●宇宙の緑を染めるは何ぞ ――頭ン中に鐘の音が響いた気がする。 そんな事は露ほども知らない“彼女”の腹は、既に人としての熱を失い無機的な冷やかさを湛えている。 それでも、“彼女”の全てがそうなってしまった訳じゃあない。それは知っている。にも拘わらず、その全身は酷く冷たかった。少なくとも、“俺”はそう感じていた。 「兄さん」 呼ばれる。その声に視線を落とした。自らの腕の中。 戦いの、神秘のいろはも知らぬ、無知な“イモウト”に。 「私は、良いんです。だから兄さん、命を棄てるなんて無様な真似は止めて」 「俺が、嫌なの。お前が本当の“機械”になるのは嫌なの。それに俺は、死ぬ為に走ってんじゃあないよ」 笑って返す。窓を避け壁を蹴って、前へ。 それでも、本当は知っていた。 もう十数分位かな、この脳天に冷たい色の鈍器が降ってくる。 ――ああ、それでも、俺は、 ●血染コスモクロア この名をご存知ですか――そう、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は問うた。 「“血染コスモクロア”の名を」 和泉が重々しく口にしたその名は、フィクサード主流七派がひとつ、裏野部に伝わる名であった筈だ。 本名を宇宙緑と言い、若くして『暴力の天才』と裏野部のリーダーをして言わしめた存在であると言われる程の、神童フィクサードであった。 一流の暗殺者以上に静かに、一切の感情を持たないロボット以上に無感動に、自ら纏う深緑のジャケットを夥しい血で赤黒く染め上げる事から、その本名も相俟って和泉の言う通り名がついたとされる。 「しかし昨年、彼が十七歳を迎えてからぱったりその名は挙がらなくなり、急速に忘れ去られていきました」 その緑が、再び表舞台に現れたのだと言う。 但し、アークの保護対象となって。 「正確には、彼自身ではなく、彼と共に裏野部を脱した、彼の義妹。彼女が今回の保護対象となります」 和泉がリベリスタ達に手渡したその資料、保護対象のデータにはロゼ・リュミエルの名のみ。緑については備考欄に数行、ほんの申し訳程度に記されているのみだ。 だがその資料によると問題は、緑とロゼが今や片時も離れず傍にいる事である。と言うのも、緑は面接着を用いる事で、ロゼを抱えて移動している為だ。 尚、ロゼの方は面接着は愚か一切のスキルを使えないそうだ。使い方が判らないと言った方が正しいか。 ともあれリベリスタ達は義兄妹を共に保護しても良いし、緑は捕えてロゼだけ保護しても構わない。何なら緑は殺害して義妹を保護してしまっても何ら問題は無い。 要するに、何は無くともロゼさえ無事であれば良いのだ。 「ただ、どの手段を取るにしても、裏野部の追手との戦いは避けられないでしょう。“バトルマニア”の集まりのようなので」 その数、何と十三人。此方より三人も多い。 「数の上では此方が不利。けれど、目立たないよう事を片付けねばならないのです。“血染コスモクロア”を欲しがっている、或いは邪魔に思っているフィクサード組織は決して少なくありません。介入されると厄介な事になるでしょうから」 それでは、宜しくお願いします、と。 いつものように、綺麗な姿勢から、しっかり礼を。そして和泉はリベリスタ達を見送る――見送ろうとする。だが、踵を返したリベリスタ達に、和泉は言葉を投げ掛けた。 「繰り返しますが、緑の処遇自体は自由です。最終的にはロゼさんさえ無事であれば良いのですから……」 礼をしたまま、視線は足元。そんな和泉の表情を窺い知れた者は、此処にはいない。 ●なんのあかでそまる? 物心ついた時には、人を殺してた――なんて言い方は、俺自身もどうかと思う。 だって、俺に心は無かったから。 親父は裏野部の一幹部。そんな男と愛人の間に生まれた俺に、未来なんて無かった。ただ、裏野部の為にこの身を赤く黒く染め上げる事だけが、俺に提示された在り様であり、末路だった。俺は殺人機械でしかなかった。 それが、ロゼに会って、変わった。 標的の娘だった。その時彼女は一般人だったけど、俺も当時の仕事仲間も、彼女はいずれきっと覚醒するって判った。勘だったけど、裏野部に連れて帰った。 けど、思い直す。彼女が辿る末路は俺と同じもの。そうはさせちゃいけないって、俺の直観がそう言った。 連れて帰るけど、辛い思いはさせないって、見るからに怪しい男が言ってるのに、彼女はそんな殺人機械でも受け入れてくれた。俺が妹のように扱えば、兄と呼んでくれた。 それから暫くして、監視の名目で俺が彼女を引き取った。一悶着あったけど、上からは許可取れたしそれで良かったって、思った。 けど、今思えば全然良くなかったなぁ。辛い思いはさせないって言ったのに、辛い思いさせちゃったなぁ。 身勝手にも、程があるだろ、俺。 にしてもやっぱり思った通りだ。 所々錆びて鈍色した鉄槌が今、重いままの俺の脳天に振り下ろされて―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月05日(土)22:50 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●≒ミライヨチ ――勘は、昔っから鋭い方だった。 今は“アレ”の所為でフォーチュナさんも吃驚な程に予知めいてきてるけど。 兎も角、俺もそれなりに回避にゃあ自信がある。向こうさんだって、全員が全員遠距離攻撃の使い手じゃあないし。昔一緒に仕事した奴もいるし、ある程度攻撃パターンは読めてくる。 でも――ロゼを庇ってるなら、話は別だ。 保って、十数分。その内に俺は撃墜される。そしてそのまま―― ――それが、俺の辿る未来な筈だった。 このまま、何の超展開も起こらなきゃあ―― ●Sky high 「!?」 突如、緑の眼前に、スーツの男が現れた。 瞬間、咄嗟に緑はその脇を擦り抜け、更に逃走を図る。が、男――『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)はそれに並走を始めた。 かと言って何をしてくるでも無い喜平に、緑は意図を図りかねているらしかった。 「兄さん、あれは……」 「え」 見れば、地上でも緑と喜平を追う形で、九人もの人間が駆けていた。 (俺のスピードについてくるなんて。しかも面接着まで使ってる奴がいる……こいつ等、覚醒者か! けど、一体何が目的だ?) 「僕らはアークだ、君たちの保護指令をうけている」 この上無い程に、真剣な面持ちで『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)がきっぱりと告げた。 あくまでアークの保護対象となっているのは、ロゼのみだ。緑の処遇は今回の一件とは、関係無い。 だが、夏栖斗にとってはそれこそが、関係の無い事であった。アークでの指令、それとは関係無しに、二人を助けると、決めたのだ。 彼にもまた、血の繋がらない妹がいる。他人事とは思えなかった。命を懸ける思いも良く判っているつもりだ。だからこそ、助ける。 「アーク? あの……」 「ええ、私達は敵ではありません!」 『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)も、夏栖斗に同調する。 彼女もまた、決意を秘めていた。まだ幼い妹を、その妹を護ろうとする兄の意志を。 リベリスタとして、救う。紗理という一人の人間として、助ける。 (それがリベリスタとしての、私としての意思です) だから、仲間達と共に此処にいる。 「私は貴方達を護りたいと思います。だって、戦わせたくないから危険を冒してまで抜け出すなんてどっちが良い人でどっちが悪役かは分かりきってるじゃないですか」 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)も、懸命に言葉を紡いだ。 ロゼは兎も角、緑は基本的に此方を、アークのリベリスタ達を信用していない。それは慧架とて重々承知。ならば、“誠意”と“行動”で示す。 「僕も血の繋がらない弟がいる。だからどうしても他人事とは思えない。君たちには不幸になって欲しくない! 君たちを助けたいんだ!」 それは『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の、心からの願いであり、意志であった。 どんなに緑が心を頑なに閉ざしていても、その意志が揺らぐ事は無い。諦める事は決してしない。 (出来る限り二人共救ってあげたい……いや、救うんだ!) ――瞬間。 「危ねえ!」 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が声を限りに張り上げた。敵の放った、この上無く正確に緑のみを狙う一発の弾丸が、真っ直ぐに飛来する! 「ちっ!」 辛くも身を捻り、致命傷は免れた緑ではあったが、右の肩口を撃ち抜かれた。かつて他者の血で染め上げたのであろうその深緑のジャケットが、今、緑自身の血で染まる。 「緑!?」 「兄さん!」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)とロゼが、同時に声を上げた。 緑は鋭さと鈍さが共存したような痛みからか、微かに眉を顰めていたが、口調は軽い。 「あーあ、しっつこいなぁ。これまだ来るよ、やだもう」 飄々と、あくまでも明るく。それはロゼを想っての事か。 しかし、『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)の言葉は、今の緑の痛みを的確に突いた。 「組織に1人で抗うのは大変だよ。このままじゃ厳しいって予感はあるでしょ?」 「うー……まぁ」 その言葉に、緑は黒い尾をしゅんと垂れ下がらせた。矢張り敵と自分の力量差程度は、今の彼にも判る。 「私達を信用できないのは解らないでもないですが、単独で組織からは逃げ切れないのは、その一員であった貴方自身よく解っている筈」 「……んー……」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の二の句にも、逡巡する緑。未だ信ずるに足るべき人物か見極めがついていないというのが本音なのだろう。 「……フィクサードがリベリスタなんか信用するわけ無いか。キサもそうだったし」 溜息ひとつ、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の薄い唇から小さく、零れる。 元フィクサードであった彼女。緑の考えは判らないでもないのだ。正直、今でもアークは甘いとすら思っている。今もそうだ。助けられるだけ助けたい。そんな夢物語とも言えよう馬鹿げた理想を掲げる連中の何と多い事か。 「でも、その甘さを持ちながらも伝説の殺人鬼を倒す……そんな変な連中」 少なくとも、理想を語るだけの実力はあるのだ。逃げ回るよりは、アークで身の振り方を決める方がより生産的ではないかと。 何より今、アークはロゼを保護するべく動いているのだ。清濁併せ持つアークの事、緑さえ望むのならば、時間は掛かっても彼を受け入れないという事はあるまい。 「緑、君はこの先自分が倒れることを知っているんだろう? 守りたいなら、最後まで守りぬけ! 運命は変えれる、諦めるな」 「自分のした事には自分で責任をとるのが男ってもんだ。だから、分かるだろ? お前は、その子に対する責任を果たすまでもう死ねないって事を」 「絶対に二人共救って見せる! 信じてほしい! どうか!」 夏栖斗が、竜一が、悠里が、思いの丈を投げ掛ける。ロゼを、緑を、死なせたくないのだ。 だから、どうか伝われば―― 「……うん、良いよ信じても。確かにあの人数差キッツいし。ただ……」 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて、しかし彼は、今まで顧みなかった後方を振り返る。 リベリスタ達も、それに倣った。 「……あの状況、ちょっとでも崩してくれたらね」 へらりと苦笑する緑。 後方8メートル程の距離から、殺気立った十三人の男女が、此方を追走してくる。 あれが、裏野部から差し向けられた追手なのだろう。 ●燃やせ、死の運命を (過去には戻れないし消せもしないが、まぁ今のあり方位は決められる。頑張れ若人、そんな君を応援したい正義の味方が今日の友だ) 喜平はくすりと薄い笑みを浮かべると、ロゼに何かを手渡した。 「まぁ……悠長に話してる暇は無いが。取り敢えずお守り」 「これは……」 事前に彼と紗理によって、簡潔にマッピングされたこのエリアの地図。 同時に、二発目の銃弾が緑へと向かった。続けざまにもう一発、別の銃口から放たれた銃弾も、緑を狙っている。 「ちっ!」 頬を掠め、左の二の腕に紅を伴う穴が開いた。それでも緑の脚は止まらない。 だから。 「!」 突如、緑を追っていたメンバーの一人、マグメイガスの女の身体が、目にも留らぬ真空の刃によって袈裟斬りにされた。その深く抉られた傷口から、緑の受けた傷とは比べ物にならない量の夥しい紅を噴出させる。 悠里が振り向きざま、繰り出した蹴撃が風を纏い疾風と化し、女に躍り掛かったのであった。 しかし緑もロゼも助ける、その意志を固めたリベリスタ達の反撃はまだこんなものでは終わらない。 続けざまに喜平が、ふらついた女に追い打ちを掛けた。彼は軽く足踏みして宙にその身を投げると、更に宙を蹴って、一直線に女の懐へと飛び込む! 「なっ!」 不敵な笑みはそのままに、喜平は女の傷口を直接、銃身で力任せに殴り付けた。重量感のある大型のそれによる打撃は、見かけに違わず、重い。 そのまま崩れ落ちる女の腹を蹴って、喜平は反動で仲間の下へと飛翔した。 瀕死の女に、しかし敵側のホーリーメイガスが、聖なる風を纏わせた。女の傷口が瞬く間に塞がってゆく。 それでも、全ての痛みが癒えた訳では無い。怯む訳にはいかない、寧ろ回復を行うのは追い詰められている証。この好機を、逃す訳にはいかない。夏栖斗が、虚空を蹴った。 再び繰り出された風の襲撃は、女を叩き落とすだけでは終わらなかった。前方で、恐らくホーリーメイガスを庇わんとの心算であったのだろう、クロスイージスの男をも巻き込んだ。 すかさず、リセリアが飛び上がり、今度こそ瀕死となった女へと、向かう! 「討たせて頂きます」 「くっ!」 マグメイガスの女も、やられっぱなしでは気が済まないと反撃を試みる。しかし先程の喜平のトリッキー且つスピーディーな動きに惑わされたか、喚び出された鎌は味方である筈のスターサジタリーの男に斬り掛かった。 「うおっ!?」 「おい海砂兎、何やってんだァ!」 辛くも身を捻り、肩口を掠めるだけに留めた男に安堵の溜息を漏らしつつ、女を叱責するデュランダルの男であったが、その言葉は最早届いてはいなかった。 彼女はリセリアの襲撃の前に、力無く膝を着いていた。 「今だぜ!」 ディートリッヒが声を上げる。応えたのは、竜一だった。 (兄と妹なら、離れちゃそこに救いがない。だから) 獲物を抜き放つ。一対の刀、その右手に握られるは雷をも立つと言われる名刀の名を借りたもの。 「今度こそとどめだ、喰らえ!」 空間を断って、刃を生んだ。既に満身創痍の女に、避け得る術は無い。鋭利な真空の斬撃が女の身を一撃の元に斬り捨てると、女は今度こそ動かなくなった。 「まずは一人!」 紗理が力強く頷く。悠里と喜平の繰り出した一撃を、女がまともに回避も防御も出来なかった事、その後の夏栖斗、リセリア、竜一の見事な連携。それが敵の一体をこれだけ早く葬る快挙に繋がった。 しかし、まだ戦いはこれから。リベリスタ達は更に気を引き締める。 「わ、凄い凄い!」 それを見た緑も、屈託の無い笑みを見せる。 「でも、それだけの力がありながら、何故こんな所に?」 ロゼが疑問を漏らす。 ロゼの保護指令が出たとは言え、敢えて身も蓋も無い言い方をすれば、これはフィクサード同士の内輪揉めに過ぎない。彼等に相応しい戦場は、もっと他にあったのではないか。 「言ったでしょ? ロゼさんを、ロゼさん達を保護しに来たの」 嵐子とロゼの視線が交わる。ロゼの真紅の瞳は驚きに見開かれていたが、対照的に嵐子は涼しげな表情で。 「アタシはいつも、そして今も、自分の意思で戦ってる」 そう、此処にいるのは嵐子の、リベリスタ達の、意思。 証明するかのように、嵐子は嵐の名を冠する愛用の銃を抜き放ち、その銃口でもう一人のマグメイガスを捉えた。 そしてその女を中心に――多数の敵を巻き込むように、弾丸の群れを解き放つ! 乱れ飛ぶ弾丸は暴風雨の如く、敵陣を穿つ。マグメイガス集中狙いと判って、複数狙いへの警戒を緩めていたのだろう。暴風雨は立ち向かう人間に、抗う術を何一つ持たせはしなかった。 クロスイージス達に庇われていたホーリーメイガス達以外の全員が、甚大な被害を被ったようであった。 (鉄槌を持っているのは、クロスイージスですか……マグメイガスは狙いつつも、彼等の動きにも気を配りませんと、ですね) 緑の予想だか予知だか判らないが、彼は鈍器で脳天を打ち砕かれ死ぬとされている。ならば鉄槌持ちのクロスイージス達にも警戒を配っておきたい所。慧架はそう考えていた。 同じ真空の蹴撃でも、慧架のそれは緩やかな動き。華麗でありながら凛とした、一部の隙も無いその動きは敵の目さえ奪い――そして、的確にクロスイージスの一人を打ち据える。 「っ、兄さん!」 瞬間、ロゼが声を上げた。 同時に、緑が脚を止めた。 否――それよりも前に、緑の胸が、光の矢によって、貫かれていた。 「あ」 ごぼり、と血を吐き出す緑。慧架の口から短い悲鳴が漏れた。 そのまま、緑の身体は傾ぎ、ロゼ諸共地に堕ちていった―― ●Detect time 「おおっと!」 ディートリッヒが咄嗟にビルへと駆け寄り、墜落しようとした緑の身体を受け止めた。 ロゼは、嵐子に保護され事無きを得る。 「嵐子たん、ナイス!」 竜一が親指を立てると、嵐子も頷く。 「緑!」 「無事か!?」 夏栖斗と悠里がディートリッヒを振り返る。 「大丈夫だ、結構タフだぜ」 「……っ、う……」 その言葉を肯定するかのように、緑は胸を押さえてよろめきつつも、自力で立ち上がる。 その姿に、ディートリッヒは微かに口の端を上げるだけの笑みを漏らす。緑は元フィクサード。それでも、真っ当に生活を送る気があるのなら、助けるのも吝かではない。 今の緑は真剣にロゼの為だけに動いているようで、少しだけ安堵した。 「ほら、しっかり」 綺沙羅が緑に治癒の符を翳した。見る見る内に緑の胸の傷が塞がる。 「……ん、ありがと。だいぶ楽になった」 それでも今、この瞬間にも緑とロゼは追われている。距離が詰まる。緑は再びビルに昇るのを諦め、嵐子からロゼを引き取って再び駆け出した。ビルから降りた喜平を含めたリベリスタ達も、それに続いて再度並走する。 「ホントに大事なもんは自分の手で護るもんだよね。少なくともアタシはそう思ってる」 「……」 言葉を投げ掛けてくる嵐子を、緑は今は一瞥もしない。けれど、聞いていない訳では無いようで。 「だから信頼して欲しいとか、アタシ達に託せなんて言わない。ただキミが護り続けるのに、アークの組織力を利用するのはありじゃない?」 「ま、かたや心が生まれたばかり。かたや力に目覚めたばかり。一人じゃ半人前同士、二人で話して決めな。そうすりゃ、一人前の答えが出せるだろ」 竜一もにっと笑って、言葉を掛けた。緑は今一度、ロゼを見遣る。 ロゼは頷くのみ。そして、緑もやがて、頷いた。 「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかな」 「緑さん!」 慧架の表情が、緑の言葉にぱっと晴れる。信用を勝ち取れた事が、こんなにも、嬉しい。 「では、次の段階に移行しましょうか」 「あ、ちょっと待って」 リセリアの言葉に頷くリベリスタ達、しかし悠里がそれを制止した。勿論、走りながらではある。 「君は『戦わない』のかな。それとも本当に『戦えない』のかい?」 「……はい?」 緑はその天緑の双眸を丸くしたが、悠里には確固たる心算――とは言っても、推測でしかないのだが――があった。それを、緑に告げる。 「本当に『戦えない』のだとするなら、それはもしかして、アーティファクトの所為じゃないかって」 「……」 アーティファクト。その単語に、緑の目の色が僅かに変わった。それを、悠里は見逃さなかった。 「例えばそうだな、『フォーチュナ並みの予知能力を手に入れる代わりに、戦闘スキルが使えなくなる』アーティファクトを体内に埋め込まれてる、とか」 「……」 沈黙を守り続ける緑。それを破ったのは、綺沙羅だった。 「脳天。正確には、額の、前髪の生え際。それが……アーティファクト?」 「え」 深淵を垣間見た綺沙羅と、本人を除く全員が一斉に、緑の顔を凝視した。改めて見るとその顔立ちは端正で、天緑の瞳は静かに煌めき、ふわふわの猫っ毛は爽やかささえも感じさせる。 その亜麻色の猫っ毛が、揺れた。緑が、首を縦に振っていた。 「うん、そうだよ。効果も、大体合ってる」 「!」 「じゃあ……」 徐に、緑がロゼを俵抱きにし、空いた手で前髪を掻き上げる。露わになった前髪の生え際には――金色の突起が露出していた。 「……うっ!」 「これは!?」 目の前の異様な光景に、口を押えるリベリスタ達。 「『カンパニュラの鐘』。俺達はそう呼んでる。これ、勘がすげー鋭くなんの。俺は元々勘は良い方だから、相乗効果で予知能力染みて来てたけど……ま、あんた達が来る事は流石に判んなかったし、絶対じゃあないよね。で、代償はそう、戦闘スキルが使えなくなる。ついでに埋め込まれた本人が壊そうとすると、壊れ際に脳にヤバい位の衝撃を与えて、殺すらしい」 まぁもしロゼが覚醒して裏野部にチョーキョーされ切ったら壊されるって約束だったんだけど――そう言って、緑は苦笑した。 恐らくはその笑顔の裏に、地獄の底まで繋がっているのではないかとすら錯覚する程の虚無を、たった独りで抱え込んで。 「けどそれ」 ゆるりと、綺沙羅が指したのは、他でも無い、小さき黄金の鐘。 「緑以外の人間なら、壊しても大丈夫なんでしょ」 「ご明察。やるなちんまいの」 綺沙羅の冷ややかな視線は意にも介さず、緑は、笑った。 ●反撃反撃! 「じゃあ、ロゼたんや緑自身の為にもさっさと壊しちまおうぜ」 「部分的には埋まってるみたいだし、土砕掌で壊したほうがよくね?」 「体内に残ってしまっては、後々厄介な事になる可能性はありますからね」 夏栖斗の提案に、リセリアも頷いた。 「うん、助かるなー」 相も変わらず緩く笑っている緑。 だが――此処から始まるのかも知れない。彼の、反攻が。 「なあ緑!ここを何とかできたら友達になろうぜ!」 今度は、夏栖斗が笑った。 「なに、それ壊してくれる為の条件?」 緑は皮肉で返すも、矢張り次の瞬間には笑って。 「まぁ、考えとくよ。前向きに」 「さんきゅ! ……それじゃあ!」 黒き棍身に赤く熱く燃え上がる炎を宿したAbsolute FIREは、風圧に抗い緑の額に向かう。 ――パリン、と澄んだ音がした。 「ちっ、ちょこまか逃げやがって!!」 「待って。あの連中、宇宙のアレを破壊したみたいよ」 「千里眼で確認したし、間違い無いねぇ」 「あンだってェ!? あの糞共が、良い野次馬根性してやがるぜ!!」 リベリスタ達の迎撃に、やや疲弊の色が浮かんでいるとは言え、残る裏野部の追手達の戦意は未だに高い。寧ろ苛立ちによって、増強されているかも知れない。 そんな彼等の前に、再び立ちはだかるリベリスタ。 「あいや待たれよ、裏野郎」 挑発的な笑みを崩さぬままに、喜平は大仰に見栄を切り、道を塞ぐ。夏栖斗、竜一、悠里、リセリア、ディートリッヒも一緒だ。 「ただ逃げる背中を撃つ事と此れより参るアークが精鋭を打ち破り進む事。戦いとはより困難な方が燃えるとは誰が言ったか……」 「ここにいるのはアークでもトップクラスの実力者だよ。戦えない相手を追いかけるより僕達との喧嘩の方が楽しいんじゃないかな?」 喜平の言葉に足を止めていた裏野部の追手達であったが、ホーリーメイガスの女の一人が、悠里の言葉にあっと声を上げた。 「わたしぃ、あのひとみたことありますよぉ。アークではけっこうつよいって」 「何!?」 御厨・夏栖斗。結城 竜一。設楽 悠里。その辺りの顔と名前は、裏野部のみならず主流七派に確りと情報が行き渡っているメンバーの一角だ。また、喜平もその顔は七派にそれなりに知られている。 バトルマニアの追手達にしてみれば、相手にとって不足は無かった。 「僕を倒したら名前はあがるんじゃない?」 「こっからは、アークが誇る御厨夏栖斗に設楽悠里が小細工なしで遠慮なく相手してやるよ」 夏栖斗と竜一も既に臨戦態勢。リセリアやディートリッヒも己の獲物を抜かり無く構え直している。追手達もそれに倣った。 それでも。 「市松、羽鳥、一之瀬、浮田、加々美! お前等は宇宙と女、それに残りの連中を追いな」 「おいおい、美味しいトコ取りかよ」 「馬っ鹿、宇宙がいんだろ向こうには。それに護衛の連中も結構やるぜ」 「仕方無ぇなあ、ほれ行くぞ!」 クロスイージス、クリミナルスタア、ホーリーメイガスが各一人ずつ、そしてスターサジタリーが二人、擦り抜けようと試みる。しかし、クロスイージスとクリミナルスタアの進撃は、竜一と悠里によって阻まれた。 「チッ、市松、羽鳥、戻れ! 浅井、生田、代わりに出ろ!」 今度は先行したホーリーメイガスとスターサジタリー二人を追って、もう一人のスターサジタリーと、残ったマグメイガスが走り出した。リベリスタ達は、これを追わない。流石に全員を押し留められるとは思っていない。 後は、緑やロゼ、そして彼等の護衛を申し出たメンバーを信じるしか無い。 今は、少しでも長く目の前の敵を引き付ける! ――一方。 「……来た!」 「しつこいですねっ」 嵐子と慧架が、声を上げた。追手の数は、五人。追いつかれぬよう、走る。走り続ける。 それでも敵の弾丸が、今は自力で走るロゼの脳天を狙う! 「!」 一瞬の内にロゼの頭部を貫通し、穴を開ける筈だったそれは、しかし紗理の身を挺した防御によって阻まれた。 腕に血の染みを広がらせ、呻きつつも、意志の光を尚も強く宿すその黒の眼で、敵を睨む。 「甘いです! ロゼさんは攻撃させません!」 すぐに踵を返し、狭い路地裏へと皆を誘導する。このエリアの迷路のような抜け道は、既に彼女の頭にはインプット済み。彼女のナビで一行はするりと細く狭い、路地裏へと入り込む。追手達もそれに続いた。 「えっと、俺もマグメイガス狙えばいいの?」 その時、緑の身体に、異変が起きた。 「兄さん、それは」 「多分巻き込みはしないと思う。けど、出来るだけ離れててね」 ――バチ。バチバチバチ。バチバチバチバチバチバチバチバチ…… 「!」 「宇宙の奴が帯電してやがる! “アレ”が来るぞ!!」 「おいおいこんな狭い所で逃げ場もあるかァ!?」 追手の連中も慌てている様子だ。綺沙羅は悟る。 「まさか……」 「“天緑乾雷槍”!!」 「またまたご明察っ」 綺沙羅と嵐子に目配せひとつ。そのたった一瞬で、天緑の色を宿した雷が、その勢いを増す! ――バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!! 「伏せろォォォォォォ!!」 敵のスターサジタリーが叫ぶ。 緑が、嗤って指を鳴らした。 放たれた天緑の雷は一条、昏き世界を貫き槍の如く敵へと突進した。 ●真っ向勝負! それは、一瞬の出来事と表する事すら生温い程の、芸術であった。 流麗。刺突がクロスイージスの身体を貫く度、光の飛沫が刹那に煌めき、惑わす。喜平のその妙なる連撃を皮切りに、両者は怒涛の如く激突した。 悠里の身体は不倒の金剛にして変幻自在の陣と化し、その合間に夏栖斗が、追撃する形で惑うままのクロスイージスに内部破壊の掌打を叩き込む! 「まさに現代の抜忍扱いだよな!ばっかばかしい!時代錯誤にも程があるぜ」 意地悪な笑みを向ける夏栖斗に、しかし男は言い返せない。あの光に心を奪われ、言葉も既に、無い。 しかし敵もさる者、黙ってやられているばかりではない。 ホーリーメイガスの光の矢が、天を翔けてリセリアの腕を掠める! 「っ!」 咄嗟に肩口を押えるも、傷は深くない。しかし相手も相当の実力者、直撃していたらと思うと恐ろしい。 (それでも、負ける訳にはいかないのです) その決意は固い。だから、動く。このままで終わらせない為に。 宙で身を捻り、旋回し、一刀による翔の一撃を、見舞う。しかし跳び込まれたデュランダルの男は一瞬の判断で、腕を捨てて身を庇う。致命傷には至らない。 しかしその間にも、ディートリッヒは自らの肉体に課せられた枷を、無理矢理抉じ開け解放する。爆ぜる裂帛の気合を纏い、その身を焦がして立ち向かう。 そして竜一が、その脚で力強く地を蹴って、跳んだ。腹の底からせり上がった咆哮と共に、全身全霊からの気魄を獲物に全て籠めて、ただ、目の前の敵を真っ向から一閃する! 「おおおおおおっ!!」 瞬時に身を庇うクロスイージス。完全なる防御は間に合わず、鎧から火花が散った。重圧を伴った一撃に、敵は数歩よろめいた。 此処まではリベリスタが優勢。しかし、本当の戦いはこれからだ。そう、また同時に、此処から敵の猛撃が始まるのだ。それはリベリスタ達も予感していた事であった。 正に押し寄せる荒波であった。デュランダルはディートリッヒにダイナマイトの如き重圧と殺傷の力を以て激突し、クリミナルスタア三人はそれぞれ、喜平、悠里、リセリアへとただ真っ直ぐに蒼き風を斬る拳を振り被った。 その勢いに鎬を削り、しかし辛くもリベリスタ達は耐え切った。思わぬ痛手を喰らった者もいるが、逃走中、敢えて緑を庇わず温存していた事で、まだ体力に余裕はある。 しかし此処で、敵側に思わぬ動きがあった。 「うおっ!?」 「てめ、市松何してんだァ!」 市松と呼ばれた、先程喜平の攻撃の前に心を奪われたクロスイージスが、茫然自失の状態となり、悠里が抑えていたクリミナルスタアに突如、輝きの刃を振り下ろしたのだ! 「と、上手い事出来たようだ」 喜平が微かに笑みを浮かべる。敵の足も止まる、同士討ちも期待出来る。一石二鳥だ。 しかし魅惑の呪いは、控えていたもう一人のクロスイージスの齎す光によって祓われた。 とは言え、そんな事は意にも介さない喜平。また惑わせてやれば良いだけの話。 再び舞う光の飛沫。再びクロスイージスを惑わしにかかる喜平の隣を、悠里が抜けた。 (抜かせない!) その誓願は力を漲らせた。限界まで振り絞られたそれを悠里は、冷たく固く折れぬ氷の刃へと変換し拳を覆う白き光宿すGauntlet of Borderline 弐式へと纏わせ、穿つ! がつん、と鈍い衝撃音と共に、クリミナルスタアの腹が、先程彼が放った拳の一撃によって悠里が負った衝撃よりも重く抉られた。 「うおおおお……!」 そしてその身が、ゆっくりと、しかし確かに薄氷で覆われていった。やがて、その動きは格段に鈍くなる。少なくとも先程のような攻撃は繰り出せまい。 ホーリーメイガスは一瞬躊躇うも、クロスイージスへと癒しの風を届けた。それよりワンテンポ遅れて、夏栖斗も動く。 破壊の一打は、またしても容赦無く敵の体勢を崩し、風の癒しの恩恵すら削り取る。 リセリアも負けじと、デュランダルの下へと舞い降りる。ディートリッヒもそれにタイミングを合わせ、同じく眼前のデュランダルに狙いを定めていた。 「参りましょう」 「おう、大体何とか出来るだろうさ。確実に削っていくぜ」 翔撃と斬撃。その交差が敵の逃げ道を奪った。二方向からの進撃、躱す事は叶わず、回避の考えは捨てて防御に専念した。しかし、比重は難しいもの。ディートリッヒの重撃を完全に抑える事は出来ず、また、リセリアからも傷を奔らされる。 そして再び反撃にと打って出る追手達。しかし入れ替わる形で、竜一も踏み出していた。 デュランダルが反撃にと、またもやディートリッヒに向かい、鍔迫り合う。それと同時に、竜一は、動きを止められたクロスイージスとクリミナルスタアを浄化するべく気を高めていたもう一人のクロスイージスに、その身ごと、突っ込む。 全体重をも上乗せして躍り掛かった一対の剣のその威力に、流石のクロスイージスも踏ん張りが利かず吹き飛んだ。 「おお!」 「ははっ、どんなモンだ」 素直に感嘆の声を上げる夏栖斗に、竜一もヴイサイン。 しかし気を抜いてもいられない。敵の勢いはまだ治まらない。 敵は純粋に目の前の敵を狙っているらしく、今回もクリミナルスタアには、喜平とリセリアが狙われた。 そしてクロスイージスとクリミナルスタアを苛んでいた異常は、体勢を整えたもう一人のクロスイージスによって再びたちどころに癒える事となる。 (向こうは上手くやれてるのかね) ふと、喜平の頭にそう、過ぎった。 ●宝石兄妹、アークへ 「ちっ、流石に読まれてるか。ブランクも酷いなー」 今は銃を両手に携えた緑は、不満げにぼやいていた。 結論を言えば、緑の放った雷の槍は狙い通り敵を貫通し、三人を巻き込んだ。しかし流石に敵もそれについては警戒していたのだろう。せめて直撃は避けんと身を反らされ、致命傷や異常を負わせるには至らなかった。 「いや、それでも向こうには結構痛手だったみたいだけど……」 嵐子の言う通り、緑にとっては本調子ではなかったのだろうが、それでもマグメイガスに至っては疲弊から動きが鈍っているように見受けられた。 「回復される前に落としておきたいですね」 「だね。でも今はこれから飛んでくる攻撃を切り抜けるのが最優先」 背後を確認しながら緑達について走る慧架と綺沙羅。彼女達が狙われる事は今の所まず無いが、緑やロゼに攻撃を知らせなければならない。 「緑さんに二人、ロゼさんに一人、来ます!」 慧架の声に紗理が動き、ロゼに向かう弾丸から彼女を庇う。緑も今は軽い身の熟しでひらりと二発の銃弾を躱して見せた。 「あなたは機械ではありません。1人の優しい人間です。その力は、あなたのその力は彼女を守るためのものです」 だから、絶対に緑もロゼも護ると。そう改めて宣言する紗理に、緑も顔を綻ばせて。 「ロゼは、アークで幸せになれるかな」 「あなた達次第で、二人共……です」 「その為にも、逃げ切りましょう!」 慧架の反転は鮮やかだ。そのまま、振り返る勢いで繰り出された風の襲来は、最早立っているだけで精一杯だったマグメイガスを鎮めるのに十分であった。 (これが裏野部の天才と呼ばれた男の戦い。キサとは違う。それならキサは) 自分なりの戦いを。 その両手からばら撒かれたのは、神秘によって為される云わば閃光弾。光は追手達の前で激しく破裂し、その目を眩ませた。 「うあっ!?」 「こ、のクソガキがぁ!!」 悪態を吐く追手達だが、狙い通り、その動きが止まる。言葉とは裏腹に、二人のスターサジタリーは怯み、前進に躊躇が生まれる。 それでも、残るスターサジタリーと、ホーリーメイガスは前進を続けるものだから。 「仕方無いね、それじゃあ、これでどう!?」 ぽいっと、嵐子もまた、何かを彼等の足元へ。それは閃光弾でこそなかったが――視界を奪い取る、発煙筒であった。 「っ!」 「きゃあ~?」 広範囲に広がる灰の帳に、リベリスタ達や緑、ロゼの姿は見えなくなる。 しかし我に返り、数秒の内に煙を突破する。しかし既に其処に、標的とその護衛達の姿は無かった。 「こっちで大丈夫!?」 「ええ、此処から更に分かれ道が続きます。細く入り組んだ道ですが、だからこそ、撒ける筈!」 問い掛けを確固として肯定する紗理に、嵐子は強く頷いた。 「次は、右ですか」 「はい!」 地図と睨めっこするロゼにも紗理は肯定の意を示す。するりと二列に並んだ影が路地を抜けてゆく。 「ごみごみしてるね、此処。足元気を付けなきゃ」 「ええ、ですが此処さえ抜ければ……」 「判ってるよ」 確かな希望に前を見据える慧架に、緑は相変わらず、ニヒルに笑って。 「行こう、一緒に」 「!」 悠里のアクセス・ファンタズムに、通信が入る。 それだけで、彼は全てを察した。仲間達に、目配せする。 既に双方共に消耗はかなり激しい。けれど当初の目的は達成出来た。潮時であろう。 「よっしゃ、引き上げるか! それなりに楽しかったぜ追手さん達よ!」 踵を返し始める仲間達に続いて、ディートリッヒが豪快に笑い、駆け出した。 「待てェ!」 「今更逃げンのか、ああん!?」 「はははっ!俺にも、男の責任ってのを背負ってんだよ……!」 口汚い罵倒の言葉にも、竜一は笑って返すだけ。戦い、勝つ事だけが責任ではない。勝ちの形は様々だ。何より、全員無事で生きて帰らねば意味は無い。 「そう、道半ばで倒れる事は許されません……彼も、私達も」 緑はロゼを、リセリア達はそんな二人を、護ると決めたから。最後まで、やり通す。 緑が、ロゼが、そしてリベリスタ達が、全員無事にアークに生還するまでが、彼等の使命だ! 無論、敵は追い縋ってくる。向こうとて何の収穫も無く引き下がる訳にはいかなかった。未だ健在のクロスイージスが、ホーリーメイガスが、クリミナルスタア二人が、血眼で此方へと向かってくる。 それでも、喜平の案内で、噛み付いてくる敵を往なし、一人、また一人と撒いて、そして……。 全員を撒く頃には、皆、ぼろぼろになってしまっていたけれど。 「さあ、皆で帰ろう!」 「んでもって、緑とロゼの歓迎会しようぜ!」 悠里と夏栖斗の言葉に、頷かない者はいない。 宝石の名を冠す、新たな仲間に――笑って、大手を振って、会いに行こう! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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