● 廃ビルだった。 広いフロアを仕切るものは何もなく、雑然と段ボールやベニヤの板ばかりが転がっている。 その荒れ果てた空間の真ん中に、ぽつんと椅子が置いてある。 椅子には高校生くらいだろうか――少女が縛りつけられていた。 「世界真実協会へようこそ」 少女の前で中年男が中折れ帽を脱いで会釈をする。少女は自由にならない体をよじって恐怖を示した。 連れ去られて来たものらしい。 「お嬢さん、怖がることはないんだ。私は君が真実に誠実で在り続けるなら、すぐにでも帰してあげようと思っているんだよ。これは真実だ」 男は紳士的な声色で少女に囁きかけた。 少女は声も出ないと見えて、大きな目に涙をため、こくこくと頷く。 「私はこれから君に3つ、質問をしようと思う。君は正直に答えてくれるだけでいい」 にっこりと笑って男は、少し待っていてね、と少女に告げ部屋を出ていく。 少女は男のいない内に何とか逃げられないかと試みるが足もしっかり縛りつけられていて逃げ出せそうになかった。 そうこうしている内に中折れ帽の男は戻ってきてしまう。自分用の椅子を持ってきたようだ。 その後ろを、縛られている少女よりもずっと幼い女の子がついてくる。 「おじさま、今日はこの人をお試しになるの?」 「そうだよ、エリ。さぁて、君は若い。正に君は今、岐路に立っていると言ってもいいんだ。真実を胸に誇り高く生きていけのるか……もしくは、欺瞞と虚飾に侵されてしまうのか」 中年男は少女の向かいに腰かけると、こう問い掛けた。 「君は先刻、私のいない間に逃げようとしたかな?」 少女の目は揺れる。見られていたのだろうか? いや、そんなはずはない。彼はこのフロアを出て行ったのだから。 「に……逃げようとなんて、してません……」 「嘘だね」 震える少女に男は冷徹に言い放つ。 少女が心を読まれた、と感じたのと悲鳴を上げたのは、ほぼ同時だった。 男が少女の太ももに発砲したのだ。エリと呼ばれた女の子は男の膝にしがみつく。 「私には嘘が分かるんだよ。あまり失望させないで欲しいな」 少女の頭は、感じたことのない激痛に混乱をきたす。少女の頭に男の言葉は上手く入らなかった。よく分からない、異常さだけが分かった。 「さて、二つ目だ。君は私の言ったことを信じてくれているのかな」 足から溢れだす血に少女は唇を噛む。こんなことをしておいて、どうして家に帰してくれるだなんて信じられると言うのだろう。 でも、勿論そんなことを正直に言うわけにはいかない。少女は深呼吸した。今度はバレないように、声色を真摯に整える。 「はい。だから家に帰して……っ」 「また嘘だねぇ」 二つ目の銃声は肩を抉った。 「もう最後の質問になってしまったよ。ラストチャンスだ」 男は哀れな少女の眉間に銃口を押し当てる。 「君は真実が命より大事なものだと理解しているかね」 そんな風に思うはずがない。しかし、男がそれを大事にしているのは明白だ。少女には否定する勇気などない。少女は啜り泣いた。 「やめて、やめて!」 涙をこぼすばかりになった少女の前に、エリが飛び出す。この子がこの狂人を止めてくれるのだろうか、という少女のほのかな期待は、すぐに裏切られることになった。 「もうこれ以上嘘を言わないで! 聞かせないで! ひどいわ……おじさま早くこいつを殺して!」 「分かったよ、エリ。私もそう思う……君は虚言で世界を穢す前に死ぬべきだ」 泣きじゃくる幼女を抱き寄せ、男は引き金を引く。 虚飾を排除し、世界を真実で満たすこと――それが『世界真実協会』の目的だった。 ● 「少年少女を攫って問答をしかけるフィクサード達が確認されました。虚偽の答えが返された場合、攫われた者は殺される、ということのようです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、リベリスタ達に行き渡ったのと同じ資料をめくりながら言った。 『世界真実協会』と称する問題のフィクサードは二人。 会長を名乗る中年男と、その会長を盲信している、エリと呼ばれる少女だ。 「彼らは『嘘』を世界の穢れであると信じています。個人の思想について兎や角言うつもりはありませんが……遣り口は残忍で卑劣。 リーディングで心を読み取り、意地の悪い質問をして嘘を誘発する遣り方は詐欺師的と言えます」 和泉の口調はかたい。 「彼らが根城に使っているビルは分かっています」 『世界真実協会』が被害者を連れ込むのは、強結界の張られた三階建ての廃ビルで一般人は気にも留めない場所だ。 「少女が審問されるのは最上階。今なら助けることができると思います。 一階には番犬として、E・ビーストが放たれていますし、エリと呼ばれるフィクサードが足止めをしてくるかもしれませんが――これ以上の犠牲は看過できません」 どうか宜しくお願いします、と和泉は締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:碓井シャツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月02日(水)00:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●outside 廃ビルだった。 街の外れに打ち捨てられたように建っている遺物。その誰も気に留めなくなったビルを、外から隅々まで見通す者が一人。 「中階段だねぇ~ビルの真ん中を階段が貫いてるよ」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492) の赤い目に魔力が灯っている。今や彼の目は千里先をも見通すことが出来た。 「敵の位置は?」 隣の『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649) が平坦な声で問う。 「会長ちゃんもエリちゃんも、今は三階。東側の窓が一番近いかなぁ~女子高生ちゃんも一緒。ワンちゃん達は一階で大運動会」 「分かったよ。じゃあ、作戦通りにいこう」 鳥打帽をかぶり直し、立ち上がったキリエにアルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425) も続いた。 「……ふん、胸糞の悪い。真実と言うのはそんな都合よく使うものではない。このような輩は許しては置けぬ」 キリエとアルトリアは壁面から三階へと向かい、拉致された女子高生を救出する手筈となっている。アルトリアの高潔な魂を以ってすれば、『世界真実協会』など許しがたき邪悪であった。 「陽動を頼む」 「嘘をついてはいけないか……理屈だな。だが真実を語るだけではこの世界は生きていけない。ましてや他者に理屈を押し付け陥れ、命を奪うなど論外」 好き勝手にさせはしない、と『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488) は精悍な横顔で請け負う。 「要は突っ切ればいいんでしょう」 身も蓋もないことを言って殺気を滾らせるのは『磔刑バリアント』エリエリ・L・裁谷(BNE003177) だ。もう一刻も待てない、というオーラを放っている。 「さっさと終わらせよう」 その『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604) の突き放した声が合図であったように、リベリスタ達は行動を開始した。 一階のフロア全体に響く轟音のノック。 エリエリの鉄槌がベニヤ板で塞がれていたドアを粉砕した。 「ぶち殺してやります、エリ」 物騒なお邪魔します、によって戦いの幕は開かれた。 ●3F 下の階でした派手な音に『世界真実協会』の会長たる男は眉を顰めた。警察に嗅ぎつけられた、という規模の音ではなかったが……。 「おじさま、ワンちゃんが苛められてるわ」 袖口を引いて訴えるエリに、会長は優しく問い掛ける。 「どんな苛めっ子が来たんだい?」 エリはその目に魔力を宿して階下を注意深く見た。 「五人もいるの……わたし達とおんなじ」 「能力者か。警察より面倒なものに目をつけられたなあ……エリ、審判に邪魔が入ってはいけない。二階に行って誰か上がってくるようだったら罰を与えてやりなさい」 中折れ帽のつばを少し上げて笑う会長にエリはこくりと頷くと、下に向かって駆けていく。それを見送った会長は、微笑みを浮かべて後ろへ向き直った。 「さて、審問を始めようか」 椅子に縛られた状態の女子高生は、男の目的が分からないままに震え上がる。 「そこまでだ。貴様の悪事、これ以上許しはしない」 少女の心を読むことに意識を傾けていたために、男は侵入者に気づくのが遅れた。その凛とした声に気づいたときには、既に鎧を纏ったアルトリアが肉薄している。 アルトリアは捕われた少女と会長の間に割って入ろうとしたが、より男の方が小賢しかった。少女が縛りつけられている椅子の足を蹴飛ばして、自分の背後に転がしたのだ。 床に叩きつけられた少女が悲鳴をあげる。人を人とも思わぬ行動にアルトリアは目を見開いた。 「外道め……! 覚悟してもらおうか。貴様の歪んだ真実などには我々は屈しない」 アルトリアは唾棄すべき悪を睨みつける。 睨まれた男はより戦いに集中するために幻視を解いた。捕われの少女は短い悲鳴を上げる。能力を持たない少女の目からは男の背に突然、翼が出現したように見えたことだろう。 「何を驚いているのかな。審判の場に天使はつきものじゃないかね……そうだな。最初の質問はこれにしようか。君は私を化け物だと思っているんじゃないかな?」 「助けに来た、あの男の言葉には答えないで」 キリエは怯える女子高生に、唇に指を立てて指示をする。冷えた声。赤い炎よりも青い炎の方が温度は高い。そんなことを思い出させる声だった。 ●1F 一秒でも早く三階の仲間と合流するため、リベリスタ達はフロア中央階段へと走る。 しかし、派手な異常音に反応したE・ビースト達は容易く道を許しはしなかった。走ってくる犬の異形達を確認した瞬間、ハーケインは身に闇の武具を纏わせる。後ろへは行かせまいと、飛びかかって来た犬を振り払った。 そのハーケインの後ろに隠れるように突入を果たしていたのは『無音リグレット』柳・梨音(BNE003551)だ。梨音は、ハーケインの背を蹴って高く跳び上がると、集団の中程にいる犬に狙いを定めて斬りかかった。 「奥のを混乱させた。擬似的に挟撃できるから、狙って」 斬った犬を蹴り飛ばすようにして後退した梨音が言うのに、結唯のフィンガーバレットが応じる。混乱した味方と銃弾との挟み撃ちに遭い、手前の犬が倒れる。 「エリは?」 お祭りかと思うような音を立てて犬を斬り伏せていた葬識に、ハーケインが問う。 「二階で見物中みたいだよ?」 葬識の目には、三階へ続く階段に座り込んで足をぶらつかせているエリの姿が見えた。 「下りてこないならば、早急に犬どもを片付けるのみか」 ハーケインは呟くや、飛びかかってきた犬を魔力を宿した刃で薙ぎ払うことに注力する。 「そっちに行きますからね、エリちゃん! おともだちになりましょうよお!」 エリエリは犬達に瘴気を振り撒きながら、殊更大きな声で階上へ呼びかけた。 ●2F 『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(BNE002558)は、仲間のリベリスタ達とは別行動をとっていた。 ビルの側面をそろそろと飛行しながらエリを探す。リサリサには『真実だけを求める』エリのことが気にかかっていた。 (すべてが真実だけの世界に安らぎはあるのでしょうか……) リサリサには、すべて見えること、すべてわかることが必ずしも幸せとは思えなかった。窓から二階のフロアを覗くと、エリが階段に腰かけているのが見える。 (嘘でさえ語る記憶のないワタシが彼女に何をできるのか、今はまだわかりません……わかりませんけれども……リサリサ、参りますっ) ままよ、と窓枠を乗り越え、リサリサはエリに歩み寄った。 「エリさん、ですか? 少しワタシとお話しませんか……?」 「お姉さんは誰?」 突然に現れたリサリサの姿に慌てるでもなく、エリはあどけない仕草で応じる。 「ワタシはリサリサと申します。ワタシがもし嘘をついていると思ったのならばその武器でいつ攻撃していただいても構いませんので……」 リサリサはエリの握っているナイフを見て言った。 「いいわ。ちょうど暇だったの」 うふふ、と笑い声を上げたエリに、リサリサは胸を撫で下ろして問い掛ける。 「あなたが真実のみを追い求める理由は……なんなのでしょうか」 リサリサの質問にエリはきょとん、と目を瞬かせた。不思議なことを聞くのね、という風に。 「だって、おじさまがそう仰ったんだもの。お母さまはね、エリのこと本当は化け物だって思ってる嘘つきなの。おじさまはそんなことないもの」 エリね、嘘をつかないお友達が欲しいの。 少女は無邪気に笑う。無垢ゆえの残酷さがそこにはあった。 「そっちに行きますからね、エリちゃん! おともだちになりましょうよお!」 階下から聞こえてきた声に、エリは嬉しそうに立ち上がる。嬉々として一階へ降りていこうとしたエリを、リサリサは呼び止めた。 「あなたもきっと嘘を許せるときがきます……そう、優しい嘘に出会えたときに……」 「よく分からないこと言わないで。そういうの、嫌いよ」 エリの目が鋭く光る。エリの全身から放たれた気糸が、リサリサを締め上げた。 ●3F‐2 中折れ帽の男は、女子高生を人質にとるように陣取っている。その姑息な抜け目のなさを崩してやらねばなるまい、とキリエは考えていた。 「真実を命より尊重する、ね。自分の心を騙すのはお上手なようだ」 キリエが露悪的に言う。 「どういう意味かな」 騙す、という反真実的な単語に、男は嫌悪の色を示した。 「教えてあげようか? 私達はアークのリベリスタ、聞いたことくらいはあるでしょう? 神秘を秘匿し、視えた未来を嘘に塗り替える、嘘つきの集団が私達」 「アークの犬か。誤解しないでもらおう。今はまだその時ではないというだけだ。あのような機関の存在を私は認めない」 「貴方が本当に真実を擁護する者なら、なぜ私達を放置して抵抗出来ない者ばかりを付け狙う?」 キリエは嘲弄の意図をもって言葉を続けた。手応えは、ある。何が言いたい、と問い返す声には既に怒気が孕んでいる。 「カレイドは貴方が、自分を慕う幼子を見捨てて逃げる未来を視たよ。真実が何より大切? とんだ欺瞞だね。貴方は、我が身がかわいいだけだ」 キリエの光糸が男の左肩を貫いた。その痛みが、男の怒りを加速させる。 「欺瞞だと? この私が! 世界の膿たる欺瞞だと言うのか!」 憤怒の眼差しが禍々しい力となってキリエを射抜く。その衝撃はキリエの胸中を掻き乱したが、事態は狙い通りに進んでいっていると言ってよかった。 「ならばこう言おうか。我々は正義で貴様は悪だ。正義は悪に打ち勝つ、これが世界の真実だ!」 アルトリアが自身をも傷つける漆黒の霧を解放する。闇の拷問具が怒りに囚われた男を締め上げる。 「私達を否定して、己の正しさを証明してみるかい?」 キリエの扇動は完璧だった。 ●2F‐2 E・ビースト達を片づけ、階段を駆け上がってきたリベリスタ達が見たのは気糸で縛り上げられたリサリサだった。 「ワンちゃん殺しちゃったの……?」 その隣でエリが呆然とリベリスタ達を見ている。 「殺しちゃいましたともお!」 念願の相手との邂逅にエリエリは挑発的な声を上げて、気糸を放った。エリはそれを躱して、リサリサの傍を離れる。ハーケインがすかさず仲間を助けに走った。 「ひどい! ワンちゃん達は嘘をつかない、真実のお友達だったのに……!」 「はは、真実だって。おもしろーい。俺様にとっちゃ嘘も真実も似たようなものだ」 エリの言葉に葬識は笑った。気負いのない動きで、するりとエリに近づく。 「まあ、俺様ちゃんほど誠実な『殺人鬼』なんていないとおもうけどね」 殺人鬼としての博愛。魔力を帯びた大鋏がエリを精神ごと深く引き裂く。エリは甲高い悲鳴を上げた。 「ひどいわ……みんな死んじゃえばいいのに!」 胸から血を流したエリが、ナイフを構えて軽くステップを踏む。そこから流れるような死の舞踏。前衛に出ていたリベリスタ達が踊るようなステップで切り裂かれていく。 (逃がさないわ。ここで捕らえる) 後衛で集中を高めていた梨音が、それを見て動いた。冷気を纏った拳がエリの頬を打つ。 「あなたたちの手前勝手な教義はここでお終いよ。もう誰一人として犠牲は出させない」 梨音の強い口調にエリが怯んだように身を固くした。その横を葬識が飄々と駆けていく。 「このままだと俺様ちゃん、エリちゃんを殺人衝動で殺戮しそうだから、まかせちゃうよ!」 「なっ! ダメなんだからあ!」 階段をのぼって行こうとする葬識を制止しようと動いたエリを、横合いからエリエリが襲った。 「どうぞお先に! コイツをぶち殺すのはわたしですから」 (自分勝手な欲望と論理で力をふりかざす頭のおかしいフィクサードはゆるさない。わたしだってわたしの姉妹だって、そうやって巻き込まれてきたのだから!) エリエリの脳裏に孤児院の面々の顔が浮かぶ。面子にかけて負けるわけにはいかなかった。 不意打ちの攻撃にエリは涙目になって念じる。 (おじさま、一人そっちへ向かったわ! エリを助けて……!) 三階で二人を相手に立ち回っている男がテレパスに答える様子はない。じわじわとエリの胸に不安が広がる。 「真実は必ずしも優しいモノではない。残酷なものだ」 結唯は表情の乗らない顔で告げる。 「うるさい、うるさい!」 エリは癇癪気味に喚き、全身のエネルギーを解き放った。呪力の赤い月が昇る。フロアの隅々まで不吉な光が貫いた。 「エリさん……」 リサリサは皆の回復に奔走しながら、悲しげに少女の名前を口にする。少女の心を変えられなかった自分が悲しかった。 「あなたは自分のしていることが理解できないだけかもしれない。しかし、だからと言ってすべてが許されるとおもったらおおまちがいです。嘘は時に人を癒す術となることをわたしは知っているのだから!」 エリエリが吠える。今、鉄槌が下される時だ。 (手前勝手な理屈を押しつけるフィクサード。蹂躙される普通の人。いつかの悪夢の焼き直し……) 梨音は今日の事件に自身の過去を重ねる。無力であった過去。ただ圧倒的な悪意によって踏みにじられた大事なものたち。 (一つだけ違いがあるとするならば、今日の私は結果を左右することが出来る事だ……今がその時よね? エリ) 同じ思いでいるはずのエリエリに、梨音は微笑んだ。梨音にとっての『エリ』とは、何をもってしてもまず、エリエリ・L・裁谷のことなのだ。 「ぶち殺してやります、エリ。似たような名前をしやがって。地獄で後悔するといいです!」 ●3F‐2 「……こんな傷はなんでもないよ」 息を荒げながら、キリエは背後の女子高生に声をかける。キリエの傷を見て不安げにしていたからだ。 対峙する会長は、一時の怒りも冷めて焦りを感じていた。頭に血が上り、キリエに攻撃を繰り返している間に、気づけば拉致してきた少女を取り戻されてしまっている。 そして、受信したエリからのテレパスだ。旗色が悪い。離脱するべきか、と視線を窓の方へと泳がせる。 「はいはーいこんにちは。逃さないよぉ~」 三階に着くなり、葬識は男との間合いを一気に詰めた。魔力の込められた禍々しい鋏が逃亡のための翼を引き裂く。 「くっ……! 真実の尊さも分からない凡愚共め……!」 退路を断たれた男が拳銃を抜いた。神速の連射が同じ射線に立っていた葬識とアルトリアを次々と撃ち抜く。 「真実の尊さだと? 世界真実協会とは名ばかりのペテン師め。嘘つきはどちらか!」 アルトリアがキリエに回復を受けながら、燃えるような目で睨む。 睨まれた方はどこ吹く風で、どうにか逃げ道はないかと探している。男の目に葬識がのぼってきた階段が目に入る。下の階にいた連中はどうなった? エリが片づけたのではないか? テレパスで通信する余裕もなく階段に駆け寄ると、三階に向かおうとしていたリベリスタ達と鉢合わせになった。会長は後退りする。 「おじさま……」 エリが力なく、縋る様な声で会長を呼んだ。キリエから借用したワイヤーでエリを縛り上げたハーケインは、顔色の悪い会長に問いかける。 「どうした、助けないのか?」 エリに彼女が信奉している男の正体を聞かせてやりたかった。 「置いて逃げる気だったのか、それとも身を挺して守るのか……正直に答えろ」 卑劣な男の答えは、こうだった。 「真実のために犠牲はつきものだ」 ぱん、と乾いた音を立てて、結唯の銃弾が会長の腕を貫く。 「お前にとって、真実とは重要な事であり正義かもしれない。だが、それは傲慢というものだ」 だから結唯も彼女の正義で、傲慢で引き金を引く。己の正義と傲慢を貫いてきた男に文句を言わせる気はなかった。 階下の方が敵の人数が多いことを悟り、会長は素早く踵を返す。そこに葬識がにこにこと歩み寄ってきた。 「ねえ殺人鬼と問答をしてみない? 俺様ちゃんが言うことは真実か、それとも嘘か、見抜ける?」 そんなことは容易い、と男は思う。何故なら私は他人の心が読めるのだから。 「俺様ちゃんは人殺しがとても嫌いだよ。俺様ちゃんは博愛主義で平和主義だ。ねえ、俺様ちゃんは君を殺したくない。逃がしたいとも思ってるよ。世界が虚飾に穢れるなんて許せないしねぇ」 葬識は慈愛の言葉を羅列する。そのどれにも嘘が読み取れない。そんな筈はない。こいつは嘘を言っている筈だ。嘘が見えないことに男は怯えた。 (そうだ。私は他人の言葉を信じられない男だった……だからこそ、真実に固執した……) 嘘を見抜くと安心する。それだけだった。 それだけで人が殺された。 心にペルソナをかぶせた葬識が鋏で断つ。下らなく醜悪で残酷な真実と共に、男の首を。 血と中折れ帽が宙を舞った。 「……憶えておけ、知らなくて良い真実や相手の心を労わる為の嘘も有るという事を」 ハーケインの言葉に、信じていた会長に裏切られたエリは泣きじゃくる。 「もう生きてる意味なんてないわ。殺して! 殺してよ!」 「わたしはあなたを殺すと言いましたね? あれは、あなたの大嫌いな嘘です。アークに引渡します。自分の罪を知り、たくさん後悔して、血がにじむほど苦しめばいい!」 高笑いするエリエリに、エリがわんわん泣く。これからのことは、エリ次第だろう。 「怖い思いをさせてごめんね、出来たら私達の事は誰にも言わないで」 やっと椅子から解放された女子高生に、本日攻撃を受け続けたキリエは優しく釘を刺したのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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