●大事なもの 「らび」は白くてふわふわの兎だった。 大学に合格して上京した時も実家から連れて来て、ずっと一緒だった。 彼女が出来た時もその事は告げたはずだったし、どんなにらびを大事にしているかも解ってもらっていたと思っていた。 「―――もういい加減にして! らび、らび、らび……! あたしと兎、どっちが大事なのよ!」 そう叫んだ彼女に答えられなかった。 それがいけなかった。 彼女はヒステリックに物に当たり散らし、事もあろうことからびまで叩き付けてしまった。きゅっと小さく鳴いて、痙攣する小さな兎“らび”。 「! 知らないわよ、あんたがいけないの。あんたがハッキリしないから!」 許せなかった。その一瞬で許せなくなった。 この女も、無力な自分も。“人間”で居る事が嫌になる程に。 らびと一緒の獣になれたらいいのに。いや、一緒じゃだめだ。この女を引き裂いて、咬み砕けるのがいい。 そうしたら俺はずっとらびに餌を運ぶよ。外敵から守るんだ。ねえ、らび? 「ちょっと、何よ。どうしたって……ひっ!」 彼女の目の前で男は変わっていった。黒く、黒く、鋭く。ざわざわと体毛が覆い、“外敵”を引き裂く為の獣の身体へ。 逃げようとした彼女の足に激痛が走った。燃えるような痛みに声も出ない。振り返った光景に声も出ない。 「やあ、らび。おはよう。やっぱりらびは死んでなかったんだね。らびも強くなったのかな? じゃあ、とりあえずコレは、やっつけてしまおう。御馳走にしちゃおう」 息を止めた筈の小さな兎が足に喰い付いていた。今までおどおどと怯えていた男は打って変わって笑い始める。 口に含んだ足を骨ごとばりばりと咬み砕く兎に、肉食獣のように変容した男は、今まで彼女が聞いた事のない程優しい声色で告げた。 「そして、行こう。俺達だけの世界へ。俺はやっぱり、お前が一番なんだ」 ●逃避行 「私と仕事、どっちが大事なの」 集まったリベリスタ達に開口一番告げたのは、抑揚も無ければ有難味も無い『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の唐突な言葉。困惑するリベリスタ達。 「されると困る質問よね。今回は少し違って“私とペット、どっちが大事なの”という話」 男女の縺れだろう。それからどちらかが殺し、殺され、エリューションになってしまった。かと思えばそうではない。 モニターに映し出されたのは、白い兎を大事そうに抱えて走る一人の青年の姿。ヒト――では、無かった。その姿はいびつに歪み、中途半端な獣人のように、所々が体毛で覆われ、変容している。その顔は狼か犬か、肉食獣のようなもの。 「男の名前は佐宇マモル。兎の名前はらび。――さっきの質問の答え、彼はペットを取ったの」 それだけなら何の問題も無い。 しかし配られた資料を見るまでも無く、兎も男も化け物となっており、その姿は間違いなくエリューションであった。 「男は兎と一緒に生きる為に人を止めて――エリューション化が偶然だとしても、そう思い込んで、人のいないどこかに逃げ込むつもり」 エリューションでなければ、男の人生だ。それが幸せならば放っておいた事だったろう。だが、エリューションである以上、そうはいかない。その上、男はもう人を殺している。そして、これからも。何故なら。 「一応、暗闇に紛れながら何処かを目指しているようだけど、……兎は人の肉を食べるようになって、男は兎が食べきれなくても人を殺す。それはきっと、恨みね」 その対象は彼女に似た二十歳前後の女性ばかり。 兎は自分の命を奪った相手への。そして、男はそんな大事な兎を殺した相手への。エリューションとなり、くすんだ感情が全ての行動原理となってしまった。 「貴方達が対峙するのは、この場所。路地裏。……挟み撃ちにして強襲してもいいし、囮を立ててもいい。どっちにしろ獲物は路地の薄暗がりの中に生きたまま引きずり込こんで食べるのが、習性みたいだから」 彼らは餌も求めているけど、もっと求めているのは“二人だけで暮らす事”。 だから、手ごろな餌が居なければ男は無理に獲物を探さず、どこかに走り去ろうとするだろう。 その前に、彼らを止めて。逃避行も――もう許されない、その命も。イヴは静かに皆に告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月18日(水)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●恨むべき、おんなのにおい 薄暗い路地裏に生臭い息遣いが籠る。 獣のような男――マモルが白い兎を撫でている。何度も、何度も。そして言う。 「らび。もうすぐだ。きっと見つかるよ、俺達の住む場所が」 兎は応えない。ただぴすぴすと鼻を鳴らすだけ。前歯が異様に伸びていなければ、骨格が歪んでいなければ、ただの兎の仕草だった。マモルはそれでも愛おしげに一人話しかけ続ける。 「そうだ、お腹空いたろう。また探してくるよ。ここで待っててな」 優しく言えば兎を開放し、そうすれば兎は薄暗い路地裏に転がったゴミ箱の裏へとたっと駆ける。程無くすれば、マモル本人にも解らない程に隠れてしまった。 マモルは安心する。 そして、ぐんと通りへと視線を向けた。――低く、唸る。 人波がほとんど無い通りをマモルは不思議に思わない。 深夜であるが故当然と思ってもいた。だからあらかじめ『シスター』カルナ・ラレンティーナ(ID:BNE000562)が結界を張っていても、マモルは違和感を感じてはいなかった。 リベリスタ達は二手に分かれていた。マモルの隠れていた路地の先、十字路の側に3人、通りの方に4人と1人。中途半端な獣の風貌のマモルは別段鼻が利くでもなく、気配を殺している彼らに気が付かない。 通りに向かうマモルの背を、ユーキ・R・ブランド(ID:BNE003416)は鋭い視線で見遣る。 (一度目については、まだ事情があったと考える事も出来ますが。……これはもう、駄目ですね) そこに同情と言った類の感情は一切無かった。 『子煩悩パパ』高木・京一(ID:BNE003179)の隣で、マモルでは無く隠れた兎のらびを探るように頭に生えた耳を動かすのは『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(ID:BNE000964)。それは奇しくも同じ兎のものだった。長い耳に恥じず、その耳は微かな音も逃さずぴくぴくと動く。 (気持ちはわからなくもないけど……越えちゃいけない境界、越えちゃったからには見逃せない、かな) 兎の耳が少しだけ揺れる。兎であるらびはナカマみたいな感じがするけど、と、思った事を隠すように。 そして十字路と反対の通り側に身を潜めているのは、結界を張ったカルナと『Bloody Pain』日無瀬 刻(ID:BNE003435)、『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(ID:BNE003655)。その視線の先をスペード・オジェ・ルダノワ(ID:BNE003654)がマモルを罠に掛けようと、無防備に歩く。もう一人、『不視刀』大吟醸 鬼崩(ID:BNE001865)の姿が見当たらないのは、普段からの存在の無さでは無く、気配を断ち、陰に潜んでいる為。その為に、味方ですら鬼崩の姿が見えないで居た。 「私とそいつ、どっちが大事なのよ!」 不意に夜の静寂の中に金切り声が響いた。 スペードの作戦が始まった。マモルの行動原理になった、彼女の言葉をスペードは真似る。 獲物を探していたマモノが瞬時にスペードに向いた事を、陰に潜む鬼崩は見た。 携帯電話を手にする獲物は、その電話の向こうの誰かに襲撃を知られたり、そのまま警察へ連絡される恐れがあって、その為、人を襲いながら、騒ぎを起こしたくないと言う矛盾を抱えたマモルにとってその獲物は襲うか、襲わないか逡巡するものであった。だが、その言葉はマモルを釘付けにするには充分だったと言えよう。 酷く唸っている。苛々としている。 スペードは続けた。 「あなたがハッキリしないからいけないの!」 マモルが牙を剥き出しにした。 通りを歩くスペードが物音に気付き振り向いた時にはもう、マモルの腕は振り下ろされていた。 ●憎むべき、ひとのにおい 防御が叶わずくらくらとしながら路地の中に引きずり込まれるスペード。 獲物を刺す瞬間、マモルは周囲を見渡して警戒する。その警戒網に引っかからない様、リベリスタ達は、まだ待つ。 各自手に持つAFの通信機能を生かしながらマモルが油断する、らびが姿を現すその時を。 「ひっ……、助けて……」 怯えてみせるスペードの前、獣となった男は酷く優しく周囲に声をかけた。 「……らび。待ってな。この女、すぐ殺す」 そしてその声はすぐに変わる。憎悪へと。 「ああ、殺してやる! どっちが大事だと! お前なんかよりずっとずっと、らびの方が大事だ!」 全ての原因となった言葉に激昂したマモルはらびが出るよりも先に手を振り上げた。スペードに叫びながら、自分が既に殺した女へと叫んでいる。爪を振り降ろす。 それを見た鬼崩が一人駆けた。その身を割り込ませ、庇おうと意図してだがしかし、通り側から路地に入り、そのまま通りに背を向けていたマモルの爪の間に入る事は出来ない。 「!? 何だお前!?」 結果、悪戯にマモルに気付かれる結果を生んでしまった。お陰でさりげない動作でスペードはその爪を防御する事は出来たが、らびはまだ、出ていない。 「大吟醸さん……? らびはまだ動いてないよ、どうしよう」 兎の耳で音を探っていた綾兎が驚いた顔をする。らびが出てからとそのつもりでいたが、今出るか、出ないか、判断を迫られる。 「殺してやる、殺してやるよ! お前も、この女も!」 吼えるマモルは、獣になりきっていた。『らびを守る』『外敵から自分で守る』その中、その意図を組んでか、らびが動く様子は決してない。 「……仕方ないわね。出ましょう」 ふふっと楽しげに笑い刻がAFで決断を下した。囮作戦が崩れかけている以上、戦闘を開始しようという意見に、残りのリベリスタ達も同意する。 「ガァッ!」 マモルは既に爪を振るっていた。一撃を与えたスペードにではなく、割り込んで入ってきた女――鬼崩へと。その爪を鬼崩がナイフの刃で受けた時、ばらばらと路地に足音が響く。 マモルが顔を上げる。 通りから3人、十字路の側から3人、自分を挟むように武器を構えた奇妙な人間達が姿を見せた。 「何だ何だ、こいつの味方か? うっとおしいッ。どいつもこいつも、殺してやる!」 マモルが吼える。挟みこむような陣形で、各々がマモルへと迫った。 カルナはその翼で空に羽ばたき、綾兎は京一を背に庇いながら耳を澄ませ続ける。らびは、らびはどこに隠れているのか。 「趣味趣向は個々の方次第です。そこに口を挟む権利はないのでしょうが、人に害を為すのであれば討たねばなりません」 翼をもって空に舞い、魔力を高めながらカルナが言う。 「うるせえぞ、女ァァァ。降りて来いッ!」 最早マモルに言葉は通じない。憎々しげに怨嗟を吐きつける。 その様子を刻は一人、ひたすらに楽しげに見遣っていた。 「ふふ、自分の気持ちに正直なのは良い事だと思うわ」 その笑みに相応しい色を、黒く、黒く、闇を纏っていく。 「下らない女への思いよりも、その不細工なペットへの想いが上回っただけよね」 マモルはいっそ視線で殺しかねない鋭さで刻を見た。刻はただ居心地が良さそうに笑むばかり。 「くっ、……一旦下がります!」 「女ァ!」 二撃を受けていたスペードが、それに乗じて立ち上がりマモルに背を向ける。追いかけようとするマモルを、ユーキが漆黒をもって行く手を阻んだ。自らにもその反動を受けながら、その闇でマモルを包み込む。 「人を喰らう怪物ならば征伐するより他にありません。……お覚悟を」 「ぐ、ォ……!」 苦しい。血が噴き出る。熱い。寒い。痺れる。あらゆる苦痛が包み込み、マモルはその先に行く事が出来ない。 十字路の先へ走ったスペードを京一が支える。 「スペードさん、大丈夫ですか? 皆さんも、補佐は私に任せてください」 癒しの力は魔力を編むカルナに委ね、京一は味方のリベリスタ達へと小さな翼を加護として与えた。懐中電灯が照らす、薄暗くごみの散らかる路地裏の中、足を取られないよう。次の手も、マモルの一撃を和らげるものを狙う。あくまで支援の立ち位置を担った京一は、印を組み始めた。 最後手でランスを突き付けたのはカルラ。その瞳も声も、いっそ一切の冷やかさをもっていて。 「知ってるか? 絆で支え合うのと、依存するのは違うんだぜ」 マモルは笑い飛ばす。 「らびと俺は愛し合ってんだよ、だから俺はオオカミになれたんだよォッ!」 らびはまだ隠れている。エリューションとなったらびが今、マモルをどう思っているのか、意識があるのかは解らない。 もっとも、物言わぬ兎であるらびが生前、マモルをどう思っていたかすら、人間は知る事は出来ないが。 だからカルラは苦笑をもってその言葉を一蹴した。 「兎はかわいいよな。人と違って口答えしない。人に何も言えないヤツでも付き合える」 獣となったマモルが、再び吼えた。 ●すべてをうらむ、オオカミのにおい 綾兎の耳がピクリと動いた。微かな音を聞きつけたのだ。 「らびが動いたよ。そっち……いや、こっちだ!」 足音が近い。すかさず京一を庇おうとする綾兎だったが、姿を現したらびは京一に向かなかった。 「きゃあっ」 「スペードさん!」 元々餌として引きずり込んだスペードへ、その前歯を突き立てる。瞬間に走る痺れがスペードを襲う。 「大丈夫、癒します!」 すかさずカルナが柔らかい息吹で全員ごと包み込む。優先すべきはその身体に巡る麻痺。だが、同時にスペードが負った傷をも癒していく。 「そこに居りましたの、ですね」 鬼崩がゆるりと着物を翻してらびに糸を放つ。ぎりぎりと締める糸にらびはキッと小さな声を上げる。――マモルが再び吼える。我が身に掛かったあらゆる苦痛を振りほどいて、その腕に喰らい付いた。 前後からマモルを抑え込む刻、カルラ、ユーキの隙間を縫って突き出された鼻面に三人は小さく舌打ちをする。 「本当、正直な人ね。不細工なんて言った私を袖にしちゃうくらい、真っ直ぐな事」 「らびが一番なんだ。俺はもう迷わないんだ。らびを守らなきゃあ――!」 最早人では無い、生臭い息を吐きながらマモルが言う。 「それで、静かに暮らすおつもりですか?」 ユーキが再びあらゆる痛みを生み出す闇をマモルへ喰らわす。グヌ、と唸りながら食い荒らす様に牙を打ち鳴らすマモル。 「戯けた事を」 人を止めたその牙で人を喰らい、恨みのまま女性を殺して廻る存在と墜ちたマモルを同情する者は殆ど居ない。 ただ、未だ傷の癒えぬスペードを見遣りながら守護を展開する京一は宿す想いが少しだけ違っていた。 ただ一つの事がお互いにとってずれていたために生じた悲劇。負が極まって連鎖を起こす。 彼らもまた運命の犠牲者かもしれないと瞳を伏せる。 ただ、それでも、マモルとらびを逃がす事は出来ない。 これから起きる事を防がないとならないからと、京一は再び瞳を開け、前を見据えた。 一撃を繰り出すカルラのランスは、獣となったマモルの血を吸って赤く染まる。 「薄っぺらいなぁ、お前の爪も、牙も!!」 刺し貫かれて尚、マモルは唸っていた。 ―――らびを、らびを守らなければ。 ―――こいつらを、殺さなければ。 ―――だから、負けない。 ガァオオンと吼えたマモルは、最後の理性を焼き切った。 カルナは再び息吹で味方を包み込んだ。 マモルの爪も、牙も、らびの前歯も全てが有する、身体へ巡る負荷を何度でも消してしまう。 らびは執拗に隠れては姿を現した。 鬼崩が視線で追いかけるが、マモルに隠れるように隙をついては身を潜めてしまう。ただそれでも、綾兎がその微かな音を拾っては声を張った。 マモルは一人爪牙を振るい続ける。 らびを守る為と言いながら、ただ一人。 しかし咬み砕いても引き裂いても、その傷は癒されてしまう。おまけに、戦線に、餌にしようとした女――スペードが復帰した。らびを嘲笑う女――刻は傷をつけると下がってしまう。 マモルの的は定まっていない。 そんなマモルの命を着実に奪いながら、カルラは言う。 「力を得たから殺したんだろ?」 ギジリと喰い込むランスにマモルは醜悪な息をぜえと吐き出す。最早人間の言葉すら見当たらない。 「自分より弱いヤツしか踏みつけられないんだよなぁ!」 「ゴォオオアアアアア!!」 目前に見えた『死』に抗うようにマモルが飛び掛かる。目の前にいる刻への最後の攻撃。それすら一身に受ける事を想定して挑発する言葉を叩き続けていた刻は、にぃと妖艶に微笑んだ。 「ふふ、それじゃあ、おやすみなさい?」 「――!!」 噛みついた事で動きを止めたマモルを真黒の暗黒が包み込んだ。その背後、切っ先の欠けた剣であるCortanaを手にしたスペードが放っていた。 「願わくば――」 行った先で、一人と一羽が出会えますように。せめて祈られたその一撃で、マモルは遂に膝を折った。そのままボロ雑巾のように地面に倒れ伏す。らび、と、最期に呼んだのは兎の名前。 「―――らびは!?」 「出て、きた……!」 即座に京一が問えば、綾兎はばっと目の前を指差した。 らびが居た。アンデッドであり、エリューションである兎が何を思うのかは解らない。だが、最期の刹那、オオカミとなったマモルに触れていた気がした。 「出てきましたね。そこの怪物同様、貴方も人を喰う怪物。地獄で千度悔いるといいでしょう」 そして、マモルにされたのと同様にあらゆる痛みを生み出すユーキの霧に包まれるらび。びりびりと反動を受けながらも、それをユーキは一切気にかけない。 攻撃の手に回った京一の鴉をも飛来し、綾兎も遂に反撃に回った。 同じ長い兎の耳を持つ綾兎は逃げ道を塞ぐようにらびの前に立ち塞がった。両の手に構えたImitation judgementという名のナイフと、柊還という名の短剣。それが一撃、二撃で終わらず振り下ろされる。 「……人を喰らえば相応の報いを受けるんだよ? せめて一緒に眠らせてあげる」 マモルの陰に守られ続けていたらびは、マモル程屈強ではなかった。優しく言葉をかけてくれた綾兎を突き飛ばして道を開けたも、後ろに控える鬼崩がその身を素早く絡め取る。痺れたらびの身体は走り出す事が出来ない。 「これでお前も、逃げられねぇよ」 カルラがマモルと同様にらびを貫くのを、カルナは羽ばたきながら見ていた。 マモルが振るった爪牙も、放つ闇の反動も、全てを癒し続けていたカルナの吐息はまるで歌うようでもあった。 最後の最後までそれは鎮魂歌のように響く。 らびもまた、地に倒れ伏すまで―――。 ●それでは二人で、さようなら 深夜帯と言う事もあり、人目は少ない。無理に自分たちの手で何とかせずとも、アークに連絡すれば、その後の処置はしてくれるだろう。 せめて少しだけ、マモルは元より、らびもまた路地裏の隅へと置かれた。 「彼女を優先して欲しかったなあ……とは、思ってしまうのですけどね」 カルナが小さく言えば、スペードはゆるゆると言葉を繋げた。 「大切なものを天秤にかけることは難しいですね。けれど、どちらも同じくらい愛することもできたのではないでしょうか」 その言葉をカルラはハっと肩を竦めて笑い飛ばす。 「私と仕事が、なんて聞いてくる女自体願い下げだし。それにも増して、自分のスタンスすらはっきり示せない野郎とか」 マモルの姿はオオカミに似ている。けれど、どこまでも半端だった。 ただ見下すだけではないカルラの言葉は、もう届かないマモルへかけられた。 「半端に獣になった程度じゃ人は変わらねぇんだよ」 それだけ言えばカルラは誰より先にひらりと手を振り踵を返した。仕事終了とばかりにユーキもそれに続く。 紫の髪を掻き揚げて亡骸を見遣る刻は、この結末に酷薄とも取れる笑みを浮かべ続けていた。ただ一人、この戦いを楽しんだように。 京一はその場でそっと黙祷した。顔を上げれば、カルナもスペードも綾兎もが帰ろうと告げる。京一がそれに頷いて、ふと、一人足りない事に気が付いた。 「あれ、大吟醸さんは……?」 影のように現れては、再び影のように消えて行った仲間の一人に、綾兎は最後もう一度耳をぴくりと動かして、そう呟いたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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