●君死に給うその後に 我らの王は死んだ。 同時に私みたいな残された鬼は、行く宛を失った。 帰る場所も無く、想う同胞も無く、頼る道もない。 子供たちは、既に全て死んでしまっているのだから。 人が憎くないと言えば嘘になる。しかし何が最も憎いかと言えば、自分だ。 封印を解かれなければ目覚めなかった自分が。 守ると言いながらその誓いを果たせなかった自分が。 誰を責めるつもりも無い。あの場所は戦争だった。戦場で敵に情けをかけるなど愚の骨頂。自分らが人を殺すように、人は鬼を殺したに過ぎないのだ。人を責めて何になる。人に殺されたあの子らは、決して還っては来ないのだから。 生き延びて何になるとはつくづく思う。人にとって我らは異形。本来存在しないものであり、存在してはならぬものだ。命長らえたとて、存在する限り彼らは私を殺しにくるだろう。それが世界の正常であり、彼らの正常なのだろうから。 けれども、と私はどうしようもなく鬱々しく、抜けるような青空を見る。理解しているからこそ、納得しなければと思うからこそ。余計に胸が苦しくなる。鬼が否定されて。子供たちが否定されて。私が否定されて。なお全てを納得して去ねと言うのは、無理がある。異形とて形があり、心がある。 復讐の心は拭いきれない。 憎悪の念は隠しきれない。 ならば私は今一度人に楯突こう。人が我を殺すのならば、その命尽きる時まで人を喰らってやろう。未来など無いなら、いっそ華々しく散るのがよし。 人とは傲慢なものだと常々思っていた。それは鬼とて同じである。 人とは相容れぬと予てより思っていた。それも鬼とて同じである。 きっと私に勝利などと言う文字は無い。 敗残兵は無惨に殺されるのみだと言う事を知っている。 ならばせめて、誰かの記憶に自身が刻まれる程、派手に、無惨に。 「大人しく殺されてなど、やらないよ」 ●12体目の異形 草木のざわめきを除き、そこには音を立てるものなどほとんどなかった。 そこに突如、音が聞こえてくる。 足音だ。ゆっくり、ゆっくりと、人が歩く音がする。こんな暗闇の中どこへ行くのだろう。往来には慣れているのだろう。足並みには幾らか余裕が感じられる。行って帰って、その途中で不意に、足音は止む。 普遍ではない何かを感じたように、その人は首を持ち上げる。風は相変わらず鳴いている。夜は恋い患うように嘆いている。その中で目に飛び込んだのは、怨嗟の塊。 空気が揺れる。風をかき消し、夜に怒鳴るように。大きな音を立てて何かが落ちる。凄まじい程の質量と、溢れんばかりの怨念を伴って。その人の骨が折れる。肉がちぎれる。意識は既に彼方に飛び、なす術が無く巨体の餌食となる。 その人が最後に見たそれは目にも明らかな怪物であっただろう。それがその人を喰おうと、喰うまいと。 嗚呼、それはきっと人を殺すだろう。しかしその人を殺すのが目的ではなかったのだ。それは自分の下敷きとなって死んだ人を、哀れみを交えて見つつ、そしてきっと現れるであろう彼らに向けて、呟いた。 さあ、死合おうじゃないか。 ●鬼退治 「鬼の残党退治が、今回の依頼となります」 天原 和泉(nBNE000024)は淡々と言う。鬼の王、温羅が沈んだとて、それに連動して全ての鬼が死ぬ程、都合は良くない。生き残った鬼のほとんどは、崩壊する鬼ノ城から逃げ出したという。被害の拡大を防ぐ為にも、後始末は重要課題だ。 「『牛鬼』の出現が予知されました。以前のように、出現推定位置を彷徨いていると出現し、人を襲うようですね。いずれは討伐しなければならない鬼の残党ですから、どこに現れるか分かっているのは好都合です。 しかし、記録によれば復活したとされる牛鬼は全てリベリスタによって退治されています。となれば、恐らくこの牛鬼は『塵輪鬼』」 自分の子である牛鬼の姿に変化する事のできる彼女は、その姿になって人の世を徘徊している。まるで子供の影を追うように。子供の姿を懐かしむように。 けれども殺し合いとなれば、彼女本来の形に姿を戻すだろう。彼女は決して、ただむざむざと死ぬ為に、そこにいる訳ではないのだから。 「予知の状況が起こるまでは時間があります。十分に準備して依頼にあたってください。 残党とて、油断はできませんから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月28日(土)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 悲しみに瞼を濡らす心がある。 痛みと共に流れ出る血液がある。 何が違うのだろう、と『国籍不明』レイシア・アラッカルド(BNE003535)は疑問を抱く。 「互いに命を奪う事、しないといけなかったのかナ」 手遅れなのだろうか。鬼の王が倒れ、人と鬼の戦いは終末を迎えたというのに。 どうして、まだ戦わないといけないのだろう。 できれば倒したくないというのは、驕りなのだろうか。レイシアはやがて立ちふさがるだろうそれを想う。 人に仇なす鬼の討伐。そう考えれば、割り切るならば、幾らか気も楽になるだろうか。 それでも、と『紡唄』葛葉 祈(BNE003735)は思う。 その鬼は闘争を望んでいる。自分たちはそれを理解した上で、ここに来ているのだ。 彼女と死合う者として、その想いに向き合って見せる。祈はそう決意する。 一方で、『落とし子』シメオン・グリーン(BNE003549)には個人的な画策があった。 「人型をした雌の鬼か。欲しいなあ、凄く欲しい」 鬼と人の戦争。その舞台、鬼ノ城。そこでの『実験材料』の回収は、決して芳しいものではなかった。だからこそ、今自分の目の前に姿を現したこの鬼を、必ず手に入れなければと、彼女は柔和な笑みを絶やさずに胸を踊らせた。 日は高く昇っている。普段から人通りのそれほどない場所であったが、リベリスタの尽力もあって全く人気がなくなっていた。散りかけの桜を横目に見ながら、対象の到来を待っていた。 それは空から落ちてくるという。リベリスタは空を見上げて警戒していた。 ふと、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)の足下に影が落ちる。光の射す方を見ると、太陽を遮っているのは雲ではなかった。もっと別の、黒々しい何かであった。 「いたっ、来るっ……!」 『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が叫んだときには既に、それは降下を始めていた。黒光りする巨体に相応な重量感を伴って、それは落ちていく。ななせは咄嗟に守りを固め、それの襲撃に備えた。それを認識したリベリスタの攻撃をはね除けながら落ちる巨体が、強力な圧力を伴ってななせをプレスした。 ななせはそれに場所を明け渡すようにはじき出される。体中に響く衝撃が、ななせの集中力を乱した。 「おや、いらっしゃい。よく来たねえ」 まるで旧来の友人を迎えるように、それはリベリスタに親しげに話しかける。リベリスタが自分を待ち受け、敵意を向けていることに、何の疑念も抱いていないように、堂々としている。 当然のことだ。今この状況はそれが望んだものであり、そのためにそれはここにいたのだから。 「前置きはいらないね? じゃあ、始めようか」 「しっかり倒して差し上げますよっ!」 ななせの叫びと共に、戦が始まる。 ● 『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)が先陣を切って塵輪鬼に接近し、彼女の動きを遮ろうと試みる。塵輪鬼はニヤリと笑って、角を突き出した。 「懲りないねえ、あんたも!」 勢いのよい突進が朱子を襲う。直撃は免れたが、それでも衝撃は凄まじく、朱子は距離をとらされる。渋い顔で朱子は塵輪鬼を睨んだ。 「……どうしてお前たちはこんな所に来てしまったんだ」 「知らないよ。ご先祖様にでも聞いてきな」 「我が一族は雷神の末裔……故に、当たれば只ではすまぬぞ!」 塵輪鬼は勢いを殺して、振り返る。『小さな身体に大きな誇り』鳴神・冬織(BNE003709)の放った雷撃が、目前まで迫っているのを見、塵輪鬼は擦らせながらすかさずそれを避けた。黒い肌が少しだけ焼け焦げていた。 「子を失った母、か。その心中は察して余りあるだろうが……生かす訳にもいかぬ、か。介錯、つかまつろう」 「期待しているぞ、女子よ」 言い終えると、塵輪鬼は何やら口を膨らませた。そして次の瞬間、口から大量の毒々しい液体が吐かれた。それがリベリスタたちに降り掛かると、異臭と共に彼らの体を蝕んだ。 安羅上・廻斗(BNE003739)はギリギリそれを避けて、塵輪鬼を見る。 「先日あった鬼の戦の残党、か」 安羅上・廻斗(BNE003739)はその戦列にいたわけではない。油断のならない敵であるとも言われたが、だからといって何一つ変わりはしないと思っていた。 俺は俺の戦いをするだけだ。廻斗はサーベルをきつく握る。 「死合いが望みなら、叶えてやろう。死にたがりの鬼よ」 放たれる暗黒の瘴気が塵輪鬼を包む。塵輪鬼は自身を蝕むそれを振り払い、額に汗を浮かべる廻斗を見る。 「何もなしに死にたがってるわけでは、ないのだけどねえ」 塵輪鬼とてせいに執着がないわけではなかった。ただ人と鬼が共存し得ないことを、身を以て知っていた。それ故に、塵輪鬼は戦の中で死ぬことを望んでいた。 どんな死に方でも構わなかった。納得して、殺されたかった。 朱子は塵輪鬼の動きを阻みつつ、オーラを纏った武器を振るう。ななせやレイシアもそれに続いた。ななせはハンマーを振り下ろし、塵輪鬼は痛みに顔を歪ませる。しかしすぐに顔を綻ばせ、足を器用に振るって、彼女らを斬りつけた。レイシアは傷口から血液が溢れるのを見、慌てて押さえた。シメオンがそれを見て破邪の光を放ち、彼女の出血を止めた。 『紡唄』葛葉 祈(BNE003735)は仲間全体の様子を伺いながら、傷ついた仲間を癒す。それは微力でも戦気をかき立てる糧となる。自身に立ち向かうリベリスタを見つめ、攻撃しつつ塵輪鬼はぽろりと呟いた。 「……死合うのに、この姿じゃあ失礼かねえ」 吐いた毒が地面でプツプツと泡立っている。塵輪鬼は、顔を俯かせながら殺気を放つ。衝撃波のように空気がビリビリと震え、突風が吹いたかのような錯覚にリベリスタは思わずたじろぎ、目を瞑った。次に見えたのは、先ほどの姿よりもやや小さく、それでも強靭さが見て取れる隆々とした人型の鬼だった。手に持った短剣を感覚を確認するように一度小さく振るい、愛おしそうに眺めるてから、再びリベリスタの方を向いた。 「祈角だ。楽しくやろうじゃないか」 言葉に続いて、リベリスタは再度獲物を構える。 ● 「…お母さん…。 わたしのお母さんも、わたしたちを…わたしを、守ってくれた…。 …わたし、わたしは…せめて、精一杯戦う…っ…」 影の援護を受けながら、文は華麗に塵輪鬼に接近し、死の刻印を刻み付けようとする。塵輪鬼は彼女の動きを読んで、それをかわした。 「お前の親は、私みたいな駄目な親じゃなくて、よかったねえ」 塵輪鬼は優しい言葉を吐きながら、周囲の敵に呪いの印を与えて縛り付ける。 「無駄にならないよう、精々生き延びな」 「わたしも…わたしのお母さんの、子供だもの…!」 痺れる体に鞭打って、文は立ち上がろうとする。苦しみに顔を歪めながらも、闘志は途切れない。 「無駄になんか、しない…!」 「もう戦争は終わったカラ、情けを掛けてもいいと思うんだ」 斬りつけながら、レイシアは塵輪鬼に語りかける。少なくとも、彼自身は鬼も、塵輪鬼も、否定する気はなかった。戦は終わったのだから、手を取り合ったって、構わないはずなのだ。 「甘えたことだよ、それは」 塵輪鬼は吐き捨てるように言う。 「長きに渡って、鬼と人は対立しているというのに。お前一人が心を許したとて、何になるというのだ」 それは諦めにも近いことだと、レイシアは思った。けれども自分だけではどうすることもできないなら、剣を振るうしかないのだろう。 塵輪鬼は紫染を構える。辺りには紫のもやが、充満していた。 「命をむき出しにしている敵がいるのだ。存分に殺せばいい。簡単だろう?」 塵輪鬼が腕を突き出すと、刺突に似た衝撃が、煙に包まれたリベリスタを襲った。廻斗はすかさず祈を庇って、その攻撃を受けた。 「廻斗!」 「気にするな、自分の役目を果たせ」 祈は頷き、癒し手としての役割を遂行する。しかし廻斗は既に立っているのもやっとだった。運命に逆らってでも、彼は立ち続けたかった。 「この程度で倒れはしない」 その鬼は自分たちと戦うことが望みだという。 自分の弱さは自覚していた。この程度の実力で、きっと塵輪鬼は満足しないだろうということ、そう想っていた。 けれども。 この未熟な牙を、貴様に突き立ててやろう。刻み込んでやろう。そして貴様の最後をこの見に刻んでやると、廻斗は闘志を剥き出しにする。 「貴様の生き様と死に様は俺達が死ぬまで覚えているだろう ──だから、精々派手に散れ。」 「……その心意気やよし」 塵輪鬼は嬉しそうな目で、廻斗を見ていた。 「私は……自分が正義だなんて思ってはいない」 戦争に正義はないと、塵輪鬼は言った。けれども、朱子は戦場に正義など持ち込んではいない。 何人もの人を殺している。数えきれない人でない者を殺している。 多数の命を救うために、少数の命を見捨てた。不確実より確実をとるために。命を数と断じて、救おうともしなかった。 彼女は自分も悪だと思っている。今このとき、また一つの命を奪わんとする『殺人鬼』という悪であると。 渾身の一撃を塵輪鬼に加える。塵輪鬼は避ける様子もなくそれを受けた。そう浅くはない傷だったが、痛がる素振りも見せない。 「悪はひたすら否定されるべきものだ。そんなものを殺す為に手を汚すのは……同じ悪人だけでいい。 だから……悪は全てこの手で滅ぼす」 塵輪鬼は傷口をなぞり、自身の血液を確認する。憮然としながらも、紫染を握る手に力を込めた。 「気負いすぎだよ。お前も……私も」 ● 「奏でよ、世に漂う四つの凶事よ。かの者への葬送曲を」 組み上げた魔術が四色の魔光を束ね、放つ。その直線は塵輪鬼をかすめるように軌道を描き、それの横を通過する。若干焦げ付いた後ができていたが、それでも有効打には至っていないようだった。 消耗が激しい。そろそろ魔力を節約せねばと攻撃を切り替える。その横では、シメオンが緻密に狙いを定めて、生糸を放つ。 「嘆かないで? 貴女にも未来はあるよ……実験材料としての未来だけど」 「おお、恐い恐い。死ぬにしてもそんな未来はごめんだねえ」 放たれたそれは塵輪鬼の短刀へと伸びていくが、塵輪鬼は素早く体ごと手を引いてその軌道上から離れた。体が傾いた塵輪鬼に向けて、朱子が武器を構えて突進する。 避けきれず、塵輪鬼は咄嗟に体制を立て直して攻撃を受け止め、すかさず攻撃に転じた。素早い連撃で朱子を斬りつけるが、絶対者たる彼女は血を流すことはない。 「あなたの気持ちに応えられるよう、全力でいきますっ!」 ななせが武器にエネルギーをため、一気に振り下ろす。凄まじい衝撃が塵輪鬼を襲う。直撃は避けたが、蓄積したダメージもあって、体に響いていた。 「あなたに『塵輪鬼』以外の名は無いのかしら?」 回復を続けつつ、祈は問いかける。塵輪鬼は疲労が見え始めていた。こちらもそれほど余裕があるわけでもない。闘いが終わる前に、少しでも彼女のことを、知っておきたかった。 「さあねえ」 塵輪鬼は毅然として返した。 「私が自身を『塵輪鬼』と呼称し、人が勝手にそう呼び始めただけさ。それまで人がどう呼んでいたかなんて、知っちゃこっちゃ無いね」 振るった紫染から放たれるは媒染。呪印が刻み込まれ、祈は息絶え絶えになる。 けれども。 「あなたのこと、もっと知りたい」 忘れたくないから。覚えておきたいから。 「貴女を刻み込むためにも、見届けるためにも。最後まで倒れる訳にはいかないのよ!」 詠唱して呼び出した清らかなる福音。それはリベリスタが前へと進む糧になる。 「負けれぬ理由が…我らにはある!帰りを待つ者がいる限り!」 冬織の放った魔弾が塵輪鬼の肩で弾ける。 塵輪鬼の足がよろけた。闘いへと向かう闘志が途切れそうになった。 自分は何故、戦っているんだろうと問うた。 殺されようと思った。殺されれば、殺したことは誰かの記憶になる。 勝利などないと思っていた。何度勝ったとして、私が世界に仇なすことに変わりはない。 負けるために、ノコノコとこの場所に姿を現したのだ。すでに生きる意味など見失っていたから。 けれども、どうだ。 倒れそうになりながら、踏ん張って、頑張って。死にたいのなら、もう死んだっていいじゃないか。十分、精一杯やったのだから。 でもどこかで、後悔が残るのだろう。まだ足りないと血が滾るのだろう。 結局生きたがっているのだ。だから自分から死のうとしないで、誰かに殺してもらうことで、『仕方なく死ぬ』状況を演出しようとしたのだ。 馬鹿げているが、私のしたことはそうなのだ。 くだらない。あほらしい。 私はただ赦されようとしていただけなのだ。美学を装って。 でも、許されるのなら。 潔く、死にたい。 最後の力を振り絞り、塵輪鬼は『紫染』を構える。 辺り一面にもやが広がり、リベリスタを包む。このもやがかかっている時に攻撃を受けた対象は、吹き出した血液により紫に染まって見える。 故に彼女が『紫染』と名付けたのだ。 「染まった姿を見せたおくれ」 走る衝撃がリベリスタをよろめかせる。それでも地を蹴り、ななせは塵輪鬼へ向けて全身全霊の力を込める。エネルギーを集中させ、その一点にすべての力を込めて。 ● ドン、という鈍重な音を伴って加えた一撃が、塵輪鬼を切り裂いた。塵輪鬼は動かない。否、動けない。既に彼女は命尽き果てる寸前にあった。数瞬の間の後に、彼女の全身から血が噴き出した。 体が地に伏しそうになる。懸命に足を動かし、支えとした。 嗚呼、これが死ぬことかと塵輪鬼は妙に納得した。全身が軋み、痛むのに、晴れ晴れしい気持ちになる。 もう終わりにしようという気持ちも、したくないという後悔も、確かにあった。 しかし考えてみれば、封印されていたとはいえ、彼女は生まれてすでに千年以上の時を経ているのだ。 もう誰かに託すのが当然の時間だ。 塵輪鬼は微かな力で文の方を向く。既に闘志の失せていた塵輪鬼に、彼女は攻撃する素振りも見せない。 「これ、お前が持ってってくれ」 力なく投渡された短剣を、文は不思議そうに見ながら、言う。 「え、私?」 「私の大事な角だからね。どう……か……」 糸が切れたように、塵輪鬼は仰向けに地に倒れ伏す。眩しいと思う暇もなく、視界はどんどん暗くなっていく。 「忘れないよ」文は優しい声で言う。 「だって…こんなに、子供のことを想っていた…お母さんだったんだ、から…」 「あなたの想いは、鬼としての矜恃は忘れません。どうか心おきなく、です」 ななせが短めの祈りを捧げつつ、言った。 祈は塵輪鬼の死に様をじっと見ている。種族は違えど、子を思う一人の親が。彼女という存在が居た事を忘れないために。 「眠れ、優しすぎた母よ」 冬織はそれを死者への手向けの言葉とした。 やがて塵輪鬼はその意識を途切れさせる。人に殺された鬼としては、あまりに安らかであった。 「これで実験が進むといいんだけどなあ……」 小さく呟きつつ、シメオンは死体の様子を見る。自身は気をつけていたが、他の仲間が派手にやってくれたので、実験可能そうな部位はほとんど残されていなかった。彼女はこそこそと生殖器らしき部位を切り取ったが、十分でなかったのか、溜め息を吐いた。 レイシアは涙を流しながら、遺体を見ている。否定されるのは悲しいことだ。何度謝っても足りないだろう。 朱子は寂しげに亡骸を見ながら、小さく呟いた。 「また一人……見捨てた」 空は抜けるような蒼さであった。自分を悪だと言う少女には、少し綺麗すぎるほどに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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