●泡の中に 大小様々な泡が、深い深い底から上がってくる。 たまに、泡の中に違う光景が見えた。 細かい泡の中に、見知らぬ風景が幾つも見える。 ここは静かだった。泡が立てる音と、泡から響いて来る『声』が全てだった。 だから。 もっと聞きたくなって、底に向かって潜って潜って、ずっと潜って行った、ら。 色が弾けた。 ●人でごった返す中の聞き留められなかった会話 「ねぇねぇ燈篭、どんろーん、次どこ行くぅー?」 たっぷりの甘えた声。 腕に巻きつくように絡んで上目遣いで見上げてくる相手に、燈篭は顔を向けた。 「……揚羽、胸のパッド入れ過」 「えー何ぃー?」 腹に一発割と容赦ない拳を入れたのはさて置き、揚羽は人で賑わう通路を見回す。 ガラス越しに、噴水のある中央広場が見えた。 と、付けまつ毛に縁取られた揚羽の目がぱちりと瞬かれる。 グロスで艶やかに光る唇が笑みを描いたのに気付き、燈篭も視線。 その視線の先には、一人の少女。 バルーンアートのパフォーマーに見蕩れていた少女が、二人を向いた。 「あは、気付いた。あの子勘がいいんだねーえ」 その声に多分に加虐の響きが混じっているのに気付き、溜息。 「……今日は普通に遊びたいと言ったのは」 「えぇー、だって飽きちゃったんだもん。ねぇねぇ、追いかけっこしようよ」 一歩踏み出した揚羽に不穏な空気を嗅ぎ取ったか、窓の先の少女は踵を返して走り出す。 だが、二人は動かない。 中庭のパフォーマンスを見詰める恋人達は密やかな囁きを続けた。 「あの子先に捕まえた方が勝ちね。じゃ、あたしこっちから」 するりと離れた腕に、燈篭は肩を竦める。 「だってさぁ、ほら、あの子可愛いしーぃ。結構高く売れるかもよ?」 「先に捕まえたら?」 「ふふ、キスくらいしたげよっか」 「……褒美にならん」 ●『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)からの緊張感に欠ける緊急連絡 『あ、すいません、今日お休みでしたか。そうですよね、お出掛け中ですものね。そんな休日の一時に水を差す皆さんのお口の恋人、断頭台ギロチンです。今大丈夫ですかー?』 『えっとですね、今皆さんがいらっしゃるアウトレットにアザーバイドが迷い込んだみたいなんです。……あ、急いで結界とか張らなくて大丈夫ですよ、彼女自体に危険性はほぼありません』 『あ、はいはい、そうそう。友好的と言って良いと思いますよ。言語はタワー・オブ・バベルでもない限りはちょっと通じないでしょうけど、表情とかのニュアンスで何となく意味が読み取れる程度には構造は近いみたいです。外見はええと、五歳くらいでしょうか。ちょっと変わった外見なので、皆さんなら一発で見分けられるかと。ぼくらで言う幻視状態ですので、一般の方には普通の人に見えていると思います』 『はいはい。ホールもアウトレットの裏手側にひっそり開いたままなので放っておいても自力で帰れると思います。ええ、何でそれで連絡したかって、二人組のフィクサードがアザーバイド嬢を拉致しようとしてるみたいなんで』 『長く居て崩界の原因になると討伐対象にもなりかねないし、何よりアザーバイド嬢にも良い迷惑でしょう。手間を増やさず、迷子には無事にお帰り頂こうという感じですね、はい。アザーバイド嬢とフィクサードの二人の画像はこの後で送っときますね』 『フィクサードは……「何か弱そうなアザーバイドがいるからちょっと捕まえて売っ払うか」程度の、なんていうか……行きがけの駄賃じゃないですけど、そんな感じで本気で追いかけている訳ではないので、皆さんと戦闘してまでアザーバイド嬢を奪うつもりはないと思います』 『ただまあ、こちらが戦闘行為やそれに類する言動をした場合の動きまでは未知数。一般人を巻き込んでも何も思わないタイプであれば厄介ですので、一応は過度の挑発行為だけは控えて頂けると幸いです』 『保護した後はとにかくホールの先まで見送って下されば特に指定はありません。夕方を過ぎれば帰りたがるので、それまで一緒に行動しても構わないですよ』 『あ。もう一つ。……さっきも言いましたが、外見自体は五歳程度なので、うっかり皆さんが不審者として店員さんに通報されたりしない様に気をつけて下さいね』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月11日(金)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「計都は折角の休みの日なのにお家で引き籠ってばかりなの?」 「てゆかあたしはアークでバイトする以外はエブリデイ日曜ッスから」 「そんなんだから彼氏ができないのよ」 「つぶつぶにだけは言われたくないッスよ」 「しょうがないわね、うちが計都の服のコーディネートしてあげるから、もうちょっとオシャレに気をつかいなさいよ」 「いや、別に頼んでな」 「お礼はいらないわ、うちは寛容で美少女だからね」 「何言ってるッスか残念ニート……」 「さ、そうと決まったら行く行く」 「あー、もー、わかったッスよ!」 表情だけはにこにことして実の所話を総スルーした『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)の目が怖くなってきた『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)が根負けして承諾したのが二時間ほど前。 何やかんやと言いながらも好きな相手と一緒に出られて足取りも軽やかにアウトレットを歩く瞑と、そんな彼女の後を溜息を吐いて歩く計都の幻想纏いがほぼ同時に受信した。 『あ、お二人とも一緒ですね。丁度良かった』 軽い声。非常事態に備えて持っている幻想纏いが今は憎い。液晶叩き割ってやろうか。 だが残念ながら計都も持っている。無駄である。ああ、何て事か。 めきっ、と嫌な音を立てかかった瞑とは対照的に、計都はいつにない積極さで話を聞いていた。 ぶっちゃけ計都は瞑がキャッキャしている姿が意味不明で不気味さを覚えていたとか、思いは通じないものである。ああ、世は無常。 「あ、休日出勤手当ちゃんと頂くッスよ?」 『掛け合っときますー』 そんな会話を横目、横耳に若干膨れていた瞑だったが結局息を吐く。 「ま、しょうがねーなー。幼女が助けを求めるシチュエーションも捨てたもんじゃねーしな」 「犯罪は止めるッスよ」 「さあ計都、便利な非戦能力で捜索はよ。はよしろ! 遅かったらキスするぞ!」 袖を掴んで顔を上向ける瞑に、計都はでこぴん一つ。 この二人仲いいなあ。 今年も流行のマキシ丈と厚底グラディエーター姿は自分が昨年選んだもので、『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)は少しだけほっとしていた。何しろ肩が寒いかな、と問う彼に、少し、とはにかんで笑む『ミス・パーフェクト(大学1年)』立花・英美(BNE002207)が初デート(と呼べる二人のお出掛け)に着て来たのは弓胴着だ。 制服以外の私服がない、という彼女の服を選ぶべく出向いたアウトレット。あれから月日が流れ、寄り添う姿が自然となった二人は、本日も楽しく共に時を過ごすべく訪れたのだが――。 「ふふ、ギロチンさん。大丈夫かって、今私たちが出掛けてる事を知った上で電話してるのですよね?」 『あはは。知らない方が良かったなって思』 「私が。アウラさんと。たまのお休みにゆっくりと。お出かけしていると知った上で電話してきたのですよね?」 いつもと同じ平坦なテンションの声に乾いた笑いを乗せたフォーチュナに、英美は満面の笑みを浮かべて問う。大人しくしていればマトモなお嬢さんな英美は、アウラールが絡むと多大にストーカー気味の世間様で言うヤンデレに変貌するのは公然の秘密である。連絡先に二人分並んだ名前を見た時に『あ、面倒な』とギロチンが思ったのも秘密である。 まあそれはそれとしてリベリスタとしては優秀な二人であるし、切羽つまってはいないが、それほど時間の余裕もない場合としては致し方あるまいと連絡した結果がこれである。 「返答次第では今夜にでも貴方の内蔵スピーカーがぶっ壊れることになりますけれど」 『ぼくメルクリィさんほど丈夫じゃないんで勘弁して下さい。別に邪魔したいんじゃなくてですね――』 「内臓スピーカー? ……ギィちゃんか」 『あ、良かった話通じる人が』 これこれこういう訳で。説明と了承。幻想纏いを指の爪先で叩き続けている(受信口は地味に煩い)英美に合わせようとしていたセーラー襟のマリンボーダーシャツを置いて、アウラールは首を傾げた。余談だが、あれを許せるアウラールは物凄く寛大なのか少しずれているのかギロチンが判別しかねているのも秘密である。 「な。エイミー。二人の思い出の場所で嫌な思いして欲しくないし、探そうか」 「そうですね……。折角の場所ですし、ちょっと千里眼で見てみます」 拗ねたように少しだけ口を尖らせた英美は、幻想纏いを再び繋げた。 「よし、とりあえず向かってみるね☆」 そんな英美と対照的に二つ返事で頷いたのは『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)。 突いていた威嚇ポーズのぬいぐるみから視線を離し、通り掛かりに見た覚えのあるバルーンアートのパフォーマーの元へとダッシュを掛ける。 きゅいっ、と靴を鳴らして立ち止まるものの、それらしい姿はアザーバイドもフィクサードも揃って見えなくなっていた。んー、と考える終を見詰める影が一つ。 土地勘を鍛えるべく、ついでに生活用品を揃えるべく、とりあえず三高平市からさして遠くないこのアウトレットに訪れたアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792) だ。 帽子のつばを少し上げ、自らと同種である終が何かを探している様子なのにサングラスの奥で瞬いた。もしや、先程の変わった姿かたちの少女を探しているのだろうか? 「すまない、あなたもアークの人か?」 「はい?」 口を開こうとしたアルフォンソに後ろから声を掛けたのは、黒髪の少女、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)。首肯を見て、ぱっと笑顔になった終も近付いてくる。 「あ、ほんとに? ねえねえ、ちょっと青っぽい女の子見なかったかな☆」 「ああ……それならば先程、あちらの方に走って行きました」 「む、そうか。協力感謝なのだ」 「よし、早く探そうね♪ オレあっちから回るよ?」 「了解なのだ。ボクは右手から回ってみるとしよう」 何を言わずとも事情を理解しあったらしい終と雷音がぱっと散っていくのを見て、もう一度首を傾げたアルフォンソは――手に持ったフォークを籠に入れて、買い物を続行した。 「それは大変です……。早く見つけてあげないと、ですねっ」 連絡に向けて『空泳ぐ金魚』水無瀬 流(BNE003780)が頷いた時に揺らした髪は茶色。隠した翼が一般人に当たらないように注意しながら周囲を見回す。 内面の年齢は分からないが、少なくとも外見は幼い幼い少女だ。 そんな子が見知らぬ地で不穏な相手に追われたとなっては、どれだけ心細い事だろう。 自分より年下の兄弟がいない流は、姉になった気分で『迷子』の捜索を始める。 そろそろ春から初夏のラインナップに切り替わりつつあるラックの傍、パステルカラーのブラウスが並ぶ角を曲がった所であやうく早足の誰かに当たりそうになった。 「わ、わ、すいませんっ」 「い、いえいえ、此方こそ」 ぺこり頭を下げる流に答えたのは、幼げな声。 もしや、と顔を上げた流の前にいたのは、しかし『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)だった。通常の幻視は革醒者には通じない。麻衣も流の翼を見て首を傾ぐ。もしかして、アザーバイドの少女を探しているのですか。問えば流もぱちりと瞬いて頷いた。 期せずして左右からかち合った二人は、こちらにはいなかった、こちらにも、と首を振り、幻想纏いを眺める。難しい顔をする二人の姿は、傍から見れば年の近い姉妹にも見えたかも知れない。――尤も、麻衣は流の二倍ほど長く生きているのだが、そんなのはリベリスタには割と些細なよくある出来事である。 「二階西側、北側端からスポーツ用品店までの間まではいませんでしたよっ」 「同じく二階西側、南側端からスポーツ用品店までの間にはいませんでした」 『了解した。一階の東側の香水系ショップ付近にもいなかったのだ』 『一階中央付近、アイスクリーム屋さんの近くにもいなかったよ☆』 返って来たのは未だ見ぬ『捜索隊』の仲間達の言葉。 だが、ふむ、と眉を寄せたリベリスタ達の幻想纏いが、続いて異なる言葉を拾い上げた。 『―― 一階西側付近、恐らく該当の少女と思われる背格好の子がいます』 千里眼を駆使し、周囲を窺っていた英美の声。 『それじゃあ、私達はデートに戻りますね!』 最後が無ければ完璧だった。ミス・パーフェクト。 これは件のフィクサードとやらか。 少女の手掛かりとなる一報を聞きながら、『Weiße Löwen』エインシャント・フォン・ローゼンフェルト(BNE003729)は前を歩み行く一人に目線をやる。 巻かれた髪はミルクを入れた紅茶の色。黒縁眼鏡とブラウスにシフォンスカートの組み合わせも送られた画像と同じ。鼻歌でも歌いそうな気軽さで、ウインドウショッピングと何ら変わりがないかのように歩いている。しかし、エインシャフトが観察した限り、その目線は時折服の置かれた机の下、つまり幼い子供が隠れそうな場所に鋭く向けられていた。これが恐らく『揚羽』であろう。 ならば。何気なく横を通るようにして、ただし本人には悟れる様に殺気と言う名の警告を。 「ねぇ、お兄さん」 鼻に掛かった甘い声。主がすぐ後ろにいるのに気付いたエインシャフトは目を細める。きゃらきゃらと笑い出しそうな揚羽の声が、背伸びをしたのか耳元で聞こえた。 「それはナンパ?」 「……趣味の悪い『追いかけっこ』とやらは程々にしたまえ」 視線を合わさず、緩やかに歩く。 わお、と揚羽が気の抜けた声をあげた。次いでくすくすと笑う気配が伝わってくる。 「すごーい。よく知ってるねえ。なんでー?」 「答える必要性はないな」 「意地悪だなぁ」 エインシャフトは己の幻想纏いに目をやる。先の報告から通信中のままのそれには、二人のやり取りも小さくではあるが仲間にも伝わっている事だろう。 一階に繋がるエスカレーターから、さり気なくエインシャフトは進路をずらした。 ● 普通の人は大変よねー、目立つ行動は厳禁よねー。だがしかし、うちには関係ない。 以上、一人ぼっち発動の瞑、エスカレーターの手すりを滑り降りながらの心の言葉。(※良い子は真似しない事) あ、なんかこのまま着地して空を指差して注目浴びちゃったりして。 「仕事増やすなッス」 くるくると躍り出ようとした瞑の肩をがっしと掴んだ計都。 説明しよう、誰からも気にされない瞑は周囲の視線を自らの一挙一動に惹き付ける術も持っているのだ! つまりワールドイズマイン。問題点としては、確かにフィクサードも近寄りがたくはなるが、肝心の少女にも警戒され逃げられる危険性がある、という事である。後は計都の仕事が増える。何しろ休日だ。人が多いのだ。そんなところで注目を一気に集められたら、魔眼を掛けるより一般人に先に散られる。 そんな中、エスカレーターの陰からひょこり、と顔を出した少女が慌てて引っ込んだのを見て、計都は瞑から手を離した。 青色の肌、腰の辺りから伸びた尻尾のようなもの。間違いない、これがアザーバイドの少女だ。 成人女性の平均身長より少し高い程度の計都は、屈んで語りかける。 『こんにちは。言葉、通じるッスよ。怖がらないで欲しいッス』 「おおおこの子か。これはこれで案外可愛いんじゃねーの。なあなあ計都、通訳してやってくれ」 「邪魔すんなッス」 「ほら、瞑おねーちゃんは幼女ちゃんのこと保護しにきましたよー、胸に飛び込んできていいよ、おいで!」 満面の笑みで両手を広げる瞑。 一度上を見て、再び少女に目を戻す計都。 『"わたしの名前はトムです。ニューヨークから来ました。HAHAHA!"ってこの人は言ってるッス』 『……にゅーよーく? トム?』 瞑=トム説を発生させつつ、興味を持って寄ってきた少女確保の報はリベリスタに齎されたのであった。 聞こえる、複数の足音。 足早に歩いてきた雷音が、一人の男の前に立ちはだかる。向けられたのは、感情を映さない黒い瞳。彼女が警告を発するよりも早く、エスカレーターの上から声が聞こえてきた。 「あーあー。残念、鬼さんが増えて負けちゃったあー」 「……良かったな。卿の待ち人はそこにいるぞ」 雷音が向けた視線の先にいたのは、笑みを浮かべる揚羽と、些かうんざりした様子のエインシャフト。一瞬燈篭の目が危険な色を帯びたのを見て、雷音は改めて口を開く。 「アゲハとドンロン……といったか。ボクたちは今特に攻撃をするつもりはないのだ、君たちも」 「うん、あたし達もないよ。つまんないもんねぇ」 少女の言葉の先を奪い、するりとエスカーレターを降りた揚羽が、燈篭の腕に絡み付いて笑う。 「ね、朱鷺島ちゃん。ミクリヤカズトの妹だっけ? それにそっちのお兄さんもアークの人なんでしょ」 「……。知っているなら話が早い。そちらもせっかくのデートだ、なかったコトにしてそのまま楽しんだらどうかな?」 「だってぇ。ねー、どうする燈篭」 喉の奥で笑って、揚羽が問う。雷音の隣に、エインシャフトが並んだ。 警戒はしかし、燈篭の肩を竦める仕草で解かれる。 「……遊びが終わったなら帰るものだろう」 「はーあい。次は別の所でねぇ?」 ひらひらと振られた手は、揚羽の名を示すかの如く気紛れな様に似ていた。 「計都計都、見つけたのうちのお陰だからキスするといいよ。いや全然別に好きなんかじゃないけどほらうちすぐに人をメロメロにしちゃうし?」 「寝言は寝て言うッス」 押しの強い瞑に結局引っ張られて服選び続行へと到った計都と入れ替わりに、他の仲間が少女の下へと集まる。名前を問われた少女が『[*;.^@』と返し雷音の頭と舌を悩ませた事を除けば(発音不可能だった)、先のフィクサードとは異なり一定の信頼は得られた様子であった。 「……精一杯それっぽい発音だと、『くぁるぁぅどぃあぁ』と言っている様子なのだ」 「うーん。じゃあクァちゃんでどうでしょう」 少し考えた流の案が採択され、本人の了承も取った所でここからは『お楽しみ』の始まり。 「クレープはどうだろう、この先の店が絶品なのだ」 「あ、アイスクリーム屋さんも美味しいんだよ、皆で食べに行かない??」 ぱちぱちと瞬くクァの言葉は、雷音が通訳。そして甘いクリームの包まれたクレープや、チョコミントのアイスクリームを口にした少女の顔を見れば、言葉はなくとも通じ合う。 『すごくおいしいの』 奥の回転寿司屋では、初めての割には異様に慣れた様子で渋い注文をする英美と、回る寿司は見本だという誤った知識を得たアウラールが微笑み合っていたのだが、それはまた別の話である。 「……さすがに私よりは小さくて良かったです」 密かに頷く麻衣の姿はまるで小学生。五歳か六歳程度にしか見えないクァと比べてもそこまで大きい訳ではなかった。毎度年齢詐称を疑われる二十六歳。そんな麻衣が、うっかり頬にクリームをつけて少女に拭われたのはご愛嬌である。 クァの手を握った流は、ぬいぐるみの並ぶ雑貨店に。見えない所は抱き上げて、可愛いものはありましたか、と笑いあう。バランスを崩してよろければ、支える手はエインシャフト。年若いこの中で保護者の如く振舞う彼は、気を付けよ、とだけ微かに笑った。 『ふわふわ。ふわふわしてるの!』 『ふふ、気持ちいいかな』 『とっても! あ、大きい!』 自身の身長と同じくらいある巨大な熊と並ぶ麻衣の元にクァが走って行った隙に、流は少女が手に取っていたぬいぐるみを眺める。折角の異世界だから、何か思い出になるものを。 意図を察したエインシャフトが一つを指す。 「此の赤縁の魚はどうだろうか」 卿の翼に似ているのでな。 幻視で隠された翼に視線を落とし告げるエインシャフトに、流も素敵だと笑いを返した。 ● 「すっかり夕暮れになってしまいましたね」 感慨深げに呟いた麻衣が空を仰ぐ。楽しい時間はあっという間。 「楽しかったかな??」 「はい、プレゼントっ。大事にしてくださいね?」 『……!』 終が青い肌に流れる白い髪に、オレンジのガーベラを挿す。 流が鱗のようなものが見える掌に、ぬいぐるみを手渡した。 ぱちぱちと瞬いたクァに、エインシャフトが銀糸の縫い取りが付いた青いリボンの袋を差し出す。甘い香りと紅茶の香り。歓声を上げて少女が見ていた物たち。 屈んだ雷音が、自分の髪を結んでいた白いリボンを一つ外し、その腰の触手もどきに優しく結んだ。 『君の世界で君を待ってる人もいるのだろう。たのしかったぞ』 『あ、……ありがとう!』 感謝の言葉は、言語としては雷音以外には通じなかったけれど。 それでも青い顔に浮かべた満面の笑みは、十分にリベリスタにその意図を伝えた。 一見何でもない茂みに消えて行くクァに手を振り続けていた流が、その手を翳して世界の繋がりを断ち切る。 「バイバイっ」 笑いながら告げた流に、エインシャフトが唇の端を少し上げた。 ――最後に笑う彼女は、最高の笑顔だった。と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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