めた。一般人が少しざわめき始める。リベリスタの存在を完全に把握したフィクサードたちが、目的の阻害を恐れて、行動を始めた。幾重もの結界を張った戦場では、人間はただ出て行くだけだ。アカリが支配下に置ける人間も、少なくなっていくばかりだろう。だがフィクサードのうちの何人かは、逃げていく人の腕をつかんで、逃がさないようにしていた。それがアカリの命だったのだろう。 ミリィは自身の防衛の教義を仲間と共有し、戦線の強化をはかる。『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)の戦闘指揮を受けて、リベリスタはフィクサードと対峙する。 「ご姉妹の問題を落ち着いて解決する為にも、先ず我々の仕事をきっちり終わらせましょうか」 ユーキ・R・ブランド(BNE003416)は前線に出て、突っ込んできたフィクサードの一人の動きを阻害する。込み入った事情があろうと、まずは目の前の危険を滅ぼすことが先決だ。フィクサードの放った気のこもった一撃をよく見てかわしてから、その剣に漆黒のオーラを纏わせて、一気に叩き込む。 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)も前線に出てきたフィクサードを受け持って、ブロックした。前線に出てきたフィクサードは四人、回復役および後衛はアカリの側で戦闘の様子をうかがっていた。残りのフィクサードは、一般人をアカリの方へ連れていく。二人目の一般人が、アカリの支配下に置かれた。 「一応、言うぞ。投降の意思はあるか?」 葛葉がフィクサードの一人と相対しながら、問う。フィクサードは真顔のまま答えた。 「アカリ様が投稿しない限り、私はあの方に従うのみ」 彼の繰り出した無数の刺突が、葛葉の身に降り注ぐ。それを耐え、彼が刃を引くと、葛葉は攻撃に転じる。 「……言葉を尽くしても良いが、俺も然程堪え性な訳でもない。──義桜葛葉、この拳にてお相手する」 言葉の代わりに拳を。葛葉は真っすぐと拳を突き出して、覇気を込めた一撃を、フィクサードへと。男の足がよろけるが、忠誠が彼を倒れさせなかった。 前線に出て、壁の役割を果たしているフィクサードと思しき男に、チャイカの狙いが向く。彼と、前線のフィクサードは十分にまとめて狙える位置にあった。チャイカはそこから狙うべき敵を的確かつ瞬時に選び出し、気を練る。そして精密かつ執拗に、狙いを定めたフィクサードを、練った糸で狙い打った。 「回復役がいても、回復させなければ良いのです」 言葉通り、その生糸で付けた傷は、回復を許さなかった。 アカリが三人目の一般人を支配下に置く。近くにいる一般人で、支配していない者はあと一人。フィクサードが捕まえてきた者だ。もがいて、抵抗しているが、こちらまでくれば関係はないと、アカリは考えている。あと他には、と見回して、何人か逃げ惑っている者を見つけ、配下のフィクサードに指示を出す。 支配下に置いた一般人を盾にしながら、アカリはリベリスタの様子を見た。とりわけ、フィクサードの間を抜けながら、自分の方に向かってくるヒカリの姿を、追っていた。 来る、ああ、もうすぐ来る。その時が。 アカリはニヤリと笑った。 ● チャイカは何か違和感のようなものを感じていた。ヒカリやアカリに対して、ではない。むしろ周囲のフィクサードに対して、だ。彼女らはただ自分の意志を以て動き、目的を果たそうとしているが、アカリに従うフィクサードたちには、自分の意志ではなくて、他の何かによってアカリに従っているように思えた。例えば、彼女の得意とするアーティファクトのような。 確かなことがわかったわけではない。ただ、未知の神秘の存在する可能性もあると、彼女は少しだけ警戒を強めた。 ドーラは敵陣形の中心辺りにいるホーリーメイガスを見る。おそらくは彼がフィクサードの生命線だと、ドーラは彼を狙い、放った光の玉が彼に当たって弾ける。彼はひるむが、倒れまいと体に鞭を打つ。 リベリスタの前衛三人を超えたフィクサードは、自らを壁と言わんばかりに防御を固め、後衛陣の狙いを引きつけようとする。ミリィは好都合とばかりに、それを狙う。まず落とすべきは壁と回復だ。守りの要さえ何とかなれば、彼らの耐久はそれほどの壁ともなり得ないだろう。 「認識、把握。目標指定──」 生じたのは真空刃。空気を裂きながら進んでいくそれは、対象に誘導されて敵を襲う。彼は避けきれず、体は切り裂かれる。男は負けじと、十字の光線を放つ。 しかし、リベリスタの体は攻撃に対して反撃を成す、辜月の与えた鎧で覆われていた。与えたダメージを罰するかのような痛みが、男に降り掛かった。男が痛みに目を瞑り、開いた時、常闇を放つユーキの姿が、男の目に映った。 前線にいた仲間に等しく訪れた畏怖、痛みが、彼らの膝を折らせる。従うことすらままならぬほどに、体力は削れていた。 ディートリッヒの強烈な一撃がフィクサードにクリーンヒットすると、彼は息も絶え絶えになりがら、それでも反抗する。けれども、降り注ぐ攻撃の嵐が、彼にそれ以上を許さない。 ドーラがホーリーメイガスを撃ち、彼が行動の中止を余儀なくされると、戦況はもはやリベリスタ優勢でしかなかった。 ヒカリも、既にかなりアカリに近いところでフィクサードと戦闘をしている。あともう少しで、フィクサードの脅威は断たれるだろう。 辜月が福音を響かせて、皆に活力を与える。 リベリスタは一気に攻勢を強めた。 ● ヒカリの脇を四色の魔光が通り抜ける。ヒカリがヒヤヒヤした顔でその軌道の行き先を見ている横で、心は十字の光を敵に浴びせる。見事に男を直撃したそれは、彼にそれ以上の攻撃をさせなかった。男が倒れると、その先にはアカリの姿があった。 「……アカリ」 戦場にありながら、ヒカリは思わず妹の名を呼んだ。支配した一般人に囲まれて、彼女はにやついていた。しかし口元は、それほど笑ってはいない。 「久しぶり、姉さん」 姉妹の再会は、ヒカリがアカリの元から逃げ出して以来のことだ。 「どうして、こんなことをしているの」 ヒカリは問う。また一人、フィクサードが倒れた。彼らは既にヒカリを気にかける暇もなく、他のリベリスタの対応に追われていた。心が、飛び交う攻撃からヒカリを庇おうと、必死に警戒していた。 「知らなくていいことよ」 アカリはそう言って、フィクサードにヒカリを狙うように指示をする。再びヒカリは、戦闘に応じる。 「質問させてください」 聖なる光がアカリの脇を翔る。彼女を守る一般人の一人が、その攻撃を受けて倒れる。レイチェルは真っすぐにアカリを見つめながら、問う。 「貴女は、ヒカリさんの事が好きなのですか、嫌いなのですか? 側に居て欲しいのですか、欲しくないのですか? ……嫌われたいのですか? それとも、愛されたいのですか?」 挑発的に笑みながら言うと、アカリもまた挑発的に笑み、返した。 「秘密を話してしまったら、ここまでした意味がないじゃない」 「さて、フィクサード。悪いが、姉妹喧嘩の舞台には貴様らと俺は精々エキストラが良い所だ」 葛葉は息絶え絶えになりながらなお立っているその男に言う。一般人を巻き込んだ壮大な姉妹喧嘩を終わらせられるのは、きっと彼女らしかいないのだ。自分たちがどれだけ力で強制したとして、わだかまりが完全に晴れるわけでは、ないのだから。 「……早々に事を終わらせて、舞台から退場するとしようか?」 気を込めた拳が、男に叩き込まれる。邪魔なエキストラは舞台を去った。残るは、主役。 ● ヒカリは改めてアカリと相対する。アカリはなおも支配した一般人を盾にするようにして、その後ろにいた。 「アカリ、もうやめて。こんなことして、なんになるっていうの」 「……どうにかなりそうだから、やってるとは思わないんですの?」 でも、そうですわね。アカリはそう言って、懐から香水を取り出す。不安になりそうな水色の瓶であった。 「もう、必要はないでしょう。終わり、ですわ」 彼女はそれを憂うように見つめた後、パッと手を離して、香水を落とした。香水は地面に叩き付けられて、粉々に砕けた。 その瞬間、支配の解けた一般人が、バタバタと地に倒れ伏した。アカリは踏まぬように気をつけながら、彼らの間を抜け、ヒカリに近付いた。 「姉さん」 「……しっかり反省すること。被害がそんなに出てなくなって、アカリのやったことは、酷いことだったんだから」 「……ごめんなさい」 アカリはヒカリの肩に手をかけ、ヒカリに抱きつこうとする。ヒカリはそれを受け入れようと手を広げた。二人の体が近付いていく。アカリとヒカリの顔が、近付いていく。 アカリが、不穏な笑みを浮かべた。 アカリの唇が、ヒカリのそれに触れようとする。 アカリの体を、ミリィが、突き飛ばした。 「き……キスなんて、させません!」 体に力が入らなかった。どれだけの時間を費やしてきただろう。どれだけの人を傷つけてきただろう。すべてこの一瞬のためだったのではないか。なのに今、最後の一瞬を目の前にした私は、どうしている。 最初は姉さんと一緒にいたかっただけだ。それはやがて支配欲へと変わっていた。 姉さんはずっと私と一緒にいればいいと思っていた。 大好きだから、私だけの側にいればいいと思った。 だからアーティファクトを作った。賢者の石を求めて、もっと強力なアーティファクトを作ろうと思った。手に入らなかったから、自分の生み出しうる最高を作った。 キスという愛を伝える手段を用いて、ヒカリという存在を支配しようと、思ったのに。 アカリの体が地に叩き付けられる。もう彼女に立つ気力はない。痛みではなく、目的を果たせなかった事実が、彼女を脱力させた。 「結局、私一人じゃ何も出来ないじゃない」 空を見上げて、アカリは呟く。ヒカリを捕まえていたときも、彼女を支配するためのアーティファクトが完成する直前に、彼女は逃げてしまった。 どうして、こんなに間が悪いのだろう。彼女は自分を呪う。 「あなたが望めば、私はいくらでもあなたの側に、いてあげたのに」 ヒカリが、アカリに言う。その言葉に、アカリがどんな表情をしたか、ヒカリにはわからない。 「取り返しの付かない悪事を行ったわけでもなし。フェイトもきちんとある。ま、監視はいるでしょうが、それで充分の気も致しますね」 ユーキが肩をすくめて言う。 「ヒカリさん」 レイチェルが、ヒカリに問うた。 「この結末で、貴女は満足でしたか……?」 ヒカリは、笑顔で答えた。 「十分よ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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