● 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。――その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり――。 竹林に生える一本の竹、その根元が突然眩く光りだす。付近に住む男性は、ジョギングの途中で竹の異常に気付いた。 「なんだあれ……」 男性が恐る恐る竹へと近づくと、光る竹の中から人の手が飛び出てきた。 「う……うわぁっ!!」 まるでホラー映画のような光景に、男性は腰を抜かす。 膝を戦慄かせながら、後ずさることも出来ずに男性は竹から飛び出した手を見詰めていた。 そうしている間に、竹から伸び出ていた手は更に伸び続け、手首、腕、肩と顕わになっていく。 続いて、透き通るような美しい女性の胸が竹から現れた時、男性は其れに目を奪われる。 更に、首、そして顔――。 その顔、そして姿はこの世の物とは思えぬ美しさ。 まさに『神々しい』までの輝きを放っていた。 「あ……あぁ……」 先ほどまで腰を抜かしていた男性は、今や竹から現れたモノの虜となり。頬を紅潮させ、瞳は潤み、口元はだらしない笑みを浮かべている。 『……ふぅ』 湯あみでもしてきたかのように、腰をも超える長い黒髪を掻き上げるとファサっと音を立て、下ろす。 それだけの仕草でも、男性は 胸に熱い物がこみあげてくるのを感じ、ため息を漏らす。 『そなたは、妾の婿になりたいか?』 吐息を漏らすような呟き。甘く蕩ける様な声が男性の耳に届く。 男性は知らぬ内に、首を大きく縦に振っていた。 『さようか……』 甘い声が、露に溶け。 すると、顕現したのは獣を模した妖の群れ――。 その群れが、男を見定め、否の叫びをあげた。 『残念じゃ……。そなたでは、足りぬと申して居る……』 其れは悲しげに瞼を伏せた。 ――心奪われ、痛みも苦しみも感じぬままに、男性は事切れた。 ● 『もう一つの未来を視る為に』宝井院 美媛(nBNE000229)は、唐突に。 「かぐや姫のお話を知っているかしら?」 と、問う。 突然の話に、リベリスタ達はキョトンとした。 「今回は……かぐや姫みたいな女性を含むアザーバイドがターゲットよ」 スクリーンに映し出されたのは、美しい、とにかく美しいとしか形容できない女性の姿。 「アザーバイド……。 異界から竹林に出来たDホールを通って現れた彼女の目的は……『婿さがし』よ」 『婿探し?』と、リベリスタ達は再度の唐突発言に声を上げた。 「異界で恋仲にあった男性との仲を引き裂かれた彼女は……偶然見つけたDホールを通り、こちらの世界でお婿さんを探すことにしたらしいわ」 だから、今回のお仕事では、男性はなくてはならない存在なの。と、続けると次の画像をスクリーンに映し出す。 「彼女の傍らに居る獣、とでもいえばいいのかしら。 猩々と言った方が近いかも知れないわね」 猿に似た容貌の獣ではあるが、この世界の猿とは少し違う。 「猩々は、全部で8体。 彼女――『カグヤ』の婿を探して彼女の下へ連れてくるのが仕事。 最初は数体ずつバラバラになって『カグヤ』の婿候補を探しているわ。 婿候補が見つかれば『カグヤ』の元へ全員集まるの。 恐らく全く見つからなくてもいずれ集まるとは思うけど、いつになるかは判らないわ。 猩々とカグヤ、そして婿候補が揃うと最後の品定めが始まるから、そこがチャンスよ。 ――彼らは既に人を殺しているわ。送還は望まずに倒すことを考えて頂戴」 「一つ聞いていいか?」 リベリスタの一人が美媛に問う。 「それって、俺達が婿候補になってカグヤに会えって事だよな? 婿候補と認められるには、どうしたらいい?」 「強い事、美しい事、そして何より――カグヤを愛していることを理解させなければいけない。 アークのリベリスタ達は皆素敵だから、顔でダメと言われる事はないとは思うわ。 強さについては、猩々と遭遇した時に、闘って倒す必要があるわね。 でも、倒すと言っても猩々を全て殺してしまえば『カグヤ』に逢えないから注意が必要よ。 問題はやっぱり……カグヤをどれだけ愛しているかを表現すること、よね」 「一芝居打てってこと、か?」 「そうね……。 猩々に認められなければカグヤには会えないわ。 自分がどれだけカグヤの婿になりたいかを、猩々にアピールして貰うようになるわね」 再度リベリスタ達を見詰めると、美媛は呟いた。 「既に人を殺してしまったアザーバイド……このまま放っておけば、被害は増えるだろうし、崩界も進むわ。 放ってはおけない」 わかったと返答し立ち上がるリベリスタ達の背中を見送る、美媛。 「……恋した男性と結ばれていれば……こんな事にはならなかったのに、ね……」 ポツリと呟いた美媛は、吸血の力を宿した牙を隠すように指先で触れると瞼を伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月28日(土)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●逢魔ヶ刻 その時、竹林は眩いばかりに光を放ち。 手で影を作らねば先が見えぬほどの視界の中に現れたのは、 その身すら、光り輝いているのではないかと思えるような眩き、清き、尊き、美しき――女。 『姫様、姫様と契りを結びたいと申す男をお連れ致しました。この男、なかなかの殿御で……』 『姫様、こちらにもおります』 『あいや、こちらにも』 猩々は口々に自分の連れてきた男を推そうと、互いを押し退けようとする。 「どうやらボクたちをおすすめしてくれているようなのだ」 彼らの言語を理解する能力を有す『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、異界の言葉を解せぬ共連れの2人に要約した。 「さようでござるか。上手くカグヤ殿の御眼鏡に叶うといいでござるがのう……。それにしてもその姿、男の身なりとは言え非常にか……いや、なんでもござらぬ」 『女好き』李 腕鍛(BNE002775)は、雷音を服装を褒めちぎりたいところを、ぐっと飲み込み、その声に頷き返す。 何せ雷音は今、男装をしているのだ。それなのに「可愛い」とか「美しい」などと言ってしまったら台無しなのである。 腕鍛の傍らで、離宮院 三郎太(BNE003381)は小指に括られた赤い糸を見詰める。 彼が身に着けているのは、それだけ。スキルさえも身に着けていない彼は、戦いになればきっと怪我は避けられない。 けれど、それは彼の決意。素のままの自分をアピールする、それが自分に出来る最善の方法。 さて、猩々たちはと言えば、我が連れてきた男こそが素晴らしい。と、こぞって語り始める――。 ●数刻前~太った猩々の話~ 姫様に相応しい男を見つけねばと、あたしゃ必死で竹林を駆けまわってたんですわ。 すると、一際太い竹の陰からこの美丈夫が現れたってぇもんです。 あたしゃいいました。 貴様が姫様に相応しいか勝負だ!! この男、あたしの吼え声にびくともせずにこう言ったんです。 『……カグヤ殿の幸せのためなら何でもする所存でござるよ。そう。幸せの為なら何でもでござる』 ――泣かせる台詞じゃござんせんか。 あたしゃ思いましたねぇ。この男こそ、姫様の婿に相応しい!! ――いやいや、だからってぇ手は抜いちゃいませんよ? そりゃぁ大事な姫様だ。しかも、愛する男と引き裂かれて涙に濡れる日々を送っていらっしゃった姫様だ。 またあの見惚れるような笑顔で微笑んで頂くためには、心意気だけじゃねぇ、姫様を護れる強さもなくちゃぁいけねぇ!! あたしゃ、自分の命を投げ打つ覚悟で、この美丈夫に戦いを挑んだんでっさ。 まぁ、あたしの猛攻にこの男も苦戦していたのは確かでやしょ。 でもねぇ、この男が炎を纏う拳をあたしに向けて突き出してきた時に――、あたしゃ姫様に対する『愛の覚悟』を見たんでやす。 姫様! ――この男を一つお願いいたしやす! 突き出された男は、おっととよろめきながらも、前に出る。 そこは、カグヤの魅了の範囲内。 しかし、彼女の魅了は効かない。 何故なら、彼は絶対者である。 「カグヤ殿でござるね。御機嫌麗しゅう」 しかし、魅了に心侵されずとも、しっかりカグヤの美しさの虜になっている気配は、少し緩んだ笑顔に潜んでいた。 ●数刻前~でっかい猩々の話~ 俺は、姫様に叶う男は、俺に勝てる男じゃねぇといけねぇと思っている。 だけど、強いだけじゃダメだ。 姫様に相応しいくらい、優しくなくちゃいけねぇ。 そんな男を探していた。 この男を見つけた時、俺はまずは力比べだとこの男に向かって突進した。 だがこの男は俺の突進をかわしやがった。空を飛んで、だぜ? その後も、ひらりひらり空を飛び、俺を惑わせた。そりゃぁもう、天人のような動きだったぜ。 仲間一の怪力を持つ俺が、竹をなぎ倒そうが腕を振り回そうが、一個もあたらねぇんだ。 どうしようかと思ったぜ。 そんで、この男が天に祈った(ように見えた)時、猛烈な雨が俺に叩きつけ、俺は倒れた。 倒れた俺に、こいつは言った。 『ボクなんかでは花婿にはなれそうもないのだが この人なら、いい花婿になるとおもうのだ』 俺は、この男こそ、姫様の婿に相応しいって思った。 この小僧は、自分の強さをひけらかすこともなく、傍らに居た男を俺に勧めたんだ。 俺は言った。 いや、お前こそが姫様に相応しい!! そういって、猩々のたくましい腕に押され、カグヤの前に現れた少年。 帽子を目深に被ったまま、ぺこりと頭を下げる。 (随分過大評価されてるが……それもこれも、彼らの御姫様を倒すための行動だったのだ。……あまり気分はよくないな) この異界から婿さがしにきたアクティブな姫は、自分たちが倒さなければならない相手。 少年の姿をしていたが、中身は立派な少女である雷音の胸は、いささか苦しさに包まれていた。 ●数刻前~子供の猩々の話~ 姫様とけっこんするなら、やさしくないとダメなんだぞ! だって姫様かわいそうなんだ。 ずっとずっと一緒にいた兄ちゃんとはけっこんしちゃだめだっていわれて、 この男よりふさわしいおとこを探して来いって王様にいわれちゃったんだもん。 あれってイジメだと思うんだ、おいら! だから、姫様が王様にいじめられてもまもってくれるようなやさしい人がいいっておもったんだ! やさしくって、えぇと……おいらにもやさしくしてくれるひとがいい! そしたらさ、このにいちゃんを見つけたんだ。 『ボクはここにいるよ』 って、その声もすごくやさしかったんだ。 あってみたら、こわいもん(装備のことらしい)持ってないし、なんか指に赤い糸だけくっついてた。 その糸の先は、姫様の指に結ぶんだって。 なんで何も持ってないのか、おいら聞いてみたんだ。 そしたらね 『僕が持っているのはかぐやへの想いだけ。そうこの強い想いだけ』 ね、このおにいちゃんがきっと姫様にはピッタリだよ!! 小さい猩々が精いっぱいの力で背中を押す。 その小さな手に押され、三郎太は雷音の隣に並び立った。 (ボクにもできるでしょうか……いえ、やらねばいけません) ぐぐっと赤い糸を結んだ手を握る。 (離宮院三郎太一世一代の告白芝居、きっとかぐやのハートを射止めてみせますっ!!) ●数刻前~千里の先~ 「3人は、かぐやに遭遇しているわ」 千里眼を駆使して様子を伺う『ミス・パーフェクト(大学1年)』立花・英美(BNE002207)は、3人の様子を仲間たちに告げる。 傍らに置いた通信状態のアーティファクトも、先ほどまではけたたましい戦闘音が響かせていた。それは正に、彼らが猩々たちと戦っていた音。 そして、今は獣たちの鳴き声が聞こえている。 「……ありませんね」 英美と同じく、自らの能力を駆使して辺りを探っていた小鳥遊・茉莉(BNE002647)は、ため息を漏らす。 「私の千里眼でも見つけられなかったし、やっぱり、Dホールはないという事になるわね」 「随分と素敵な趣味の人でしたが、Dホールが消滅し、新たなものが見つからないとなれば……」 茉莉は異世界から態々婿探しに来た女の事を思う。 「已むを得ませんが、倒すしかないのでしょうか」 その言葉に、英美は頷く。 「別世界の住民、帰せるならば帰したい。けれど叶わぬなら……討つわ」 手にした弓を握りしめる。彼女が番え打つのは、世界の意志。 傍らでは待ち時間を有効に使おうと思ったのか、安らかに寝息を立てる来栖 奏音(BNE002598)。 その隣には、『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)が腰を下ろし。 『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)は自らのアーティファクトを耳に当て、先に行く彼らの様子を注意深く探っていた。 そろそろ奏音を起こさなければ思ったその時、 『カグヤ殿でござるね。御機嫌麗しゅう』 アクセスファンタズムから、はっきりと腕鍛の声が聞こえた。 「移動しましょう」 リベリスタは、先に遭遇した3人を視認している英美を先頭に現場へと向かった。 ●逢魔ヶ刻 リベリスタ女性陣――とは言っても、雷音は別であるが――は、婿候補3人が集う場所近くに潜む。万が一に備え、それぞれに距離を置いて。 そして、カグヤと言葉を交わす三人の様子を注視する。 どうやら、話しているのは主に腕鍛である。 「カグヤ殿。ディメンションホールを作って元の世界に帰ることは出来ないのでござるか?」 恐らく三人それぞれの求愛アピールは済んだのだろうか。 腕鍛はカグヤの説得にかかっているようだ。 「拙者はカグヤ殿が好きでござる。でもここにいると討伐する人がやってくる。 それから守るのもやぶさかではないのでござるが、拙者より強い人がわんさといるでござるから……幸せのために帰って欲しいのでござる」 猩々たちは、婿候補がカグヤと会話している間。辺りを注意深く探っていく。 彼らは、カグヤが婿候補を選ぶまで、邪魔を入れたくはないのだ。 カグヤの婿選びの邪魔をするものであれば倒すのが眷属たる猩々の役目。 竹林の何処からか、叫び声が上がった。 潜んでいたドーラが猩々に見つかり、戦闘をやむなくされたのである。 群れをなして襲いかかってきた猩々に、ドーラのスターライトシュートが炸裂する。 数体が被弾し、その光弾を避けた猩々全てがドーラに襲いかかった。 彼女の体は、猩々たちに殴りつけられ、振り回され、最後には物のように放り投げられる。 どしゃり、と、気持ちの悪い音が響く。 闇に沈む意識。けれど、その中で見つけた一筋の光をなんとか掴み取る。 フェイトを燃やし戦場に残った彼女に、奏音の福音が届いた。 やむを得ないと、女性陣は戦闘態勢へと移行する。 猩々たちに襲いかかられる女性陣の声が背中越しに聞こえる。 (すまぬ、もう少し耐えてくだされ) 女性を傷つけることを嫌う彼は、後方で戦いを繰り広げる仲間を助けたい衝動に駆られつつも、カグヤに問う。 居並ぶ雷音や三郎太も、話が終わるまでは攻撃の手を打つことは控えようと考え、後ろ髪を引かれる思いに耐えていた。 猩々と戦う女性陣も、それは理解している。だからこそ、カグヤに攻撃することは控え、あくまでも猩々への攻撃にとどめていた。 「あぁっ」 ドーラを回復させようと癒しの歌を施した奏音は、猩々に殴りつけられた。その力は凄まじく、奏音の体は猛烈な痺れに浸食されると動かなくなった。 恐らく後方ではドーラと奏音が手酷い傷を負っているだろう。 けれど、未だ婿候補としてカグヤと対峙している雷音に、回復の技を使うことは出来ない。 腕鍛は、振り返り後方を確認したい衝動に耐える。漸く、カグヤは返答した。 『でぃめんしょん……? あの帳にあいたような穴のことか……あれを見つけ此方へ来たのは確かなれど、あの穴を作ったのは妾ではない。あのようなもの、妾には作れぬ』 「では、もし同じような穴があれば、帰ってくれるでござるか?」 後方で放たれた攻撃音。猩々たちの咆哮も聞こえる。今すぐ助けたい気持ちを堪える『婿候補』達。 英美の焔纏いし矢は猩々たちに突き刺さり、全てを業火に巻き込んでいく。 燃え盛る炎に逃げ惑う猩々。けれど攻撃の手を緩めることはしない。火鼠の如く業火に覆われたまま、両腕を伸ばし体を回転させる。 その腕に払われ、麻痺したままの奏音は倒れこむ。しかし、薄れゆく意識の中、僅かながらの光を見つけ、暗闇から這い戻り立ち上がる。 その様子を見ていたカグヤは端正な顔を少し歪めた。 「カグヤはとても綺麗な人だ。 失恋の悲しみはあるのだろうけれども、元の世界にもどれたら引く手あまただっただろうとおもうのに」 腕鍛の言葉に雷音が続く。何故、帰りたくないのだ? 何か理由があるのか? その疑問は尽きない。 カグヤの伏目がちな瞼が、露に濡れたように光る。 猩々に大きな石を投げつけられた茉莉は宙を舞いそれをかわすと、黒い鎖を生み出す。 その濁流は猩々たちを飲み込み、数体はその後起き上がる事は出来なかった。 カグヤの瞳は、転がった猩々たちを見つめていた。 「主役が揃ったからには、エキストラさんには早々にご退場願いますね」 後方から、止めを告げるチャイカの声が聴こえる。 そしてまた一体、猩々が倒れる。 「どうでござるか? 我らが見つけた穴より、帰ってくれないでござるか?」 憂いた表情のカグヤ。三郎太が一歩前に出る。 「このまま……このまま向こうの世界へ帰っていただくことはできませんか……」 カグヤは左右に首を振った。 「駄目でござるか」 そうしている間にも、猩々との戦いは熾烈を極め、傷を負うもの、倒れ復活した後、更に傷を負うもの、そして倒れる猩々。 異界へと返すことも、これ以上耐えることも不可能と判断した腕鍛は意を決し、後方を振り返ると斬風脚を放った。 よもや、婿候補が攻撃するとは思っていなかった猩々の背中は隙だらけ。 そのかまいたちは、一体を切り裂いた。 『妾の眷属に何をしやる!!』 カグヤの声は甘く、その悲鳴すらも甘美に聞こえる。 けれど、その声は怒りに満ち溢れていた。 「帰ってくれないのならば、仕方ないでござる……」 「仲間たちをこれ以上傷つける事はできないのだ」 腕鍛と雷音の声が重なる。 『あの娘らは、うぬらの仲間であると申すか。 ……我が眷属をこうまでも殺めておいて何を言わんや。 妾を帰したくば、何故我が眷属を殺した? 我が眷属を殺したうぬらの言う事、何故是と受け入れねばならぬ。 ――それが異界の道理だと申すか!!』 カグヤの叫び、怒りに打ち震える体。 考えてみれば、仲間を攻撃し殺める者を信じろと言う事が無理だったのかもしれない。 カグヤも猩々に人を殺させている以上、彼女らの道理から言えばカグヤと猩々はリベリスタの敵である。 「仕方ないな」 雷音はカグヤへ向いていた体を反転させると、集中を込めた氷雨を呼び寄せた。 この雨はカグヤへも降り注ぎ、残る数体の猩々を相手にしていた女性陣も、交渉の決裂を悟った。 茉莉が再度黒の鎖を解き放った。自らの血液を黒の鎖に変え、竹林を黒く染めていく。 その黒に、残り数体となった猩々が飲み込まれる。 自分の領域に敵が入らなければ攻撃出来ぬカグヤには何もできない。 猩々がまた倒れ、カグヤは胸を撃ち抜かれた。 『……っ』 飛び散る血飛沫、苦しげに呻く姿。最早風前の灯火とも言える姿なのに、それでも輝く美貌。 カグヤの胸から流れる血を見るや、猩々は怒り吼え、腕を振り回す。 「あうっ」 振り回した腕に巻き込まれ、ダメージを受けたリベリスタの中に、三郎太が居た。 身を護る術を持たぬ彼は、酷いダメージを受け。 すかさず、奏音と雷音が回復の手を打つが、その傷が癒されるより早く、猩々の拳が彼の腹を強かに撃ち抜いた。 三郎太は竹に縋るように倒れこむ。 わずかに見える光を掴み、命を繋ぎ止めたものの、彼はもう動けない。 その指先には、彼の覚悟の赤い糸が光っていた。 「世界には護るべきルールがある。この世界でこれ以上人を傷つけるなら、見逃すわけにはいきません!」 倒れた三郎太。これで倒れたのは三人目。英美は猩々の一体に弓をつきつけ、カグヤを連れ帰るように進言する。 しかし、その答えは否であった。 カグヤを目がけ放った矢は、それを庇う猩々に当たった。 ●昇天 「後は貴方だけです!」 全ての猩々を倒した事を確認すると、ドーラはカグヤを指差した。 胸から出血はまだ止まらない。カグヤの身体は、まるで薔薇が花開いたように見える。 『……だったのに』 カグヤはぽつりと呟いた。 それは、彼女と唯一近接していた腕鍛の耳にしか届かない。 「なんでござるか?」 腕鍛は、振り上げた拳を収めると問う。 『異界にも、あの方より素晴らしき男はおらなんだと認めて貰いたかっただけなのに……』 腕鍛は、ここで漸くカグヤの真意を聞いた気がした。 引き裂かれた恋人と添い遂げるために、異界へと渡ったカグヤ。 この世界で、婿候補を見つけたいわけではなく、あの人しかいないのだと認めて欲しかった。ただ、愛する人と共に在りたかった。 「今からでも遅くはござらぬ。――英美殿! Dホールは見つからなかったでござるか!?」 腕鍛は、後方で弓を構える千里眼の持ち主に声をかけた。 カグヤの声が聞こえていない英美は、弓を番えたまま、静かに首を横に振った。 Dホールは、無い。 『もう遅い。眷属をこうまで殺してしまえば、父の怒りもどれほどの事か。あのお方に逢う事は最早叶わぬ。男……妾を、猩々の元へ送るがよい』 カグヤは腕鍛の腕を掴む。 「危ない!」 後方から声が上がり、仲間たちの攻撃が一斉にカグヤへと降り注ぐ。 体を打ち抜かれ、腕を飛ばされ、火を纏い燃え上がるカグヤ。 「カグヤ殿!」 最後まで、かの美しき人を説得していた男の声が、静寂を取り戻した竹林にこだまする。 燃え上がった炎は天に登る。 「私には、愛とか恋とかまだよく分かりませんけど……こんなに重いものなんですねえ」 その後、カグヤの本心を聞いたチャイカはぽつりと呟く。 空には、丸い月が浮かんでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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