●忘却 ぼうっとする頭を懸命に起こして、私は周囲を見渡した。ここはどこだろう。わからない。記憶をぐるりと縦断し、探してみたのはいいけれども肝心の記憶が無かった。つまるところの記憶喪失。生憎そういった言葉や概念は覚えていた。自分が起きる以前の自分の状況がすっぽりと抜けていた。名前だけは覚えている。金城葵。それだけ。あとはわからない。頭の痛さが良くない過去を想起させる。きっと碌でもない過去にぶち当たったのだろうと気を落とす。 何であれはまずはここがどこであるかを確かめなければ、と立ち上がろうとする。ふと両手両足に不気味な重みを感じる。見ると、両手両足に鉄輪がはめられ、その全てに鉄球が鎖で繋がれていた。一瞬の茫然自失の後に理解する。理由も経緯もわからないが、自分がここに捕われているのだという事を把握する。 何故だか至極心は整然としていた。心が乱れたとして、理不尽をぶつける相手が周囲にいない為であろうか。ただ逃げたいと思うだけで、どうやってという所にまで考えが至っていない所から、あまり冷静とはいいがたいものはあったのだけれど。 「おお、やっとお目覚めか」 男の声がして、私はその方向を見る。ぼんやりとした視界はその姿を正確に捉える事はできなかったが、少なくとも彼が私に好意的に接する者ではない、という事ははっきりと伝わってくる。 「気分はどう、悪くない?」 男は私の顎に手をやって持ち上げる。優しい言葉を吐いたつもりなのだろうが、口調は演じきれていない。その手は人を扱う仕草をしていない。彼は私を何と見ているのだろう。 「黙ってないで、喋ったらどう? 気が滅入るよ」 彼はそれ以上私に何もする事無く背を向けた。訝しげに彼をジッと見る。視線に気付いたのか定かではないが、彼は私にこう言った。 「夕食にしよう。随分寝ていたんだ。腹が減っているだろう」 ●好色 カチャカチャと私の前に置かれた机に、食器が並べられていく。豪勢とはいかないが、それでも奴隷や下僕として扱う人間に出す程質素ではない。 「毒なんて入っていないよ」 ただ並んだ食事を見つめている私に声をかける。彼は取り出した自分の箸で料理を一つ取り、ヒョイと食べてみせた。選んだようには見えなかったし、どうやら私を殺して楽しむような事をする気はないらしい。そもそもこうして鎖で結ばれているのだから、毒で殺す必要も無いだろう。 「嗚呼、すまない。それを外してやらないと食べられなかったね」 彼は鎖を全て外して私を自由にした。どうやら気を失っている間の私はどうにも寝相が悪く、繋いでいないと怪我をしそうだったからという理由かららしい。どうにも合点はいかなかったが、とりあえず納得しておく事にした。 「それに、起き抜けに暴れられたら困るからね」 見知らぬ場所。見知らぬ人。成程、確かに訳の分からない状況下、不安から、恐怖から、狂ってしまう事もあるかもしれない。確かにそれは困るだろう。やはり合点はいかないが。 「別に何かしようって訳じゃないんだ。僕は倒れてた君を保護しただけだから」 「……私、どうなってたんですか?」 「さあ……ここの扉の前で倒れてたってことしか。その様子だと、あまり覚えてないみたいだけど」 「……正直、自分が誰かも、よくわからなくて」 私は自分の事を正直に話す。彼は少し目をぱちくりとさせたが、私の言葉を理解してくれたようで、私は少し安心した。よく顔を見ると、悪くない顔をしている。変な野郎に捕まるよりはよっぽど運がよかっただろう。 「そっか。ゆっくりしていくといいよ。自分の帰る場所が分かるまで、いつまでもいていいから」 「……ありがとうございます」 私は素直に礼を言う。男は、優しい笑みを浮かべると部屋からいなくなった。なんだか心細くなって、私は彼に続いて部屋を出た。 ●暴虐 「さて、問題のこの男。女の敵です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)を指して、罵倒するように言う。確かに怪しかったが、敵という程のことは『まだ』していないようにも見える。この後何かあるのだろうか。 「なんらかのアーティファクトを使っているようで、画面越しでは全く以てわかりませんが、女性に対してだけ効果があるようですね。残念な事に、被害に遭っているのは全てフェイトを得ている者です」 女性に影響のあるアーティファクト。ならば女の敵に違いないとその場にいたリベリスタは納得する。 「その女性が好意的に思う容姿に見せ、どんな仕草もその女性は好意的に思ってしまうようになる。肉体的或いは精神的抵抗で割と抗う事はできるみたいですが、事情を知らないとそもそも抗う事ができませんからね。この女性はその典型といえるでしょう」 画面の中の女性は徐々に男との距離が近くなっているようにも見える。監禁に近いやり方で連れてこられているのに、強引にそう思わせてしまうとは。なんともあくどい。 「まあ、これだけならただの女性を誑かす変態男なのですが」 十分それでも不名誉な事は言うまでもない。 「この男、浅賀隆八の目的はそれではありません」 何でも彼の目的は、女性を自分のどんな命令にも従わせるようにし、実験台としてどこかの研究所に送り出す事だという。 「彼に魅了されきった女性は彼の全ての言う事を聞くようになる。それがどんな肉体的損傷や精神的被害を伴うものであっても、です。逆らわない実験台は扱い易いですからね。その代わりに彼はそれに対する報酬と、女性の体の一部を受け取っています」 なんだか猟奇の匂いがしてきたとリベリスタは顔をしかめる。 「女性の好みの部位を切り取って、大事に大事に保管しているようです。現在彼の元で囲われている女性も、やがて体の一部を切り取られ、どこかの研究施設にも送られてしまうのでしょう。そうなる前に、彼女たちを助けてきてください。 恐らく映像に映っていた彼女以外の女性たちは浅賀隆八の指示に従って動くでしょう。彼の周囲にあると思われるアーティファクトを探して壊せば、彼女たちにかかった魅了も解けるはずです。どうかお気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月24日(火)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●想像 相手は女の敵らしい。 こわいねー、と『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)に呼びかけた。 そして女性の一部を切り取って集めてるらしい。 猟奇的だねー、と小梢が言った言葉に烏頭森が声を合わせる。 二人は目配せして、微笑み合って。 結論。 とりあえずぶっ飛ばそう。 ああ敵だ。それは敵なのだ。例え誰かの目に眉目麗しき姿が見えたとして。誰かの耳に甘美な囁きが届いたとして。それは女の敵が編んだ偽りなのだ。そんな偽りの姿を纏ってみせたとて、そんなものに釣られる自分ではない、と『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は意気込んだ。 ふとここで悪魔の囁き。 もしかしたら理想の王子様だったり? いやいやいや、と心は首を激しく振って考えを振り払う。 「決してアークにはもちょっとこう理想の王子様が居ないとか決してそんなことわ!!」 誰に向けたフォローかはさておき。心の隣ではこれから相対するであろう女の敵に、『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)が思いを巡らす。フォーチュナによれば女性を連れてくるやり方は監禁紛い。加えてアーティファクトで魅了するなどとは、本当に酷い人だ。なんとしてでも彼に心を奪われた女性たちを救出せねば、とドーラは固く決意する。 彼は部屋の中央で四人の女性を侍らせていた。まるで高貴なる貴族のように。まるで器量に優れた美男子であるかのように。その実貌は凡庸で、心は醜悪そのものであったけれども。奇しくもリベリスタを含めて、今その場で彼の真実の姿を理解している者は、彼を除いて一人しかいなかった。 「あ”ー。一人ってのはおっかねぇなぁ。おっかねぇ。チビリそうだわ、今回」 編成されたリベリスタ部隊唯一の男性。『足らずの』晦 烏(BNE002858)。彼と憎むべきフィクサード、浅賀隆八以外は皆女性だ。アーティファクトは彼女らの心を狂わせる。ならば。 敵も味方もぜってぇおっかねぇ。 自然と心に浮かんだその言葉を、烏は必死で押し止める。折角女の敵に矛先が向いているのに、わざわざそれを自分に向ける必要がどこにあるだろう。彼も彼とて命が惜しい。 四人の女性の内、一人はまだ辛うじて現状に戸惑いを隠せないでいる。まだ隆八への好意を理解しきれていないのだろう。ただ他の三人は既に、彼に心酔しきっている。きっと彼女らが彼の手でどこかへと連れ去られるのは、そう遠くない日の事なのだろう。 強固なる防壁の三連星『クロスイージスズ』と、レインこと『暗黒魔法少女ブラック☆レイン』神埼・礼子(BNE003458)は突入のタイミングを計る。 思い浮かべるはこの戦場において最も重要な自己暗示。 こいつは敵、こいつは敵、女の敵。 「むきゃー! とつげきー!」 小梢の叫びと共に、クロスイージスズ+レインが、かの敵を襲撃する。向かう先にいる五人の視線が、一斉にリベリスタの方に向けられる。 どうしたことだろう。僅かながら、彼女らは自分の体が少し重くなったように感じる。敵は一切攻撃をしていない。それどころか、何事か分からず動く事もままならない段階だ。 ならば、この感情は、なんだ? 部屋には女性に囲まれた一人の男がいた。その男が、彼女らの目にどんな風に映ったかは分からない。 ただ、彼女らの理想を体現した何かである事には、きっと間違いは無い。 ●理想像 「好きだよ、お兄ちゃん! ねぇ、お兄ちゃんもボクのこと好き? 誤魔化してもダメだよ、お兄ちゃんが考えてることは全部解っちゃうんだから!」 容姿に違わぬロリータボイスでレインは愛しのお兄ちゃんに急接近。彼女はお兄ちゃんのことなら本当に何でも分かっている。 だって、リーディングだもの。 「どうしたんだい、いきなり」 急な自体に驚いて、彼は焦燥して言う。しかしそんな言葉も、この場では恋人への甘い囁きに様変わり。額面通りに彼女らに届いたかは定かでない。 けれども内心は偽れず、レインにはきっちりと届いていた。魅了に抵抗しながら、彼女はちょっとヤンデレ気味に言った。 「酷い…ボクはこんなにもお兄ちゃんのことが好きなのに……。あ、そっかぁ…まだボクの愛が足りないんだね……。 なら、受け取ってよ…ボクの殺したいほどの愛を!」 構えた鎌が紅く染まって、隆八を狙う。その姿はまるで魔法少女というよりは死神。 けれども胸は次第に締め付けられるような感覚に襲われていく。 これは……恋!? 彼女の動揺は、攻撃の軌跡にしっかりと表れた。 意識がハッキリしているうちにと、心は十字の光線を射出する。 でも攻撃をしっかりと当てるには、対象の方を見ないといけない。 光が隆八を撃抜いた。隆八が心の方を見る。 心と、目が合った。 彼女の目に映ったのはまだ見ぬ愛しの王子様。アークで会う事は叶わないかも知れないその素敵な姿に彼女は思わず目を奪われる。 いやいやいや。 「耐えます!!」 叫ぶ。それは誰に向けたものではなく、自分を鼓舞する言葉だ。 「私は! 守る! 人なのデス!!」 断固として宣言する。無駄な誘惑には惑わされはしない。守る側が誘惑されて惑わされていたら何も守れないのだから。 とはいえ。 なんだかキラキラしているようにも見える姿は頭の隅っこで彼女を誘惑し続ける。 変なのが現れましたね、と『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は思っている。でも、その変な者の誘惑には、決して負けはしない。 「もっと近くで顔がみたいです」 少し俯き気味に、ヘクスは隆八に近付いていく。決して隆八を視界に入れない。その姿を見てはいけない。そういうアーティファクトである事は心得ている。 でも見なくたって声は聞こえる。 「僕も君の顔、見たいな。隠してないで、ほら、顔を上げなよ」 嗚呼、きっとこんな言葉、何とも思っていないそこら辺をほっつき歩いてる野生の男に言われたって、キモいとしか思わないはずなのに。何故だろう、心地よい。耳障りよく入ってきた声色がヘクスの心を満たしていく。駄目だ、これは偽りなのだ。目を覚ませ自分。ヘクスは途切れ途切れな息を吐きながら、徐々に混乱していく頭の中で、抵抗とばかりに宣言する。 越えて見せて下さい、砕いて見せて下さい。この絶対鉄壁を! 隆八に魅了された女性たちが動き出す。既に隆八に命を捧げているようなものだ。彼の為に身を投げ出す事など、今更造作もなかった。 「彼に近寄らないで!」 彼女らは決して彼を独占しようなどとは思わない。ただ敵意のある者を遠ざけるだけだ。 「こらこら、あまり乱暴にするなよ。傷つく女性は見たくないよ」 「はーい」 うぜえ。 と完全に思える者はまだ戦場には出てきていなかった。 「でも、隆八を傷つけるなら、容赦はしない」 彼女らの視線は、誘惑を振り切って既に何度か攻撃を仕掛けていた、ヘクスを除いた三人に向く。素早く飛びかかり、打撃、斬撃、魔法攻撃。隆八はそれを見て、ニヤニヤしている。それを見て不快に思う者は、なかった。 ●虚像 女性たちの攻撃が鉄壁の守りに触れた時、戦場に新たな影が現れた。女性リベリスタ四人に囲まれ、身動きを取るのが難しくあった隆八は、その方向に目を向ける。浅ましき品定め、その後に、集団の中に男を見つけ、不快に顔を歪める。 「邪魔だなあ、あの男」 ポツリと呟いた言葉のトーンは重く、陰湿さを伴って烏の耳に届いた。彼はその一切を無視して、得物を構える。 「悪いが、あんたも潮時だな」 素早く近付いて銃弾を放つ。それは隆八の頬を掠めて、奥の壁に当たった。一人、戦線から離れて、戦意の欠片も無く佇む少女が、それを何事かと言うように見ていた。 「男がいるべき場所じゃないよ、ここは」 「お前がいるべき場所でのないだろう?」 烏には隆八の素顔が見えていた。良いとも悪いとも言えない、平凡な容姿ではあったが、所々に卑屈さが表れていて、どうにも醜かった。彼に従う女性は彼の為に命を賭し、リベリスタの女性陣は彼の誘惑に抗うのに必死だ。烏には何とも滑稽に見えて仕方が無かった。 『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)の放つ銃弾が、驚く程の精密さで隆八の手に向かっていく。辛うじて彼は手を引いて、難を逃れる。烏頭森も同様に狙うが、如何せん小回りの利く部位だ、狙い辛い。 そうしている間に、アーティファクトの影響は後発組にも及んでいく。 理想。空想。妄想。どんな形でも、その男はとても魅力的に思えた。否、それがまやかしである事は重々承知しているのだ。なのに気持ちがどんどん揺らいでいってしまうのだ。 いや、駄目だ。思い出さなければいけないとドーラは心の中で叫ぶ。何で自分がアークに来たのかを思い出さなきゃいけない。仲間や世界を守る。そう決めてここに来たはずなのに。こんな男に誑かされていい訳が無い。唇を噛んで、抵抗する。 気持ちをしっかり持ちなさい、私。 「こんなところで貴方の思い通りになるわけにはいかないんです!」 同じ頃。 京子の頭に浮かんでは消える一つの顔があった。アークきっての色男。密かに思う恋心。思い浮かべるのは無意識だ。理想と聞いて浮かばぬなら恋などしていない。そして悲しきかな、目の前の男は、その愛しき人の姿をしている。京子はそれを偽りだと知っている。本物では無い事は、分かりきっている。なのに。頭が沸騰しそうな程に、熱い。 隆八に銃口を向ける。しかしその指は大きく震えている。どうしよう、撃てない。目に涙が浮かぶ。違うんだ。自分の好きな人は、容姿じゃなくて内面がステキなのだ。こんな容姿と声だけ似てる奴に、籠絡されてたまるものか。 彼女は無理矢理指を動かして、引き金を引く。激しい銃声と共に、一閃。惜しくも当たらなかったが、彼女の心はまだ、絡めとられていない。 「うわー、ほわわん」 小梢は意味深に効果音を口にする。少しづつ浸食されてはいるものの、彼女はまだ理性を保っている。魅了されて、相手を好きになって、そしてどうするんだっけ。 ああ、そうそうヤンデレになるんだよね。 「……うふふ、しねー!」 ヤンデレは拳で語る。隆八はそれを受け止めると、タジタジと後退する。しかしその表情は柔らかい。 「積極的な女の子って、嫌いじゃないよ」 「うわー、ほわわん」 二回目。今度はちょっとだけ心に響いたらしい。 「どこ見ているんですか」 小梢を見ている隆八に、ヘクスは呼びかける。嫉妬しているように、寂しそうに、か細い声で。 「ヘクスだけを見ていればいいんですよ」 「君だけを見ていたら、逃げ場を見失ってしまいそうだよ」 「あぁ、そうですね。浮気性の血がいけないんですね」 全てを納得しているようにしっかりした声で、ヘクスは断言する。言葉にはあからさまに熱が籠っている。 「では全てヘクスの中に納めてあげるので覚悟して下さい」 彼女は素早く駆け寄り、隆八を強引に吸血する。彼の顔から急速に血の気が失せていく。ヘクスは既に自分がおかしいとも思っていない。自らの本能に従った行動。 どこからか銃弾が飛んでくる。彼はそれに応戦しようとしたが、ヘクスがそれを遮った。 「攻撃もヘクスだけにしていればいいんですよ。他の人にはしないでください」 彼女は腕をダラリと下げて、懇願するように言う。彼女はもう、彼に対する戦意が急速に削がれていく事にも、気付いていない。 そのとき。 彼女は自分の体に違和感を感じる。ポン、と何かを触られているような。その部分に手をやる。誰かの手がそこにある。誰だ。隆八ではない。誰なんだ。それに触られているのは……胸? 振り向く。手の主は、烏。手は割と卑猥に動いていた。 それは十一の少女には刺激が強すぎたようで。 「ひゅえっ……!?」 ヘクスは声にならない叫びを上げて烏を殴り飛ばした。烏は殴られた場所をさすりながら起き上がり、呟く。 「あー割に合わねぇ殴られ損だろうこれ」 ●実像 「ここまで生きてきて80年……こんな感覚初めてなのじゃ……!」 心臓の鼓動が高鳴る。不可思議な感覚。未知の体験。否、これはまやかし。しっかりしろ神埼礼子! いや、レインちゃん! と思うが、言葉に出ない。嗚呼、いよいよマズいと礼子は顔を綻ばせつつ息を荒げる。 心も守る事を多少なり諦めていた。恐ろしい程の脱力感。もう抵抗しなくてもいいかな、と気を緩めた途端、容赦なく精神が彼に溶けていく。心の足が無意識に、彼の方へと少しづつ近付いていった。 その時、声が響く。 「みんな、目を覚まして!」 京子が叫び、続いて烏頭森が心に銃撃する。衝撃に心は我に帰って、烏頭森を見る。 「心が守るべき者はその馬鹿男じゃないでしょ、鎧エンジェの名が泣くよ♪」 「も、申し訳ないのデス!」 心は礼を言って、戦線に戻る。その近くでプルプルと震えていた礼子は、誰に向かってでもなく、懇願する。 「えぇい、お主、わしを思いっきり殴れ! 手加減など不要じゃ、気合と根性で立ち上がる!」 ゆらりと近付いたヘクスが、礼子に吸血する。頭は正しい方向に戻ったが、如何せん血の気が引いた。彼女は両の頬をパンと叩いて気合いを入れ直すと、恨めしそうな声で隆八に告げた。 「うぉおおー! 乙女(?)の純情を弄んだ罪は重いのじゃあー!」 「弄んでいるつもりは、ないのだけど」 「戯れた事を言わないでください」 隆八の逃げ腰の行動を読み、ドーラは魔弾を放つ。アーティファクトを狙った攻撃が、少し外れて足に当たる。ほんの少し、彼がよろけた。 「あなたの非道を、絶対に許しはしません!」 「誤解だよ、それは」 隆八はニヤリと笑って、素早く符術を成して式神の鴉を飛ばす。その時、彼を守ろうとする女性たちの間を抜けて、烏と京子がそれぞれの得物で、隆八を狙った。 烏の放った銃弾が、隆八の脇腹を撃抜く。彼は傷口を押さえながら、烏に攻撃を飛ばそうとする。その横から、京子が精密に彼の手にあるアーティファクトを狙った。閃光のように飛んだ銃弾が、彼の手を突き抜けて、そしてアーティファクトを、吹き飛ばす。それは少しの間中空を飛んで、すぐに落ちた。京子の心が、もう彼に傾く事は、無かった。 可哀想な人だと思った。そんなアーティファクトに頼っていたら、本当の愛など知る事なんかできない。 「だってそうでしょ? 彼女達が見ているのは、アーティファクトで作られた虚像で、貴方自身を見ている人なんか誰も居ないんだから。 悔しかったらそんなアーティファクト捨てて自分のかっこよさ証明してみろってんですよ!」 見え方が変わる。その男はニヤリと笑って、京子に応える。 「僕は女性を愛してなどいないさ。ただ綺麗な『貌』を集めていただけだよ」 彼の声色は醜く響いた。 ●写像 「浅賀君なぁ、ビジネスの話といこうじゃねぇか」 すでにアーティファクトの効果も消え、一介のフィクサードとなった男に、烏は声をかける。周囲をリベリスタと正気に戻った女性が囲んでいる。彼女らは大人しいが、今にも彼を殺してしまいそうな程、殺気立っている。 「君の持つ情報をこちらにくれ。そしたら俺はこの場を見逃してやる。それでどうだ?」 「……悪くない相談だね」 彼は驚く程すんなり、情報を明かした。取引先の研究所はよく知らず、相手方が定期的に女性を引き取りにきていた事。そして彼らに関する一切の情報をもらっていなかった事。従って連絡先など持ち合わせていない事。そしてどうせばれると腹を括ったのか、集めた収集物の場所も口にした。 「ではお尋ねしたいのですが」 唐突に、心が口を出す。 「そのアーティファクト。『誰から貰いました?』」 それはただの懸念点。しかし『他人を操る』アーティファクトを好んで作る者に、心当たりがあった。もしかして、と希望を持って、彼女は問うた。 「さあな」 答えを聞いて、心は消沈する。 「そいつらと契約した時、どっからか送られてきただけだ。『赤城 霧奈』って名義でな」 この位でいいか、と隆八は問う。 「ああ、そうだな。約束通り、見逃してやろう」 隆八は胸を撫で下ろして、その場を去ろうとする。しかし、ちょっと待った、と烏は声を弾ませて言った。 「ただ、女性陣はどうかねぇ……見逃すとは言ったがおじさん以外はどうなのだか。 煮るも焼くもお好きにどうぞだな、麗しのレディの方々」 彼は決して、この場の全員が見逃すとは、言っていない。 もの凄い勢いで女性たちが隆八に雪崩れ込む。今までされてきた事の鬱憤を晴らすように、彼への抱いていた感情を殺すように、盛大に。精々殺さないでくれよ、と烏は思わず哀れんだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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