●『無角』慙鬼 「すまない、黒眼! 王よ! 儂は……儂は……っ」 暗い岩屋において大鬼は嘆く。 鬼である事を示す額の角は半ばより折られ、朱角と名乗っていた大鬼は名乗る名も無く岩屋の中にて身を縮こませ嘆き悲しむ。 王を失いし鬼達は身を寄せるように集まり、嘆き、頭を垂れる。その顔に浮かぶ共通の念は王を護れず逃げた事に対する深い後悔。 より一層嘆く大鬼を小鬼が慰めるように鬼の顔を覗き込む。 すると……。 ひょい。 ぱくん。 ばりぐちゃべちょり。 大鬼は周囲の鬼達を摘み上げると大きな顎で咀嚼する。 肉千切れ、骨ごと噛み潰される音が生々しく響く。 一匹を食べ終わると、また次の一匹、また次へと……百いた鬼達は、瞬く間に数を減らしていく。 鬼達は逃げるわけでもなく何かを期待するかのように、次々と大鬼に食い潰される。 鬼一匹食い潰す毎に大鬼の身体が徐々に膨らんでいく。 醜悪で巨大なだがその姿は紛れもなく鬼。 朱角は異様な姿へ変貌を遂げる。 同族の血と肉片にまみれ、慙悔の念と怨念に満ちた大鬼が吼える。 己に、世界に、人間に向けた怒りと悔悟を同族諸共飲み込み飲み干し身に取り込んだ巨怪が頭をもたげる。 「ヴォォォォォォォッ!!」 岩屋を崩し、山肌に立つは当に巨怪。巨体の口より発せられるは慟哭か? 鬼達の秘術により異形とかしたその姿。 最早、朱角は朱角にあらず。鬼であって鬼にあらず。 鬼が成りし呪い神は人に仇為すべく人里へと向かう。 ●万華鏡 「鬼道との決戦は、勝利に終わりました。 ですが、それで全て終わりというわけには行かなかったようです。追撃任務です」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は労う様に微笑んだ顔を引き締め直すとモニターを切り替える。 そこに映るのは、醜くも巨大な鬼の姿。 山の頂に立ち、咆哮を上げながら樹木を掻き分け人里を目指す。 「この鬼は、元は朱角と呼ばれていた個体です。 鬼ノ城防衛に当たって居ましたが、角と友を失った衝撃により敗走したそうです」 元の巨躯で精悍であった姿からは想像もつかない醜く膨れ上がった姿だが、見れば頭部より生える角は半ばより断ち折られている。 「逃走した鬼達がどこに逃げたかは定かではありませんでしたが、万華鏡の予知精査により判明しました。 逃げ出した先は岡山県の山岳地。そこで、鬼達は岩屋にて鬼の邪法を行ったそうです。行程はどうあれ、邪法により鬼達の生き残りはこの鬼一匹となった様子です」 身体に満ちた怨念を人間世界にぶつけるためだけの存在となった鬼は生きていると言うのかどうか? 「最早朱角であった事も定かでなく、その内にあるのは深い無念と後悔と人間に対する怒りだけです。 生きた呪いの塊。確たる識別名も持たないこの鬼を、私達は『慙鬼』と名づけました」 慙鬼はゆっくりとしたスピードで人の多い地点を目指し進んでいると言う。 このままでは人里に降り、やがては都市部へと怨念をまき散らすだろう。 「慙鬼は、元の朱角の使っていた技を使用するようですが、スケールアップした分強力になっていると予想されています。 あと、生きた呪いの塊と言った通りに、近くに居るだけで災禍が撒き散らされるようですね」 強力な呪いは精神と肉体へと失調を招く、対処を怠れば手痛い被害を被るだろう。 「見た通り、生命力と頑健さはかなりの物と予想されます。 ですが、鬼の王も落ちたのです。貴方達ならばこなしてくれると信じています」 言葉に信頼を滲ませ、和泉は小さく微笑んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:築島子子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月07日(月)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)により式神とされ、知覚の一部を共有したラジコン飛行機が山野を見通す瞳となる。 天突き抜けるような春空の晴天の下、静かに唸るモーター音。鳥の視点より山々を見て回す。目的は敵の捜索。 敵の姿は10mの巨体だ。四方や見失うこともないだろう。そう考え意識を再び山野へ向ける。 じくり。 悪寒が走る。最初に見えたのは腕であった。 長く巨大な鬼特有の腕。白く、黒く、斑で、ぶよぶよな『何か』に幾重にも包まれた腕が山肌に手を着く。 じわり。 滲み出る『何か』が山を伝い侵蝕していく。『それ』は新緑を纏い始めた樹木を瞬く間に殺し、立ち枯れにし腐らせていく。 世界を蝕みながら、ゆっくりと山陰より姿を現す。大鬼を超える巨鬼の姿。 肉と粘体に包まれ、厄と疫をまき散らす。嫌悪を催すような姿に勇猛であった面影は最早ない。 無念と呪詛を練り上げ蟲毒を持って『穢』となったその姿、朱角と言う名と意義を失ったその鬼は慙愧より産み落とされし鬼、慙鬼と言う。 「こいつは飛んだ不浄だな」 意識に捉えた慙鬼の姿にフツの額に汗が浮かぶ。聞きしに勝る呪いの塊。だが、感知はした。 「よっしゃ、行くぜ」 袈裟を翻し、仲間達と連絡を取る。 決着を着けよう。 ● ぉーーー…… 風鳴の音に乗り物悲しく響く声が山々を木霊する。 呪いに満ちた慙鬼の声。声の主の姿は生え茂る樹林の奥。 声に交じる山鳴りの音のような轟きは慙鬼の存在の証左に他ならない。 鳥獣は疎か虫さえの声もしない静寂の森に、異形の呻きが響いて渡る。 総毛立つ。数多の死線を潜り抜けて来たリベリスタ達だからこそ危険に対する嗅覚が身に降りかかる存在の異質さを知らせる。 慙鬼の存在を正確に察知できたのは、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の視力と『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の研ぎ澄まされた勘のふたつ。 頭上より見下ろされる慙鬼の虚ろな視線。生き物とも言えぬ虚がリベリスタの存在を察知する。 鬼達の不倶戴天にして仇敵。覚醒者、ヒトという形をしている時点で慙鬼の本能は彼らを敵と断定する。 鬼哭轟く。敵意が、殺意が、重圧が、慙鬼の存在を明らかにさせる。 身構えるリベリスタの間を、ぬるりと風が通り過ぎた。 殺意が一層強く感じられたその瞬間、新緑の樹木が弾ける様に枯れ砕けた。 樹木を踏み砕き、現れるは濁色の巨鬼。呪詛に染め上げ、怨敵討たんと現れた慙鬼の求めるはリベリスタの命。 脅威に対抗するべく、フツの翼の加護が戦士達へ降り注ぐ。 渦巻く呪詛の中、思いを胸に立つリベリスタ。 鬼より生まれし祟れる妖物。朱角より成りし巨怪・慙鬼。 戦いの火蓋は落とされた。 ● 「可哀想って気持ちがない訳じゃないよ」 戦場に赴く前に『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の言葉に『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)も頷いた。 多くの者を喪い、救い上げることが出来ず、掬い切れず零れ落ちた生命に対し、慟哭のうちに戦い抜いた事は少なくない。 踏んできた場数が、心苦い戦いの数々が、身心に負った傷が、慙愧に沈む鬼の気持ちを理解してしまう。 同情が戦いの手を緩め、命取りになりかねない戦場において、万華鏡が示す情報が切迫した内情を暴き過ぎ心理的に共感を得てしまうことはままあること。 それでも、彼らはここにいる。 世界を守りたい意志であり、自分の心に課した理想の形でありと、様々だがなによりも。 共に並んで立っているコイツらに、カッコ悪いトコロを見せられない。 親友で、相棒で、ライバルである。子供っぽく分かり易い男の意地に他ならない。 呪詛の領域に飲み込まれる寸前、夏栖斗、快、悠里の三人が拳を合わせる。 「えーと、アレだ」 迫りくる慙鬼。巨体を見ながら夏栖斗が言う。 「長期戦も覚悟だけど、相棒、前は任せろ。行くぜ! 悠里!」 見た通りのタフネスを誇るのであれば苦闘は免れない。それでも。 「頼むぜ、相棒。領域の方は俺が何とかする」 何とかするといえば何とか出来てしまうのではないか? その様な期待を持たせるのが新田・快だ。 「あぁ、行こう! 快! 夏栖斗!」 悠里が力強く頷き、慙鬼へと挑む。 突き合わせた拳にグッと力を入れ、離す。口元には笑み、負ける気はしない! リベリスタ達へ呪詛が殺到する。 大気が淀み、血流が逆巻き逆流するような錯覚、身心が膿み腐るような感覚。穢れし呪いが襲いかかる。 痛み、苦しみ、倦怠。倒れたくなる衝動を堪えて何とか立ち直る。 覚醒者たる者達でさえ辛苦を与える呪詛だ。対処を受けていない物達には一溜りもない。山野が荒廃し、樹木が腐り朽ちる様に。 快の手より発せられる聖光が不調を払拭する。 慙鬼の放出する呪いが払われたのではない、あくまで一時的な処理にすぎないものだが、戦士達を奮い立たせるには十分だ。 ● 身体にかかる負荷が消えた。 軽くなった身体を翻し、『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が槍を手に翔ける。 「宵咲が一刀、宵咲美散。推して参る!」 限界まで振り絞った膂力より放たれるのは、デュランダルの基礎の一つ。 「無念と後悔に塗れた者の末路だ。見るに堪えん」 見据えた慙鬼を言い捨てる。呪詛と無念に膨れ満ちた身体に狙いを定め、紅い闘気を纏わせた槍が穿つ。 要求技術は最も低い。初歩の技の一撃が、並を遥かに超えた破壊力を備える美散をすれば恐るべき必殺の技となる。 「これ以上、無様な醜態を曝す前に滅ぼしてやろう」 削げ落ちた呪片。血の代わりに厄と疫が撒き散らされる。が、大きく腕を掲げ一撃に備える慙鬼に痛痒を与えているか否か。 『強敵』を求める美散の視線には慙鬼は居ない。求むる敵影は、朱き角の誇り高き大鬼の姿。 慙鬼の向こうに朱角を見、心中穏やかでは無い者はここにも居る。 「名を忘れ、心も喪い、衝動に任せて戦えない相手に憂さ晴らし……笑えないね。なんて無様なんだ」 コートが風を受け大きく靡く。湧き上がる感情は感傷にすぎないものだと平時では一笑に付す程度のものであるはずだ。 だが、前回の戦いを知る『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)に取って、この鬼『達』の有様は我慢ならない。 鬼との戦いは王との決戦により終わったはずだ。アークも犠牲を払っている。 しかし、終わりとは『こんな』ではない筈だ。こんな終わり方は許してはおけない。 「違うだろ、思いを果たすのに手前を捨てて如何するよ!」 瞬時に慙鬼の懐に潜り込み、撃ち上げるように放たれる最高速の近接射撃。 音を追い抜く高速美麗の一撃は、慙鬼の肩口を打ち砕く。 飛沫となった厄と疫が空気に溶け霧散する。 「そんなではないだろう? なぁ、朱角よ!」 届かぬ願い、敵であろうとも、尊ぶべき領分は存在するのだ。 煩わしさを振り払うように慙鬼が腕を振るう。 空・一閃。 無造作な横薙ぎの一撃は桁外れの巨怪が行えば、空間を薙ぎ払う致命的な一撃となる。 快の、美散の、身体を捉えるが、慙鬼の鈍重な動きでは致命に至るには不十分。 攻撃を繰り出し無防備な身体に、銃弾が深く鋭く慙鬼の体に抉り込まれる。 『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)が極限まで研ぎ澄まされた集中力の中、コマ送りの世界にて、次々と弾丸を射出。慙鬼の体を撃ち穿っていく。 「朱角は、あの大鬼は、強い意志を持った『強敵』だったけれど……」 引き金を引く。ライフリングを抜け出た弾頭が慙鬼の身体に潜り込む。衝撃で弾ける呪詛の体。 「獲物にもなれない。敵でもない。この有様はただ脅威であるだけ」 構えたライフルから見据えた顔は、辛うじて鬼と判る異形なる怪物。 「それで満足かしら?」 ねぇ、朱角? 試すように狼の狙撃手は静かに呟く。 「厄介なものですな」 立ち枯れの樹に身を潜め、九十九はショットガンにて的確に急所を撃ち抜く。 慙鬼の境遇、朱角の無念に対する思い入れなどは九十九は特にはない。 「後悔なんて、お酒のような物。飲むのは良いけど、酔っぱらってはいけません」 嘯きながらも、淡々と弾を装填して銃を撃つ。 仮面より覗く赤い瞳は、仮面以上に感情の揺らぎを見せることはない。 「何にせよ、私のする事に変わりはありませんな。撃ち貫き、引導を渡す。何時もの事です」 くつくつと喉の奥で笑う仮面の怪人の精密射撃は、慙鬼の虚ろな瞳を撃ちぬいた。 苦悶に呻く慙鬼の纏う呪詛が渦巻き漂う。 場に濃く残る高濃度の瘴気がリベリスタ達に再び襲い掛かる。 ● 戦場の時は幾度と流転する。 リベリスタの攻撃は慙鬼を尽く捉え、桁外れの生命力を文字通り削り落としていく。 慙鬼の呪詛と一撃は幾度と無くリベリスタを捉え、身体に傷を増やしいていく。 純粋な癒し手、ホーリーメイガスの不在も相まって、リベリスタも満身創痍。傷なき者はいなくとも意気軒高にて戦意は十分。 慙鬼は呪詛にて構成された巨体を削り崩されるが、余りに桁外れの存在力であるために脅威は顕在。 覚悟の通り、戦いは長期戦の様相を呈していた。 飛翔の翼の力を持って、慙鬼の腕を辿り走る。流れ出る己の血と闘気を纏った深紅の槍。朱に染まった美散が慙鬼の肩口を捉える。 「混ざりモノの怨念で殺せるのは有象無象だけだ!」 一撃に籠めるは怒気と執念。生命力の煌めきが炸裂する。煌めき、一閃二閃!爆ぜる連撃。慙鬼の腕が肩より爆ぜ散る。 「ゴオオォォッ!!」 ボトリと音を立てて、落ち崩れる左腕。大きく口を開け、慙鬼は咆哮する。 怨嗟を込めた呪殺の叫び。怨嗟・一哮。衝撃が山野を抉り、呪いが精神を揺さぶる。 大きく開かれた口腔に銃口を向け、九十九の銃弾が蹂躙する。 「くっくっく、隙を見せれば何処なりとも貫いて見せますぞ。図体が大きい分狙い易いですからのう」 仮面の奥よりくぐもった笑い。仮面の眼窩より溢れる赤光が貫くように慙鬼を見透かす。 衝撃に揺らぐ慙鬼の姿に僅かに顔を覗かせる好機。 「うおぉぉっ!」 まとわりつく呪詛を意志の力で振り払い、悠里が翔ける。 研ぎ澄まされた意識より見出した、慙鬼の体幹の崩れ。狙うは今だ。 「行くよ! 合わせろ! 夏栖斗!!」 取り付くのは腰。掴みあげた腕を決して離すまいとギチリと握り。渾身の力で揺らいだ軸足を蹴り崩す! 柔よく剛を制す。決定的に姿勢を崩された慙鬼は無様に大地に叩きつけられる。 「任せろ! 悠里!!」 崩れ落ち倒れ伏す慙鬼に向け夏栖斗が走る。トンファーが空を切り大地を打つ。加速される勢い。地面すれすれの角度より全身のバネを乗せ、蹴りを瞬時に繰り出す。 一点に凝縮された蹴撃が大気を揺らす。倒れた慙鬼の足元から肩口まで刺し貫く衝撃に慙鬼が叫びを上げた。 ● フツの癒しの歌により、リベリスタの傷は軽減されていく。 戦況はリベリスタ達が押していると言っても良いだろう。 だが本当にそれだけで良いのだろうか? 数人の胸の内に燻る想い。 胸中を知らず、慙鬼が咆哮を上げ襲い掛かる。 穢れに満ちた右腕を引き、強く突き出す。蛇のようにしなる腕が強かに快の胸を打つ。 絶・一撃。貫通する痛撃の衝撃は、後衛の九十九にまで突き刺さる。 かすり程度でありながら、恐るべき威力。仮面の表面に汗が流れる。 慙鬼の行動はそれのみでは無い。大地に腕を付け、慙鬼を形成する穢れが吹き出し大気に満ちる。 ぞわり。 噴きだす嫌な汗。些細な挙動をも見逃さない直観が、研ぎ澄まされた勘が告げている。危険だ。 「来るよ! 気をつけて!」 遅い。心砕け虚ろの筈の慙鬼がにちゃりと笑った。 慙愧・一衝。呪詛が穢れが無念が慙悔が……慙鬼を構成する全てが生ける者全てに牙を剥く。戦場となった山林が穢色の煙と共に蹂躙された。 煙が晴れる。 慙鬼の渾身の一撃が猛威を振るったその瞬間に動いた数は四。 美散の槍が慙鬼の胸を大きく穿っていた。喜平の銃口が慙鬼の喉元と撃ち貫いていた。エルフリードの銃弾は慙鬼の折れた落ちた角を強かに撃ち付けていた。快は朱い角を慙鬼に深く突き刺していた。 慙鬼も、リベリスタも、身動ぎをしない。切り抜きの絵のような、一瞬が過ぎる。 穢れのない風が一迅、頬を撫で、吹き抜ける。 ぼとり、ぼとり。 慙鬼を形成する穢れが呪詛に充ちた肉が大地に落ちていく。ゆっくりと慙鬼は自壊していく。 ● 慙鬼の呪詛が穢れが吹き荒れ蹂躙した瞬間、何が起きたのか? 慙鬼が嗤う。荒れ狂う呪詛の暴風。 体を蝕み荒れ狂う最中に、美散は目を開き、槍を構える。 「鬼の矜持はその程度か! それが貴様の限界か!」 強者を求める宵咲の刃、荒れ狂う呪詛に己の意志と矜持を真正面から叩きこむ。 構えるは伝説を打ち砕きし紅き槍。渾身中の渾身を持って、慙鬼へ、朱角へ、己の武の総てで応えん。 「その身に宿す怨嗟、残らず総て吐き出してみせろ!」 蝕む呪詛に運命を対価に差し出して、放たれた生と死を分かつ一撃が慙鬼の胸に吸い込まれた。 慙鬼が笑った。虚ろに出来損ないの表情しか無かった慙鬼が。 胸に去来する様々な思い。形にする事も出来ず喜平は呪詛の渦へと飛び込んだ。 穢れが喜平の力を削ぎ落とす。ショットガンを取り落とされないように持ち直すと飛翔する。 目指すは慙鬼の眼前。この鬼に届けなければならない『心』が在る。 「朱鬼、黒眼は最後まで自分の侭に死んだぞ」 声を張り上げる。襲い来る穢れを掻い潜りながらも言葉を続ける。 「お前は唯の化け物で終わるのか……手前らしく生き切らなくて、其れでいいのか!?」 朱角も、鬼も、心ない事は許されないと喜平は嘆く。 鬼ならば鬼として、敵ならば敵として、堂々と憎しみ合い、そして散るべきだと言う。 命を削り、運命を擦り減らしながら喜平は必殺の銃弾を放つ。 怨嗟の奔流に身を嬲られながらも、新田はかつての敵の姿を思い浮かべる。 朱角。誇り高き鬼の守護者。 互いの仲間と矜持を信じ、誇りを賭けて戦った。強敵であった。お互い護るべき者を護るために命を削りあった。忘れがたい難敵であった。 「なぜ、誇りも矜持も捨て去り、ただの暴力と化してしまったんだ」 仲間が無様と見てられんと、朱角を、慙鬼を評する言葉を受け入れられずに言葉にする。 得物を握り締める手に力が篭る。手に馴染んだナイフではなく、握り締められているのは朱き角。激闘の末に切り折った朱角の誇り。 「思いだせよ!」 身を蝕む怨嗟、血を吐き、生命と運命を削りながら、快はゆっくりと慙鬼へと詰め寄る。 「思いだせ誇りを! 拠り所無く思い出せないのならば、お前にこれを返してやる!」 朱い角に灯る光。暗雲切り開く法理の光刃。呪詛とは真逆の力を宿し吸い込まれるように角が慙鬼を刺し貫く。 眼前に迫る呪詛の奔流の前に、狩猟者たる狼は思考する。 エルフリーデは狩猟者だ。常に獲物を追い詰め冷徹に射殺する。彼女にとってそれは変わらない常だ。 だが、先の決戦。攻城戦において、彼女は追い詰められる立場にいた。 エリューションを、化物を狩る狩猟者が、化物たる鬼に追い回され、幾度も窮地に立たされた。 追い詰める狩猟者の名は大鬼朱角。 だが激闘の末攻守は逆転した。黒眼を討ち取り、朱角は誇りを失い逃走した。得物を追い詰め狩る機会は喪われた。 慙鬼の内にねむる朱角を呼び起こしたい。獲物を逃したままは嫌だから……。 「思い出して、誇りを、嘗ての己の姿を!」 呪詛に没む直前、エルフリーデのライフルより銃弾が空を裂く。 そして。 ● 崩れゆく慙鬼。 形を崩していく巨鬼は身体から発散する呪詛と穢れを分解しながら、徐々に世界から消滅していく。 半透明に光る身体から脊椎が発散される。慙鬼は形を保てず、頭から地面に叩きつけられる。 不浄なる鬼はゆっくりと確実に砕けていく。 「ふん、儂を呼び覚まそうとも、もはや振るう腕も持たぬわ」 慙愧の頭部が口を開く。意味のない呻きと叫びではない、意味のある言葉を、意味の通じる会話を発する。 「おや、迷惑だったかい? まあ、お前の言い分など聞く気はないけれど」 喜平が返す。憎まれ口の割には安堵するかのような表情で、慙愧、否、朱角の最後を見届けようとする。 「ふん、妙な奴らだ。だが、悪い気はせん」 消えゆく身体、残った頭部の額には見事な大きな朱色の角が生えている。 片眼にてリベリスタの顔を刻み付ける。朱角の最後は近い。 「覚醒者共よ。地獄で待っておるぞ。黒眼と、温羅様とな。来世も良き戦に興じようぞ」 鬼らしく獰猛に笑い、そして散る。残ったのは、朱き角を生やした鬼の髑髏。 見事な武人の、鬼の最後であった。 ● 後日。 フツと悠里は鬼ノ城跡地へ踏み入れる。 朱角の髑髏を抱え持ち、目指し歩くは決戦跡地。 鬼との戦いの犠牲となった全ての者を偲んだ碑がひっそりと立っている。 傍らに埋め、盛土をする。 「おう、せめて眠る場所くらいは近くにしてやろうと思ってよ」 フツが静かに語りかける。 そこに居なくとも、居るかのように、穏やかに静かに語る。 「人も鬼もないから、少し居心地わりいかもしれねえけどよ。死んじまったら仏様なんだ自業自得だと思って我慢してくれ」 朗らかに友にでも語るかのような口調に悠里が吹き出す。 「おおっと、んじゃ、ご清聴あれ」 南無阿弥陀仏。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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