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淪落腐敗のミソナオシ

●『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)曰く。
 
「あ、今日の依頼は虫が苦手な方はUターンして頂いた方が良いかな、と思います。
 精神衛生上。ええ、蜘蛛とか百足とか多足系じゃなくてですね、幼虫の方です、はい」



●"Maggot"Margot
 活動拠点である廃屋に足を踏み入れた。
 空き地にある小さなあばら家。
 地下室がある事を、近所の誰も知らないだろう。知ったら知らなくするだけ。
 剥がれ掛けた床板ごと、金属製の蓋を持ち上げると隙間に滑り込んだ。
 途端、大好きな香りが胸いっぱいに広がった。
 羽音が煩い、そろそろ少々間引かねばならないか。
 だが、今はそれより。
 棚の一つ、黒い塊に向けて手を振ると、一斉に蠅が飛び立った。
 行き場を求めて喧しく右往左往する蠅には構わず、『熟成待ち』を置く。
 その隣にあった、首を取る。
 白濁した眼球、下部には穴が開いて液体が流れ出し、腐敗の香りが一際強くなった。
 皮膚がずるりと滑る。
 その下には、腐肉と、それにびっしり張り付く白い虫。
 丸々と膨れて、それでも尚食べようというのか身を蠢かせている。

 笑いが零れてきた。良い頃合だ。
 小さい頃から自分を殴って叩いて蹴って好き放題してきた男の顔。
 ずっとずっと、食べたいと思っていた。
 砕いておいた後頭部、どろりと蕩けた脳のスープに白い虫の具が沢山浮いている。
 掌で掬って、啜る。
 指先に残った白い虫が這うのが見えたから、それも赤い舌先で掬って噛んだ。
 ぷちり、と少しの苦味が広がる。

 ああ。
 まだ顔に幼さを残した少女は、楽しげに笑った。
 極東の空白地帯も悪くない。
 少女の上司である男が一月連絡をしなくとも、追っ手が掛かる事はないのだから。
 指先に引っ掛けたままであった皮膚を、上から舌に降ろす。
 跳んで逃げようとした虫は、少女の小さな手で押し込まれ、歯という臼に引き潰された。

●Maggot"Margot"
「という事でこんにちは、イタリアには蛆の入ったチーズとかもあるらしいです、ね……。……いやすいません、少し空気を紛らわそうとしたけど失敗しました。皆さんのお口の恋人、断頭台ギロチンです」
 腐った生首を抱いて笑う少女に黙り込んだリベリスタに話しかけたフォーチュナは、すぐに顔を逸らした。
 が、逸らした先がモニターだったので溜息を吐いて前に戻す。
「……えー。国外のフィクサード組織に所属している……『マーゴット』と呼ばれる少女です。とは言え、有名な訳ではありません。寧ろ、位置としては末端というか、使い捨てられるだけの少女兵の立場です」
 ギロチンは遣る瀬なさ気に首を振り、視線を彷徨わせる。
 国内外で名を上げた『アーク』と、『極東の空白地帯』の現況を把握する為に――というよりは、さして大きくもない組織が『自分も動いている』という体面の為だけに送り込んだ僅かな兵力。
 例え消されても問題ない程度の、十名にも満たない集団。
 その内の一人であった、とギロチンは言った。
「ですが。この少女、実際の所はこの集団のリーダーである男よりも遥かに強かった。組織というバックがある為に今までは逆らわず従っていた様子ですけれど、ここ……日本に来て、逃亡を考えた。そして、それまでの復讐として男を、組織の元仲間を殺した」
 それだけならまだ良かったんですけどね、と首を振る。
「彼女の嗜好は、この年で随分と歪んでしまったようで。好んで食らうのは――先程の映像で見た通りの腐肉。それも、己で殺した人間の。それ以外では満たされない。彼女は既に元仲間だけではなく、一般人数名を手に掛けています」
 小さな口が、肉を食らう音がする。
 まるでブリーフィングルームの中にも飛んでいるかのように、蠅の羽音が止まない。
 ギロチンが、音を切った。
「マーゴットは正直、話が通じるタイプではないと思います。『欲しいならば殺して奪え』がモットーの過激派フィクサード育ち。己の行為に全く良心の呵責は感じていないし、リベリスタに臆するところもない。弱くはありますが、彼女によって切り取られた頭も革醒している」
 初めての喜びを噛み締めるように、男の頬を食らう少女の顔は明るい。
 日に焼けた少女の肌に、無数の白い斑点が散った。
「……このまま日本で潜伏・逃亡を続けられれば、彼女による被害が多数発生してしまう。それだけは、嘘にして下さい」
 ぼくの耳元の蠅の音は、しばらく嘘になりそうにないので。
 少し困ったように笑ったフォーチュナは、リベリスタに手を振る。
「ただ、実際に行く方が辛いと思うので、そうですね。……なるべく隙間のない服を着ていくのが良いんじゃないかな、とは」
 



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月04日(金)23:52
 池の傍で死んでいた魚の話をしよう。黒歌鳥です。

●目標
 フィクサード『マーゴット』の討伐。
 生死は問いません。逃亡されたら失敗です。

●状況
 フィクサードの拠点であった地下室。
 室内は腐敗の悪臭と無数の蠅と蛆で満ちており、地上とは梯子で繋がっています。
 内部に乗り込んで戦う分には、逃亡対策は通常の屋内と同程度の認識で大丈夫です。
 地下室内は一辺が15m程、ただし棚や家具が障害物として存在します。

●敵
 ・フィクサード『マーゴット』
 十二歳程度に見える、短い黒髪の少女です。日本語は通じます。
 小柄で細身の外見をしていますが、攻撃力と回避力の高い近接型。
 腐肉が好みなのでリベリスタの事は食べません。
 ・絶対者(P)
 ・ブラッディロア(P)
 ・ハイアンドロウ
 ・メルティーキス
 ・暴れ大蛇
 ・R・ストマック
 また、稀に棚に置いてある腐った生首(未革醒)を投げて攻撃してきます。
 ダメージは少ないですが、命中力が高くMアタックの効果があります。

 ・E・アンデッド『生首』×5
 フェーズ1、攻撃能力はありません。
 ランダムで五回、マーゴットへの攻撃を逸らします。
 障害物の陰に隠れているので、範囲全のスキルで一気に巻き込むのは難しいです。

●備考
 そう、あれは夏の日のことだった。
 池の傍らにダンボールの破片が落ちていて、何気なくそれを爪先で捲っ 

 悪臭等でのペナルティはありません。
 が、気になる方は何らかの対策をしていくのが良いでしょう。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
ナイトクリーク
倶利伽羅 おろち(BNE000382)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
デュランダル
宵咲 美散(BNE002324)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ソードミラージュ
ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)
デュランダル
如月 凛音(BNE003722)


 心寂しい空き地であった。
 崩れかけた廃屋は、聞いていなければ確かに一瞥すらも向けず通り過ぎるようなものだろう。
 いや、この場所を通りがかる事すらなかったかも知れない。
「わ、私もリベリスタの端くれです、こういう戦場は、は、初めてですけど、が、頑張り、ま、すっ……!」
 ブリーフィングルームで見た光景を思い出したか、突入前に既に若干涙目になっている如月 凛音(BNE003722)はぎゅっと拳を握る。
 マスクの上から更にスカーフを巻いた厳重装備ではあるが、一種異様である戦場に置いては仕方もない。
「ウジなんかあんまり見ないよね。……見たくもないけどさ」
 覚悟を決める為に一度息を吸い込んだ『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が、全てを見通す目で小屋を、その下の秘密基地というべき場所の視察を始めた。
 彼女と同い年である、掌で飴を一つ転がす『フラッシュ』ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)の表情はいつもと同じ仏頂面だが、決して怒っている訳ではない。
 果たしてマーゴットと呼ばれる少女は、最初からこうであったのか。
 腐肉を愛し食らうのは、生まれつき得ていた性分だったのか。
「腐りかけどころか腐肉喰らいなんて、まるで獣ね」
 冷めているとも言える感想にルークが顔を向ければ、『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は唇の端を上げて微笑んだ。
「獣を形作ったのは、誰かしら」
「件の男にでも、遊び半分にでも食わされたかな」
 常よりも肌に密着した服で、『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が肩を揺らす。
 腐肉を『好む』のは、以前に口にした事がなければ不可能。
 与えられたのか、食わねば生きられぬ状態だったのか。それは窺い知る事ができない。
「腐敗と蛆を喰らうマゴット(蛆)となれば、ある意味共食いですかね」
 肉は腐りかけが美味しいというのはよく聞く話。
 蛆に限らず虫は高蛋白で栄養価の高い食べ物で珍味だ、と『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が淡々と己の知識を述べた。
「まぁ、人の死肉に湧いた物を食べるのはどうかと思いますが」
「仕方あるまい、“気紛れな”マーゴット、だ――脳に蛆が湧いているのだろう」
 迷信だがな、と笑う美散は、得物の柄に手を掛けて少女を思う。
 彼は少女が如何にして形成されたかには興味が薄く、形作られたモノと相対するだけ。
 既に死体と化したマーゴットの支配者であり『親』である男に、楽しませて貰うぞ、と心中で笑いを向けた。


 耳鳴りにも似ていた。
 うわんうわんと泣き叫ぶ蠅の羽音。黒い渦。
 この地下室はマーゴットの拠点、というよりは、少女が所属していたフィクサード組織の所有物であったらしい。涼子が『見た』地下室は、襲撃に備え幾つかの脱出経路が確保されていた。
 普段は拳を覆うバンデージで顔を覆い、涼子は『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)と頷き合う。出口は複数、少々互いの距離が離れている場所もあり、マーゴットが食事を終えた後の動きが明確でない以上は長いタイムロスは避けたい、と室内の出口を確認するに留まった。
 人数ではリベリスタが格段に上、場所が分からないならば取り逃す事もあろうが、そうでなければ防ぐ事は十分可能だ。
 ルークが降ろした加護が、突入の合図。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が爪先で跳ね上げた蓋の内に、おろちが滑り込んだ。溢れ出す腐敗の香りに、誰かが眉を寄せる。
 枝を滑る蛇の如く、音もなく軽やかに。
 着地と同時に床を蹴ったおろちは、棚の側面を踏み台としマーゴットの前へと跳ね飛んだ。
「初めまして、おろちよん」
 ぱちりと瞬いた、生気の薄い瞳と目が合う。
 唇の端からは、齧り掛けの皮膚が覗いていた。
「ね、マゴチャン美味しそう」
 ごくり、と飲み下す音。目の前で囁かれた言葉。
「食べていい?」
 少女の意識を引き戻したのは、女が抱いた剣呑な煌き。
 生首から手を離し、たたん、とダンスのステップの合間に振るわれる刃の直撃を辛うじて避けたマーゴットは、もう一度瞬いておろちを見た。
「……くさったほうがおいしいよ」
「食通ねん」
 くくっと笑うおろちの背後から、次々に下りて――落ちてくる仲間。
 入れ替わりで飛び込んだ涼子は、傷だらけの銃を握り込み、滅茶苦茶とも言える動きでそれを振るった。敵味方を問わぬ変わりに周囲を破壊し尽くす暴虐は、棚をも巻き込み埃を一気に舞い上がらせる。
 黒い渦、下は白い海。
「汚い所ねえ、掃除したらどう?」
 軽口――半ば本気のそれを口にしながら、エレオノーラは顔の周りの蠅を軽く払う。
 視線の先のマーゴットの体は、鍛え上げられた筋肉ではない。不自然に痩せた体。健康的と言うよりは結果としてそうなった、というだけの焼けた肌には傷跡が目立つ。無造作に切られた黒髪は、手入れの一つもしていないのか輝きがない。
 転がった生首にちらりと一度未練を遺しながら、マーゴットは腐った体液に塗れた唇を舐めた。
 己が纏う服とは全く趣を異にする簡素で粗雑な服が腐汁に塗れているのを見て、エレオノーラは目を眇める。
 その姿は決して彼の衛生観念に合うものではないし、否定するのは簡単だ。
 しかしマーゴットをこう形成したのは、彼女自身の生来の性質だけでは、きっとないのだろう。
 だとしても。
 滲んだ何かの液体を踏みながら、舞姫が駆ける。
「殺したいから喰らうのか」
 黒い刃は光を吸い、夜闇の色。
「喰らいたいから殺すのか」
 翻る刃は目にも留まらぬ速さでマーゴットを抉った。
 ぱちりと瞬いた瞳が、唇が何かを紡ぐより早く、戦姫は断ずる。
「どちらでもいい。わたしは貴様を許さない」
「……ゆるす?」
 マーゴットは首を傾ぐ。何に憤っているのか、何を言っているのか、言葉の意味は分かっても舞姫の意図はまるで分からないかの様に。
 ただ、争いに慣れた体は速やかに襲撃者への反撃に移る。
 涼子が下がるより早く、マーゴットは痩せ切った腕でその手首を掴んだ。
 優しいと言っていい手付きで首筋を撫でられた涼子は、次の瞬間の激痛から己に刻まれた刻印を知る。
「ぐっ……!?」
 一気に、体力の三分の一近くを持って行かれた。この場の最大火力を誇る美散には及ばずとも、それに近い威力。
 身を蝕む汚毒に眉を寄せた涼子を後ろに引き戻し、エレオノーラが気糸を繰った。
「かわいそうな子」
 人ひとりの身など、周囲の影響でどうとでも流されてしまうのを、彼は知っている。
 先程ずるりと滑りそうな床で踏んだのは、彼女が落とした『食事』の残滓か。
 息を一つ吸えば、肺の隅々まで腐臭が染み渡り、内部から腐り落ちて行きそうな感覚さえ覚えた。
「でもね、これはエレーナとは合わない」
 彼の気糸は、蹴り上げられた生首によって留められる。
 放たれた糸の勢いに耐え切れず、腐り切った生首は爆ぜた。
 腐汁を、膿汚れた体液を、丸々肥えた白い幼虫を、空中に撒き散らす。
「……服が汚れちゃうじゃない?」
 エレオノーラは掲げたアタッシュケースを下ろした。
 ぶうんぶうん、蠅が耳の周りを煩い。
 流石に蛆に纏わり付かれるのは遠慮したいが、腐臭と死の香りを厭うような綺麗な戦場には生きていない。
「宵咲が一刀、宵咲美散。推して参る!」
 告げながら、美散が床の虫を踏み潰し向かったのはしかしマーゴットではなく、棚の一つ。
 血液にも似た深紅の槍は、並んでいた生首の一つを貫き通す。
「ああ」
 少女から漏れた気のない声。
 彼女にとっては革醒していようがしていまいが、変わらず『食料』なのだろうか。
 ならばせめて、アンデッドでも喰らっていればまた違っただろうに。
 いや、何れは飢えて人を襲っていたか。どちらがアンデッドか、分かりやしない。
「聞け」
 フードを深く被ったアラストールが、マーゴットに告げる。
「極東が空白地帯とは過去の言葉だ、今のこの地は神秘の無法を許しはしない」
 鋭い視線は少女を射抜き、呼んだ十字は美散の傍らを抜け、別の生首を打ち砕いた。
 異様な熱気に、湧き上がる戦闘の温度に、蠅が落ち着きなく飛びまわる。
 時折肌を掠めるそれは、障害にはならないが心地良いものではない。
「……これだけたくさん、『苗床』があるってこと、か」
 頬に突撃してくる蠅に僅か眉を寄せながら、ルークは先に告げられた棚へと駆けた。
 白く濁った眼球をこちらに向けているのは、マーゴットの元仲間だろうか。
 少女と同じ様に、痩せて焼けた少年の頭。
 死した者に更に鞭を打つのは、気が引けたけれど、遠からず破壊せねばならないのだ。
 握った希望は、死を砕く。
「う、うう、気にしないですよっ……!」
 蠅か蛆か、ぷちぷちと潰れる感触を足の裏で味わった凛音はぞわりと鳥肌を立てるが、ファイト、と気合を入れどうにか気持ちを立て直した。
 マスクとスカーフの二重の防護も、腐臭はすり抜けて入り込んでくる。
 先程までとは違い、生理的に涙がこみ上げてくるが慣れるまで待っている暇はない。
「負けられません、からっ……!」
 強い力を込められた言葉。凛音の体に、闘気が迸った。


 印が刻まれる。
 悪意が破裂する。
 リベリスタを多数巻き込んで振るわれるマーゴットの武器が、強かに打ち据える。
 喰らう行為は日常の内。
 好んで舌に乗せるものが、手に入りやすいものであったならば幸いだ。
 命を繋ぐ為に不可欠な行為を、歪んだ形で好んでしまった少女を世界は許さない。
「死を弄ぶ、浅ましい欲情が赦せない」
 舞姫が、額から血を流しながら鬼気迫る瞳でマーゴットを睨めつけた。
「おなかがすいたら、たべるでしょう?」
 あなたも食べるでしょう。
 草を刈って魚を釣って動物を殺して食べるでしょう。
 それは同一に『死』であるのに何を怒る。
「おこられなかったよ」
 マーゴットは笑う。
「みせものになるから」
 エレオノーラが獣と称した行為。
 虫の湧いた腐肉を喰らう少女の姿は、悪趣味な好事家の欲をも満たしたのだろう。
 腐臭を振り払うように、エレオノーラは落ちてきた木箱を蹴り飛ばす。
 くるりと返した刃、生死を等しく天秤に載せる刃は、彼と大して変わらぬ体躯のマーゴットへと。
 刻まれた場所から流れ込む毒素で、体がずぐりと痛んだ。
「ねえマゴチャン、一般人のと覚醒したの……どっちが美味しい? アザーバイド、食べた事ある?」
 折り重なって倒れた棚の上に立ちながら、おろちが問う。
 薄っすらと笑みを浮かべながら紡がれる女の『世間話』にマーゴットは重い己の拳を構えながら応えた。
「くさったらおなじ。ああ、でも」
 獣と化した部分や翼はまだ食べたことがない。異界の生き物も食べたことがない。
 おいしいかな。おいしいのかな。蛇の女に少女は問う。
「……他のものの方が、きっと美味しいよ」
 数人の体に回った毒を浄化すべく、ルークが聖なる光を放った。
 その言葉は、届くとは思えなかったけれど。
「だが、これ以降はない」
 他の仲間と連携し、生首を潰し切った美散が矛先を少女へと定めた。
 一撃必殺。
 最大の威力の乗った彼の攻撃は、運命の加護を削らねば耐え切れない程。
 しかし、後一歩及ばずマーゴットは抉れた脇腹を抑えてよろめいた。
「潰してやるよ。その虫みたいに」
 好機。痛んだ首筋を軽く動かしながら、涼子がその頭を狙う。
 魔力の弾丸は額を撃ち抜くも、血に塗れた少女は笑ってゆらり起き上がった。
 命の灯火、運命のメーターが破滅へとかちり動く。
 マーゴットが美散に寄り添った。
 自身より遥かに上背のある相手、細い指先で胸元を一撫で。
 顕現した死の印が、少女に僅かながら体力を戻す。一呼吸の間にマーゴットは振り向いた。
 目が合った凛音の体が警告を放つより早く、少女は暴虐の腕を振り回す。
 微かに取り戻した体力と引き換えに、殺意の蛇で削り落としたのは二人の運命。
「腐れて果てて土に還れ」
 アラストールの放った十字の光にも、マーゴットの精神は凪の如く動かない。流れる血と、癒しを阻む呪い以外を少女の体は受け付けなかった。
 よろめき笑うマーゴットの視線が、一瞬背後を窺うように動いたのを舞姫は見逃さない。
「貴様は絶対に、逃がさない」
 もう誰も食わせはしないから。
 決意を込めて振るわれた刃は、マーゴットの体を再び稼動不可の寸前まで追いやった。
「弱いコ嬲って喰うよりさ、強いと思ってるヤツをヤって喰う方が満たされると思うわよん」
 荒い息を吐く少女が、最早長くは耐え切れないと悟って蛇が囁く。
 堕とすのではなく、腐臭の満ちる地下室から地上へと引きずり戻すべく。
「アークなら、そういう敵腐るほどいるからさ。マゴチャン、アタシらと一緒に来ない?」
「…………」
 勧誘の言葉に僅かに舞姫の眉が寄ったが、断れば速やかにおろちの刃は振り下ろされる位置にあるのを見て押し黙る。マーゴットをどう取り扱うかまでは決めていなかった以上、懐柔を押し切ってまで殺すべきかの判断は付け難い。
 手を伸べる女と、一触即発の殺気。
「……、……?」
 意図が分からず、初めて困惑の表情を見せたマーゴットに、ルークが掌を差し出した。
「えっと……飴、食べる? アークに来てくれれば、もっと色々食べれるよ?」
 仏頂面ではあるが、冷徹ではなく今だ揺れる年頃の少年は、善意から。
 刃を構えて笑う女は、破壊衝動と表裏一体の己の欲から。
 内面を窺い知る事が叶わないマーゴットは、視線を左右に動かすが、行動の指針を示してくれるものなどあるはずもない。飛ぶのは蠅、踏み潰す蛆。
 その視線が、『食い掛け』であった頭に向いた時――少女の心は、決まったようだった。
「……ちょうだい」
「っ!」
 蛆を踏み潰して跳んだマーゴットは、ルークの手首を引いて掌の皮膚ごと飴を齧り取る。
 欲しいならば、殺して奪え。
 マーゴットの背中を後押ししたのは、腐臭の如く染み付いた生きる術。
 口の周りをべったり己の血で汚したマーゴットと見合い、ルークが顔を歪めた。
「――ならば。地獄の仲間の元に逝くが良い」
 静かな美散の声と共に、ルークの目前の少女の目が見開かれる。
 腹を貫いたのは、深紅の槍。
 小さな口から、血に塗れた飴が転がり落ちるのを彼は見た。
 力の抜けた痩躯が、続いて床に落ちる。
「あ、……」
 零れ落ちた甘味を恋う様に、マーゴットは舌先を伸ばす。
 が、薄い舌は転がった飴に届く事なく、薄っすら開かれていた目は閉じた。
 日の差さない暗い地下室に落ちた空色の飴は、死体と何ら変わる事なく蠅が覆っていく。
 倒れた小さな体、柔らかい部分である舌先に、早くも蠅が舞い降り始めた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 回復はなくとも、特に危うげもなく。
 お疲れ様でした。