● 真っ赤な花が生えていた。 無数の花が生えていた。 五つの花弁を広げて、大小様々な、けれどどれも真っ赤な花が咲いていた。 ぞり、と鋭い爪の生えた指先が茎を撫でる。 花は咲いても葉のないそれは、『葉見ず花見ず』と呼ばれる曼珠沙華に似て違う。 五つの花弁は五つの指。 真っ赤な花は皮膚を剥がれた人の掌。 ぞりりと鋭い爪の生えた指先が皮膚を削る。真っ赤な肉を露出させる。 切花を庭に植えても意味はない。 下に根があり其処から生える赤の花。 生きて埋められ踏み固められ、皮を剥がれる苦痛と窒息の恐怖に苛まれて育った根。 此処に生えるは、名の通りの死人花。 彼岸よりの呻きを添えて、真っ赤に花を咲かせている。 ● 「さて、皆さんもご存知の通り、アークは先日から懸念事項となっていたアザーバイド『鬼』との大規模作戦を開始します。皆さんのお口の恋人、断頭台ギロチンの言葉をちゃんと聴いてくださいね」 赤ペンを回し、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はリベリスタを見た。 温羅への切り札になるという『逆棘の矢』を巡って行われた争奪戦。 善戦したアークではあったが、鬼道は其れを上回る苛烈さで以って相対し、結果として得た切り札は二本。万全ではないが、悪くはない結果だろう。 ここから順調に段階を踏んで盛り返していければ一番であったのだが、そうもいかなくなった、とフォーチュナは話す。 「鬼道は近い内に、再び大規模な進撃を開始します。そうなれば、人間社会に与える影響は計り知れない。以前よりももっと悪い、暴虐が繰り広げられます。それを見過ごす訳にはいきません。……例え、対策が完璧になっていなかったとしても。アークはその前に戦うことを決断しました」 ぎゅり、と伸びる赤の線。 「作戦目標は鬼道の本拠地、『鬼ノ城』の制圧。及び、『温羅』の撃破です。……ええ。難しいと思います。温羅自身は勿論、城外には四天王の『烏ヶ御前』による迎撃部隊が存在し、城門では『風鳴童子』が守備に回っています。ですが、ここを越えても未だ終わりではありません。庭には『鬼角』が率いる精鋭部隊が存在します。更に、本丸下は『禍鬼』の統べるエリアです」 次々と増える赤は、敵の数。 主力の鬼は勿論、『×幾つ』で示される鬼の群れに、誰かがうんざりしたように溜息を吐いた。 「正直四天王って一気に出てこられても困りますよねえ。で、皆さんに制圧して頂きたいのは、『鬼角』率いる精鋭部隊が守る庭の一角です。ここには、『枯散水』と呼ばれる鬼とその配下が存在します。……まあ、画像をどうぞ。本番前に、慣れて下さい」 警告を一切発さなかったのは、それなりの気遣いだったのか。 無数に生えた紅い歪な花の正体に気付いた誰かが息を飲んだのに、ギロチンは頷く。 「……はい。人の手です。下には、最低でもこの手の数の半分、人が埋められています。埋められました。埋められた時は生きていましたが、もう死んでいます。……枯散水の部下が、付近から少しずつ『調達』してきた様子です。この手も、枯散水の力によって皆さんの敵と化します」 かつりかつり、蓋を閉じたペン先が、机を叩いた。 「例えば、それこそ草刈りのように生えている腕を刈ったとしても無意味です。この『花畑』は枯散水が作り出した一種の陣地。実際に皆さんの手を足を掴んでくるのは、生えている手ではなく、実体のない黒い手です。切り裂いたとして空を切り、振り払っても絡みつく」 だから飛んでも無駄なのだ、とフォーチュナは頭が痛そうに首を振った。 同地域で交戦しているリベリスタにまで被害が及ぶ事はないだろうが、少なくとも枯散水と戦う者は皆等しくこの手に悩まされる事になるだろう。 「更にここには、枯散水の配下が20体。加えて『泉水』と呼ばれる少女型のアザーバイドが1体。彼女は攻撃に参加せず、枯散水が攻撃を受けた時のみ回復を行う様子です」 もう一つ、とギロチンははっきりしない視線を彷徨わせるように動かして、緩く口を開く。 多分、言っておいた方が心構えができるはずだ、と。 「掴まれたら聞こえてくると思います。『助けて』『苦しい』『息が出来ない』『痛い』『痛い』『痛い』『置いていかないで』、……視ただけでも、沢山が重なって聞こえてくるんです。彼らはずっと、ずっと、あの花畑を彩る為だけに、囚われています」 埋められ皮を剥がれる時の思いを遺し、死に物狂いの彼らは上を通る者を掴む。 待ってくれ、助けてやる、という言葉は通じない。 例えどれだけ心底からの言葉だろうが、彼らは最早ひと時も待てないのだ。 喉元を擦ったフォーチュナは、その苦痛の千分の一でも感じ取ったのか。 「お願いします。彼らは未だ、革醒には至らぬ思念です。けれど、このままでは遠からず彼ら自身も力を持つ。だから、殺して下さい。鬼を、速やかに」 息を吸って、吐く。 「……言う程に、簡単な事はないんですけどね。どうか、皆さんご無事で。幾つもの戦場を渡り歩く事になる方もいるかも知れません。けれど、ちゃんと、帰ってきて下さいね」 曖昧な視線は、縋るように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月12日(木)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「じいじ」 「来るぞ」 小柄な少女に、枯散水はそう返した。各所で上がった鬨の声は、刻々とこの庭にも近付いてくる。 泉水は黙って、手に持った鞠をつく。 ぱたん、と、近くにあった花から、雫が落ちた。 ● 真っ赤な花が咲いている。彼岸の光景が広がっている。 異様な重い空気に、リベリスタの足が止まった。 遠くから見れば、不恰好な太い茎を得た奇妙な色の花に、確かに見えるかも知れない。 けれどそこにあるのはかつて生きていたものの成れの果て。 小刻みに震える『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の手を、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が握った。小さな掌、温かい掌。目の前に広がる『彼ら』も、少し前まではそうだったのだろう。誰かの手を取り、温かさを与えられる存在。最早それはありえない。彼らは黒い冷たい手で縋りつくだけの生き物ですらない何かになってしまった。 「大丈夫、一緒に頑張るです」 僅かに顔を歪めた雷音に、そあらはにこりと笑ってみせる。彼女とてこの光景を何でもなく思うわけではない。悪趣味だと、地獄絵図のようだと、そう思う。けれど笑うのは、無関心からではない。隣に佇む小さな友人を元気付けるのは、年上の自分だからだ。 「何故、斯様な命を弄ぶ真似が出来る」 乾いた声で、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が呟いた。花か、そうだ、花だ。人の手で創られた花だ。それは見目を楽しませるものなのか。分からない。生きる為に食らうならば、許容はできずとも理解はできよう。子を守るためならば、酌量はできずとも筋道は通ろう。けれどこの花々は、そうではない。 「――何故だ」 ギリ、と歯が軋む。 「こんな……こんなかなしいおはなばたけなんていらないのっ!」 年齢よりも舌足らずな調子で『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミ-ノ(BNE000011)が叫ぶ。彼女の呼んだ加護は、翼となって背を包んだ。分かっている。下に埋まっている物が何なのか。いや、物ではない。人。腕だけが後から地に刺されたのではない。うんざりする様な話だ。 「できるなら、お守りしたかったのデス」 酷い光景だ、と『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595) が目を伏せた。咲く『花々』は、それぞれの人生を持っていた。持っていたはずだ。それを断ち切られてしまった。守りたかった、と思う。同時にそれは無理だったとも知っている。彼女の手は衆生全てを掬い上げる仏にはなり得ない。だから思うだけだ。できるなら、と。同時に進むだけだ。できるだけ、を叶える為に。 「今更、救うも何もありませんね」 微かな憂いだけを目の奥に、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が息を吐く。渦巻くのは死者の怨念。生えるのは死者の腕。ここに置いて、救済は存在しない。救うべき命は既に失われた。宗教家でない彼女は、死者に死者以上の感情は抱けないにしても――この花畑は消滅させねばなるまい。不条理に引き止められた思いを解放する為に。 「結界に人の死体を使うとか、魔術的儀式としては一般的かも知れないけど」 もしかして、芸術のつもりなのかしら。自分の呟いた言葉に呆れた様に、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が首を振った。フォーチュナが『花畑』と呼んだそれ。彼が悪趣味で名付けたのでなければ、恐らくは、その通りの意味なのだろう。城を、庭を、飾る為の花。飾る為の芸術。馬鹿馬鹿しい事この上ない。 「これだけの人を捕らえて這いで埋めてくれた代償……きっちり払ってもらおか」 火を点けない煙草を咥え『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)は目を眇めた。よくもこれだけ埋めたものだ。大方は何の罪もないごく普通の人だっただろうに。広がる光景に、動かされる心がない訳ではない。けれど、幼げな外見をしていても彼女は既に成人済み。気丈に振舞わずにどうする。 「行こか」 滅多に点けない火を灯し、彼女は精神を極限まで研ぎ澄ました。 ● 彼らは己の能力を発揮できる場所として花畑を選んでいる。十全を選んでいる。人と鬼が入り乱れる戦場で、刻々と変わる戦場で、周囲を敵に囲まれた者がそう長く待ってはいられないのを知っている。多くのリベリスタの手の届かない所で、鬼兵は待っていた。むざむざと近寄れば各個撃破される事程度は、戦いに生きる者の本能として知っている。 そしてリベリスタにはタイムリミットは存在しないが、同時に鉋で木を削るが如く少しずつ敵を減らして行く程には余裕がない。 「だいじょーぶだよみんな、しゅっしゅってやってばーんってやっちゃう、のっ!」 真っ先に飛び込んだミーノが、皆を力付けるべく拳を上げて鼓舞の声を上げた。その腕にも、黒い手は絡みつく。くるしいよ。と囁く声に一瞬泣きそうな顔になるが、その黒い怨嗟から少しでも皆の身を守るべく結界を展開する。 ミーノによる守護を見て、椿は攻撃へと行動を切り替えた。空の弾倉に魔力と意志で練り上げた弾丸を込め、鬼兵の一人に叩き込む。舞い上がった髪の色は、咥えた煙草から上がる紫煙に似ていた。 怨嗟、悲哀、恐怖、苦痛、困惑。腕から伝わってくる数々の悲鳴。 たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて。置いて、いかないで。 痛切なそれにも、リベリスタは足を止めない。止めても何も解決しない。 心の隙間に入り込もうとでもするかの様にぎちぎちと心を揺さぶる声に、ただ、少しだけ目を伏せる。 何を言っても言葉は、届かない。 彼らはこのままでは息が詰まって死んでしまうから。 息が詰まって死んでしまってからも、ずっと苦しいから。 彼らは死んでからも、必死で死にたくないと声を上げている。 腕を足を肩を引く手を振り払わず、ただ目を向ける事もなく、悠月は雷撃を呼んだ。マトモに食らった数名の鬼兵が、防具に走り続ける微力な雷に身を捩る。そあらが投げ込んだいちごばくだんは、名に似つかわしくない威力で鬼兵の腕を弾け跳ばした。 枯散水は、言葉を掛けない。名乗りも上げない。ただ腕を上げて、花弁を散らした。 黒い手と真っ赤な花弁が舞い散る戦場。赤い掌に、花弁が落ちる。だらりと血が流れた。 粘ついた花弁が撫でた肌が、焼ける様に熱くなって皮膚を剥がす。 花弁が染み込む様に消え、血液に溶けて全身に耐え難い苦痛を巡らせた。 「ああ、苦しいだろう、解放するから、絶対に」 それでも、雷音は腕へと語りかける。苦しいよ。痛いよ。助けて。連れて行って、と叫び続ける声に。呼んだ清浄な光は、複数の仲間の穢れを一瞬で拭い去った。攻撃を止め、回復に専念する体勢へと移行する親友に一瞬だけ肩越しに目線を送る。 触れさせない。指一本も。 絡み付く腕に悲しみを覚えない訳ではない。けれどここで敗退し、より多くの人が酷い目に合わせる訳には行かないのだ。 「来るといいのデス!」 小柄な体を精一杯前に出し、心が両手を広げる。目立つのが仕事だ。目立って攻撃を受けるのが仕事だ。後ろで戦線を支える仲間へ向かう一刀を少なくするための盾。それが心だ。長く立って耐える事に特化した彼女は、守る為に戦場に立つ。 彩歌から伸びた気糸が、斜め中空から一斉に鬼兵を貫いた。枯散水にも届くかと思ったが、すかさず前に立った一兵に遮られる。そこに何らかの忠義がある様には見えなかったが、己の役目を果たさんとする信念は鬼とて同じなのだろう。 「あああああっ!」 気合と共に踏み込んだ舞姫の太刀が、複数の鬼に傷を刻み付ける。黒い手は、彼女にも容赦なく絡みつく。くるしい。たすけて。おいていかないで。助けて。助けて。しにたくない。それに舞姫は眉一つ動かさない。彼らにできる事は、何もないから。腹の奥底から湧いて出る怒りを鬼達に向ける以外、何もできないから。 風に揺れない花がざわめく。 たすけて。いたい。くるしいよ。 淀んだ空気が、場に満ちる。哀切が、悲痛が、淀みとなる。 泉水が、暗く冷めた赤い瞳でリベリスタを見ていた。 ● 跳ね飛ばされる。弾き飛ばされる。喰らいつく。喰らいついて切る、打つ、斬る、叩く。 悠月の雷撃が暗闇に踊る。青白い光が、白い彼女の肌を鮮明に描き出した。 殴り飛ばされて口端から血を吐き捨てた舞姫に、肩の骨を砕かれた心に、そあらの呼び続ける癒しが降り注ぐ。 「ミーノはおたすけするのっみんなをずっとずっとおたすけするのっ!!」 少女が必死で呼んだ光は、重ねられる不浄を掻き消した。 「來來氷雨!」 声を振り絞り、雷音が叫ぶ。呼ぶのは冷たい冷たい氷の雨。降り注いだそれは、『花』をも打った。踏み付ける事はしなくとも、壊そうとする。解放を願った少女の行動は、しかし耳元の声を煩くした。いたい。いたいいたいいたいいたい。 どうして こんな目に。掴む手が強さを増した、気がした。 だが、数の利も地の利も明らかに鬼達にある。頷き合った彼らは、数を生かすかの様に一人に向けて攻撃を重ねた。振り下ろされる鈍器、太刀、物騒に鈍く照る刃。分厚い盾に向けてむやみやたらと突っ込むのではなく、一点集中の突破。 「通さない、のデス……!」 心の鎧が幾度も幾度も打ち据えられ、刃に削られて行く。 広げた真っ白な羽が、紅く染まる。 「抜かせるものかっ!」 舞姫の側頭部に鋼が叩きつけられ、金の髪を汚した。 ごきりと音を立てる仲間の体に、後ろに立つそあらは歌い続ける。運命を燃やした仲間を、それ以上傷つけさせまいと歌う。込めるのは怒りではなく、花畑からの解放の願い。前に立つ仲間が、全力で戦える、願い。 「鬼さん此方、手の鳴る方へ」 椿が空に投げた符が、黒の翼で以って陰に隠れる少女を打った。 今まで黙って隠れたままであった泉水が、ぎり、と唇を噛んで椿に目を向ける。 椿からしても小柄な泉水は、目を向けた枯散水に構わず走り来て鞠を投げた。酷く些細な、その攻撃。だが、だからこそリベリスタによっては躊躇いが浮かぶだろう。少女の姿をした、いっそいじらしい程度の攻撃しかしてこない存在に刃を向ける事を。 「……いい子やな」 だが、椿のリボルバーは躊躇わずその銃口を泉水に向けた。彼女を自由にしていては、仲間に被害が出る。この花畑が続いてしまう。幾ら人に似た小柄な少女であろうが、彼女は人と相容れない存在なのだ。 一年前ならば、恐らく心苦しかっただろう、と鞠を握り締め怒りの表情で睨み付ける少女を見て椿はぼんやりと思う。それが、これよりももっと不条理な戦いに触れてきた故の慣れでしかないのか、成長なのか、彼女には判断が付かない。 だが、泉水を引き離した事によってメリットが生まれたのはリベリスタだけではない。 逆に、彼女がいるが故に周囲を巻き込めなかった枯散水がリベリスタの中に突っ込み、その棘の生えた腕を振り回す。舞い散る花びらよりも強力な一撃は、それこそ何の躊躇もなくリベリスタの体を抉って割いた。 真っ赤な血が、死人の花をより鮮やかに彩った。 「この『声』はあなた達には聞こえてるのかしら。それとも、耳障りとしか思っていない?」 彩歌が枯散水に向けて、死者が耳元で囁き続ける『声』を問うた。 流されるかと思ったが、枯散水はぴくりとも表情を動かさずに答える。 「――これがなければ、根ごと埋める必要などあるまい」 切花を埋めても、意味がない。 呻きと怨嗟こそ、『花畑』を『花畑』とする要素なのだと。 聞こえていて尚、それが必要なのだと。 怨嗟の声がより強くなった。花畑を彩る黒が強くなった。泣いている。 「……手加減とか、一切出来そうにないんだけど」 「必要ないぞ。ヒト」 彩歌の低い声に、枯散水は事も無げに答えた。 棘がそあらを射抜く。青褪めた雷音に手を振って、前を向けとそあらが目で伝えた。 「じいじ」 怒りが収まったのか、唐突に表情をなくした泉水が彼の身に手を向ける。 切り裂かれた肉が盛り上がって塞がって行った。 「君も、守る為にここに来ているのだろう」 雷音が目を向けた。優れた回復手。それにだけ特化した少女。同じ癒し手であるそあらの色よりも深く暗い色、雷音と交わらない色が、リベリスタを睨め付ける。この光景に怯まない泉水は、矢張り椿が思った通りに違う生き物なのだろう。耳の近くから覗く、枯れ枝にも似た一本は彼女の角なのか。 今や地面を赤く見せているのは死人の花だけではない。 斃れた鬼の、リベリスタの赤。 枯散水の近くの鬼兵は指示を受けてその護衛から離れ攻撃へと転じていたが、確実に数を減らしていた。そしてリベリスタも。 風を切って唸る金属の塊に殴り倒された心の足を、彩歌が掴んで後ろへと投げる。多少乱暴であろうとも、盾としての役割を十分に果たした彼女を、これ以上傷付けさせない様に。 枯散水の花弁を顔に被り膝をついたミーノの肩を、雷音が抱いてその背へと庇う。だが、その彼女も続いた一撃に意識を暗転させた。 この場における指揮官は間違いなく枯散水。故に、数を減じたリベリスタの攻撃は彼へと集中した。彩歌が、泉水の意識を引き離すべく糸をその小さな体に向けて放つ。椿の弾丸に込められた呪いが、枯散水への回復を阻む。 枯散水が、吼えた。 リベリスタの中心へと飛び込んで、振るわれる腕。 切れんばかりに鋭い視線を送り続ける舞姫の体を地に叩き付け、己の体に死神の鎌を付き立てた悠月の腹に意趣返しと言わんばかりに棘を刺す。 その腕は、最早生える『花』と変わらない程に真っ赤に染まっていた。 「ここで、倒れる訳にはいかないのです……!」 ぎり、と立ち上がったそあらが呼んだ歌は、仲間に活力を与える。 「わたしは、」 舞姫が、一際強く得物を握った。 「修羅なのだッ!」 血に塗れ、鬼気迫る表情で、悲痛な声に耳を傾ける事もなく、刃を振り上げる。 それは、枯散水の上半身を袈裟に、逆袈裟に切り裂いた。 一瞬の静寂。ほんの刹那、黒い手の悲鳴さえも消えた耳の痛い程の沈黙。 「じい、」 ぐらり傾いた姿を見て、泉水は口を噤んだ。少女の行動は早かった。 完全に倒れるまでリベリスタが迂闊に警戒を解けないのを悟り、彼が倒れようとする反対側へと駆け出した。 「待ち――!?」 単体ではほとんど戦力にならない少女ではあるが、戦を長引かせる要因には十分になり得る。危険だ、と判断した椿が攻撃で制止を掛けようとするも、飛来した鞠に咄嗟に前に手を翳す。 攻撃ほどの威力も篭っていないその鞠は、柔く椿の手を叩いただけだったが、泉水の姿は既に暗がりへと消えていた。 駆けるよりも早く、リベリスタに纏わり付いていた黒い手が、一つ震える。 「……あ」 彩歌が、瞬いた。薄れて消えていく。黒い手が、消えていく。 重い空気が、消えていく。 残ったのは、人の手。 花ではなくなった、生きていた人の手。 攻撃の余波で半ばから折れていた手首が一つ、落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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