●欠けてしまったもの 『人』と言う字は人と人が重なり合って生きている、と言う言葉がある。 ならば。 その人が欠けてしまえば『人』はどうなるのだろうか? 葬式の間は忙しさもあって、その事実を忘れることができた。 否、その事実を忘れる為に我武者羅になっていたのだろう。葬儀が終わり、一人になった時になって欠けてしまったものを思い出す。 『大きくなったら、パパのお嫁さんになるんだ』 『やめてよー。もう子供じゃないんだからお風呂は一人ではいる』 『おとーさん! 早く起きないと会社に遅れるわよー』 『お父さん、今までお世話になりました。私、あなたの娘で本当によかったです』 『――常盤様ですか。静岡県警のものです。……遺体の確認をお願いしたいのですが……』 そんな電話がかかってきたのは娘が嫁いで三年目の春。もうすぐ孫が生まれるのよ、と嬉しそうに報告してくれたのが最後の会話。 霊安室で確認した娘の遺体は……何度も殴られて骨すら砕けた何かだった。お腹を抱くようにしたポーズのまま、力尽きていたという。きっとお腹の子を最後まで守ったのだろう。 その抵抗空しく、母体の死と共に胎内の子も命を失った。 「はい。……娘です」 世界が闇に包まれた気がした。 葬儀が終わり、一人になった時になって欠けてしまったものを思い出す。 妻は先立たれ、娘と孫を一緒に失った。娘の夫は遺体すら見つかっていない。家族を全て失い、生きようとする意志は完全に消える。もう未練はない。あの世なんて信じてないけど、この世に生きる理由はもう―― 「娘の仇を取る気はありませんか?」 ――その声は悪魔のささやきだった。 葬儀に参列していた人なのだろう。黒スーツを着た物腰優しそうな男女。その悪魔が生きる理由を与えてくれた。 「あなたの娘を殺したのは『石王』と呼ばれるフィクサード。リベリスタである夫を逆恨みし、あなたの娘と孫を巻き込んで襲い掛かりました」 言っている意味は全くわからなかった。だが、彼らが仇の存在を教えてくれることだけはわかった。 「この破界器を使えば、復讐できます。貴方と同じ苦しみを『石王』に」 そして、仇を討つ為の方法も。 ●アーク 「復讐なんてなにも生み出さない、って言うのはナンセンスだぜ。その人間にとってそれが生きる理由になることだってあるんだからな。 もっともマーダーライセンスなんて誰も発行しちゃくれないのが、辛いところだがね」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタたちに向かって言う。 『万華鏡』が映し出したとある父親と革醒者の取引は、たしかに同情できる部分もある。だが復讐を認めるかといわれると、それは個人の意見だろう。 「仕事の内容は簡単だ。神秘の欠片もない一般人からアーティファクトを回収する。それだけだ」 「で、そのアーティファクトは?」 「『忍び寄る針』……と書いて<アサシンズストライク>と呼ぶそうだ。このあたりのセンスは正直どうかと思うが、名前から効果が推察できると言う意味ではベストネーミングだね。 効果はその名の通り。対象に気付かれることなく、プロテクターを貫通して直接針を突き刺すことができるアーティファクトだ。最もその一撃自体は大したものじゃない。一般人ならともかく、革醒者なら耐えうる程度の痛みだ」 「……? あまり強そうなアーティファクトに聞こえないな」 「精々毒を塗って苦しみを持続させる程度だが、それにしても程度は知れる。革醒者同士の戦いでは、意味を成さないアーティファクトだ」 「よくわからないな? その一般人はこのアーティファクトを使ってフィクサードに復讐しようとしているんだろう? だがその一撃では『石王』は倒せない?」 「イエス。だからと言うわけでもないが、男は『石王』に自分と同じ苦しみを与えるつもりだ」 モニターが別の画像を映し出す。公園で遊ぶ子供。五才かそれよりは下だろう女の子。 「まさか……『石王』の娘?」 「そういうことだ。この一般人は『石王』の目の前で娘を殺すことで復讐を果たそうとしている。そのあと彼は『石王』に殺されるだろうが……それも承知の上。何も思い残すことはないだろう」 リベリスタの感情は複雑だ。『石王』はけして許される人間ではない。しかしその娘に罪はなく、ましてや子を奪っていいわけでもない。だが、いやしかし。 「……『忍び寄る針』の回収はどのタイミングでも構わない。『石王』の娘に打ち込んだあとでも回収は可能だ」 伸暁は肩を竦めてリベリスタ達に告げる。世界に害をなすエリューション退治のような気持ちのいい話ではない。 「あとこの一般人の護衛に、一組のリベリスタチームがいる。一人は『石王』を止め、もう一人が一般人の護衛につく形だ。アーティファクトを渡したのも、彼らだ」 「……リベリスタチームが?」 「『アガペー』……神の愛を謳うフリーのリベリスタチームだ。殺意はないだろうが、復讐の邪魔をするなら止めにくるだろうよ」 電子ファイルをリベリスタの幻想纏いにダウンロードする。その情報を確認し、やれやれとため息をついた。楽な相手ではなさそうだ。 「繰り返すが、目的はアーティファクト回収だ。それ以外はおまえ達に任せる。 Which is the Justice,which is the Creminal? 何が正しく、何が悪いか。その答えを突きつけてやれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月08日(火)23:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「麻奈、逃げろ!」 父親の言葉に金剛麻奈は酷く混乱していた。 彼女は五歳の少女である。神秘云々以前に公園の近くで父親と黒いスーツを着た男が喧嘩をしているのを見れば、思わず駆け寄りたくなる。その出足を挫くように父親は叫んだ。ここにいれば危険だから逃げろ、と。しかし結果としてそれが麻奈を混乱させ、足を止める結果となった。 サーシャが常盤に語りかける。今がまさに千載一遇のチャンス。神が貴方に与えてくれた復讐のときです、と。 そこに、 「此方はアークだ。この事態に介入を宣言する」 常盤、『アガペー』、『石王』、そして麻奈。そこにいた全ての人間は、バゼット・モーズ(BNE003431)の声に注目する。公園にやってきた八人のリベリスタ達は一斉に展開し、それぞれの場所で構えを取った。 <そのアーティファクト、投げられたら庇えないわ。本当に問答無用よ> 『禍蛇の仔』ルーチェ・ルートルード(BNE003649)は常盤の持っている針を見て、分析した結果を全員に思念波を飛ばして伝える。麻奈の方に向かったリベリスタはその知らせを受けて、舌打ちする。しかし麻奈を守るという気概は変わらない。 正義と罪と。天秤が静かに揺れ始める。 ● 「常盤様と、サーシャ様ですね。初めまして。蜘蛛混じりのまおです」 ベンチに座る常盤と『アガペー』の一人に、破界器を持たず無手の状態で迫るのは『もそもそ』荒苦那・まお(BNE003202)だ。覆面をしたその姿に怪訝な顔をする常盤。聖職服を着た革醒者は常盤をかばうような位置に立つ。 「サーシャ・カスポーラ。初めまして。何の用かしら?」 「一般の方を神秘の怖いことから守るのがアークのお仕事です。 だから、あそこにおられる麻奈様も常盤様も守って、石王様を捕まえてめっするお仕事でやってきました」 「……私、を?」 アークと言う組織を常盤は知らない。だが彼らが治安維持的な活動をしている組織だと言うことは、なんとなく理解した。 「麻奈様は普通に遊んで笑って成長してお母さんになって生きていけるかもしれない方ですから。 常盤様は、大事な娘様との思い出をずっと心の中で守って生きていけるかもしれない方ですから」 だから守るのだ。神秘による復讐を止めて、普通に生きてほしいから。 「生きる……か。はは、それができればどれだけ気が楽か……」 「生きてほしいです。これは『きれいごと』って言うんだって、まおは知ってますが。石王様と同じひとごろしになって欲しくないとまおは思います」 それは純粋な願い。生まれてすぐ革醒し、神秘の住人となったまお。普通の家族の温もりを知らないまおだからこそ、切実に思う。常盤と麻奈は『普通』に生きてほしい。それが奇麗事だとしても、現実を知らない言葉だとしても。ただ純粋に願う。 「残酷ね。この思いを抱いたまま、彼に生きろと?」 「そんなのしったこっちゃないね。ボクが関与するのは今ここで起こる出来事だけ。 殺人を誘導されてる一般人と誘導してる革醒者。狙われる一般人とその親の革醒者。ボクの目の前にある現実はただそれだけ」 『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)はサーシャの言葉に口を挟む。眠そうにしているように見えて、その言葉は核心をついていた。アークのリベリスタとしてやるべきことは、唯一つ。 「復讐とか混ぜて考えるからややこしいんだ。 ボクたちは革醒者から一般人を護る。それでいいじゃない」 「この男の心は救われない。娘を殺された怨みは晴らされないわ。この思いを一生抱えて生きろと?」 「因縁なんて当事者の問題だ。復讐なんて当事者内での言い訳。無関係者からみれば復讐者なんてただの殺人者だよ」 理路整然とした喋り方に、常盤の心が揺れる。復讐に心捕われているが、彼にも理性がある。これがただの人殺しだということはわかっている。だけど、だから。 「わかっている……だからあの娘を殺した後、私は自ら命を――」 「貴方が何をしても守るし、生かすよ」 両手を広げ『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)は常盤の言葉を遮るように言う。命を絶つ、なんて言わせない。そんな自分勝手なことはさせない。気が済んだからさようならなんてそれは失われた命に対してあまりに誠意のない仕打ちだから。 「あたし達がここに来た意味を考えて」 『万華鏡』が察知し、リベリスタがやってきた意味。『忍び寄る針』の回収がアークの目的。ならば最短の手段は『復讐』を遂げさせて、金剛麻奈の遺体から針を回収するのが一番だ。 だが、リベリスタたちはそれを選択しなかった。両手を広げ常盤を見る。 「叶わなかった未来の代わり、最後の最後に奇跡を望んでいる」 ……実のところ、エクリは怖かった。過去に致命傷を負ったこともあり、エリューション事件は彼女にとって恐怖の対象である。今ここで『アガペー』が牙をむけば、力の弱いエクリはまた致命傷を負うだろう。その恐怖を押さえ込みながら、言葉を続ける。この小さな手のひらで奇跡を起こすために。 「貴方を助けてと泣いてる人が居る。箱舟が聞き付けたその嘆きを受けて、あたしはここに立ってる」 震えは止まらない。だけど『日常』を失ったエクリは『日常』を失う痛みを知っている。常盤が、麻奈が、その痛みを味わうことは耐えられない。その涙を流すことは辛すぎる。 「だから止める。 神秘なんて嫌いだけど。導いてくれたものがあるなら、それはきっと亡き人の想い」 「……娘が……」 亡き娘の想いがリベリスタをここに呼んだのなら、それは奇跡なのだろう。そんな神秘なら、受け入れてもいい。エクリはそう思う。 「常盤さんよ。ここでこの子を殺してあんたの娘さんに胸張って復讐してきたって言えるか?」 被せるように緋塚・陽子(BNE003359)が言葉を挟む。陽子は常盤の復讐や『アガペー』の所業に怒りを覚えるわけでもなければ、共感もしない。ただ『忍び寄る針』の回収のみに興味がある。 一応革醒者同士の争いに一般人が巻き込まれないような立ち居地を取ってはいるが、常盤の復讐がなされようがなされまいがそれはどうでもよかった。地味な説得よりも、戦って奪う方が気楽でいい。だからとっとと殴りたくもある。 「自分の為に幼子を殺して娘さんが満足するか?」 だが、仲間ががんばって説得しているのだ。それで解決するならそれでもいい。それも一つの賭けと思えば、悪くはない。 『忍び寄る針』を握り締める常盤。その針は今だその手から離れない。 ● 「資料を見たけど、人ひとりに対して『殺し過ぎ』ではないかしら」 ルーチェはアルゼスタンと交戦している『石王』に言葉をかけた。元フィクサードとして正義とかはどうでもいいが、その一点は気になった。 「快楽殺人者には見えないのに、何がそこまでさせたの?」 「アイツに絶望を与える為に、アイツの大切なものを徹底的に壊しただけだ。 五分毎に一発殴る。俺の居場所を探そうとしても見つからない。いずれ絶望で泣き叫び、懇願するアイツをみて溜飲が下ったよ! その後でアイツも殺したけどな!」 アイツ、と言うのは常盤の娘の夫のことか。リベリスタとフィクサード。かつて深い確執があったのだろう。『石王』もまた復讐に捕われた人間だったのだ。最も常盤からすればそんな言葉は殺意が増すだけだ。 「好き勝手に憎しみを背負う生き方をして、よくも大切な人を作れたものよね」 ため息と共にルーチェは言葉を吐く。それは自分自身の両親にも含めた言葉だ。 「関係ないだろうが! アークが正義の味方なら、一般人をしっかり護れ!」 「な……っ! 貴様、人の娘を殺しておいて……!」 激昂する常盤。勝手な『石王』の言葉に辟易するルーチェ。自分勝手なフィクサードだと思いながら、自分も昔は食欲の為に悪事を行なっていたのだから、それに関しては口をつぐんだ。ルーチェは常盤のほうを見て、口を開く。 「わたくしは善人ではないし、理不尽も喪失もそれなりに味わったわ。 それでも、あの人達が齎す痛みを人の都合で『全消し』されるのは御免なのよね」 人の心が落ち物パズルのように条件があえば消えてしまう。そんな単純なものだったらどれだけ楽だろう。痛みとか恨みとか悲しみとかを、消してしまえるならそれはどれだけ気楽だろうか? だが、それはできない。理不尽や喪失を味わい、それでもルーチェは生きている。そんなものを他人の都合で『全消し』なんてさせはしない。 「じゃあ許せというのか! その男を!」 「愛する娘を奪われた苦悩は私には及びのつかぬ物だ。然し、戻れない所に踏み出す前に考えて欲しい。 君の行おうとしている事はそこの外道『そのもの』と同じだと」 バゼットが怒る常盤に冷水を被せるように、冷たく言葉を発する。 「君が娘さんとの絆を大切にしているなら、罪もない幼い少女に手をかけてはならない」 「高潔だな、神父。その一言で止まるなら彼はここまで足を運ばなかった」 言葉を挟んだのはアルゼスタン。『石王』と戦いながら言葉を返す。 「問おう。『石王』には相応の罰が当たられるべきではないのか?」 「神は罰を与えない。与えようとするのは、何時の時も驕った人なのだから」 「我等が神を騙っているというか?」 「神の名を理由にするな。己が意志で罰を与えたいのではないか。何時だって救済も断罪も、人が求める。神は与えない」 「罰を与えたいのは常盤清次郎だ。我等はそれを手助けするのみ」 アルゼスタンは答えを返す。それは常盤君が復讐をやめれば彼らは撤退する、と言う意図を含んでいた。 「良かろう。ならば見ておくがいい。神ではなく、我々が救う」 バゼットは『アガペー』から視線を外し、常盤を見た。怒りに針を握り締め、良心で針を放さずにいる。そのせめぎ合いが見て取れた。 「悪い、ちょっとじっとしててくれないか。……あのおじさん、物凄い辛いことがあった後でさ」 『チェインドカラー』ユート・ノーマン(BNE000829)は優しく麻奈に声をかけたあと、戦況を見守っている。『忍び寄る針』が放たれれば問答無用でこの小さな命は失われるだろう。そうとわかっていても、庇うことをやめる気はない。 「怖いかもしれないけど、暫くそこで我慢しててくれ。君のお父さんも大丈夫だからさ」 その言葉に、こくんと首を縦に振る麻奈。その表情やしぐさは、ストリートの子供と大差ない。周りの環境や裕福さなどの違いはあるが、子供は子供だ。それを確認してから、ユートは常盤の方を見た。 「この娘は何もしてねェ。そうだ。アンタの娘さんと同じだ。だから今度こそ俺達は守る。それは譲れねェ。誰が何をしようが必ず守る」 黒い瞳で常盤を見る。護る、という意思を込めて両手を広げた。 「護る……か。その娘と私の娘が同じと言うのなら、何故私の娘は死んだのだ? 何故護られなかったのだ?」 自分自身、その問いに意味はないとわかっているのだろう。虚ろな笑いを浮かべて常盤が問いかけた。アークとて全てを守れるわけではない。常盤の娘と『石王』の娘。『万華鏡』が常盤の娘の死を感知していれば助けることができただろう。だが、そうはならなかった。 「……すまねェ。本当にそれは詫びることしかできねェ」 ユートは拳を握り、静かに詫びる。その間も、瞳をそらすことはなかった。 「……でも今からでも変えられる事は、ある。この悲劇を止められるのはアンタだけだ」 悲劇。『石王』が復讐し、そして常盤が復讐する。この悲劇を止めろとユートは言う。 「アンタが自分の意志で、その糞ッタレな針を降ろして初めて、この悲劇は終わる。 それが出来るのは俺達じゃねェ。アンタだ。アンタだけなんだ」 実際問題として、無理矢理針を奪うという選択肢もある。だがそれは真の意味で復讐を止めたとはいえないだろう。本当の意味で復讐を止められるのは、常盤清次郎その人だけなのだ。今だに放たれない針を見て、ユートは彼の良心に賭けた。 「だが……あの男は娘を殺した。その苦しみは……!」 「同じ苦しみを味あわせると言う事ならば、既に十分です。いえ、貴方はそれで十分だと思える人のはずだ!」 『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)が叫ぶ。いざとなればサーシャを押さえて、常盤から針を奪おうと言う位置に立って。 「何が……何がわかる! 何が十分と言うのだ!」 娘を失った喪失感。何度も何度も殴りつけられた娘の遺体。全てを引き裂かれたこの苦しみを、あの男にも感じさせるのだ。まだその半分も味あわせていないのに。 「わかりますとも。少なくとも家族を失う悲しみは!」 ナイトメア・ダウンで父を失った守。尊敬していた父の背中を見ることはもう叶わないけど、それでもその背中を忘れはしない。あの誇れる背中があるから守は怨嗟に心奪われることはなかった。 「家族を失う苦しみを誰よりも知る貴方が、そこの男と同じ世界に堕ちる事は無いでしょう」 『石王』の所業は、確かに許されないことだ。だからこそ、同じことをしてほしくない。 「誰よりも貴方のご家族がそれを望まないはずです!」 守が父の背中を見ていたように、常盤には愛する娘がいたのだから。 もう会う事は叶わないけど、父が殺人を犯すとなればきっと娘は止めるだろう。 「邪魔をする我々を憎んで下さい、罵って下さい。けれど、それだけは! どうか!」 常盤清次郎はゆっくりと手を開く。 『忍び寄る針』は誰にも放たれることなく、カランと音を立てて地面に落ちた。 ● 『アガペー』の二人は復讐を諦めた常盤を見て、これも神の意志かとばかりに破界器を降ろした。アークに歯向かう意思はなく、また積極的に『石王』を捕らえることもしない。 『石王』はこれ幸いと娘の方に向かい……リベリスタの殺気を受けることになる。エクリの光で足止めされたところを、一気呵成に攻められた。都斗の回復もあり、損傷は軽微だ。 「地味な説得よりもこっちの方が楽しくて仕方ないね!」 今まで我慢していた鬱憤を晴らすように陽子がデスサイズを振り回し、『石王』を地に伏す。 『忍び寄る針』は常盤の近くにいたまおが回収した。サーシャが回収しようとしたのだが、機転を利かせた守がそれを封じる。 「貴方がたは『アークに敵対しない』……ただその一点のみに於いて、存在を許されているに過ぎない。 いつか必ず叩き潰しますよ。そのどす黒い独善を、ね」 「怖い脅迫ね。そうならないことを祈ってるわ。私たちの神に」 「それにしても貴方たち、やけに詳しいじゃない。まるで『見ていた』みたい。実はその気になれば助けられる所に居たんじゃないの?」 ルーチェがアルゼスタンに問いかける。 「『万華鏡』に比べて精度は劣るが、フリーのフォーチュナがいる。それだけだ」 アルゼスタンは用は済んだ、とばかりに背を向けた。 「とっとと帰れ。神敵とか適当なレッテル貼って他人傷付けるのを正統化してるサディストなんざ見飽きてるンだよ」 ユートが去り行く『アガペー』にむかって唾棄するように言葉を放つ。ああいう手合いと相容れることはないだろう。 「『石王』。貴方もアークで傍に居て、この子を守ってあげてよ」 エクリが捕縛された『石王』に向かって言う。リベリスタとして『石王』は放置できず、その娘を一人にさせるわけには行かない。話し合った結果、アークで保護しようと言う流れになった。 項垂れた『石王』はそのままアークに連行される。娘の麻奈も、保護される形でアークに向かうことになった。 「一度、親子でしっかり話し合う時間が必要だろう」 「悪いことしたら警察に捕まる。そういうことでいいんじゃない」 バゼットと都斗が言ってアークに連絡をする。もちろん二人の言った理由もあるが、『石王』の所業を考えれば、恨まれているのがこの一件だけとは考えづらい。他の怨恨で麻奈が狙われる可能性もある。それを防ぐ為でもあった。 神秘の世界における攻防が終わったあと、リベリスタは常盤のほうを見る。娘の仇を討てなかった悔しさも確かにあるが、麻奈を殺さなくてよかったと言う感情がそこにあった。 もうかける言葉はない。あそこで思いとどまったのなら、きっとこれからも大丈夫だろう。そう判断し、リベリスタは静かに公園を出た。 理不尽な暴力に同等の暴力で返す。これは正義か犯罪か? 答えはない。ただ、常盤清次郎は暴力を返さなかった。 これはそういうお話。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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