● 「彼氏にふられた……」 頭の上に、髪で大きなお団子を作って。爪には丁寧にトップコートを塗って。傍目から見て、贔屓無しに言っても、向ヶ丘(むこうがおか)は可愛らしかった。しかしながら彼女の性格はあまりに破天荒で、それについていくのは至難の業だった。彼女は制服のスカーフを結び直しながら、がっくりと肩を落とす。二人並んで歩く帰り道は、いつも通りの風景。変わったといえば、桜が葉になったくらい。 「ねえ、三ヵ輪(みかわ)は彼女とか作らんわけ」 「ううん。僕には向ヶ丘を守るっていう任務があるから」 「またそれ」 向ヶ丘は病弱である。昔、向ヶ丘の母親に、この子は体が弱いからあなたが守ってあげてね、と言われたのが始まりで、以来僕は彼女を支え続けてきた。これからも、そうであったらと思っている。彼女やらなにやら――と言われると、耳が痛い。 「でさ。今度、ウチの親が……」 彼女が話題を変え、なにか僕に話しかけてくる。また買い物の誘いだろうか。それとも、見たい映画でもあるのだろうか。うん、と相槌を打って、彼女ばかりを見ていたから。こちらへ突進してくる大型トラックに、気付くことができなかった。 ● E・アンデットとフィクサードが、逃避行をしているらしい。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、いつも通りの面持ちで、今回の説明をする。 「E・アンデットの討伐。それと、フィクサードが持つアーティファクトを回収して欲しい」 その二人は今、ある森に隠れ潜んでいるようで。リベリスタ達は各自資料に書かれた地図を見ては、思い思いに考える。その内、疑問がひとつ湧きあがってくる。 「フィクサードは」 「今回は、どうしても構わない。拘束してもいい、逃がしてもいい。それ以外の手段をとってもいい。でも、よく聞いて」 リベリスタ達は、頷いた。 「そのフィクサードは、E・アンデットにひどく執着しているの。E・アンデットを先に倒してしまったら、何をしてくるか分からないということを、留意してほしい」 イヴは資料のはしをぎゅっと握って、彼らの顔を見ていく。表情こそ変わらないが、どこかその目は、心配の色を浮かべていた。しかしそれでも、彼女は言う。 「彼……フィクサードは、アンデットが既に死んでいるということは理解しているはず。それでも執着してしまうのは、アーティファクトの能力だけではないと、私は思う。……いずれにせよ」 私は貴方達の無事を、祈るだけ。イヴは視線を少し下へ落とし、そう告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カレンダー弁当 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月11日(金)00:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 木々の間から、僅かに月が見え隠れする宵の中。『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は、夜露に濡れた草たちを柔らかに踏んでいく。途中、誰かが踏んだのだろうぱきりと、細い枝が折れる音がした。 「利己的な少年、ね……ふーむ。あたしはそれだけじゃないと思うんだけどね」 与えられた情報を頭の中で巡らせて、雅は腕を組む。学帽を少しだけ上げて、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)は雅を見上げた。雅の金髪がたまに月光に当てられて、きらきらと光る。 「それだけじゃない、ですか……」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は、前へと落ちてきた髪を優雅に寄せて、二人の会話を聞いていた。髪を寄せるついでに、彼女は襟元をそっと直す。 「にしても、狂ったストーリーですね。ナイトはプリンセスを守ることができませんでした。姫を失った騎士は暴走してしまったとさ……」 「プリンセス……。……ルカは、アンデッドは嫌い。死んだのが蘇るなんてぞっとする」 「ボクも、ゾンビとか、怖いです」 二の腕を擦りながら『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は言葉を繋ぐ。壱和はそれに同意して、けれど、と目を伏せた。それ以上に、悲しくて寂しい、と。 「三ヵ輪に関しては。俺は特に間違っているとは思いません。決して行動は理解出来ないものではない」 どこか独り言のように『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)は話す。『名無し』氏名 姓(BNE002967)は彼を見遣るが、目が合うことは、やはりなく。在人は遠くでも近くでもなく、どこかへと視線をやっていた。 「そうかな。私なら、そうまでして生かして貰いたくはないよ」 姓は腰に懐中電灯を固定させながら、肩を竦める。暗がりで手元はよく見えないようだったが、彼はうまく、それをつけた。『Weiße Löwen』エインシャント・フォン・ローゼンフェルト(BNE003729)は、姓に続けていう。 「加えて。生前の誓いも果せぬ男だ」 その二人の反応を聞いて、別段顔色を変えることもせず、在人は歩くのをやめない。彼の目には、例の小屋が見えていた。うっそうと茂る森の中、ぽつんと開けたあの場所が。 「『今度は守りたい』んですよ、きっと」 今回の戦場が、確かに彼の眼球には映っていた。 ● 彼らが小屋の前に並び立つその瞬間に、その扉は音も立てずに開けられた。中から出てきたのは、茶の短髪をした少年だった。しかし手には、大振りな剣を持っている。彼は顔を上げて、リベリスタ達を順繰りと見た。彼の後ろにもうひとつ濃い影があるのを、『茨の守護騎士』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)は見つける。知らずのうち、彼は唾を飲み込んだ。 「こんばんは、良い夜ね」 雅は彼――三ヵ輪行人の目をしかと見て、声を夜に響かせる。行人は僅かに顔を歪ませ、笑った。 「こんばんは。君たちがいなければ、もっと良い夜だったかもね」 「酷いな。あたしら、アンデッドに用があるんだけどさあ」 「……知ってるよ。理解してる」 声のトーンを低くして、行人は剣を握り直した。ユーニアは一歩前へ出る。 「分かってんなら話が早い。悪いけど、あんたの大事な人は俺が殺す」 ユーニアのその言葉を合図にするように、行人が構える。十字を切り、黙祷を捧げるエーデルワイス目掛けて影がひとつ飛びかかった。行人の後ろから瞬時に躍り出たのは、エリューション・アンデッド、それである。目を開けたエーデルワイスは息を呑むも、アンデッドは横からの攻撃に弾き飛ばされる。 「アンデッドは、ルカにまかせて」 「……宜しくお願いしますっ」 ルカルカの猛攻に初めは気圧されるも、アンデッド――向ヶ丘有意と呼ばれていたものは、すぐに体制を立て直し彼女の首筋目掛け走っていく。冷や汗を浮かべたのは、行人だった。 「駄目だ、逃げろ向ヶ丘! 僕が足止めするから!」 しかし、向ヶ丘と呼ばれたアンデッドは、見向きもしない。聞えないのか、聞くことができないのか。それとも、聞えないふりをしているのか。行人には、分からなかった。 「……向ヶ丘ッ!」 悲痛な叫びにも、反応はない。 「逃げようとしたって、無駄」 ルカルカはアンデッドの攻撃をいなしながら、呟く。 「おまえぇっ……!」 「っと、そうはさせねえよ」 そのルカルカに向いた刃を、ユーニアが受け止める。彼の周りに立ち上る、夜より暗い瘴気を目にし、行人は急ぎ間合いを取るも僅かに遅く。その衝撃は重く、行人の体に圧し掛かった。ルカルカと交戦するアンデッドを、行人はちらちらと見て、体制を立て直す。そこを雅に射撃され、当たりはしなかったものの、その時アンデットから意識を完全に離された。彼が見ているのは、眼前の7人。 在人は素早く魔術を組み上げて、四色の光をアンデッドへ放った。直撃には至らずも、ルカルカの助けにはなったようで、彼女は在人を振り返る。視線が合わずともその瞳で、感謝の意を伝えて。 姓の放つ気糸を避けながら、行人は姓へと見えぬ刃を穿つ。しかし予想されていたのか、彼の攻撃はことごとく当たらずに。歯がゆさに、思わず彼は舌打ちした。もう一度と剣を振るおうという所に、声が落ちてくる。 「……好きだった、だから守りたかったんですか?」 ぴたりと一瞬だけ止まる、行人の動き。おずおずといった様子で、壱和は、それでも大きな声でそう尋ねた。尋ねると同時に加えられる攻撃が、行人を掠める。壱和の手は、ナイフにはあと一歩届かずに、壱和は十分な間合いをとって、息を短く吐いた。 「守りたかったのは、何ですか? まだ生きてるなんて自分を騙して、守ってる自分を守りたかったんですか……! 大好きだったなら、伝えましょう、いま!」 行人の視界がぐらりと揺れる。攻撃を受けた訳ではない。ただ。守る――という言葉が、彼の頭の中で、ひどく暴れ始めた。かき混ざる思考を振り払おうと、行人は首を数度振る。 「……僕は! 向ヶ丘と二人、安穏と暮らせればそれでいいんだよ! それが向ヶ丘を守ることにも繋がる、あの約束をもう破らなくて済むんだ!」 言いきるか言いきらないかの間合いで、エインシャントが叫んだ。 「――黙れ下郎! 其の誓い、既に破られているだろう! 唯の肉塊に縋り付く事しか出来ない貴様は何だ!?」 その叫びを撥ねつけようと、行人は口を開ける。しかし、言葉が。言い返す言葉がどうしても、出てこない。 「生憎と此の鎧も『Brünhilde』の名を冠し……代々一族を守護する『戦いの甲冑』だ。我ら相似的だが、決定的に違う事は唯一、唯一だ! 守護る者に笑みを与える事! 貴様の其れで、唯の肉塊は笑顔を見せるのか!」 「わ……笑ってくれるさ! ありがとうって。頼もしいって。これからもずっと一緒……」 「いい加減目ぇ醒ませよ!」 なんとか絞り出した行人の言葉を、拳が、彼の体ごと飛ばしていく。ばきん、と指の骨を鳴らす雅は、頬を手で庇いながら起きあがる行人に仁王立ちした。互いに互いを睨みつけながらも、行人は血の塊をひとつ吐きだす。 「いつまでぐだぐだやってんだっ……あたしはね、コレ以上後悔して欲しくないのよ!」 強く強く、彼女は地面をひとつ蹴った。 「エリューションはほっとけばもっと強くなる、そしたらもっと強い人が始末に来る。あんたじゃぜってー止め切れないわ! その光景を見たいのか! ……その前に自分で終わらせてやれよ!」 ナイフなんて知ったこっちゃない、あのアーティファクトが願いを叶えるために尽力させるのであれば、その願いの方向性を変えるまで! 雅の意志の強い瞳に、行人はなぜか僅かに竦んでしまった。本当は分かっていたのだ。事実を。真実を。分かっていながら、約束を守れなかったという失態を直視できずに、負けてしまったのだ。 「……『守れなかった』後悔をまた繰り返したいのか!」 そんな訳がない。行人は前を見る事ができず、地面を見つめてしまう。 啖呵を切る雅の背後で、エーデルワイスはフィンガーバレットを行人へと向けていた。 「少年。君の守るというその約束は、一度破られた」 アンデッドの攻撃を弾き、ルカルカは彼へ言葉をかける。 「囚われすぎてるだけなのよ。その死人に。その約束に――」 生者は、未来に向かって歩かないといけないものだと。 三ヵ輪は剣を構えるのも忘れ、眉を寄せて立ち竦む。守れなかった後悔を、また繰り返してしまう。このままでは。また向ヶ丘を、殺してしまうことになるのだろうかと。リベリスタ達の言葉は、彼の脳裏をかき乱していく。剣を持ちあげたのは、もはや彼の意志であっただろうか。行人が踏みこむ前に、エーデルワイスは彼の手足を撃ちぬき――彼はその迷いの表情のまま、膝をつくこととなった。 ● 暗がりの中、風に吹かれつつ立つのはエリューション・アンデッドひとりだけ。ルカルカはアンデッドを引きつけながら、行人の戦意喪失をその目でしかと見た。一度アンデッドから離れ、呼吸する。 「さて」 相対するのはリベリスタ、その8人全て。エーデルワイスは優雅に微笑む。 「確実に息の根を止めませんと……ね。三ヵ輪くんのためにも……」 「……だな」 アンデッドの長い手がルカルカへと向けられ、その手は彼女の肩を掴んだ。みし、という鈍い音。ユーニアがその合間に入り、アンデッドの腕を引きはがした。腐敗した肉が飛び散る。連続で轟く銃声は夜の木々達から葉を一層落としていき、彼らの響き渡る攻撃によって、アンデッドの体は容赦なく削がれていった。それを見ながら、姓は紡ぎ始める。 その言葉はアンデッドに向けられたような言い回しだったが、彼にとって、アンデッドに意志があるのかないのかは、問題ではなかった。ただそこに掌をつけている行人、彼に聞こえればそれでいい、と。 「君自身、自分も死はもう理解してるんだろう? それでも彼に付き合ってやってるのは、“彼の為”? けれど、それは彼を縛り続けることにしかならないよ――」 壱和は姓の言葉を耳に入れながらも、アンデッドの弱点を撃ちぬこうと攻撃の手を休めず。それはエインシャントも同じで、物怖じはもとより、ためらいもなくその武器に力を、想いを乗せ叩き斬っていく。だらりと下がるアンデッドの肩腕はユーニアの攻撃を払い、噛んでしまおうと牙を向くが――その直前に。姓の気糸はアンデッドを絡め取る。動きが鈍るその隙に、ユーニアはまた、ぐっと間合いを詰めた。ルカルカとユーニアが、武器を握り直す。 「頼むよ。彼を自由に、してあげて」 命中するその気のかたまりと、二人の打撃。 言葉にもならない、慟哭にも似た叫び。しかし泣くというには余りにも醜いその音。その姿。口から飛ぶ肉片はユーニアの足元を濡らし、黒ずんだ血液があたりに散らばる。ぼんやりと、行人はそれを見ていた。彼の目にはやけにゆっくりと、アンデッドの体が落ちていくように見えて、余計に、辛く。しかしどこか、安堵しているのも確かだった。 「……向ヶ丘、」 守るなどと言って、守れずに。アンデッドとなってこれ幸いと、自らのエゴで、既に破られた約束を守り続けていた。 今。 行人の目的は、向ヶ丘を守る、ということではなくなっていた。 「……大事な人を喪った事は、お悼みしますよ。なまじっか変な風に死体が動き続けてしまったせいで、喪失を正しく悲しむ事が叶わなかった事は可哀想だ」 在人のそれを耳に入れながら、行人はゆらと立ち上がり、おぼつかない足取りながらアンデッドの元へ行くと、座りこむ。その彼の目の前に、添えられた白い花。それを置いたのはエインシャントで、行人は彼を見上げながら、ぎこちなく笑ってみせた。そして腰に携帯していたアーティファクト――ブリュンヒルデを、徐に取り出す。柔らかい月光に、刀身がきらめいた。ユーニアが俄かに色めき立つ。 「おい、まさか、」 「違うよ。そんなことはしないから」 手を伸ばすユーニアを、同じく手で行人は制止する。彼はナイフを両手で持って。既に絶命しているアンデッドの胸に、突きたてた。想像していたよりも、かなり小さな音を立てて、心臓があっただろう部分にナイフが刺さる。壱和はしゃがみ込んで、表情の見えない行人を見つめた。 「向ヶ丘」 行人はナイフを抜きもせず、そのアンデッドの胸に額をつける。アーティファクトの柄を、しっかりと握りしめて。くぐもった声を、絞り出した。 「君が好きだ。……好きだ、……」 君の笑顔を見ることが。君の口車に乗ってしまうことが。君の肩に触れることが。君の声を聞くことが。君と一緒に過ごせることが。君のことが、 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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