●都市伝説 不運に理由など求めても意味はないけれど、強いてそれらしい理屈をつけるならば。 彼が深夜の高速道路で「それ」に出会ったのは、月のない夜の暗さに心揺れて首なしのライダーだとか追いかけてくる老婆だとか、ああいったよくある怪談を思い出していたせいかもしれない 「……なんだ? 今の音」 車での走行中、突然耳に飛び込んできた異音に青年は眉を寄せた。 なんとも言い表しがたい不快な音。いや、よくよく聞けばそれはどうも「声」のようだった。 ノイズのように無機質で、割れ鐘のようにひび割れて、腐れた果実のように湿った声で、何者かが叫んでいる。強いて聞き取れた音に字をあてると、こんな所だろうか。 『ヴぉぉぉぉぉばぁぁぁい゛、ぐぅぅぅぅぉぉぉあああいいい゛ィィィ』 勿論、何を言っているのかなど分かりはしない――分かりはしない筈だった。普通なら。 けれど、分かってしまった。声の主が唄っているのだという事を。 そして更に運が悪い事に、青年はまともに見てしまったのだ。 自分の眼前に迫る、バイクに乗った腐乱死体の瞳を。 ●ノイジィ・スター 「正直、今世紀最大級かもしれない」 「は? 何がだ」 「今回の敵、その歌がさ」 口の端を釣りあげる『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉に、リベリスタ達は曖昧に首を傾いだ。 「敵はE・アンデッドと聞いたけど。そんなに歌が上手いのか」 「答えはノー、逆だ。恐ろしく音痴なんだコレが。音痴なんて表現すら生ぬるい程にノイジィでクレイジー、最早この世のものとは思えな……嗚呼、もう既にこの世の者じゃないか。とにかく酷い。デス・メタルの神様も泣いてエスケープするクラスのブッ壊れたデス・ヴォイスだ。しかも声がでかい」 たぶん生前もそんな感じだったんだろうと、フォーチュナは何処かしみじみとした調子で続ける。 「どっかへ向かう途中に死んで、今もその目的地に向かおうとしてるらしい……が、最近の陽気で大分腐ってるせいかどうか知らないが、全く頭が回ってない。ロックに過ぎる声で歌いながら環状道路をバイクで回り続け、主に深夜の高速道路で被害が出てる」 唄う彼とすれ違った瞬間、窓ガラスにはひびが入るしドアは凹むしタイヤは破裂する。 それだけならまだ軽く済んだほうで、酷い場合には運転手が気絶してガードレールに突っ込むわパニックを起こして対向車にぶつかるわ――考え得るありとあらゆる交通事故が発生しているのだそうだ。 「血まみれのゾンビ兄ちゃんが大層ハッピーなご様子で向かってきたら、一般人はパニックを起こしても仕方ないだろ?」 正直、俺でも遠慮したい。 男は口の端を釣り上げて、笑みとも同情ともつかぬ表情を浮かべた。 「フェーズは2、なかなか強力な固体だが知能は殆ど残ってない。普段は延々と道路を走っているが、一か所だけ必ず立ち寄るパーキングエリアがある。時刻はだいたい午前一時、現場で待ち構えていれば簡単に会えるだろう。 戦闘に入ると同時にフェーズ1の犬型E・ビーストを五匹ほど呼び寄せるようだから、こいつらにも注意してくれ。ああ、深夜とは言え無関係の車もぼちぼち通る。巻き添えにしたらシャレにならないから、その辺の対応も宜しく」 そう言ってフォーチュナは椅子にもたれ、目を閉じる。話はこれで終わりらしい。早速相談を始めようと動き出したリベリスタ達の背に、彼の零した小さな歌声が跳ねた。 彼にはあまり似合わない、青臭くて古臭くて決して格好がいいとは言えない曲調と歌詞。 けれど何故か、少しだけ切なくなる声だった。 ――グッバイ・ミッナイ、星の夜に君と二人、風に吹かれてサヨナラさ―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月06日(水)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜の高速道路。聞こえてくる車のエンジン音に耳を傾けながら『愛煙家』アシュリー・アディ(BNE002834)は深いため息を吐いた。 「……音痴で深夜を爆走するゾンビライダー……」 脳裏に浮かんだ情景が余りにも騒がしい――そう、ノイジィなことに彼女は呆れたように01AESRを握り直した。 「迷惑極まりないわ、被害者が出る前に即刻対処しないとね」 「そうですね、随分迷惑なライダーです」 アシュリーの言葉に頷いた雪白 桐(BNE000185)も止まって頂かないと、と良く晴れた綺麗な星空のもとため息をついた。 遠くから聞こえてくる車のエンジン音は煩い。ぶぅん、ぶぅんと鼓膜を擽るそれが何処か風が歌う様で『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)は小さく伸びをした。 爆音に風、心慰める音楽があれば―― 「そりゃー爆走小僧にゃーたまらんスペクタルだよねー」 環状道路をぐるぐると。バイカーは回遊魚。行く先目指して巡るは本能が故。 「自分の行く末見てるみたいだねー」 暴走族である彼は小さく笑う。まあ、気持ちは分からない事もない、と。だがそれとこれとは別である。 耳障りなノイジィなデス・ヴォイス。死して尚走り続けるその様子。 「ゾンビになってまでバイクに乗り続けたい気持ちは凄いですが」 まあ、凄いんだけど、と『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)たる優男は冷静な表情で言う。 「まあ、普通に傍迷惑なので早々に退治しませんと」 未練がましく乗っていると言うよりも目的地があって乗っている。その信念には驚かされるものもある、が、他人に迷惑をかけている以上自由に風を感じてもらう訳にも行かない。 しかし、死んでもなお、目的を追い続けるライダーに対して『仁狼』武蔵・吾郎(BNE002461)は悲しげに目を伏せた。 「見未練のないまま死ねるなんて滅多にないだろう」 きっとこのノイジィ・ライダーだって行きたく仕方がない場所がある。それは当然であり、頷ける。 だが――彼によって事故多発となってくると話は別だ。 「でも、だからこそそんな奴を増やすような真似してるやつは倒す」 ご尤もなその言葉に『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は頷く。 「迷惑ライダーに灸を据えてやろう。死んだら冥土に行くもんだ」 小烏は片手にバケツを持ち、その口元に小さく笑みを浮かべる。さあ、心残りは此処で全て聞いてやる。 ただし歌声以外で頼みたい所だ。 「でも、強い、未練ですか」 ふと考える様な表情でつぶやいた雪待 辜月(BNE003382)が哀しげに星空に照らされたアスファルトを見つめた。 「出来れば目的地に連れて行ってあげたいですけど……」 出来ない事を望む事程哀しい事はない。彼が悲しげに視線を彷徨わせた後、ふと、浮かんだ言葉をぽつりと呟いて見せる。 「誰か待ってる方とかがいたのなら」 ――遺品とか、届けれれないか。 ただ、歌っている煩いライダーにその待ち人がいるかなんて、分からないけれど。 「ゾ、ゾンビ……っ!」 遠くの車の音を聞きながら如月 凛音(BNE003722)が何処か不安げな声を上げる。 仲間たちが彼女を仰ぎ見る。何処か蒼い顔をした凛音はゾンビが自身が載っている車の前に現れた所を想像したのだろう。 わなわなと震え、灰色の瞳に不安を浮かべる。 「わわわ、私、すぐにばたんきゅーしちゃう自信があります……!」 仲間たちの優しげな視線を受けて一呼吸置いた凛音は小さく頷いた。此れは仕事だから、そうならないようにする、と。 ああ、何処か遠くからエンジンの音が響いてくる。風に乗った、騒音と共に。 ● 人気のないパーキングエリア。念には念を、と入口に赤いコーンと工事中の立て看板が置いてある。 ホットコーヒーを購入し、煙草を加えた甚内は遠くから聞こえてくるバイクの音に耳をすませる。 仲間たちは皆、自販機近くに隠れ潜んでいる。 結界を静かに張り巡らせた凛音はあまり利用する事のない高速道路に胸を躍らせ、先ほどと打って変った楽しげな表情を浮かべている。 「バケツ作戦は大丈夫か?」 「ああ、ばっちり用意している」 問うた吾朗に小烏が笑ってバケツを持ち上げて揺らす。バケツ作戦――名前は何処か可愛らしい雰囲気のするものだが、狙いも何処か可愛らしい。 「カラーボールも用意しました」 バケツ作戦とカラーボール。どちらも瞳での攻撃を防ぐもの。少しでも有利に働ければ、という発想からのもだろう。 それぞれが準備を終え一息ついた所で高速道路からパーキングへ向けて猛スピードでエンジン音が近づいてくる。 其れと共に聞こえる歌声は何処ぞのフォーチュナが言っていた通り今世紀最大級のノイジィ――思わず涙が出てブラボー!と褒め称えたくなるほどのブッ飛んだデス・ヴォイス。 「さ、来ましたよ?」 にんまりと口元に笑みを浮かべた桐はそっと立ち上がり、しまっておいた武器を取り出す。 響き渡るブレーキ音。目の前に現れたゾンビの其の形相に声にならない声を上げた凛音がふらり、と体を背後に逸らす。 慌てて支えた孝平に意識を手放すのをなんとか踏みとどまった彼女はぺこぺこと頭を下げる。 「それでは、始めますっ……!」 彼女は其の身に闘志を張り巡らせる。怖がりで泣き虫な彼女の待とう闘志は色で言うなれば青だろうか。何処か優しげな色にも見えた。 凛音の張った結界をさらに強力に。上書きするように張り巡らされたアシュリーの強結界。 「音痴というか、もはや音響兵器ね」 歌いながら現れたライダーへの感想を呟いて見せたアシュリーは仲間たちを仰ぎ見る。 集中領域にまで至った甚内は立ち上がり、加えていた煙草を踏み潰して火を消した。 「さぁて、俺ちゃんたちの出番だね!」 その声が小さく響く。バイクから降り立ったライダーの顔面目掛けて黄色のカラーボールが投げ込まれた。 ――投げたのは辜月だ。べしゃ、と音を鳴らしてゾンビ系男子の顔面が黄色に染まる。 走り寄って行った小烏と吾朗が其の頭へと忍び寄りバケツを被せる。 瞬間的に怒ったことに何が何だか分からないゾンビ系男子は慌ててバケツを外そうとする、が其の隙をついて甚内と小烏はバイクを奪取していた。 「ヴぉぉぉぉぉっ」 歌ってるのか叫んでるのか、もはや見当もつかないがバケツを外す事に手間取っているゾンビは他所にバイクも奪還したリベリスタ達はにんまりと笑った。 「んっんー…… 良~いバイクだ……魂入ってるね!文字通り!」 「怒んじゃねぇぞ、大事なバイクを喧嘩に巻き込む気は無ぇってだけさ」 お前さんの傍にない方が良いだろう?とにんまりと笑った小烏。此処までうまくバケツを被せることに成功するとは思っていなかった吾朗は拍子抜けしていたが、其のまま戦闘姿勢に入る。 ライダーの足元へと一手撃ち込んだアシュリーがにんまりとその口元に綺麗な笑みを浮かべる。 「逃がしはしないわよ」 逃亡阻止の意味合いもあり、バケツを被ったまま転んだライダーに向かって桐が撃ち込んだ電撃にライダーがもがき苦しむ。 バケツの中から聞こえてくるのは痛がる悲鳴なのかそれとも歌声なのか。もう歌っていても叫んでいても騒音でしかない、流石はノイジィ・デス・ヴォイス。 体の中の歯車が噛み合い素早さが体を支配する。風そのものになった孝平は次の一手の為にバスタードソードを構えた。 半身を燃やし、その姿は其の身を爛れさせたかのような犬が5体目の前に躍り出る。 速さを身にまとった吾朗は其のままに澱み無き攻撃を燃え爛れた犬へと繰り出した。 狼のその顔に浮かべたのは楽しげな笑み。赤い瞳は真っ直ぐに犬を見て、わらった。 「悪いが構ってる暇はないからな、一気にやらしてもらうぜ!」 仲間たちへ与えたのは守りの力。守護結界を張り巡らせた小烏は離れた位置に付いて周囲を見回す。背後に立っている辜月を護るようにその背を向ける。 小さな翼を背へと与えていく辜月は的確な指示を周囲へと繰り出す。 翼を背負い、身軽になった凛音は犬へと一礼し、その勢いのまま輝くオーラを纏った薙刀で一閃。 「失礼致しますねっ……!」 きゃう、と小さく鳴き声を上げた犬へ対して愛用の矛を振るった甚内の攻撃がぶちあたる。 じゃりとアスファルトの上の砂埃がゆるく舞い上がって、犬が地に其の身を伏せる。 「悪っりーね!コレもお役目でねー?」 バケツがガッと鈍い音を立ててコンクリートにぶつかる。腐り爛れ落ちたその眸が射ぬくのは数人のリベリスタたち。 体に苦痛を感じはしないものの其の目に魅入られて、桐が体の方向を変える。 手にしたまんぼう君を握りしめて、狙っていた目の前の犬を放置し、まだ攻撃を受けていないだろう犬へとギガクラッシュを放つ。 それは桐だけではない、ソニックエッジを放っていた孝平も攻撃の対象をライダーへと変更する。 「雪待!ここは自分に任せろ!」 「はい、お願いします!」 その間にも犬たちは猛攻する。狙われなくなったのなれば好機――桐の腕へと噛み付きそこから毒を這わして行く。 だが、それもつかの間だ。辜月と頷きあった小烏は仲間たちへと邪気を打ち払う光を放つ。 ハッとしたように瞬きした桐と孝平は再度、目の前にいた爛れ犬へとその攻撃を放った。 撃ち放たれた光弾が弱った犬達をアスファルトへと転がしていく。 「犬は黙って寝転んでなさい」 金色の髪を揺らしたアシュリーのジャッカルの耳がひょこり、と動いた。 其の目でずっと見つめているだけだったライダーだったが、黙っているだけでは震えるソウルを感じない。もっと熱く!そのソウルを掛けて! 「!」 辜月がばっと耳を塞ぐ。心に響く歌声で有れば、いい。其れが誰をもハッピーにしてしまうような歌で有ればいい。 だが、其れにより他人を傷つけるなど言語道断だ。 響きだしたのは何ともロックで今世紀最大の大層ハッピーでデス・メタルの神様も両手を上げて降参を申し出る位のデス・ヴォイス。 「ひゃわわわっ……!?す、す、素敵な歌声なのですっ……?」 これがロック?と聞いた事のない様なスペシャルデス・ヴォイスに混乱しつつもきちんと犬へと疾風居合い斬りを繰り出した凛音であったが、鼓膜へと響きこむその歌声に体が言う事を聞かなくなる。 魂を震わせて、言語としても音楽としても受け入れ難い心も体もごちゃまぜのその歌声。 「ホンット、シャウトでダメージなんて!音楽兵器よ」 ぴん、と立てた動物の耳。彼女の隣では同じく鴉が顔をしかめて立っている。 パーキングエリア全てに広がっていく彼の魂の彷徨。 歌っている最中、走りこんでいった桐がその拳をライダーの咥内へと突っ込む。 ライダーの歯がぐっと彼の拳へと食いこんだ。 「アガッ、ガガッ」 じゃりり、と其の足がアスファルトの上を滑る。口を開いた状態で歌を封じられたライダーは目の前で笑った一人の男を見つめた。 「ふさがれたら流石に歌えないでしょう?」 残念ながら貴方のシャウトはもういらない、とでも言わんばかりの彼は其のまま首を吹き飛ばさんと言う勢いでギガクラッシュを叩きこむ。 隙を見て辜月が与えた光の加護で仲間たちの体の自由を取り戻す。 スターライトシュートが犬へと叩き込まれる。その光弾はまるで流れ星の様である。 ふらり、と足をふらつかせた犬へと小さな鴉が襲いかかる。 犬達が空を仰ぐ、嗚呼なんて綺麗な星空だろうか。一つあげた遠吠えは孝平のソニックエッジでもはや聞こえなくなった。 残ったのはただ一人の歌い手――いや、腐っても彼はライダーだった。腐っても。 「待たせたな!お相手願うぜ坊主」 一度歌ってはいる、だが桐の拳によって歌を最後まで聞いたわけではない。だが、歌われる前にこの戦いを終わらせる必要がある。 辜月を庇うように両手を広げた小烏は仲間たちを見回し、目を伏せる。 「護りは自分の得手だ、任せてくれや。その分攻撃はたのんだぞ」 其れに頷いたのは凛音だ。お任せください、と言わんばかりに一礼し輝くオーラで敵を殴り付ける。 甚内の矛はライダーに突き刺さり矛を赤黒い液体が伝う。 「もう一度歌いたいなら、歌ってみてくださいよ」 何度だって、この拳でとめてやる――そう言わんばかりの桐の表情は明るい。 幻影剣を放った孝平は小さく笑う。 「バイクに乗り続けたい気持ちは分かりますよ」 だけど、ここが目的地でなくともゴールなのだ。 もう一度口を開き歌声を高らかにあげたライダー。 「俺を震わせるなら相応のもんを持ってこい!お前の歌なんかじゃ揺さぶられねぇ!」 大きく声を上げて、そのまま繰り出した澱み泣き攻撃がライダーの腹へと突き刺さる。 再度、桐の拳は勢いをつけてライダーの顔面を殴り飛ばし、其の隙を見て状態の以上を回復したリベリスタ達は立ち直った。 アシュリーの早撃ちが彼を射ぬく。孝平と吾朗の繰り出したソニックエッジはライダーを追い詰め、其のままライダーは地へと伏せった。 もう歌う事もない、バイクを走らせる事もなく、ただ、静かに。 歌声はもう響かない。ただ耳を塞ぐ事もなく、その歌を聞いていた甚内は何処か寂しげな顔をして、呟いた。 「ソレがあんたの魂ってヤツかい……?」 歌った曲は何だっただろう。 嗚呼、こんな星の綺麗な夜だ。目を閉じて、グッバイ・ミッナイ―― それは何処かで聞いた古臭い曲だった、そんな気がした。 ● 静まり返ったパーキングエリア。 星空の下で素敵な歌声でした、と凛音は呟いた。 拳を開き、もう一度握り直した桐の手に残ったのは歌声の残滓。その歌声を飲み込ませた拳は確かに、何かの思いを感じ取った気がした。 「まったく、耳が痛い相手だった」 一服ね、と煙草をくわえて、煙を吐く。星の夜空の下、小さく白が広がり、消えた。 「どこに行きたかったのでしょうね」 「どこ、だろうな」 孝平の問いに小烏は小さく返す。 聞きとれた古臭い歌詞、何処かボロボロになったバイク、目指したであろう環状線の出口、其処から先の地図。 目的地が分かれば、と目を伏せた小烏は小さくため息をついた。 「誰か、待ってるんですかね」 「さあ、でも何処に行きてぇのか分からないからな」 もし分かるなら、誰か待っているのならその場所へと行こう。そして、せめてもの供養に遺品を預けよう。 それが彼の、ライダーの為になるかは分からないけれど。 「さ、帰ろうか」 振り返った吾朗は一度倒れこんだライダーを見る。ただの腐乱死体となった彼の傍にずっといる気はない。 だが、歌声を聴いた。バイク乗りであることを誇る様なその歌声。そう思うとじんわりと切なさがこみ上げた。 「バイク転がすのはあの世でな」 くるくると回り続ける環状線。バイク乗りであることを誇っていただろう。 その言葉は別れの言葉。 ただ、一人、ライダーの言葉を胸に受けて目を閉じていた甚内はバイクをその手で押していく。 出来るならバイクをメンテナンスし、乗り手を見つけて遣りたい。 一人のライダーがもうこのバイクを乗る事は出来ないが、また誰かがこのバイクをかわいがり、走らせてくれれば、と思う。 リベリスタ達は星空を見上げる。 こんな星が明るい夜にあんな歌声は似合わない。風に攫われるように、さよならさよなら。 グッバイ・ミッナイ―― 届かないままの歌声は風に浚われ、其のまま止んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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