●ここは何処の―― くそ。くそくそくそくそ。 こんなはずじゃない。ありえない。どうして―― 岩の歯が噛み締められ耳障りな音を響かせる。 逃げ込んだ山の中、車輪のついた簡易の檻を引いて細道を急ぎ駆け抜ける三人の鬼。 こんなはずではなかった。信じられなかった。弱く脆い人間などに上司である『禍鬼』、そして鬼ノ王『温羅』が敗れるなどと。 かつて人の英雄に封じられた時は鬼ノ王も一緒であり、いつの日か目覚めることが分かっていた。 鬼ノ王が目覚めれば有象無象などすぐに蹴散らし、自分達の天下が来る。そのような安心感があった。 だが。王は死んだ。禍鬼も。慟哭にふける暇はない。連中の追っ手は迫っているだろう、早く逃げなくてはならない。 「――くそっ!」 幾度も幾度も叫んだ。叫んだってどうしようもなくても、それくらいしかできないから。 「無形鬼様」 毒を吐きながら先頭を行く鬼瓦の頭を持つ鬼に、檻を引き後を追う二人の鬼の片割れ――鷹の頭を持つ鬼が呼びかける。 「なんだよ!」 「責任をどうお取りになるつもりですか」 怒りを隠さない上司に、しかし部下は冷たい口調で続ける。 「お前――」 「酷いモンでしたよ、あの後のアンタの采配は」 後を継いだのは山羊頭の鬼。三人セットだったもう一人、牛頭の鬼が先の戦いで死んだのも、二人に言わせれば無形鬼の責任だった。 「お得意の幻影もあっさり見破られ、人間に遅れを取り……そしてあろうことか」 無形鬼が目を見開く。その先は聞きたくない、言われたくない――だが、無常にも言葉は紡がれる。 「――人間に恐怖するなどと」 「怯えてなんかいない! ボクは勝ったんだ!」 「何が勝利ですか。敵に気を呑まれて逃げられ、各戦場への援護にも出遅れ……後手後手に回った結果戦うことなく敗北した」 鬼達の食料――人間を確保していた無形鬼達は、その解放に来たリベリスタ達との直接の戦いにおいては勝利した。けれど実情は部下を失い、精神的にも追い詰められた結果、その後は尻込みしてるうちに鬼ノ城が落とされてしまった。部下から言わせれば、大事な時に無能な上司のせいで戦うことすら出来なかったのだ。 「もう温羅様もいない。オレラは勝手にヤラせていただきますよ」 吐き捨て、呆然と立ち尽くす無形鬼を追い抜いて部下は檻を引く。檻の中には怯えた食料――人間が二人。落城の混乱の際に多くは逃げたが、運悪く鬼達に捕まった中年の男女だ。神秘の目を持つリベリスタ達に見つからず逃げるのは難しい、ゆえに確保した保険である。 部下達が見えなくなっても、無形鬼はしばらく動けなかった。 身を染めるは恥辱。部下への怒りではない――あの時確かに感じてしまった、人間に恐怖した自分! ありえない。ありえてはいけない。ボクは鬼だ。人間よりずっと強い存在、数だけが取り得の人間とは違う、恐れられる存在なんだ! それを。それをそれを。それをそれヲそレオソレオ! 「許せるか、許せるものか!」 もういい。温羅様はもういない。どうせ逃げ切ることは出来ないだろう。鬼の天下はもう来ない。なら―― 「……許さないぞあいつ! 許さないぞ人間共!」 連れて行けるだけ人間共を道連れにしてやる。幻影はただの付属の力、見ていろ、ボクの本当の力は――! ●いきはよいよいかえりは―― 「お菓子の型ってあるだろ。生地を流し込むやつ。要はあんな感じだね」 無形鬼も自慢の力とやらをお菓子作りに例えられたら憤慨するかもしれない。ともかくそんなことを言い出したのは『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)だ。 なんと言っていいやら口ごもるリベリスタに、伸暁はフッと笑いモニター画面を操作する。 「無形鬼はその名の通り様々な形を取れる鬼。かつては子供に化けていたが……これが今の無形鬼の姿さ」 モニターに映ったその姿。無形鬼の鬼瓦はもはやなく――代わりに頭に一本角を生やし、細く引き締まった身体は猫背で小さく、全身に施された刺青が派手に目を奪う。その姿は―― 「――禍鬼!」 その姿は無形鬼の上司、幾度もリベリスタの前に現れ多くの被害をもたらした、最凶最悪の鬼の姿であった。 「ただし本人の弁の通り前とは違う。前は幻視幻影の類だったが、これはいわゆる変身ってやつだね」 実際にその姿が変わっている。幻想ではない為スキルによって打ち消すことはできない。 「さすがに本人そのものとはいかないだろうが、かなりの強さを保っているようだ」 差し出したレポートはこの後の被害。無形鬼は人質ごと部下を殺し、包囲網を破って数人のリベリスタを道連れにする。 「禍鬼の力の規模としては被害は少ない。理由が――最初のたとえ話さ」 無形鬼という生地がある。それを禍鬼という巨大な型に流しいれても生地は不足する。形だけは整っていてもどこかが歪んでしまっているのだ。 歪みは確実に存在する。確認できているものは三つ。 一つは能力不足。従来の無形鬼とは比べ物にならない力も、本物の禍鬼には到底足りない。使いこなせる特殊能力も半減している。 二つ目は崩壊。無理な変身で身体に負担がかかっている。時間と共に身体が崩れていくだろう。 そして三つ目は…… 「無理に禍鬼の力を発揮する為、どこかに歪みが出るはずだ。必死に隠しているだろうが、その部分こそ奴のアキレスのかかとさ」 本来10の力があるとする。それを無理に20に引き出せばどこかが崩れてしまうという理屈。 「仕掛けるタイミングはお前達次第さ。同士討ちを待ってもいいが、無形鬼と部下が接触した時点で人質は巻き込まれるだろうな」 無形鬼の討伐。部下鬼の殲滅。人質の解放。やるべきことは一つではないが、依頼内容は鬼の全滅とする。 「無理はするな。だけどま、期待はさせてもらうかな」 ウィンク一つ。お前たちは鬼に引けを取らないほど十分強いんだぜと伸暁が言外に笑っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月04日(金)00:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●この道通ってかえりゃんせ 「まさか、また会うことになるなんてね」 密集する木々に囲まれた細道で、リベリスタは檻の前に立つ二人の鬼と対峙する。 「わたしのこと見覚えあるよねぇ? お仲間だった牛さん倒しちゃったリベリスタ、羽柴壱也だよ」 かつて鬼ノ城で人質の開放をめぐって繰り広げられた死闘。戦いは片方に敗北の屈辱を、片方に同胞の死を与えた。 ――あのとき、わたし達の精一杯は届かなかった。悔やんでも悔やみきれない敗戦の記憶に『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)は唇を噛み締める。 今度こそ――! その決意の表情が歪んだのは、油断なくリベリスタに視線を巡らせながら、人質に向けられた弓を見て。 「また人質を――! ほんと汚いところは変わらないのね!」 アークからの指示は鬼の討伐。人質の無事は依頼内容には含まれていない。それでも―― (まっ、折角の鬼退治。人質助けて万々歳の桃太郎ってー行きたいのですよ) 同じく正面より対峙する者の一人『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)。オオカミの特徴を持つ彼女はどこか余裕の表情で。 「見つけたですよ、鬼畜な鬼ーさん。相変わらず人質ってまぁ芸が無いですね、うむ」 唯々は軽めの口調を崩さず挑発する。苛立つ鬼は気づかない……オオカミの尻尾が小さくパタパタ揺れ動いていることに。 ――人質はやらせねーですよ。決意と共に、唯々は掌でナイフをもてあそんだ。 半数がかつてこの鬼達と剣を交えた経験を持つ。『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)もそうだ。 救出と阻止。逃げると追う。あの日果たせなかった鬼退治。それが今形を変え、再び出会うこととなった。 「今度こそ、私たちが勝つ番です」 ――守るべき人達を守り抜く。それが私達の勝利だから。 人質が救出されるまで持ち堪える。それが、守り手である彼女の戦い。 「まずは囚れている人たちを助けませんと」 柔和な表情を崩さず、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)は檻に目をやる。 簡易の檻のなかで、京一と同年代と思われる男女が一組、恐怖を張り付かせて震えていた。 岡山の鬼騒動もその後始末というべきことが多い。巻き込まれてしまった一般人、その保護は優先すべきこと。 京一の表情が変わっていく。依頼に集中するべく、感情を抑えこんでいく。 檻を破壊するチャンスを伺いながら、指揮者でもある京一は互いの動きを慎重に観察していた。 「ほらほらぁー! お互い殺し合いしてたんだからさぁー! ちゃんと筋通しに来たぞー!」 (往々にして生き残ってるもんだよねーこういう輩ってのはさー) 取り逃してしまったのがかつての自分達とあればなお恥ずかしい限り。『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)は飄々とした態度で鬼を挑発する。 鬼の取る手段はまた同じもの。懲りないっつーかなんつーか……僕ちん達の成長を試されてるよねー。 「残念だけど逃がす事は出来ないよー? まー少なくとも、今手を出せないのは認めるよ……悔しいけどねー」 逃走。人質。挙句の果ては仲間割れ。鬼達の心を揺さぶりながら、甚内が抱く鬼への感想はただ一つ。 ……人間みてー。 ――あいつら、ボクを馬鹿にして……殺してやる! 細道を駆け抜け、踏み越え、切り倒し……憎悪によって狭められた視野は、自分に屈辱を与えた者しか映っていない。 ボクを侮辱した部下ども! 屈辱を与えた人間ども! ……なによりも、あいつ。あいつだ! あの人間が―― 無形鬼の足が止まる。大きく見開かれたその目に映るのは幻ではない。たった今その心を占めていた存在。最も憎むべき――人間! 「やはり食い残しは気分が良くない。一度手を付けた以上はきちんと平らげんとな」 言葉は独りごちて。無形鬼と対峙してたった一人。待つ間咥えていたタバコを一度大きく吹かして、男はライターを懐にしまいこむ。 「まして、生き残るためでもなく八つ当たりで暴れようなんぞいい迷惑だ」 真っ赤に顔を染め肩を震わす鬼に、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は冷たく吐き捨てる。 かつての勝者と敗者。鬼は強き上司の姿を取り、もはや姿形すら違えど確かに命を削りあった二人。けれどどうしたことか、どちらに余裕があるかなど誰が見ても明らかだった。 それを見て取り、敗者は勝者へと語りかける。 「どうした、勝利宣言をした割りに随分負け犬らしくなったじゃないか」 「――きぃさまああああ!!」 金切り声と共に剣を振りかぶる無形鬼に、鉅は目を細めて低く構えた。 実際のところ、鉅に言うほどの余裕はない。たった一人でこの鬼を抑えるのだ。だからこそ目を逸らさない。鬼の動き、一挙一動を見逃すまいと―― ●とった子返せば通らせる 『少ししたら貴方達を助けに人が来るから。落ち着いて従ってねー?』 人質の目が泳ぐ。だが言葉は発さなかった。神秘は人に理解しがたいものだが、鬼に餌として連れて行かれたこの数日間を現実として受け入れないほど、人は愚かでも豪胆でもない。 絶望の前で救いの手が差し伸べられているなら、それにすがるしか道はないのだから。 『信じてくれれば救われるよー』 もう一度ハイテレパスを飛ばし、甚内は仲間に合図する。その時顔の横を通過して、山羊鬼の術が壱也を、鷹鬼の矢が真琴を打ち射抜いた。 苦悶の声が上がり壱也の血が木々を濡らす――それでもまだ動くわけにはいかない。今度こそ、誰も奪わせない為に! 傷を受けそれでも抵抗しない相手に、鬼達は笑い出し再び武器を構えた。 白い髪は帽子の中に、迷彩服は木々の中に。合図を受けた瞬間、『ティファレト』羽月・奏依(BNE003683)は一気に駆け出した。鬼達とは檻を挟んだ裏側で、人質とその目が合う。 「――っ」 漏れたのは音のない、けれど人質の安堵の吐息は鬼を振り返らせるのに十分だった。 慌てて弓をつがえる鬼。人質の悲鳴にけれど奏依は―― 「大丈夫よ」 安心させるように笑って手を伸ばす。間には未だ健在の檻。簡単に壊せようとも僅かな遅れを生み出してしまう檻は絶望の壁となる。 人質に弓を向けた鬼、その顔をかすめたのは――矛。 思い切りよく投げられた甚内の矛がピンポイントに錠を弾き、檻の片面が地に落ちる。 「ね? 助けに来たよ」 奏依は無邪気に笑って人質の手を引き寄せた。 宙を舞う矛。驚き振り返った山羊鬼の目に、地を蹴って空中でそれを掴む甚内の姿が映った。 「さあ派手に始めようかー」 空中で一回転した矛が、山羊鬼の首に突き穿たれた。 全体を見渡せる後衛に位置し、動きを瞬時に把握して京一は的確に指示を飛ばす。 山羊の術を受け、流血する真琴と壱也に神秘の光を施していた彼は突如張りのある声で叫んだ。 「カルラさん!」 ついで矢が人質の背中に向かって放たれる。 それを突き出した腕で阻止し、『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は自身に刺さった矢を抜いた。 「やらせるかよ」 先導する奏依に人質を任せ、カルラは最後尾に立ち矢を牽制する。 安全圏まで人質を連れて行くのが自身の役目。逆襲はそれからだ! 舌打ちして再度人質に狙いをつける鬼。その懐に、素早く深く潜り込んだ影。 「アッチに気ー取られてるとテメー等の命が刈り取られるだけですよ?」 鷹鬼と山羊鬼の間に入り、唯々は両の手のナイフを構えステップを踏む。 「テメー等も鬼の端くれならモノに頼ってねーでその実力を見せてみろっ!」 直線。曲線。ナイフの軌跡が宙に描かれる。軌跡は次第に赤を帯びて。 真琴が走る。両手の盾を前に構え、隙を見せる鷹鬼へと。 接近に気づいた鬼が慌てて弓を射る。だがそんなもの、万全の態勢を整えた真琴を阻害できるものではない。 意思は力。意思は加護。守りのエネルギーが鷹鬼を傷つけ、怯んだ鬼が感じたのは頭上からの圧迫感。 「あの日の後始末、私たちの手で成し遂げるために!」 盾は鉄槌となって鬼の頭部に叩きつけられた。意識が朦朧とし足が重みで沈む。まるで全身が大地に打ち込まれた楔のように―― 朦朧とし定まらぬ視界が何かを映した。それは剣。それは乙女。 深く深く、より深く。人に危害を及ぼすと言うのなら、今度こそ! 「――ここで倒してあげる!」 自身の生命力を戦闘力に変えて。限界を超えた壱也のはしばぶれーどが楔の芯を捉える。 「はしばぶれどおおおおおおおおおおおお!!」 この一撃は壱也の放てる最大の規模となった。一閃が胴体を分断し、大地より楔を永遠に解き放つ。 「――よろしくね」 通信を切ってまもなく。奏依は駆けつけた新人リベリスタに救助者を引き渡すと自身に闇のオーラを纏わせる。 すぐに戦域に戻らなくてはならない。無形鬼を倒すのに今の人数では危険が大きすぎる。 愛用のナイトランス『死翼』を取り出し、戻り際にカルラは救助者に目を向けた。 「あんたらの逆襲、果たしてくんぜ」 言葉を待たず、二人は戦場へと駆けていく。 ●お前におみやげあげられぬ 「どうしたぁ人間!」 一方的な攻防。鉅は一切手が出せず、無形鬼の剣が振るわれるたびに傷ついていく。鬼は余裕のない形相ながら、圧倒的な力の差に愉悦が走る。 「お得意の口先はどうしたよぉ!」 「……なんだ、お望みだったのか」 表情も変えず呟いた鉅の言葉に、無形鬼の顔が引きつる。鉅は手が出せなかったのではない。出さなかっただけだ。 「まず動きに無駄が多い。そのわずかな間を拾えば直撃を避けられる。気づいていたか? せっかくの力も出しきれなければ意味がないということだ」 真っ赤に染まった顔が一気に青く。化けた禍鬼が持つはずの呪いの力が一度たりとも発動していないことがその証。 「それと――」 呼吸をおいて。 「脇をかばいすぎだ。お前は指揮官に向かんな」 「――っぁ、ぁぁああああ!!」 絶叫が山に反響し、無形鬼はがむしゃらに剣を振るう。黙らせたい、何も聞きたくないと。 冷静さを完全に失った鬼の前で、鉅はより心を研ぎ澄ませていく。 仲間が駆けつけるまで持ち堪えるにはまだ足りない。もっと、己を高めるのだ。 「――っと、さすがの力ですね」 鷹鬼こそ倒したが、その置き土産も含め鬼の一撃は重い。必死に仲間を癒す京一だが、徐々に消耗が積み重なる。 守護の結界を張り流血を治癒し――奮戦する京一の疲労は激しい。 「くっ、まだ……」 集中で攻撃を受けているのは真琴だ。防御面に強い彼女も、強い神秘の術を受け続けるのはやはり辛い。 これ以上は危険水準――その瞬間、京一とは違う治癒の風が真琴を包んだ。 「お待たせ、さっさと片付けちゃおう」 後ろから駆けつけた奏依が早速傷ついた仲間を癒し始める。倒れる寸前だったリベリスタが復帰し、もはや山羊鬼にすべはない。 後方からの奇襲に山羊鬼が慌てて振り返り――全力で迫るナイトランスに戦慄する。 「いくぜ、出 力 全 開! ぶち貫けぇぇぇぇ!!」 逆襲者は雄叫びを上げて突貫する。カルラの全力が山羊鬼にぶち当たりその身を削り取っていく。 押す。押す。さらに押す。耐え切れず姿勢が崩れると山羊鬼は衝撃で突き飛ばされた。 一撃で半身を削り取られ、苦痛に顔を歪ませ立ち上がった鬼に、両サイドから新手が迫りくる。 「今度はわたしが遊んであげるよっ」 「鉄槌を下します」 壱也と真琴が機会を逃さず連携を取り、山羊鬼は絶叫を上げた。 一気に止めを刺す――リベリスタ達が動こうとするそのタイミングで、AFに通信が入った。 通信から流れたのは鉅の声。リベリスタに緊張が走り、そのわずかな瞬間を見逃さず山羊鬼は走りだした。 逃げる。無形鬼達とは逆の方角。うまく行けば逃げきれる。 脇目もふらず全力で。ただ生き残るために―― 「人間みたいだねーホント」 横から投げられた声に目を見開き、そちらに放った術は空を切る。 「言ったでしょー? 逃がす事は出来ないって」 前回と今回。似たような鬼の手段。結末の差を引き寄せたのは、自分達と彼らの差。 ――成長。 甚内の矛が突き出され、山羊鬼の頭部が破砕された。 ●云ったはずだよ帰りが怖い リベリスタ達が駆けつけた時、鉅は無形鬼と対峙していた。鉅は一度仲間に目をやり、そしてそのまま地面に膝をつく。 「来たねぇ人間共! なんだい、こいつが助けてーって呼んだのかい?」 高笑いを上げた無形鬼が、その剣で鉅の身体を斬りつけ地に沈めた。 瞬間、怒りの声と共にカルラが、唯々が跳びかかり得物を突き出す。 その両方を防ぎ、かわし、無形鬼は笑い続ける。 「脆弱な人間が! 結局弱々しく助けを求めたんだろう」 「違うよ」 鬼の笑いを止めたのは壱也。その剣は無形鬼の脇に押し当てられる。無形鬼の表情に恐怖が貼り付き―― 「鉅さんはね。歪みは脇だって教えてくれたんだ――よっ!」 激しい痛みに無形鬼が絶叫を上げた。 「あら。なんか動き鈍いんじゃない?」 笑みと共に奏依が放つボウガンが脇に刺さり。 「暗殺を専門とするヤツが豆腐メンタルって正直どーなんですかね?」 唯々が死角から脇に刃を突き立てれば無形鬼は怒り狂って剣を振り回す。 感情任せの大振りは精度を犠牲にし、リベリスタ達は危なげもなくそれをかわしていく。 鬼をここまで追い詰めた鉅の功績だろう。 「相手するほうとしては楽でイイのですが。さてガツーンとくらわせてヤルです」 「さあ一気に倒しちゃうよ」 唯々が、奏依が再び武器を構える。 「絶対に倒れるわけにはいきません」 真琴が正面に立ち無形鬼の攻撃を引き受ける。 攻撃を受ければそれは神秘を伴い無形鬼を傷つける。歪みが崩壊を生み出し、無形鬼の身体が崩れる速度を上げていく。 それを支え、真琴の傷を癒すのは京一だ。戦況を見極め、支える。それが京一の力だ。 的確な指揮がリベリスタを援護する。 「決着は近いですよ!」 勝利は目前に。 「人間が怖い? 人間が憎い? 痛いね、そこ。人間が憎いがために生まれた歪み」 「だぁまれええええ!」 剣と剣が弾き合う。壱也の大剣を怒りの形相で抑え、無形鬼は暴れまわる。 余裕はない。もとよりない。焦りと怒りが、自分の実力以上を求めた結果が歪みであるならば。 「膨れた風船みてーな猿真似野郎なんぞに……ビビるとでも思ってんのかよ!」 剣を振り回した隙を狙ってカルラのランスが突き刺さる。 全身に崩壊が回り出した無形鬼。それと同じようにカルラの傷も多く深い。 だが逆襲者は気にも止めない。鬼から傷を受け、自身の業に身を削り、それでも。 敵を討つ。その為の力だ。斬られた傷を即座に叩き返し、カルラは雄叫びを上げる。 ――鉄には鉄を、血には血を。憎むべき奴等に、怒りを叩き付けろ! 「人間共がぁ!」 無形鬼が構えを変える。怨念を身に纏い、憎悪が刃となって周りの命に向けられる。 強大な力。深い死の気配。 「あいつだけじゃ済まさない。お前ら全員、道連れにしてやる!」 大きく吠え、腕を振るう無形鬼に―― 「あいつとは俺のことか? 悪いが付き合いきれんな」 後方から響く声。頭が真っ白になった鬼の、その首に気糸が巻き付かれた。 ――鬼の口から声のない潰れた呼吸音が響く。 「お前と一緒にいってやるつもりはないぞ」 「な、なんで――」 攻撃の機会を失ったことよりも、そこに在る者にこそショックを受けて。 鉅は強く気糸を引き絞り、答える。 「一度限界を迎えたくらいで、戦うことを止めれないんでな」 運命はここにある。導き、あるいは狂わせ、それでも。運命は確かにここにある。 雄叫びか絶叫か。 動きの止まった無形鬼に次々とリベリスタの力が突き刺さる。 それでもわずかな命で耐えたのは、身を深く染め上げる憎悪によるものか。 身を縛る気糸を引き千切り、絶叫と共に憎悪が刃にのって吹き出される。 禍々しい憎悪が鉅の、唯々の、壱也の、真琴の、甚内の、カルラの身体を激しく揺さぶり切り刻み――多くのリベリスタが地に伏せた。 満足気に笑みを見せた無形鬼は、すぐに強い決意の眼差しで立ち上がるリベリスタ達を見て表情を凍らせる。 誰も倒れていない。決意が運命を消耗し、誰一人―― その事実に気づいた時、無形鬼は慌てて後ろを振り返った。 一度目は戦友の為に持ち堪えるという強い意思。そして二度目は……運命の導き。 鉅の気糸が放たれる。だが二度目だ。同じ業などボクは受けない―― ……違う。同じ業じゃない。 それはより高度に、それはより洗練された動き。無形鬼の表情を読み取り、鉅は答えを吐く。 「人間はな、成長してるんだ」 より高度な成果を得る為に。先手をフェイントに使い、鉅は完璧な結果を打ち出した。 強い力を手に入れても、扱う者によって結果は大きく変わる。役者の違い、それが全てだ。 「器が知れる、ってなこういうのを言うんだろうな」 気糸が完全に無形鬼の動きを縛る。その正面で、カルラは言い捨て死翼を構えた。 「……変にデカいやつを真似るから、歪むんだ。その能力、もっとうまい使い方もあったろうに……」 そして逆襲者は駆け出す。無形鬼の歪みに目掛けて。 ――っ。呟きは無形鬼のもの。 「くそぉおおおお!!」 無念の絶叫が終焉の幕を引く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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