●あるアイドルの引退 アリーナに響き渡るアンコールの声。 一度、舞台そでに引っ込んだアイドル、香川きららはファンの声に応えるようにステージ中央へ再び姿を現した。そして、彼女をスターダムへと押し上げた定番曲、愛のメソポタミアを歌い上げる。 ロマンティックなメロディの曲が終わるとスポットライトが絞られ、ステージ上できららだけが浮かび上がる。きららは涙を流していた。 「皆さんにお話があります……」 いつも通りの可愛らしい声……ファンの胸を撫でる嫌な予感。まさか、この展開は。 「私にとっても大きな決断でした。私、香川きららはアイドルを卒業します!」 引退キタコレ。会場は大混乱に陥った。 涙を流す者。放心状態の者。悲鳴。阿鼻叫喚。 嘘だ、嘘だ! きららちゃんは引退なんかしない! 永遠の歌姫なんだ、永遠にきららちゃんは歌い続けるんだ――! ●永遠の歌姫 「という訳で、永遠に歌い続けているの」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前に『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は淡々と言った。 「えっ、どういう訳!?」 コンサート映像だけでは理解の及ばなかった一人が声を挙げる。 「ファン達の無念の思いが寄り集まって、エリューション・フォースとして覚醒したんだね。引退を表明したアイドル、香川きららの姿をとってコンサートを開いてる」 モニターにはTVでよく見る香川きららの姿――ただし半透明である点が彼女が本物ではなく、エリューション・フォースであることを物語っている――が映し出されていた。 「そんなこと言ったって、エリューション・フォースのコンサートなんて誰も聴きに来ないでしょうよ!」 更なる疑問にもイヴは答えてくれた。 「そこが問題。このエリューション・フォース、このまま放っておけば魔眼で一般の人たちを催眠状態にしてコンサートに参加させるようになる」 何それ怖い。 「だから、あいつが人を集めずに一人でコンサートをしている内に倒して欲しい」 モニターの中のアイドルが歌いながらウィンクをする。可愛い顔をして恐ろしいものだ。 「あ、今のウィンクを食らうと魅了される恐れがあるから注意」 「えっ今の技なの!?」 敵はふりふりの衣装からは計り知れない能力を秘めているらしい。リベリスタ達はざわついた。 「まだ問題がある」 イヴがそう言った途端、モニターの画面は切り替わり『ピンクのはっぴ』が映し出される。 そのはっぴの襟には香川きららの名前がハートマーク付きで白抜きされており、背面にはLOVE・きらら命、と特大プリントされていた。いわゆるファングッズ……というか、アイドルオタクのアイテムである。 「皆にはこれを着てもらうことになると思う」 「どうしてそうなった!!!」 これには間髪入れずに突っ込んでしまったリベリスタがいたのも無理のない話だった。ファンでもないのに着るのは恥ずかしすぎる代物だ。 「原因はこれ」 画面は再びエリューション・きららに替わる。そして映像は彼女のびらびらスカートの腰元にズームされる。そこには鳥のような外見の人形がくっついていた。 「この『四月馬鹿』と呼ばれるアーティファクトがエリューション・フォースを強化してる。効果は……周囲で起こる現象を、自分の望むシチュエーションに変えること」 つまり現場は向こうの望むシチュエーション、コンサート会場へと姿を変え、その領域にいる人物は……『ピンクのはっぴ』を着たファンスタイルになる、と。 「シチュエーションにそぐわない行動は、一切が無効化されるから」 「……つまり?」 ロクなことを言われそうにない。 「アイドルコンサートっぽいことをしながらじゃないと、攻撃が通らないってこと。L・O・V・E・ラヴリーきらら! って叫びながらとか、うちわを振りながらとか」 的中した嫌な予感にリベリスタ達は各々頭を抱えた。 「相手は魔力を持った眼光で攻撃してくる。シチュエーションに沿って戦えば、そんなに強力じゃないはずだよ」 シチュエーションに沿えば。 その一言がリベリスタ達の胸に重く響いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:碓井シャツ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月14日(土)20:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●最高の舞台 時刻は夜。香川・エリューション・きららの一世一代のコンサートの幕が今、開けようとしていた。 公園だったはずの敷地は、横長のフォルムのアリーナ会場に占領されており、会場入口には『テレビ○× ミュージックバロック・スタッフ一同』などというお馴染みの祝花が並んでいる。取りつけられた色とりどりのバルーンはコンサートに華やかさを添えていた。 「これは……予想以上に目立ちますね」 スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)はきらびやかに飾られたコンサート会場を見上げて呆気にとられたように呟く。 「心配無用だじょ! 今こそ、人避けの用意が役に立つのだっ!」 差し込んだルダノワの弱気を払拭するように、じゃじゃーん、と『ひらがな二文字の世界』縣・於が自ら効果音を口にしながら工事中の看板を取り出した。 「人が集まって来てしまう前に済ませてしまいましょう」 赤いコーンを取り出した『不屈の刃』鉄 結衣(BNE003707) が毅然と言うので、ルダノワも頷いた。 「ぼく、三次元は守備範囲じゃないんっすけどねぇ……」 ずれた眼鏡の位置を直しながら、『キモ豚』拙者・琢磨(BNE003701)は陰気な声を出した。彼はオタクである。しかし、アイドルオタクではない。オタクのジャンルは細分化されており、一括りにされるのは心外ですらあった。 (ぼくにとっての嫁はアガたんだけっす……この戦いは不本意だけど、お兄ちゃんはあがたんだけ見てるからね!) 彼の脳内には嫁がいる。いや、マジで。 ピチピチのTシャツに汗を染ませながらも、琢磨は公園内の強結界の敷設に尽力した。可愛い妹がいれば、お兄ちゃんは頑張れるのである。 「公園の中の人には出て行ってもらったよっ♪」 ばさり、と翼の音を立てて『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265) が上空からの見回りを終え、皆の前に降りてきた。 突如として現れたアリーナ会場だけあって、出入り口に置かれた赤いコーン、看板、張り巡らされたカラーテープは『工事中』という方便に一定の説得力を与えられたようだ。強結界さえあれば今宵、誰もアリーナ会場の中には注意を払わないに違いない。 舞台は整った。あと決戦に必要なのは、無論、装備だった。 ●最強の装備 「皆、準備はオッケーかにょ!?」 「おー! がんばるおー!」 支給品のピンクのはっぴを身につけ、於が右手を突き上げると、天情法楽院・カバルチャー(BNE003647)も同じ格好で元気よく答える。 「四月馬鹿ですねっ」 エイプリルフールでもなければ有り得ない格好に覚悟を決め、ルダノワもピンクはっぴで慎ましく気合を入れた。 (今日は、香川きららさんを愛するファンとして……『香川きららrevolution ~2012 final~』に参加します) そうルダノワが決意を新たにするや否や、『香川きららrevolution ~2012 final~』の垂れ幕が会場入り口に出現する。『四月馬鹿』によってコンサート名が採用されたらしい。みんなで意見を出し合って、いいコンサートにしましょうね。BY アーティファクト、といった感じである。 「あ、これ降魔さんの分のはっぴっす」 「ハッピなど必要はない」 『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は、はっぴを差し出す琢磨の手を退けて言った。そして支給品ではない『それ』へ颯爽と袖を通す。 背中には『香川きらら』の名前が明朝体で書かれた金刺繍。 目にも鮮やかなピンク色の特攻服である。 「今日の我は『香川きらら親衛隊』だ!」 親衛隊長となった気高きライオンは、朗々と吠えた。 「流石です。ボクもプロアデプトの能力を最大限活用して、様々な参考文献をもとに分析し、正しいアイドルファンの姿を導き出しました。その結論が、これです!」 離宮院 三郎太(BNE003381) は至極真面目に刃紅郎を称賛しながら、自身の研究成果を披露する。 純白の特攻服に身を包み、背中には『きらら命」』の刺繍。 きゅっと結んだ鉢巻きには『きららLOVE』の文字。 特大の顔写真入りのうちわに、ペンライト。 「歌も全て予習し、合いの手を入れるタイミングも覚えこみました……これでコンサートへの準備は万端のはず……!」 三郎太の眼の下にはうっすらとクマが見て取れた。彼の努力の結晶である。 「私も……ライブ動画を見て練習してきました」 「動画だと……? 貴様、それはネット動画であろう」 おずおずと申告したルダノワに刃紅郎は目を光らせた。勿論、その通りだ。ルダノワの趣味はインターネットである。 「今ネットに上がっているのは、編集されたショートバージョンに過ぎぬ。我はコンサートDVD・CD共に正規版で視聴済みだ。足らぬパートを指南してくれよう」 「そうですね、ボクも復習も兼ねてお付き合いします!」 何故ならファン同士は助け合うものだから! 三人はオタ芸のおさらいをおっぱじめた。そんな三人の陰で装備を整えるものが、また一人。 「結衣ちん可愛いなりー!」 装備をオンした結衣の姿に於はテンションあげあげマックスした。 耳に揺れる大きな星をかたどったイヤリング、虹を模したカチューシャ、顔の左右で結ばれた髪は縦に巻かれ、結衣にお姫様のような可愛らしさを与えている。 「ふおお、きららコスっすね! 完成度たかす!」 前述の通り、琢磨はアイドルオタクではない。他ジャンルでもコスのクオリティには五月蠅い。それがオタクである。 「ファンとしては好きなアイドルの格好に憧れるのは当然のこと。コスプレも堂々とやり遂げましょう……これも仕事ですから!」 結衣が凛と胸を張った。 リベリスタ達は盛り上がっていた。まだコンサートも始まっていないのに。 「突然の引退宣言とか、話題性を考えても一瞬で終わっちゃうし、利益的な意味で考えると卒業時期を明言して、そこまでにいっぱいコンサートとかCD出したほうが良さそうな気がするんですが……まぁ、私の素人の浅知恵ですしなんとも言えないけどっ!」 「そうですね……。ですが、これだけファンに愛されたきららさんです、きっとアイドルを辞める決断には大きな覚悟が必要だったのではないでしょうか? その気持ち、大切にしてあげたいですね」 敏腕プロデューサーのような口振りの冬芽に、ルダノワはどこか思案げに返した。 ●伝説のステージ オープニングはノリノリのユーロビート。8人だけの来場者達は、どの角度からでも隙を狙えるよう広いアリーナの中を思い思いに散った。多色彩のレーザーライトが無人の舞台に照射される。 「ひゅー! ひゅー! ひゅー!」 流れ出したイントロ部分に訓練されたリベリスタ達はパン・パパン、と手拍子を行いながらコールを始めた。 舞台装置が、床下からゆっくりと今夜の主役をステージ上へとせり上げる。 「きらきっら☆フィーバーナイト♪」 香川・エリューション・きららの登場と共に舞台のかみしもから演出の炭酸ガスが噴き上がった。きゃああああ! マジ物のコンサートかのような大歓声だ。 (離宮院三郎太、一世一代の応援いかせてもらいますっ!!) 三郎太の眼鏡が、手に持ったペンライトを反射して光る。 「きーららっ! きらら! きららっ!! ヘイッ!」 テンポの速い楽曲に合わせ、三郎太は一心不乱にペンライトを振った。 「ドリーミン☆最高の夜はきっらら~♪」 きららは左右にステップを踏みながら、ふわふわした短いスカートを揺らす。 「きーららっ! きらら! きららっ!! ハッ!」 その伸びやかな歌声を讃えるように、三郎太の応援がリズムよく入った。 (今この瞬間からエリューションきららの一番のファンはこのボクです) 三郎太はファンとしての自負に目覚めていた。 「永久の魔法かけてあげるわ~エターナリィ☆ラブ♪」 盛り上がってきたアリーナに高らかにきららのサビが響く。そこへ刃紅郎の雄々しいコールが重なる。 「L・O・V・E! ラブリーーーッ! きらら!」 えびぞりジャンプの体勢から全力で振り下ろされるうちわの疾風が刃となってエリューション・きららを襲った。 きららの半透明の右足が分断されたが、きららはスカートが悪戯な風に弄ばれただけのように、やーん、と甘えた声を出した。ファンの理想がそこにあるのか知らん。 「今日はきららのコンサートに来てくれてありがとう~!」 右足を切り離されながらも一曲目を歌い上げ、きららが観客席に向かって大きく手を振る。 「きらら☆ に捧げるロォ~マーンースッ!」 すかさず、ルダノワが応援の開始を宣言した。サイリウムで斜め上を指さした状態から腕を引く動作を左右交互に行う。左左右右左右左左、右右左左右左右右! 結衣も見様見真似でそれに倣った。 (少し照れくさく感じていたけれど、これはこれで楽しいかも?) 会場が一体となる感覚に結衣は未知の高揚を感じる。 「L・O・V・E・ラヴリーきらら!」 ルダノワが自らの生命力を瘴気に変え、ステージ上のきららへと叩きつける。 「L・O・V・E・ラヴリーきらら!」 結衣もそれに追随した。攻撃ではありません。これはファンとしての愛情なのです。 「みんな~! けほっけほっ……声援ありがとう~きららスッゴク嬉しいよ~☆」 黒い瘴気に侵されたきららは、咳き込みながらも観客席に笑顔を送った。アイドルって強い。 「秘密のメッセージ♪ ス・キ・ダ・ヨ☆」 次の曲が流れ始めたのに合わせて、きららはファン殺しの流し目を繰り出す。 『我々に必要なのはサイリウムを振り、タイミングよくコールを行う事だ』という誰かさんの言葉を信じ、ノリノリでサイリウムを振り回していたカバルチャーは、その視線に胸を打ち抜かれた。 ズキューン! 「うにょあ!?」 心を貫く魔眼の力に胸を押さえているカバルチャーに、琢磨はすかさず邪気を退ける光を放って味方を守る。 「きららたんのお御足ぺろぺろ! ぺろぺろしたいお!!」 (ごめんねアガたん。ぼくが本当にペロペロしたいのはアガたんだけだよ!!) 彼がすでに邪気に侵されているように見えるのは、むろん気のせいである。 きららのショックから逃れたカバルチャーは、サイリウムを握った手を陰陽の術に従って組み合わせた。 「萌えオーラが見えるお……!」 リベリスタ達の背後に萌えオーラ……ではなく、守護結界が展開される。むしろリベリスタ達は萌えの守護を得た。 「メッセージはレインボー☆ きらきらに輝くハートの伝言♪」 きららがステージ上で元気よく跳ねる。そのバックで踊るダンサー達……あれ、きららの他にエリューションの情報はなかったはずだが。 「いぇい、いぇい♪」 冬芽だ。冬芽が、自ら呼び出した影たちと共に踊っているのだ。楽しそうじゃねーの。冬芽はしっかり、きららの背後をとって隙を窺っている。 「こう言うのは楽しんだもん勝ちっしょー? 萌えきゅんだじぇっ!」 於のノリが悪いことなどあるはずがない。 「かわゆいアイドルちゃんまじ萌えきゅんきゅん、はっぴーもーど!」 きららの名前の入ったうちわを振りつつ、於はシューターとしての集中を高めていた。 コンサートが中盤に入ると、リベリスタ達の盛り上がりと攻撃は苛烈さを増す。 「FU-FUFUっFUーーー!☆」 ルダノワが頭上で手拍子を叩きながら、その場で右や左に回転ジャンプをする。そして繰り出される黒の瘴気。倣う結衣。 「ミ☆ ミ☆ ミ☆」 低い姿勢を取り、腕を手前からステージ上のきららの方へ振り上げる。サイリウムがオレンジ色の尾を引く。そして繰り出される黒の瘴気。倣う結衣。 「な、なんだか心が痛みます……っ」 ルダノワと結衣の暗黒コンビによって咳き込むことの多くなったきららだが、それでも歌うことを止めはしない。 「ラララ☆二人の愛はレボリューショーン♪」 曲に合わせてカバルチャーが口笛を吹けば、符が鴉になってきららを襲う。きららの肩口が貫かれた。 背後からは冬芽が鎌をぶん回しながら時限爆弾を仕掛けてくる。きららの腹部が吹っ飛ばされる。コンサートの体裁を整えた地獄絵図だ。 「素敵! こっち向いてー!」 結衣がきららに向かって花束を投げた。きららが振り向いた瞬間に、すかさず黒いオーラを放つ。 「ラブラブ萌えきゅんっ、あーちゃんの愛うけとってー!」 於の光弾がきららを襲い、炸裂する。リベリスタ達の愛は痛かった。 ●ラストソング 「最後は、みんなも大好きな曲だよ☆ 聴いて下さい、愛のメソポタミア♪」 大分みずぼらしい姿になったきららだが、笑顔はコンサートの開始時と変わらない。アリーナにバラードが流れ始める。 「きららたんちゅっちゅ! ぼくと握手!!」 そこに突っ込んで行ったのは琢磨だった。きららの左足にしがみついてステージ下へ引きずり落とそうとする。 「やだぁ☆」 迷惑な客の存在にきららは身をくねらせ、瞳に妖しげな光を宿らせた。 「きらら困っちゃう♪」 魅惑のウィンクが琢磨の胸に突き刺さり、琢磨は観客席へと吹っ飛ぶ。 「うみみ、琢磨ちん!? 仇はとるじょっあいらぶきっらっらー!!」 その様子を見ていた於が、きららに向かって銃剣の狙いを定めた。その横合いへ猛然と突っ込んでくる肉弾。 「ぼ、ぼくのきららちゃんに触るなっすううう!!」 「にょにょにょっ琢磨ちん重いじょ!?」 頭から湯気を上げた琢磨の目は完全に据わっている。 「……完全に魅了されてますね」 三郎太はごくり、と唾を呑んだ。 「きららのために争わないで~♪」 曲はすでにサビにさしかかっている。きららはマイクを観客席に向けて、コールアンドレスポンスを要求した。 「愛はチグリス!」 きららが歌う。 「ユーフラテス!」 リベリスタ達の合いの手が応える。 「愛の象形文字!」 きららが歌う。呼びかけるように。 「楔形文字!」 刃紅郎はそれに全力で応え、気迫と共に斬撃を打ち込んだ。舞台が割れ、きららの右半身が消える。きららはだんだんと存在を保てなくなっている。 その間に琢磨のブレイン・イン・ラヴァーは奮闘していた。 (お兄ちゃん目を覚まして! お兄ちゃんが好きなのはあがただけでしょ!? 私の事だけ見て!) 脳内の嫁が琢磨を激励する。彼女は、いつでも琢磨を支えてくれる。何の取り柄もない、臆病な琢磨をブレイン・イン・ラヴァーは決して見捨てない。 「うおおおーん! お兄ちゃん頑張るっす!!」 琢磨の叫びが、きららの干渉を振り払った。 「偶像に耽溺する事を軟弱とは思わぬ。それが明日を生きる糧になるのならばな」 その存在で己を奮い立たせることが出来るのならば、それは必要なものなのだ。今の琢磨がそうであるように。 なればこそ、刃紅郎には許すことが出来ない。 刃紅郎は、ボロボロになっても歌い続けるきららの上空に向かって吠える。 「我は香川きららファンとしては新参である……それは認めよう。だが貴様達は、あの引退宣言に対するきららの想いを何も理解していない」 幻のきららを作り上げているファン達の思念に向かって、語りかけているのだ。ファンの思念の集合体はきららの形から溢れ出し、靄のように渦巻く。 (俺たちにきららちゃんを語るとは笑止千万……お前に何が分かる!) 新参に叩きつけられる悪意にも刃紅郎は怯まない。 何故なら自らの内に生まれた「真・アイドルファン」の魂を感じるからだ。 「【愛のメソポタミア】――メソポタミアとは太古の文明、全ての始まり。彼女をスターダムとしてのし上げた始まりの歌。なればこそ、何故きららがラストソングにこれを選んだのか……気付かぬか?」 刃紅郎にはラストソングに籠められたきららの心が分かる。盲目と化した古参ファンには見えぬものが、刃紅郎には見える! 「そう、これは終焉ではなく、新たなる階段を駆け上がるための……新生の歌!」 刃紅郎は咆哮する。 唸りが雷気に変わり、大剣に宿る。雷は刃紅郎をも焦がすが、そんなものに動じはしない。雷光がスポットライトよりも強い輝きを放つ。 その一瞬を魂に刻み、その成長を見守ってこそ、真のアイドルファン! このまやかしの中に……永遠は無いのだ! ●夢のあとさき 「終わったようですね……」 きららだったモノは、光の粒となって消えていく。 コンサートの終わりと共に、アリーナ会場もまた跡形もなくなっていた。まるですべてが夢であったかのように、いつもの公園の姿を取り戻している。 「でもこうやって何かに熱狂する事も楽しいものですね……少し熱狂的なアイドルファンの皆さんの気持ちがわかった気がします」 攻撃を忘れる勢いでコンサートを駆け抜けた三郎太は、外した鉢巻きを感慨深げに見つめた。 「アイドルのコンサートというのも、意外と楽しいものですね」 「お疲れ様だじぇ、アイドル、心に響いたぞよ!」 結衣が三郎太に同意すれば、於も笑顔になる。 (貴女は素敵なアイドルでした。これは……嘘じゃないですよ) みんなの心に残った気持ち。四月一日であっても、それだけは真実。 ルダノワはこの一夜が夢でなかった証の『四月馬鹿』を拾い上げ、口元に笑みを浮かべるのだった。 後に『四月馬鹿』が四月一日にしか効果を発揮しないと判明すること、香川きららが女優に転身すると発表し、世間を大いに湧かせることは、これとは別の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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