● 寂しいのです。寂しいのです。 涙が流れるたびに体がじくじくするのです。 涙が私の体を甚振る事に気付くことに随分かかりました。 「いたいのです、涙がじくじくするのです」 「あら、貴方は涙なんて流さないでしょう」 ―――だって、貴方はブリキなんですから。 何時か見た御伽噺。滲みだすのは涙じゃなくて油。このまま錆つくのならば、その前に。 「いたいのです、いたいのです」 心が、体が、じくじくとするのです。 ● 「ブリキのおもちゃが泣いたわ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は手にした小さなロボットを指で弄んでみた。 ぎぎ、と音を立てるロボットを見ては小さく笑う。 「このように人形とは人間に遊ばれるものなの」 ブリキのおもちゃが泣いた。 非現実――否、それが起こりえるのがこの世界なのだが。 イヴはロボットを机の上に置いてぜんまいを回す。 「ブリキのおもちゃって、持ってる?例えば――ロボットの形をしたこれとか」 指差したロボットが一礼する。 閉店したおもちゃ屋で寂しげに泣くブリキのロボット。 忘れられてしまってもいい、時の流れなら仕方ない。だけれども、最後に見てほしいんだ。 「彼は、ブリキのロボットは最後に――いいえ、最期にもう一度子供たちの笑顔が見たいのよ」 でも其れが叶わなかったことなんて、『予想がつくでしょう?』 冷めきったイヴの笑顔にリベリスタ達が唇を噛んだ。 叶わなかった願いほど辛いものはない。 「あなた達が笑えばいい、なんて簡単なことじゃないわ。 彼は悲しくて悲しくて遂には子供たちをも傷つけてしまうの」 ――オネガイ、ワラッテ。 閉店したおもちゃ屋で涙しているブリキのおもちゃ。 「誰かの笑顔を欲したのに、その笑顔を壊してしまうなんて、悲しすぎるでしょ?」 ――オネガイ、ワラッテ? じくじくと、心が、体が、傷んで、痛んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月13日(金)23:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● じわり、じわり。 心が、体が、じくじくと痛むのです。体が、痛いのです。 笑顔、『不視刀』大吟醸 鬼崩(BNE001865)は呟いて目の前にある小さなおもちゃ屋を仰ぐ。 「小生には笑顔を灯すことが出来ませんが、彼らにはそれが出来る」 彼女の閉ざされた銀の瞳。小さな声音は彼女にしてはやけにハッキリと響いて見せた。 微笑ましい出来事へ、彼女は思った未来を掴む為に今しっかりと足を踏み出す。 ショーウインドウに飾られたままの人形は『』雪白 桐(BNE000185)の目には幸福そうに思えた。 飾られているだけで可愛らしいなぁと浮かんでくる笑顔は紛れもなく本物。 笑顔が欲しい、と泣いたブリキは外から眺めて笑っている人々には気付けなかったのか。 「君はずっと其処に居て、」 寂しかったの?――ああ、答える声はないけれど。 修道女の浮かべた笑顔は悲しげで、それでいて残念だなと呟く様で。 「まった、皮肉なものだな」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の声は雨だれの様に仲間たちの耳朶を擽った。 彼女が神を信じるか否か。彼女がシスターであることでそのあたりは省略させて頂こう。 小さなブリキの願いさえも叶えてはやれない理不尽な神様。神様の代わりに自らが叶えるしかないと、決意を固める。 ちっぽけな願いなのだ、本当に小さな、たった一つの願い。最期の笑顔だけ。ただ、それだけだった。 「売れ残った……オモチャたちに……宿った思いが……」 そう、その思いが原因ではあるけれど、それをおもちゃたちが望んだのか。 『』エリス・トワイニング(BNE002382)は首を振る。そんなものを望んだわけがない。 誰かの笑顔を欲する優しい優しいおもちゃたちが望んだのはきっと、明るい未来。 少女は決意を固める、倒す必要があるのだから、つきんと胸のどこかが痛んだ。 俯きがちに大きな犬耳を垂らした『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)はその琥珀の様な瞳に薄らと浮かべた涙を堪えて祈る様に呟いた。 「ブリキだって、おもちゃだって、願いが叶わなければ、泣く……」 どうか笑顔を、そう思ったっていいはずだ。そう思うことこそ彼女の決意なのだから。 彼女の用意した看板には『改装工事中』の文字。一般人を巻き込まないように、との配慮だ。 其処にトラックが一台、停止した。 回収業者を装った『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が降り立って、溜息を吐いた。 廃棄されるおもちゃに宿った最後の思い――それは正しい、彼はそう思う。 踏みにじっては遣りたくない想い、大切な想い。だが彼には守るものがある。倒さなければならない。 設置されたトラックと看板を見つめて文は幻影をかける。工事現場を演出して見せるのだ。 彼女が一息吐いた所でウラジミールは扉へと手をかける。 「任務を開始する」 その宣言に頷いたリベリスタ達は店内へと一歩足を進めた。 ● ブリキのおもちゃ、と聞くと『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)はその頬を緩めずには入れなかった。 「ブリキはいいもの!」 日々メカ弄りに没頭してるぐるぐはブリキと聞いて放っておくことは出来なかった。近代ロボのロマンもいいがブリキの夢と希望もまた良い。 「しっかりばっちりメンテナンスしてあげましょう!」 彼女はそう言って仲間たちの前から一度姿を消した。 目くばせの先に居た『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)はぐるぐと頷きあい、強結界を展開させた。 つきん、つきん。 少女の胸は痛む。心を持ったブリキのロボット。作り物の体に宿った気持ちは作り物じゃない。それは本物でしかないのだ。涙を流すことだってある。 それが、オイルであっても。彼が、作りものであっても。 少女の周囲に防御陣が展開される。彼女の新緑の様な瞳が揺れる、揺れる。 「こんにちは、だ」 目の前でブリキのおもちゃがキリキリと動いた。 小さなブリキの後ろで三体のフランス人形がくるりと回って一礼する。御機嫌よう、とでも笑うかのように。 エリスは小さな無垢なる物質を見つめて目を伏せる。その身に宿った魔力を活性化させる。 彼女の祈りは力となる、祈る。元の形を残る様に、できますように、と。 ドールたちのドレスがふわり、ふわりと揺れる。 ふわり。 「こち の人形様はお任 を」 小さな声で言った鬼崩にエリスが頷く。彼女の華奢な手が放った気糸はドールに絡みつき、拘束する。 ああ、いやだ、いやだ、とドールが首を振る。 嫌よ、やめて。 「願いを叶えてくれない神様に代わって、私たちが叶えてあげよう」 杏樹の目はどんな素早さでも捉える。パラパラ漫画の様にかくかくと動く世界。 彼女の目が見据えているのは一体のドールであった。 ふわり。 ドレスがまた揺れた。 守りを得たウラジミールは一気にブリキのロボットへと接近する。ロボットの手がキリキリと音を立てて一度動いた。 それは何故、と問う様に。何故君は笑ってはいないの、と問う様に。 薄暗い店内を暗視でじっと見ていた桐は生きる気持ちすべてを戦闘力に変えて攻撃の時を今か今かと伺っている。 彼の目の前に一体のドールが躍り出した。 彼の体をその細い腕で殴りつけた。彼の足が地面を擦り埃が小さく舞い上がる。ふわり、ドレスが揺れる。ふわ、埃が舞う。 「手にとって笑ってほしかったんだね」 ドールの口がかた、と動いた。 「だけど、いつも其処に居る君たちを見て笑ってくれる人や眺めてくれる人だって居るんだよ?」 ドールの口がかたかた、と動く。 ああ、君には声がないんだね―― 「……君たちにだって、笑ってほしいの!」 少女の足元から伸びあがったのは守護者。臆病だと自分で言う少女を守る少女の力。 文はきゅっとその拳を固めて、ドールへ一言、ごめんねと呟いた。 願ったのは笑顔、ただ、其れだけだった。 ドールが文へと襲いかかる、彼女の体はふわりと浮かびあがり鈍い音を立てて店内の机へと弾き飛ばされた。 「……っ!」 「文様、大 夫?」 振りかえった鬼崩に涙をうっすらと浮かべた文は頷く、彼女は勇気を振り絞る。緩み掛けた幻影を掛け直し、立ち上がる。 彼女の使命は、小さなブリキの願いをかなえること。 ドールたちは楽しげに手を取り合い、そのドレスを揺らす。 ふと、桃色の髪がドールたちの視界に広がった。ロボットを狙いうつぐるぐの姿が影から現れた。 「ぐるぐさんのスマイル講座、スタート!」 にたり、笑顔のお手本を浮かべたぐるぐにロボットが動く。 背後で微笑んでいた雷音が氷の雨を降らせた。その雨は彼女の心が悲しんでいることを顕す様に。 彼女の体に一体のドールが飛び込む。少女の雨が弱弱しくなり、雨脚を弱める ――痛い、怖い、苦しい ふと頭に浮かんだ言葉を少女は振り払う。雷音は笑う、笑う。 「君の願いを叶えてやりたいんだ」 雨に打たれたドールがいやいや、と首を振った。 ――あの子の願いを叶えてなんて、くれないでしょう? ドールは悲しげに首を振る。声を持たない優しきフランス人形。 彼女の手足の関節を狙いうった杏樹の攻撃にドールはやだ、やだ、と手を伸ばす。 「ごめんな。あとで必ず直してあげるから」 女神の名前を冠したボウガンが打ちぬくのはドールの優しい優しい気持ち。 ふと、背後に残っていたドールが回復をかける仕草をする、だが、その回復も間に合わない。 鬼崩によって束縛された人形へと心優しき犬の少女が黒きオーラを叩きこんだ。とん、と床に転がったドールは口を閉じ、可愛らしく微笑んでいた。 肩で息をする少女にエリスは天使の息を授ける。 「……エリスの……仕事だから」 床に転がったドールを残りの二体は見つめる。ああ、動かなくなってしまったわとでも話し合う様に。 ふわりと、浮き上がったドールが桐へと突進していく。 「君たちを見て、笑ってくれる人がいたんじゃないの?」 ドールの攻撃を避け、叩きこんだのは彼の心を映し出す様な優しい、そして激しい雷。 ずん、とドールの体が揺れる。 後衛を目掛けて飛び込んでくるドールを桐はその手に握りしめた『まんぼう君』を駆使して抑える。 泣き出しそうなほどに赤い目を歪めた少年は後衛を守るために其処に立ちはだかった。 祈る様に、祈る様に、泣き出しそうになりながら雷音は笑顔を浮かべた。 「君も笑うと、皆も笑ってくれるよ。だから君も」 一緒に笑ってほしい。 彼女が再度降らせた雨はじわじわとドールのその身を甚振り、床へと転がせた。 笑って、笑って。 雷音が悲しげに笑う。彼女は例え傷を負っても笑う。ブリキのおもちゃの望んだ夢の為に。 「一緒に笑いあえたらステキだから、君を守るために皆此処で戦っているんだから」 ボクは、君たちの大好きな笑顔を守りにきたんだ。 ブリキのロボットが泣いた。 つー、と伝った涙を拭うこともせず、彼が放った攻撃がウラジミール達を襲う。 「まあまだこれからだよ」 ぐっと握りしめた拳で目の前のブリキの攻撃を愛用のコンバットナイフではじいた。 背後に立っていた杏樹が体の向きを仲間へと向ける。エリスがハッと気づいた様に神々しい光で味方を包み込む。彼女の慈悲が仲間の混乱を解く。 「おもちゃってのはお父さんやお母さんとは違う、子供達を見守るものでしょ?」 かくん、とブリキが首をかしげてぐるぐを見つめた。 「君たちは心に大事なものを育む大事な思い出メーカーでもあるんだよ」 分かるかい、と語りかけたぐるぐはよく知ったおもちゃの弱点へと幾度も攻撃した。 思い出を作り出す、思い出メーカー。 ブリキが泣いている。 ――ああ、ブリキが泣いている。 「神様の代わりになれるかなんて、分からないけれど」 それでも夢をかなえることは出来る。彼女の理不尽な神様は何処に居るのか。其れは分からないけれど、彼女が神になることは出来ないけれど。 小さなブリキのロボットの願いをかなえることはできる。 「笑って……、ね?」 叶えてあげるから、小さな犬はただ、その眸に涙を浮かべたままに笑う。 彼女の放った黒き力に包み込まれたドールは手を伸ばして床へと、とん、と落ちた。 「悪いがここで終いだ」 「さよ なら」 鬼崩が拘束したロボットへウラジミールが叩きこんだ輝きがロボットを包み込む。 「君の魅力は保証する。だからいつも通り堂々としてなよ」 ショーウインドウに飾られたブリキのロボット。 ぐるぐが繰り出した彼女特有の技はブリキのおもちゃへと打撃を与えた。 赤と緑の瞳が細められる。 にっこりとほほ笑んだ彼女の最期の打撃によってブリキのロボットはがしゃん、と床へと転がった。 ――笑って、笑って。 ● 幾人かのメンバーが持ち込んだ修理道具。簡単に、とぐるぐが応急処置したロボットは何処かヘンテコになっていたが、何処か嬉しそうに見えた。 持ちこんだICレコーダーを手に杏樹はロボットへと語りかける。 「子供達に言いたいことがあれば今のうちに言うといい。絶対、伝えるから」 ロボットは何も言わぬ。ただ、その感情と心は声となり、奇跡をも起こすのではないかと杏樹は考えていた。 ――…… 短く響いた音を録音し、ぐるぐに頼みロボットの中に仕込む。 「次の出番に備えてもらわなくちゃ」 「うまく行きますかね」 ロボットの頭を撫でたぐるぐの様子を伺いながら桐は呟いた。 「うまく、行くと思うよ」 ね?と笑った文に桐は頷く。うまく行く――いや、うまく行くようにする。それが彼らの出来ることだから。 ぐるぐの手から引き渡されたロボットを手に鬼崩が店から出ていく。 杏樹の感情探査で子供たちが近くに居ることに気づきリベリスタ達はその身を隠した。 「あれ?ロボは?」 「いないぞ?」 子供たちの声が聞こえる。ふと通りかかったトラックに子供たちは顔を青くした。 轢かれる、そう頭に浮かんだ子供達がきゅっと目を閉じる。 停止するトラック、運転手はウラジミールだ。子供たちの無事を確認して、彼は其のまま走り去る。 「…ロボ?」 子供達が目を開けたら、目の前にロボットが居た。壊れかけのロボット。 カクン、カクンと首を揺らし、その場に立っているロボットからは小さな声とも取れない様な音が響き、子供たちは目を丸くする。 「わあ、すごい!このロボが守ってくれたんだね?」 危なかったね、と笑ったぐるぐがロボを応急処置し子供へと手渡す。 泣き出しそうな小さな少年に手を振って、少女は走り去った。 一方店内では後片付けをするエリスが外で起こった一連の流れを見つめ、ほっと胸を撫でおろした。 外では泣きながらも、ロボットを抱きしめて笑う子供たちの姿が見える。 幻影を張り続けていた文もほっと一息吐いて外の様子を眺めた。 「よかったですね」 「……よかった」 店内の奥にあった裏口の扉から出れば安心だろう、エリスは振りかえりフランス人形を直していた雷音を見つめた。 「お疲れ様、君たちはロボットくん達が大事だったんだね」 ――たくさんのヒト、モノに愛されたロボット きっとしあわせだったのだろう、と雷音が笑う。可愛らしいドールの髪を撫でてドレスを整える。 座ったフランス人形がこてん、と首をかしげた。 「君たちもロボット君のフォローお疲れ様なのだ」 「素敵なお人形さん、お疲れ様」 にこりと笑った文に釣られて杏樹も笑う。 誰かの心に残っている、それはとっても素敵だと桐も笑った。 ――願いはかなうものだと信じています。 誰だって神様にはなれないけれど、誰だって万全な力を持ってるわけでもないけれど。 それでも小さなロボットの願い位、叶えて遣ってもいいのではないだろうか。 だから、笑って? 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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