● バサリ、バサリ。羽ばたきの音が室内にこだまする。 しかし、部屋の中を見渡してもその羽音の主の姿は見えない。殺風景なワンルームの中には人影すらなく、勉強机には本が、床には衣服が散乱したまま放り出されている。 だが、その部屋の中で異彩を放つ物が一つだけあった。それは、部屋の真ん中に鎮座する鳥籠。 それは針金のような物で構成されたシンプルな円柱に近い形状の物であった。中には止まり木も餌箱もない。まるで買ったばかりのような完全な空の状態。唯一の入り口であろう扉は開け放たれている。 だが、その大きさは直径3メートルほど、高さは2メートルほど。人が何人も入れそうなほどの巨大な物。部屋の中、圧倒的な存在感を持ってそれは存在していた。 その時、ガチャリという音と共に、部屋の扉が開かれる。 扉を開き部屋の中を覗き込んだのは、学生服に身を包んだ少年だ。その服と背丈から判断するに、おそらく高校生であろう。 「なんだこれ……」 鳥籠を見た少年は思わず目を見開く。 その部屋は数日前に行方不明になった彼の友人の暮らしていた部屋であった。その友人が姿を消してから変化の一切なかった部屋に、唐突に巨大な鳥籠が現れれば驚いて当然だ。 「もしかして、ケイジ!? 戻って来たのか?」 そして、友人が戻って来てはいないだろうか、そんな一心で覗き込んでいた少年がそういった考えに至るのもまた当然であった。 彼は部屋の中へと足を踏み入れる。だが、そこには誰の姿もない。首をひねる少年。 その時、異変が起きた。 「……うわぁっ!?」 唐突に少年の体に凄まじい力が襲い掛かる。 警戒などまるでしていなかった少年はその力に抗う暇もなく、鳥籠の開いた扉へ向けてその身を吹き飛ばされていた。 「いてて……なんだこれ」 鳥籠の中へと倒れこんだ少年は思わず後ろを振り返り……二度目の疑問の声を漏らす。 そう漏らすのも当然であった。何故ならそこには、今さっき自分が通り抜ける羽目になった鳥籠の入り口が無くなっていたのだから。 周囲を見回しても出口はどこにもない。咄嗟に鳥籠を構成する針金に手を伸ばし、力任せに隙間を作ろうとするがまるで鉄格子のようにビクともしない。 唐突かつ理解できぬ状況に、少年の思考と顔が白く染まる。 「デないデ、こコにいテ」 「え、ケイ……」 その時、バサリという音と共に言葉が後ろからかけられる。 どこか聞き覚えのある声に、少年は思わず振り向き……そして絶叫した。 数日前に消えてしまった親友の顔がそこにあった。 だが、その体は人ならざるものであった。 その全身を覆うのは見慣れた学生服ではなく極彩色の羽根であった。腕から先にあるのは無数の風切羽を備えた巨大な翼。その足は人間ではありえぬ逆方向に曲がっており、その先には巨大な鉤爪が備わっていた。 恐怖に顔をひきつらせ、少年はその異形に背を向ける。喉から零れる乾いた悲鳴を止めることなく、狂ったように鳥籠の柵の隙間から外へと手を伸ばす。 「デていかナいデ」 だが、その手はすぐに力を失いだらりと垂れさがる。 異形の鉤爪が少年の背から胸までを貫いたからだ。 ガクリと崩れ落ち、動かなくなる少年。 「なんデ、ナんで……ヒとりニするノ? デたくてモでラれないノに……」 その躯を見ながら異形は寂しげにそう漏らし……外界と籠の中を隔てる鉄格子へと、紫電を纏ったその大きな翼を力任せに振り下ろした。 ● 「誰かが部屋に足を踏み入れない限り、惨事は起きない。だから最初の被害が出るまでに倒さないといけない」 そう切り出した『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の後ろ、ブリーフィングルームのモニターに映し出されているのは、巨大な鳥籠の中で羽ばたく翼人の姿。 それは鳥のビーストハーフの姿によく似ている。が、その体の『鳥』が占める割合はゆうに8割を超えている。 「ある全寮制の高校。その寮の一室に現れたの。フェイズ2のノーフェイス。識別個体名『ケイジ』」 元はこの部屋に住んでいた学生だったのであろうが、その動きからは人間らしい感情・思考はほとんど感じられない。 「彼は自分の生み出した鳥籠の中にずっと引きこもってる。厄介なのはその鳥籠。中に入っちゃったら最後、そこからは出られない」 その鳥籠は外から見れば扉の開かれた鳥籠に見える。だが鳥籠の中からはその扉が存在しないかのように見え、扉のあった場所からも外に出る事が出来なくなってしまうのだという。 おそらくは、エリューションの能力によるものであろう。 そして、この鳥籠の内部から外に出ようとするものをケイジは狙うのだという。まるで、外へ出ることは許さないとでもいうかのように。 さらにケイジは、鳥籠の中に誰もいない時、その鳥籠の中へ近づいたものを無理やりに引きずり込む力も有している。未来視の中で見たように、一般人が部屋の中に足を踏み入れた場合、被害は避けられないであろう。 「鳥籠の中はケイジのテリトリー。彼はその爪で引っかいたりするだけじゃなくて、一人で永遠に閉じ込められているかのような錯覚を植え付ける精神的な攻撃もしてくるみたい」 鳥籠の中は狭く、複数の相手を狙う爪や翼の攻撃の範囲外に逃れる事はほとんどできない。その上、一撃一撃が強力だ。 精神攻撃は威力こそ低いものの、その戦う気力を大幅に削いでしまう厄介な技だ。もしも孤独や密室に対して嫌な記憶がある人間ならば、その記憶を幻覚として見ることもあるのだという。 だが、それらはあくまで鳥籠の中にいる人間に対してしか効果を及ぼさない。鳥籠の中に足を踏み入れなければ、危険は少ないとイヴは告げる。 「でも、外からケイジを攻撃するのは非常に難しいよ。だって、ケイジの姿は鳥籠の中に足を踏み入れないと見えないみたいだから」 出られなくなることを承知で敵の領域へ突撃するか、あるいはいっその事鳥籠の中全体を巻き込んで無作為に攻撃を仕掛けるか。 それしかケイジを狙う術はない。 幸い、鳥籠の外からでも中に入ったケイジ以外の人間は目視することができるが、中の味方の動きからすばしこく動き回るケイジの居場所を特定して狙い撃つのは至難の業。 作戦は十分に練る必要があるだろう。 「あとこれは憶測だけれど、ケイジの行動原理は鳥籠の中に誰かを閉じ込める事……ううん、誰か自分と一緒に鳥籠の中に居てくれる人を探しているんじゃないかと思う」 ノーフェイスと化す前から、彼は寮という名の鳥籠の中に閉じ込められているかのように感じていたのかもしれないと、イヴは呟く。 鳥籠から出ようとする者へと振るわれる爪は、自分が一人になりたくないから、外に出るのを止めようとしてのもの。 孤独に苛まれる幻影は、自分が今感じている感情を相手に理解してほしいから、同じ感情を味わってもらうためのもの。 そして、鳥籠の外から彼の姿が見えないのは……寮の外、家族から自分が見られていないように感じていたからではないか、と。 事実、彼が行方不明になったと思われて騒ぎになった今も、彼の両親は『どうせすぐに帰ってくるだろう』と、学校に姿を現す事すらしなかったとイヴは言う。 大きく歪んでいるが、わからなくもないその行動原理に、一部のリベリスタが唇を歪める。 「色々思う所もある敵かもしれない。だけど、彼はもう運命に見放されてしまってる……」 だから、頑張って倒してきてね。 イヴはそう言ってリベリスタ達を送り出すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月28日(月)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● そこにはただ、沈黙が落ちていた。 時刻は既に授業中。寮内には彼らを除いて誰もいない。 その廊下で8人のリベリスタ達は集中を続けていた。 「授業中じゃなかったら大不審者だよねー、ボク達ー」 のんびりとした『世紀末ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)の言葉に、『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)は苦笑する。 「あはは、誰も来ないうちに終わらせられるよう、努力しましょう」 「ま、もし来ても俺に任せておきな」 ドーラに微笑みかけたのは『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)だ。施した結界を確認した彼は次に己の中の気を循環させ始める。既に仲間が集中を始めて5分以上が経とうとしていた。 「さ、バイトの時間だな。引きこもりをお外デビューさせるっていうなぁ」 「引きこもり、か。言いえて妙だな。如何ともし難い相手だが」 最年長たる『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は小さく呟く。此度のノーフェイスの境遇に思うところがないわけではない。 「俺達にできるのは、正義を成す事だけだ。行こう」 葛葉の言葉を『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が継ぐ。もはや、『ケイジ』にかけられる情けは彼を倒す事だけなのだ。 極限まで集中を高めた少女が扉へと手を伸ばす。 「みんな行くよっ!」 それが開戦の合図となった。 それは確かに部屋の中に存在していた。 巨大な一つの鳥籠。 その異様さに『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は眉をひそめる。 (寂しかったんだろうな、きっとこの鳥籠の中に閉じ込められたように感じられて) その思考が脳裏を駆け巡るよりも早く、一陣の『風』が動く。 「ごめんなさい」 口にした言葉は謝罪。されど、躊躇いなく『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は動く。 扉を開けると同時の跳躍。それだけで少女は鳥籠の中へと飛び込む。 ルアの視界に現れたのは一匹の異形。半ば鳥のような姿の少年は虚を突かれた表情で立ち尽くしている。 「――L'area bianca!」 小さな鳥籠の中を埋め尽くすかのように白が炸裂する。その白とは、ルアの放った無数のナイフの軌跡。あまりにも素早いその軌跡はもはや線には見えぬほど。強烈な、不可避の攻撃にケイジは顔をゆがませる。 「――L'area bul!」 そして、それだけでは止まらない。バランスを崩した鳥籠の主へと少女は左手に構えた空色のナイフを振るう。 反撃に移ろうとするケイジ。されど、少女の二撃は既に彼の体の自由を奪いつくしており、彼はその体を揺らすだけにとどまる。 猛禽的な瞳と、少女の青い瞳。視線が交差する。 「ドうしテ、コんな?」 だが、次の句を告げるよりも早くその喉から鮮血が迸り、ケイジは言葉を詰まらせる。 「理由なんてない。多分、運がなかっただけ」 彼の背後に立った『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の振り下ろした一撃がその首筋を引き裂いたのだ。 淡々とした言葉。だが、ケイジを後ろから見つめる少女の瞳は堪えきれぬ感情が移っている。それは同時に鳥籠へと足を踏み入れた男の瞳も、また同じ。 「あぁ。それだけが理由だ。義桜葛葉、推して参る!」 涼子とは対照的に、真正面より叩きつけられる拳。 それと同時にリベリスタが次々に鳥籠の中へと飛び込んでゆく。 放たれた技は全てが極限まで集中を高めた一撃。 戦いはリベリスタ達の猛攻から幕を開けた。 ● 雷が鳥籠の中に降り注ぐ。 紫電を纏った翼は触れるだけでその身を焼き、攻撃と共に散る羽すらも痛みを与える。 「おっと、大丈夫か!」 間髪入れずに俊介が歌声を響かせる。だが、仲間の受けた傷は癒しきれない。 「成程、鳥籠にさえ入ってしまえばその姿は補足できる……が、それだけが能というわけでもないようだな」 崩れかけた体勢を俊介の福音を受けて立て直す葛葉。 ルアの与えた麻痺も十秒と立たずに解除されている。侮れる敵では決してない。 「よくわかんない奴だなー。一人だろうと自分はいるんだ。周りがどうとか些末事だろー」 無論、リベリスタとて無策で彼に挑むわけではない。一部のリベリスタは仲間を庇い、その被害を最小限に抑えていた。 岬に至っては、仲間のいない方向に回り込むことで先ほどの攻撃を逃れている。 「ウるさ……クッ」 狭い鳥籠の中で振るうには不似合いな岬の黒きハルバード、その一撃がケイジを穿つ。 「もういいだろー。このカゴの中、つまんない。さっさと出してよー」 一撃の反動で大きく後ろへ飛び、鉄格子へと体を押し付ける岬。 その鳥籠から外に出ようとする岬の動きを見て、ケイジの瞳が細められる。 「ダめだよ、デたくテモでらラレなイノに」 それは濁った諦観。憎悪と言い換えてもいいほどに濃厚な嘆きの感情の籠った言葉。 次の瞬間、岬の瞳が色を失う。孤独の幻影が少女に襲い掛かったのだ。 彼の心の闇を目の当たりにし、リベリスタ達に戦慄が走る。 (これがこの子の寂しさ……外に連れ出してあげたい。でも) 「ごめんなさい!」 もはや、彼を救うことはできない。それは事実。 心の中での葛藤を抑えながら、ドーラは巨大な銃器を構え、発射する。その真逆の方向から同時にレンのカードが突き立つ。 「あぁ、ごめんな。寂しかったんだろう。せめて、早くこの闇から解放させてやる」 「むリニキまってル」 そこへさらに振り下ろされる拓真の刃と葛葉の拳。 「此処に閉じこもっていても、何も始まらない……俺達は、お前をここから連れ出すために来たんだ!」 「じャマすルな。ムだなノに……」 繰り返されるのは諦めと拒絶の言葉。レンの言葉も、拓真の決意も、部屋の中に空しく響く。 そのままケイジは葛葉より受けた体の痺れを一瞬で無力化し、再びその翼に雷を纏う。 「ゼつボウしロ!」 振り下ろされたケイジの翼、その狙いの中心は岬。 「……しない」 だが、庇い手として身を挺した涼子にその攻撃は防がれる。そしてその後ろで。 「出られない絶望ねー、どうでもいいよー」 まるで何事もなかったかのように岬は己を取り戻し、その手にした巨大なハルバードを振り下ろす。 「な……ンデ!?」 その瞳は、あっさりと精神攻撃を脱した岬に向けて見開かれる。 「アンタレスもなくて一人ぼっちの夢って正直戸惑ったんだけどー。無いのを気にしてもしょうがないし、のんびりしてたら終わっちゃったよ。ただまー、さっきの幻覚をあえていうなら」 強烈な反撃にふらつくケイジ。鍛えに鍛えたその技は、たとえ無力であっても強烈な力を持つ。心は一度折れても、体に染み込ませた技術は彼女を裏切らない。 「本当につまんなかった。改めて、さっさとここから出してもらうよー」 ● それは本来ならば拓真の心を折るには不十分な技であった。 鳥籠の中、一人で永遠にいるような錯覚を与えるだけの技。 だがその技は、彼に考える時間を与えてしまう。時間間隔の喪失、それは今の彼にとって致命的であった。 「……」 目を瞑れば、脳裏に浮かぶのは周りを殺しつくした光景。 それは過去でも現実でもなく、先日、シミュレーターの中で見た幻影。 意識しなたくなかったその幻影。だが、戦いの最中で興奮していた思考は鳥籠の中に自ら飛び込み、囚われる。 体が震える。自分の信じてなしてきた正義に意味はあるのか、殺してきた人々の死は無駄ではないのか、とアイデンティティを自ら否定しそうになる。 本来なら折れぬはずの拓真の心、それを彼は自ら折ろうとする。 「おい、しっかりしな」 その時、何かが手に触れた。 「お前が弱くないの、俺知ってる。役目を思い出せ。こんなのに負けるなら……」 吸い込まれるような言葉。自分の役目、それはそれは正義を成す事。だが、それよりも前に。 「リベリスタやめちまえ!」 この場は戦場、今大事な役目は……剣を握った以上、迷わない事。 「悪い」 目を開く拓真。その目の前で微笑むのは俊介であった。いつの間にか鳥籠の外へと向けて助けを求めるように手を伸ばしていた拓真の手を、彼は鳥籠の外から握り返していたのだ。 「気にすんな。戦いはまだ続いてる」 拓真が振り返った先、そこでは体をふらつかせる緑髪の少女の姿があった。 自分がノーフェイスであった時期の記憶に、ルアは体を震わせる。 正確にはそれは記憶ではない。ノーフェイスになってなお、絶対に護ると言ってくれた双子の弟、それが居なかった場合の光景、周りの全てから逃げ続ける夢が脳裏を駆け巡る……だが、それは唐突に終わる。 「ごめんなの!」 その意味することに気づき、少女は声をあげる。彼女は庇われたのだ、目の前に立つ少年によって。 「ダれもいナインだ、タすけらレルヒとは」 呟くケイジ。その瞳に浮かぶのは諦観ではなく、暗い期待であった。 岬が孤独牢獄をあっさりといなしてから、ケイジは孤独牢獄を連続で使用していた。まるで、誰かが心折れる様が見たいとでもいうかのように。 (息をするのも……苦しい) 体を震わせるレン。その脳裏に浮かぶのは、ルアと同じ逃げ続ける夢。自分が拒否され、祖母も街も失った過去の景色。 誰も、自分の傍にはいてくれない。誰一人として助けてくれない。幼かった少年の心を黒く塗りつぶすには十分な絶望。 既に忘れていたと思っていたのに、それはレンの心を捉え、蝕む。 息苦しさと吐き気に、思わず震える両手で胸を抑える。その指先に、触れるものがあった。 「ケイジ……お前にもいたはずだろう?」 声を絞り出す。見つめ返すケイジの瞳は、信じられないとでも言いたげであった。 「一人じゃなかったのに、気づけなかったんだ暗闇の中で。あんなにもお前の事を気にしてくれる友達がいたのに」 レンが握りしめるのは小さな懐中時計。それは、彼の『兄弟』になってくれた人から受け取った大事な品。 自分が一人ではないという事実を思いだし、レンは精神的な苦痛に何とか耐えきる。 「ソンなノイない!」 最初の被害者となる、啓二を心配し続けていた少年。それを思い浮かべながらのレンの言葉をケイジは否定する。 それにレンと拓真は同時に言葉を返す。 「此処に閉じこもっていても、何も始まらない……絶望なんかまだ早い!」 「気づいてなかったんだな、だから寂しかったんだよな。なら、せめて最後にこの闇から解放させてやる」 それは既に一度拒絶された言葉のリピート。 されど暗闇を垣間見、それを乗り越えた二人の言葉を、ケイジは否定できない。 「お前を縛る鳥籠を壊してやる」 「せめて、俺が暗闇を照らすお前の一筋の光になろう」 「う……アァァッ!」 「気をつけろ、翼が来るぞっ!」 葛葉の叫びにリベリスタ達は反応する。雷を纏った右翼が直撃したものはほとんどいない。 「だ、大丈夫ですか?」 自分を庇った少女へ、ドーラは思わず声をかける。彼女の助けがなければ、体力の心もとない自分はどうなっていたかわからない。 「大丈夫。でも、ムカついた」 涼子は傷ついた体も厭わず、ケイジの様子を見つめる。苛立ちの理由はきっと。 「気を付けて。多分、もうケイジはひたすら殴ってくるだけ」 彼の心が少し理解できてしまったから。 涼子の言葉通り、拓真とレンの言葉が原因となって……ケイジの攻撃が変化する。 精神的な攻撃を捨て、ひたすらの猛攻撃へと。 俊介の回復では追い付けぬ圧倒的な打撃がリベリスタ達へと次々に襲い掛かった。 ● ドン、という音と共にケイジの体内で気が爆発する。葛葉の最後の土砕掌はケイジの体を確実に縫いとめる。 「生憎と、攻撃を当てる事には多少なりとも自信がある。身を挺してくれた者のためにも、精々足掻かせてもらうぞ」 いくらエリューションとはいえ、全ての状態異常を確実に癒せるわけではない。 葛葉と、ケイジより素早く動くルアの足止めは、わずかづつではあるものの、敵の動きを止め、隙を作り出す。 その隙に俊介の福音が仲間たちの傷を癒していく。圧倒的な猛攻を、リベリスタ達は食い止めてゆく。 「うー、いたいいたい。さっさと終わらせるよー」 レンや涼子と共に仲間を庇っていた岬の口調は軽い。だが、その身に負った傷とその言葉の意味は決して軽くはない。 俊介だけでは癒し切れぬほどの攻撃力を敵は有している。 その上で敵に勝つためには、彼女の言うようにこちらが倒されるよりも早く『さっさと終わらせる』他にないのだ。 「これで……っ!」 岬の一撃と同時に炸裂音が弾け、ケイジの体が炎に包まれる。 父が戦術指南者であったドーラにも状況は見えている。仲間を助けるためにも急がなくてはいけない、と。 だから、全力の一撃を叩き込み続ける。例え与えられる傷が僅かであっても。 決着まではあと僅か。だから彼女は機を待つ、最後の弾丸を放つべき機を。 「くっそ……諦めんな、お前は一人じゃない!」 俊介の口から言葉が漏れる。 相手の攻撃が僅かでも止まれば、仲間の傷を癒し切ることはできなくもない。ギリギリの均衡で戦況は保たれている。 だが、彼はケイジを見捨てたくなんて無かった。 何か、何かをしなければ、と俊介は思考を巡らせる。 もし、今ケイジに手を伸ばせば誰かが傷つく。だから機を待つ、敵を助けるための機を。 「ジャまだムだだヨキえて!」 一分もせぬ内に機は訪れた。ただし、彼らの予想だにせぬ方向で。 ブン、と爪が振るわれる。血塗れて赤に染まった羽の下から伸びたそれを、ルアでさえ捉える事が出来なかった。圧倒的かつ不可避の一撃に、リベリスタ達の多くが踏鞴を踏む。 「レンっ!?」 その中でついに、庇い手であった少年が崩れ落ちる。 「まだだ……俺とおまえは似ている、せめて俺が光になってやりたいんだ」 それでも、彼は立ち上がる。運命の力を引き寄せて。 庇い続けたその身は既にぼろぼろで、たとえ俊介の回復を受けても次の一撃には耐えられまい。 なのに、彼は正面からケイジを見据える。その強い意志を持った瞳で。 「にテナい! ひかリナンていラ……」 それは、小さな隙。レンの瞳を見つめ返せなかったケイジの視線が彷徨う。 その『機』を、少女は見逃さなかった。戦いの初めから、ずっと攻撃を行わずに機を待ち続けていた少女は。 「エっ?」 血まみれの、ボロ雑巾のような体を暖かさが包み込む。 ケイジは、後ろから抱きしめられていた。 「わたしは、けしてここを出ていかない」 耳元で囁かれる言葉。ケイジはその首を後ろへと向け、捉える。涼子の姿を。 紫電を纏った翼を振り上げようとするケイジ。だが、そこへ涼子は言葉を叩きつけていく。 「孤独になったら皆も落ち込むと思ってたのに、誰も自分と同じようにならない。だからムシャクシャして暴れた。図星?」 腕が止まる。視界内の敵しか狙えぬその技を……彼は放てない。 何故なら、彼は視線を動かせなかったのだ。今にも涙の零れ落ちそうな少女の瞳から。 「わかるよ。難しい事も、嫌な事も、考えるの面倒だよね」 「な……チ、ちがウ!」 鳥籠の主は咄嗟に一人ぼっちの幻影を見せつける。少女の救いの手を払いのけるために。 腰は引けていた。でも、涼子はそれを避けず、受け入れる。 そして、一言だけ呟いた。 「羨ましい」 「……え?」 そして、ケイジの動きは完全に止まる。 「私も同じだった。でも、その時私にはこの鳥籠みたいな居場所なんてなかった」 涼子はいつも過去から目を背ける。考えても仕方ないし、苛立つだけだから。見返したくない、だから見ない過去。 そんな過去を持つ自分は幸福だとは思えない。 それでも、ケイジの話を聞いたとき、思わずにはいられなかった。自分はまだ幸運だと。 そして。 「向こうまではついて行ってやれないけれど、行けるとこまでは」 相手に付き合ってあげたい、と。 「……」 そして、それをケイジは拒否できなかった。 自分の事を相手に知ってほしい、と差し伸べられた手を振り払って自分勝手に暴れていただけの怪物は、その手を掴んでしまった。 上から差し伸べられた手ではなく、自分を理解して横から差し伸べられた手を……彼は振り払えなかった。 心が、揺れる。それだけの隙あれば充分であった。 「……バイバイ、ケイジ」 弾丸が、刃が、その身を貫く。ルアの放ったナイフは彼の命を断ち切る。 「手荒だけど、許せよ花染!」 その直後、ケイジの目の前の鉄格子が砕ける。彼の倒れる寸前でもろくなった鳥籠が、外から破壊されたのだ。 さし伸ばされる俊介の手。 「お前が一番不幸なんかじゃないんだよ。お前を思ってる友達もいる、思い出せ!」 せめて、最期に。その俊介の言葉に、ケイジは呟きを返す。 「たか……かず?」 それは、友の名前であったのだろうか。その疑問に答えられる者はただ、一言だけを残して息絶えた。 「……ミンなはぼクミタいにならなイデ」 「死体も家族のもには帰らんかもしれん。さびしいものだな」 鳥籠は消え去り、リベリスタ達はその場を後にする。アークへの連絡も済んでいる。もうしばらくすれば、全てに『片が付く』のであろう。 「これで、彼は救われたのでしょうかね?」 小さなドーラの呟き。 それを彼女は愚問だったかと笑む。 その答えはあの最後の言葉。それだけで少年が暗闇の中で光を見つけられたと思うには……十分であった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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