●走れ留子(81歳) 留子は激怒した。必ず、かの単身赴任の夫を怒らなければならぬと決意した。留子には会社がわからぬ。留子は、村の老婦人である。米を炊き、犬と遊んで暮して来た。けれども浮気に対しては、人一倍に敏感であった。その朝早く留子は村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此の三高平の市にやって来た。 ●走れリベリスタ 「それが、去年の話」 大雑把に描かれた三高平周辺の地図、飛行場沿いを東西に走る道、にまっすぐに引かれた赤のクレヨン。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は淡々と続ける。 「おばあちゃんは、自分が死んだことに気付かず走り続けてる。……フェーズ1のE・アンデッドになって」 いろいろな場所で噂される、いわゆる都市伝説には、こんなものがよくある。 ――とんでもない速度で走る老婆がいる―― 三高平に限って言えば、それはただの都市伝説ではなかったということなのだろう。 その噂に、奇妙な尾ヒレが付いたのは、最近になってからだ。 ――暴走するバイクを引き連れて走る老婆がいる―― 「今のおばあちゃんは元の目的を忘れて、走るために走ってる状態。飛行場沿い、まっすぐで走りやすいみたい」 イヴの持つクレヨンの線が折り返されて、二度、三度と線を引きなおす。 「……ここで、肝試しをした人がいた。気合の入ったお兄ちゃんたち。 おばあちゃんに負けられるかって、思ったんじゃないかな。手が滑って……バイクに乗ったE・アンデッドが2体。こっちもフェーズ1ね。 今は、おばあちゃんと自分たちと、どっちが早く走れるか競争してる」 線の途中に星のマークが2つ書き足され、地図を見守っていたリベリスタたちの間からため息が漏れる。 「このまま放っておくと、お兄ちゃんたちのフェーズが進んだ時、視界に入る速い物に対抗意識を燃やすみたい。 ……飛行機とか、飛行機とか、飛行機とかに」 どうして対抗意識なんて燃やすんだ、そこで。 頭を抱えそうになったリベリスタたちに畳んだ地図を差し出しながら。 「留子さんは行方不明扱いになってる。旦那さんが浮気を猛省して、探してる……連れて帰ってあげて。……遺体だけど」 イヴはそっと付け足した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月22日(日)22:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●誰そ彼の道 『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)には父も、母もいる。女房はない。(ピー)才の、親戚の叔母さ……お姉さんと二人暮しだ。この叔母さ……お姉さんは、三高平の或る律気な一学生を、近々、バイトとして雇う事になっていた。かきいれどきも間近かなのである。智夫は、それゆえ、バイトの衣裳やら店の備品やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから三高平の飛行場沿いの道を自転車で家路へと、 「あれ? 僕、エリューション退治に来たんだよね……?」 昼寝好きな少年が思わず目的を忘れてしまいそうなほどの好天。うっすらと汗ばむ程の初夏の夕暮れは、徐々にその色を藍に変じ始めていた。 集合場所とした飛行場近くでは『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)がおり、金の髪を揺らしながらなにやら走り回っている。 「イシュターさん、頑張ってるね?」 智夫がのんびりとかける声に、イーリスは胸をはって応える。 「相手は、おばあちゃんとお兄ちゃん! ばんじっ! 最善をつくすのですっ! 負けないくらい気合をいれていくです! ばりばり!」 高いテンションで気合を入れながら、また走りだす。どうやらワイヤーを張り巡らせているらしい。事前に張り方の練習までしてきたというのだから、本当に最善を尽くす心意気なのだろう。 「結びつけるのは街頭やフェンスでいい、3重に設置すれば充分効果は見込めるだろう」 イーリスにワイヤーの位置を指示している長身の白衣姿は『Cypher memory』カーネイジ・カタストロフ(BNE001654)だ。 その向こうで鼻ピアスが特徴的な女性『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)が念入りに組み上げ、容易に崩れぬようにしているのは数台のスクーターと自転車、そしてなぜだかスワンボート。彼らが作っているのは道路を遮るように張られたワイヤーのトラップ、そして簡易のバリケードである。 「少しでも効果あるなら良いんだけど」 智夫の後ろからやってきたのは、今さっきまで迂回路への誘導を作っていた『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)である。 人通りのそう多く無い道だ。更には老婆とバイクの怪談も相まってか、近頃の夜はとんと人が通らない。 それでも万が一、一般人を巻き込んでしまってはまずいのだ。 警察相手に、エリューションを倒すからこの道通行止めにして欲しいなどと頼めるわけもなく。 外見が人より少し異質であるステイシーなど準備中、ずっと幻視を使用し妙齢の一般女性に見えるよう気にかけていた。 今この場に居る顔触れに人避けの結界を張れぬ者はいないが、ひとつの結界の範囲はせいぜいが半径100m程でしかないし、地道な努力、入念な下準備が物を言うのなら、やるに越したことはない。 智夫はスワンボートの側に置いた己の自転車をちらりと見て、壊れないといいなぁ……と呟く。 ステイシーは無情にも、その自転車を更に積み上げるべく無造作に持ち上げた。 ●子夜に趨る 「来た……っ!」 重低音のエンジン音、そしてよく聞くものより一際高い靴音が近づいてくる。 それを聞いて『戦うアイドル』龍音寺・陽子(BNE001870)はスクーターのエンジンをかけた。 振り返り見てみれば、煌々と射すハイビームの白光。光に紛れてだが、時折人影らしきものも見え隠れしている。 かつては留子と呼ばれた老婦人と、血気盛んな若者たちだったE・アンデッドだ。 エリューション化した若者達の亡骸が乗っているのは、スーパースポーツと、アメリカンバイク。 その様を確認して、陽子は思わず歯噛みする。 あまりにも速い。 時速60キロを限界とするスクーターのエンジン性能では、追い越すどころか、追いつけそうにない。 「あかん、このままやったら逃げられるで!」 同じことに気がついたらしい『Last Smile』ケイマ F レステリオール(BNE001605)が、慌てて自転車のペダルを踏み込む。 途中で追い抜かれる形になってでも、引き離されるよりはと判断したのだろう。 「留子とは同い年、我が手で葬り去るのが務めじゃ」 とてもそうは見えぬ幼い外見の『伯爵家の桜姫』恋乃本 桜姫 鬼子(BNE001972)も桜襲――桜を待つ頃から散るまでの物とされる色目である。何かしら拘りがあるのだろう――の小袿姿でスクーターを飛ばす。 焦る3人の横を、E・アンデッドたち3人が凄まじい速度で追い抜いていく。 『すごく速いよ、そっちにもう着く!』 「ええ、見えてきました!」 疾風が陽子からの携帯を切り、流水の構えを取りながら近づく光に目を凝らす。 智夫は右側に見えるライトを狙うべく集中し、イーリスはその場ですっくと立ち上がる。 「いざじんじょーに勝負なのです!」 びしりとハルバードで光条を指すその勇ましい様はまるで英雄のそれである。『あほの子』だけど。 「わたしっ、ゆーしゃなのです!」 本人はそう主張してるけど。 ワイヤートラップに全力で突進していく留子を見て、ケイマが体を強ばらせる。 (これひっかかったら、下手したら首取れるよね? やだやだっ俺グロいの苦手!) 冗談交じりにそう思う。 例え留子がどれほど凄まじい速度で走ろうともエリューションの前には物理法則など無力であると、今まさに自転車レース世界記録速度を非公式に更新中のケイマは身を持って実感していた。 ぽーん、とワイヤーによって面白いように弾き飛ばされる留子。空を舞い、路上に投げ出され横たわりながらも足を止めぬその様は、なにやら神々しくさえもあった、ような気がした。 もしくは黒光りする台所の天敵。 ●黎明を見ず 実のところ、トラップもバリケードもバイクにまたがる2体のE・アンデッドには見えていた。 スワンボートの白いボディは光によく栄え、また3重のワイヤーは金属の光沢そのままで、時折バイクのハイビームを受けて煌めいている。 減速して迂回しようと思っていたのだ、スーパースポーツに乗ったフルフェイスのE・アンデッドは。 ハンドルをきる直前、タイヤに受けた衝撃がなければ。 がりりと異音を立てて前輪が外れ落ち、今しがた気糸を放ったカーネイジの足元にぶつかって、倒れる。 フルフェイスの奥からカーネイジへの明確な殺意が湧き出したのを、その場に居る者全てが理解した。 一方、アメリカンバイクを駆るサングラスのE・アンデッドは、罵詈罵詈で夜露死苦だった。 ワイヤーなんか仏血義理だと言わんばかりに突っ込んでいく。 最初に砕け散ったのは、ワイヤーを結んだ、錆びたフェンスだった。 ばつり、という音を立てて錆びたところから引きちぎられ、支えをなくしたワイヤーが跳ね上がる。 残る2本にも同じような運命を辿らせ、そのままの勢いで簡易バリケードを薙ぎ払おうとするアメリカンバイクの前に、ふらりと人影が現れる。 「最後のトラップは、自分よぉ?」 そう言ってウィンクしてみせたのは、肉と鉄の盾として立ちはだかったステイシーだ。 その豊満な胸に受け止められ、飛び込むようにしてアメリカンバイクはバリケードに雪崩込む。 「あはぁぁん! 自分のナカの無限機関を熱くて熱くて熱くしてぇぇぇぇん♪」 どこか艷めいたステイシーの声を巻き込みながら。 留子は気がついた、自分が走っていないことに。何が起きたのかを理解するには少し時間を要した。 ――立ち上がらないと。走れ、走らなければ―― 再び走りだそうとした留子に対し、疾風はメイスに炎を纏わせた一撃を見舞う。 「お婆さんにはお気の毒ですが、倒すしか方法がないでしょうしね」 体に、服に。火が燃え移り、留子は苦悶の呻き声を上げる。 「いくですよっ! 天獅子(ヒンメルン・レーヴェ)ッ!」 さらに、愛用のハルバードを振るったイーリスのギガクラッシュが追撃をかけた。 フルフェイスのE・アンデッドは前輪のない車体をウィリーで走らせ、カーネイジへと突撃した。 速度は言うほどないものの全重量をかけた体当たりは、細身のカーネイジには十分脅威と成り得る。 「お前達が居るべき場所はここではない……!」 クマの強い顔を痛みに歪めながら、カーネイジはコンセントレーションにより己の脳を活性化させつつ、気障に言ってのける。言葉は格好いいのだが、少し腰が引けていると見えるのはご愛嬌か。 「師匠!」 ようやく追いついたケイマが、自転車を降りると師であり恋人でもあるカーネイジの元に飛びついた。 「大丈夫です? 無理せんでください!」 気遣う叫びと共に傷癒術を放つ。敵の攻撃の威力は決して高くないらしく、その符ひとつでカーネイジの傷は完全に癒される。 ――もしかすれば、ケイマ自身は愛の力だと主張するのかも知れないが。 サングラスのお兄ちゃんは、生前にはついぞ得なかった柔らかい感触に少しの間恍惚としていた。 女性の胸というのは、まったく神秘の塊だ。 どこから来たのかこびりついた鉄くずのような皮膚の上にセミの抜け殻が引っかかっているのだが、これ取っていいよね、取っていいよね!?と一瞬夢中になる。 しかしいつまでもこうしているわけにいかぬとすぐに己を取り戻した辺り、生前の彼はもしかしたら、結構純情だったのかもしれない。 バイクのエンジンを唸らせ、排気を吹かせてそのままステイシーにもう一度車体をぶつける。 「スペイシーさん、大丈夫!?」 智夫は式符・鴉でアメリカンバイクの後輪を狙った一撃を放ちながら声をかける。 集中して放った符は見事に後輪を抉り込んで座席付近を大きく傷つけ、サングラスのE・アンデッドは怒りにおっぱいの魅力を忘れた。 智夫に挑みかかろうと離れたところにステイシーが、花束を模したメイスでオーララッシュをかける。 当てることを主眼にしたためその一撃は綺麗に入ったとは言えないものだったが、メイス越しに手に伝わってくる鋼と骨の感触。 「壊して作って壊して直して錆びて磨いてうふふふふふうふふ……」 胸元にくっついたままだったセミの抜け殻をスワンボートの上に置いて、ステイシーは笑みを浮かべる。 ●明仄は遠く ケイマに遅れること少し、スクーターの陽子と鬼子もバリケード前に到着した。 事前に打ち合わせたとおり乗り捨てたスクーターとケイマの自転車との3台で後方にもバリケードを作り、休みを置かず戦いに参加する。 戦況を見やれば、速度の乗った拳で疾風に殴りかかる留子、再びカーネイジに突撃するフルフェイス。 しかし留子の拳は所詮ただのグーパンチ。フルフェイスのウィリーアタックもケイマの治療が即座に癒して行く。 「……これなら業炎撃は必要無いかな」 優勢を見て取った陽子はそう呟き、フルフェイスの眼前で流水の構えを取った。 「いや、相手は死体じゃ。なれば焔を中心とするが上策」 遺体の損傷をなるべく避けようとする陽子とは正反対に、戦いの定石に則って判断したのは鬼子。 小袿を翻して業炎撃を放つ。初夏の空気の中に白と赤の袿が舞う姿はさながら連獅子か。 そこに疾風の追い討ちの業炎撃がもうひとつ叩き込まれていく。 カーネイジのピンポイントがフルフェイスに飛び、ステイシーの受けた傷には智夫が傷癒術をかける。 「やーーーーッ!」 雄雄しく叫ぶイーリスのギガクラッシュがE・アンデッドの真芯を捉え、焔に雷の衣を重ねる。 「NEW WORLDへ、イかせてあげるわぁん♪」 最初の決着はステイシーのヘビースマッシュ。 「へへ……不幸と踊っちまった、か……」 真っ向勝負を続けた彼女に感じ入る所があったのだろうか。 割れたサングラスを落とした顔は――肉などほぼ残っていなかったが――思いのほか穏やかで、よくわからないことを一言呟くと愛機と共に崩れ落ちた。 「───!」 火炎と感電の二重の責め苦を受けた留子は、残る力を振り絞り、大技を放ったばかりのイーリスに拳をめり込ませる。 思わぬ勢いにうぐぐと呻くイーリス。だが、留子はその身体を既に半分以上炭化させていた。 それでも老婆は動き続ける。 崩れゆく足を踏み出そうとして、煤が足跡を成していく。 「もう良いのじゃ。そなたは眠れ。……そなたを倒すのは、同じ時代に生きて来た者の務めと思うての」 命じる鬼子の言葉は、厳しくも優しい。 「お爺さんももう反省してお婆さんの帰りを待っているよ。だから……」 陽子もそれに続く。 もう全てが遅い。正気に返るとは思えない。 仮に正気になったとしても、世界はとうに彼女を見放しているのだ。 「一年も走り続けてたってのはまたすごい話や……でもそろそろ終わろうね、旦那さん悲しんどるよ」 「ご老体が無理をするものではない。体に響くぞ。お前の幸せが走る事だけなどとは、俺は思わんよ」 「留子は、壊したかったのぉ? それとも、直したかったのぉ? 死ぬほど早く駆けた結末は、あっけないわぁん」 ケイマが、カーネイジが、ステイシーが。それでも何かを言わずにいられず、声をかける。 最早追うことも不要と、見守りながらそう語りかける各々の言葉に、留子は何を思うのか。 「───、──」 口を開いたものの既に喉も炭化し、留子が最後に何を言ったのかは誰にも聞こえず。 しかし、彼女は動きを止めた。それが何よりの答えなのかも知れない。 ざあっと崩れ落ち、積もった灰の中には白い骨がいくらか残っていた。 それを確認し、陽子は残るフルフェイスに向かう。 一人残ったE・アンデッドは最後まで抵抗を止めなかった。 小袿をひらめかせた鬼子の業炎撃がフルフェイスの服を焼き焦がし、ケイマのギャロッププレイが縛り上げて行動を封じる。その身を疾風の斬風脚がバイクから蹴り落とし。 「さっさと墓に入って足を休めろ。この馬鹿男共が」 地に伏したその額にカーネイジが銃剣を突きつけ、1$シュートを超至近から撃ち込んだ。 シールドの割れたフルフェイスのヘルメットがアスファルトを転がり、やがて真ん中から二つに割れる。 死者たちのレースは、ここでようやく終わったのだった。 「……さて、罠を片付けるか」 「僕の自転車無事だよね?」 「留子さんの遺体を回収しなきゃね」 生者たちは、そうして日常へ帰っていく。 ●薄暮の駅 日の落ちた三高平駅のホームに、ひとりの老紳士が佇んでいた。 ――この街で働いていた時は、歳の離れた姐さん女房が鬱陶しくて仕方がなかった。 それが、若い娘の姿をした同世代のリベリスタに気の迷いを見せたから、このような結末を生んだのだと、理解はしている。 彼は一般人だった。人より少し、世界の神秘について詳しいだけの。 見上げた空には、徐々に星が出始めた。 「なあ、留子。一緒に帰ろうな――」 老紳士は、穏やかな表情で箱を撫でた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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