●賭博の美学 「……退屈だな」 夜の闇の色を有する整った顔立ちの男が、薄暗い部屋の中、独り気怠げに溜息を零す。 手に弄ぶは賽子ひとつ。目は凹凸によってのみ表される銀製のそれに、男は視線を落とした。 「必ず勝てる。そんな勝負も、好い加減つまらない」 月のように、微かに緑を帯びた金の双眸に瞼を被せ、思索に耽る。勝てる勝負。しかしながらそれでいて、負けるかも知れない、そんなスリルある勝負を、心の底から望んでいた。 楽しめる勝負、というものを。 「……そうだ」 立ち上がる。何か思い付いたのか、ほくそ笑むその表情は、酷く愉しげで。 「俺を愉しませてくれるかな」 ●賽は地上高く投げられた 「決して先の見えないレヴォリューションは運命の女神でさえもその瞳を眩ませる程のミラクルによってのみ果たされる」 意味が判らないよ。 そんなリベリスタ達の物言いたげな視線の意図に気付いてか否か、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は軽く人差し指を左右させ、言葉を続けた。 「そう熱くなるなよ、クールに行こうぜ」 再度睨みつけてくるリベリスタ達に、やれやれと肩を竦める伸暁。 「敵さんはフィクサードだ。しかも陰気な黄泉ヶ辻の連中を纏め上げる存在――幹部と来た」 リベリスタ達の表情が、俄かに変わった。 その緊張を読み取って、伸暁はニヒルに笑う。 「オーケー、そのオーバードライヴ、大事だぜ。じゃあ俺も、全力でエクスプラネイションさせて貰うとしよう。まず、その敵さんってのは、こいつだ。名前は、大海士郎」 モニターに、一人の男の姿が映し出された。長髪を後ろでひとつに束ねた姿は端正であるが、同時に暗い印象も見受けられる。年の頃は、二十歳前半といった所であろうか。 「十八歳だぜ。ハイティーンだ」 ――十代にして幹部! この男――少年といい、まだ幼い双子の姉妹といい、その辺りも幹部に仕立てる辺り黄泉ヶ辻もほとほと意図の読めない相手である。 尤も、其処が黄泉ヶ辻が黄泉ヶ辻たる所以であり、黄泉ヶ辻が黄泉ヶ辻として恐れられている理由なのであろうが。 「ジーニアスのナイトクリーク、奴は生粋のギャンブラーさ。人生すらギャンブル。そんな風に考えてるらしい。クレイジーな野郎だ。しかもその手のバトルにおいて奴さんは今に至るまで負け無しと来た。末恐ろしいね」 皮肉たっぷりの笑みを口元に浮かべながら、伸暁は大袈裟に自らの額に軽く手を当てる。 しかし――妙だ。一人のリベリスタがそれに気付く。閉鎖的で秘密主義とも言える黄泉ヶ辻の、しかも幹部の情報が、此処まで伝わっていると言うのか? その疑問を伸暁に伝えると、彼は珍しく難しい表情を見せた。 「……挑戦状を、叩きつけて来やがったのさ」 ――空気が、凍り付く。 「こっちも最初は何のジョークか、そうでなけりゃあミスチーフかと思ったさ。しかし、万華鏡を視るにどうにも本気らしいことが判った。奴はアーティファクトによる失踪事件を起こす」 そのアーティファクトによって失踪した人々は発見されず、そのまま行方不明になるのだと言う。しかし、リベリスタならば運命の寵愛によって本拠地――アークに戻されるだけだろう、そう、士郎は言ったのだと。 「舐め切ってるだろ? 教えてやれよ、このルナティック・ギャンブラーに、アブソリュートなんざ無いって事を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月19日(土)23:24 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●0 案内された地下倉庫は、薄暗かった。 それでも、灯りは確りと闇を払っていて、其処で佇む黒の少年の姿もはっきりと露わに照らし出していた。 「来たか」 少年は薄く、それでも愉しそうに、笑んだ。彼こそが――大海士郎。 「Guten Tag.言うまでもないだろうけど、アークから勝負しに来たよ」 ふわり笑みを返す『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)に、士郎は更に機嫌を良くしたようだ。金とも銀とも取れる双眸が刹那、妖しく煌めく。 クルトの目の前にいる男は、敵だ。少年とは言えフィクサードで、しかも幹部格。それを理解した上で。 (嫌いじゃないよ、こういう確たる信条を持ってる相手はね) だから此処に来た。彼の招待とも取れる、その挑戦を、真っ向から受ける為に。 「はぁい、本日は素敵な勝負のお誘い合わせありがとー」 『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)もへらり笑顔。賭けのセンスが勝つか、意地が勝つか。そんな興味を抱いて、この制約に縛られた勝負に、彼は身を投じていた。 そんな彼とは対照的に、文月 司(BNE003746)は真剣な面持ちで、進み出た。 「ひとつ、提案させて頂きたい」 「聞こう」 「戦闘開始前に、自己賦与スキルの使用許可を」 「何故?」 「ほらー、あれですよ、お互い勝負を熱くする為にー、ってやつ」 甚内の言葉に、士郎は己の顎に手を当てて考え込む。が、程無くして答えを告げる為に、再びその口を開く。 「判った。但し交換条件がひとつ。俺にもそのルールを適用する事」 クルト達は一瞬、考えた。薄々予想はしていた。しかし、提案を拒絶された訳でも、露骨に嫌がられた訳でも無い。折衷案を、飲む事にした。 クルトが流れるが如き構えを取り、甚内が圧倒的なまでの集中力を発揮し、司が強靭なる意志を自らの血に示し、士郎がその足元に落ちる影を下僕とし従える。 そんな中、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、唯静かに己が気配を断ち始めていた。 (キャラじゃないけどボクもボクの運命を賭けてみるかな……) その為に、出来る事はしなければ。 そうこうしている間にクルト達の準備が整った、その時であった。 「ちょいと待った。この勝負、こっちが賭け金出しとらんやろ?」 声を上げたのは『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)。彼もまた、博徒。それ故に、持ち掛ける。 「俺を愉しませてくれるならそれで構わないんだが?」 生意気な事を言う少年に、しかし仁太はからからと笑う。 「そうは言うてもわしの気が済まんけん、代わりっちゃあなんやけどわっしの所持金全部賭けちゃるわ」 士郎が目を丸くした。初めて、彼から年相応のあどけなさが垣間見えた一瞬であった。 しかしすぐにまたニヤリ、不敵な笑みが浮かぶ。仁太も同じだった。そう、士郎は理解したのだ。 それは博徒としての、仁太の矜持。断るのは無粋というものだ。 「負けるスリルがあってこその賭け事やろ? お互い楽しもうや」 「そうか、あんたなら俺を愉しませてくれそうだ。他の連中にも期待して良いのかな」 ぐるり、集まった面々を見渡して。 「『勝負を愉しめたなら結果的に負けても構わない』……?」 仁太とは、士郎とは、別の意味で、薄く嗤うその声が聞こえた。 士郎が声のする方をゆるりと見遣ると、それと判らぬ程の冷笑を湛えた『進ぬ!電波少女』尾宇江・ユナ(BNE003660)がいた。 「まるで的外れの寝ぼけた事を言っている……」 「そうかな」 問われる。しかし彼女は、ええそうですとも、と事も無げに肯定する。 「大海さん、あなたが黄泉ヶ辻の幹部という地位につき脚光を浴びているのは、言うまでもなく『勝っているから』でしょう? 『よく闘ったから』じゃあない」 勝ち続けたが故の、今の地位。負け知らずの、少年博徒。 しかし、当の士郎本人は、その言葉に憤る事も怯える事もせず、ただ、変わらぬ調子で肩を竦めるのみ。 「酷い言われようだな。まぁ、勝ちが続くから評価を受けているのは否定しないが……」 一応忠告しておこう。彼はそう言って、矢張り、嗤った。 「俺を唯の運だけでのし上がった勘違い野郎とは思わない事だ」 閉め切った部屋の中に、存在する筈の無い紅の仄昏き月明かりが煌々と照る――! ●From 1 to 2 「来るで!」 仁太が叫ぶ。 紅き禍月の顕現。それは、事前情報からリベリスタ達も予想はしていた事だった。 ――予想は、していた。 「!!」 予想していた以上の衝撃と苦痛が、リベリスタ達に躍り掛かる。 呪いを纏った光に身を苛まれ、誰もが身を折り掛けた。ともすればそのまま崩れ落ちてしまいそうな程の、圧倒的な破壊であった。 けれど彼等は倒れない。その身に凶き枷を嵌められて尚、踏み止まった。 だが―― 「ユナさん!?」 浄化の要であったユナが、ゆっくりと、その身を冷たい床に横たえていた。ぐったりとして、立ち上がる気配がまるで無い。 「……まさか、こんな形で……ですか……」 自嘲気味に哂うと、次の瞬間には、彼女は意識を完全に手放していた。 直撃を受けても未だ幾分か余裕のあるクルトの眉が、僅かに顰められた。 諄いようだが、士郎が紅の月を創り上げる事は、リベリスタ達の想定の範囲内であった。しかし彼は、その理解を超えた“必殺の一撃”として、それを喚び出してきた。それこそ、運命に愛されてでもいない限り叩き出せないような力を伴って。 恐るべき破壊力と、信じられない程の強運。それを、この少年は兼ね備えている。 最初から仲間を一人失うという番狂わせは起こってしまったが、だからと言って諦める訳にもいかない。勝負は始まったばかりなのだから。 クルトが動いた。疾く風をも越える速さで、その蹴撃に細く鋭く奔る霹靂を宿し、雷刃とも呼べよう蹴舞を展開し、士郎に向ける! (数は問題じゃあない。全力で挑むのが俺なりの士郎に対する礼意!) その時、士郎はクルトのその脚に、何かを巻き付けた。それでもクルトの一撃は、難無く士郎の鳩尾を穿つ。士郎の口元から微かに緋色が零れた。 だが、士郎の表情に常にあった余裕の笑みは、今この時を以てしても崩れてはいなかった。見事なまでに喰らったと見えたその一撃も、クルトの足に巻き付いたそれ――黒を纏う彼には幾分か不釣り合いな、鮮やかな黄の煌めきを有するペンデュラムでの咄嗟の防御によって、致命傷を免れたのだ。 「カナリーイエローだ。なかなか手に入らなかった」 クルトの拘束が解かれる。その時には、士郎は次の相手に向かっていた。 顧みた先にいたのは、甚内。 愛用の矛が、躊躇いも無く士郎へと伸びる。しかし未だ纏わりつく不運の鎖がその動きを鈍らせた。結果、士郎はその一撃を最小限の軽やかな動きで避ける。空を切る音がした。 しかしそれを合図にでもするかのように、甚内の背後から、彼と動きを合わせ、身を隠すように動いていたアンジェリカが、飛び出した! 「ああ、一人消えたなと思ってたらそういう事か」 一人納得する士郎の頭に、アンジェリカは漆黒の色を帯びた、その力を奔流として、放つ。 その一撃に、士郎の頭が呑み込まれんとする。 「これが致命傷になれば!」 士郎は回復手段を失う。それは彼にとって間違い無く痛手の筈だ。 だが、漆黒が消えた時――士郎は、頬等に掠り傷を負いながらも、矢張り余裕の表情のまま、其処にいた。 「直撃したのに……!」 「あの振り子ってやつー? 武器なのは判るけど、異常だね」 「ああ、唯のマジックシンボルじゃあない……」 クルトと甚内は、至近距離で、別の角度から顛末を見ていた為に、気が付いた。 漆黒が士郎を呑み込むかと思われたその瞬間、士郎は愛用のペンデュラムを軽く一振りすると、向かい来る昏き気の中央部を切り裂いていた。流石に全て切り払うには至らなかったようだが、致命傷にならなかっただけ士郎にとっては儲け物なのだろう。 士郎は、危うさを孕んだ、つまりスリルのある戦いに持っていこうとしている毛があるようだ。現に今、彼は酷く生き生きしていた。誰の目から見ても、楽しんでいる事は明白であった。 「そりゃ決まりきった結果なんぞ面白くないわな。起こるか起こらんかの二つがあって“絶対”がないからこそギャンブルは面白いんやからな」 だから、士郎の“絶対”をぶち抜いて、勝つ。 そんな仁太の意気に、意志に、力は応える。研ぎ澄まされた感覚が士郎を穿ち砕けと俄かにさんざめく。 その間にも、司が驚異的なまでの速さで空を切る弾丸を一直線に士郎に飛来させるも、身を蝕む呪縛は未だ消えず。手元が狂いそれが士郎に当たる事は無かった。 そして――遂にそれは取り出された。 士郎の手の中で鈍く輝く、銀の賽子。 「さて、運試しだ」 投げられる。 ゆるり、宙を舞う。 やけにスローに感じられるその時間の中、ゆっくりと、それでも確かに、賽子は地を転がると、軽やかに踊った。 やがてそれも止まり――出た目は『3』。 「っ!」 「残念だったな、あんたとは終盤まで戦っていたかった」 気配がひとつ、消える。 それにリベリスタ達が気付いた時、クルトの姿はもう、この暗く冷たく閉ざされた空間の、何処にも無かった。 「さあ、次のターンを始めよう」 余裕たっぷりに笑んだ士郎は、しかし今度は月を輝かせなかった。 蠢くは光の糸。それは再び気配を遮断しようとしていたアンジェリカへと向けられた。 回避する暇も無く、哀れアンジェリカは自由を奪われた人形と化す。けれどこの屈辱は、アンジェリカのみならず、リベリスタ達の更なる闘志に火を点けるには、十分であった。 「やられっ放しじゃあ、気分が悪いよねえー。って事で、お返しっ!」 重き枷から意志の力で逃れた甚内が、負けじと微かに笑みを深め、再び放ったその矛が、今度こそ士郎の左の肩口を、深く深く貫いた。 噴き出す紅が、甚内の腕にもこびり付いた、其処から、そして矛を通して奪った士郎の血が、彼の傷を僅かながら癒してゆく。 そして仁太と司が放つ二条の尾を引くが如き弾丸が、士郎を捉えた! 「!」 仁太の弾丸は狙いを少し外したもののこめかみを貫き、そして司の弾丸は――士郎の左手首で、弾けた。 だらん、と力無く、士郎の左手が動かなくなる。 「……暫く使い物にならなそうだ」 「後は右手を潰せば賽子はもう……」 希望を見出す司。しかし、その時だった。 この空間の中、何らかの異変が起きた。 士郎は、笑ったまま。なのに、明確に何かが先程までとは変わっている。何だ、このちりちりと肌を掠め、傷め付けて来るような空気は? 「そうだな、右手が使い物にならなくなれば、こうして賽子は振れない」 再び賽は投げられる。床を転がり、やがて軽快な音が止み、同時に動きも止まった。 『2』の出目は、仁太の戦線離脱を意味していた。 「くっ……」 「俺に一番近しい人間が消えるのは残念だが、これもルールだ」 消えゆく仁太を、士郎は見送って。 そして、リベリスタ達を振り返った時。 「だが、俺が賽子を振れなくなれば、ルールそのものが成り立たなくなってしまう」 その時、リベリスタ達は異変の正体に気が付いた。 気が付いた時には、遅かった。刹那の内に、それは倍近く、否、そんな言葉も生温い程に増幅していたのだから! 「“賭けを愉しむ”気が無いのかな」 びりびりと、攻撃的な空気が――殺意が、膨れ上がる。 ●From 3 to 4 笑顔のまま、士郎は、静かに、怒りと狂気を孕んでいた。 その矛先は――他でも無い、司。 「速い!」 前衛にて士郎に当たっていたアンジェリカと甚内をいともあっさりと振り切って、士郎は司に肉薄していた。 一瞬の出来事だった。今のリベリスタ達が、光速と、錯覚する程であった。 凄まじいまでの超速で展開された糸群は、乱舞し、呆気に取られていた司の身体を容赦無く締め上げ、切り裂いた。 「司さ……っ」 絞り出されたアンジェリカの声に応えるが如く、司は運命を燃やし天へと捧げ、堪え切るだけの気力を得る。 しかし眼前には、ぞっとする程冷たい笑みを浮かべた士郎。このままでは、次は無い。 「シカトは悲しいよー。こっちの相手もして欲しい、ねっ!」 背後から繰り出された甚内の矛。何とか呪縛を振り切ったアンジェリカも、反攻に移りタイミングを合わせて黒き気の奔流を放つ。 その二撃を、ペンデュラムで切り払い、往なす士郎。彼の注意が追い縋ってきた二人に向く。 狙って――司が、報復の制圧の弾丸を放つ! だが、士郎が身を捻り、弾丸は壁を抉った。その光景だけで、望みは掻き消えた。 三度、賽子が宙を舞った。 落ちて転げ、ゆっくりと動きを止めるそれが指し示した出目は――『4』。 「あーあーもう時間ー? 残念だなー……限界まで張れんのにー……!」 だが。 「!?」 士郎はペンデュラムを飛ばした。顔面直前まで飛来した矛の切っ先が、其処にあった。巻き付いたペンデュラムに間一髪で止められてしまいこそしたものの、士郎の鼻の頭から、鮮やかな紅が微かに零れ落ちた。 甚内のいた方を見遣ると、彼もまた、嗤っていた。 ――ざまあみろ。 そんな嗤いを残して、彼もまた姿を消した。大ダメージには至らなかったが、士郎に一矢報いたのだ。 「ナイスガッツ」 少しだけ殺気を和らげ微苦笑し、士郎は今はもう声の届かない甚内の健闘を讃えた。少し痛むのか、傷口を軽く拭う。 しかしそれも束の間の事。 「……さて」 糸が。明確な敵意の意図を持った、糸の群れが。 尚も、痛みに鞭打ち立っている、司の身体に食い込んで、締め付けた。 やがて、糸の害意の中で、司の意識の糸が、ぷつりと音を立てて、切れた。 アンジェリカだけが、残される。 方や疲労困憊。方や余裕綽々。それでも、諦める訳にはいかなかった。 最後まで、足掻く。まだ反撃の余地はある。それにもし、この一撃で倒せなくとも、ド・メレの賽子が、倒れたままのユナや司の出目を指し示す事があれば、まだ攻撃の機会はある。 希望は僅か。それでも、完全な絶望にはまだ早い。 アンジェリカは意を決し、士郎の懐へと、跳び込んだ。小柄なその体躯では、長身の男の刺客に身を投じる等容易。 「屈しはしない……最後まで、戦わせて貰うよ……!」 完全に殺気の抜け切った、しかしそれでも変わらぬ食えない笑みのままの士郎は、そんな彼女の攻撃を、真正面から受け止めた。 「そういう眸は、嫌いじゃあない」 死を招く爆弾が、士郎を巻き込んで、爆ぜた。 アンジェリカは、咄嗟に身構えた。 士郎は、今尚立っていた。 「運試しの時間だ」 これで四度目だ。放物線を描く賽子を見つめて、士郎は、徐に口を開く。 「ああそうだ、忘れる所だったが、ひとつ勘違いしているようだから教えよう」 「?」 「お前達が運命を削った結果、ド・メレの賽子がそれに見合う譲歩をしている訳じゃあない。それは決められた渡し賃に過ぎないんだよ」 「え……!」 ならば。 運命を注ぎ込んだ所で、ド・メレの賽子が導き出す結果は、変わらないと言うのか。 「一般人にはその渡し賃が無いってんで、適当な所に飛ばしてるだけの話であってな」 言葉を失うアンジェリカ。 そして空しくも、彼女の姿は、たった今跡形も無く消えた。 交わされた言葉の最中、床にその身を打ち付け止まった賽子は、『1』の目を示していた。 「さよなら」 ●The end 静まり返ったその場所で、士郎はもう一度、賽を投げた。 出目は『5』。ユナの姿が瞬時に消えてゆく。 そして司を振り返る。興が冷めたこの男を、士郎は殺してやろうかと思った。その顔に最早笑顔は無く、ただ冷たい仮面のような無表情。 しかし士郎は、緩やかにかぶりを振った。 「ルールだしな。反故には出来んだろう」 肩を竦めてから溜息ひとつ。そして賽を振った。『6』の出目の通りに、司もまた姿を消した。 それでも、全くおもしろくなかった訳ではない。 特に、あの二人……。 「あの狐男とドイツ人……また会えるかな。楽しみだ」 くつくつと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、士郎はその時を待つ事にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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