●『不動剣山』白田剣山と『地球割り』富船士郎 窓をさらさらと雨粒が叩く。 その音を覆い消すように、踏み込みと木刀の風切音が鳴った。 乾拭掃取流道場は、小規模でありながら腕の確かな剣士達を抱えるリベリスタ組織である。 彼等は今日も自らの腕を磨くべく、稽古に勤しんでいた。 道場がまるごと吹き飛ぶ、その時までは。 「――!?」 嵐が起こった、としか言いようがない。 道場だった家屋は壁から屋根から、柱一本残さず破砕し、そこかしこへ散らばって行く。 さらさらとした霧雨は、今や暴風を纏った雨となって剣士達を打つのだ。 これに驚かずにはいられようか。 彼らはまず天を仰ぎ、そして周囲を見回し、ある一点を見て固まった。 最初は天災だと思ったのだ。だがその一点、一人、一老剣士を見て考えを変えた。 これは、『彼』ひとりがやったことだと。 「富船……士郎……」 かつて月を斬り山を削り海を割ったとまで伝説された怪力剣豪、通称『地球割り』。 彼は老いた体からは想像もつかぬ豪快な動きで、凄まじく巨大な刀を肩に担いでいた。所々にジェット噴射口のついていて、剣というより破城兵器に近い。 そして富船士郎と呼ばれた老剣士の肌は、肌の色とは思えぬほどに黒く変色していた。 これは魔剣化の寄生型アーティファクトによるものだが、道場の剣士達には知る由もない。 「既に置いて引退したと聞いていたが……どういうことだ。我々を潰しに来たのか!?」 「だが所詮は老いぼれたじじいだ。全員でかかれば殺せない道理はない!」 剣士達が雨粒に目を細めつつ身構える。 身構えた筈だ。 だがその時には既に、道場主の首が天に向かって跳ねていた。 慌てて振り返る剣士達。 構えつつも首を失い、ゆっくりとうつ伏せに倒れる男の向こうに、一人の老剣士が立っていたのだ。 刀は既に抜いており、完全に振り切っている。 ひょろながいシルエット。光でできた限りなく薄いブレード。 彼もまた、肌は黒く変色していた。 「白田剣山まで……なんで、なんでいっぺんに……!」 剣士達の同様はあからさまだった。 半狂乱になった剣士達は、己のスピードとパワーの全てを発揮して剣山へと斬りかかる。 しかし、斬りかかろうとした時には既に刀が光のブレードに止められており、止められたと思った時には既に首を斬り落とされていた。 仲間が切り落とされたと思った時には、既に自分は斬られている。 ブレードをゆっくりと下し、無言で構えを解く白田剣山。 リベリスタ組織が今、たった二人の剣士によって壊滅したのだった。 ●心を失った達人 数日前になる。謎の男『ホワイトマン』が、アークへ挑発的な惨殺計画を予告した。それは寄生型アーティファクトによる『魔剣化したフィクサード』を使ったものだった。 それが今、より凶悪な形で実行されていた。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は分厚い資料を手早くめくって行く。 「『不動剣山』白田剣山、『地球割り』富船士郎……彼等はかつて、達人的能力を取り戻してアークへ再戦を挑んできました。皆さんは彼らに応え、達人に挑戦。そして見事勝利を収めました」 捲っていたのは当時の資料である。 そして今デスクに置かれたのは、今回の為の資料だった。 「彼等の遺体は回収され、『ホワイトマン』によって魔剣化。アーティファクト強化に加え、新開発された強力な武装をもってリベリスタ組織を次々に狙っています。次の犠牲者が出るのも時間の問題でしょう」 資料には、彼らについてこう表記されている。 「『魔剣斬鉄』を……倒してください」 現在彼らは次なる道場へ狙いを付けている。 道場のリベリスタ達は力の弱い者ばかりだったので一時的に避難。代わりにアークのリベリスタが迎え撃つという作戦である。 「相手は強化された白田剣山と富船士郎。そして魔剣化した白田道場門下生10名。かなり強力です」 それぞれの予測スペックを書いた資料を渡す和泉。 「とても危険な戦いになるでしょう。命の危険も大きい筈です。気を付けて……下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月25日(水)00:36 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●静前嵐 無慙無心流道場。かつて30人近い門下生を抱えたとされる小規模道場である。師範を含め関係者は全て撤収。刀や刃物に関わるものも全て取り去られ、道場は今や大きな箱と言って差し支えない。 四方にある扉は一応締め切っている。暑苦しいが、襲撃に備えてのことだった。 「えらく静かだな……」 警戒した様子で呟くツァイン・ウォーレス(BNE001520)。 日本の道場にはミスマッチな西洋甲冑姿。奇妙なことかもしれないが、高水準のアークリベリスタにしてはやけにオーソドックスな装備をしていた。標準的な剣に、盾に、鎧である。今回のためのものなのか、彼のストイックさから来るものなのかは定かでない。 「嵐の前の静けさってヤツだろう」 加えていた煙草を指で潰す『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)。 「魔剣だかなんだか知らんが、リベリスタが減るとこっちの仕事が忙しくなる。あまり面倒をかけないで欲しいもんだがな……」 「面倒をかけないフィクサードがいるもんかネ」 一方こちらは煙草を咥えたままの『葛葉・楓』葛葉・颯(BNE000843)。 「とは言え、他人に好き勝手にされるなんて嫌だろうネェ。せめて気持ちだけでも綺麗に終われるように頑張ってあげようかネ」 「ふぅん……」 鉅は漸く煙を肺から抜くと、深いため息をついた。丸いサングラスを中指で上げる。 そんな二人を横目に、桐生 武臣(BNE002824)は唇を僅かに歪めた。何となく煙草が欲しくなった。 だが、吸っている暇はなさそうだ。 「殺気だ……来るぜ」 特別注意していなくても肌にびりびりと殺気を感じる。 当初、襲撃時間が分からなければ事前の準備も無駄(二分につき一回ずつの無駄使いになる)と割り切って、それぞれ自己付与スキルは使っていなかったが。こうなればもう襲撃予告をされたも同じだった。 解説。味方は勿論の事、敵も完全に自己付与のフルパワー状態で挑んでくると言うことだ。 そんな中で一人ぴんと背筋を伸ばす『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミ-ノ(BNE000011)。 守護結界を道場内に張り巡らせ、ぱちくりと瞬きをした。 「あいてはすごいつよいたつじんのおじーちゃんだから、こっちもさいきょーそうびでいどむのっ!」 舌足らずな反面語彙が複雑な、テテロ独特な口調で言い切った。 「まもってもらってるぶん、ミーノもせいいっぱいできることをやるのっ!」 このチームには偶然なことに回復役が居ない。 支援特化型のテテロも、味方全体の強化とブレイクフィアーのみのもので、それだけ速攻戦を求められている。それは相手も同じようなもので、恐らく今回はアドバンテージを取った方が勝つシンプルなアームレスリングになるだろう。そんな読みがあった。 近づいてくる気配。 『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)と『残念な』山田・珍粘(BNE002078)は同時に剣を抜いた。 既に剣を抜き、いつでも斬りかかれる体勢で『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)が呟いた。 「死体を前と同じ……いや、それ以上の状態で稼働させるアーティファクトですか。厄介ですね」 「でもおかげで、こうして雪辱を果たすチャンスが巡ってきたのですから、感謝してもいいかもしれません」 「不謹慎な話じゃ……いずれにせよ、あの時の借りは返さねばのう」 「ん、とことんやってやろうじゃん……!」 『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)がチェーンソーのエンジンをかけた。 突如、風が吹いた。 締め切った室内に何故と思う間もなく、道場の壁がダイナマイト爆発が如き強引さで破壊され、大柄な老剣士が姿を現した。 反対側からは、円形に切断された壁を破って細身の老剣士が姿を現す。 同時に四方の扉を無理やりに破壊し、十人程の若い剣士達が流れ込んで来た。 ただの殺戮道具と化した達人兵器。 『地球割り』富船士郎。 『不動剣山』白田剣山。 その姿を網膜に焼き付け、『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)はつまらなそうにつぶやいた。 「仲良くなったらトカイッタクセニお前がソンナンナッテドースルヨ……」 名乗る手間もかけず。 問う暇も与えず。 前口上も抜きにして。 ただの死闘が、始まった。 ●疾風怒濤 やや乱暴な表現になってしまうのは申し訳ないが。 味方が円形に囲まれている様を想像して欲しい。円の両端には白田剣山と富船士郎が固めており、全前衛体制で円を狭め、押しつぶしていく形を取ってきた。 獣を追い詰めて殺すための攻め方であり、生前(この表現が正しいかはさておき)の彼等なら絶対にとらなかった戦法である。 「まずは雑魚からだ。門下生を残らず潰させてもらおう」 襲撃のタイミングを計っていたかのように、鉅は我先にと飛び出した。 咄嗟の迎撃にも動じず刀を翳す門下生達。 鉅はダガーを鋭く握ると、ダンシングリッパーで斬りつけた。 吹き上がる鮮血。アーティファクトで強化したとは言ってもやはり元は実力の低い無名フィクサード。鉅の狙いすましたようなナイフ捌きから逃れるすべは無かった。 「珍……那由他、行けるぞ」 「ええ、お言葉に甘えて」 珍粘は空中に道でもあるかのように飛び出すと、多重残幻剣を繰り出した。 幾多に分裂した那由他が門下生たちの間を駆け抜け、混乱した門下生はたまたま近くにいた仲間に刀を振り込んでしまっていた。 デジャブを感じる。 感じてしまってから、珍粘は口を尖らせた。 「前に『我等白田門下』と仰ってましたけど、今の貴女達は何者なんでしょうね……」 問いかけている、わけではない。門下生達はただ無言で、混乱した仲間から適当に離れてこちらの戦力を削りにかかってくる。 こうしたアドバンテージの奪い合いになれば、目の前にいる相手よりも脅威になりそうな相手から潰していくのが道理というもので、門下生達は那由他たちをすり抜けて、あるいはソードエアリアル等でとびかかってテテロへ狙いを定めていた。(余談になるが、この時仲間はブロックをかけていなかった) 「うあっ!」 ハイレベルなテテロとはいえ集中砲火を耐えきるだけのスペックは無い。 たちまち潰されてしまうかと思われたテテロだが。 「ったくうじゃうじゃと……数に潰されてるようじゃ、ジジィ共も目ぇ覚まさねえよな!」 テテロに肉薄した門下生の頭を銃でぶち抜きつつ、テテロを背中に庇って立ち塞がる。 「きちゅうちゃん!」 「大丈夫だ、こんなもん……ぐおっ!」 武臣が庇う態勢になったのをいいことに、門下生達がソニックエッジやソードエアリアルを叩き込み始めた。庇っている以上避けるわけには行かない。しかし当たってしまえばそれまでだ。よくて棒立ち。最悪テテロの頭に自分の銃弾を叩き込んでしまう可能性すらあった。 「くぅ……!」 このままではまずい。武臣が打開策に迷ったその時である。 「あんたの剣を――これ以上汚させはしない!」 エンジン音。 大きく踏み込んだ斬乃がチェーンソーを全身全霊でフルスイングした。 吹き飛ぶ、などという次元ではない。これを食らった門下生は身体を上下で二分割し、挙句には複雑に千切れた肉片を床や天井にぶちまけた。 更に、刀を妖しく光らせた冴が力任せに踏み込み、門下生の頭をパチンコ玉のように吹き飛ばした。 咄嗟に死角から繰り出された幻影剣を刀の鞘で受け止め、更に一振り。更にもう一つ首が飛ぶ。 なにせ彼女の刀である。一閃と呼ぶにはあまりに豪快であった。 風を切る音が嵐のように鳴り響く。 「哀れなり外道。涅槃に送ってあげましょう」 門下生達が全滅するのは、もはや時間の問題だった。 ●背水無陣 今の内に述べておくべきかもしれない。 富船士郎と白田剣山はもともと相手に付き合って戦う気前の良いスタンスを持っていた男達だったが、魔剣化した今に意思は無く、ただ効率的に敵を潰すことを考えていた。 だから達人二人係で集中攻撃もできたろうし、空気も読まずに多重残幻剣と地球割り零式で無理矢理削り殺すことだってできた。だがそれをしなかったのは、彼等を抑え込もうと挑みかかってくるリベリスタが手ごわかったからに他ならない。 天井に足をついて、リュミエールが飛び掛る。 「恰好つかなくても、テメェの意地を貫いたお前ガ――」 巨大なメカメカしい刀にナイフを受け止められる。すとんと両足を刀の腹につけ素早く飛び退く。 「コンナンデイイノカ? 死して尚、貫いて見せろ」 リュミエールと入れ違いに、颯が空を切って強襲攻撃を仕掛けた。 ソードエアリアルである。二度ほど集中を重ねただけあってか、彼女のクローは士郎の脇腹を抉った。 しめた、と思ったその時。 「――」 士郎は一瞬で自身の混乱を振り切った。なんたるウィルパワーの高さか。以前リュミエールが幾度も麻痺を試して失敗したことがあったが、あれは命中率不足ではなく回復力にあったのではないか。などと思う。 「来るぞ!」 颯は既に飛び退いている。しかし彼女の着地点とリュミエールの着地点を結ぶようにして、士郎は刀を振り込んできた。 ジェット噴射で勢いを増す破城打撃刀ランドブレイカー。そのパワーを上乗せして繰り出される地球割り弐式。 「ぅぅおっ!?」 リュミエールと颯はたちまち衝撃波に潰された。 まるで空気ごとペースト状にするかのような衝撃である。 身体にかかるダメージの凄まじさといったら! 「まずい……!」 二人の直線状にはたまたまツァインも立っていた。かわそうとしてかわせるものではないと悟り、斜めにそらそうと身を捻る。 「グ――ゴォオオオオオオアアアッ!」 反らし、きれなかった。ツァインは派手にその場に転がり、がしゃがしゃとやかましい金属音をたてる。 元々防御力には自信のある方だ。だがそれをおいて尚、士郎のパワーは凄まじいものがあった。 斬撃はそのまま道場の壁を破壊し、その間にも門下生二人を血煙に変えていた。弱り切り、死にかけていたからか、それとも味方のダメージなど最初から気にしていなかったか。いずれにしでも非情なことである。 一方。 「こうして会うのは何度目か……と言っても区別はつかぬか」 陣兵衛は巨大な刀を振りかざすと、天を斬らんばかりの勢いで振り込んだ。 対して白田剣山はスイングの根元にいつの間にか接近し、刀の鎬に自らのブレードを押し当てていた。 勢いが無理矢理に殺され、逆に自分自身が振られそうになった陣兵衛は全体重をかけてスイングを止めた。 光速刀、『光渡』。剣山用にあつらえた物ではないのかもしれないが、速力を直接防御に充てると言う剣山のスタイルに恐ろしくマッチしていた。 おまけに威力にステータスを振っている陣兵衛では、命中率の低さが祟って剣山相手には威力も半減している。まともにダメージを入れるだけでも相当な苦労があった。 片目を瞑る陣兵衛。 「再び刃を交える気分はどうじゃ。お主の嫌う数任せで戦い、剣士としての誇りも失い、外法で利用されるまでに堕ちた」 剣山がじりりとすり足をした。その次の瞬間には背後に廻られている。陣兵衛は咄嗟に刀を翳して斬撃に備える。 「卓越した剣技も心が無くば、所詮飾りに過ぎぬ!」 翳した剣をまるですり抜けたかのように素早く、光のブレードは陣兵衛の胸を切り裂いていた。一閃ではない。既に十字を三つ重ねた刀傷が、一度にばっくりと開いたのだ。 スキルで言う所のソニックエッジだが、その威力は並大抵のものではない。 「これ以上は危険だな、交代だ!」 よろめきつつも交代する陣兵衛。入れ替わりにツァインが白田へ斬りかかる。 が、斬りかかったと思った時には既に刀が間に差し込まれていた。 「う――お」 戦慄する。 ツァインはかつて、八本刀の一人と戦い勝利した経験があった。その時相手したのは白田剣山ではなかったが、同じようなスピード型の剣士を打ち負かしたのだ。 だが剣山は違う。達人としての技と力を取戻し、更にアーティファクトで強化され、極めつけに強力な武器を持たされている。こんなに狡い話は無い! ツァイン自身。自分と戦った相手(調べによれば『志村』と言う男らしい)でなかったことに落胆が無かったと言えば嘘になるが、だからと言って手を抜くわけではない。 「こンの、爺ィー!」 反撃に備える。多少のダメージなら耐えきる自身はあった。 が、しかし。 「――」 剣山はツァインを無視し、後ろに下がった陣兵衛の前へ急接近していた。 振り返った時には、既に刀は振るわれている。陣兵衛は大量の血を天井へと吹き上げ、仰向けに倒れていた。 「なっ……」 この時にして、漸く気づく。 大事なことだ。 よく聞いてほしい。 抑え役が交代したからと言って、相手は追いかけて斬れば良いだけなのだ。 (今回はブロックは宣言していなかったが)仮にブロックしていたとしても、ソードエアリアルを初めとする遠距離攻撃を叩き込むだけで事が足りてしまう。 更に言うなれば。 抑え役を交代してダメージを軽減すると言う戦法は、受けるダメージを少なく留められる場合、そして回復等でリカバーが可能な場合、更に負傷・交代する際に庇って守る役が存在している場合に有効なものである。 今回のような、威力をフルに高めて叩き潰す速攻戦には非常に不向きなのだ。 たまたま剣山や富船が目の前の敵を相手にしてくれたものの、この抑え役自体を無視して攻撃することだって彼等には可能だった。 以上が、今回の敗因になるかもしれない要素である。 「だとしても……だとしてもだ……!」 ツァインは歯を砕けんばかりに食いしばった。 「そんな、怪我人の首を跳ねるようなマネ……あんたらは絶対にしなかった筈だろう、爺共!」 最初に出会った八本刀は、自らの不利を承知で一対一の斬り合いに応じてくれた。こちらが誠意を示せば素直に身を引いてくれた。白田剣山も、自ら削り殺される覚悟でこちらの有利過ぎる作戦に乗ってくれた。富船士郎だって、まるで甥っ子を相手にでもするように親身になって殺し合ってくれた。 それが彼等の心意気であり、魅力でもあったのに。 「我ながら、甘く見積もったものじゃ……」 フェイトを削って目を開ける陣兵衛。 命がけの乱戦を、肌で感じた。 ●不起転・不退転 門下生最後の一人が壊れたスプリンクラーのように血を噴き上げて倒れた。 武臣は肩で粗い息をして、額の血を拭った。 既に全身をびっしょりと血で濡らしている。避けないことをいいことに、門下生達に好き放題斬られたのだ。麻痺や混乱はまだしも、魅了されていたら終わりだった。背筋に走る寒気を感じて、武臣は眉間に皺を寄せた。 「なんとか雑魚は片付けた……」 そう、雑魚だ。 アーティファクトによる強化を受けても、元々の素質が低ければそれ程のパワーアップはしないようだ。 テテロを庇いながらでも、なんとかやっていられた。 だがもし、富船士郎と白田剣山が同時に襲い掛かってきたとなったら。 そんな想像をして、ベルトから抜いた予備弾倉を銃にセットする。 ガチン、と言う金属音。 次の瞬間、目の前に大柄な人影が迫った。 「……冗談だろう?」 想像できるだろうか。顔に皺を作った逞しい老人が、ジェットを噴射する巨大なブレードを、まるで野球のバットのように構えて眼前に立っているのだ。 「富船えええええええええええ!!」 武臣が士郎の額に銃弾を叩き込むのと、士郎のフルスイングが武臣を吹き飛ばすのはほぼ同時だった。 空中を激しくきりもみ回転して飛ぶ。デジャブだ。あの時も同じように吹き飛ばされた。 だが今は駄目だ! 今あの場から離れたら! 「テテロ、逃げ……」 「――」 遅かった。 いや、相手が早すぎたのだ。 光のブレードがいつの間にか抜かれ、テテロの腹に突き刺さっている。 「あ、ぅ……?」 剣山が、ブレードを斜め方向に捻り上げた。 今までこうしなかったのが不思議なくらいに、有効な手だ。 庇っていたのが武臣だけだったがため、ノックバックで無理矢理引き剥がすと言う手を使われたのだ。 やや距離の離れていた白田はその隙をついてハイスピードアタック。一気に距離を詰めてテテロに切りかかったのだ。 ブツンという嫌な音が聞こえた。 武臣の目からは、テテロと剣山の間でトマトペーストの缶が爆発したように見えた。 だがトマトペーストなら、天井や床まで真っ赤に染め上げることは無いだろうに。 「う、あうう……!」 テテロは身の危険をいち早く察し、全力防御の態勢を取った。 支援特化型のテテロはしかし、回避性能もそれなりに高かった。剣山の光速攻撃はともかく、士郎の大振りな打撃はなんとか避けられる。 一撃でも喰らえば体重が半分に減ってしまうようなスイングを、素早く屈んで避ける。 「ミーノがたってれば、ミーノがのこっていれば、みんなをおたすけできるのっ!」 長い髪が一房切れる。 テテロは構わず転がり、素早くバックステップ。それまでいた地面に士郎の剣が撃ち込まれ、粉々に砕け散る。 いつの間にか背後に立っていた剣山がテテロの首筋に刃を走らせた。 「なにがあっても、たちあがるのっ!」 フェイトを使って踏ん張る。武臣が両手で銃を構え突撃してきた。 銃弾が士郎に幾度か命中。 「ドス捻じ込んでやったのは、この辺だったよな富船!」 「――」 士郎は彼を一瞥。テテロに喰らわせようと構えていた地球割り壱式を、武臣へと叩き込んだ。 「ぐおっ!?」 打撃を受けた瞬間に意識が飛ぶ。無意識のうちに道場の壁に叩きつけられ、壁事破砕して外の地面に転がった。 その姿を一瞥して逃げ走るテテロ。 「ミーノはひとりじゃぜんぜんだめなの、でもみんあんがいてくれたら、ミーノはがんばれるの! もっと――」 白田のソードエアリアルを紙一重で回避。頬に傷が走る。 「もっと、もっともっともっと、ミーノは……!」 背中から刀を刺される。胸から突き出た切っ先を見て、ミーノは顔をゆがめた。 できるだけ、笑顔を作ろうとしたのだ。 「みんな、がんばって……ミーノは、いつでも、おたすけるよっ!」 それが最後だった。 テテロは仰向けに横たわり、ついに動かなくなった。 壊れた壁の向こうで、武臣が怒りに震えて地面を殴った。 ●死戦 こうなってしまえば、もはや実力で押し切るしかない。 完全にアドバンテージを握られた状態から、どれだけ押し返せるかが重要なのだ。 「ミットモネエ」 囁き声が聞えたと思った時には、リュミエールは富船士郎の肩に乗っていた。 転がり落ちるようにナイフを走らせる。 血が吹き上がり、士郎の足が止まった。麻痺に成功したのだ。しかし回復は早いだろう。 がちんと歯を食いしばり、撃ち込める限り全力でナイフを振り込んだ。 その隙をついて鉅が乱入。懐に潜り込むようにしてギャロップレイを仕掛けた。 異常状態からの回復力は先刻見たばかりだ。今はとにかくダメージを与えることだけを考えねばならない。 気糸が士郎の腕や足に巻き付き、ぎりりと締め付ける。 更に颯が遠方より飛来。背中から胸へと突き出すような刺突を繰り出した。 そこで漸く麻痺を振り切り、士郎は地球割り零式を発動。一斉攻撃を仕掛けていた彼らを片っ端から吹き飛ばした。 一足遅れて武臣が突撃。 駆け寄る、と言うより転がり込むようにバウンティショットを連射した。 「いつまで殺気垂れ流しのダセェ喧嘩してんだ。てめぇの剣も殺気も、そんなモンじゃ――!」 眼前まで近づき、胸に銃口をねじ込む。 「ねぇだろうがあああああ!」 目いっぱいに弾丸を叩き込む。 直後、首根っこを掴んで地面に叩きつけられた。 灰の空気が全て放出される。 振り上がる大剣が見える。 武臣は頭の片隅で『ああ、死ぬんだな』と思った。 善悪に関わらず、散々殺してきた。 ついにこっちの番になったのだ。 言ってみればあの日、富船士郎とのタイマン勝負に破れた時に死にそびれていたのだ。 「一服、してぇなあ……」 目を細める。 士郎の剣が、武臣ごと地面を粉砕した。 ●秒読 やや時間を遡り、武臣たちが士郎と打ち合っているその一方。 剣山の剣は陣兵衛の胸を貫いていた。 「――」 「極めるには、まだ半ばか……」 唇の端から血を漏らし、陣兵衛はその場に崩れ落ちる。 その背に向けて、斬乃が威勢よく声をかけた。 「名高い白田剣山、その残骸。いざ推してゆく!」 一分近く多重集中をかけ、チェーンソーを全力で叩き込む斬乃。 だが振り込んだ時には既に、間に刀が差しこまれていた。 構うことは無い。 「その刀封じさせてもらう。この身に変えても……勝利を掴む!」 剣山の眉がぴくりと動いた。 刹那、斬乃の全身に数多の刀傷が開いた。 体力が底をつく。うつ伏せに倒れ込む。 しかし斬乃は無理矢理堪え、地面に足を突き立てた。 「まだ、まだだ……!」 もう集中などしている余裕はない。剣山めがけてチェーンソーを全力で振り込んだ。 ビシリ、と剣山の肩を掠める。エンジン駆動する鋸が、古い着物を複雑に千切った。 対して、斬乃の背中がばっさりと切り開かれ、今度こそうつ伏せに倒れた。 すとんと地面を踏む剣山。その瞬間、珍粘の剣が剣山のこめかみを掠った。 「――」 眼球を動かす剣山。口元はきゅっと結ばれたままだが、何かを言いたげに珍粘を振り返った。 珍粘はと言えば、すれ違った瞬間に脇腹を盛大に切り裂かれていたらしく、綺麗なドレスをべっとりと汚していた。 床に血を吐き捨てる。フェイトなら、既に使い尽くした所だ。 「決着をつけるまでは、倒れるわけには行かないんですよ」 テテロがかけてくれていた戦闘指揮、守護結界、翼の加護はもうない。完全な自力での勝負である。 珍粘は目をギラギラと光らせると、怒涛の速度で剣山へと迫った。 珍粘が振り込んだと思った時には既に刀が差しこまれていたがそれを見越して高速回転し首筋を狙う。しかし剣山もまた瞬時に態勢を切り替えて刀を弾く。その度に珍粘の全身から血が漏れ出した。 「前は、下手な小細工をした挙句に負けてしまいましたからねっ」 刀を弾き合う音が幾多にもつながり、ひと繋ぎの音のように響いた。 「小細工なしの、私の連撃で、その防壁を越えて見せます。過去の無様な自分を、そして今の自分をも超えて、もっと強い自分に到達する。これは、そのための戦い――そのための、一撃です!」 盛大な金属音。 二筋の光が走り、二人の影は交差し、背中を向け合って停止した。 剣山の着物が大きく切り裂かれ、胸に斜めの傷痕が走る。 対して珍粘は、血しぶきをあげてその場に崩れ落ちた。 しかしその表情は、どこか晴れやかな者だった。 「勝っ……た……」 目を閉じる珍粘。剣山は彼女に背を向けて、次なる相手へと向き直った。 リュミエールと颯が壁に叩きつけられた。 追って地球割弐式の斬撃が走り、二人を無理やりに押しつぶす。 「ここまで、だネ」 「チク……ショウ……」 折り重なるように床に転がる二人。 トドメを刺そうとしたのか、ゆっくりと士郎は二人に近づいていく。 その間に割り込んだのが、鉅と冴だった。 「出来る限り足を止めにかかる。だけど期待はしないでくれ」 「ええ、どの道……なりふり構わずぶつかる他ありませんしね」 冴は刀を握り込む。大振りな刀だ。 「蜂須賀示現流、蜂須賀冴。参ります」 すぐさま零式の風圧が襲う。これまで蓄積したダメージの所為で、二人はそのまま四肢をバラバラにされてもおかしくは無い。だがフェイトを犠牲にして突っ切った。 「行け、今だっ」 鉅のギャロップが士郎にかかるかかからないかと言うタイミングで、冴はギガクラッシュを叩き込む。 途中、士郎の剣に阻まれる。 大剣同士の鍔迫り合いが始まった。 「――!」 パワーとパワーの押し合いだ。決して力で勝てるとは思っていないが、心で負けるとも思っていなかった。 冴の武器は膂力であり破壊力だが、冴の強さは心の固さにこそあるのだ。 「ぐ、ぐうううううううううううう!!」 歯を食いしばれ。 脚を地面に突き立てろ。 全身から汗が拭き出し、血とまじりあって僅かに蒸発する。 冴は髪が逆立たんばかりに力を振り絞ると、ついに士郎の刀を跳ね除けた。 「でかした!」 足首にギャロップを仕掛けた鉅が、勢いよく気糸を引っ張る。 転倒、とまでは行かない。 しかしバランスを崩すには十分だった。 剣を握り直す冴。 刀に大量の紫電が奔った。 「チェストオオオオオオオオオ!!」 士郎の肩に剣がめり込む。そのまま肩を千切り骨を断ち、内臓を潰す。 「……くは」 吐血する士郎。 そして、冴の頭に手を伸ばした。 全力で剣を振り込んだ直後だ。今攻撃されたら避けられる自信は無い。 だがその手は、冴の頭を優しく叩いた。 老人が、子供の頭を乱暴に撫でる時のように。 「ありがとうよ」 そう言った、気がした。 それきり、富船士郎は動かなくなった。 ●決着 白田剣山の戦いぶりが乱暴になった。ツァインは単純にそう感じた。 富船士郎が倒された時からか、珍粘が倒れた時からか。それは判別できなかったが、剣山は多重残幻剣で瀕死の冴と鉅にトドメを刺すと、返す刀でハイスピードアタックを繰り出してきた。 「うぅお!?」 盾と剣でうけようとするも、ろくに防御が効かない。ツァインの回避力ではまず避けられないどころか、倍近いダメージが入るのだ。それも連続で。 色々なものを犠牲にしつつ、ツァインは踏ん張った。 ふらつく足を押さえつけ、盾を持つ手に無理矢理力を込める。 だが、このまま受けてばかりでは駄目だ。 何とか打開策を。 ……そう思った途端。 剣山がその場に座り込んだ。 体力が尽きたのか? そう思ったが、どうやら違う。 正座である。 手を腰に、刀は鞘に。 背筋をぴんと伸ばし、細く開けた目でツァインをじっと見つめている。 「じいさん、あんた……俺が打ち込むのを待ってるのか?」 「……」 問いかけには応え無い。 そうだ。 そうだとも。 これが、『白田剣山』なのだ。 「アークがリベリスタ、移動城塞ツァイン・ウォーレス……今こそ参る!」 考えるまでもない。 ツァインは無意識のうちに怒号をあげ、剣を振りかざす。 剣が光り輝く。 集中は既に何度も重ねていた。当たらないわけがない。 この一撃で越えなければならないのだ。 この一撃で倒さねばならないのだ。 「うううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」 光の剣が、剣山へと振り込まれた。 当然、光の刀が間に挟まる。 予測済みだ。分かっている。 ツァインはそれを無理やりに『叩き砕き』、剣山の肩に剣を届かせた。 「ぐっ……!」 歯を食いしばる剣山。 そして彼は。 「よきかな」 ツァインの背後に、いつの間にか立っていた。 反応する暇はない。 ツァインの腹と背中が鎧ごと切り裂かれ、膝から崩れ落ちる。 途中で砕けた光のブレードを一瞥して、剣山はその場に放り投げた。 元々そういう機能があったかのように、剣山の『光渡』と士郎の『ランドブレイカー』は粉々に自主破壊、消滅した。 ●「 」 『こちらホワイトマン、聞こえてるか『不動剣山』』 「…………」 『おいおい、無機物のフリはよせよ。取り戻せたんだろ、自我を。何か喋れって』 「私が無口なのは、元からだ」 『上等上等。これで俺の計画も一歩前進したわけだ……まあ、お前の自我が永続的に持つものなのかはまだ分からねえから、暫く手元に置いて様子見ってことにするがよ』 「好きにしろ」 『ストイックだねえ。これだから武闘派ってやつは……ああ、そこで倒した連中にトドメは刺すなよ。組織レベルで全面戦争になったら嫌だからな。最初にゲームだと言い切ったんだから、そこの筋は通さねえといけねえよ』 「それよりも」 『うん?』 「人を斬りたい。誰でも良い、寄越せ」 白田剣山は携帯電話を握力で握り潰した。 無言で掌を見つめる。 そして何も言わずに道場を立ち去った。 遠くで、鳥の声が聞こえた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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