● 誰もいない深夜のスケートリンク。 彼女は、一人舞い踊る。 観客のいないスケートリンク。 彼女は、一人で舞い踊る――。 ● 「可哀想な、お話よ」 『もう一つの未来を視る為に』 宝井院 美媛(nBNE000229)は、資料を片手にスクリーンに画像を映し出す。 「この子の名前は、奈良橋 静香。 フィギュアスケート選手としてオリンピックを目指していたの。 毎日毎日、遅くまで練習して……、将来有望、オリンピック間違いなしって言われていたわ。 でも……、ある日練習帰りに立ち寄ったコンビニで、運転ミスで店内に突っ込んできた車にはねられ、命を落とした――」 スクリーンに映された少女は、薔薇色の衣装を纏い、たくさんの花束を抱えている。 恐らく、大会で優勝したときのものだろう。 幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。 「それから彼女は、練習場所だったスケートリンクに現れるようになったわ。 幸い、深夜だから一般人で彼女を見かけた人はいないけど、このまま放置すれば一般人が遭遇するのは時間の問題だし、崩界に影響が出るのは間違いないわね」 「ってことは、まだ誰も被害にあってはいないんだな?」 リベリスタの一人が、確認するように問う。 その言葉に、美媛はこくりと頷いた。 「一般人に被害が出てないとは言っても、 エリューション・アンデッドとなってしまった彼女を放っておく事は出来ないわ。 ――対応を、お願い」 リベリスタ達は、再度スクリーンを見つめる。 屈託の無い笑顔を浮かべる、少女。 それでも、討伐せねばならないのが、リベリスタの勤めだ。 「彼女が深夜にスケートリンクに現れた所が、遭遇ポイントね。 スケート場だから、電気をつければ光源の確保は可能よ。 戦いが始まると、彼女の他に3体のエリューション・フォースが現れるわ」 スクリーンの画像が変わり、幼稚園ぐらいの少女、小学生ぐらいの少女、中学生ぐらいの少女が映される。 その画像に、リベリスタ達があることに気づく。 「……似てないか?」 口々に上がる言葉に、美媛が言葉を挟んで沈黙を作った。 「その通りよ。 エリューション・フォースは、静香の記憶を読み取って、彼女の成長過程の姿を模して現れるわ」 少女を倒すだけでなく、更にその成長過程の姿をも倒さねばならぬことに、リベリスタ達はざわめく。 「エリューション達は、スケートの技を攻撃手段として使ってくる。 エリューション・フォースは、静香がその当時に覚えていた技術で攻撃をしてくるわ」 詳しくは、資料を読んでね。と、告げると、美媛はスクリーンを消そうとリモコンを持って操作した。 すると、エアコンがウィーンと音を立てる。当然、スクリーンは消えてはいない。 「……間違っちゃった」 リベリスタ達は苦笑いを浮かべると、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月14日(月)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 建物上部に設置された窓から、月明かりが差し込む。それはまるで、スポットライトのようだ。 人の気配を感じぬ静寂の中、エッジが氷を削る音が響く。 エリューション・アンデッド『奈良橋静香』は月明かりのスポットライトの中心に立つと、 緩やかな動作からくるくるとスピンを始める。 足を頭上まで持ち上げて回る柔らかい肢体は、これまでのトレーニングの成果だろう。 その姿を、物陰から見つめる瞳――。 彼女は己の死を、あの日出遭った事故を、自覚しているだろうか。 それを知る術はないけれど。 命を奪った運転手を恨むでもなく、日々この練習場に来る。 誰を殺めるでもなく、傷つけるでもなく、ただ此処に来て舞っている。 けれど。 ただ其処に在るだけでも、崩界に影響するのであれば。 そして、いずれ一般人に害をなす可能性があるのであれば。 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は、白鳥乃羽々を握りしめる。 ――リベリスタたる、自分たちが討つしかない。 雲が月を覆い、リンクを照らしていたスポットライトも消えた。 けれど、真っ暗になったスケートリンクでは、変わらず氷を削る音が聴こえている。 カチッ。 ユーキ・R・ブランド(BNE003416)と、櫻木・珠姫(BNE003776)が、通路に設置された照明のスイッチを入れる。 煌々と明かりが灯り、スケートリンクは昼間のように明るくなった。 けれど静香は、明るくなった事に気づいた様子もなく、大きく片足を上げ氷上を滑っていた。 照明をつける前に、リベリスタ達は能力の底上げを終了させていた。 戦う準備を整えた彼らの背中に、翼が宿る。 氷上に慣れた者と慣れぬ者の差を、この翼で埋める事が出来ればと考えたからである。 万が一を考えしっかりとスパイクを装着した『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)は、飛行すると氷の上数センチの高さに浮かぶ。 その視線は、ただひたすら滑り続ける静香に向けられた。 オリンピックを目指し、将来を嘱望されていた少女。 前途ある若者の死。それは悼むべきことだ。 事故に遭い、命を落としE・アンデッドとなってしまった少女。 未来のないものは、躊躇なく殺すべきである。 「報われないな、本当に」 ため息交じりに、呟いた。 リベリスタ達が次々と氷上に現れる事にも気づかぬ静香。 スピードに乗り、宙を舞うと回転し着氷する。 そのジャンプは、やはり素晴らしいもので。 (彼女が仮初めの生を得てなお踊り続ける姿は、余計に胸を打つものがありますね) 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)は、些か痛む胸を耐え、思う。 (私が出来ることは、本来の死という安らかな永遠の眠りに誘う手伝いしか……) 子供がいる彼だからこそ、親の立場で思うこともあるのだろうか。 冥真同様にスパイクを履いた『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールドの翼が羽ばたく度に、顔の横に結ばれた金の髪が揺れる。 彼女はリンクの端に移動すると、氷の上で停止した。 「本当は。本当は、好きなだけ滑らせてあげたい」 けれど、それは自己満足にしか過ぎない。静香にとっても、自分にとっても、だ。 だからこそ。 「ここで終わらせてあげるの。あたしたちが」 氷上に全てのリベリスタが集っても、静香が反応することはなかった。 ただただ、氷上を滑り、舞っている。 彼女と共に現れるはずのエリューション・フォースも顕現せず。 それならば、と、声をかける。 「ご機嫌よう……こんな夜遅くまで熱心ね。 さっきまで明かりも付けず、それで練習になるの?」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)のコートが、風も無いのに閃いた。 エッジがシュッと音を立て、静香は氷上で停止する。 「貴女はやがて、大勢の人に影響を及ぼすわ。 ……華麗な演技が心を動かすという意味じゃない。 人ならざるモノへと変貌させ、より大勢の人を不幸にするの。 貴女は表現者として、自らの意に沿わない事を人に伝えたい?」 静香は、距離を置いたままミュゼーヌの方へ体を向ける。 そこで初めて、リベリスタ達は彼女の顔を確りと見た。 死んだ者だとは思えぬほど、瑞々しさを保った姿。 けれど、その瞳は何も写していない。 ぼんやりとした瞳。力の籠って居らぬ口角。 やはり、倒さなければならない存在なのだ。 静香が片足を軸にくるんと回転し、氷上に円状の軌跡を作った。 すると、氷上に3つの光が出現する。 それは、様々な大きさに変貌し、人の姿を形作っていく。 静香の、幼児期・小学生期・中学生期の姿だ。 「……さ、手早く行きましょうか。余り時間を掛けると不審がられます」 ユーキは、小学生期のE・フォースへ向かい翼を羽ばたかせる。 それにあわせ、京一は鴉を呼び出し幼児期の静香を襲わせた。 怒りを買い、自らにくぎ付けにしようと言う作戦は成功。 幼児期の静香は京一へ向かい滑走する。 キュルン――。 静香のブロックを担当する浅倉 貴志(BNE002656)のトンファーが回転する。 緩やかに動く様は舞のようにも見えるが、その実、己の力を高める構えであった。 不幸な事故に遭い、潰えた未来。 その出来事を悼む心は、当然自分にも宿っている。 しかし、それがエリューションである以上、自分の心を凍らせてでも、戦わなければならないのだ。 ● 小学生の静香のブロックはユーキ。 中学生の静香のブロックは佳恋。 幼児期の静香は鴉に怒り、それを放った京一を攻撃していた。 レイチェルの浄化の鎧を纏った貴志。 アンデッドの動きを止めるべく振るわれた拳は、静香の胸に突き刺さった。 ピキピキと音を立て、胸に突き立てた拳を中心に氷が浸食していく。 一方、ブロックを受けたE・フォースへ銃口を向けるミュゼーヌ。 リボルバー式のマスケットは、立て続けに弾丸を撃ちだし、狙った対象を確実に撃ち抜いて行った。 傷ついた小学生と中学生は、傷の痛みにもがきながらも反撃を試みる。 けれど、それより早く。 ユーキの身から漆黒が溢れた。 漆黒は大きく広がると小学生の静香を抱き包み込む。 黒の闇に身を蝕まれ、小学生はその場に停止した。――しかし、まだその命は潰えてはいない。 ブロックを行うリベリスタ達はエリューションの反撃を受け、少なからず傷を負っていく。 その回復の一端を担うのは冥真だ。 常に歌い続ける覚悟で、仲間たちの回復に努める。 「痛かったら言えよ、生きてる以上、声は出せんだろ!」 歌の合間に叫ぶ声。 一人でも大きな怪我をすれば、作戦は簡単に瓦解することを、彼は知っていた。 幼児期の静香に襲われ続ける京一。 けれど、攻撃の的は幼児ではなく中学生の静香だ。 受けた傷を厭いもせず放たれた呪縛は中学生の静香を絡め取ろうとしたが、中学生はその呪縛を弾き返した。 それと同時に、幼児のスケート靴のエッジが京一を斬りつけた。 大きく開く傷口。流れる血。 フェーズ1と言えども、エリューションである。 今まで受け続けていたダメージもあり、京一は氷上へ膝を着いた。 「待って。今回復するから」 その傷を癒すためレイチェルの癒しが京一へ届き、浄化の鎧を身に纏う。 軽く礼をする京一へ頷きを返すと、レイチェルは幼児期の静香を見つめた。 「フィギュアスケート、好きなんでしょ。 人を傷つけるために使っちゃいけない」 みんなを楽しませて、湧かせて、魅了する。そういうものでしょ。と、レイチェルは告げる。 けれど幼児は己が攻撃していた京一が回復した事に慌て、レイチェルの言葉など耳に入らぬ様子で慌ただしく京一へ向かって行く。 その姿に冥真は面白くなさそうな顔をする。 幼児は脚を振り上げ、京一をエッジで斬りつけようとしていた。 「スケート靴の使い方、間違ってないか。……慌てる必要なんて無いんだ、君は」 佳恋がブロックする中学生の静香の体が、かくんと曲がる。倒れたわけではない、攻撃の手を打ったのだ。 中学生は、片足をまっすぐ伸ばすと、そのまま回転を始めた。 氷を削る為の鋭いエッジが、佳恋を斬り付ける。 「くっ」 傷は大きくないが、その痛みに些か眉根を寄せると、次に回転してきた足を長剣で受け止める。 スピードを乗せ回転していた重力が、佳恋の腕にかかり骨が軋む。 その重さを跳ね返すように、佳恋は全体重をかけて思い切り振り抜いた。 中学生の静香は、後方に弾き飛ばされ、リンクに倒れる。その姿を見つめる佳恋。まだ倒せていないのは判っている。 「こちらへ来てください。氷上での動きなら貴女に分があるでしょうけれども……抑えてみせます!」 その言葉が届いたのかはわからない。 けれど、誘いに乗ったように中学生の静香はまっすぐに佳恋へと滑走する。 徐々に加速していく中学生。その姿は残像を帯び、複数に増えていく。 全ての攻撃を受け止めようと、佳恋は身構える。 エッジが波状攻撃で襲いかかり、佳恋は切り刻まれた。 ポタポタと落ちる血は、彼女の生命力を蝕む棘となる。 傷だらけの佳恋。仲間たちの回復が彼女へと飛ぶ。 その行為で、開かれた活路がある。 佳恋目掛け滑走する中学生を後方から追いかけるものがあった。 それは、珠姫の作り出した真空の刃。 中学生を追尾するその刃は、佳恋を攻撃した直後の中学生の背中に突き刺さる。 「―――」 声にならない悲鳴を上げ、中学生は倒れこむ。 倒れた中学生は、空気に溶け、消えた。 ● 中学生を倒した事でフリーになった佳恋は、幼児のブロックに回る為、翼を羽ばたかせる。 軽やかに飛翔し、京一と幼児の間に割り込むと、未だ怒ったままの幼児を京一から引きはがした。 佳恋が幼児をブロックしたのと同じ頃。 ユーキは常闇を撃った。 長身から繰り出される一撃は、小学生の静香に大きなダメージを与える。 しかし、そのダメージはユーキの生命力をも奪っていく。 立て続けに撃った常闇の反動と、今までのダメージを蓄積した体に、天使の息が吹いた。 「癒してやる、その分前は任せるからな!」 冥真の回復は絶妙のタイミングで行われ、ユーキの心と体に力が漲っていく。 その時、派手な音がリンクに響いた。 貴志がE・アンデッドの静香のスピンをモロに受け、後方に吹き飛ばされる。 咄嗟に珠姫が貴志を受け止めようとしたが、飛ばされた方向が悪く氷の上に転がり、滑って行く。 リンクの壁に強かに背中を打ちつけると、夥しい量の血を吐きだす貴志。 静香は更に攻撃を与えようと猛スピードで滑走する。 その前に立ちはだかる者が居た。 ミュゼーヌは、まっすぐに静香を見据える。 「スケーターともあろう者が、エッジを人に振るう事を躊躇わないの? そんな正常な判断が出来なくなる位、貴女の置かれた状況は特殊なのよ」 黒銀の長い脚に爪先立ちになる程の高さのヒールは、宙に浮いているのに踵の音を響かせた気がした。 静香は、虚ろな瞳をミュゼーヌに向けた。 「周りをよく見て。過去の貴女達が何故ここにいるの? そして、人を傷つけるその力は以前からあったもの?」 状況を知らせる事で、死んだこと、人ならざるものとなってしまった事を気づかせようと、ミュゼーヌは説く。 けれど、彼女の言葉は届かない。 静香は、氷を蹴り跳躍すると回し蹴りを打ち込んだ。 ミュゼーヌのナポレオンコートの切れ端が氷上に落ちる。 「酷く理不尽だし、納得など出来ないでしょう。 過去の貴女達を見ても、ひたむきに打ち込んできたみたいだし。 ……だけど。この子達がいたからこそ、今の素晴らしい演技がある」 傷ついて尚、言葉を紡ぐミュゼーヌ。 「奈良橋静香さん。貴女という舞姫がいた事、私は決して忘れないわ」 静香に終焉を迎えさせるには、倒すしかないのは知っていたけれど――。 リボルバーマスケットを構えると、放たれた弾丸は静香へと向かっていった。 銃声が響くと、氷上に突っ伏したままの貴志の指がピクリと動いた。 暗闇に消え行きそうな意識を消える寸前で取り戻し、彼は立ち上がる。 すかさず放たれたレイチェルの癒しを受けると、貴志は戦線へと復帰した。 その頃。 珠姫の真空刃は小学生の静香を追尾していた。 同時に、ユーキがブロックしていた小学生と佳恋がブロックする幼児期の静香が、ユーキの放った常闇に囚われ、黒に飲み込まれていく。 小学生の静香が、手を伸ばす。もがく指先、掴もうとしているのは何なのか――。 その胸に、真空の刃が突き刺さった。 ゴトリ。 氷の上に転がる体。2体のエリューションが霧散した。 ● アンデッドの静香。残ったのは、彼女だけ。 虚ろな瞳、力なく開かれた口。出会った時のまま、変わることのない表情。 幼い頃の自分が倒されていくのを見ても、愛してきたスケートの技で人を傷つけても、躊躇らいを見せる事はない。 もう――感情など、ないのだろう。 そうと知っていても。 「フィギュアスケートは観客を魅せて感動させるものでしょう」 珠姫は、言葉を紡ぐ。 もう、その笑顔は見れないかも知れないけれど。でも、彼女も以前は浮かべていただろう、その笑顔が見たい。 「だから悲しみと絶望なんかに負けないで。あたし達に見せてよ。貴方の最高の演技を!」 静香が舞う。 その回転は、常人が出来るものではなく。。 復帰後すぐさまブロックに当たっていた貴志の体が再び吹き飛ぶ。 珠姫がその体を受け止め、レイチェルは貴志へ癒しの手を差し伸べる。 「今のあなたの滑りじゃ誰も楽しめない。 歓声も上がらない。拍手も聞こえない。 ――あなたは誰のために滑るの?」 半ば、叫ぶようなレイチェルの声。 貴志の氷の拳が静香の胸に食い込む。 それを追いかけ、静香の胴に長剣が刺さった。 脇から回り込んだ佳恋の刃が立て続けに突き刺さり、静香の白いスケートウェアを赤に染めていく。 転倒した体は氷上を滑り、赤い軌跡を描いた。 冥真は、足元に倒れこんだ静香を見つめる。 「君の絶望は察する。だが、死んでまで踊ることが、培った技術で傷つけることが、正しいと思ってんのか? ふざけんな、そんなもんエゴですらねえよ! お前は今、どんな顔をしてんだ! 鏡を――お前を写してきたスケートリンクを目ん玉かっ広げて見てみやがれ!」 静香の体がピクリと動き、氷上に座り込む。 氷を見つめる瞳は空虚なまま。 「美学もない熱情も無い想いも死んで未練だけを遺した軌跡が、ステップが、お前を育ててくれた人達への答えかよ? そんなもん、傲慢だと気付け! 死ぬならとっとと死にやがれ! これ以上、自分と身内を悲しませるな!」 弾かれたように静香が顔を上げ、冥真を見つめた。 ユーキのバスタードソードが、禍々しい黒い光を放つ。 その黒は、氷の上に腰を下ろしたままの静香の頭上へ降り注ぎ、背中から夥しい血が噴出した。 「もう、お休みなさいな。……悪い夢ですよ」 ユーキの囁き。 それに抗うように、静香は再び氷上に立ち上がった。 ボタボタと落ちる血は、花びらのように氷を彩る。 静香は氷を蹴る。 跳躍から、驚異的な回転。 「報われない身勝手なんて、許すか!」 冥真の声。 時を同じくして、引かれた引き金。 舞姫の最後の舞を止めたのは、ミュゼーヌの弾丸。 胸を撃ち抜かれ、よろめく静香。 彼女は、にこりと微笑むと、自らの傷を抑えるように手を胸に添える。 「あ――」 笑った――と、誰かが呟いた。 静香がウェアの裾を掴み、膝を折る。 それは、カーテシー(演技の最後にするお辞儀)。 ● 静香の血に染まるリンク。それはまるでフィナーレに捧げられた花束の如く。 最後に意識が戻ったのか、戻らなかったのか。 アンデッドは、安らかな表情で息絶えていた。 「僕たちが倒すことで、更なる悲劇は防げたと思います。 彼女が本来あるべき死という眠りにつきましたが、それが彼女にとって幸せなのかどうか」 貴志の呟き。その答えは誰にも判らない。 レイチェルは、その亡骸に問いかける。 「子供の頃の。小学校に通っていた頃の。あたしと同じくらいの年齢の、それぞれのあなた。 そのとき、なにを見て滑ってた? なにを思って滑ってた?」 もしそれを聞けたなら。 「その透明な気持ちを。あたしは覚えていてあげたかった」 数日後――。 静香が亡くなったコンビニエンスストアを訪れた京一。 (せめて天上において、彼女が本来の素晴らしき舞姫としての姿を披露していただけるよう……) 彼が立ち去った後には、花束が置かれていた。 リンクを染めていた赤い花ではなく。 その色は――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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