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<相模の蝮>キケンタチイリキンシ

●とある場所

「蝮原」
「……はっ」
 名を呼ばれ、蝮原咬兵は頭を垂れた。と同時に、周囲から幾つもの視線が突き刺さるようにして自らに降って来る。
 思わずため息を吐き出したくなるのを堪え、咬兵は我慢強く眼前の男の次の言葉を待つ。
 だが、辛抱強く待った後に伝えられたのは、彼にとって有難くない言葉だった。
「こちらの言いたい事は分かっているな? 先にも言った通り、お前には例の作戦の指揮を頼みたい」
(……『頼む』、ね)
 蝮原は心中で苦笑する。その『頼み』が、あくまでも命令の仮面を被った単語である事を、彼はよく知っていた。
「もちろん御意に」
 それでも蝮原は頭をより深く下げ、承諾の言葉を口にした。
 自分にはそうするしか道が無いのだということを、彼自身が一番よく分かっていたのだ。



「若頭」
 部下に呼ばれ、咬兵は閉じていた瞼を開いた。どうやらいつの間にか沈思に耽っていたらしい。苦笑しつつも振り返り、「なんだ」と応じる。
「若頭に言われた通り、乗員乗客を全員一箇所に集めましたぜ」
「そうか……分かった、ご苦労だったな」
 その優秀な部下を労う言葉をかけ、咬兵はそのまま先に立って歩き出した。後ろから、少し慌てた様子で当の部下がついて来る。
「しかし、若頭。ちょっと訊きたいんですが……」
「何だ」
 部下の問いに振り返らずに応じる咬兵。
「何というか、今回の作戦……若頭っぽく無いんじゃねぇかと」
「効率の問題だ。流儀と効果を天秤にかける事もある」
 言いつつ大股で甲板を横切った咬兵は、そのまま短い階段を降りて小さなホールへと出る。
 普段であれば、そこはこの客船に乗船した人々がパーティを催すような場所ではある。しかし今その奥にいるのは、人質とされた一般市民と乗員、合わせて数十名ほどの恐怖に縮こまった姿だけだ。やって来た咬兵を怯えた目で見つめている。
 咬兵は唇の端から息を吐き出してその様子を見つめた後、なるべく安心させられるような声音で語りかけた。
「皆さん、私達は貴方達に危害を加える事が目的ではありません。大人しくして頂いていれば、一切傷つける事無く陸にお戻しします。
 私達はこの後、数時間に渡ってこの船を占拠しますが、どうぞそれまで我慢をお願い致します」
 落ち着いた声音でそう言うも、人質である人々の表情から恐怖が取り除かれることは無かった。咬兵は当然か、と肩をすくめつつ、諦めて踵を返す。
 甲板への階段を再び登ったところで、警備をしていた五人の部下達が集まってきた。皆、複雑な視線を咬兵に向けてくる。
「……大丈夫、ですかい?」
 長年付き合いのある部下が、心配そうにこちらを見上げ問いかけてくる。返事をせず、鬱屈した吐息を漏らした咬兵は、懐から煙草を取り出し口にくわえた。
 咬兵が黙っていると、今度は別の部下が責めるような声音で言い立てる。
「流儀じゃねぇ。気乗りもしねぇ。それで『相模の蝮』がつまらねぇ話を引き受けるなんて馬鹿な事を――」
「そりゃ確かに気に入らんさ」
 部下の言葉尻を遮るようにして吐き捨てた咬兵は、ゆっくりと煙草に火をつけた。煙がくゆる中、憤慨する部下達を見つめて言う。
「この話自体も気に入らんし、余所者が絡んでりゃ尚更だ。だが……俺にはお前達とお嬢が居る」
 そう言われてしまえば、部下に返す言葉は無かった。沈黙し、沈んだ空気の中に咬兵の吐き出した煙だけが舞って行く。
 しかし、その沈黙を振り払うかのように、咬兵は闊達に笑った。
「ま、何かありゃ俺が責任を被るさ。お前らは心配せず、俺の指示に従っていてくれ。分かったな」


●アーク内
「太平洋上で、フィクサードが一隻の客船を占拠する光景がカレイド・システムで見えたわ」
 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前にして、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)はいつも通り依頼の内容を口にしようとした。
 しかし、そこまで言ったイヴの台詞は、しばらく待っても続けられる事は無かった。どうやら困惑しているらしいイヴをリベリスタの一人が促し、ようやく頷いた彼女は口を開いた。
「この事件を起こしたのは、蝮原咬兵――関東仁蝮組、いわゆるヤクザのトップの人。44歳だったかな……強くて有名なフィクサードだけど、これまで無関係な誰かを傷つけたりとか、派手な動きをしたことは無かった。
 ……何か、裏がある気がする」
 しかし、いくらカレイド・システムを用いても、人の心までは見通すことなど出来ない。イヴはゆるくかぶりを振った後、戸惑いつつも、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「これは私の予測で、もしかしたら、だけど――この事件、一連のフィクサードの蜂起と関係があるのかもしれない。それに蝮原咬兵っていう人は、理性的な人だって聞くし、もしかしたら話が通じるかもしれない。
 だから、出来ればでいいから……客船を奪還しにいった時、この事件について、何か情報をもらってきて欲しいの」
 けど、無理はしないでとイヴはすぐに言葉を繋いだ。
「蝮原咬兵はとっても強い。……恐らく、みんなよりも圧倒的に。情報は本当に『出来たら』でいいから、まずはみんなの無事の帰還と、客船にいる人質たちの無事を最優先にして」
 そして、リベリスタ達は海上へ向かう。


●再び船上
「南東方向より船影確認」
 部下の一人が双眼鏡を手に呟くと、蝮原咬兵は唇の端を引いて小さく笑った。
「来たな」
 咬兵もそちらへ視線を向けると、みるみるうちに一隻の高速船が接近してくるのが分かった。船体には控えめに、だがしっかりと『ARK』の文字が入れられている。
 咬兵は急ぎ足で操舵室へと向かい、そこで待機していた部下に甲板へ出るよう命じる。
 そしてリベリスタを乗せた船がやがて射程圏内に入ると同時、無造作に放置されていた船内放送用集音器を引ったくり、叫んだ。

「『アーク』の船が接近してきた。関東仁蝮組の全員は手筈通り、手加減することなくこれを迎撃しろ。人質を保護しているイワイは動くな。
 繰り返す、手加減はするな! 全力で相手をしてやれ!」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:水境  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2011年05月28日(土)01:58
水境です。まずは長いOPを読んでいただきありがとうございます。
当シナリオは、いつもの三倍くらい判定が厳しくなる予定ですので、その点ご了承ください。


●任務達成条件
 客船の奪還

●戦場
 太平洋上。占拠されている客船とアークの船のほかには何もありません。
 今回は、アークが手配した高速船(操舵士や機関士はアークの人員が手配されています)の上、甲板での戦闘となります。船の揺れや天候などによるマイナス補正等はありません。
 戦場となる甲板の広さは40m×40m(アーク側の船の甲板・客船側の船の甲板合わせて)ほどです。
 客船側の人質は、フィクサード側が保護してくれているので、全体を通して鑑みなくてOKです。

【1~3ターン】 戦闘開始後、3ターンまでは相手船に遠距離攻撃しか届きません。この間にパワーアップスキル行使その他を行うことも出来ますが、相手からも遠距離攻撃が届けられる場合があります。

【4ターン目以後】 接船して相手客船に乗り込み、直接対決を挑みます。

●フィクサード
 蝮原咬兵を含む以下の6人。全員強力なフィクサードで、『アークのリベリスタが知らないスキルを使います』。

 蝮原咬兵:ビーストハーフ(蛇)。非常に強力なフィクサードで、二丁拳銃を持っています。
 岩井:ジーニアス。咬兵の部下。3ターン目までは人質の保護のため待機していますが、4ターン目から戦闘に参加します。
 河口:ジーニアス。咬兵の部下。
 山田:ジーニアス。咬兵の部下。
 松川:ジーニアス。咬兵の部下。
 伊東:ジーニアス。咬兵の部下。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
源 カイ(BNE000446)
ナイトクリーク
アッサムード・アールグ(BNE000580)
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
ソードミラージュ
富永・喜平(BNE000939)
プロアデプト
吉岡 邪気(BNE001168)
ナイトクリーク
アルカナ・ネーティア(BNE001393)
ナイトクリーク
クリス・ハーシェル(BNE001882)
マグメイガス
間宵火・香雅李(BNE002096)
■サポート参加者 4人■
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
覇界闘士
アナスタシア・カシミィル(BNE000102)
マグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ソードミラージュ
仁科 孝平(BNE000933)


●船
 リベリスタ達を乗せた高速船は、波飛沫を上げつつ蝮原咬兵の待つ客船へと滑るように海上を走って行く。
 しかし、射程圏内に入っても未だあちらからの攻撃は無い。眉根を寄せつつエネミースキャンを終えた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は、視線を集めてくる仲間達に向かい、ゆるく首を振った。
「駄目。……上手く探れなかったわ」
 スキャンにて敵能力の分析を行いたかったリベリスタ達ではあったが、どうも相手の能力が高い故か――もしくは単に、彼らが自分達の知らない能力を持っているが故か――その能力の全容を把握する事は出来なかった。
 悲しげに俯く恵梨香に『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)は明るい笑みを見せ、携えたチャクラムを両手で構える。
「仕方が無いのじゃ。今は出来る事をやらないとのぅ」
「ええ」
 源 カイ(BNE000446)も応じて頷き、その手の中でスローイングダガーを躍らせた。
「相手の使用する技が分からなくても、やる事は一緒ですから」
「そうじゃのう。……これは直感じゃが、奴らを野放しにしておくと悪い事が起こる予感もするしの」
「ええ、出来れば事件の裏も探りたい所ですね」
 そう言葉を交わし合ったアルカナとカイは、視線だけで頷き合うと、接近してくる敵船へと向き直った。客船の甲板には五人の男が並び立ち、その背後からはもう一人、巨躯の男が歩いて来るのが見える。
 二人はチャクラムとダガーを放つ。チャクラムは左端の男の脇に逸れるが、カイのダガーはその男の腕を貫いていた。
「確かに、何か理由があるのかもしれないな……」
「蝮原の経歴には悪党なりに矜持も見えたしな」
 こちらは『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)と『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939)。ほぼ同時に意思を持つ影を呼び出した二人は、すぐさま暴れ出そうとするそれを抑え、視線を交錯させる。
「ちょっと、そこ退いて!」
 不意に背後から声がかかる。クリスと喜平が振り向けば、高速船上の遮蔽物の影に隠れた『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)がチェインライトニングの印を切っている。慌てて二人がその場を引くと、彼女が敵船に向かって荒れ狂う雷を放った。
 しかし攻撃をする際にのみ顔を出す、という戦闘方法では、命中率が如何ともしがたく犠牲になる。現に放たれた閃光のような雷は、相手の男達にかすり傷を負わせた程度。杏はガラス窓からそちらを覗き見、心中で毒づく。
「焦るなよ」
 背後に潜む杏に向けて『通りの翁』アッサムード・アールグ(BNE000580)が声をかけた。全身の反応速度を上げるため、その場で蹲っている彼――の傍らで、間宵火・香雅李(BNE002096)が唇をかみ締めていた。
「……もう少し連携を取っておけば良かったわ……」
 悔しそうに呟く彼女。香雅李が嘆いているのは船のライト。自分達の乗船している船のライトを敵方に向け、目晦ましを行おうと思っていたのだ。だが結局、操舵士に声をかける者も実行する者もいなかった。仕方ない、と口腔で呟きつつ体内の魔力を活性化している香雅李の横に、ふと一人の男の影が立った。
「共に戦地へと運ばれる仲間と呼ぶには早計過ぎる者達は、銘々の方法で恐怖を噛み殺そうとしている。それでも死地へ赴く理由があるのだろう……」
「……?」
 香雅李がふと顔を上げると、そこには同行した仲間の一人である『特異点の少年』吉岡 邪気(BNE001168)。彼はなぜか自身の片目を押さえつつやや後退りし、遮蔽物の影へと向かいながら何やら呟いている。
「俺の関知する所ではない……、足を引っ張らなければの話だが……」
「……邪気、くん?」
「皮膚を削り取られるような威圧感……。俺は射線上に遮蔽物を作り、意識を集中させる。脳内を隈無く駆けるパルス……」
(ああ、コンセントレーションを使っているんだね)
 とりあえず、香雅李はそう考えて納得した。

「若頭、そろそろ行きますぜ」
「ああ。手加減するなよ」
 客船の甲板に並び立つ四人の男達は、リベリスタ達の攻撃を受けつつその様子を観察していた。やがて相手の戦力と前衛・後衛の把握を大まかにだが確認したのだろう、背後で二丁拳銃を構える咬兵に向かって尋ねると、気の良い返事が返ってきた。
「んじゃ、やるか」
「仁義上等、ってな」
 部下の一人が自身の胸を軽く拳で叩くと、彼らは一様に頷き合い、そして手にした銃口をリベリスタ達のいる方角へと向けた。

●戦
 ぱらぱらぱらっ、と響き渡る軽やかな音。と共に銃弾が雨のように降ってくる。フィクサード側からの攻撃だ。
 リベリスタ達は身構え防ごうとするが、その一弾一弾の強さは激しく重い。
「あぐっ!」
「ああっ!」
「喜平さん! アルカナさん!」
 頭部を撃たれた喜平と胸を的確に射抜かれたアルカナがその場に蹲る。カイが気遣い声をかけると、二人は大丈夫だと息を切らしつつ立ち上がった。
「大丈夫じゃ……こちらも行くぞ!」
「――はい!」
 言いつつ再度左端の男に向けてダガーとチャクラムを放つ。が、どうしても磨き抜かれた技術とは異なり、武器を使用するだけの攻撃は命中率に劣る。これもあっさり弾かれ、カイは歯噛みする。
「アルカナ、喜平、大丈夫か」
 と、そこでクリスの歌が仲間達を包んで行く。柔らかな光に全身を包まれた喜平が礼を口にするが、けれど受けた三発の銃弾のダメージが消えた訳では無かった。
「っ……食らえ!」
 歯を食いしばりつつ跳躍した喜平のソードエアリアル。ショットガンから放たれた弾丸は不可思議な軌道を辿り、同じく左端の男へと接近する――命中!
 当の男が混乱したように銃口を下ろすのを見て、喜平は胸を撫で下ろす。
「負けていられないわね」
「ボクも頑張るよ! 困っている人を早く助けなくちゃ」
 杏が、香雅李が魔力を込め、敵方を攻撃する。
「徒、唯」
 ただ唯一、邪気の1$シュートだけは相模の蝮こと咬兵を狙ったものとなった。頭部を狙ったそれは咬兵の頬を掠める。
「アルカナ、援護する」
 アッサームドが銃弾を受けたアルカナの前に立つ。とほぼ同時に、再度敵船からの弾丸が嵐のようにリベリスタ達に降り注いだ。

 防御し、応戦している内、敵船と高速船の距離はみるみる縮まって行く。邪気が再度1$シュートを放ったところで互いの甲板がかち合い、振動がリベリスタ達を、フィクサード達を襲う。
「行くのじゃ!」
「はい、お互い気をつけましょう!」
 最初に飛び出したのはアルカナとカイだ。アルカナは翼を羽ばたかせ、カイは彼女および自分にオートキュアーをかけ終えると後を追う。
 二人がまっすぐに向かうのは、フィクサード達の頭、蝮原咬兵。
 二丁拳銃を携える男に向かい、アルカナは空を駆けつつ指を突きつける。
「そこのボスっぽいの! 覚悟なのじゃ!」
「足止めさせて貰います!」
 そして二人の後から咬兵へと接近するのは邪気だ。高速船上から斬馬刀をぴしりと咬兵に向けると、高らかに言い放つ。
「名乗り遅れたが……俺の名は吉岡邪気! 貴様をとこしえの闇に葬るモノだ。恨みは無いが、宿願のためここで果てて貰おう……」
 三人の口上に咬兵は唇の両端を引き、その銃口を向ける。
「来い。ヒヨっ子共」

 そしてまた、喜平も咬兵を狙うため敵船に飛び移っていた。遮蔽物を利用し背後を狙う。
(まあ、気配は消せないけどね……)
 彼は既にシャドウサーヴァントを使用した上で、目に見える形で戦闘行為を行っている。気配はどうにでも出来るかもしれないが、殺気だけは消せない。咬兵にはあっさり自分の居場所が知られている可能性が高い。
(それでも何もしないよりは)
 そう結論付け、彼は早足で手すりの影へと走った。

 そしてクリス、杏、アッサームド、香雅李は、目の前に立つ四人の男達、そして奥から駆けて来たもう一人の男――咬兵の部下を相手取る。
 しかしスローイングダガーを構えるクリスのこめかみに、一筋の汗が伝うのが分かった。敵は皆熟練の使い手。けれど、こちらで前衛を務めるのはアッサームドだけ。自分も杏も香雅李も皆、後衛だ。
 一応、恵梨香が攻撃補助に入ってくれており、『Gimmick Knife』霧島 俊介(BNE000082)が『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)に、香雅李が『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)に庇われる形の陣営を作ってはいるが、彼らは皆、味方を庇っている間は攻撃の手を休めなくてはならない。そしてまた彼らが攻撃を行えば、物理的な攻撃に弱い後衛を範囲攻撃等に晒すことになる。
 けれどクリスは己を奮い立たせ、バックステップで下がる。男達が船縁に居座っているので、遠距離を稼ごうとすると乗ってきた高速船上を下がるしか術がない。
「食らえっ……!」
 そしてスローイングダガーを放つ。喜平のソードエアリアルを受けて混乱状態だった部下の一人が、けれど我を取り戻したのだろうか、あっさりクリスの武器を弾く。
 男はかすかに笑った。
「こっちの船でお前たちの攻撃を受けてたけどよ、なかなか腕がいいな」
「本当だぜ。……真正面から撃ってたらもっと当たってたぜ? 姉ちゃん」
 言ったのはその隣の男。彼はひょいと高速船に乗り移ってくると、遮蔽物に隠れ魔力を活性化している杏に笑いかける。と次の瞬間、構えた銃のトリガーを引いた。
「――ヘッドショットキル」
 鋭く放たれた不可視の弾丸に杏は目を見開く。次の瞬間、
「ああっ!」
 頭部を撃たれ、悲鳴を上げる杏。
「杏!」
 アッサームドが叫ぶが、彼と恵梨香の前に立つのは二人の男。
「おっと。こっちはこっちで仲良くしようぜ?」
 移動を遮られ、銃口を向けられたアッサームドはクローを構える。日光に当たり、きらりと光るその輝きだけが彼を落ち着かせた。
 だが、手練れの男達を相手にどこまでやれるかは定かではない。傍らで、もう一人の男が孝平に向かって例の不可視の弾丸を放つのを、ただ横目で見ている事しか出来なかった。

●決
「す、少しタイムじゃ……」
 アルカナが翼をはためかせ背後に下がるのを横目で見つつ、カイは何度目ともなるギャロッププレイの準備を再開した。
 事前にイヴから聞いていた通り、蝮原咬兵は圧倒的な強さだった。
 先ほどから幾度もアルカナと共にギャロッププレイを放ち、麻痺させる事を試みてはいるものの、まるで効果のある様子は無い。彼の意志力が特筆すべきものなのかもしれない――それが果たして技によるものなのか、生来のものなのかは判別がつかないが。
 だが、それ以上に圧倒されるのは彼の攻撃力だ。荒れ狂う大蛇のように近接範囲を薙ぎ払う大技――『暴れ大蛇』――は、周囲を囲むカイ達を叩きのめした。背後からクリスと俊介の癒しの歌が響いてくるものの、それをしのぐ程のダメージを与えられている。
「流儀を失ったらもう極道じゃない、外道だ……!」
 散発的にソードエアリアルで攻撃し、そう叫ぶ喜平もまた、まるで鉄壁に攻撃を打ち込んでいるような錯覚に陥っていた。邪気は既に倒れ伏し、動かない。
 ただ、咬兵もまた無傷ではなかった。リベリスタ達の攻撃も幾度か外れはしたが、幾度かは命中している。また『暴れ大蛇』は自身への反動もあるらしく、先ほどから幾度も腕をさすり、自身の肩を庇うような素振りも見せている。
 その様子を見据えつつ、カイは口を開いた。
「……貴方は、何の目的でこんな事を……。無秩序に無関係な一般人を脅かすのが貴方のやり方なのですか?」
 丁寧だが、非難の含まれたその声音に咬兵は目を眇める。
「……坊主、世の中には仕方の無い事ってのがあるんだ」
「仕方の無いこととはなんじゃ!?」
 と、そこで背後から癒しの息で自身を治癒したアルカナが飛び出し、口を挟んだ。
「そなたらの目的は一体何なのじゃ!」
「……ただの偵察さ。上から命じられてやっているだけで、それ以上でも以下でもねぇよ」
「上?」
 喜平が眉根を寄せる。短い――それも殺伐とした付き合いにしか過ぎないが、蝮原という男はそう余計な軽口を叩く方ではないという事は分かる。意外な事に問いに存外まともな答えが返ってきた事を彼は訝んだ。
「上とは何だよ?」
「……さあな」
 鬱屈した吐息を唇の端から漏らした咬兵は、そのまま両手の拳銃を強く握り締める。その様子を見たアルカナが、まるで縋るように声をかけた。
「――お主、何か無理をしているのではないか?」
「黙れ」
 アルカナの言葉尻に覆い被さるように、鋭く言葉を発した咬兵は、深い懊悩を抱えた眼光と銃口を彼女に向けた。
 そして、僅かに逡巡するようにした彼は何か特別な意味を含ませたような調子で、言う。
「……いいか。この戦闘はもうすぐ終わる。だが、それで終わりじゃない。そこから始まるんだ。――覚悟しておけ」
 言って、放たれた断罪の弾丸『ギルティドライブ』は――
 傷を治癒したばかりのアルカナの意識を、一瞬で闇へと沈めた。

 高速船上。
 杏は自身の身体から現出した光が、傷を癒すと同時に命を燃やしていくのを感じた。フェイトが己の意識に力を与え、思わず唇の端から息を吐き出すと、ついと眼前に佇む男に視線を据える。
「で? アタシ達をこれからどうするつもり?」
 飄々と肩を竦めつつ言ってみるものの、余裕は無い。視界の隅では、二人がかりで弾丸を打ち込まれたアッサムードが倒れているのが確認できる。彼も仲間を庇おうと最後まで全力で戦っていたが、やはり手練れ二人の前では成す術も無かった。その手前には恵梨香が倒れている。その他の者の安否は、杏の位置からでは分からない。
 唇の端を歪め、自身を狙ってしつこく弾丸を撃ち込んでくる眼前の男を睨みつけると、彼は肩をすくめた。
「どうもしねぇさ。俺達の目的はあんた達を倒す事じゃねぇから」
「……どういう事よ」
 男の言葉に杏は眉根を寄せる。彼女の眇められた瞳に睨まれ、怖気づいた――という訳でもないのだろうが、男は視線を逸らした。
「どうもこうも、そのまんまの意味。――さて、そろそろ集合かな」
 言いつつ踵を返そうとする男。杏は「待ちなさい」と声をかけようとするが、肩越しに振り返られた男の鋭い眼光に射抜かれ、立ち尽くす。
「もう勝負はついてるだろ。あんた、いい女なんだから無茶して身体に傷つけたら勿体無いぜ」
 それだけ言うと、男は「じゃあな」と軽やかに手を振り去って行った。杏は唇をかみ締めつつ、その背を見送る。

 傷つき、限界だと叫ぶ身体を無理やりフェイトで叩き起こす。息を切らして立ち上がった香雅李とクリスは、しかし眼前に佇む三人の男達に銃口を向けられ動きを止めた。
 男達は五人。こちらは俊介と彼を庇うアナスタシア、そして香雅李を庇って倒れて行った孝平を除き、戦闘に参加していたのはアッサームドと恵梨香、杏とクリス、それから香雅李だけ。そのほとんどが前述した通り物理的な攻撃に弱い。
 男達五人のうち、一人は杏を追いかけ執拗に弾丸を撃ち込んでいた。そして居残った四人のうち、それでもリベリスタ達は何とか一人を倒す事には成功している。
 だが――残った三人は、アッサームドと恵梨香、更にはフェイトを使って起き上がって来た孝平すら退けた後、香雅李とクリスに弾丸を叩き込み続け――けれど、二人がフェイトを使って立ち上がったのを見て、銃口を突きつけたまま軽く口笛を吹いた。
「ガッツあるぜ」
「……お褒めの言葉、どうも。でも褒めてくれるよりは、どうしてこんな騒ぎを起こしたのか……教えて欲しいな」
「別に。俺たちは偵察をしているだけさ。そういうのはガラじゃねぇけどな、俺らも若頭も」
 肩を抑えつつ香雅李が言うと、男が肩を竦め応じる。傍らのクリスも息を切らしつつ口を開いた。
「カレイドシステムでは、お前たちが乗客を傷つける未来は見えなかった。……これはアークを誘き寄せるためにやっているんじゃないか?」
 二人の言葉に三人の男達は顔を見合わせ、複雑な視線を交わす。
「……『カレイドシステム』ね」
「カレイドシステムがどうかしたの?」
 香雅李の言葉に、中央の男が口ごもった後、やや戸惑いがちに言葉を継ぐ。
「あんた達の厄介さの正体が『それ』か。けど、これでハッキリした。あんた達の行動を支配しているその――カレイドシステムの精度は――」
「河口」
 不意に、男の台詞を背後からのバリトンが遮った。男達が振り返り、クリスと香雅李の二人が仰ぎ見れば、男達の向こう――客船の船縁に、蝮原咬兵の姿を見て取る事が出来た。
 彼の姿を見た途端、男達の気がわずかに緩んだ気がした。
「若頭」
「そろそろ行くぜ。目的は達した」
「了解ですぜ」
 二つ返事で頷いた三人の男は、倒れた仲間に肩を貸しつつ客船の方へと散って行く。
「うわっ、若頭。派手にやられましたね」
「うるせぇ、これは反動だ。お前達の方こそなかなか傷だらけだぜ」
 そんな会話が交わされるのを聞いていると、咬兵たちの背後から傷だらけのカイとアルカナ、それから邪気に肩を貸した喜平がこちらに歩いて来るのを確認し、息を詰める。
「カイさん、みんな……!」
「ホラ、歩けるうちにそっちに戻れ」
 咬兵が三人の背中を促すように声をかけている。
「これ以上戦っても無駄だ」
 その言葉に、クリスはきっと咬兵を睨み付けるが、男は肩を竦めるばかりだ。
「火力と連携が不足してるぜ、あんた達。俺たちを倒すにゃもう一つ足りなかった。――が、梃子摺らせてくれた礼に一つだけアドバイスしてやる」
 言いつつ、咬兵は懐から取り出した煙草を咥えた。
「あんた達の目的が俺たちを倒す事じゃなく、この客船を取り戻す事だったら――もっとシンプルにやりゃ良かったのさ。俺たちをお前らの船に誘き寄せた後、お前らの内の誰かが客船を奪って逃げりゃ良かったんだ」
 船の機関部を壊されてりゃ、俺達はお前らの後を追えないだろうしな。それだけ言った咬兵は、カイ達が高速船側に乗り移るのを確認した後、踵を返して部下に声をかける。
「出せ」
「へいっ」
 わずかに軋んだ音を上げる客船。やがてしばらく経つと、緩やかなエンジン音を響かせ、客船はリベリスタ達の乗る船から離れて行く。
「咬兵さん……!」
 フェイトで復活したものの、満身創痍のアルカナを支えつつカイが声を張り上げれば、甲板に立つ咬兵は軽く手を挙げた。
「安心しな。人質は陸に着いたら解放するさ。――それじゃ、またな」
 そして、客船は飛沫を上げてリベリスタ達の前から去って行った。

 ――またな。
 咬兵は確かにそう言った。それは恐らく、彼とまた再会する日が来るのだという事。
 そして咬兵と相対した喜平は確信していた。その日はきっと、すぐに訪れるのだという事も。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
ご参加ありがとうございました、<相模の蝮>キケンタチイリキンシ、運営さんと相談し、若干文字数を増量した形でのお届けとなりました。
咬兵の言っている作戦は一例であり(もちろんこれも実行する際には詰めが必要となると思いますが)、他にもフィクサード達に勝たずして作戦を成功させる方法があったと思います。

しばらくの後、蝮原咬兵達はまたリベリスタ達の前に現れる事でしょう。
それまで少しの間、お待ち下さい。