●フィクサード五重奏(クインテット) 第一バイオリン、長谷川・駿太(28)は晴れ渡った空を見上げて、端正な顔を綻ばせもせず言う。 「いい天気だ。絶好の花見日和ってやつじゃないか」 それを受けて第二バイオリン楢・亮二(25)は、ややもすると10代にも見えかねない無邪気な顔で笑う。 「一稼ぎにも丁度いいね!」 ヴィオラ、風間・すみれ(23)も盛りに盛られた付け睫毛を瞬いて生意気な微笑で調子を合わせた。 「一稼ぎじゃないない、荒稼ぎだよ」 チェロの高峰・飛鳥(30)は溜息を1つ吐くと俯く。艶やかな黒髪を耳にかけた横顔は、長い睫毛が際立って印象的だ。 「……もう。浮かれすぎです。油断大敵。ちゃんと周りにも目配りしていて下さいね」 コントラバスを抱えて堂本・明(19)が気弱そうに言った。 「そうですよ。そろそろ『アーク』って奴らが来そうな気がして仕方ないんです。あいつら凄い強いって言うし、正義の味方だから自分中心な能力の使い方してる俺達なんかを見過ごしてもらえると思えないですよ(泣)」 もしも捕まったらあんな事やこんな事されて凄い事になるって噂だ、と身振りを交えて一生懸命にアピールする堂本を尻目に、リーダー格の長谷川がここで初めて微笑を見せる。 「その時は交戦するまで。勝たないまでも逃げればいいんだ。一応俺達にだって能力はあるんだから」 「そうだよ」「そうね」「まあ、そうですね」「まあそうですけど、最前面で戦って逃げる時は殿に立つ俺の身にもなって下さいよ。今まで何回警察のお世話になった事か」 4名はとりあえず同意を示した。堂本の台詞も一応同意である。 5人を乗せたワゴン車がぶるるん、とエンジンをスタートさせて、今日の演奏会場へ向かって走りだした。 ●桜の花の樹の下で 「皆が今回相手をするのはフィクサード5人。野良だけど、よく統制の取れたチームよ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタ達の顔をじっと見ながら無表情に告げる。 「5人か……」 どんな能力を持つか分からなくても、知性と能力を持つ敵が5人、それも連携してかかってくるとなれば厳しい戦闘となるに違いない。自然と表情が硬くなる。 「達成目標。荒稼ぎをさせない」 「……」 勢い込んでいたリベリスタ達の体勢が思わず前のめりにがくってなった。 「何だよそれ!?」 「彼らは弦楽五重奏のクインテット。元々五重奏として活動しているうちに1人が覚醒して、そこから増殖性革醒現象により全員が革醒したみたい。全員無事にフェイトを得られたみたいでよかったわ」 優しいなイヴ。 「……で。荒稼ぎってなんだよ」 「彼らの主な活動は、言ってみればストリートパフォーマンスのクラシック版。クインテットなんて珍しいから足を止めて聞いてくれる人は結構多いみたいだけど、やっぱり実入りは少なかったのね。で、自分達の欲望に忠実に能力を行使していった結果、 『その五重奏に聞き惚れた人は全員財布の紐が緩みまくる』 ……最近では能力が強力になってて、財布ごと投げ渡すのは当たり前。お客さんは身に着けたアクセサリーは勿論、ブランド物なんかの高価な品物みーんな置いていくようになったみたい。つまり」 「つまり?」 「ブルガリのベルトをしてた人がそれを置いて行ったら、当然その人のズボンはずり落ちる」 そうだろうね。 「グッチのジャケットを着ていた人がそれを脱いで行ったらその人は風邪をひく」 そうかもね。 「全身シャネルで固めてたご婦人は大変な事に」 ああ、それはいけない。 「彼らが演奏を終えた後には、軽犯罪法違反で逮捕される人が数知れず……。つまりすっごく迷惑なフィクサードなの。だから皆でこらしめてやってね」 「……分かった」 とても、よく分かったさ。とってもお間抜けなお仕事だってことが。 そしてイヴは最後に慰めになるようなならないような一言を付け加えた。 「今回の演奏会場は桜が満開の上野公園だから皆もお花見気分で楽しんでくるといいと思うよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:藍尾 礼人 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月23日(月)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●速攻合体奥義発動! 桜満開の公園、と書けばそれはのどかな光景を思い浮かべるのではないだろうか。しかし現実はそう美しいものでもない。 上野公園はここ数日、花見に訪れる大量の人々でごった返してその人いきれに目眩がしそうだ。花と人とどっちが多いのかもちょっとよくわからない。 そんな中。 フィクサード五重奏は池の際に場所を確保し、前置きもなく演奏を始めた。突然流れだしたクラシカルな音色に、行き交う人々も少々驚きつつ足を止め、次々に人が人の背にぶつかって止まる。 (早速行くぞ) 第一バイオリン長谷川が仲間達に心話を飛ばす。テレパス持ってたらしい。 メンバーの4人も、観客にそうと分からない程度に身構えをし、そしてコンサートマスター長谷川が発動の前触れに体を大きく反らした。 (行くぞ! 合体奥義『感動大瀑布!』) そうして思いっ切りバイオリンの弓に力を込めて発動の初音を発しようとした瞬間に、 「現れましたね! 私達が相手です!」 『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)が腰に手を当て、びしっと長谷川を指差して叫んだ。思わず長谷川は勢いのまま前にのめって間抜けな1音を発した。 「優雅な花見の席を強奪の場にするとは不届きな……一度灸を据えねばならぬようだな」 『小さな身体に大きな誇り』鳴神・冬織(BNE003709)が腕組みをして口上を述べ、 「うわっ……『アーク』来ちゃった?」 ヴィオラの風間がやべー、と口元に手を当てる。 『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)はマナブーストを使いつつ声を張り上げた。 「さーみんな! 盛り上げて、いっくでぇ!」 予想もしないトンデモな展開に観客はとりあえず場所を空け始める。 「すみません、ちょっとお騒がせしますね」 ドーラが花見客達に挨拶すると、面白そうだなもっとやれと歓声が上がり始める。 「なんか楽しそうじゃねえの。まーぜーて」 「いい音色だねぇん! だけどあーちゃんたちも奏でるじょ」 『マスカレイドスコープ』尖月・零(BNE003152)、『ひらがな二文字の世界』縣・於(BNE003034)が仲良く登場。リア充、ですね? 分かります。少し分けて下さい。 「くそっ! 纏めて術中に落とすまでだ! もう一度頭から!」 長谷川が指示。5人が武器兼楽器を構え直す。 「行くぞ! 『感動大瀑布』!」 その瞬間圧倒的な力が宙に溢れ出す。曲目はビバルディの四季『春』、バックに銀河系が浮かび、芽吹く草木の精霊や女神が手を取り踊り出すビジュアルが見えるかのような……錯覚。 「なっ何て素晴らしい演奏なんだ!」 「もっと聞かせてくれ! もっとだー!」 早速分り易く巻き込まれた花見客達が財布を取り出し始める。リベリスタ達も数名が一瞬我を忘れかけたが、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が意志の力でその呪縛からいち早く抜け出した。 「私が献身? ありえない! 私に指図するなんて百万年早いわね♪ ふふっ、極刑」 アゲハ嬢なんか作らず「踏んで下さい女王様」なキャラを入れれば良かったと大後悔している後ろの人が居る。 珠緒がブレイクフィアーを用いて問題なく仲間達を正気に戻していき、『蒼鋼の執行人』辻堂・霧慧(BNE003699)が首を振りながら意識をチェロの高峰に照準する。 「くっ、逃げるしかないな……池を背にしたのはまずかった。退路を開くんだ!」 「行くよっ」 「はいっ」 焦り気味の長谷川の指示に従いまずは第二バイオリン楢とコントラバス堂本が前進する。 電光を纏ったバイオリンを大きく振りかぶり、エーデルワイスに叩きつけた楢に向け、 「うふふ、イケメンさんのお相手は私ね、一緒に殺戮円舞曲を奏でましょう♪」 「え? エヘヘ」 全く怯むこともなく美女は妖艶に笑い、思わず楢は何故か照れた。 「逃げてんじゃねえよ、遊ぼうぜ」 前衛右翼では見栄を切るようにポーズを決めた零が軽い口調で堂本を煽った。かこいい。 「その奥義、個人的には面白いと思うんだがなー、被害甚大になってもまずいし」 「お……俺達も生活かかってるんです!」 堂本は情けない事を必死に口走りながら、裏返したコントラバスを押し立てて突っ込んできた。零も拳を構えると、 「大人しく捕まろうぜ、一遊びしてからな」 指先くいくい、かもーんのジェスチャー。 楢、堂本がブロックされてしまい退路が開けないと見るや長谷川は新たな指示を出した。 「高峰! 逃げ道は正面にあり!」 「はい! お任せを!」 高峰は若干無茶を言うリーダーに忠実に答え鈍器二刀流を振り回して突進した。ホーリーメイガスが突っ込んでくるとは誰が予想できたであろうか? 「うおおおおおおおおお!」 ロングスカートを絡げて突出、第二バイオリン楢とコントラバス堂本にはついていたブロックが彼女にはついていない。……いや、『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が駆けた。 「音楽の心を忘れた所業、声楽家として……同じ音を生業とするものとしてとても悲しいことだ」 ふう……、と憂わしげな溜息を漏らし、突進する高峰の前に立ちはだかると、振り下ろされるパイプ椅子を左腕で防ぎつつ、右腕を伸ばして4色の光芒を放つ。その右腕にさらにチェロの大きな胴体ががつんとぶつかり、高峰とセッツァーは絡み合うようにして地面にもんどり打った。楢のバイオリン攻撃をいなしながらエーデルワイスが茶々を入れる。 「あら、おばさん♪ さっさと堕ちてくれると助かるわ」 「くっ、貴女もどうせすぐおばさんになるのよ!」 高峰さん争点はそこじゃありません。 「まずは作戦通りに行きましょう!」 ドーラが掛け声と共に放った1$シュートに於のスターライトシュートと冬織のマジックミサイルが合わさって降り注ぎ、セッツァーの魔曲・四重奏で既に血まみれの高峰を撃つ。回復を担う筈のホーリーメイガスを力とタイミングを合わせて一気に落とす作戦だ。 「くっ……」 地に膝を突いた姿勢から立ち上がれずに居る高峰に、 「うちのおばさんに何すんの!」 風間がチェインライトニングを放ちながら高峰をフォローするかのように叫び…… 「30歳はおばさんじゃありません!」 高峰が眼鏡直しつつ拒否。 「あ、ごめーん。てへぺろ」 「って、余所見してる余裕なんかないよ?」 「きゃー」 霧慧が暗黒の瘴気を放つと風間が袂で顔を覆って身を引く。 「くそっだらしないぞ高峰! ……とはいえ最年長のお前に先陣を切らせるのも酷だったな」 長谷川はプロアデプト的に同調して高峰を回復する……つもりだったみたいだが効いているのかよく分からない。それに比べると堂本はいい子だった。 「わー!? 高峰さん既にボロボロ! えーいブレイクフィアー!」 凄く分り易くBS回復してあげた。高峰が何とか立ち上がったが代わりに堂本は零に無頼の拳で顔面殴られた。メガネは健在。 ●宴、たけなわ それ以降も高峰への集中攻撃は続き、幾らも経たずにおば…………ご婦人はチェロを支えに膝を突いた。 「すみません……私はこれ以上……」 『回復役』ホーリーメイガスへの集中攻撃は目論見通り一番に高峰を轟沈させた。 「次っ!」 ドーラが叫ぶ。次なる標的はマグメイガス、風間。 風間はチェインライトニングで全員にダメージを与えようとしているようだったが、次は自分に攻撃が集中していると知ってグロスのたっぷり塗られた唇が次第にへの字に曲がり泣きそうな表情になっていく。と、それを庇うかのように長谷川が風間の前に立ち、再び指示を出した。 「右の後衛を狙え。そこに活路を開く」 フィクサードから見て右側の前衛にはエーデルワイスが居たが第二バイオリン楢のブロックに入っている分やや中央に寄っている。後衛の端が多少射線が通り易かったのだ。コントラバスの堂本をいつも通り殿に想定しての「右」なのだろう。指示と共に長谷川は右翼方面にバイオリンを差し向け目に見えぬ微細な糸を放った。狙われたのは――ドーラ。珠緒を中心に、零と仲の良い於はコントラバスの側に、ヴィオラを狙っている霧慧は前衛の中央、彼女と攻撃を合わせている冬織は霧慧の後ろ、――後衛の中でバイオリンの側に居たのは彼女だったのだ。さっきから指示ばかりだして攻撃を控えていた長谷川は十分に狙いを付けていたのだろう、気糸は過たず標的を絡めとりドーラを麻痺と毒に侵した。 「う……っ」 動きを封じられ、一瞬動揺するドーラ。そこへ、 「負けんな!」 珠緒がギターをかき鳴らすと共に発せられた光が気糸を溶かした。奏でられたのは多分48人という名目なのに一杯いるあのアイドル集団のデビュー曲。珠緒の服装は幻視を用いて、制服をアレンジしたようなアイドル風に変わっている。芸が細かい。その隙に風間は右側、楢の後ろにすすっと退避、可能ならそのまま走って逃げそうだ。 (逃がさないっ) タイミングを計っていた霧慧、その後ろから冬織の声が叫ぶ。 「霧慧よ、この雷に合わせて放て!」 「……黒い稲妻、一閃……!」 2人とも計っていたのだ、決して外さぬよう、そして最も効果的にダメージを与えられる瞬間を。ここぞと珠緒のギターは「カラオケで盛り上がる曲第1位」と噂の某ロボットアニメ主題歌のサビを奏でて思わず歌いたくなる聴衆続出。 拡散する稲妻を追って黒い瘴気が走り、2人の合体技が五重奏楽団を包んだ。 「うわぁっ……」 楢は青い電流に絡みつかれて苦悶の表情を見せる。そして不吉も食らってコケる。そこへすかさず女王様。 「大事な楽器でしょ? でもぶっ壊しちゃう♪」 女王様もといエーデルワイスがうふ、と魅力的な笑顔で楢のバイオリンを至近距離から狙い撃ちすると、 「おおおっ鬼ー!!(汗)」 涙目でバイオリンを抱え蹲る。あ、踏み易い。おらおら。 「桜っ! 花っ! はしゃぎたくなるお年頃ですのぅっ!」 於のスターライトシュートが流星雨のように降り注ぐ。主に前衛陣がそれをまともに食らい、ダメージの蓄積が多い楢が立ち上がれなくなった。 「おー、えー感じやね。行ったれ行ったれー!」 ギュイーン! 珠緒のギターが激しく唸り、ミリオン売ったロックナンバーを奏でると見物していた若者達が指を立てたハンドサインを送り歓声を上げた。ロックにおける「最高」を表すとか「悪魔」を表しているとか「I LOVE YOU」のハンドサインだとか諸説あるやつ(藍尾調べ)。 風間は長谷川に庇われる形となってほぼ無事だが、その長谷川も至近距離からのセッツァーの魔曲を受けて4種のバッドステータスを受けてボロボロである。 「えーいブレイクフィアー! 早く逃げて下さい! 楢さんと高峰さん連れて!」 堂本は自分もボロボロになりつつも、健気にコントラバスの陰に隠れながら仲間の感電・出血・その他もろもろを癒してやり逃走を促す。 「堂本! お前の犠牲は忘れない!(by長谷川)」 「これからは四重奏(カルテット)でやっていきます、私達の事は心配しないで下さい(by高峰)」 「えっ? ちょ……それはっ……」 追いかけようとした拍子にバランスを崩し右手を伸ばしたままばたんと地に突っ伏す堂本。 「投降、なさい?」 フィンガーバレットを頭に突きつける笑顔のエーデルワイスに逆らう気力もない。 すかさず霧慧が倒れたコントラバスを堂本から引き離しながら言った。 「もう分かったと思うけど、君達がどこで何をしようと、ボク達はいくらでも追いかけて止めに行くよ。こんな事はもうやめてほしいな」 「はい……すみません……」 突っ伏したまま堂本は降参する。メガネは健在。 一方他の4人はハニーコムガトリングやチェインライトニングの一斉砲火を背に浴びながら這々の体で駐車場へと逃げて行く。それを追いかけるリベリスタの背を、更に花見客達の声援が追いかけた。 そして、彼らはワゴン車に何とか辿り着いたものの、そのタイヤは4つとも事前にエーデルワイスが撃ち抜いておいた為、逃走はそこで終いとなる。 「ごめん、僕の運転技術じゃこれは無理だ……」 「安心しろ、俺もそこまでは求めん」 肩を落とす楢に真面目に答えて、長谷川は追いついてきたリベリスタ達に向き直る。そして全員仲良くお縄となったのだった。 「あんたらさー、金とか人の心を弄ってまで横取りするとか楽しいか? せっかく腕はあるのに、勿体ねえ」 「え? 演奏聞いてくれてた? 上手かった? ありがとう」 零の言葉に楢がエヘッとちょっと緩い笑顔を見せた。 「ってか能力あるんなら『アーク』に来ん? 金にばっか拘らんでもよーなるよ?」 悄然とするフィクサード達を見かねて珠緒が声をかけると、 「そ、そうなん? ちょっと詳しく話聞かせて!」 風間が速攻飛びついた。結構生活困ってたらしい。ギャルは外見維持するだけでも大変なのだ。 冬織はチェロを受け取りながら、呆れたように高峰に説教する。 「芸術というものは自ら報酬を求めるのではない。他人に評価され初めて価値が生まれる物であるぞ」 「そうかもしれません。好きな事を仕事にするのは元より大変なのだと、分かってはいたのに……能力を得てつい初心を忘れてしまってました……」 おほん、と1つ控えめな咳払いをするとセッツァーはフィクサード達に歩み寄った。 「私が今日ここに来たのは決して君達をただ挫く為ではない。音の持つ素晴らしさを思い出して欲しかったからだ」 少しばかり反抗的な目付きで長谷川はセッツァーを見上げる。セッツァーはそんな若者を慈しむような目を向け語った。 「音を奏でるということは特別な意味を持つ……人を励まし、共感させ、そして感動させるという。君たちも最初はそれが望みだったのではないか? 日々の生活に追われる中でいつの間にか忘れてしまった、音を奏でる事に対しての情熱を……気持ちを、どうか思い出して欲しい。こう言いたかったからでもあるのだ」 長谷川は苦い物を食べたような表情で暫し黙ったが、すぐにセッツァーの瞳をじっと見つめて言った。 「……完敗だ。良かったら今度その声で『オンブラ・マイ・フ』でも聞かせてくれ」 ●光のどけき春の日に フィクサードの護送が済むとリベリスタ達は晴れ晴れした表情で体の緊張をほぐした。やっと落ち着いて桜を見ることが出来る。珠緒はまだ弾き足りない、とばかりにギターを構え直した。 「おっしゃーお花見するでー! 宴会やでー! 皆うちの歌を聞けー!」 伸びやかな歌声が流れだす。独壇場である。曲に合わせてくるくるとドレスを変えていくのを観客は不思議そうに眺めたが、 「時村グループの試作品やで! 発売したらよろしくなー」 笑顔の珠緒に丸め込まれた。 「りょーちん! あそこ、桜のトンネルみたいになってるじょ! 一緒に歩くのだ!」 於が駆け出し、幸せ一杯といった表情で零を振り返る。 「あーちゃんかわいー(はぁと)ってかホントかわいー。俺桜より桜見てるあーちゃん見てるから」 零さんめっちゃ目尻下がってます。若いっていいなあ。 「ほんとに可愛い彼女さんですねえ」 ほわほわとした笑顔を浮かべて堂本が頷いた。が、 「お前は見るな、あーちゃんが減る」 「すみませんごめんなさい」 零に笑顔で凄まれて光速で謝罪した。 何で堂本がここに居るかと言えば、1人戦場に取り残されたので纏めて護送されるのを免れたというだけである。 「初めてのお仕事で緊張しましたけれど……、こんな楽しい人達が一杯いるのなら今後上手くやっていけそうです」 ドーラが微笑む。 「ボクらもゆっくりお花見していこうよ」 霧慧の言葉に冬織も腰に手を当てて胸を反らし、満足そうに頷いた。 所在無く佇みぼんやり桜を眺めていた堂本の肩をぽんと叩くものが居た。セッツァーだった。 「どうかね。聞く側の気持ちを鑑みずに奏でられる音などただの雑音(ノイズ)でしかないのだ。奏でる者としてのプライドを取り戻して欲しいものだが」 「はい。これからは欲に負けないように頑張ってみます」 堂本は素直に頷いた。 桜の花は常にはらはらと散り急ぐが、その儚ささえも華やかに宴を彩るのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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