● どんな願いでも叶えてあげる。 囁かれた言葉が余りにも甘ったるくて私は目を閉じた。 唇に冷たい感触。堅いものが触れて、そのまま線を引く。先を惹く。 一つ目の願いは、あたしに『家族』をください 二つ目の願いは、あたしに『青春』をください 「三つ目を願った時、きっと貴女はもっと幸せになれるわ。紅音ちゃん」 「ホント?あたし、幸せになれるの?」 願えば願うほど、なんだか頭がくらくらするの。 願えば願うほど、なんだか皆が泣いているの ――何故?何故? 「ねえ、この口紅って何なの?」 「これ?此れはね、アーティファクト『薄紅の口上』というの」 貴女の願いを何でも叶えてあげる、素敵な素敵なアイテムよ? ● 「アザーバイドの少女が何だか可笑しなことになってる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は赤い花が入った花瓶を胸に抱き、何処か不安そうに言った。 可笑しなこと、と聞いてアザーバイドが何か遣ったのか、と全員が不安そうに見守る中、イヴはのんびりとした口調で言う。 「紅音という名前のアザーバイド。偶然フェイトを得たみたいで今は安全なの」 「じゃあ何がおかしい?」 彼女が敵ではないのなら放置しておけばいいではないか。 リベリスタの一言に返そうとした時、イヴの抱いた花瓶から花弁がはらり、と散った。 「彼女は今、『春めく灯籠』と呼ばれるフィクサードと一緒に居るわ。 そのフィクサードが使用してるアーティファクトが中々厄介なの」 アーティファクト『薄紅の口上』と説明のついた口紅がモニターに映し出される。 いっけん普通の口紅に見えるのだが、この口紅は願いをかなえる事が出来ると言う。 「使用者の能力が高ければ高いほど、力は強まる。ただ、歪んだ形でしか願いがかなえられないの」 紅音が願った事はすべて歪んだ形で成就されてきた。 アザーバイドである少女が使用するから危険ならばアーティファクトを奪い取ればいいのか。 「この『薄紅の口上』は使用者の願いをかなえる代償にその生命力を奪うわ」 イヴの表情が少し硬くなる。 花弁がまた一つ、散った。 「お願い、これ以上歪んだ願いを叶えさせては駄目。どうか一人の少女を助けてあげて」 ● 一つ目の願いは、一人の少女の転落死で叶った。まるで成り代わる様にあたしに家族が出来た。 二つ目の願いは、クラス惨殺事件で心に傷を負った少年と出会った。あたししか頼れないとそう笑った。 三つ目の願いは? ああ、そうだ、あたしは、恋がしたいんだ。 「さあ、紅音ちゃん……」 叶えましょう? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月25日(水)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 線を引く、先を惹く。 甘い、甘い願い事、恋がしたい。 「恋をしたいでござるか」 実に女の子らしい、可愛らしい願い事。きっと誰しも願ったことのある些細な願い事。 力になれたら、と寂れた校舎を見つめて目を閉じた『女好き』李 腕鍛(BNE002775)の言葉に隣を歩いていた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は赤い瞳で空を仰ぎ小さく笑う。 「元の世界へ帰りたいと願わなかったって事は、」 向こうの世界――彼女が元居た筈の世界に居た時からの願いだったのかもしれない。 「彼女の願い、叶えてあげたいね」 優しい言葉に一言だけ、付け加える。アーティファクト抜きで。 その言葉に頷いたのは『フラッシュ』ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)であった。 ただ、助けたいと彼は呟く。 ルークの頭にあるのはその気持ちだけであった。 先を惹く。 寂れた校内を歩きながら、『悪影卿』塔宮 景識(BNE003523)の指先がふるり、と震える。 戦闘訓練、そして先の決戦の後、彼が受けた仕事はこれが初になる。 リベリスタとして、その家柄故――そんな義務感ではない。彼は資料として見た少女の瞳に魅入られた。 ――ひとめぼれだった。 「恋、か」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の声で現実に引き戻された景識は頷く。 恋。甘い甘い、感情。 だが、彼は思う。春めく灯籠――フィクサードの彼らにも何らかの事情があるのではないか、と。 気になりはする。 「まずは、紅音を救ってやんねーとな」 「そうですね。救ってあげたいですね」 きっと、寂しいんじゃないですか―― 『』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)の静かな呟きは滴る水の様に耳朶を擽った。 目の前の敵から、春めく灯籠という小さなフィクサードのメンバーから救ってやりたい。 其れだけではない、少女は草木に愛された娘の孤独すらもなくそうと願う。 「救って、あげたいですね」 気持ちを救って、掬って。 「願いが叶うアイテム……」 それに頼りたい想いはある。自分でどうしようもない願いなら願うかもしれない。 けれど、と『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は寂しげに俯いた。 願いは自分で叶えるからこそ、意味がある。 紅音という少女にも分かってほしい、少女はそう祈る。 ぎしり、古い床が音を立てた。 『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)の髪が歩くたびに揺れる。 「何かの犠牲なくして何事も成り立たない」 ただ、それは物事の手順の上での犠牲。他人の不幸の上で成り立つ幸福。 そんなもの合ってはいけないものだと少女は歌う様に言う。 ポルカという曲が歌う様に奏でる。願いと幸せの二律背反。 「それはきっと、とてもとても虚しいもの」 ――だから、だから。 さあさ、あまい夢の終わりを、はじめましょう? ● 小さな机を窓際に寄せた教室。 楽しげに談笑する様子はまるで学生の様で、壁際に立ったアンジェリカはぽかん、と口を開いた。 「それでね、それでね」 「うん、それでどうしたの?」 幸せそうに早口でまくし立てる少女の頭を撫でている少年。 その隣にもう一人、本を読んでいる青年がいることにアンジェリカは気付く。 彼女は壁を這い、気配を消し、教室の中を伺う。 三人の男女から離れた位置に、机を隔てて内緒話をするかのような黒髪の少女ともう一人――紅音とマグメイガスだと思われる女の姿がある。 扉を開いた腕鍛が首をかしげて彼らを見やり、何の悪意も持たない様子で近づく。 「ねぇねぇ、彼女たちこんな所でなにしてるでござるか?もしかして、ここの卒業生の集まりとかでござるか?」 「え、あ、ああ、そんなとこかなあ」 其れに気付いたのか、マグメイガスだと思われる女も三人の男女のもとへと近づく。彼女は不審な侵入者に警戒する様にそっと男の後ろに隠れた。 「遠目に見てもべっぴんさんが3人もいて思わず拙者出てきちゃったでござる」 楽しげに言う腕鍛に春めく灯籠だと思われる4人は何処か混乱した様子で彼を見ている。 その後ろをさりげなく擦り抜けて行った終が椅子に座ってぽかんとしていた少女に笑いかける。 「こんにちは!紅音ちゃんだよね?オレ達紅音ちゃんとお友達になり隊でっす」 「え、あ、あ、あたしと?」 赤い丸い瞳をした紅音は終とその後ろに居たスペードとエルヴィンの様子を見てから頬を染める。 「口紅、持ってるか?」 「口紅、あ、ううん、冬子さんが、あのお姉さんが持ってるわ」 首を振った紅音に優しく微笑みながらスペードは笑う。何も不安なんてないよ、という様に。 「その口紅を使った後、頭がくらくらしたり、怖い夢を見たりはしませんでしたか……?」 「……そいつの効果について、疑問は感じてるんだろ?」 スペードの言葉にハッとした紅音がエルヴィンの言う『疑問』を思い出し、頷く。 誰かが泣いている、頭がくらくらする、怖い、怖い。 助けてなんて甘い言葉は言えない、願いが叶っていくことが怖いだなんて、言えない。 「その口紅を使っちゃダメだよ!それは周囲を不幸にするし、君の命を縮めてしまうんだ」 死にたがりのピエロの言葉が紅音の胸へとすとん、と落ちる。 ――ああ、あたしの命を縮めてお願いは叶っていたのね。 ただ、死にたいと渇望する青年の優しい言葉は嘘の様でいて、真実だ。 「そんなものを使わなくたって君は願いをかなえる事ができるんだよ!」 だから、使わないで、と手を伸ばした所に魔法の弾が飛んでくる。 「紅音ちゃん、違うわ、嘘よ、嘘。私を信じて!」 マグメイガスの女――冬子と紅音が呼んだ女が手を差し伸べる。呆然としたようにリベリスタ達と女を見比べて、紅音はどうすれば、と呟いた。 「……彼女を誑かしていないというのならあなた達自身が其れを使って彼女の為に願ってみろ!」 素早さと言う風を纏ったルークが叫び戦闘態勢に入る。 背後で椅子から立ち上がり周囲を不安げに見回す紅音という異界の娘が此方を信じてくれると、そう願って。 ● 混乱した様子の紅音の手を強引にとった景識は自らの後ろ――スペードへと紅音を預けて、魔槍を握りしめる。 「そのアーティファクト、いえ、口紅は使用者の命を吸うことで、願いを歪んだ形で叶える、とても恐ろしい口紅なんですよ」 背中に紅音を隠し、笑った少女に紅音は頷く。それが真実かはまだ分からないけれど。 戦闘態勢に入った春めく灯籠――いや、冬子の頭上にアンジェリカが舞い降りる。 ふわり、と愛しい神父が授けたドレスの裾が揺れる。 「紅音さん、こんな道具に頼らないで……」 少女の背中が語る。繰り出した攻撃はルージュを握りしめていた女を縛り上げ、その動きを止める。玩具にかけられた動きだす魔法が解けるように。 ふわり、と銀糸が揺れる。 ポルカは握りしめた剣で幻影を作り出し攻撃する。ルージュまであと少しで手が届く。 「ごめんなさいね。頂いて、いくわ」 「冬子殿、と申したか。すまないが預からしていただくで御座る」 笑った腕鍛の指先が冬子の堅く閉じた指先と絡み、ルージュが彼の手に渡る。 回収できた、と頷きあった後に少年は其のまま炎を女の腹へと叩き込む。 冬子さん、と紅音が小さくつぶやいた。 その声を聞いてかアンジェリカの元に駆け寄った終が振り向き、スペードの服の裾を握りしめた紅音へと笑いかける。 今はそこで安心して、という死にたがりの微笑みに紅音は混乱する。 ――共に居た人が敵で、乱入者が味方。それとも。 「その口紅で願うなってことじゃない。幸せになっちゃダメって事じゃない。恋をするなって訳じゃない」 エルヴィンはその身に魔力を纏わせて言う。 「ソレで願えば不幸な人が増える、君も不幸になる」 幸せにして遣りたいから――だから、踏みとどまれ! 彼の言葉に紅音は頷く。ああ、どちらが味方か敵かなんて分からない、けれど、あたしは。 「あたしは、幸せになりたかった、恋をして、普通の女の子になりたかっただけなの」 膝をついて、しゃがみこんだ少女にスペードは微笑んだ。 願いを叶えてあげるから、だから、まずは。 「紅音さんの純粋な願いを利用するなんて、許せない……!」 目の前の相手を倒してからだ。アンジェリカは春めく灯籠という名のフィクサード達を睨みつけた。 「利用、ええ、そうね、其の通りかもね」 笑った女が繰り出した攻撃がスペードを目掛けて飛び出す。 彼女の前に立っていたルークは握りしめた刃で彼女への攻撃を庇う。 両手を広げて紅音を庇う姿勢をしていたスペードが小さく微笑んだ。 「自分の為の想いを叶えたいなら、願うことで叶って欲しいなんて……間違ってる」 誰かの為、誰かの未来の為に祈ることこそが願いだ、と少年は紅音へと語りかけるように言う。 彼が自分の為に祈り、欲するなら、彼の2本の足でその大地を踏みしめて叶えるだろう。 「オレは貴方を助けたい……だから、オレは、今、すべてをかける」 彼は剣を振るう。マグメイガスの女、冬子にその剣は届かないが、彼女をかばっていた一人の剣士の腕を傷つけた。 「俺たちは俺たちの世界の為に――負けてやらねぇよ」 一人の剣士の言葉に景識が小さく笑う。ひとめぼれであった。夢で出会った理想の少女のままだった。 「騎士がお姫様をお迎えに来たんだ。悪い魔法使いは舞台袖にご退場願おうかな?」 まるで御伽噺の様に。 何かを使って叶えた願いは犠牲によって成り立つ。犠牲という種から美しい花が芽生えるように。 彼の繰り出した暗黒に騎士が目を閉じる――閉ざしてはいけない、と強い意志で踏ん張る一人の青年。 隣に立っていた娘が拳を振るい、泣き出しそうに目を歪めた。 「やめて、やめて、春ちゃんを、傷つけないで!」 彼女の拳がポルカへと叩き込まれる。しかし、少女の背中は青い少女が繰り出した暗闇が覆いこむ。 じわり、と闇が泣き虫な一人の少女を包み込む。 やだ、やだ、と首を振る少女に夏奈、とホーリーメイガスであろう少年が手を伸ばした。 「おっと、回復役を狙うのがセオリー、我慢比べはこっちとしようぜ?」 その進路を遮る様に立ったエルヴィンに少年が唇をかみしめる。 「秋人、下がって!」 「でも、夏奈が!」 下がって、下がってと叫ぶマグメイガスの女の言葉に秋人と呼ばれた少年はしぶしぶ後ろに下がる。 だが、前に出てきたその背中を見逃す事はない。 終の繰り出した攻撃で彼の体が痺れる。 マグメイガスの女が悔しげに表情を歪めた――しかし、彼女の体に植え付けられた死の爆弾が破裂する。 「ああ、ほんとうにほんとうに、美味しくない」 ゆらり、と体を揺らして近くに居たホーリーメイガスの少年の首にポルカは噛みつく。 仕草はまるで五線譜に並ぶ音符の様に優雅。ふわり、と銀糸がまた揺れる。 「冬子、さん?」 紅音が小さく聞いた。 「大丈夫、大丈夫ですよ」 少女が紡いだ言葉に、紅音は其の赤い瞳を伏せった。 ――だた、幸せになりたいと願っただけだった。 其れはきっと紅音と言う少女も、目の前で戦うフィクサード達も同じ。 だが、紅音を護ると誓った少年はその剣戟をホーリーメイガスへと繰り出す。 とん、と彼が膝を付く。 拳を握りしめた少女が泣いた。 ああ、やめて、やめて。どうか、どうか、殺さないで。 少女が泣き崩れる。 彼女のワンピースの裾が揺れて、腕鍛へと拳を叩きこむ――が、その攻撃は直ぐに癒しによって回復されてしまう。 「私は、ただ、皆で幸せになりたかっただけだった」 住みやすい世界に。ただ、生きる事が苦しかったから。 その言葉にエルヴィンが瞳を伏せる。何かの事情があるのではないか、と思っていた。 「他の誰かを犠牲にして成り立った幸せなんて、紛い物だよ?」 笑ったピエロの攻撃がデュランダルの青年へと叩き込まれた。 泣き出した少女がもうやめて、という。 「ねえ、もう、戦わなくっても大丈夫じゃない、かな」 紅音が静かな声で言った。 ● 『春めく灯籠』幼い頃に孤児院で育った四人の男女グループ。 一番年下のクリミナルスタァの少女は怪我を負った仲間たちに泣きつく。 泣き虫な少女――夏奈という名前のクリミナルスタァの少女のもとにしゃがみこんだエルヴィンは何かを耳打ちする。 目を見開いた少女は小さく頷いてから、笑った。 『薄紅の口上』は腕鍛の手の中だ。ポルカがルージュを見つめ笑う。 「大丈夫?気分、悪くない?」 彼らが立ち去った後に、座り込んだままの紅音を覗き込み終は聞く。 「あのね、オレ、終。 紅音ちゃんと友達になりにきたんだ」 ――友達になってくれる? 明るく笑って花を差し出した彼に紅音は花を受け取り微笑む。 「ええ、勿論、終。終ね」 すてきなお名前。 すてき、と笑う紅音にアンジェリカも安心したのか深い息を吐いてから笑う。 「恋っていうの頭で考えてするものじゃない、心でするものなんだ……」 だから、何時か紅音さんの心にもやってくるよ。 その言葉に付け加える様に腕鍛が笑う。 「その願い、拙者なりに叶えて差し上げたいでござるなぁ。拙者じゃなくても知り合いにイケメンが何人か」 「イケ、メン?まあ、貴方も十分素敵よ」 小さな笑い声に近づいて目線を合わせた景識が紅音を見つめる。 「君をもっと教えてほしい、君をもっと知りたい」 彼の確固たる意思と行動で、紅音の望みをかなえようとそっと手を差し伸べる。 「だから―― 僕と恋をしてみないか?」 その言葉に顔を赤くした紅音が笑う。 嗚呼、草木が外でざわめく、ざわり、ざわり。 「ごめんなさい、あたしより、きっともっと素敵な人が貴方にはいるとおもうの」 嬉しいお誘いだけど、それでも、その言葉に応える事は出来ない、と紅音が首を振った。 外で草木がざわめく。じっとその場に立っていたルークが何処か照れたように紅音へと笑った。 「紅音さんが笑った顔が、みたいな。とびきりの笑顔、オレに下さい」 一度きょとん、としたあとに彼女は笑う、笑う。愛しい友人たちの為に。 紅音、とエルヴィンの呼びかけに少女は首を傾げた。 「お前の力になれると思うんだ、だから」 「よろしければ一緒にアークへ来ませんか?」 手を差し伸べる。話してみたい、故郷の話、草木の話、恋のお話。 素敵な出会いを貴方にあげるから。しあわせをあげるから エルヴィンとスペードが笑った。 ああ。ああ。 「みんな、みんな、あたしとお友達になって?」 願いはこんなにも簡単に、叶うんだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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