●限界 重なり合う悲鳴と打撃の音がオーケストラの奏でる音楽の様に室内に鳴り響いていた……と、考えて少し大袈裟だったと心の中の表記を改める。せいぜい管弦四重奏だろうか。いやいやそれほどの格はないだろうからギグかライブぐらいに留めるべきか。ひとしきりのクライマックスの後、音の乱舞が収束すると配島はこの特殊な楽を奏でる演奏家達を壁際に退かせ、鳴くだけ鳴いてぐったりと横たわる楽器達へと歩み寄った。勿論、生きた楽器達は『ミッション』に失敗したユミとその配下の女達であり、殺伐とした音楽は彼女たちの悲鳴で紡がれたものだ。その中でも特にダメージのきついユミの顎を無造作に持ち上げる。 「ひどいなぁ、ユミは。こんなにも大胆に僕の期待を裏切るなんて」 何が楽しいのか配島は機嫌良さそうに笑いながら汚れたユミの顔に自分の顔を近づける。 「ナオトはアークに行っちゃったし、ユミは材料を調達してくれないし、2人のせいで僕、東京湾に沈められちゃうよ」 「ご、ごめんなさい。今度は絶対に」 「ほら、篝火ちゃんだってへろへろなんだよ」 配島が示す実験器具のジャングルをユミは見ていなかった。必死に配島の色素の薄い瞳を見つめる。 「強いアーティファクトを預けて貰えたら、みんなできっと材料をちょ」 「だめ!」 配島は苦しそうに助命嘆願するユミから手を離す。さんざんに痛めつけられていたユミは自分ではもう身体を支える事が出来ず、ぐしゃりと床に倒れ伏した。 「そっか。でも言われてみれば、三尋木さんは結構他の人にはアーティファクトを預けてるよね。ユミはいい子だし、このまま金庫番のご老公に渡してお金に換えてもらうより僕の役に立ちたいよね」 配島の酷い言いぐさにもうなずくユミの頬には涙が伝う。自分と自分の仲間である女達が今この場で処分されないためには、うなずくより他ない。 「みんなの引退公演になるかもしれないから、思い切って派手な仕掛けを考えるよ。アーティファクトも頼んでみるし。だから楽しみにしててよね」 思案顔をしつつ配島は言った。 ●掠奪 苦い茶でも飲んだ後の様な不愉快そうな表情で『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は話し始めた。 「JC誘拐事件の続報。まったく懲りない奴らだよな。だが、少しばかり面倒な事になりそうな予感がする」 だからなのか、伸暁の表情は曇ったままだ。 「三尋木の配島、とうとうイカれちまったのか学校を襲撃するつもりらしい」 山辺美鈴と赤城玲奈が学び、消えた上田狭霧が通っていた中学校全体が配島の標的となっているらしいのだ。 「配下の女4人に時限式の爆弾を抱かせて4方から学校に侵入させる。それぞれがひとりずつ生徒を拉致して戻ってくる。その間、学校内をアーティファクトで遮断する……って作戦らしい」 伸暁は大きな菓子の入った長方形の缶をテーブルに置き、その短い辺にポテトチップスが入った円柱形のパッケージを横付けする。 「学校の正面玄関にマイクロバスで全員を回収して撤収。速さがキモの荒事系だが、成功させる気でいるらしい」 その日、中学校は試験前で午前中しか授業がなく部活動なども制限されている。だが、襲撃が予想される午後1時にはまだ帰りそびれたり、図書館で勉強したり、部室に立ち寄ったりしている者もいるし、教員達もまだ残っている。しかもユミという女フィクサードは強力な魔力のこもった銃を持っている。持ち主の生命力を削る呪物だが、威力命中力ともに高性能だ。 「……正直危険すぎるしスルーしようかとも思ったが、他のフォーチュナーが見て伝えたら同じだしな。だから言う」 伸暁は菓子の缶の上に手のひらを載せる。 「出来る範囲でいい。学校で青春ってやつをこれから謳歌しようとしているガキどもを守ってやってくれ。俺の歌を聞く前に奴らの未来を閉ざさないでやってくれ」 未来の俺のファンだから……と、伸暁は照れくさそうに笑って言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月18日(金)00:07 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●約束の時間 「中学生の拉致とは剣呑だな。しかもやり方が下衆だ」 指定された刻限が近づく。不愉快そうな表情のまま『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は言い、力なき人々の心をこの場から遠ざける強力な遮蔽を張り巡らせる。そして用意しておいた帽子を目深にかぶり歩き出した。正門近くに駐車しているマイクロバスを横目に横断歩道を渡り、反対側の道路に面して立つビルへと歩く。雷音が何気なく歩を進める周囲で人々の様子が変わる。ある者は不意にそわそわして用事を思い出したかのように足早に立ち去り、ある者をきびすを返し今来た道を戻っていく。雷音がビルの入り口にたどり着く頃には封鎖された地域かのように人の姿が消えている。 「いらっしゃいませ」 雷音が店の扉を開けるとすぐに店員の声が響く。その向こう……大きな窓ガラスのすぐ手前、2人掛けのテーブルに1人で座る猫背の男が見えた。 「時間、だね」 配島は小さくつぶやき……その瞬間、不快な違和感が走りリベリスタ達にアーティファクトの発動を教えた。 「そろそろ俺は行く。そっちは頼んだぜ」 生来のものではない色を幻視でまといつつ『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は正門から校内へと入る。フォーチュナーの視た未来では、ほどなく三尋木のフィクサード、ユミもこの辺りから侵入してくる筈だ。 「バスはんのみんなっいくよっ! ふぁいとっ! なのっ」 正門近くに駐車しているマイクロバスまでは視界良好で遮蔽物もない。『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミ-ノ(BNE000011)の力が掛け声と共に発動し、皆の戦力を底上げされる。 「あ、でもまだまだなのっ。まだたいきなのっ!」 ミーノはマイクロバス担当の3人を押しとどめて印を結んで防御結界を張り、更に皆の背に小さな翼を与える。 「むっかつく奴ねぇ! トニー・ジョーズのなぞなぞよりむかつく奴なんて存在価値ないわ!」 ミーノの制止が解除されると『クレマツィオーネ』ミリー・ゴールド(BNE003737) 弓から放たれた矢の様に、銃身から射出された弾丸の様に、走るミリーが見る間にマイクロバスへと到達する。 「この計画、完膚なきまでに潰すわよ!」 燃える炎をまとうミリーの拳がバスの右側、横っ腹を勢いよく貫く。途端にボッと炎があがった。 「げっ!」 「な、なんだ、こいつ!」 慌てて後部座席からフィクサードの男がスライド式のドアを乱暴に開け放して飛び出してくる。 「やーい三尋木のばかやろー。あっかんべー」 幼子の様な悪態をマイクロバスの男達へと放った『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は一転、表情を消すと慌てる男の顔へとカードを投げつける。不吉な道化師の絵が張り付いたカードは空を切り、男の頬を切り裂いて過ぎる。 「よぉ、元気か? 死ね」 逆側の窓ガラスが割れ、突き出された漆黒のガントレットが運転席にいるフィクサードの上半身にぶち込まれる。飛び散る血が車内を血に染めフロントグラスもべっとりと赤く染まる。コンセントレーションで集中を高めた『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は、愚鈍なフィクサードを瞬時に屠る。 「あっちゃ~。やっぱりマイクロバスが狙われちゃったか。まぁ、そうだよねぇ~。前も車が攻撃されちゃったし」 すっかり冷めたコーヒーを飲み干し配島が立ち上がる。 「やあ、ヤケにここに拘るじゃないか。何かあるのかな? あの学校に」 近くに座っていたワンピースにストールを掛けた長髪の若者が驚くほど俊敏に動き、洒落た手袋をつけた手で配島の右腕を掴む。少し長めの前髪の奥に『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の黒曜石の瞳が輝く。 「幼児化の次は女性化? もしかしてコスプレがハマちゃったのかな? あんまり似合っているから気が付かなかったよ。今日のコーデにならコレが映えるかもしれないね」 配島はへらへらと笑って自由になる左手で胸に掛けたペンダントをひょいと持ち上げる。おそらくそれこそが今、道路を挟んだ向こう側の学校を封鎖しているアーティファクトなのだろう。睨み合う竜一と配島、空気はピリピリと張りつめていく。ただならぬ雰囲気に店内の客達がざわめき始め、立ち上がる者も出始める。 「でもね、今はあっちを助けないと」 配島は左手の中に小さな拳銃を握り、大きく振りかぶるとグリップを窓ガラスに叩きつけた。ガラスには一瞬で放射状のヒビが走り真っ白に変化し、轟音と共に砕け散っていく。 「またねっ」 素通しになった窓から配島が飛び降りる。 「あっ!」 とっさの事で配島の右腕を掴んでいた竜一の手が外れる。短い声にガラスが砕ける衝撃音、そして客達の悲鳴が重なる。 「過激派の様だが、逃げていった。だが、ここも安全とはいえない。表も騒がしいし裏にいくのだ」 右往左往する店員やしゃがみ込む客達に雷音は自信をもって指示を出す。 「大丈夫、あそこにいる男は頼もしい男だ。きっとなんとかしてくれる。だから今は逃げることをかんがえるのだ」 店内の者達はパニック寸前で考えるよりも先に雷音の指さす裏口へと走っていく。 「女装中だが、な。俺は奴を追う」 讃辞に苦笑しつつも竜一は動きにくいワンピースやストールを脱ぎ捨て、配島を追って同じく飛び降りていく。 「ボクはここの人達を避難させてから向かう」 雷音の言葉はアクセス・ファンタズムを介して全員へと伝わっていく。 全てが動き始めた13時が過ぎ、学校を囲む高い塀の内側では4方向それぞれの場所で4人のリベリスタ達が最善を尽くすべく奔走していた。 「待ち合わせとしちゃあ丁度良い」 声に反応し発砲しようとした女フィクサードの腕を上に払った『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)は、女の回し蹴りを左前椀でブロックする。 「どこまでも邪魔しやがって!」 黒革のジャケットを着た女は蓮っ葉な声をあげ、更にモノマへと襲いかかってくる。 「正直な話、俺はあんたらがどうなろうと気にしねぇ」 「あたりまえだ! っていい加減どけ!」 女は焦っているのか攻撃も防御も単調で予測しやすい。それを回避するのも受け流すのも難しい事でなく、めまぐるしく立ち位置を入れ替えながらもモノマは言葉を続ける。彼女たちの抱く爆弾の事、それを知って尚助けようと解除キーを手に入れようとしていること。 「嘘だと思うなら正門の仲間に連絡してみるといい」 「あいにくだが、今この学校の内側から外に連絡は出来ないんだ。あたしが正門まで見に行くしか……そうか!」 何かに思い至った様に女は動きを止めた。多分、モノマの言動を悪い方へと解釈し、勝手に想像を膨らませているのだろう。みるみる表情が暗くなる。 『部室前でひとり発見したよ。女生徒を浚おうとしている』 モノマのアクセス・ファンタズムから智夫の声がする。ますます女の顔が猜疑に曇る。 「正門に一緒に来い。それで全てが判る。拉致る人間が欲しいなら俺を連れて行け」 動かない女の足下にモノマは武器を格納したアクセス・ファンタズムを投げた。 「解除キーが手に入れられなかったら煮るなり焼くなり好きにしろ」 心の奥を覗く様に女がじっとモノマの瞳を見る。 「わかった」 今は時間が過ぎるのが怖かった。女も武器を収めモノマのアクセス・ファンタズムを拾い上げる。 「行くぞ」 モノマが先にたち、裏門にいる2人は全力疾走で校内を突っ切って正門へと向かい走る。 「黒い革のジャケットを着た女性を見ませんでしたか?」 導師服姿の『クロスイージスに似た何か』内薙・智夫(BNE001581)はすれ違った女生徒に侵入しているだろうフィクサードの目撃情報を求めていた。いつもなら野球部が練習に使っているかすれたダイヤモンドが描かれたグラウンドにはそれらしい姿はない。 「あっちに行ったけど」 智夫の様子があまりに堂々としているので、女生徒は見慣れない智夫の姿にも不信感を抱かず運動系の部室が連なるプレハブの方角を指で示す。 「ありがとう!」 お礼を言って走る智夫のアクセス・ファンタズムから雷音の声が響く。すぐに横に長細い部室のあるプレハブが視界に入る。そして、右から2番目の扉を開けて黒革のジャケット姿の女が出てきた。腕にはジャージ姿の女生徒がぐったりとしている。 「部室前でひとり発見したよ。女生徒を浚おうとしている」 智夫はすぐにアクセス・ファンタズムに情報を伝える。敷地外にまで伝われないかもしれないが、それでも他の3人とは情報を共有出来る筈だ。 「あんた、アークだよね。そこをどいて! お願い! 時間が、時間がないの」 「事情はわかってます。今は生き延びたって、このまま三尋木にいればいつか殺されますよ。あの人達は貴女方の命をなんとも思ってません」 「わかってるわよ! じゃなきゃこんな事しない!」 女は黒革のジャケット中、Tシャツの上に巻き付けられた無骨な装置とコード類を見せつける。 「僕達はこの学校の生徒さんも、そして貴方達も助けたいんです!」 「黙って! 今は解除しなきゃ死んじゃうのよ! 下がって!」 女は女生徒を抱えながら正門の方向へと移動していく。 「おい!! 待て! 話し合おうじゃんかよ!?」 ユミが左手に持つ刃渡りの長いナイフを繰り出し、その鋭い切っ先を回避出来ず俊介の服を裂き血が吹く。今日のユミは恐ろしい程に殺気をみなぎらせている。 「お前らの解除キーはマイクロバスにいる奴が持っているんだろ? 今、仲間が取りに行っている!」 俊介はアクセス・ファンタズムから流れる情報をユミに伝える。だが、ユミの動きは止まらない。 「どけぇ! 時間稼ぎには乗らない。アタシ達には時間がない。やり遂げなきゃ死ぬのよ」 とうとうユミの右手が動き銃口が俊介を狙い、僅かな逡巡の後禍々しい力を放つ弾丸が放たれた。ほぼ同時に倒れる2人。急所は外しながらも撃たれた俊介のダメージは激しく、倒れた地面に赤黒に染みが広がっていく。そして命を削る魔銃の反動でユミもすぐには立ち上がれない。 「……なぜ、退かない?」 よろよろと立ち上がりながら聞くユミに光り輝く幻の鎧を身に着けた俊介は顔をあげる。 「ユミの命の弾丸は当たらないと損だろ? だが、もうそれは使うな。死ぬぞ、ユミ」 俊介の横を通り過ぎようとするユミの銃口を俊介の手が握る。 「死なせたくない」 「死にたくない! 死にたくないの!」 魔銃を取り合うユミと俊介、だが俊介の血で互いに手が滑りどちらも銃を確保出来ない。 「離せ!」 「駄目だ!」 「離せえぇえええ!」 ユミが凄まじい力で強引に魔銃を奪い取り、瞬時に体制を立て直して銃口を俊介に向け直す。 「邪魔をするなら先に殺す! いい? 今タイムリミットなら一緒に死んじゃうのよ。それでいいの? それでも邪魔するの?」 「する!」 今はまだ使われていないプールの水は不透明で濁っている。周辺は通る人もなく、眼鏡を掛けたスーツ姿の浅倉 貴志(BNE002656)だけがポツンと立っている。 「そろそろですね」 袖口から覗く腕時計の文字盤を確認する。秒針とデジタル表示がその時刻を刻むと当時に特殊な領域が展開されるのを感じる。一瞬遅れて強い意志の力を感じた。とても強い渇望、絶望、希望、ごちゃごちゃの感情はどれも激しくグルグルと渦巻くように混沌を描く。 「あちらですね」 その最も近い感情の元へと貴志は足早に進む。するとすぐにすらりとした女の後ろ姿を見つけた。黒革のジャケット……三尋木のフィクサードに違いない。その時、携帯しているアクセス・ファンタズムから智夫の声が響く。 「しまったっ」 貴志に気が付いたフィクサードが振り向き、すぐに向き直って全速力で走り出す。その方角には校舎がある。 「行かせるわけにはいきません」 滑るように無理のない動きで走る貴志は校舎への最短ルートを走り、前を行く女フィクサードとの距離を詰める。 「邪魔しないで!」 薙ぎ払われたナイフが銀色の弧を描くが、貴志にまで届かない。だがその時、鞄を背負うようにして校舎から走り出た女生徒が女フィクサードの胸に飛び込むようにしてぶつかった。 「あ、ごめんなさ……きゃっ」 反射的に謝ろうと頭を下げた女生徒が女フィクサードに捕らえられる。 「一緒に来て」 ナイフを突きつけると女生徒の手を引き正門へと走り出した。 「待ってください。もう止めてください! このまま配島さんに従っても、いつか使い捨てにされてしまいます」 「でも今は死にたくない!」 貴志の言葉に走る女フィクサードから悲鳴の様な叫びが返ってくる。 「聞いてください。仲間が解除装置確保に動いています。僕達は事件の阻止と、皆さんの保護を目的としてやってきたんんです」 「だめ! 考えられない!」 貴志が言葉を尽くしても、女生徒を強引に引っ張りながら走る女フィクサードは止まらない。 正門前に駐車したマイクロバス周囲ではまだ戦いが続いていた。鮮血で塗装されたバスの内部ではフィクサードの死体がひとつ転がり、運転席にいたフィクサードは開いた扉を盾代わりにして致命的な遠隔攻撃をなんとか回避した。だが、4対1の戦いに勝てる筈もない。 「くっそぉ! 来るな、来るな、来るなぁあああ!」 フィクサードも車内から無骨でデカイ銃を引っ張り出して応戦するが、リベリスタ達にはかすり傷程度しか負わせる事が出来ない。 「ミーノのぜんりょくすぺしゃるわんだふるこーか、あじわうといいのっ!!」 全身をしならせ空気を蹴り上げるようにして繰り出した蹴撃が真空の得物を作り出す。音もなく迫る不可視の刃がフィクサードの即席盾となったドアを切り裂き駆け抜ける。 「ぐぅああ!」 ドアの切れ端と一緒にフィクサードが倒れる。 「やった! ミーノだいかつやく!」 「まだよ! 目的をやり遂げるまでは気を緩めるなって、トニー・ジョーズも言ってたわ」 ミリーの言葉通り、まだフィクサードは戦意喪失してはいない。意外な俊敏さを見せ起きあがると、マイクロバスの正面側へと身を隠す。 「逃がさないわ!」 再びミリーが焔をまとった拳をフィクサードへと叩きつける。だが、これはクリーンヒットとはならず、頬をかすっただけでかわされてしまう。 「早く鍵を手に入れないと! ちょっと無茶しちゃうけど後で泣いても知らないからね!」 それでフィクサードが改心するとも思ってはいなかったが、一応と一言ことわりを入れてからウーニャは全身のエネルギーを解放する。その力がフェイクの『赤い月』を喚びフィクサードにダメージと不吉の烙印を押しつける。 「待て! 待て! 待ってくれ!」 口から血を吐きながらフィクサードが片手を挙げる。その手も自分の血に赤く染まっている。遠くでガラスが割れるような高い破壊音が響く。 「いいから死んでけよ。な」 そんな微かな音程度で瀬恋の動きは止まらない。マシンガンの様に連射される攻撃がただの的の様にフィクサードの身体にめり込んでいき、野太い悲鳴をあげてアスファルトに倒れる血まみれのフィクサード。 「かぎ!」 ミーノがマイクロバスへと駆け寄ろうとしたその時、爆風の様に激しい圧が真横から少し背後へと吹き付けた。思わず両腕で顔を庇うが、実際には風はなく『気』であったのかもしれない。ハッと振り返ると瀬恋とウーニャが倒れている。 「っつぅ~やりやがったなぁ……」 腹を押さえた両手の奥から湧き水の様に血が流れだす。一瞬、遠くなりかけた意識をたぐり寄せウーニャも目を開ける。いつの間にか視点が低く視界が狭い。その後で頬が冷たいのはアスファルトに接しているからだと気が付く頃に全身の痛みが襲ってきた。 「うっああ」 思わずうめきが唇から漏れる。 「む、む……むっかつく、やつぁあ!」 唯一マイクロバスに接近して戦っていたミリーの声にもう一度ミーノが前を向く。マイクロバスのフロント部分から突き出されたひょろりとした腕がミリーの喉を掴んでいる。強引に引き上げようとしているのか、ミリーの両足はつま先立ちだ。 「バスはんのみんなが!」 絶対的な優勢から一瞬で戦況は逆転した。そのギャップにミーノの心が凍る。負の感情が心の全てを支配して、あれほど伸びやかに動けた身体が強ばってしまって動かない。 「やっぱり最初からここに居るべきだったかな。前にどっかのでっかい家を封鎖した時のトラウマで彼らに押しつけちゃった結果がコレか」 ミリーの喉を掴みながらマイクロバスの正面から進み出た配島は、血溜まりに転がるフィクサードの死体を爪先でつつく。だが、この戦場に駆けつけたのは敵ばかりではない。 「一気に決めてやる!」 人も車も通らない作り物の様な街の道路を突っ切って竜一が迫る。気合いのこもる声と共に全身の闘気が沸騰し、その力を秘めた刃が配島へと振り下ろされる。 「あぶな~い」 配島は身体をひねり、雷をも裂くらしい竜一の刀へと盾の様にミリーの身体をかざす。 「っなにっ!」 今まさに配島を頭から一刀両断しようとする刃はもはや止まらない。 「させるかあぁああ!」 竜一の絶叫が空気を振るわせる。僅かな時間で更に体中の力を掛けて刃の方向を無理矢理ねじ曲げる。腕の、体中の筋肉が軋む気がしたが竜一は構わず動く。キンと高い音がして刃がアスファルトを撃ち、カランと転がっていく。ミリーの金色の髪が舞い、続いて血風が転がった刀に降り注ぐ。ミリーの首、そしてその奥の配島の腕から血が流れていた。 「あのタイミングから……やるね」 配島が傷ついた腕を引き、やっと解放されたミリーは崩れるように膝を突き、盛大に咳き込む。すぐに竜一がミリーの前に進み身体で庇う。 「篝火ちゃんの方はどうだい? あの効果は俺だけだったみだいだけど興味があるか?」 「で、情報はこれと交換?」 配島は死んだフィクサードの内ポケットから硬質のカードの様なものを取り出した。 「三千世界の鴉よ! ここに」 式神の鴉を配島へと差し向けるのは雷音だ。その攻撃をぞんざいに避けた配島は着衣を血に染めながら薄ら笑う。 「都々逸? 若いのに意外とエロいのかな?」 からかうような配島の言葉に雷音は新緑色の瞳に力を込め、キッと睨み返す。 「三尋木は穏健派と聞いていたが、さすがはヤクザというところか。汚い真似をするのだ」 「それは他のところが無茶し過ぎって事でしょ。僕達は普通に酷い事してるだけなんだけど、相対評価だと穏健派になるんじゃないかな?」 言いながら配島は腕の傷を舐め、ヤクザなのかぁと低くつぶやいている。 「配島さん!」 正門の方向から女の声がした。そこには4人のフィクサードと4人のリベリスタ達、そしてフィクサードに拘束された2人の女子生徒がいた。 「お帰り、ユミと愉快な仲間達。まだ6分過ぎなのに上出来だよ。あーこれで僕も三尋木さんに殺されずに済みそうだ」 配島はカードを持つ手で『おいでおいで』と手招きをするが、ユミも配下の女フィクサード達も動かない。 「どうしたの?」 へらへらと笑っていた配島は表情を消す。 「今日の俺、超ラッキーかも。丁度……たまにはお前が前に出てきたら? って思ってたんだよ、配島」 殺気をみなぎらせた剣呑な目つきのまま、俊介は配島を睨め付ける。仲間達を癒す福音を響かせる。 「今の三尋木凛子と一緒にいて楽しいんですか? 貴方だって身の危険を感じているんでしょう?」 智夫は同行してきた女フィクサードの様子を気遣いながら配島に言う。女フィクサードはまだ腕にぐったりとした女生徒を抱えていて、何時どのような行動を取るのか予測出来ない。 「三尋木さんはステキだよ。でもみんなに三尋木さんの素晴らしさを啓蒙するつもりはないんだ。僕にだってちょっとぐらいの独占欲はあるからね」 配島はカードを手の中で弄びながら言う。 「どうするんだよ、ユミ。解除キーは拝島さんが握ってるんだ。早くこのガキ連れて爆弾外してもらわねぇーとヤバイって。そうだろう、あんた!」 モノマのアクセス・ファンタズムを預かっている女フィクサードが別のフィクサードが捕らえている女生徒を顎で示すが、ユミはまだ動かない。 「悪いが返してくれ。この人数なら一気に叩いて鍵を奪えば時間までに解除出来る」 取引でも嘘でもなく、モノマは真っ直ぐな瞳で女フィクサードを見つめ手を伸ばす。 「拝島さん、その鍵を渡して下さい。僕達はこの学校の人達を助けたい。でも、彼女たちを見殺しにしたくもないです」 貴志が動く。マクロバスへと走り間合いを詰めた貴志は瞬時に拳は冷気をまとい、配島へと向けて思いっきり突き出す。確かな手応えが反動となって腕の先から伝わってくる。 「酷いな、浅倉君。いきなり殴るなんて」 見る間に赤くなる左頬を手で押さえ配島がなじる。 「飼い犬になれって訳じゃねぇ、アークってのは居心地悪かないぜ?」 モノマも女フィクサードから預けていたアクセス・ファンタズムを取り、黒い手甲を装備する。すぐに貴志同様配島へと駆け寄り、掌打から一気に破滅の気を叩き込んでいく。 「ぐあっ」 薄っぺらい配島の身体が吹っ飛ぶ。 「あっ」 「拝島さん!」 ユミの配下である女フィクサード達が声をあげ、身を乗り出す。だが、ユミは無言片手をあげ部下達の動きを制する。 「ユミさん、今ならまだ間に合う。この子供2人でアタシ達助かりますよ」 「それしか、あたしたち助からないって!」 「それでも、このまま三尋木にいれば何時か殺されてしまいます。抜けてしまった方がいい」 キッパリとした強い意志の力が智夫から放たれ、その神々しくも恐ろしい聖なる光が倒れた配島に追い打ちをかける。 「大丈夫、助ける! 四人全員だ!!」 俊介がユミに、そしてユミの配下達に言う。何時しかユミはあの魔銃の先を配島へと向けていた。 「でも、配島は強いししぶとい。あいつを倒せないんじゃ解除出来ない。あたしもこの子達も、あんた達だってヤバいじゃん! だから……」 アーティファクトの力を借りれば、格下だろうユミの攻撃でも配島に痛打を与える事が出来るかも知れない。もう一度、俊介はユミの持つ魔銃の銃口を手で塞ぐ。 「やめてくれ。死なせたくない」 「でも……時間がない!」 俊介を振りきったユミが魔銃を撃ち、バランスを崩して倒れたユミの身体を俊介が受け止めた。ほぼ同時に左胸を貫かれ反動で回転した配島も倒れる。 「はいじまはやっつけたの! あとはいそいでばくだんをはずすだけ!」 素早くミーノが反応し倒れた配島へと駆け寄っていく。 「だ、駄目! トニー・ジョーズの言葉を思い出し……」 すっかりかすれてしまった声でミリーは必死にミーノを押しとどめようとする。喉がヒリつくように痛くなければ油断大敵と言いたかった……そう、まだ配島は倒されていない。 「そう簡単に終わらないんだよ、君らや僕達みたいなイレギュラーはね!」 絶対に動けないほどの重傷を負った筈の配島はカードをくわえて立ち上がり、ミリーとミーノをはねのけマイクロバスの屋根に飛び乗り、正門を背に立つ彼の部下達へと両手を向けた。手の中には鈍く黒光りする無骨な銃。勿論、そこには浚ってきた意識のない女生徒や遠距離からの攻撃を得意とするリベリスタ達も揃っている。 「大丈夫。痛いって思う頃には死んでいる」 ろくに狙いも定めずに銃弾が乱射される。 「雷音!」 「あっ」 とっさにそれしか思いつかなかった。竜一は飛びかかるようにして雷音に覆い被さり、そのまま抱き込み自分の身体を盾にする。 「伏せて下さい!」 「女の子の身体を下にして!」 智夫は女生徒ごと2人の女フィクサードを身を挺してかばい、俊介もユミを抱いて配島に背を向ける。うなりをあげて飛ぶ銃弾の幾つかは路面に当たって跳弾し更に危険な様相を呈する。 「って、しぶといね。お互いに……さ」 銃を捨てくわえていたカードを手にすると配島なれなれしい口調で言った。あれだけの攻撃にさらされても雷音と女生徒、そしてユミ達には傷ひとつ無い。智夫も俊介も竜一も満身創痍であったけれど、戦意は捨てていない。 「私達はどんな戦いだって自分の命をベットして挑んでいるのよ。他人の命ばっかり弄んでいるのとは気合いが違うの!」 生死を危ぶむような重篤な状態だった筈のウーニャがしっかりと自分の足で立っていた。同じく瀬恋も立ち上がる。 「ま、今日のところはガキどもを助けるのと人質取られてるウスノロを助けるので勘弁してやるよ。大人しく鍵を置いていきな……次は潰す」 瀬恋は『最悪な災厄』を構えて言う。 「もうすぐ時間なのにここにいていいの? アークの皆さんは逃げていいんだよ」 解除キーである薄いカードが配島の手の中でクルクルと回る。互いに一歩も退かない……けれど時間だけが刻々と過ぎていき、タイムリミットが近づいてくる。 「退いて下さい、拝島さん!」 半身を起こしたユミが力ない声で言った。 「でも、僕もフェイトまで使って手ぶらじゃ帰れないよ」 「まだ篝火さんの研究を続けて居るんですね」 貴志の問いに配島は笑ってうなずく。 「俺を連れていきゃいい。そこらへんにいる一般人よりは使い道あんだろ?」 モノマが言う。あの女フィクサードが何か言いたげに口を開いたが、言葉にならない。 「例の効果を調べるなら俺が行くほうが都合がいいんじゃないか? 格好の研究材料になるんじゃないか?」 「だ、駄目だ! 君を差し出すなんて僕達に出来る相談じゃない!」 一歩踏み出した竜一をグイッと雷音が押しとどめる。 「……本当に逃げないの? あと1分だよ」 「命賭けてるって言ったでしょ!」 「生徒もユミ達も全員救い出してパーフェクトに決めるのだわ!」 ウーニャとミリーが女生徒を連れているフィクサードに固定された爆弾にしがみつく。どこまで出来るか判らないが、我が身を盾にするつもりなのだろう。 「ぜったいぜったいミーノがいつでもおたすけするのっ」 ミーノも逃げない。ギュッと拳を握って配島に宣言する。 「爆弾ぐらいでアタシ達が死ぬか。逆に殺してやるから喜べよ」 瀬恋はニヤリと片頬に苦み走った渋い笑みを刻んで言う。 「あと10秒……もう逃げられないよ」 「解除しろ!! 配島あああ!」 俊介はギュッとユミを抱きしめる。 爆発は起きなかった。身構えていた姿勢を解き、立ち上がるリベリスタ達。解除キーのカードは配島がぐしゃっと潰していた。 「今回は諦めて帰るよ。考えたらアークの中に適任者がいるかもしれないし。ね、帰ったら偉い人に献血してくれないかって伝えてくれない? とりあえず5ミリでいいから……断ったら今度は新生児とか妊婦さんが狙われるよ」 両手をズボンのポケットにいれたままトンとマイクロバスから飛び降りる。そのまま何もかも回収せずスタスタと歩き去っていく。 残されたのはユミ達4人の女フィクサードと意識のない女生徒が2人。そしてリベリスタ達だった。 「なんとか終わったな」 モノマはずっと繋ぎっぱなしだったアクセス・ファンタズムの通信を切断する。スッキリとはしないが、なんとか守るべき人達の命は守られたのだ。 「やっぱりカンに障る野郎だった。次は絶対殺してやる」 吐き捨てるように瀬恋は言い、小さくアスファルトの路面を蹴る。2人のフィクサードを屠り、女フィクサード達を解放してもなんとなく釈然としないのだ。 「大丈夫か、竜一。すまない、君にばかり怪我をさせてしまった。少々相棒としては力不足だった」 竜一を気遣う雷音。だが、竜一は首を横に振った。 「いつだって俺が倒れず立っていられるのは後に立つ子が居るからさ」 たとえ業にまみれても……と竜一の言葉の最後はつぶやきのようで聞き取れなくなる。 「この子達、正門の近くに座らせておくよ」 智夫は女フィクサードの腕から女生徒を抱えあげる。放心状態なのか、何をしても反応がない。やがてアーティファクトの効果が消えればすぐに誰かが気付いてくれるだろう。 「いたいのいたいのとんでくのー。これからはどんなにこわいひとがきても、もうだいじょうぶっ」 ミーノは女フィクサード達の頭を幼い子供にするようにそっと撫でながら言う。 「私達、帰る場所がなくなったんだね」 ぽつりとユミが言った。何をしても外れなかった爆弾がスルリと地面に落ちる。 「戻るとこがないならアークに来るといいのだわ!」 ミリーはキッパリと言う。懐の深いアークの事だ。フィクサードからリベリスタに転身することは制度上そう難しい事ではない……たぶん。 「ユミちゃん達は自由よ。アークのほうが安全だと思うけど、無理にとは言わないわ」 未だ放心状態のユミ達にウーニャが声を掛ける。 「心変わりしたっていいじゃん。誰も責めたりしねえ。それよりも、脅えて駒として生きる方が恥じゃんか」 俊介が言った。ユミはコクンとうなずく。 「血が欲しいって……配島さんは一体何を考えているのでしょうか?」 ともかく後は帰って報告をしてからだ。すっかりボコボコになったマイクロバスとフィクサードの死体を片づける頃には、全ての障壁は消え……そして街は元通りの喧噪を取り戻していった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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