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英雄幻想

●『万華鏡』
「みんなは、ヒーローになりたい?」
 もしかしたら『なりたかった』かもしれないね、という『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声に、皮肉の響きは感じられなかった。けれど、その場の何人かには、あるいは酷く重い問いだったのかもしれない。
 そう夢見るのは自由だけど、と彼女が続けたならば、なおさら。

「アークに所属しないリベリスタのチーム、『アンディスカレッジド』が、たちの悪いアーティファクトに囚われたの。その効果は、ヒーローになりたいって願望を叶えること――もちろん、歪んだ形でね」
 その名を『英雄幻想』という走馬灯のアーティファクトは、灯の届く範囲に立ち入った神秘世界の存在を、自らの内部世界に引きずり込む。そして、犠牲者が『ヒーローとして倒すべき敵』と考えるものを、次々とカタチにして襲い掛からせるのだ。
 そして、アーティファクトの力によりヒーロー願望をかき立てられた犠牲者は、むしろ望んで敵と対峙するだろう。
「彼らにとって、倒すべき敵は強力なエリューションだったみたい。現れる獣やアンデッドのエリューションを、ずっと倒し続けてる」
 説明を聞いていた者の一人が、彼らはそんなに強いのか、と問う。たとえ自分より格下の敵であっても、無制限に現れるエリューションを相手に戦い続けるなど、想像の埒外だからだ。
 だが、その答えは、否。
「そんなことはないよ。みんなと同じくらいか、少し下――だと思う。ただ、『英雄幻想』は、単に戦いを強いるだけのアーティファクトじゃないの」
 それは、ヒーローがヒーローであるための、悪辣なる趣向。
「走馬灯が作り出した世界では、ヒーローは『奇跡』を起こすことができる。何度でも、どんなことでも。もちろん、その世界が許す限り、だけれど」
 彼らが望んだ奇跡は、伝説級の武器防具、そして疲労を忘れ戦い続ける事が出来る身体。世界が望むまま、英雄となった彼らは戦うのだ――運命の加護を糧にして。
「そう、運命の加護を糧にして。奇跡は代償を必要とするの。遠からず彼らは、運命の吸い尽くされて破滅に至るよ」
 運命の加護を効率的に抽出する。
 そう、それこそが、このアーティファクトの真の能力。
「その結果、何が起こるか判らない。だから、みんなには、まだ彼らが力尽きていないうちに、助けに行って欲しいの」
 次々と湧くエリューションを撃退し、ヒロイズムに浸され戦いに酔ったリベリスタを現実へと引き戻す。それは考えるまでもなく困難な任務だったが――。

「だめだよ」

 幾人かが至った思考の果て。予想していたのだろう、イヴは淡々と釘を刺す。
「確かに、みんなも『奇跡』を起こすことはできる。けれど、駄目。『どれだけ』代償を吸われてしまうかわからないし、結果どうなるかも予想がつかないから」
 自分一人が力尽きるならまだ良い。けど、運命の力を蓄えたこのアーティファクトが次に何をするのか、そこまではアシュレイも知らなかったの――。
「アシュレイ?」
 突然会話に現れた人名。不吉の象徴たるその名を鸚鵡返しにした声に、少女は頷いた。
「そう、今のは全部アシュレイの情報。見たことがあるんだって――昔、ロシアで」

●『英雄幻想』
 ヒーローになりたかった。
 アークや、その他のリベリスタ組織に属さなかったのも、それが理由だ。
 兵隊のままで終わりたくなかった。
 人々に感謝される、ヒーローになりたかった。
 でもそれは、自分ではない誰かのことだと思っていた。

「とりゃあっ!」

 輝く剣を振るうたび、魔獣を包む硬質の皮膚が紙を破るように裂けていく。
 体液をだらだらと流し、ついに力尽きようとしているその魔獣は、昨日までの自分達では負けないにせよ苦戦を免れなかっただろう。
 だが、今は違う。

「かかって来いよ、バケモノども――」

 危ないシーンもあった。
 だがその度に、まるで世界が自分達を守るかのように、すべてが上手く運んで難を逃れたのだ。
 つい今しがた、幼馴染の齎した癒しが、深い傷を痕すら残さずに消し去ったように。

「へっ、へへっ――なあ、来いよ」

 そうさ。俺達がこの世界の主役だってことを教えてやるよ――!


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月可染  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月13日(日)22:46
 弓月可染です。
 ゴールデンウィークに気合の入った依頼はいかが。
 難易度高いです。以下詳細。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 もっとも、絶対に死にたくないと思えば死にませんが。

●成功条件
 四人のリベリスタを全員納得ないし屈服させ、『英雄幻想』の内部世界から叩き出すこと。
 一人でも全てのフェイトを失えば失敗です。

●『英雄幻想』
 走馬灯のアーティファクト。帝政ロシアの時代にグレゴリー・ラスプーチンが保有していたことが確認されています。
 このアーティファクトは『ヒーロー願望を実現させる』能力を持ち、それを通じて犠牲者のフェイトを抽出します。
 ・周囲のE能力者を内部世界に取り込み、閉じ込めます。
 ・犠牲者の思い描く『敵』を無制限に生み出します。
 ・犠牲者の精神に働きかけ、英雄に相応しい戦意を与えます。
  ※後から入ったアークのリベリスタ達は、この対象になりません。
 ・内部世界では『奇跡』を起こすことが出来ますが、フェイトを消費します。消費量は不明。
  この『奇跡』は、英雄が英雄として振舞うためのものに限られます。
  当然ながら、フェイトを搾り取るというアーティファクトの目的に添わないものも不可です。
 ・本人が望めば、内部世界からいつでも脱出できます。ただし、再度入ることは出来ません。

●リベリスタチーム『アンディスカレッジド』
 全部で四人。
 英雄効果で、HPとEPが毎ターン少しずつ回復します。また、WPはかなり高くなっています。
 所持するアイテム類は『奇跡』によるため、内部世界から脱出すれば消えてしまいます。
 単純なリベリスタの説得には耳を貸しません。脱出の為には、少なくとも、彼らが英雄ではないことを実感させる必要があります。
 最初の段階では彼らの敵意はエリューションにのみ向けられています。

 ・リョウタ
  男性。二十歳。ジーニアス×デュランダル。
  好戦的なリーダー格。よく言えば熱血で野心的、悪く言えば単純で夢見がち。
  光り輝く大剣を所持しています。

 ・ジント
  男性。三十六歳。ヴァンパイア×ナイトクリーク。
  人生裏街道。一人だけ年嵩の彼が若者を助けているのには、理由があるようです。
  回避率を上げるマントと、呪いを齎す漆黒の短剣を所持しています。

 ・カイト
  男性。二十一歳。ジーニアス×マグメイガス。
  家族をE事件で亡くしました。相対的にやや実力が劣っています。
  魔力を増幅しEPを回復させる法杖と、高速詠唱のアミュレットを所持しています。

 ・ミーナ
  女性。二十歳。フライエンジェ×ホーリーメイガス。
  リョウタの幼馴染。普段はおっとりとした性格です。
  EP小回復のタリスマンと、BS無効の盾を所持しています。

●『敵』
 初期に三体、以降二~四ターン毎に一体ずつ現れます。
 フェーズ2のE・ビーストかE・アンデッドです。能力は様々。
 アークのリベリスタにも攻撃してきます。

●『奇跡』
 アークのリベリスタ達が現れてからも、『アンディスカレッジド』のメンバーは奇跡を起こす可能性があります。
 一ターンの間全ての攻撃を回避する、天使の歌が異常な回復量になる、渾身の一撃が必ず大ダメージになる、ドラマ復活が絶対に成功する、など。
 何度も繰り返さなければ彼らは死にませんが、逆に言えば、漫然と戦っているだけでは(アークのリベリスタが敗北しない限り)必ず彼らは死にます。

●戦場
 リプレイは内部世界に入ったところから始まります。
 アークのリベリスタ達は、ただっ広いドーム上の空間、エリューションと戦っている『アンディスカレッジド』の後方に固まって出現します。
 増援で出てくるエリューションは、ランダムに戦場のどこかに出現します。

●脱出条件
 全員、一言で良いので、プレイングに『この状態になったら内部世界から脱出』という条件を書いてください。
 判定は個人別に行い、当然ながら成功率と死亡危険性に関わります。なお、統一厳禁です。あなた自身の判断で決めてください。『他人の意志が入った』と見做された場合、判定に影響します。

 それでは、皆さんの英雄的なプレイングをお待ちしています。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
★MVP
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
デュランダル
雪白 桐(BNE000185)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
クロスイージス
ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
デュランダル
飛鳥 零児(BNE003014)


 寂しい場所だ、と思わずにはいられなかった。
 何処までも続く大地、空を覆う白い天蓋。ほの明るい周囲を見回し、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はこきり、と首筋を鳴らす。
 ここは『英雄』の戦場。
 魅入られし奇跡の遣い手が、命尽きるその時まで戦い続ける場所。
「英雄、か」
 あの走馬灯に囚われた瞬間、彼が思い浮かべていたのは、自らに奉られた守護神という二つ名のことだった。
 そう呼ばれるようになったのは、いつの頃からだったろうか。何があっても護り抜く。その名が、決意と覚悟とを後押しするようになったのは。
(いや――)
 口に出せば面映い。
 快はその実、自分がその名に相応しいとは思ってはいない。むしろ凡百の類であるとさえ考えている節があった。だが、彼が守護神と呼ばれることを拒否することもない。
 過大にさえ思えるその名は。
 胸を飾る勲章は。
 幾許かの自尊心と共に、確かに彼の心の奥底に眠るものを揺り動かすのだから。
「安っぽい言葉よね」
 だから、そう鼻を鳴らす『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)に快がちくりとしたものを抱いたのは、無理からぬところだろう。理性の部分では、彼女の辛口に大きく頷かざるを得なかったとしても。

「あははははっ、そうだ、燃えろ、化け物共はみんな燃えちまえ!」

 そんな二人の視界を、突然の爆炎が埋め尽くした。遅れて、爆風と轟音とが身体を芯から揺らす。
 アークの一行がこの閉鎖世界に降り立ったとき、四人のリベリスタと対峙していたエリューションの数は十や二十ではなかった。
 高く伸びた影、双頭の魔獣、そして巨大な蛙。明らかに強者と思われる三体と、数えるのも嫌になるほどの小ぶりな――それでも大型犬ほどはある――蛙の群れ。恐らくは、大蛙が召喚した眷属の類だろうか。
 だが、甲高く叫ぶ暗色のローブの男が放った業火は蛙の群れを炭素と水蒸気に還し、力ある三体にすら手傷を負わせていた。
「英雄とか奇跡なんて、そんな言葉でしか表せないことが、そもそも安っぽいわ」
 そうくさすこじりの眼光は鋭い。ローブの男、カイトの炎は尋常ではない。たかがはぐれリベリスタが簡単に扱えるような力ではないだろう。
 なればこそ。
「インスタントコーヒーじゃ満足出来ないのよ、私」
 ゆっくりとキャノンを構える、ブレザー姿の少女。やるべきことは、知っている。
「――参りましょうか」
 すう、と『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)が大きく息を吸い込めば、彼女のスレンダーな身体を巡る神気がその流れを加速させる。
「アンディスカレッジドの皆さん、私達はアークのリベリスタです。エリューションはアークにとっても滅ぼすべき敵、どうか手助けをさせてください」
「アークだって――」
 胡乱に応えたのは、輝く剣を構える青年。だが、リョウタであろうその男の返答を待つことなく、闖入者は行動を開始する。
「わざわざ敵に時間を与える必要もないさ。あれは人類の敵、それでいいだろう?」
 長い人差し指の先から気糸を伸ばす『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)。八方に飛ぶオーラは層を成し、収斂して十重二十重に大蛙を縛った。
 不可視の罠。動きを妨げ、じわりと体力を削り取ることは出来ても、それは先のカイトのように、強大な力で敵を薙ぎ払うものではない。だが、それでよかった。
「ま、お互いアークの有名人達に埋もれない程度には頑張るとしようか」
「ああ、見せてやろうぜ、俺達の力を!」
 ちらり目配せを交わしたのは、サファイアの涼やかな瞳と、紅く燃えるLED。『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)が距離を詰め、鋼の腕に握り締めた大剣を『叩きつける』。
(さすがだな、碧衣)
 この瞬間、何故碧衣が大蛙をターゲットにしたのか、彼は理解してはいない。理解してはいなかったが、躊躇わずに彼は飛び込んでいた。アンディスカレッジドに割って入る尖兵として、一瞬たりとも迷うわけには――その剛剣を鈍らせるわけにはいかない。
 だが、それ以上に。
「こいつから叩き潰せばいいんだろっ」
 碧衣が標的に選んだ、それだけで十分だ。極論、気糸の罠が効果を発揮したかどうかすら、零児にとっては二の次のこと。鉄塊と思しき大剣が、ぶよぶよした肌に埋まり、爆ぜさせる。
「――判ってるじゃないか」
 眷属を喚ぶらしきこの両生類は、先に倒すべきだろう。意図を汲んだ快心の連携に心地よさすら感じつつ、それでも面映さを感じる碧衣だった。


「見せてやるよ、アークの守護神の実力というものを」
 いっそシニカルな笑みを浮かべ、リョウタの前に割り込んだ快。余裕ぶった態度をエリューションが何処まで理解したかは判然としないが、正面に出てきたそれは絶好の的だったから、エリューションは一斉に群がらんとする。
 影の手は精気を奪い、蛙の下は酸を撒く。だが、それに続く魔獣の牙は、快には届かなかった。
「――任務を開始する」
 強化された苔色の軍服。『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)、この謹厳たるロシア軍少佐が手にした軍用コンバットナイフが、双頭の魔獣の牙をぎり、と食い止めていた。
「……っ、力比べでは分が悪いか」
 冬季外套の代わりに守護のオーラを羽織し、いなすように死の牙を受け流すウラジミール。額に流れる汗一筋。後方から見守る『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の可憐な頬も、今は赤みを消していた。
「ヴォーヴァちゃん、いける?」
「問題ない」
 横から見れば、華奢な少女が壮年の軍人を愛称で呼ぶなど滑稽ですらあるのだが、『彼』の実年齢を知るウラジミールはさらりと流す。代わりに口を衝いたのは、ある種挑発とも言える、英雄、の二文字。
「さて、『英雄』諸君。我々は貴殿らの敵ではない。しかし――」
 次の瞬間。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
 ウラジミールを、そして快すら諸共に、焔が渦を成して群がるエリューションを飲み込んだ。
 いや、炎の渦と見えたのは、業炎を帯びた『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)の右腕だ。空間をこそぎ取るように振るわれた棍は、全てを焼き尽くすべく、その身に刻まれた炎の翼を広げた。
「仲間ごとかよ! それがアークのやり方なんだよな!」
「違う。仲間を信頼する、それが僕の戦い方だ」
 リョウタの舌打ち。仲間二人を捨石にした夏栖斗への痛烈な面罵に、彼はむしろ胸を張って答えてみせる。
「そういうことだ。ロシア軍人はこの程度では倒れない」
 炎が掻き消えた後、そこに立っていたのは、明らかにダメージを受けた風情の影と魔獣。打撃の巻き添えを食らったものの、炎を退けたウラジミール。そして。
「あああああ熱っちぃだろ夏栖斗!」
「今決め台詞言ってんだから細かいことは気にするなって。な、新田!」
 同じく巻き添えとなった快の姿。その脇には、大蛙の成れの果てが転がっていた。
「ちょっと、アタシの見せ場がないじゃないのよ」
 ぐい、と踏み込んで、全身を巡るエネルギーを溜め込んだ得物を叩きつける。質量などないと思われた影人形にも感じられる、確かな手応え。そのまま力任せに弾き飛ばして。
「本当に、仲が宜しいですよね、お二人とも」
 くすりと笑うカルナが、手を組んで目を閉じる。

 ――主よ、汝の御子に恩寵の息吹賜らん。

 リズミカルに彼女の唇から漏れ出た響き、信仰を伴った聖句の調が、高位の存在の力を借りて彼らの傷をみるみるうちに癒していく。
「はい、皆さんは私が支えます。どうぞ、悔いのない戦いを」
「そういうことかよ……」
 その姿を見れば、いかなリョウタでも理解せざるを得ない。快とウラジミール、二人の防御の堅牢さを信じ、夏栖斗が敵を一網打尽にするための賭けに出たことを。そして、これあるを予想していたカルナが、うろたえることなく傷を癒しきったことを。
「構えて! 戦闘中に隙を作らない!」
 私達は敵じゃありませんから、と続ける雪白 桐(BNE000185)。あからさまな警戒を示すリョウタに一瞥をくれつつ彼が得物を叩きつけるのは、新手として現れた巨大なスケルトンだ。
「――でなければ、悔いを残しますよ」
 脳裏をよぎったのは、あの夜、目の前で散っていった少女の姿。一瞬の油断が永い後悔を呼ぶことを、桐はよく知っている。
 そして、これ以上負い目を増やすのは真っ平御免だから、彼は注意を切らさなかった。その分だけ、アンディスカレッジドの連中よりも反応は早い。
「もっとも、私はヒーロー志願じゃありませんけどね――ああ、もちろん手加減無しですよ」
「そうね、貴方達がやっているのは、英雄じゃなくてもできることよ」
 ほっそりとしたエレオノーラの指先から、一本の気糸が放たれた。ぐん、と速度を増したそれは、一直線に影の像へと伸び、突き刺さる。
「あたし達は、勝つわ」
 それは予言ではない。希望ではない。願いですらない。
 あたし達は、勝つ。
 それは『彼』にとってはこの上もなく決まりきった事実。姿を保てなくなった影の像が、四散し、薄れて消えていく。
「……ん、ボクは正直、そういうのは興味ないケド」
 神父様の為だけに生きられたらそれでいい。そう公言してはばからない『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、けれど内なる声に導かれ、この閉鎖空間に立っていた。
「とりあえず、ボク達の息が合ったところ、見てもらわないとね」
 黒のドレスに身を包む姫君が高く手を差し上げれば、頭上に輝くは赤い月。
 不幸よ在れ。不吉よ在れ。
 渇望の少女が生み出した禍いの月は、血のような影を戦場に落とし――魔獣の肌を爛れさせ、巨人の骨をも蝕んでいく。
(――英雄なんてものには、古来から非業の死がつきまとうもの)
 だが、その未来を打ち払うため、アークのリベリスタ達はこの戦場へと舞い降りたのだ。アンジェリカとて、例外ではない。
「それでも英雄になりたい人は後を絶たないけれど……そんな夢から、目覚めさせてあげないとね」
 胸に揺れるクロムの十字は、赤月の光を浴びてより紅く染まっていた。


「我々は貴殿らの敵ではない。だが、ある意味では『敵』なのかもしれない」
 次に現れたのは、いっそ輝くほどに磨かれた肌を持つ石巨人。丈夫さが取り得の軍用ナイフが甲高く悲鳴を上げれば、刃が叩きつけられた表面に僅かなクラックが走った。
「貴殿らをこの『英雄幻想』から連れ戻しに来たのだよ」
「幻想? このエリューションがか」
 得物を握る手首に返る衝撃。その痛みは表情に出さず、ウラジミールは爆炎に途切れた宣告を繰り返す。それに反応を返したのは、夜闇のマントを羽織った男、ジントだった。
「幻想であれば良いのだがな、残念ながら実にリアルだ」
 言いざまにジントは鮮やかなステップで距離を詰め、手にした小ぶりな短剣を閃かせる。硬い石を貫くには、その刃は華奢に過ぎて――だが、彼にとっては僅かな刻印を刻み込むだけでよかった。
 死の刻印を齎した漆黒の短剣がその闇を増すようにてらつけば、音を立てて巨人の左腕が爆ぜ飛ぶ。もちろん、この強固に過ぎるエリューションを仕留めるにはまだまだ足りないが――。
(ふむ、『囚われた』認識はないということか)
 自らの願望が生み出したイマージュと戦わされ続けている、となれば、その戦意を保つのは難しい。故に、この幻想世界は支配者の存在を隠すのだろう、と想像できた。
「ならば何故戦う。目的のない戦いに身を投じても、行き着く先は徒労にすぎない」
 問おう。意味無きものに意味を求める、その理由は何か――。
「『ここ』はアーティファクト『英雄幻想』の内部。あのラスプーチンが所有していたと言えば、恐ろしさがわかってもらえるかしら」
 日本人には馴染みが薄いかもしれないけれど、あたしたちロシア人にとってその名は決定的なのよ――エレオノーラの言葉は全くの事実を告げていたけれど、ただ言葉だけで呪縛を解くことは出来ないだろう、ということも判っていた。
「……まあ、功名心にはやるのは、普通の男ならままあることね」
 不可視の糸で援護しながら、誰かの掌の上で英雄気取りなんてと鼻で笑う『少女』に、しかし黒衣の男は淡々と告げる。
 ――私は英雄になることなど望まない、と。

 硬すぎる石像、タフな骨巨人。意外な強敵を排除できず、アークとアンディスカレッジドのリベリスタ達は新たなる敵を迎えることとなる。
 次に現れたのは、うすぼんやりと透けた身体を持つ少女だった。曖昧な彼女にあって、ただ一点絶大なる存在感を持つ黒曜の瞳が、零児の緋色と真っ向から向き合う。
「なに――ぐっ!」
 すっと右手を広げ、前に突き出した。次の瞬間、目に見えない『何か』がメタルフレームの青年を射抜き、呼吸を忘れさせる。
「下がってろよアーク! 実力がない奴がしゃしゃり出てきても迷惑だ」
「……そうだな、俺は他の奴らと比べたら、未熟で経験も足りてない」
 背後からかけられたカイトの声に、振り向かず答える零児。ベテランの揃ったチームにあっても、決して彼の実力は劣ってはいなかったが、革醒してから日が経っていないということは、負い目となっていた。それが、短期間でベテランに追いつけるほどの成長性の裏返しなのだとしても。
「それでも、革醒し取り留めたこの命を、意味あるものにしたくて戦っているんだ」
 失われ置き換わった右腕が、小さく駆動音を立てた。痛みを堪え、握り締めた大剣を、もう一度振りかぶる。
「組織に埋もれた無名の兵隊かもしれない。だが俺は、この腕で何人も救ってきた!」
 振り下ろす。鉄塊の向かう先は、自分を狙う少女ではなく、最も傷ついているスケルトン。破砕音。限界を超えたエリューションが、砂と砕け散る。

「じゃあ、なんであの時、お前達は来なかったんだよ!」

「――!」
 息を呑む零児、そして桐。振り向いた二人が見守る中、銀の装飾を施された法杖を掲げるカイト。何事かを呟き、そして――。
「だから、俺達がぶっ殺してやるしかねぇよなぁ!」

 降り注ぐは鉄槌の星。

 天蓋すら超えて降り注ぐ暴力的な星の雨。
 かつて『塔の魔女』アシュレイが用いた禁呪と同等のことを、知らずこの男は再現してみせたのだ。押し潰される石巨人。霊体の少女にすら、天空の槌は並々ならぬ傷を負わせる。
「は、ははは、あははははっ!」
 その哄笑は、どうしようもなく痛みを孕んでいて。
「……もしかして、仲間の皆に負担をかけてるなんて、思っていませんか?」
「ハ! 何がだよ、お前達に今のが出来るのかよ」
 この男がアシュレイの域にまで達しているわけがない。ならば、カイトはまた運命を削り落としたのだ。知らず、桐は唇を噛んでいた。
「万能で全てをこなせるのがヒーローではありません」
 判っている。カイトが叫んだ言葉の意味を。それでも、桐は言わずにはいられなかった。
「出来ること、出来ないことを見極めて、その中で全力を尽くすのが大事なのではないですか?」
「……」
 力に呑まれてはいけないのだと。力が全てではないのだと。
「英雄とは、周りからそう呼ばれるようになるものなんです。積み重ねなんです」
「……うるせぇ! これ以上ぬかすなら、お前らから叩き潰すぞ」
 その台詞に、桐は何かを言いかけて――ゆっくりと首を振った。

「あなたが英雄になりたいのは、リョウタさんの為……?」
 アンジェリカの問いは余りにも直截で、だからミーナは最初、何を言われているか判らなかった。一瞬の後、思わず手にした聖印を取り落としそうになり、あわあわと受け止める。
「と、危ないよ」
 ぐん、とアンジェリカの影から伸び上がった黒いオーラが、彼女らの後方に現れた怪鳥を殴りつける。
 続いてそのカバーに入るのは、トップギアにまでスピードを上げたエレオノーラ。近場に居たことを良しとして、手に馴染んだ短刃で滅多斬る。
 その様にきゃっ、と怯えて位置を変えるミーナの姿は、英雄、などという大それたものを目指しているようには思えなかった。
 けれど。
「……隣に、居たいから」
 素直に口にしたのは、彼女の性格の良さというべきだろう。
「リョウタさんに自分を認めて欲しい為、だよね。それならボクにも判る」
 ボクも側にいて守りたい、ボクを見て欲しい人がいるから。そう続けた黒きロリータに、快活な印象の少女は戦いを忘れ、くすり、笑いかける。
「リョウタが英雄を目指すなら、私はついていく。それだけ、だよ」
 ああ、その眼差しは余りにも透き通っていて。思いの強さで負けるとは思わないけれど――だからこそ、アンジェリカがそれを否定するのは躊躇われた。
「私には判ります。リョウタさんの傍で支え続けたいということも、彼の思いを尊重したいということも」
 代わって言葉を紡ぐのはカルナ。先ほどのお話、ここがアーティファクトの中だということは信じられないかもしれませんが――そう説明を加えた後、彼女はやや口調に厳しさを混ぜる。
「運命を代償にする『奇跡』は、こんなアーティファクトに頼らなくても実在します。そして、その代償はとても大きいのです」
 それは、かつて剣林弾雨の戦場で、大切な人を救う為に運命を捻じ曲げた彼女だからこそ言える言葉だったろう。
 カルナは知っている。奇跡の魅力を。その代償すら、甘美なる痛みであることを。
「貴方はリョウタさんが傷つく度に奇跡を起こし続けるのですか? ……起こし続けられると、本当に思っているのですか?」
 今のままでは、いずれリョウタか、あるいはミーナが命を落とすことになる。そして、それがいつ、どちらに降りかかるかは誰にも判らないのだ。
「そんなことを、貴方は望んでいるのですか?」

「望んでる、よ」

 それでも、少女は震える声で言い切って。
「置いていかれたくなんて、ないもの」
 アーティファクトなんて判らないけど、と。その声に含まれた迷いは、きっと彼女自身が最も感じていたに違いないのだけれど。
 そんな三人の頭上から落ちた影。怪鳥がクェッ、と短く鳴いた。次いで、上空から飛来する鋭い爪。だが、少女達を狙ったそれは、すんでのところで大きく向きを変えた。
「せっかくいいところなんだ、邪魔をしないで貰おうか」
 反応して展開するリアクティブシールドで、がっしと爪を受け止める碧衣。怪鳥が矛先を変えた理由は、彼女が手にした魔道書から伸びた気糸。
 怒りの波動を流し込み、一身にその攻撃を引き受けるのは、碧衣にとってもリスクが高かったが――。
(まあ、説得という柄でもないしな)
 せめて説得に当たる連中をサポートすべく、彼女はエリューションを食い止める。
 実のところ、そうしなければ説得どころではなくなるのではないか、と思わせてしまうほど、エリューションの戦闘力は彼女らを辟易させていた。
「おかしい、ここまで強いなんて……いや、そうか」
 口にして初めて気づく。この世界はアンディスカレッジド四人の望み通りになる世界。ならば、敵の強さもまた、彼らの望みのままに。
「私達が来た分、苦労するように強くなったというところか」
 なんともご丁寧に、と一人ごちた呟きには、疲労の色が現れていただろう。まったく、英雄候補生達は、自分に楽をさせる気はないらしい。
「英雄、か……下らない」
 だが、そんなストイックな願望を、碧衣は一言の下に切り捨てる。求道の志に見るべきところがあろうとも、出発点が空ろなものであれば意味がない。
「――私はそんな呼び名より、救えなかった命を救えるだけの力が欲しかったよ」


「いくぜっ!」
 次に現れたのは、岡山で暴れたあの『鬼』。だが、大きさがアークが戦ったそれの二倍くらいある辺り、大方、伝聞に想像を加えた姿、というところだろう。
 その肌を、その肉を、やすやすとリョウタの剣が斬り裂いていく。
「まだまだ俺は戦える! 化け物共からみんなを救うのは、俺だ!」
 戦いに、力に酔う様を、快はむしろ痛ましげに見ていた。
(――俺は彼らと同じだ)
 本来、力とは目的を達成するための手段に過ぎない。では、目標とは何だ。
 ――救った命に応え、救えなかった命に報いる為に、守護神たる力を希う。
 リベリスタにとって、人々を守ること、世界を崩界の危機から救うことは絶対だ。
 だけど。だけど。
「でもそれは、力だけじゃダメなんだ」
 手にした因縁のナイフが、邪を滅する力を帯びて眩く輝く。突き立てる。力任せに振り抜いて、脚の肉をこそぎとる。
 俺だって英雄になりたい――それは凡人の心からの叫びで。
 だけど。だけど。
「君達がなりたいモノは、ただ敵を倒すだけの英雄なのか?」
 英雄という生き方は呪いじみている。アーティファクトによって捻じ曲げられた意志だとしても――呪いには変わりない。
「身体におかしなところは? 運命の力を失っていることを判っているのか?」

 運命を失えば、英雄どころか世界の敵のノーフェイスだ。それでいいのか?

「何……を」
「――この世にご都合主義なんてものはあり得ない」
 かつ、と。ブーツの踵が固い床を叩いた。こじり、ほの赤く瞳を彩った少女は、空いた手でわずらわしげに髪をかき上げる。
「英雄と呼ばれる者達も、困窮する場面はある。でもそれを乗り越えるのは奇跡に因ってではないわ」
 アームキャノンにオーラが集まり、小さく稲光を放つ。その砲口が吐き出す爆ぜる矢は、エリューションを食い破る牙。だが今は、違う使い方をされようとしていた。
「覚醒してパワーアップ――そんなこと、物語の中でしかありえないの」
 それは鈍器。それは凶器。オオオ、と叫び快へと踊りかかる鬼を、側面からしたたかに殴り飛ばした。華奢な身体が酷使に悲鳴を上げるが、元より気にはしていない。
「仲間の行動を信じ、自らが出来ることを考え成したから。そう、あるのは残酷なまでの現実だけなのよ」
「でもね、こじりさん」
 並び立つ夏栖斗。僕はまだ英雄には程遠いけれど、とはにかんで。
「ヒーローじゃなくても人は守れるよ。人はそんなに弱くない。僕はそんなに弱くない。こじりさんが居れば、尚更ね」
「知ってるわよ、それくらい」
 ぷい、と顔を背けてみせるこじり。今更ながら、らしくないとでも思ったのか――しかし、意外にも彼女は言を続けた。
「助けてくれる英雄? それどころか、私には仲間すら居なかった。それが私の生きる現実だった」

 ――自分はヒロインにはなれない。だから、仕方がない。

「でも、変えてやったわ。運否天賦なんかじゃない。奇跡の力なんかじゃない」
 鬼と怪鳥を相手取るリベリスタ達。その中で、リョウタと夏栖斗、そしてこじりだけが戦いをやめていた。
 ふと気づいた、掌の温かさ。こじりの左手に重ねられた、少年の右手。躊躇わずに指を絡める。
「自分の力で、行動で!」
 力強く、絡まる。ぎゅっと握り締める。頷いて、夏栖斗が口を開く。
「僕は全てを助けたかった。けれど叶わなかった。絶望に折れそうになりさえした」

 ――こんなの、こんなの自己満足じゃないかぁ!
 ――そうよ。私が守りたいから守ったの。

「ああ、そうさ。今はまだ遠いけど、僕は英雄になりたい! 理想論でも甘くても絶対に成し遂げてみせる!」
 輝く瞳が熱を帯びてリョウタを射抜く。周囲に溢れる戦場音楽。だが、夏栖斗の耳には入っていなかった。仲間達が時間を稼いでくれる。そんなことは信じるべきことですらない。ただの事実だ。
「別に褒められたいわけじゃない。僕を救ってくれた言葉を真実にするために戦うだけだ。理屈なんかどうでもいい――」

 助けたい。すべてを、好きな子を、君達を!

「甘いこと言ってるんじゃねぇよ!」
 ぎり、と歯を鳴らす。リョウタが持つ剣が、震えていた。
「お前らに俺達みたいな戦い方が出来るのかよ。力のない奴が何言ったって、そんなのは犬の遠吠えじゃねぇか! 俺の手には『奇跡』があるんだよ!」
「何度も起こる奇跡? そんな大安売りの奇跡に頼るのが、お前の目指す英雄なのかよ!」
 咆哮。
「君達が望む敵だけが現れるのは何故だ? こんな与えられた場所で英雄ごっこなんてまっぴらだ!」
 誰よりも愛する少女の肩を抱く。普段なら鉄拳が飛んでいただろうが、こじりも今はされるに任せていた。

「僕は守りたい! 誰よりも大切な子が居るこの世界を、まるごと全部!」

「……う、うわああああああっ!」

 次の瞬間。
 その時起こったことは、誰もが予想していなかったこと。
「……御厨くん」
 少年の腹から生えた、輝く剣。少し遅れて、こふ、と血を吐く夏栖斗。
「御厨くん。……御厨くん!」


 リベリスタが相撃つなど英雄的とは到底言えなかったから、輝く剣に新たなる奇跡は宿らなかった。
 ただ、その剣自体が奇跡の産物であること。リベリスタ同士の戦いを彼らが全く考えていなかったこと。
 何よりも、『奇跡なんて起こさなくても助けることができる』――そう心に決めた夏栖斗が、運命の力に縋るのを拒んだこと。
 ――それが、致命的な結果を生んで。
「う……うぁ……」
 蒼白となったリョウタが、一歩、二歩と後ずさる。衝動に任せて突き出した凶器が、ずるりと引き抜かれた。たちまちのうちに、夏栖斗の腹が血に染まる。
「英雄だって最初は普通の人だったんだ……絶望を乗り越えて今がある」
 膝から崩れ落ちた夏栖斗。息も絶え絶えとなり、それでも、眼光に込めた意志の力は失ってはいない。
「外に出ろよ……話はそれからだ。……本物の英雄ってのを……みせて……やる」
 そう、ニッと笑って彼は意識を手放し。
 同時に、その存在を外の世界へと放逐した。
「例えば世界と恋人とどちらを救うのかと問われたら、君ならどうする」
 うろたえることなく話を引き取る快。カルナの癒しすら間に合わない負傷であることは見ただけで判ったが、こんなところで死ぬタマではなかろうと見切っていた。
 恐らくは、意識を失ったことで、英雄幻想の世界には留まれなくなったのだろう。
「苦渋の決断を下す者もいるだろう。夏栖斗や俺なら両方救うと叫ぶさ。答えは、積み重ねて来た歩みからこそ生まれるんだ」
「やめろ、来るな……!」
 また一歩後ずさるリョウタ。かろうじて構えた剣も、その切っ先はふらふらと揺れ動くばかり。
「お前達は確かに主役だろうよ。お前達だけじゃない。私達も、それぞれがそれぞれの物語の主役だ」
 怪鳥を片付けた碧衣が、油断なく警戒しながらも話に加わる。鬼の後に現れたエリューション、大樹の化け物は、これまでに比べれば見掛け倒しの相手だった。
「だが、今のままでは、全てを滅するだけの修羅道の主に過ぎない。救うべき者も居ないこの世界で戦い続けて、お前達は一体何を得る?」
「物語の、主……役」
 目の前で夏栖斗が消えた今ならば、『この世界』という言葉にも響くものがあるだろう。呆然とするリョウタに、快は大きく頷いて。
「俺だって英雄になりたい。望まず力を得て、それでも我武者羅に多くを救おうとしてきた」
 その度に掌から零れていく命があった。
 だから、もう誰一人奪わせないっていうユメがある。

「一緒に行こうぜ。道具でも力でもない。英雄への道程を求めて」

 手を伸ばす。
 光を放つ剣が、カランと音を立てて転がった。
 力の抜けた顔をしたリョウタ。快の手を取りはしなかったけれど――。
「……さっきの奴、待ってるかな」
 ――その姿が、掻き消えた。

「何が道程よ。童貞風情が格好をつけて」
「ちょ、お前!」
 自分を取り戻したか、息をするように毒を吐くこじり。最後に樹怪へと火砲を放つと、エリューションに背を向け、ミーナへと歩み寄る。
「付いて行くだけなら、誰にでも出来るわ。行く道を共に選べる様な女になりなさい」
 彼がただの友達でも……それ以上に想っているのなら、尚更ね。他のリベリスタには聞き取れぬほどの囁き、しかも年下の少女からの不遜な言い様だったが、ミーナは黙ってそれを聞いていた。
「じゃ、私は帰るわよ」
 そう言い残し、返事を待たずに『姿を消す』こじり。それを聞いて、一同に苦笑いが漏れる。
 エリューションの処理を続けなければならない以上、二人減は痛手ではあったが――夏栖斗の傍に居たいのだろう、と誰もが判っていた。
「ま、こじりちゃんと夏栖斗ちゃんの分は、あたし達がしっかり埋めるわよ」
 アタッシェケースで衝撃波を受け流しながら、器用に肩を竦めるエレオノーラ。お返しとばかりにシンプルなダブルエッジに念を込め、不可視の力で敵を射抜く。
「それに、ちゃんと見てもらわないとね」
 協力することで、人はこんなにも素晴らしい力を発揮できるのだ、と。

「寄り添うことだけが、支えることではない筈です」
 柔らかい笑みを浮かべるカルナ。だが、このたおやかな少女は、その実、苛烈なる熱情を胸に秘めている。
 リョウタを動かすことができるとするならば、それは彼の傍らにあり続けた少女の想い。そう考えていたカルナにとって、先にリョウタがこの世界を去ったことは意外ではあったのだが。
(伝えなければならないことは、同じでしょう)
 彼の後を付いて行くための実力。それが、ミーナが英雄たらんとした理由。そうではないのだ、と伝えたい。
 仲間とは――パートナーとは、お互いが高めあう関係なのだから。
(もっとも、私は仲間を振り切って、行ってしまいましたが)
 今ならば、違う選択が出来る。そんな気がするのだ。――だが、この場でミーナと相対するのは、カルナだけではない。
「ごめんねカルナさん。……でも、ボクはミーナさんの気持ち、判るよ。ボクは、『あの人』の側で『あの人』の力になりたい。そのための力が……欲しい」
 アンジェリカ。愛を求め、孤独を恐れる少女。戦いを嫌い、けれど愛する者の為に戦う少女。彼女もまた、カルナとは違う愛のカタチを抱いていた。
「でもそれは全部自分の為なんだ……。ボクはそれを恥じたりしない、大勢の人の為だと、自分を偽ったりしない……。一人を愛し抜くことが罪なら、英雄なんて言葉……いらない」
 黒衣の少女は言い募る。例え『英雄』になったとしても、愛する者を本当に守れないなら意味がない。そんなチカラは要らない、と。
「ボクが欲しいのは、自分のための力……。英雄なんて、得体の知れないものになるための力じゃない。……貴方は、違うの?」

 ――どうか自分を偽らないで。

 いつしかカルナとアンジェリカは気づいていた。視点も、その道筋も違う二人の想い。けれど、その根底に通じる気持ちは、同じなのだと。
「主は、貴方の想いを真っ直ぐに貫くことを、否定されません」
 だから、こんな幻想に身を委ねなくて良いのだと――そこまでは口にしなかった結論は、けれどミーナのやわらかい部分をゆさぶって。
「……リョウちゃん」
 ぺこり、と一礼。そのまま、彼女は溶けるように消えていった。

「……ふざけんなよ。目の前にエリューションがいるじゃねぇか! 狩り尽くすための力があるんじゃねぇか! なのになんでだよ!」


 声の主は、言わずと知れていた。
 カイト。いまやアークのリベリスタ達は、何故彼が戦いを望むのかを知っている。
 復讐。
 ああ、そんな人種は吐いて捨てるほど見てきた。アークのリベリスタにだって、同じ理由で戦う者は、一人や二人ではないのだ。
 けれど。
「もう判ってるんだろう。こいつらはアーティファクトが生み出した幻想だ。あんたが倒したい敵や助けたい人々は、ここには一切居ないんだ!」
 新たに現れた塩のゴーレムに力任せの一撃を加えながら、零児は吼える。
 目の前の敵を殴るしかできない男。自分の未熟さにあがく男。でもいつだって、彼は諦めなかった。死に物狂いで鍛えたのは、『強力な一撃を上手く当てること』唯一つだ。

 ――俺はこいつらの考えや幻想を否定できない。

 自らも理不尽な『運命』に巻き込まれたからこそ、その思いを捨てられない零児。けれど違う。こんなところで、無意味に命を削っていくなんて許せない!
「事件に巻き込まれた人間が、崩界を防ぎたいと願う人間が、ひとりきりだと思わないことだな」
 零児の茶毛をかすめ、一直線に飛んでいく気糸。冷たささえ感じる碧衣の美貌は、しかしその頬に赤みを増していた。内なる熱は、決して他に引けをとりはしない。
「私は戦う。世界を守る為に。崩界を止める為に。けれど、こんな箱庭じゃ戦場には狭すぎるよ」
 照れくさささえ浮かべる今の彼女は、随分と柔らかい雰囲気を纏っていたけれど。
「こいつがなかったら! 俺はこんなにエリューションを滅ぼせるのかよ! こんなにバケモノをぶっ殺せるのかよ……!」
「誰も、万能ではありません」
 静かに言葉を返す桐。あの夜を思い出して、幾度自分の力不足を呪っただろう。幾度、無敵の力を欲しただろう。
「貴方は体験し、判っているのですよね。なら、後悔で終わってはいけません。それを糧に、同じ苦しみを持つ人々に手を差し伸べていく――貴方なら出来るはずです」
 けれど、桐は立ち上がることが出来た。彼女すら、彼がいつまでも沈み込むことは、きっと望んでいないだろうから。
 そして、カイトは。

「く……そ、判ったようなことを!」

 想いは伝わったのだ。
 けれど、それを認めることが出来なかった。だから、自分に出来る最大のことをやるしかなかった。
「みんな、みんな消えちまえ!」
 杖を掲げるカイト。詠唱。その韻律を、アークのリベリスタ達は先に一度聞いている。『星落とし』。高速詠唱の技法を用いてさえ一息には唱えきれないその呪文を、彼は『知っている』。
 凍りつく一同。だが、ただ零児だけが、反応を示していた。
「……馬っ鹿野郎!」
 咄嗟に飛び出したのは、生身の左腕。
 カイトの顎に吸い込まれた拳が、バキッと小気味良い音を立てた。
「強さとか装備とかで、人のあり方が決まるんじゃない!」
 全力だった。拳が砕けたかもしれない。けれど、右腕じゃ駄目だ。それだけは間違えない。
「全てを受け入れた上で、自分に何が出来るかが大事なんだ!」
「くっ……」
 顔を歪めるカイト。しばし動きを止め、そして。

「……ちっくしょうっっっっ!」

 慟哭ともつかぬ叫びと共に、その姿を消した。

「――さて、後は貴殿だけだ」
 黒衣の暗殺者、ジントに歩み寄るウラジミールは、その得物を構えては居ない。アーティファクトの影響下にあってさえ、激発するような人物ではないと感じられた。
「英雄になるつもりはない、と言ったかね。ということは、つまり」
「あの子達こそが、英雄の名に相応しいだろう」
 得心する。英雄の導き手もまた英雄だ。なればこそ、『英雄幻想』は彼に力を貸すのだろうから。
「……貴方なら知ってるでしょう? 英雄は死後に功績を称えられるものよ」
 エリューションの相手を快やアンジェリカに任せ、エレオノーラが会話に加わる。
 外見に依らず歳経た『彼』は、英雄と呼ばれた人物が、体制に飲み込まれ、個をなくしていく様を幾度も見てきた。
「そして英雄は、その後に異端と迫害されるもの。……皮肉ね、彼らをそんな存在にする為に、貴方はここにいるの?」
 絶対的な存在など無意味だ、と。
 ただ心の自由を尊ぶ蒙昧主義の使徒は、英雄の導き手に鋭い舌鋒を突きつける。
「……」
「それに、ね。誰かの掌の上で英雄気取りなんて、兵隊と変わらないわ」
 その言葉に、違いない、と表情を崩すジント。目じりに刻まれた皺が表すのは、ほろ苦い笑みか。
(……誰かの掌の上)
 ラスプーチンの名はロシア人なら誰でも知っている。だが、彼のアーティファクトが何故、立て続けに日本に『現れた』のか。
 ジントに向ける視線はそのままに、エレオノーラは背に冷たい汗を流す。
「自分に出来ぬことを、か。――自分が過去に歩めなかった道を手助けして、慰みにでもしているつもりかね?」
「否定はせんよ。私にもう若さはない――」
「貴殿は自分よりも数段若いと思われるが」
 また苦笑い。既に彼は敗北を認めていた。それは明らかだったから、ウラジミールもこれ以上追い詰めようとはしなかった。
「一つ聞きたい。あなたは、英雄になりたかったのか」
「英雄など結果の『おまけ』。自分には不要だ」
 ジントの問い。淀みなく答えた軍人。どちらからともなく、薄い笑みが浮かんだ。黒衣の男がマントの肩留めを外し、刃を放り投げる。

「もしもまだ支える余裕があるならは、私にもう少しだけ時間を貰えないか」

 ファイティングポーズ。その視線は韜晦を許さぬ力を湛え、ウラジミールを射抜く。
「……いいだろう」
 その返答は、任務を至上とする彼の気質からは離れたものだった。だが、軍人であり、また戦士であればこそ。彼もまた、ナイフを鞘に収め、上着を脱ぎ捨てる。

 それは、彼らが帰還する、ほんの少しだけ前のことだった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 率直に言えば、拳で語る系のプレイングが来るのではないかと思っていたので、プレイングを拝見した時には衝撃を受けました。
 アンディスカレッジドの四人となって、どう受け止め、どう反応するのか。また、アークのリベリスタの皆さんが、どう主張しようとしているのか。キャラクターたちが脳内で会話を始めるほど読み込んで、判定したつもりです。
 MVPは気合を見せてくださった貴方に。もっとも、フェイトはマイナスになりましたが。
 ご参加ありがとうございました。また次の戦場でお会いしましょう。