●この世は金と金 夜は非日常の世界である。 そう言った者が居たか居なかったか、それは定かではないが。近年の夜は明るく、到底非日常とは言えない時代になっている。 だが、明らかに現在この場所は非日常であった。 ――港湾地域。 多数のコンテナが並ぶ、海運の要である。 運送の向上した現代においては、陸路はトラック、空路は飛行機と多彩な運送経路が存在する。 だが、コストパフォーマンスや運送可能容量においては未だに海運無くしては語れない。 より大きな物を運ぶ、より遠くへ大量に運ぶ。そういったシーンにおいては港湾と船舶は未だに主役であると言える。 そのような港の最中に、不似合いな集団がたむろしていた。 スーツに身を包み油断なく周囲を確認している彼らは、どこから見ても堅気には見えない。解りやすく裏社会の人間と言えるだろう。 彼らは人数は多くは無く、小集団と言える。だが、そこに漂う緊張感はこれから行われる何かに対し備えている雰囲気であった。 「しかし……本当にやるんですかい?」 その中の一人が呟いた。彼の視線は一つの布に覆われた箱に向けられている。 その大きさは人より少し大きいぐらいの正方形。人間が直立して入って十分に余裕があるサイズであると思われる。 「なんだよ、何が気になるってんだ?」 他の男が、彼の発した疑問に応える。 「いや、だってこれエリューションだろう? こういうのってさっさと処理しちまわないと世界がヤバいとかなんとか言うんじゃねえの?」 「リベリスタみたいなことを言うな、お前は。いいんだよ、俺達はそんなこと気にしなくて。大体、あの人がやるっていったらやるしかねぇんだよ」 二人の言葉は畏れに満ちている。それは中に入った荷物に対する恐れであり、それを指示した上司に対する畏れであった。 「何を騒いでいる」 話をする二人の元に、別の者達が声を掛ける。 それはスマートなスーツに身を包んだ男女の二人組。整ったその顔はよく似ており、兄妹、もしくは双子であろうと推測された。 「あ、右京さん左京さん。いや、こいつがこの取引にビビッてるみたいで」 「心配するな。叔父貴がやると決めたことだ、俺達は気にせず実行すればいい」 右京と呼ばれた男は部下たる男達に言う。 「しかし、エリューションを売り飛ばす……アークが知ったら黙ってませんぜ?」 「何故俺達がアークに配慮しなくてはいけない? 休戦協定はもう終わったんだ」 部下の言葉に右京はにべなく答える。そのような空気の中に一人の人物がやってくる。 「アークさんは気付いてはるやろ。万華鏡があるさかい」 「叔父貴」 「叔父様」 その人物は初老に差し掛かった、呉服を身に纏った男だった。髪には白髪が混じり、灰色に近い色味になっている。穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その目は油断なく相手の事を窺っている。 いや、窺うのではない。その目は人を見る目ではなく、物を見る目。あらゆる者の価値を値踏みする、商売人の目であった。 右京左京の二人に叔父と呼ばれたその男の名は三尋木系の構成員『河原町 央路』という。 「右京の言うとおり、アークさんに配慮する必要なんてありまへん。うちらは三尋木。裏社会らしく、やりたいようにやるだけよ」 笑顔のまま、央路は言う。 休戦協定は遥か前に終了した。ここから彼らの行動をアークに束縛する謂れは無い。 「叔父様、彼らが実力行使に出てきた場合は?」 左京が問う。エリューション事件である以上、アークが出張るのは当然の事。あらゆる事を想定して取引を成功させるための確認。 「大事な取引やさかいな。もし実力行使というならば仕方ないわ。きっちり排除しい」 その間も彼の表情は笑みを浮かべたまま。人当たりのよい態度で聞かれた事にはあっさりと答える。瑣末なことに時間を使いたくないのだ、彼は。その為には必要ならばすぐに済ます。時は金なり。 「ああ、でも……ころしたらあきまへんで。無理に事を荒立てては、お嬢に余計な面倒を掛けてまうし――」 付け足した言葉。穏便に済ませようとするかのようなその言葉に続く言葉、それは決して穏便等ではなく。 「――身代金なり、人身売買なり。リベリスタもなんらかの金になるやろ」 ――河原町央路。長く三尋木に遣える彼は、資金調達のプロであり。あらゆる事象を金で考える男であった。 ●ブリーフィングルーム 「エリューション売買ですか。いつの時代もあるものは売りさばく者がいるものですねぇ」 アークのブリーフィングルーム。『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)は手元にある資料をめくりながら、集まったリベリスタ達に口を開いた。 「さて、まずは皆さん鬼の騒ぎはお疲れ様です。これでしばらくは鬼に関する出来事は残党の掃討のみですねぇ、いやぁよかったよかった」 言葉一辺倒の労い。その言葉にはまるで気持ちが篭っているようには見えず、わりとありがたくない。 「さて、それはともかくとして。例え鬼が暴れようがフィクサードもエリューションも遠慮してくれないですねぇ。さっそく不穏な気配を万華鏡が察知しましたよ、ハハハ」 笑い事ではない。馳辺はにこやかな笑顔(胡散臭い)でリベリスタ達に資料を配り始めた。 「どうやらエリューションを売買しようとする行動があるようです。 売却元は三尋木。指示しているのは河原町央路というフィクサード。金庫番のようですよ」 動物が売買され、人身売買も存在する。ならばエリューションを売買することも決しておかしなことではない。 ただそれがエリューションである以上、放置すれば崩界が進んでしまう。なんとか対処しなくてはいけない。 「央路という人物は、あらゆる物を金で換算するようです。何よりも金を確保することを優先し、物であろうと人であろうと金に変えようとする。そんな人物ですねぇ」 それ故にエリューションを売買しようとする。世界の事、安全の事は二の次。ある意味でフィクサードらしいといえる人物であろう。 「さて、皆さんの任務は彼らが売却しようとしているエリューションの処理です。 方法はどのような手段でも構いません。エリューションさえなんとかしてくれれば問題ないです」 だが複数のフィクサードがそれを管理しており、実力もなかなかにある。正攻法で戦うと相応の苦戦は強いられるだろう。 「あまり時間を掛けると取引相手が到着する可能性があります。相手は誰か不明ですが、わざわざエリューションを欲しがる人物、まともではないか実力者か、でしょう。早めに対処するに越したことはないですねぇ。 あと、央路自身もかなりの実力を持ったフィクサードです。気をつけて下さいね」 取引の阻止。その為の手段はいかなるものか。 かくしてリベリスタ達は港湾の取引現場へ向かうこととなる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月02日(水)01:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●GOLD RUSH 人間社会にはあらゆる物に価値がある。 それは各自それぞれの思惑であり、価値観によって定められてはいるが。それらを一つの基準に纏め、明確に数字として表すものがある。 それが、金である。 金は物の価値となり、正当な対価を証明する。 金は給料となり、個人の成果を明確に数字として表す。 金、金、金。そう、世の中は金で回っているのだ。 「――金は命より重い。何処ぞの偉い人は言いました」 湾岸に近づく一団がそこにいる。その中の一人、メイド服に身を包んだ小柄な人物『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は言う。 「まー、この世の中、金さえありゃ出来ねー事は限られてくるもんな」 などと言いながらモシャリモシャリと『メンデスの黒山羊』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)は紙幣を咀嚼している。黒山羊さんたら読まずに食べた。 「ボクからしたらこんなモンご飯なだけなんだけどね。でも良い子は真似すんなよ!」 誰に言っているのか。 「何か一つに徹底的に拘りを持ち行動する人間は面白く、好感は持てるがな」 どこか愉快そうに『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は言う。 金とは対価。あらゆる物に等しく明確なレートを与える存在であった。それがいつしか、他の価値を凌駕していくことがあるというのは、優先度の逆転ともいえる。価値を計る物が価値を生み出すようになったのだ。 「――お金より大切なものはいっぱいあるよ」 神妙に呟くのは『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)。彼女は自らの体験をもって、金に代えられぬ様々なものを見てきたのであろう。 「あ、でもお金ないと甘いものも買えなくなっちゃうんだ……」 言った矢先にこれではあるが。やはり基準であり通商の中心である、ということは無視出来る価値ではないのだ。 「ご飯が食べられなかった時はさすがに辛かった、かな」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の経歴において、かつて金が得られぬ時期もあったのだろう。都会において金無く生きる事はとても難しい。可能ではあるが、それは充足した生活を得られる保証などないのだから。 「彼にとって金を稼ぐという行為は目的なのか、手段なのか」 考え込むように『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は呟く。 価値観とは多種多様である。それが絶対であれば無価値である者もいる。お金で買えない価値がある、というフレーズが以前に流行したが、価値がある故にお金がないと買えないものもまた、存在するのだ。 「それにしてもゴーレムっていくらで売れるの? どこの物好きが買うのかしら?」 どうせなら可愛いのがいいのに、と『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は言う。可愛かったら買うのか。 「まあ、どうでもいい」 涼子は言う。この身一つが自分の全て。他は不要だと。それもまた一つの真理と言えるだろう。 リベリスタは歩を進め、湾岸へと辿り着く。ここに今、目指す目標は存在する。エリューションを金に変えようと取引を行うフィクサード。三尋木の連中が。 存在するだけで崩界を導くモノを拡散させることになる取引。放置するわけにはいかないのだ。それがどうあろうとも。 「こんなゾロゾロ連れ立って喧嘩行くのも久しぶりだぜ。面白そうじゃねえの」 暴れていればいいというわけではないというのが面倒ではあるが、事はでかい方が面白い。『華娑原組』華娑原 甚之助(BNE003734)はこれから始まる大一番にニヤリと笑う。 「ところで何の話だったんです? さっきのは」 おもむろにウェスティアがモニカへと問いかける。どこからの引用かわからない言葉ではあるが、微妙に含蓄のある言葉、それに対する問いであった。それに対するモニカからの返答は。 「ああ。彼らへの警告みたいなものですよ」 命は大事にしましょう、と。そう、金は命より重い。その本来の意味は人の命は一円よりも安いという意味。だが取り返しのつかないが上に金は利益を生む。 お互いに。金は命より重く、命は金になるのだ。 ●TRADE 湾岸の一角。コンテナの立ち並ぶその区画において、その戦いは開かれた。 轟音を上げ、コンテナが弾け飛ぶ。まず開幕の狼煙を上げたのは、強行突破であった。 「ふははは! 見ろ、貨物がゴミの様だ!」 爆炎を撒き散らし、強行突破を仕掛けるのはノアノアであった。眼前の障害をなぎ倒し、吹き飛ばし。わざとらしいぐらいに大見得を切り、進路を開く。 「ほんまに来たみたいですなぁ。ご苦労なことですわ」 やれやれといった風に呟くのは河原町央路。今回の取引の中心人物であり、三尋木の資金調達役の一人でもある。彼らはアークが来るのを予見していた。だが、誤算らしい誤算と言えば。 「問答無用で仕掛けてくるとは思ってもみなかったがねぇ」 即効で攻撃を仕掛けてきた点であろう。予兆無き強襲はフィクサード達の出鼻を挫くには十分である。 「機先を制すのは大事だろう? つまりはそういうことだ!」 同様に突入するヴァルテッラの機関が稼動し、出力を上げる。生み出された無限のエネルギーは炎となり、ヴァルテッラの身を包み――解き放たれる。 爆炎が敵陣の中央に叩きつけられ、ヤクザ者達と檻をまとめて薙ぎ倒さんと吹き荒れる。その機を逃すまいとリベリスタは次々と突入し、その技を振るう。 「リベリスタめ……来い、タダでは返さん」 右京がリベリスタ達を睨み付け、銃を構える。そこへリベリスタ達が殺到し、右京の行動を押さえ込もうと立ち回る。 「それはこちらの台詞」 涼子が手にした銃を突きつけ、撃つ。単発式のその年代物の銃は、傷だらけな見た目に反してきっちりと銃としての役目を果たしてくれる。そこへさらにウーニャが放つ魔力のカードが叩きつけられ、右京を自由に動かさぬように制圧攻撃が行われる。 「可愛い子が二人も相手してあげるんだから感謝しなさい、色男」 ウーニャが笑みを浮かべながら、右京を挑発する。 「はん、可愛い女ってのはそんなへらず口は叩かないんだよ!」 売り言葉に買い言葉。右京が反射的に撃ち返す銃弾は的確にリベリスタ達を撃ち抜いていく。 双方共に銃弾と術式が飛び交い、傷を穿つ。実力はお互いに高いが故に、決して無事に戦いは進まない。 一方、檻を守るのは左京。檻を狙い、巻き込まんとする一連の攻撃は左京によって受け止められている。高い防御と的確な状況判断。今この場において何を守り、どう動くかを彼女は理解している。 それ故に彼女をリベリスタは放ってはおかない。自由にさせている限り、目標を撃破することは難しいと考えて。 「よ、コンバンワ。左京チャンに会いたくてさァ。いや、用という程のモンじゃないんだけどさ?」 軽口を叩きつつ、左京に纏わりつく甚之助。手にしたナイフを振るい、鴉を生み出し放つ。生み出された鴉は左京に纏わりつき、その動きを邪魔しようとしていく。 「私は別にお前のようなチンピラに会う趣味はない」 左京はつれなく言い捨て、鴉を透明な盾を用いてあしらい、防ぐ。同時に手にした警棒を振るい、強かに打ちつける。堅牢な守りと攻防一体の立ち回り、それを切り崩すのはなかなかに至難。 「やれやれ、適わんわぁ」 央路が呟き、くしゃりと頭を掻く。殺到するリベリスタ達が狙うのは商売道具のエリューション。あまりそれを傷つけられるのはありがたくは無い。そろそろ本気で相対する必要があると、彼は判断する。 「お前さん達、細かく相手をしていないでさっさと仕留めてしまいなさいな。一人づつ確実にね」 央路の指示、そしてジェスチャー。それに従いフィクサード達は一斉に銃口を向ける。指し示された目標へと。 大量の銃弾が放たれ、甚之助を刻む。腕を、足を、胴を。的確に狙う銃弾が穿ち、血を撒き散らす。修練された身のこなしはそれらの銃弾の全てを直撃は避けるが、やはり物量の前に激しい負傷は免れない。 「ほれ、しっかりせんか。役目をしっかり果たすがよい」 その傷をすかさずゼルマが塞ぎにかかる。癒しの力を秘めた微風は傷を吹き流すように消し、生命力を取り戻していく。 激突したリベリスタとフィクサード。それぞれの思惑が交錯する中、戦いは血を以って行われる。 傷つけ、傷つけられ。互いの目標を果たすまで。 ●AFTER SHOW ただ一点である。 リベリスタが目指す目標は一点。取引に使われるエリューション、それを撃破することのみ。 その為の立ち回りである。人数はリベリスタが勝り、血路さえ上手く開けば目的を果たすことは容易ではあるかもしれない。 だが、その血路が開かない。 「どいて貰うよ!」 ウェスティアが黒鎖を紡ぎ、フィクサード達を縛り上げていく。一般構成員達はそれを防ぎきることは出来ず、拘束され動きを封じられていく。 そこに開いた穴を突破するように、ヴァルテッラが切り込み突入していく。 装甲服の重量が路面を割りながらも、それを意に介さぬように檻へと肉薄していく。だが、その前に立ち塞がるのは一人の人物。 「アークさんは皆こうなんかねぇ? 問答無用の力押しで全部駆逐していくんやね、他人の財産であっても」 そこに立ち塞がったのは央路。臆面もなく、エリューションを財産と言い放つその男。呉服に身を包んだその姿のまま無造作に立ちはだかる彼に、ヴァルテッラは手にした火器のトリガーを引く。 放たれた砲撃は、重火器とは思えぬほど性格に央路を撃ち抜こうとする。それを央路は僅かな動きでかわし、最小限の被害へと変えていく。 リスクを判断し、最小限にしていく。それは彼が今まで行ってきた取引、交渉。金銭的リスク。それらの経験から来る、合理的な取捨択一の判断力である。 「ふむ、ならば一手詰めるとしようか」 受け流したその立ち回りにヴァルテッラはさらなる正確な一撃を撃ち込もうと狙う。その瞬間に、央路は懐へと飛び込み、拳を繰り出した。その手刀は正確にヴァルテッラの重装甲の隙間へと打ち込まれる。 「無理はあきまへん。お互いそこまで若くないんよ?」 ニィ、と笑う央路。 「せやから、ちょっと活力頂くで」 直後、ヴァルテッラの身体に脱力感が広がる。生命力が、気力が、零れ落ちるかのようなその感覚。否、吸い上げられている。 「ぐっ……!」 奪われていく生命力に膝をつきそうになるヴァルテッラ。だが、その時央路が突き刺した手刀を抜き、飛びのく。 直後、その場所に砲撃が炸裂した。 「残念、外れましたか」 遠距離からの砲撃。コンテナの上に陣取り、一人のメイドが眼下を見下ろす。 「やれやれ、大御堂のメイドは噂通り無茶苦茶やなぁ、あそこがメイドに金出してくれるような企業ならええんやけど」 央路が穏やかな笑顔のまま算段を行う。彼にとっては相対する敵すらも商売の道具。目に写る相手は全て値段を換算し、いかに活用するか図る。それが河原町央路という男である。 「まあ本命はそちらではないのでいいのですが。――これ見よがしに並べられたボーリングのピンは全て倒したくなるのが人の心情というものでしょう」 下部の敵陣へと装着した自動砲が唸り、砲撃の雨を降らす。巨大な弾頭がばらまかれ、人に放つにはふさわしくは無い火力が敵陣を切り裂く。 檻への砲撃は左京が全て間に立ち塞がり、防いで行く。商売の邪魔となるそれらの行為を彼女は通さず、防ぎきっていく。 だが、さすがに一人で全てを防ぎきるには限界がある。ただでさえ眼前には複数の敵が存在しているのだ。 「もう一発!」 ウェスティアが甚之助と交戦する左京にさらに攻撃を加える。遠距離から檻を巻き込むように放たれる炎を全身を持って受け止め、防ぐ彼女はじわじわと追い詰められていく。 「お前達――っ!」 「ハハ、怒った顔も可愛いぜ。もっと踊ろうぜ、お人形さん!」 押し込まれる状況に焦る左京、それをさらに煽りながらナイフを振るう甚之助。その態度は荒々しく下卑てはいるが太刀筋は美しく、実力差のある相手ならば容易に魅了されかねない剣撃。それをかろうじて左京は凌いではいるが、長くは無いだろう。 同様に右京も追い詰められていく。タイマンであれば決して遅れはとらず、部下もいるが故に防ぎきれると彼は考えていた。だが、リベリスタ達の練度もまた高く、部下達は制圧射撃によって次々と打ち倒されていく。 檻はかろうじて守れているが、それ以上が得られない。自らも眼前の相手を凌ぐだけで精一杯である。かつては極東の弱小であったアークも数多の修羅場を越えてきた結果、右京のレベルであれば肩を並べるほどになってきたのだ。 「どいて。それを壊すから」 「冗談じゃねえっての!」 淡々と要求を告げる涼子に右京は手にした短刀を振るう。刃が涼子の肌を刻み、抉る。だが、そこにさらなる攻撃が右京へと加えられる。 距離を離した位置からの援護。ウーニャが放つカードは次から次へと降り注ぎ、右京を傷つけさらに彼の歯車を狂わせて行く。狂った歯車は手元を狂わせ、決定的なチャンスを失わせる。 「リスクってのは予想もしない所からくるものよ」 くすり、と微笑みウーニャは右京へと言葉を投げかける。彼女の引き寄せる不運は確実に右京を捉え、蝕んだ。かくして状況は悪く傾き、抵抗を続けた右京もやがて。 涼子が振り下ろした銃の一撃に打ち付けられ、地に伏した。 「ここまでじゃな。カワラマチ、スタチューを差し出せ。さもなくば」 右京が倒れた瞬間を見計らい、ゼルマが声を掛ける。 「――此奴の命を取る。十秒で結論を出せ、ここまで育てるコストと商売が破談になる損失。どちらがよりリスクが上かのう?」 力押しに脅迫じみた交渉。リベリスタは手段を選ばない。崩界を防ぐ為に、何よりも優先されるべきはエリューションの撃破なのだ。 「……とても交渉とは言えんねぇ」 央路はその言葉に苦笑を浮かべ、答える。 「ええでしょ、今回は引き下がりましょ。このエリューションはあんたらにやります。先方にどう謝ったもんかねぇ」 そう言い、央路は檻より離れる。同様にフィクサード達も皆、檻から離れて距離を取る。 そこへモニカの放つ砲撃が檻ごと中のスタチューを打ち砕いた。決して強くは無いエリューションはあっさりと砕け、失われる。 かくしてリベリスタ達の目的は果たされ、交渉は成立。倒れた右京は開放され、これで終わり――とはならず。 「――まあ、せめて元は取らせて貰うさかい」 「! そうはさせないってばよ!」 央路が、フィクサードが一斉に駆ける。何かを企むように駆ける彼らをノアノアが阻止しようと立ち塞がり……その腹に一撃を受け、昏倒する。 「お一人様確保。ほなまた身代金交渉にでも」 「ま、待ちなさい! 彼女を放して!」 ノアノアを担ぎ上げ逃走しようとするフィクサード。彼らに対しウェスティアが術を放つが、それは左京が間に立ち塞がり止める。 ――かくして一人の犠牲をもって、戦いは終わる。 エリューションは無事撃破。リベリスタの目的は最低限果たされたのだ。 ……その後の禍根がどうなるかはともかくとして。 ●BACK STAGE 「――すんませんなぁ、さすがに防ぎきれませんでしたわ。大丈夫、代わりはなんとか用意するさかい」 移動する車内。その中で央路は電話にて誰かと会話している。 恐らくは今回の依頼人。取引の商品を失った事に関しての釈明、事後の取引に関しての打ち合わせ。そういった所であろう。 「――はい、はい。ほな次の取引は国外でお願いしますわ。国内やとアークが思ったより厄介ですわ。――ええ、御安心を。この埋め合わせはきっちりするさかい、少佐」 そう言って央路は通話を切る。 「やれやれ、フィクサードってのも大変だねぇ」 その央路に声を掛けたのは拉致されたノアノア。だが、彼女は一切の拘束を受けていない。堂々と足を組み、車両の後部座席においてふんぞり返っているのだ。まるで客人の如く。 「商売にリスクとイレギュラーはつきものですわ。まあ、あんたさんのおかげで損失は補填、むしろさらに利益を生めそうで万々歳ですわな」 取引に失敗した男とは思えない央路の笑顔。いや、彼は失敗などしていなかったのだ。元の取引を失ったかわりに、さらなる利益を生み出すことに成功しているのだから。 「まー、央路チャンの事情は別にいいけど? 約束、忘れないでくれよ?」 「わかっとりますわ。ただ、短期間で教える以上は相当手荒になるのだけは覚悟しといてな」 「ま、そこはしょうがないよな」 親しげに話す二人。 ――そう、取引は行われていたのだ。ゼルマが行う威圧的交渉の裏で、別の交渉が。央路は威圧的交渉ではリスクとメリットが一致していなかった為受ける気などはなかった。だが、別の取引の利益が大きければ話は別。渋々ながらも引くふりをして、最上級の利益を彼は得ていたのだ。 ――後にノアノアはボロボロの重傷ながらも身代金及び取引妨害の賠償金と引き換えにアークへと帰還する事となる。 その傷の代償……一つの技術を手にして。 かくして利益は巡り、社会は回る。経済とは相互の利益によって幸福を生むのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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