●魔法使いと少年 少年が目覚めるのと、自らの『変化』に気付いたのはほぼ同時だった。 特別、体の一部に変化が起きたわけでもない。 外見年齢が跳ね上がったり幼くなったりもしていない。 しかし、直感的に少年には理解できた。 ――自分が、『魔法使い』になったことに。 「……ははっ」 言葉にして、その突拍子もない発想に笑ってしまう。目を覚ましたばかりの自分に漲る万能感が果たして本当のものか否かも分からない。だが、力を得た人間には得てしてそれを試したいという衝動が付きまとう。 少年はごく一般的に少年だった。少なくとも、身に余る願望や心を引き裂くトラウマはその心を蝕みはしない。平穏そのもの、健康な心であるはずだ。 だが、神秘の前ではそんな過去は最早どうでも良かった。強引に押し広げられた器には昨日までの欲望では足らず、与えられた力を前にして揮わない道理はない。 魔法使いに恋焦がれた日のように。 無垢な心に似合わぬ力を得た少年は、溺れる以外の選択肢を持ちあわせては居なかった。 ●七色の願望世界 「神秘というものは常に曖昧で、求めるものには与えられず、見向きもしないものへ敢えてアプローチをかけるケースが得てして存在します。まあ、それは僕が言うまでもない事実ですが……この少年、『夜辻 一葉』もそんな中の一人であり、運命を伴わないノーフェイスです。その能力を鑑みるに、可及的速やかに討伐の必要がある個体であると考えていいでしょう」 運命に見捨てられた存在であるとは言え、直前までは人だったそれを『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は排除すべき、と切って捨てた。機械的な口調には感情も無く、故に殊更の思い入れも無いのだろう。無い、と思われる。 「尤も、彼自身は力を得たことに対して非常に強い興奮を覚えていますし、能力に溺れているといっても差し支えない状況ですから、警戒もしていない。戦闘に入る事自体は困難ではありません。更に言うなら、彼の能力自体が空間を歪め、独自の戦闘空間を生み出すようです。中で破壊されたものは実際には干渉せず、時間も実時間では刹那。ひと払いの心配は無い、と言って過言ではないでしょう。厄介なのは、その結界の能力でしょうね……便宜的に『七色結界』とでも呼びましょうか。彼の展開した結界内は、絶えずその色が変化し、周囲の行動に大きな影響を与えます。実際に七通り在る訳ではないですが」 複数の状況を絶えず変化させつづける空間での戦闘、つまりはそれだけの対処を求められるということ。力に目覚めたばかりの少年が相手であれば、先が予測出来ない分厄介極まりない、とも言える。 「現在、効果として判明しているのは四つ。フェーズが進行しない限りはこれ以上は増えないものと見て間違いありません。 先ず、『赤の結界』。最も単純で、この状態の攻撃は両者ともに倍加します。 次に『緑の結界』。物理・神秘を問わず、遠距離攻撃の命中率がほぼゼロに近くなります。事実上の使用不可状態です。 『青の結界』が展開されている間は、神秘に係る能力は行使できません。攻撃・回復を問わずです。 最後に『橙の結界』。全ての飛行能力を無効化し、発動時点で高高度に居た場合、対策が無ければ負傷する恐れもあります。 これらの結界は飽くまで副次能力であり、彼自身は肉弾戦と一部神秘攻撃を扱います。 この結界から逃れ得る方法は、彼を撃破するか、或いは彼自身による解除ぐらいでしょうね。 接触するとすれば登校時がベターです。一瞬の出来事になる以上、時間帯に気を使うこともありませんから」 滔々と説明する彼の口調は、些か口早でもあり、関心を示している様子は全く見られなかった。「なあ」、と一人の若いリベリスタが問う。 「その……四辻、って少年の背景には何か、あったのか? 虐められてるとか、身内の不幸とか」 「あるわけ、無いでしょう? そうでなければ、『ただ力を使ってみたい』ではなく『この力で復讐したい』になるでしょう。勿論、対象は誰と言わず世界に。憤れる者は幸せですし、嘆く者は幸せです――そうすることも知らないまま世界に選ばれ、無作為に運命を与えられないよりはずっといい。彼はありきたりに不幸だったし、これから不幸になるんです。最大を以って、彼に最悪の不幸を。救われるほど、彼は幸せでもないということです」 世界よ、ただいま一時だけは残酷であれ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月04日(金)23:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●朝は満ち足りて 夜辻 一葉は魔法使いである。少なくとも、持って生まれた素養ではなくたまたま授けられた後天的特性、つまりは神のお告げに近い「捧げられた存在」だ。 だから人を超えるに足る力を行使し、人を超えるに足る立場として立たなければならない。その確証を得る為に力を揮わなければならない。 そうでなければ、力の存在する意味が無い。力は存在しているなら使わなければ意味が無い。 ――不幸なことに。彼はそうまでして満たされていながら、何一つ理解できない『普通』であった事実。 (子供を守りたいから戦おうって決めたのに、最初のお仕事が子供狩りなんて冗談じゃないよ) 革醒して間もなく戦いに至った『まもっちゃうおじさん』里見 興邦(BNE003764)にとって、この依頼はその願いと対極にあるといっていい。子供達を守るために、悲劇に陥るそれらを助けたいがために戦いに臨んだ筈なのに、結局は子供を殺す任務に手を染める。冗談ではない。本心であれば、この戦いに挑むことすら躊躇っただろう。だが、自分がやらない代わりに別の、それも同じような子供達が殺す業を背負うのはより納得のいかないことだ。戦うしかない。望まぬことを受け容れることも、時には必要なのだ。 「こんにちは、一葉くん。ごきげんいかがかな?」 「……何だ、アンタ。何で俺の名前を知ってる」 故に、彼の顔に張り付いた笑顔には一切の憂いが感じられない。どこにでも居る普通の中年男性が、気さくに声をかけた程度――少なくとも、一葉にはそう見えた。自らの名を知っている以上、「ただの」相手ではないのだが。 「やあ少年。妙な力を手に入れたそうだね」 その躊躇に差し込むような声が、背後から響く。 「すいませんがその力は世界に不要なのです」 「――きっ……!」 「っつーわけで死んでね」 式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)の底冷えのするような声に、雪白 桐(BNE000185)の静かな、しかし重々しさを思わせる声と一撃が相乗する。一葉の背を僅かながら裂いたそれが合図となる様に彼を中心に空間が歪み、世界が隔離される。必然、それにあわせて射程に踏み込んだリベリスタ達を取り込んだその空間は、本来の世界から消え、隔絶された。 当然の話ではあるが。雅にしろ、桐にしろ、彼に対して同情のようなものが無いわけではない。 人として慮外の力を得た以上、人はあっさり堕落へと転がり落ちるのだろう、ということは桐にも容易に理解できた。力を与えることがその人間への最後であったなどと、皮肉にも程があると雅も思う。だが、一般人を殺さなければならないような『悪趣味な』アーティファクトとの対峙とはわけが違う。相手はノーフェイスだ。世界にとっての異物だ。 大義名分が許されるだけ、彼らにとっては皮肉であっても幸運だったのだ。 「害あるヤツは潰すだけ……何時も通りでOKよね……」 緑に染まった空間を仰ぎ、『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)は軽くステップを踏んで自らの速度を制御する。より速さを求めようと意識を切り替えていく。 同時に布陣したエリーゼ・イルミス(BNE003713)もまた、己の守りを高め、構えをとった。皮肉な運命を、ここで終わらせる、その願いが確かなものであるが故に、その構えは強く、守りは硬くあるのだろう。 (私はリベリスタだから……ごめんね) 無言で刃を構え、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は真正面から一葉の目を目掛けて突きを放つ。力を得たとは言え、戦闘自体の経験が無い彼にとってその攻撃は怯ませるには十分すぎた。咄嗟に掲げた腕を半ばまで貫通し、左瞼を僅かに刻んだ霊刀の冴えは、ともすれば嘗ての持ち主ですら導き出せなかったそれかもしれない。それだけ、少女の願いが強いということの現れか。 「っ、あ゛――! い、たいじゃないか……!」 吼える様に気を吐いた一葉が、小さく脚を振り上げる。既に一撃の間合いにあった桐とセラフィーナを巻き込んで、地面が鳴動する。幸運があったとすれば、セラフィーナの突進が飛行を伴ったものであることと、桐がすかさずバックステップを踏んでいたことにある。そのすべてを受け流せないとしても、致命的なタイミングだけは確実に避け得たのは僥倖だったといえる。 「この世界を崩界から守るための防人として、貴方を討ちます。恨んでもらって構いません、それも覚悟のうちですから――」 「ホウカイ……討つ……? 何だよ、お前ら……殺し屋、か?」 嗚呼、夢の様な言葉を並べるだけで愉悦に浸れる彼は何と単純で幸せなのだろうか。『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)の決意を固める過程で生まれた瞳の揺らぎを、しかし一葉は気付けないでいる。気づくつもりが、全く無い。目覚めた人間を殺すなんて、夢の様な話で。自分を殺すと名言する人間がこうも居るだなんて、平凡な少年にとっては麻薬の様に甘美な現実。この愉悦を避け得る人間がどれだけ居よう。この悪夢から目覚められぬノーフェイスがどれほど葬られようか。無言を肯定として返した佳恋は、そんな彼の有様に苦悩する。 「……まぁ、少々哀れではありますが、そういう『運命』だったという事で」 文月 司(BNE003746)にとって、少年一人の在り方や懊悩、ひいてはその能力の如何についてはその行動を曲げるほどに重大ごとではありはしない。当たりにくい状態であるとするなら、絶対的に当たる一射を狙えばいい。相手がどんな境遇かなど、自分にとってはどうでも良い。 故に、放った一撃に躊躇はない。故に、その狙いは呆気無く、運命を失い彼方へと消えて行く。それすらも彼の選択だとするのなら。 圧倒的勝率を導くために手繰り寄せた運命の悪戯すらも、彼が求めた悪意の一端。 「僕は弱いけど他の子のお手伝い程度なら問題なく出来るんだよ」 興邦の指示が鋭く飛び、リベリスタ達の挙動に確実な守りを与えていく。ほんの一挙動が変わっただけで劇的に戦場が変化する。一葉ですらも、その空気の変化を敏感に感じ取り、鋭い視線を向けている。確実に、状況が自分の手から離れていくのを感じ取る程度には、彼は鋭敏な感覚を備えているといえるだろう。 だからこそ惜しい。その視線を受け止めた興邦には、なおのこと痛切な想いを与えてしまう。 最高速に乗った闇紅が踏み込む。振り上げた小太刀は、一葉少年の首筋を僅かに割いて、強かにその血を散らせる。踏み込みが浅い、と察したところで次手を放つにはブランクがある。 赤く染まった空間で、一葉は視線を司に向けた。セラフィーナに貫かれた右腕を強引に振り上げ、左手を添えて気を穿つ。常識的に考えれば、避け得ないそれではない。だが、彼が絶対命中に賭けたリスクが、僅かな反応を遅らせ、体軸を晒し貫通させる。 悶絶するその姿に目もくれず、桐の構えた大型の刃が紫電を散らし一葉へ叩きつけられる。その影から伸びるように追撃を成した佳恋の一撃は、僅か脇を抜け、地面を穿つにとどまったが、その威力が並ではないことは十二分に伝わりはする。 (何だこいつら、なんでこんなに……強い――!?) 数が多い、など言い訳にもなりはしない。自らに湧き上がる万能感の前には、彼らを御して屈服させることも可能だろうという確信がある。だが、現実は全く違う方向に推移しつつある。 「なぜ攻撃されるのか判らない? それは私も同じです、貴方がなぜ、不必要な力を手にしてしまったのかなんて知りませんから」 「不必要なんかじゃ……無い……!」 振り下ろした剣を構え直し、佳恋は静かに宣言する。 知らないけれど、倒さなければならない。理解できないとしても、倒すしか無い結末だけは理解できる。セラフィーナも、彼女の前に立ち盾を構えるエリーゼも、運命が彼を弄んだ不幸を理解することは出来る。出来た。 だが、それを理解することと放置することは同一ではない。彼の不幸を見過ごせば、其れ以上の不幸を誘発することになる。それだけは、避けなければならない。リベリスタの使命とはそういうものだ。 「これが昔から使えたら仕事も楽だったのにねぇ」 飄々と構えながら、一葉に鋭い視線を向ける興邦の声のトーンは低い。楽に終わるに相応しい技量が、技術が、心情を和らげるわけではない。或いは苦痛であればいいのか、と言えば異なるだろうが……。 嘆きにも似た悲鳴が、響く。それが一葉の放った咆哮だということにリベリスタ達が気付くより一拍早く、彼は左手を付き出した。絞り出すような声で、破滅を叫ぶ。桐がその視界ごと両断しようと刃を向けるが、僅かに届かない。 ただ、握りしめただけ。それだけで、空間が断裂し爆縮し全員を満遍無く苛んでいく。 「理不尽だ、理不尽だ理不尽だ理不尽だ理不尽だ――! 何で、僕が、僕だけが……!」 「憤るのは勝手だけど……こっちは遠慮なく潰すだけよ……?」 力を揮い、衝動のままに暴れる一葉に、しかし浴びせられた言葉は冷酷で単純で、冷水を浴びせる様に端的だった。全身の血を振りまきながら、しかし闇紅の挙動は一片たりとも鈍ること無く彼の腕を裂く。 「私は私の意思で、貴方を斬る」 セラフィーナが、刃を構え宣言する。義務感とか運命とか、そんなことではない。そんなもので断ずる事はできない。 運命の奇跡など待っても訪れないだろう。神に、祈りは届かない。ならば自分の意志を、叩きつけるのみ。 「……!」 ぎり、と歯噛みする一葉のバランスが、崩れる。僅かな隙を見逃さず撃ちぬいた雅の速射は、確実に彼の脚を撃ちぬいてその機動力を殺いだ。逃走は許さない、許されない。 この瞬間を於いて、彼は哀れと言う他はない。だが、望む望まないにかかわらず力を手に入れ、その力に溺れ陥った者が未来を求めてはならないのだ。戦いは、決して簡単なものではなく。 そして、彼が戦いに於いて流した血と激昂と絶望は、等しくリベリスタ達に「if」を与え、心に刻印を刻む。業深き戦いは、然し全くに作業的でもなく熱情的でもない。 そういう、戦いなのだ。 ●沈む世界のその先で 「シッ――!」 「くっ、この技は鋭い!」 セラフィーナへ向けて放たれた拳を、然し彼女はギリギリのところで避けきってみせた。鋭い、という言葉は強ち嘘ではない。だが、彼女に当てるには精度が高いとも言いがたい。決死の戦いを演出するにあたり、それが彼女のやり方だとすれば、それは確かな事実だろう。返す刀で突き出された刃には、一葉は強張りを見せ、動きが止まる。それを狙うように放たれた蹴りが、外れない道理もない。 鳩尾を貫かれ、息をつまらせた彼を襲うのは雅による追撃の銃弾。一発ずつ、確実にダメージを与え、その抵抗と勢いを削っていく。 「君を守れないのは大人の力不足だ。君に運命を与える事が出来ればこんなことをする必要はない」 「何だよ、運命って、何だよ、ホウカイって……! 殺されなきゃいけないのかよ、そんなことで!」 「人に災いをもたらすのです、貴方は。だから、私たちが倒してしまいましょう」 興邦の言葉に抵抗するように放たれた一葉の慟哭は、桐の言葉に両断される。「そんなこと」が、世界にとって最大の害悪であることは疑いようもない。だが、彼にはそんなことは理解できない。 何故なら、彼は只の少年だ。世界の違う側面を見る機会を与えられる程度には幸運で、運命を奪われる程度には不運な、只の少年。 「哀れですが、そんな輩に仲間を気付つけられるのは我慢できません」 例えば彼が哀れだとしても、誰とも知れぬ一人の少年よりも仲間のほうが、エリーゼにとっては貴重な存在だ。だから、仲間を守るに決まっている。 不必要な力が、理由もなく振りまかれる世界は残酷だ。今この戦いに、救いなどない。ただただ戦うだけの佳恋にとって、出来ることはそのすべてを全力で穿つだけ。 「どーよ。思う存分力を振るえて満足だったかしら」 雅の言葉が、冷酷に、重くのしかかる。あたかも、揮ってきた力が全て不完全だったものであるとでも言いたげなそれは、しかし肩で息をする彼女を前にして確実ではないのだろう。 「恨んでくれていい。呪ってくれていいよ」 「何だよ、アンタは、敵のくせに、殺し屋のくせに、そんな、顔をするんじゃねぇよ……!」 興邦の表情が、憂いを帯びて陰りをみせる。そんなものを受け止められるほど、一葉は世界を嫌っていなかったのかもしれない。だからこそ、その言葉は痛い。恨んでくれれば、楽なのに。 「……ごめんね、一葉くん」 謝ってなんて欲しくなかった。恨まれ役のままずっと、目の前に立ちふさがってくれれば楽だった。そんな顔を見たくなかった。 「ごめんね。……ごめん」 「ちく、しょう」 す、とナイフを入れるように空間に亀裂が走り、世界の色が戻っていく。セラフィーナの言葉は、一葉の絶望に静かに終わりを添えるのみで。 佳恋の祈りは届かない。わかっていても、残されたのはただ、不幸。 世界は、今日も残酷だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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