● 最近鬼だのなんだのと、大騒ぎになっていた岡山。 人間を生贄に使った儀式などの影響もあり、当然、被害は決して少ないものではない――壊れた建物や亡くなった人間の数だけが被害というわけではない。 人には、つながりというものがあるのだ。 殺された誰かの親兄弟、友人知人……悲しみは底知れない。 記憶や感情、数値化できないそれらもまた被害のうち。 莫大な被害、甚大な犠牲。嘆きは尽きず、涙が枯れる日が来るまでは頬を泣き濡らし。 それでも人間は、生きていくのだ。 食べて、寝て、気がつけばまた笑っているのだ。 そうして今まで、歴史を築いてきたのだ。 それが、人間なのだ。 ● 「ウェルカム・トゥ・ザ・ワンダフルワールド! よく来てくれた!!」 リベリスタを出迎えた『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)のテンションは、いきなりどこかおかしい。 「……で、今日の任務は何だ? わざわざ岡山まで呼び出したりして」 岡山北部、だだっ広い高原地帯である。三高平のある静岡からは、決して近いとは言いがたい。 移動時間の長さに若干辟易した表情を浮かべたリベリスタに、伸暁はにやりと笑ってみせた。 「なに、ちょっとしたサモン・ファンタジスタを計画していてね」 「……は?」 嫌 な 予 感 し か し な い 。 「ここ、蒜山(マウント・ヒルゼン)には、昔から伝わる妖怪のレジェンドがある。 その名を『スイトン』と言ってね。悪人がいれば、その目の前にすいっと現れ、一本足でとんと立つ。 そしてその悪人(バッドガイ)を引き裂いて食べてしまう、というんだ。 まあ、ここまで言えばだいたい分かるよな?」 ……わかりたくないです。でもだいたいわかるよ。 「いつだってリアルはイリュージョンよりファンタジック。こいつも鬼たちの大暴れに刺激されたのかもな。 おぼろげな星(ステラ)の輝きが俺たちを照らすスポットライト……今晩、こいつが現れる。 そのステージは、ここだ」 渡されたチラシに書かれているのは、『ブラックキャット・岡山復興チャリティーライブ』。 ああ、道理で。 ちょっと離れたところでバタバタやってる、突貫工事のような設営は、そのためか。 よく見ればあの業者、時村グループじゃねえか。 とか、リベリスタたちの間にため息やら呆れやらの感情が蔓延するのを見て、伸暁は軽く肩をすくめる。 「鬼たちの狼藉(バイオレンス)に間に合ってくれたんならまだ良かったんだが、さすがにね。 こいつは結局のところ、そんな存在がいてくれたらいいのにって願望、ホープが生み出した幻想の存在にすぎない。悪人を食い殺す、ってところが拡大解釈(フューチャー)でもされたかな。『悪いことを考えている』対象を噛み殺してしまう。――ちょっとしたイマジネーションのなかで、混雑の中で押し合う見知らぬ人の姿を邪魔だな、なんて思った日にはそんなことを思ったやつが、ジ・エンド」 顔の前で広げた手を、がぶり、と口にしながら握りこぶしに変える黒猫の表情は、少しだけ真剣だ 「――もっとも、そんな強いエリューションではないよ。ちょっと小突いてやればすぐに消える。 人ごみの中で対処してもらうことになるが、雑踏という孤独(アラビアン・ナイツ)の中では、見つかったところで一瞬の攻防(シューティングスター)。勘違いや気の迷い、デイドリームだってことでごまかせるだろう。そのかわり数が少し多くて、8体だ」 はたと気が付き、リベリスタたちはチームの人数を数える。 「そういうこと。一人1体以上が宿業(ノルマ)だ。頑張ってくれよ、アークの精鋭たち!」 嬉しそうに言うと、NOBUは人差し指で銃を撃つ真似をし、「Bang!」と口にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月10日(木)23:58 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「なんというか、これも積極的に悪役になる依頼なんだなあ」 天気の良い空を眺めて、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が唸る。 「いや、人間として生きている以上、邪念なんかいくらでもある。けれど、それを抑えるのも人間だろ?」 資料を捲る手を止めた雪白 桐(BNE000185)が快の顔を見て、軽く頷く。 「人は誰でもなにかしらのきっかけで怨みや悪意を抱いてしまうもの。 でもそれを食べちゃうってのはひどすぎると思うのですよ」 悪意を持った人の前に現れる妖怪――リベリスタ的に言えばE・フォース。 スイトンがいるから蒜山に悪人がいない、という伝承なのだが、さてそれは子供の頃から怖がらせることで悪人にならない躾の妖怪がいるからなのか、悪人が現れた先から皆食べてしまうからなのか。 鶏が先か卵が先か。 「スイトン、というと小麦粉で作る、お汁に入れて食べるアレを想像しちゃいますが…… 見た目がトーテムポール、だとちょっと違いますよね」 長時間の移動でお腹が減ったのか、『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)がそんなことを言い出した。それに『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が心の底からの同意を返す。 「また美味しそうな名前ですよね。悪党の前にすいっと現れて、とんと倒す。 むしろ、私たちの方がその様にありたい物ですが……さて」 「で、悪いこと考えてる人、ですか」 小夜が呟き、前方の人だかりへと目を向けた。 こう言ってはなんだが、『ブラックキャット』はインディーズバンドである。 メジャーデビューしていないことに関して、誰も問いただすことはないが、おそらく聞いたところで「俺達のロックソウルを誰かのポケットに入れておくのは不可能なのさ。心の宝石箱をジェイルブレイクして、このアツいビートを届けることが仕事だからね」とかよくわからないことを言い出すだけだろう。ともかく広告的には、取り上げたところで音楽に興味の薄い層に対する訴求力は小さいのだ。 だというのに、盛況だった。 バンドメンバー全員が、俺達の報酬は笑顔でいいのさ、なんて言ったとか言わないとかは別の問題として、先の事情もあってこの特設ステージへの入場料はない。 岡山を蹂躙した鬼の、その狼藉を受けた人々からお金を取るつもりはない、という姿勢のようだ。 そのかわり屋台やグッズ販売などが目立っているのは、その収益をチャリティーに回すから、ということらしかった。 『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)が周囲に目を向ければ、来場者のなかには時々、怪我をしたのか包帯を巻いているような人もいることに気がついた。 ――無理して復興を頑張っている人。他者を慮り、やせ我慢で笑顔を作って相手を安心させようとしてる人。そういった人もいるのだろう。 己のことを、人の苦しむ様を観るのが好きなロクデナシであると認識している沙希にとって、その苦しみはいっそ好ましいものなのかもしれない。 (スイトンは、モラルを保つ上で有益な存在だったのでしょう) 自身のインモラルとは、まさに対局。 (ふふ……怖い怖い。ST(スイトン)に狙われないように今日は良い子にしてましょう) 待ってその略し方なんか別の意図ある気がしたんですけど!? ● 『黒い方』霧里 くろは(BNE003668)にとって、気配遮断は乙女の嗜み。 これを人ごみの中で使ったところで、視界に入れば特に意味はない――逆に言えば、例えば別の方向を向いていたりして彼女が見えなかった人は、ぶつかることで初めて存在に気がつく。結果としてすれ違う人にばしばし当たり続けられるはめとなったが、乙女の嗜みは譲らない。 「スイトンですか……悪い人を退治する妖怪。良くある昔話ですね。 正義の味方であり、自分たちへの戒めでもあり……」 くろはのつぶやきを耳にして、初めてそこに人がいることに気がついた前方の人が驚いた顔を向けたりもするが、気にしない。 「本当にそれだけなら放置してても良かったのだけれど……」 (人間はそう綺麗には出来てないんですよ残念ながら) 誰にでも在る悪意。 もしリベリスタが対処しなかった場合、人の呼び出したスイトンは、強い悪意から順に『食べ』ていってしまうことになるらしい。強い悪意が口の中に消えれば、次に強い悪意を探す。たかが8体、されど8体。蒜山が死の高原地帯になるまで、そう時間はかかるまい。 くろはの前方に、巫女装束が人目を引いているのが見える。小夜だ。 小夜は人の多い場所にわざわざ行こうとしてる人などが居ないかに注意を払っていた。 人が多い場所には、大抵の場合なにかしら意識をひきつけるものがある。 (本業のスリの人じゃなくても、目の前に無防備なサイフとかがあれば、つい悪い心を起こしちゃうかもしれません) そして、小夜はそれを見つけた。 女性が、の人の鞄から転げ落ちた財布を拾い上げ、少しの逡巡の後、札入れを覗きこんだのだ。 その背後に、スイと現れ、トンと立つ、黒く長い、何か。――スイトンだ。 (ごめんなさいっ) その背に向けて、走り寄ろうとして――人が、邪魔をする。 「その服て何かのコスプレとか?」 「もしかして、本物の巫女さんとか!」 好奇心を引く、という点においては、巫女装束もなかなかのものだったらしい。 「す、すいませ――」 押しのけて行こうとした小夜の視線の先で、スイトンはくろはのブラックコードによってするりと絡めとられ、ぴぎ、と一声鳴いて消えた。 くろはが小夜に向けて、親指を立てる。 小夜は親指を立て返す。 先程の女性は、一瞬だけ見たスイトンに目を丸くした後、青い顔をして――地元の人間だったのだろう――、財布から何も抜き取ることなく、目の前の人に「落としましたよ」と返していた。 ユウは、自分の前にスイトンを呼び寄せるべく、悪意を浮かべて見ることにした。 「あのですね。この前、ちょっとしたお仕事で減量する機会があったんです。 でも、事あるごとに誘惑に駆られちゃいまして……くっ。憎い! 魅惑のぎゅうどんが、憎い!」 ぎゅうどんですか。 「前を通る度に芳しい香りを届けてくれちゃう、あのお店が! いっそのことあのテナントごと潰れてしまえばっ……!」 しばしの沈黙。 スイトン、来ない。 泣く泣く「つゆだく大盛りを半分食べた残りに、半熟卵をぶっかけまぜまぜが美味しいんだよぱんち」をお蔵入りにした、ユウであった。 「すいとんさんを呼び込むために邪念の箍を外す……申し訳ない気もするけど、任務だから仕方ないな! 気持ちを切り替えていこう!」 どうしたことか、快のテンションは今日、すごく高い。 なおかつそれは別に仕事内容とイコールではなかったりする。 「悪意をずっと持ち続ける事は稀ですし、それを反省して成長するのですし。 さっくり倒してライブを無事成功させましょうね」 桐はいつも通りである。 「ライブか……」 快は視線で会場をさっと舐め、口の端を歪めた。 「リア充爆発しろ! カップルでコンサートか! 仲が良い事で結構だな! 長い待ち時間、座席もなし、おまけに音楽性の違いで喧嘩になるかもしれないような状況でデートか! おめでたいな! 爆発しろ! おおっとリーガルブレード」 見事なマッチポンプ。 快の憎悪に喚ばれたスイトンが、現れるなりざっくりと本気の一撃で切り裂かれ悲鳴もなく消える。 カップルを見ながらわなわなしていた快をじーっと観察していた桐が、涙をはらはらと落とした。 「……そうか、そんなに新田さんはそんなにリア充が憎いんだ……アークが誇る守護神なのに」 「落ち着け、俺。俺はリア充を憎まない。その傲慢を憎む」 快、きりっ。 ● 「来ませんねえ……」 構えていたフィンガーバレットを下ろし、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は溜息を一つ吐いた。 彼女は自分自身の悪意を餌にスイトンを誘き寄せようと、ライブ会場を徘徊していた。 だが、中々思うように行かないのだ。 こういう煩わしい音楽は嫌いだから、と、ライブ自体をぶっ壊そうかとも考えてみる。 その結果、サイレンサーを付けた銃口から銃弾をばら撒いてやろうと構えてみたのが――もし本当にそれを実行に移せば、ライブどころか任務も破綻する。他の方法がいくらでもある状態で意味もなく数多の一般人を殺せば、良くて無期限の監視。いくらなんでもハイリスク・ローリターンにすぎる時点で――それは結局の所スイトンを喚ぶため、言い換えれば止められる事を前提とした思考に過ぎないのだ。 「中々難しい物です……痛っ?」 その時、突然の衝撃につんのめる。通りすがりの男性に肩をぶつけられたのだ。 大混雑のライブ会場の中。エーデルワイスはそもそも華奢で、背も少し低い。 急ぎ足の男には、彼女に気が付くのは難しかったのかもしれない。 だが。 「……今の男、ぶつかっといて謝罪なしだったわね」 意にも介さず歩き去ろうとするその背を見、エーデルワイスの目がすっと細くなった。 「許せないなぁ~。ちょっと教育しないとね」 暴力的に。 フィンガーバレットの嵌ったままの手を手刀の形にし、その背を追う。 「一突きね♪ うふっ。どんな感じの悲鳴かなぁ……不気味な声だったら喉もいっちゃおうか……」 嬉しそうなその呟きは、手加減の意志があるか否かすら分からない。 いや、殺さずの業を心得ているわけでも無く、格闘にも手頃な破界器を付けたままのその手刀は、手加減してすら一般人であるその男の命を容易く奪うだろう。 殺人予告に等しいその言葉はしかし、ライブの喧騒の中で誰にも聞こえない。 ――超常の存在を除いては。 「あら、トーテム君? 私の邪魔しに来たの?」 気が付けば現れていた、一本足の断罪者。 「ピギュッ!」 リベリスタの悪意を罰しようとしてか、スイトンはエーデルワイスに向けその黒い手を伸ばしてきた。 「死にたいの? 死にたいんだね?」 だが、エーデルワイスの両手がその身体を掴む方が速い。 「さあ、どんな感じの悲鳴かなぁ」 そして左右に引っ張る。 「ギュピャッ!?」 力の弱いエリューションの体はそれだけで引き千切れ、妖怪は短い悲鳴を残して絶命する。 「ふうん、こんな感じの悲鳴か」 手の中で薄れて消えていく残骸を見下ろしながら、エーデルワイスは少し不満気に口を尖らせた。 ――肩をぶつけた男の姿は、人ごみに紛れて見当らなくなってしまっていた。 ● 沙希は、言葉を口にすることを嫌う。 用ならば概ね筆談で済むし、急ぎの時には念話を通じて行えば良いからだ。 だからこそ苦労したこともあるし――こういう時には、それが利点だ。 『皆、絆やらに熱心なのに御不浄の影でカツアゲ?』 髪を茶に染めた少年は、自分の心に突然響いた声に背筋を冷やした。 『TPO大事よ?高校生の男子(ボク)』 「お……お前か!?」 目の前で半べそ状態の、高校生の少年よりも年下――中学生くらいだろうか――の男の子の胸ぐらを掴み、茶髪の青年は叫ぶ。その後ろに立った存在に気が付かずに。 「う……うわああああ!!」 大きな口を開けたスイトンに、茶髪の肩越しにそれを見た男の子が悲鳴を上げる。 ぎょっとして振り向いた茶髪の頭に、スイトンはかじりつこうとして 「ぴ!」 一声、鋭い悲鳴を上げて、消えた。 呆然とした茶髪の手が緩んだ隙に、男の子は転がるように一目散に走りだした。 『仲良くしなさい……でないと……今度は君を喰べちゃうぞ』 魔力の矢でスイトンを仕留めた沙希は、その姿を遠巻きに見ながら一方的な念話を少年に残した。 「あたしはあまり岡山では活躍できなかったけど、せめてこういう後片付けくらいは手伝いたいな」 ライブ会場の中で一番人が多く、窮屈なほどに押し合う人の群れる場所――つまり、ステージ近く。 そんな場所で、『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)が呟く。 隣の人が、不思議そうな顔で凪沙を見た――後片付け、という言葉に疑問を持ったようだった。 彼らからすれば、今が祭りの只中なのだ。 どうかしました、と聞いてきた隣の人になんでもない、と笑ってから考える。 (さて、どんな奴がいるんだろ。見た目が悪そうな奴らとか動きが怪しい奴らの頭の中を適当に――) リーディングを行えば、相手に「心を読まれた」と気が付かせることになる上に、人数が多い。 さてどうしたものかな、と悩んだ凪沙の胸に、むに、という感触があった。 (って、あたしの胸揉まれてる!!) さっきからやたらと凪沙を気にかけていた隣の男が、その下心を炸裂させていた。 咄嗟の時、人というのは妙に混乱するものである。 (痴漢痴漢!! をのれ! ――必殺! 凪沙裏拳! ……あ、あたしが殴っちゃだめだってば!) 気がついた時には、既に拳がぶぅん、と。 しまった――! と、凪沙が青い顔をして、恐る恐る、そちらを確認する。 スイトンが殴られていた。いやむしろ、空気を読んで殴られてくれていた。 「ぴ……ぴ、ぎゅー……」 悲鳴っぽい声をあげ、スイトンの姿が掻き消える。 「え……え!?」 隣の男は、何が起きたのかわからない顔を浮かべて――逃げようとしたところを、凪沙に捕まった。 ユウは、自分の前にスイトンを呼び寄せるべく、悪意を浮かべて見ることにした。 「あのですね。この前、ちょっとしたお仕事で減量する機会があったんです。 でも、事あるごとに誘惑に駆られちゃいまして……くっ。憎い! 鉄板で美味しい立ち食いおそばが、憎い!」 立ち食い蕎麦ですか。 「前を通る度に芳しい香りを届けてくれちゃう、あのお店が! いっそのことあのテナントごと潰れてしまえばっ……!」 しばしの沈黙。 スイトン、来ない。 「ううっ……このままでは、『コロッケそばをコロッケ別にして貰って、お蕎麦を先に食べた後にひたひたしたのをおかずにご飯を食べるんだぜ』きっくも、お蔵入りに……!」 悔し涙を目尻に浮かべたユウの肩を、ぽんと叩いた存在があった。 スイトンだった。 「悔し紛れきーっく!!」 ● 酔いというのは、適度であれば自他共に心地よいものだ。 陽気になれば、暗い気持ちもいくらか消える。 だが、それはほどほどを守っていればの話でしかなく。 「だぁらなあー、ねえちゃんよー、いっしょにメシくいにこーさー?」 (中年の酔っ払いさん……色々仕事であったのかしら?) 沙希の見る前で、酔い潰れる寸前のサラリーマンらしき男性が、女性に声をかけている。 「どっか行けってんだ、このエロオヤジ!」 女性もなかなかに勝気な人物のようで、男に対し罵声を浴びせている。 どちらが何を思うかはともかく、この調子ではスイトンが現れるのもすぐだろう。 くろはも同じ事を思ってその近くに寄っていたのだが、徐々に野次馬が増えつつある状況下では彼女に気がつく者が少なく、ぶつかったところで意にも介されないために、その輪の中心――酔っぱらいのいる場所まで辿り着けそうにない。 やがて想定していたとおりに、黒い影がスイと現れ――トンと立とうとした拍子、魔力で編まれた矢がその影を射抜いた。 突然のことにざわめく人のなかで、その影を直視したのだろう酔っぱらい中年が「ううん」と声を上げて倒れこんだ。 くろはが魔力の矢が飛んできた方に目を向けると、沙希が彼女に向けて小さく親指を立てていた。 親指を建て返し、くろはは急に静かになったギャラリーをかき分け、中年の側に寄る。 ともかく、この男をスタッフに引き渡さないといけない。 自分たちにもまだ、仕事があるのだから。 「おいおい! 演奏中にキッスですか! どんだけ音楽のムードに乗せられてるんだよ! そもそもNOBUリッシュと黒猫の音楽性はそういうトコにはないじゃん! 理解はできないけど共感はできるワードとフレーズにココロオドル音楽だろ! デートの具材にするとか邪道じゃね?! 爆発すればいいんじゃね?! おおっとリーガルブレード」 「新田さん、またカップル見ながら……そうか、そんなに……」 桐、再び涙はらはら。 「落ち着け、俺。俺はリア充を憎まない。その傲慢を憎む」 再びきりっとしてみた快の肩を、桐はぽんと叩いた。 「でも覗きはよくないですよ?」 「!?」 自分の心の闇( )をつきつけられ愕然とする快に、桐は突然の願いを申し出た。 「新田さん、前が見えないんで肩車してくれませんか?」 (コンサートを見たいのに背が低いせいで前が見えない。 ……ちびだからしかたないとか酷いのです、酷いのです) 「すいとんさんと向き合って、また自分の情けない部分と向きあう事になってしまったよ。 おかしいな、俺、友人カップルは心から祝福して来たはずなのに。 なのに、気がつけばリア充悔しいです。すいとんさん、俺どうすればいいですか?」 桐を肩車しつつ愚痴りつつ。泣きそうな顔の快を、桐がどやしつけた。 「そんな嫌な顔しない!女の子だったら照れながら喜んでするんでしょうけど!」 ● あっけないスイトン退治の後、リベリスタたちはライブを楽しんでから三高平へと帰っていった。 まあ、帰ってくるなり『守護神がリア充らしい。肩車してライブを楽しむ彼女がいるらしい』という噂が駆け巡ったりもしたのだが――そのあたりはきっと、まったく別の話。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|