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おやすみくまさん

●よるのくまさん
「このぬいぐるみ、要らないわよね」
 気が付いたら汚い所にいた。
「いい加減汚くなってきたし、赤ちゃんにも悪そうよ」
 あ、ここはゴミ捨て場だってすぐにわかったよ。
「陽子が帰ってくるとうるさいから、今捨てちゃいましょ」
 いらないものを置いていく場所でしょう?僕、いらなくなったのかなぁ。
「明、お姉ちゃんのお部屋片付けて頂戴。そう、一階の玄関脇の――」
 そうなら悲しいけど、でも、でもね、それならね、これだけね。

『いいいいいたたたたいいい』
『いい、いたた、いい』
『い、いた、い』

 一生懸命話しても、上手なおしゃべりにならないのは、猫にひっかかれて真っ赤なフェルトで出来た口が取れかけているから。
 あの子のところへ帰りたいのに、おうちへの道がわからないのは、烏に突かれてボタンで作ってもらった目が片方外れて落ちて、もう片方も罅割れてしまったから。
 走って戻ってあの子の腕に抱かれたいのに、上手く歩けもしないのは、ゴミ捨て場で水を吸って体が重たいから。
 だけど僕がんばって、君のところまで戻って来たよ。
 僕が一緒じゃなきゃ眠れないって、君はよく泣いたよね。
 大丈夫だよ。
 君は良い子だねって僕に言ってくれたから、僕ちゃんとわかっているよ。
 ただ、ただ、僕は。

『いいいいいたたたいいいい。いいたい。いいいたたいい』

 それだけだったのに。
 ねぇ、『これ』なら僕の声、聞こえるでしょう?上手におしゃべりできてるでしょう?
 ねぇ、大好きだよって言ったのに、悲鳴を上げて僕を投げるのは、僕が可愛くなくなったから?
 ねぇ、こっちに来ないでって喚くのは、僕が古くて汚れてるから?
 ねぇ、化け物って叫ぶのは、僕が、僕が、僕が。
 ねぇ、ねぇ、くちがいたいよ。めがいたいよ。うでがいたいよ。あしがいたいよ。むねがいたいよ。

 きみがにくいよ。

 あぁ、あぁ、ほんとは。

 ――いいたい。

 ねぇ、どうして、きみは動かないの?だっこしてほしいなぁ。ぎゅってしてほしいなぁ。
 でもねむたいのかな?だったら一緒に寝てあげる。
 あのね、僕、これだけどうしても……ようこちゃん、――

 くまのぬいぐるみの取れかけた目から、じわりと水滴がにじんで流れた。

●フォーチュナのいうことにゃ
「くまが、女の人を襲う。それを阻止してほしい」
 あどけない少女の口からそう告げられると、まるで童謡か絵本の話かという気分になる。
 しかし、少々メルヘンチックな台詞を口にした『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は、至って真面目だった。
「くまと言っても、本物の熊じゃない、ぬいぐるみ。
 相手はエリューションゴーレム1体。フェーズは1。
 捨てられた古いぬいぐるみが、エリューション化して元の持ち主を襲うわ」
 フォーチュナーが視たのは、数時間後の夜の住宅街。
 ぽてぽてと暗い道を歩いていたのは、ゴミ捨て場から自力で脱出した、くたびれたぬいぐるみだ。
 あちこち謎の染みをくっつけて、目も口も取れ綿のはみ出した姿は、お世辞にも可愛らしいとは称せない。
 はっきり言って、何処かを目指して歩き続けるぬいぐるみは、不気味以外の何物でもなかった。
「ぬいぐるみが目指しているのは、持ち主だった女の人、神崎陽子(かんざき・ようこ)の家」
 彼女は出産を間近に控えた妊婦で、今は里帰りの真っ最中だという。
「ぬいぐるみは、最初何もしないで寝ている彼女の布団に潜り込んで一緒に眠るの」
 寄り添って眠る、ぬいぐるみと女性。
 一見和やかにも見える夜の光景だ。
 しかし、放っておくと、陽子に朝は来ない。永遠に。
「神崎陽子は違和感に目覚めて、捨てられたはずのぬいぐるみがある事に動転して、ぬいぐるみを壁に投げつける」
 ぬいぐるみは立ち上がって布団に戻ろうとする。陽子は余計に恐怖し混乱する。わけもわからず罵倒する。拒絶する。
 見慣れた自分の玩具であろうとも、夜中に動く無機物を見れば、それは正しい一般人の反応だろう。
 ただし、ぬいるぐみ的には非常によろしくなかったらしい。
「大好きな持ち主に怒鳴られて、ぬいぐるみは一変する。
 体の中身に詰められた綿を操って、彼女を絞め殺してしまう」
 真綿で首を絞めるの言葉の通り、ゆっくりと、じわじわと、眠るようにゆるゆると、女性を殺めて、目覚めない彼女の横で一緒に眠るぬいぐるみをフォーチュナは視た。
「今から向かえば、神崎陽子の家の前の公園で会えるはず。
 彼女が永遠に眠らされる前に、助けてあげて」
 地図で敵の居場所を指示しながら、イヴは言う。
 その幼い彼女の横顔に、少しだけ物寂しげな影を見つけて、リベリスタは疑問の声を掛けた。
「……ぬいぐるみが、何かを言っているんだけど、何を言っているのか聞こえないの。
 ずっと繰り返し言ってるから、多分ぬいぐるみにとって大事な事。
 何が言いたいか上手く聞き出せれば、もしかして戦わなくても済む…かも」
 聞き出すと言っても、情報を聞く限りではE・ゴーレムはまともにしゃべれない。
 どう話を聞いてやれば良いのか。
「E・ゴーレムは、ある程度近寄ると、ハイテレパスを使う。
 テレパス状態になれば、少しはまともに話が出来るはず。
 ……ただし、このある程度の距離は、そのまま相手の攻撃範囲だから、ダメージを受ける危険もあるけど」
 エリューション化で強化はされていても所詮攻撃手段は綿だから、ダメージと言っても大した痛手にはならない。
 しかし、てっとり早くぬいぐるみを壊して仕事を終えるか、はたまたぐずる子どもを宥めすかして機嫌を取るかはリベリスタの自由だと、
うさぎのポーチを弄りながら、ぬいぐるみのよく似合いそうなフォーチュナは告げた。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:十色  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年04月27日(金)23:34
初めまして、新米STの十色と申します。
本シナリオにお目通し頂きまして誠にありがとうございます。


■目的
E・ゴーレムの撃破。

■状況
深夜、住宅街にある小さな公園。
遊具はブランコと小さな滑り台があるだけの簡素な場所。
夜に人が来る事は滅多に無いが、周辺が住宅地であるため、
残業帰りのサラリーマンやらが公園沿いの道を通る事はあるかもしれない。
あまり大きな音を立てると近所の怖いおばさんの怒鳴り声を貰う。

■敵
E・ゴーレム『くまのぬいぐるみ』
30cm程の大きさの、薄茶色のテディベア。

性格は幼児そのもの。
基本的に心優しく純粋だが、目下自己中一直線で周りが見えない。
自分の感情に素直で、やりたい事を邪魔をされると癇癪を起す。
神崎陽子の下へ向かうのを邪魔するものは皆嫌い。いなくなっちゃえ。

中身の綿を触手の如く操って、相手の身動きを封じたり、あるいは首を絞めようとしてくる。
ふわふわ触手の届く範囲は最大2m程度。
ただの綿よりは多少強化されているため、一般人が抜け出すのは困難。
質量の法則完全無視。綿が尽きる事は多分無い。
中身ふわふわなので殴る蹴るといった攻撃のダメージはあまり受けない。
軽いから吹っ飛ぶけどのったり起き上がる。
切る裂く燃やすには滅法弱い。

2m範囲内に近づくと、ハイテレパスにより会話が可能。
子どもをあやす調子で語りかければ戦闘回避は容易いが、
同じくらい機嫌を損ねる事も簡単。要は気難しいがきんちょ。


■一般人
・神崎陽子(かんざき・ようこ)
旧姓・白峰(しろみね)
ぬいぐるみの持ち主。臨月妊婦。絶賛里帰り中。
自分のいない間にぬいぐるみを捨てられて少し怒ったが、
随分くたびれていたのは事実だし、赤ちゃんに譲るには汚いかも、と諦めた。




情報は以上となります。
ご縁がありましたら、よろしくお付き合い下さいませ。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
神宮寺・美雪(BNE001984)
スターサジタリー
アシュリー・アディ(BNE002834)
クリミナルスタア
烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
ナイトクリーク
フィネ・ファインベル(BNE003302)
ダークナイト
赤翅 明(BNE003483)
ナイトクリーク
蛇穴 タヱ(BNE003574)
ダークナイト
スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)
ホーリーメイガス
乃々木・白露(BNE003656)

●ある夜公園で
 深夜の公園をぬいぐるみが横切る。
 小さなこの公園を抜けたら、もうすぐ。
 ――ようこちゃん。
 ぬいぐるみの頭の中では、幼い日のままの神崎陽子が笑っている。
 ぎゅっとしてくれた小さな女の子を、ぬいぐるみは覚えている。
 抱き締めて、一緒に眠って、どこへ行くにも手を繋いだ。
 だから、だから、さいごに。
 さいごだから、だから。

「おおっと! ストップストップ! そんな傷だらけでどうしたんだい!」

 持ち主の家へと進んでいたぬいぐるみの前に、突然飛び出した――くまが居た。
 『三つ目のピクシー』赤翅 明(BNE003483)は、その小柄な体をくまの着ぐるみで包み、両手を広げてぬいぐるみの前へと飛び出す。
 突然のくま出現にぬいぐるみは足を止め、明を見上げた。
 その動きに今の所攻撃の意図が見えないのを確認し、リベリスタ達は慎重にぬいぐるみへと歩み寄る。
 一瞬、ぬいぐるみは警戒する動きを見せたが、『風華の陰陽姫』神宮寺・美雪(BNE001984)のマイナスイオンが広がると、もぞりと動いた綿は静まった。
 幼児の気分の切り替えが早いのと同様に、ぬいぐるみは微かな敵意をすぐに周囲への興味へ転換させる。
 ぬいぐるみからリベリスタ達へ、言葉が流れ込んだ。
『お姉ちゃん達、だぁれ?』
 頭に直接響いたのは子どもの声。4、5歳程度の男児だろうか。
「困ってる子センサーが、ぴこぴこしたの、です。あなたのお手伝い、させてください」
 『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が言うと、ぬいぐるみはまずフィネを見上げ、それから、否の意を持って首を揺らして見せた。
『おてつだい、って、なぁに?ぼくね、これから、おうちに帰るんだよ。だから、急いでるの』
「今のままでは、お前は帰れねェ」
 待ちきれないように体を揺らすぬいぐるみを凍りつかせたのは、『やったれ!!』蛇穴 タヱ(BNE003574)の幼くも鋭い声だった。
 ぬいぐるみの首が、ぐにゃりと傾ぐ。そこに無邪気な可愛らしさは無く、無機質なボタンの目に、敵意が光った。
「あーわかってるわかってる! 怒るなって! お前さんのせいじゃねェ。でもな」
『わかって、ないよぉ。僕、帰るんだよ。急いでるの。じゃま、するの?』
 タヱの言葉を遮って響いた声は、もう欠片も笑っていない。
 タヱの声に秘められた、ぬいぐるみを心配する気持ちに、子どもは気付けない。
「えと……くまさん、僕たちの話を――」
 ぐにゃり。ぐねり。ぼこり。
 『悠々閑々』乃々木・白露(BNE003656)の焦る声に構わずに、綿の詰まったぬいぐるみの腹が、不自然に蠢いた。
 破れた手足から覗いていた白い綿が伸ばされる。
 ピリピリと腹が細く縦に裂け、うねる白い蛇のような綿が見える。
「駄々っ子には、何を言っても無駄な事ってあるわよね」
 『愛煙家』アシュリー・アディ(BNE002834)が素早く愛用の銃を握った。
 折角タバコを我慢してまで穏便に行こうとしたと言うのに、地団駄を踏む子どもは程ほどのお仕置きせねばなるまい。

●くまさんが怒った
「すいやせん!アタシが余計な事を」
「いいえ、多分、誰が何を言っても……こうなった気がします」
 タヱが苦い顔で言った言葉に美雪が首を振った。
 子どもの機嫌は取りづらい。
 あのぬいぐるみの小さな頭には、持ち主である陽子しかいない。陽子の元へ帰るのを邪魔するものは、何を言おうが誰が言おうが、敵、なのだ。
「すまねェ、少しだけ……っ」
 渋面を作ったまま、タヱがその身から気糸を放つ。
 細く、しかし強固な糸に絡め取られて、にじり寄るように歩んでいたぬいぐるみの歩が止まった。
 それでも、蠢く綿はまだ動く。
 一層鈍くなった己の動きを訝る様子で、手足を眺めたのは一拍の間。すぐにボタンの隻眼は害意を灯して周囲を見る。
 しゅるり、と捩じり縒る風にして強度を増しながら綿が伸ばされた先は美雪だった。
 白く細い首に綿が絡みつき、締め上げる。
「っう……くっ」
 じわじわと、けれども確実に、気道を狭めていく。
『ようこちゃんのとこに、行くんだもん。じゃましないで。じゃましないで!!』
 正しく癇癪を起した幼子の声音でぬいぐるみが叫んだ。
 美雪の喉を絞める綿に、怒声と共に力がこもる。美雪の爪先が、僅かに地面から浮いた。
「我儘はご主人にも嫌われるわよ」
 テレパスで広がる我儘に返したのはアシュリーの冷静な声。
 静かな声に続けて静かな弾丸が、美雪を捕えた綿の触手を正確に打ち抜く。
 捩じり縒れていた綿が緩み、込められていた力が弱まって、浮きかけていた足が再び地面を踏んだ。
「その通り。適度な我儘が可愛いんですよ?」
 思わず身を退きかけたぬいぐるみの、今度は足を、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の銃口が狙う。
「さぁて、くまさん、手術の時間ですよ。痛んだ所を摘出してあげますからねー」
 連続して放たれた弾は、元々裂けて綿の零れていた足へと吸い込まれるように命中した。
 破損の無い部分を壊すと後々困る。
 何せ、リベリスタはこの我儘なぬいぐるみを持ち主に返してやりたいのだから。
 そんな気遣いを知らないまま、触手と足を撃ち抜かれてぬいぐるみが悲鳴を上げた。
『僕、ようこちゃんのとこに、いきたいの。いきたいの。いいたいの。それだけだよぉ』
 邪魔をしないで、と言うように、美雪の首にまとわりついた綿が、懲りずにじわりと力を持ちだす。
「……陽子ちゃんが今のくまさんを見たら、きっと泣いちゃう……」
 それまで無抵抗だった美雪が、気道を狭められ苦しげな息の下で言った。
 ぬいぐるみが、ぴたりと動きを止める。
『………ようこちゃん? ようこちゃん……泣いちゃ、やだよぅ……』
 だって、泣き虫なあの子の為にぬいぐるみはいるのだ。あの子の涙を止める為に、いたのだ。
「陽子ちゃんを……お友達を、悲しませないで……」
 言い終る頃には、美雪の喉から綿は退いていた。
 未だ細長い綿の腕を揺らしながら、ぬいぐるみは困惑したようにリベリスタ達を見回す。
「それ以上暴れないで、降参するのなら悪いようにはしない」
 混乱するぬいぐるみの定まらない思考を示すように、揺れる触手。
 それを警戒しながらアシュリーが告げると、彷徨っていた綿が腕から離れ、ぽとんと地面に落とされた。
「……くまさん、僕たちのお話、聞いてくれるかな?」
 軽く咳き込む美雪に回復を掛けながら、慎重に発せられた白露の声に、ぬいぐるみは、こくん、と小さく頷いた。

●花咲く微笑みで
「突然のお別れ、いやですよ、ね」
 綿の触手と同様に力無く項垂れたぬいぐるみに、フィネの少しだけ泣きそうな声が降ってくる。
 突然のお別れなんて、誰だって嫌だ。嫌いだ。
 そう、出来るのならば、きちんと――。
「あなたのお手伝い、させてください」
 最初に会った時と同じ台詞を、最初より少しだけ強い口調で、フィネは口にする。
『お手伝い?』
「それはぼくが説明しよう!」
 声を上げたのはくまの着ぐるみ――もとい明。
 未だ完全にくまの姿のまま胸を張る。
「自己紹介が遅れたね。ぼくは明、ぬいぐるみ専門のお医者さんだ。君の名前は?」
『僕はね、くー君、っていうんだよ!』
 明に負けじと、陽子に付けてもらった自慢の名前を、ぬいぐるみは堂々と告げる。
 が、どことなく誇らしげに光っていたボタンが次には曇り、顔を俯かせていた。
『ぼく、お医者さんは嫌いだよぉ。ちゅーしゃ、ようこちゃんが泣いちゃうんだもの』
 在りし日を思い出したのかしょぼん、となだらかな肩を落とすぬいぐるみに、烏頭森が首を振る。
「違う違う。体が痛くて重いでしょ。それ私たちが直しますよー」
 にこやかな声に顔を上げたぬいぐるみの視線の先で、烏頭森が微笑んだ。
「くー君の事好きだもの」
「さ、まずはお風呂に入って綺麗になろう」
『………うん』
 お風呂は嫌いだ。体が水を吸って重たくなるし、しばらく陽子ちゃんに抱っこしてもらえない。
 しかし、微笑みと共に告げられた「好き」に照れて気を取られている間に、ぬいぐるみの頭は明のお風呂提案に、勝手に頷いてしまっていた。

●くまさんがこぼした
『ふふふ……くすぐったぁい』
 金ダライにはられたぬるま湯の中で泡にまみれたぬいぐるみが笑う。
 ぱしゃん、と水が跳ねて周囲にいるリベリスタの服をわずかに濡らした。
「くー君、大人しく、して下さい」
 右の腕を丹念に洗いながらフィネが言い。
「そうですよ、暴れたら、後でぎゅってしちゃいますからね」
 スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が左の腕を泡で撫でるようにしながら微笑む。
『ふふ、僕、ぎゅってされるの、すきだよ!』
 お湯に入るのを渋っていたのは最初だけで、すっかり上機嫌に入浴中のぬいぐるみが言って、その目がぬいぐるみのお医者さんへと止まる。
『君くらいおっきかったら、僕もようこちゃんの事、ぎゅーってできたのになぁ…いいなぁ』
 羨ましげな視線を受け止めながら、お医者さんこと明はゆっくりと着ぐるみの頭を取った。
 ぬいぐるみが『わぁ。中にお姉ちゃんがいたんだねぇ』と無邪気に楽しげな声を上げる。
 その声を、これから、奪わなければならない。
「だめなんだよ、そのままじゃ」
 陽子の事を抱き締める事も、陽子に抱き締めてもらう事も、陽子の下へ帰る事すら、声を持ち動くぬいぐるみでは叶わない。
 見つめる明の赤い瞳の中で、ぬいぐるみは黙っている。
「やっぱり、普通のぬいぐるみは歩かねェんだよ」
 少女にしては乱暴な口調で、けれど確かに悲しむような、悼むような調子を滲ませてタヱが言う。
『僕、お散歩できない?お話も、できなくなっちゃうの?
 ……じゃあ、ようこちゃんとも、お話、出来ないねぇ……言いたいこと、あるのになぁ』
「あなたは伝える術を失うけれど、代わりに、フィネ達がしっかり、伝えます」
「あぁ、ぜったいつたえる!」
 泣きだしそうなフィネと、やはりぐっと堪えているタヱを、ぬいぐるみは見つめて、確かに、笑った。
『僕、さよならって、言いたかったの』
 ぽそり、と零すように言う。
 罅割れたボタンの目に光っていたのは、ただの水滴か、それとも。
『いらなくなったの、わかってるよ。ちゃんと、わかってる』
 良い子だって、陽子ちゃんはいつも言ってくれた。
 だから、良い子なぬいぐるみは解らねばならない。自分はもう要らないと。自分はもう居てはいけないと。
 解らねばならないと解っていた。解っていたけれど、最後に。最後だから。
『さよならって、おやすみなさいって、僕がいなくてもちゃんと1人で寝るんだよって』
 ぽろぽろと、汚れたぬいぐるみの顔から水滴が落ちて水面へ落ちる。
『ようこちゃんは、お母さんになるんだよ。すごいでしょ?
 だからね、がんばって、いいお母さんになってねって、それから、それからね。
 赤ちゃんに、僕みたいなこ、あげてね。仲良くしてね。
 ようこちゃんが、僕を大事にしてくれたみたいに』
 笑う母親と子どもと、一緒に在れるのがもしも自分だったのなら、勿論一番うれしいのだけれど。
 捨てられた自分はもう要らないものなのだ。

 要らないって解っているから、それでも最後に言いたかった。

『ありがとうございましたって、言ったら、遠くに行こうって……僕……だから、でも、ぼく』

 最後はもはや言葉として伝わって来なかった。
 ほたほたと落ちる水滴は冷めていくお湯と混ざってわからなくなる。ただ水滴が零れ落ちる度に、水面がゆらりと揺れた。

●くまさんのいうことにゃ
 綺麗になった体を満足そうに見回して、ぬいぐるみは改めてリベリスタ達を見上げる。
『お姉ちゃん達の言う事、わかったよ。僕は、良い子だからね』
 えりゅーしょんがどうとか言うのはよくわかんなかったけど、僕が今のままだと、陽子ちゃんと赤ちゃんが悲しい思いをすると明お姉ちゃんが言った。
 陽子ちゃんが悲しいのは駄目だ。
 それに、フィネお姉ちゃんも、タヱお姉ちゃんも、明お姉ちゃんも、皆も「伝える」って言ってくれた。だから。
『約束、したよ』
 そう言ったぬいぐるみを、スペードがぎゅっと抱きしめる。
「クマさんはね、本当は陽子さんの赤ちゃんになって、生まれてくるはずだったんですよ」
 抱きしめられて、嬉しげに体を揺らしていたぬいぐるみが、スペードの声に動きを止めた。
「魂がぬいぐるみの中に迷い込んでしまったままだと、陽子さんの赤ちゃんは生まれてこれないの……」
『赤ちゃん、いなかったらようこちゃん泣いちゃうよ!大変だ!』
「そう…だから、少しだけ痛いけど……。我慢、できますか?」
 揺れるスペードの瞳に、ぬいぐるみは気が付かない。
 頭の中は陽子と産まれてくる赤ちゃんの事で一杯だ。
 ただただ一生懸命に、何度も何度も勢い良く頷いた。
『うん、僕、がまんできるよ!』
「目が覚めたら……、今度はずっと、陽子さんと一緒にいられるから」
 ぎゅっと、より深くぬいぐるみを抱きしめてその柔らかい体に唇を寄せる。
 スペードの牙が届くよりもほんの少しだけ早く、ぬいぐるみのテレパスがリベリスタ達に流れ込んだ。

『お姉ちゃんたち、ありがとう。だぁいすき!』

 朗らかに、照れくさそうに笑う男の子の声が少しの間だけ響いて、やがて、何も聞こえなくなる。
 すん、と鼻を啜ったのは誰だったのか、音の主を探さないまま、アシュリーはタバコに火を付けた。
 タバコの煙は目に染みる。涙の一つも出るだろう。
















●あら皆さんありがとう
「あらぁ?」
 日課の散歩に出かけた陽子は、馴染みの公園で馴染みのぬいぐるみを見つけて間の抜けた声を上げた。
 薄茶色のふわふわした毛並。赤いフェルトの口。くりくりしたボタンの両目。
 見慣れないベビー服を着てはいるけれど、これは紛れもなく。
「くー君?」
「偶然この子が捨てられてるところを見て、なんだか放っておけなくて……」
 控え目に微笑んでぬいぐるみを抱くスペードと。
「失礼かと思ったのですが、ゴミ捨て場から引き取ったんです」
 軽く頭を下げた美雪の言葉に、陽子は目を丸くしてぬいぐるみを見つめ、それから「ボランティア」を名乗る彼女達を見た。
「よくウチの子だっておわかりですね?」
 名札なんかあったかしら、と首を傾げる陽子に、リベリスタ達は一瞬焦る。
 アシュリーと烏頭森が調べてくれた修繕方法で、素人ながらになんとか見せられるようぬいぐるみを治した。
 綿が出た時に裂けた腹だけが、少々縫い跡が見える形になったのでフィネのくれたベビー服を着せたが、後はほぼ元踊り。
 これで後は陽子にぬいぐるみを戻すだけだと言うのに。
 冷や汗をかくリベリスタの前で、陽子はしかし、あっけらかんと笑った。
「あぁ、でも、ウチの母有名ですものねぇ。近所でも怖いオバサンって!捨てた所にいらしたの?なんか恥ずかしいわぁ」
 どうやら、良いように解釈してくれたらしい。
 胸を撫で下ろす一同をよそに、陽子は抱かれたぬいぐるみを指で軽く突く。
「こんなに綺麗にして下さって嬉しいけど……勝手に捨てちゃって、この子は怒ってるかしら」
「そんなこたぁ無いです!」
 少し寂しげに微笑んだ陽子に、タヱの鋭い声が飛ぶ。
「そうですね……もしこの子が話せたら……きっとこう言うと思うんです」
 目を丸くする陽子と、しまったと口を噤むタヱの間に入るように、美雪が穏やかに言いって、スペードへと視線を流す。
 後を受け取って、スペードは腕に抱いたぬいぐるみを手に持ち替え、陽子のお腹へ語りかけるようにして話し出した。
「やぁ、僕、くー君って言うんだよ」
 ぬいぐるみの言葉を借りたスペードの声に、陽子の目がますます大きく見開かれる。

 さよなら。お休み。1人でもちゃんと寝るんだよ。
 頑張って良いお母さんになってね。
 赤ちゃんにもぬいぐるみをあげて、可愛がって大事にしてね。
 僕を大事にしてくれて、ありがとうございました。

 言い終えて、ぺこん、とぬいぐるみが頭を下げる。
「……ボランティアって、こんな事までやってくれるのね」
 言いながら陽子の目は潤んでいた。
 やだ、ちょっと泣けてきちゃった、と笑う陽子に、白露が意を決した様子で切り出す。
「大切な思い出が沢山詰まっていると思うので、よかったらまだ一緒にいてあげてください」
 続けて、タヱも自分のぬいぐるみを抱いて陽子を見た。
「一度捨てた物を、ってのには抵抗あるかもだけど……この子はきっと怒って無いですよ。
 できれば、また一緒にいてやれないですか。
 きちんと手入れすれば、この子みたいに長持ちします!
 赤ちゃんのともだちに…だめですか?」
 この子、と示されたタヱのぬいぐるみと、自分のぬいぐるみを見比べ、陽子は微笑んだ。
「くー君、怒ってない?また私と、お友達になってくれる?」
 スペードの持つぬいぐるみが、勢いよく頷く素振りを見せる。
 勿論、動かしているのはスペードなのだが。
 その仕草があまりに子どもらしくておかしくて、陽子は、ふふ、と声に出して笑った。
「あ、私だけじゃなかったわ。新しいお友達も増えるわよ、くー君」
 笑ってお腹を撫でる陽子が、元気に産まれた男の子に盛大に涎を垂らされたくー君を見て、リベリスタ達のくれたケア方法ノートを慌ててめくるのは、あと数か月後の話である。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
ご参加下さった皆様、誠にありがとうございました。
お疲れ様でございます。

愛だね。愛だ。愛なんだ。
皆様のくまさんへの愛情溢れるプレイングで、元々ゆるっゆるな十色の涙腺はもはやがたがたです。

またご縁がありましたら、どうぞよろしくお付き合い下さいませ。