● 「ねえ!素敵なキャンドルだね!」 微笑んだ少女が男の手を引っ張って笑う。 「このキャンドルは何でも願いが叶うアイテムだよ」 「願い!お兄さん、此れ下さい!」 嬉しそうに早口でまくし立てる明るい表情の少女。 彼女が手にした紫色のキャンドル。炎がゆらり、と揺れる。 少女が嬉しそうに笑うと男――春樹は優しく笑った。 ゆらり。 「ああ、どうぞ、どうぞ、どうぞお使いなさいな」 にんまりと露天商は笑った。 ● 「蝋燭に灯る炎は静かにそのまま燃え尽きるまで」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉はアロマキャンドルに灯された炎を見ての一言だった。 うさぎの形のキャンドルに灯された炎はうさぎを溶かして揺れる揺れる。 「ここで一つ、命を蝋燭に見立てる話ってよくあると思わない?」 その言葉と共にモニターに映されたのは紫色のキャンドル。 一見普通の蝋燭だが、添えられたのは『アーティファクト「紫苑の揺らぎ」』の名称。 「このアーティファクトは人の命を蝋燭の炎に模したもの」 ゆらり、揺らぐ炎。 燃え尽きれば死が訪れる。ただし、その炎の燃え方には少し特徴がある。 「人の感情によって燃え方が左右される」 イヴは目を伏せる。 嬉しい、哀しい、楽しい、怒る。 喜怒哀楽がこの炎に変化を与える。感情の変化があるたびに、命を縮める。 ――感情を持つ事はすなわち命を縮めると同義。 「これを所持しているおバカなフィクサードがいる。『春めく灯籠』という4人組みのフィクサード」 デュランダルとクリミナルスタァ、ホーリーメイガス、マグメイガスで構成されたフィクサード。 彼らの目的は『住みやすい世界』を作ること――それが果してどういう意味なのかはイヴにも分からない。 「願いが叶う、と露天商に手渡されたそう。彼らはこのアーティファクトの本当の効果を知らない」 感情を餌に炎を燃やしているだけのただの蝋燭で有ると言うのに。 願いが叶うと手にしたのはクリミナルスタァの小さな少女、夏奈。 感受性豊かな少女の感情は直ぐに揺らめき死へと近づく。 「例えフィクサードでも、まだ悪い奴らじゃない。アーティファクトも野放しにはしてられない」 アーティファクトの回収をお願いするわ。 少女はそう小さく言った。 ● 揺らめく炎、段々とぼんやりする。 春樹も秋人も冬子も誰も傷つけないで、私たちの「住みやすい世界」を作れるなら。 願いが叶うんなら、それでいいんだ。 誰にも、邪魔させない。 炎は燃えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月24日(木)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「無益な争いは避けたいものです…」 そう呟いた『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)の言葉は静かに廃校の廊下に響いた。 ぎし、と板張りの廊下は軋む。 「今回は極力戦闘は無しね…」 「はい、戦闘は出来るだけしたくないものです」 シエルの言葉に頷いた『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)は出来る事ならば小太刀を振るう事がない様にと願う。 闇紅の言葉に答えた『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)は持ってきた救急箱を更にきつく抱きしめた。 これには人命がかかっている。彼女はリベリスタとしてではなくあくまで医者として、一人の命を救い気に来たのだ。 武装解除したリベリスタ達は静かに進む。一歩一歩。 「…誰も傷つける事なく…か」 ふと、そう呟いた『闇狩人』四門 零二(BNE001044)はフィクサードがいるであろう近くの教室へと入る。 くるりと振り返ったシエルが説得へ行くという仲間たちの横顔を見つめて静かに目を閉じた。 「説得がうまく行きます様に……」 其れは願い。しかし完遂すると説得組の横顔は語っている。 ――人命がかかっている。 麻衣は説得組の背を見つめてせめて一人だけでも救えるように、と祈った。 板張りの廊下はひどく音を立てる。 『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)の心は揺れ動く。 「四人で頑張ってきたのに、一人でも」 そう、夏奈という少女が一人でも欠けてしまったら――遺された人たちはどう生きていくのか。 それを想うだけで胸がきりりと締め付けられるような感覚に陥った。 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)はゆっくりと足を進める。 其の胸に抱いたのは一つの決意。彼はこの度のフィクサード『春めく灯籠』とは対面した事がある。 「――その想い、願い。絶対に終わらせはしない」 彼が声をかけ、笑いかけた小さな少女。フィクサードの泣き虫な少女、夏奈。 何よりも彼女の願いが断たれる事は避けたい事であった。 「願い……夢、ですか。夢を追うその姿を……何処か羨んでしまうのは」 ぼそり、と呟いた『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)の言葉は其処で一度止まる。 そう在る事が出来ない、そう理解してしまった。 夢を追う事ができないと、彼女はそう分かってしまったからだ。 ただひたすらに自身の夢の為に自由に行動するフィクサードを彼女は少しばかり羨ましい、と想ってしまった。 そう、ただ、夢を追っている4人のフィクサード。 ● ぎしり、もう一度廊下は音を立てた。 『』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)は暗視ゴーグルをつけ、何処かほのかに明るい蝋燭の炎がうかがえる教室を覗き込む。 其の光はリベリスタ達の姿を映し出す事は叶わず、ゆっくりと燃えていた。 室内に居た女の視線がスペードの瞳とぶつかり合う。彼女は唇に指を当てて、静かに、とジェスチャーを送った。 ――流石に頭の良い女であった。其の視線があった少女が少し前に戦ったリベリスタだと直ぐに悟る。 『夏奈さんには内緒のお話なので。友人を介してテレパスでお話しさせてください』 女の目は躊躇いの色を浮かべたが、彼女は直ぐに頷いた。 コンコン、と扉をたたく音がする。 懐中電灯を手に持ったエルヴィンは仲間たちを静かに振り返り、其の扉をゆっくりと開いた。 「夜分失礼するぜ」 扉を開いて行き成り現れたエルヴィンの姿に警戒心をむき出しにしたフィクサードたちの元へマイナスイオンが届く。 「お前……っ」 「……俺の事、覚えてるかい?」 驚きに満ちた表情をしたのは最年長であろう男、春樹だ。 その問いに頷いたのは年長にも思わしき女――冬子だ。 両手を上げて非武装だと表したエルヴィンに戦いの意思がない事を感じ取り、春樹と冬子は顔を見合わせて頷きあう。 「わかってると思うが、そのアーティファクトについて」 少しでいい、話を聞いてほしい。 そう言った彼の頬を小さな矢が掠める。背後に居た闇紅は直ぐにホーリーメイガスの攻撃であると悟った。 控えていたシエルは険しい表情を浮かべ、祈る様な仕草を見せる。 「秋人、やめなさい」 「でも、こいつら敵だろ!?奪いに来たんだろ!?」 声を荒げた少年へ優しい表情で首を振るスペード。リベリスタ達の手には武器は何も握られていない。 彼らの後ろをゆっくりと歩く影がある。其れは音もなく、気配もなく、夏奈の元へと一歩一歩。 「それじゃあ、話しを聞かせてもらおうか」 ありがとう、とエルヴィンは一言礼を述べた。 絶対に救うという意思があるから。絶対に救って見せるとそう、決めているから。 瞳を伏せて神秘へ触れていた紫月はその核心に触れた、と仲間たちへとハイテレパスを使用し伝える。 『火を消すには手順が必要の様です。所有権を移すことについては、すいません。わからないです』 後方に控えていた仲間たちへ伝わるアーティファクトの情報。 少しばかり教室の端へと出た闇紅の後ろを通り抜ける気配無き影――ドーラだ。 未だに拗ねた表情をしている秋人はその影に気付く事もない。勿論、春樹と冬子もだ。 「あの、以前怖い想いをさせててしまい、ごめんなさい」 頭を下げたスペードに秋人は面食らったかのような表情を浮かべる。 非武装だと主張したリベリスタ達は謝りにこの場所まできたのか、と。 攻撃を行った腕を下げて、じっと彼はリベリスタ達を見つめる。 「なあ、違和感は、感じてるよな?」 エルヴィンの視線は背後でぼんやりと座っている夏奈へと向けられる。 其れに頷いたのは年長の二人だった。 『リーダーと…その参謀役ですね。少し、お話があります』 春樹と冬子の脳内に直接語りかけてくる声がする。紫月だ。 リベリスタ達は紫月を通してその言葉をフィクサード達へと伝えていく。 『……というのも、夏奈さんと秋人くんに言うには難しい内容なので』 其処まで付け加えた所で少しばかり春樹が笑った。未だに表情の硬い冬子が先を促す様に頷く。 『そのキャンドル。それに願いを叶える力はありません』 『……ああ、やっぱり』 ぽそり、冬子の呟きが返ってくる。 其の事に多少驚きつつもスペードと紫月は静かに続ける。 『人の感情の起伏を蝋燭の炎に模して、所有者の生命力を燃やすアーティファクトです』 『生命力、を?』 次に声を返したのは春樹だ。一度振り返って、ぼんやりと座り込んでしまっている夏奈を見つめる。 最近は思いふけっているのか放っておいてと冷たく言われた事を彼は思い出した。 『はい、あれは所有者の命を燃やします。今は…夏奈さんです』 『夏奈さんの命が燃え尽きるまで。あと少し、です……』 その言葉の後、返答はない。不安げな表情を浮かべたスペードと紫月。 その事実をリベリスタ達から聞かされた事に困惑しているのだろう。沈黙してしまった年若いリーダーと参謀に紫月はもう一度だけ、と声をかける。 『信頼しろ、とまでは言いません。…あなた達なら決断を下せると思いました。秋人君も交えてテレパスで相談して構いません』 ――完全に信じろとは言えない。けれど、彼女らにとって救うべき命が目の前にあるなら。 お願いします、と願う様に頭を下げた紫月へ秋人は不安げに仲間を見つめる。 背後で麻衣がぎゅっと救急箱を抱きしめた。 『秋人にはまだ』 まだ、云わない、と冬子の声がする。 混乱させるだけだから、と落ち着いた声がして、冬子は其のまま椅子へと腰掛けた。 『私は信じる。前も貴方達に救われたものだし』 その言葉の後、彼女らは沈黙した。 ● 「秋人、よかったら君も手伝ってくれないか」 優しげな声で言ったエルヴィンに秋人は戸惑いがちにリーダーを伺う。 「秋人、手伝ってあげなさい」 「あ、う、うん」 夏奈へと向けられたのは心地の良い癒しの詩。それは涼やかで清らかで、其の身を癒す。 其れに合わせてホーリーメイガスである少年も夏奈へと癒しを送った。 ――何故、夏奈を癒しているんだろうか、敵なのに。 そう思った秋人であったが、沈黙をつきとおす姉分のマグメイガスへそうは問えなかった。 ふと、ハイテレパスでもう一つ伝わってくる事があった。 シエルが調べた露天商とアーティファクトについてである。 『露天商がフィクサードである可能性があるのではないか、と想います』 『多分フィクサードよ、それもどっかの派閥の人ね』 彼女の言葉に同意を示した冬子。和服を身にまとった天使は何処か不安げな表情を浮かべる。 『私の予想では研究熱心な……六道かと思います』 だがそれ以上は万華鏡の情報にもなかった。無駄足となってしまったが、だが其処までは予想できたと少女は言う。 彼女はやるだけの事をやったのだろう。 その様子を受けて冬子は小さく笑った。六道にだまされたのね、と。 こっそりと、夏奈へと近づいて行ったドーラは闇紅の助けを得て無事にアーティファクトをその手に納める。 瞬間、夏奈が私の、と手を伸ばし、ドーラを強く睨みつけた。 炎が揺らめく。 「お願いします、夏奈さん。紫苑の揺らぎを回収させてください。貴方達の望みは皆で住みやすい世界を作る事でしょう?大事な願いだというのならば……!」 紫月の言葉を聞いて夏奈はぴくりと肩を揺らす。 夏奈、と秋人がドーラと夏奈の間に割り込み、見つめた。 「攻撃は耐え続けます」 彼女はそう言う。誰も傷ついてほしくないんでしょう?と夏奈と目線を合わせて彼女は優しく微笑んだ。 炎の揺らぎが緩やかになる。夏奈の体がゆるく傾いた。 「ねえ、秋人さん、夏奈さんを失ってでも手に入れたい世界なんですか?」 「そんなわけ、ない」 「なら、気付いてあげてください」 彼女、苦しんでいるでしょう、と言わんばかりのドーラに秋人は頷く。 エルヴィンと秋人は堪えず彼女へと癒しの詩を歌った。 直ぐに前方へと走り出した麻衣が手にした救急箱を開く。 「使用方法についてはどのような説明を受けましたか?夏奈さんのご様子は」 まくしたてる彼女の目はリベリスタのものではない、紛れもない医師の瞳。 今までの様子を簡単に伝えた春樹に麻衣は夏奈へと近づいて、其の額を伝う汗を拭った。 もしも普通の病で有れば彼女自身が診察できる――だが、これはアーティファクトの所為だろう。 「アーティファクトの影響が、大きいのでしょうね」 呟いた彼女の言葉に教室へと入ってきた零二は頷いて直ぐにアークの救護班を手配した。 「夏奈、キミはまだ、仲間と共に未来に向かって生きる権利がある」 そのために為すべき事と為すべき義務がある。 炎は微動だにしない。意識を失った夏奈へと語りかけた零二は適切な処置を一刻も早く、と望んだ。 「だから、生きろ」 君が望む未来の為に、其れを為し得るために。 ● 「願いを叶えるような都合のいいものを、見帰りもなしに夏奈さんに渡す事実を奇妙だと思いませんか」 そう問うたスペードにしょんぼりとした表情の秋人は頷いた。 意識を取り戻した夏奈もスペードに向かいごめんなさいと呟く。 破壊する手はずだったアーティファクトの炎は紫月の得た情報で炎のみを消し、ドーラの手に収まっている。 「貴方たちの大切な人は助かりました」 ね、と彼女は夏奈を見やって小さく笑う。其れに夏奈は何処か照れた表情を仲間たちへと向けた。 「もし今回の事で間違っていたと思ったのなら、今後は四つの心を一つにして、世の中の逆境に負けないように強くなってださいね。期待してます」 「期待、するの?」 私たちは敵なのに。呟いた夏奈の言葉にスペードは小さく笑う。 「私は皆さんにとっての、住みやすい世界を目指す協力をしたいです」 もしもそれがリベリスタにとって不利になるならば敵として攻撃を行わなければならないかもしれない。 だが、純粋に住みやすい場所を求めるこの四人ならきっと敵となる事はないだろうと彼女は想い、微笑みかける。 「その世界の中には夏奈さんも含まれていなきゃ、ダメなんです」 「最悪の事態だけは免れたかったの……夏奈を救うためにね……」 貴女が居て当たり前の世界だから、と闇紅は夏奈へと言う。 長い黒髪を揺らして、其の場から少し離れた闇紅の後ろ姿に夏奈は小さく頭を下げた。 「ねえ、こんなつまらない悪意で終っていい願いではない」 そうでしょう?と紫月はいう。 その言葉に彼らは小さく頷いた。 願った、誰よりも住みやすい世界を作ると。大好きな人たちと世界を作ると。 「夏奈、キミには良い仲間がいる。そんなロウソクひとつで生み出されるものよりも」 そう、たった一つの蝋燭で生み出される未来よりも仲間達と共に掴み取る未来の方が素敵だろう。 そう笑った零二の言葉に小さな少女は頷いた。 「優しいキミなら分かってくれると信じているよ」 「うん、分かる、分かるよ」 だって、私を助けてくれたんだもの。周囲を見回した夏奈は笑う。 彼女の視界に入ったのは秋人と話しているエルヴィンの姿であった。 「アークの、おにいちゃん」 「なあ、夏奈、その願いは君たち4人のものだろ?だったら、苦しみも分け合っていけばいい」 一人で頑張っていたんだな、と彼は優しく笑いかける。 フィクサードの少女は頷いた。彼女は誰よりも泣き虫で、誰よりも弱いから。仲間たちの力になりたかったと、小さく言う。 「……お疲れ様」 今は眠るが良い、と彼はスペードの用意した布団の方へとつれていく。 「おやすみなさい」 そうやって彼女は微笑んだ。 おねがい、神様。 どうか、目が覚めたらまた皆が笑っている世界であります様に。 ありがとう。 そう笑って少女は目を閉じた。 ● 板張りの廊下が軋む音がする。 口元に浮かんだのは小さな笑み。 「失敗しちゃった」 ね、と誰かに問いかける様に言ったその背中にはフライエンジェのものと思わしき翼が生えていた。 ――露天商の男は笑い其の場を後にする。 其の場に残ったのは小さな羽根だけであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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