●だぁれ? 篝火が夜の闇に鬼ノ城を映し出し、慌ただしく動く鬼達の影を作り出す。 武装して城門の外に打って出る者。城門の上を固め矢をつがえる者。各要所に配置し施設を守る者。己が上司の指示を仰ぎ、皆が忙しく動き回っていた。 多くの鬼が復活を遂げた。時は満ち足り、もはや足を止める道理はない。いよいよ侵攻の時――! だが、恐らくはそれを察知したのであろう。今、鬼ノ城を取り囲むはアークのリベリスタ達。鬼達の侵攻作戦は防衛戦へと変貌する。 やられる前にやれ。虫けらの如く叩き潰せ。喧騒、怒号、剣戟、砲撃――決戦が始まった! 「無形鬼様! ご指示を下され!」 本丸下層の一画。上司の指示を仰ごうとする3人の鬼は、それぞれ牛、鷹、山羊の頭を持った異形の鬼だ。 対する無形鬼と呼ばれた鬼は……不思議なことに姿が見えない。『万華鏡』を通した目に何も映っていないのだ。 「変更なし。待機だよ」 めんどくさげに答えた音は高く、性別すら読み取れない。不満げな表情の部下に対しあくまで冷たく答える。 「それぞれ四天王の部下連中が上司の持ち場についてるわけでさ。で? ボクらの上司はだぁれ?」 「禍鬼様でございます」 「そういうこと」 あくび一つ。禍鬼の持ち場は本丸の防衛、その部下たる自分達は当然本丸の要所を守ることになる。 まぁ肝心の上司のやる気はいまいちつかめないけど―― 「ここも重要な施設だろ? 食料の供給は防衛戦の要ってね」 言って目線をずらすと途端に悲鳴が上がる。目線の先、そこにいるのはなんと人間であった。 そう、ここは鬼ノ城にあって唯一人間の存在する一画――鬼達の食料庫である。食料はもちろんそこにいる人間だ。 「しかし……ここまで人間共が来ますかな」 山羊の言葉に相変わらず眠そうに――けれど眼に鋭さを交え鬼は答える。 「来るさ。奴らには目がある。それを最大限に生かす頭と足もね。こちらを出し抜き、持ち前の行動力で来てくれるだろうさ」 じゃないと、困るんだ――言外にどこか恐ろしい響きを含み、鬼は立ち上がった。 「食料の中に子供は何人いる?」 「――二人ですな」 鷹が見やり答えると、鬼はいやらしく笑い声を上げた。 「連れておいで」 子供の泣き声を心地よさげに聞きながら、まともに戦ってやる必要はないさと笑い―― ふと、止める。その瞳は憎悪に色を染め。 「弟の、仇だよ人間共」 ●ここにいるよ 「残念ながら読み取れたのはここまででした」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が頭を下げる。無形鬼の姿形はどうしても読み取れなかったという。 「弟だって?」 「はい、先の岡山での鬼事件。討伐に成功した鬼の内の一人が兄弟だったようですね」 兄弟ならば戦闘スタイルはそれに近いのかもしれない。 「弟の力は一撃でリベリスタの体力の大半を奪うほどでした。油断ならない敵でしょう」 「私たちは温羅への切り札を手に入れました。五本の内の二本ではありますが、『逆棘の矢』に対する鬼達のあの抵抗を見れば、鬼がどれだけそれを恐れているかがよくわかりますね」 矢の取得は喜ばしいこと。けれど事態は大きく動いてしまったと和泉は言う。『万華鏡』が鬼道の大規模な進撃を観測したというのだ。 「これ以上鬼の暴挙を繰り返させる訳にはいきません。未来を知った以上、アークは……私達は戦うしかありません!」 温羅への対策は不完全、それでも―― 「作戦目標は鬼道の本拠地『鬼ノ城』の制圧、及び鬼ノ王『温羅』の撃破……決戦です」 「鬼ノ城の防衛線ですが、こちらをご確認下さい」 フォーチュナ達が必死にかき集めた情報。万華鏡を有し予知精度の高さを誇るアークだ、信頼の高い情報だろう。 ――外に打って出るのは四天王『烏ヶ御前』率いる部隊。積極的に迎撃に出てくるこの部隊を押し切り、エリアを制圧することが出来れば、後方支援部隊による援護効率が向上し有利な状況を作れるでしょう。 ――第二の難関である城門には同じく四天王の『風鳴童子』。地の利を持つ彼らの抵抗の激しさは想像に難くありません。 ――御庭では鬼の官吏『鬼角』率いる精鋭近衛部隊が配備されています。かなりの激戦を予想されますが、城門と御庭のエリアを制圧すれば本丸への進撃が効率的になります。 ――そして本丸下部の防御を受け持つのはあの『禍鬼』。幾度も煮え湯を飲まされた手強い敵です。 「……『温羅』との決戦に万全の状態で臨む為にも、各戦場での勝敗は重要です」 早口で説明し、大きく深呼吸をして続ける。 「皆さんにお願いする今回の件は本丸下部のエリアになります」 鬼ノ城の一画。常食として連れてこられた人間の解放。 「温羅が動き出してしまえば彼らを逃がす余裕はありません。迅速に救出する必要があります」 ですが――呟き、表情を歪ませる。 「食料庫へと通じる通路で鬼達は待ち構えています……子供を3人人質にして」 「……3人?」 疑問の声はリベリスタのもの。確か子供の数は―― 「対して、鬼は3人です。数はちょうどでしょう?」 4+2は6。3+3も6。 「そういうことか」 「彼らはわざと子供を逃がすつもりです。そうなれば恐怖にかられた子供達は皆さんにすがり――」 鬼達は構わず子供ごと巻き込み戦うだろう。こちらは子供達を守りながらになれば戦力が低下する。その上―― 無形鬼は暗殺術に長けた鬼だという。警戒していようと、根拠のない警戒は意味を成さない。全ての子供を見捨てるなら別だが…… 「……鬼の討伐を最優先とします」 辛い表情を押し殺し、皆さんのご無事を祈りますと和泉は締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月09日(月)01:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●かこめかこめ 通路に置かれた明りが走る八つの影を作り出す。 目指す先は食料庫。食料は――人間。 「子供を人質にするなんて随分と陰湿な鬼さんねえ」 『探究者』環 澪(BNE003163)が気だるげな瞳をいっそう細めて呟いた。 ――騙し討ちするつもりだろうけど、その手は通じないわよ―― 出来る限りの事はしてみせる。決意を胸に曲がり角に出た澪の視界に、三人の子供の姿が映った。 子供達はリベリスタを見た途端泣き叫び助けを求める。その腕を掴んでいるのは同じく三人の鬼達だ。 「子供を人質に取るなんてえげつないわ。さすがは鬼ね」 子供達の腕を掴む鬼達を『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)が強く睨みつけた。情が深く子供好きの彼女にとってこの鬼達は到底許せる敵ではない。 通路の先には他にも捕まってる人がいる。その中にはこの子たちの親もいるかもしれない。 龍淵ノ槍を握る手に力が込められる。祥子は怒りと決意を混ぜ合わせた瞳をもう一度正面に向けた。 ――絶対、助け出してあげるからね。 (やっぱり来たね) 子供の皮を被り、無形鬼は笑いを噛み殺す。 鬼達は頷きあうと一斉に腕を離す。恐怖から開放された子供達は一目散にリベリスタへと走り出した。その数は当然三人だ。 (誰から喰い殺してあげようか) 貼り付けた泣き顔の内側で――三人目は薄く醜く笑っている。 鬼の手が離れたと同時に多くの者が子供達を確保しに飛び出した。 その場に留まった者の一人、『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)は子供を追う鬼達の動きを読み取り集中を高めていく。 (前に千歳が会った鬼は境遇が深刻そうだったけど) 兄を慕い求める半人半鬼の少女を思い浮かべ、ついで目の前の鬼達に意識を向ける。 千歳が向ける感情は一つだけ。 「げすには、鮮血がお似合いよ」 駆け寄った子供の一人を受け入れ、『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)は盾を構え子供を鬼から隠した。 「おーよしよし、とりあえず大丈夫だよー?」 人好きのする笑顔を向け、甚内は子供を安心させる。 (運悪いよねーこんなのに巻き込まれちゃうの。出来たら助けてあげたいとこだけど……) かといって子供に手を割いて敗北してしまえば人質も自分達も全滅だ。最悪の状況も想定しなくてはいけない。 鬼のやりようを鬼だからと言うつもりは甚内にはない。鬼も人も欲求の生き物といえば正直差も感じない。 ただお互い相容れないだけ。そして相容れない以上戦うしかない。 ――ま、僕ちんは僕ちんで鬼にこの世を乗っ取られるのなんざ御免だし―― 「やれる事は出来る範囲で精一杯やっとかないとねー?」 子供達の前に立ち、迫り来る鬼のブロックを受け持ったのは『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)だ。 対する牛鬼は小さな人間に余裕の下卑た笑みを向けるが―― 「人間のこと、甘く見てもらっちゃ困るね」 ここまで世界を作り上げてきたのは人間。強大なはずの鬼を封印したのも人間。 壊させない奪わせない。神様の前にまずわたし達が許さない! 牛鬼を前に一歩も引かず、壱也は自らの力を解放しはしばぶれーどを突きつける。 「夢なら見させてあげるよ。もう二度と覚めない夢だけどね!」 ●かごのなかの 意思は十字の輝きとなってリベリスタ達に勇気を与える。 『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)は仲間に加護の力を与えると自身もブロッカーとなるべく前衛に走った。 子供に紛れる無形鬼にその配下の鬼たち、いずれも厄介な敵だが負けるわけにはいかない。その為の勇気、その為の意思。子供の庇い役に攻撃の手が割かれる以上、持久戦に備えて自分がここを抑えるのだ。 「この戦いに……勝ちます」 ついで全身のエネルギーを体内に集中し、鉄壁の備えで真琴は牛鬼を迎え撃った。 牛鬼が豪腕を振り回し、壱也と甚内が痛手を受けのけぞった。 「千歳の歌を聞けー!」 防御がおろそかになるその隙を見逃さず、牛鬼の上半身目掛けて多色の魔光を叩き付けたのは千歳だ。その体が縛られ子供達へ向かう足が止まる。 集中を込めた会心の出来に満足し、千歳は挑戦的な笑みを鬼へと零した。 「絶対に子供へは行かせないんだから」 「牛さんこちら! あ、違った、鬼さんだっけ。まぁどっちでも一緒よね」 受けた痛みもなんのその。動きの鈍った牛鬼を相手に壱也が煽る。 ――今日あんたはわたしたちに倒されるの。 鋭い一撃が牛鬼の芯をとらえ、激しい衝撃がその身体を弾き飛ばす。 「あんたの相手はわたしよ。こんな小娘一人倒せないで何が鬼なの?」 「あぅっ!」 鬼の反撃も激しい。鋭い矢の一撃が千歳の身体を撃ち抜き、一瞬で意識を霧散させかける。 繋ぎ止めさせたのは澪だ。防御の結界を張り終わった彼女はすぐに癒しの符を千歳に貼り付ける。 「私が後衛で回復を支援する以上、簡単にはやらせないわよ」 敵の攻撃手はそれぞればらばらにリベリスタを狙ってくる。ダメージの分散は回復手の消耗を誘うが、回復役は一人じゃない。 祥子が歌を紡ぎ、癒しきらなかった千歳も含め仲間の傷を治癒させていく。 自身への自然治癒の増強は間に合ったが、遭遇戦ゆえ仲間へのそれは間に合わない。そして後衛に向かって矢や術が飛ぶ状況で回復役が手を休めれる暇はなさそうだった。 「それでも、頑張らなくちゃね」 呟いて、癒しの力を再び紡がせていった。 (そろそろ始めようか) 愉しげに。いつの時もこの一瞬が楽しみだった。 守るものに喰らいつかれる一瞬。驚いたような呆けた顔。そんな顔を貼り付けたまま絶命する、哀れで間抜けな人間共! 楽しみだね、嗚呼楽しみ―― 「そろそろ始めようか」 ――え? 戸惑いは一瞬。瞬時に首に巻きつけられた気糸に、無形鬼が苦痛に顔を歪ませた。 「騙されてる振りにも気づかない、哀れで間抜けな鬼退治をな」 操る気糸に力を込め、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は冷たく目線を向けた。 助けを求めた相手に、首を締められているのを見た子供が怯え……すぐに違う意味で悲鳴をあげた。 「こいつあ手間が省けたお」 『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)が愉快げに声をあげる。 彼女の眼は全ての幻想を見破る。その力ゆえ、初めから無形鬼の正体は知れていた。ただ問題となるのは子供の見た目をしたそれを攻撃すれば子供達が怯えることだったが…… 「なんだ、お前もそれが正体か。なるほど兄弟だな」 鉅の視線の先で。子供の身体に不似合いな、歪な奇怪な大きな顔。子供の顔はとうに無く、代わりにあるのは岩で作られた鬼瓦。 ●いついつでやる (鬱陶しい手だ) 今回子供を助けろとは言われていない。だが…… 「無事は問わないと言外に言われると、切り捨てるのも癪だ」 無形鬼を一人で抑える。簡単ではなかろうとやってみせるさと呟いて、鉅は気糸を引き絞った。 「子どもを盾にするとはあちきに喧嘩売ってるお。売られた喧嘩は言い値の倍額で買ってやるお」 軽口を叩いて、そんな事よりもとガッツリは子供と共に後ろに下がっていく。子供をかばう為に前に出たが、その場に留まる意味は彼女にはない。 彼女のやるべき仕事は無形鬼を見極める目と、それを伝えるテレパスの力。それらの役割を終えた以上は、余計な攻撃を受けない位置まで下がった方が得策だ。 「あちきは子どもを守ることに専念だお」 「こりゃ厳しいねー」 山羊鬼は甚内――正確には甚内が守る子供――を目標とし連続で神秘の攻撃を仕掛けていた。 盾を使って全力で凌いでいるが、集中で攻撃を受けている以上祥子の歌だけでは長くは持たない。澪の位置まで下がらないと接触の回復である彼女の癒しを受けることは出来ないのだ。 甚内は所謂最後の手段を考えてはいたが、ガッツリが仲間全てを視界におさめれる位置に早々に下がったので機会を失っていた。 ――ま、やらないならそれに越したことは無い手なんだけどね。 ついで放たれた強力な術式に、甚内が激しく打たれ膝を付く。その背に、必死にすがる子供の声にちぇっと呟いて。 「もー後になんて引けなくなっちまってんだぁ!」 運命を燃やし甚内は再び立ち上がった。 頑強な牛鬼を相手に、真琴は手ごたえのなさを感じ歯噛みする。 真琴の一撃は牛鬼に大きな被害を与えられていない。もっとも牛鬼の攻撃を真琴は避け続けていたが。 自身の被害はほとんどなかったが周囲で仲間が次々に血を流し、呪いに苦しみ、身体を痺れさす現状、回復手を助け神秘の光を放つのも彼女の重要な役目だった。 壱也は走り出す。戦いを早く終わらせる、それをするのは自分達だ。 ちらりと目を向けた先で子供達は泣き叫んでいた。 守るよ。ちゃんとおうちに帰してあげるから。だから―― 「子供たちには指一本触れさせない!」 身体は限界を超えて。まず一閃、ついで――渾身の二振り目が牛鬼の身体を吹き飛ばした。 「アハハ! 燃えろ燃えろー!」 その一瞬を狙い、千歳が吹き飛んだ牛鬼を後方の鬼ごと巻き込み魔炎を炸裂させた。 撃破を期待するも、爆炎が巻き起こす煙が晴れると牛鬼は再び突進する。被害は少なくない。それでも倒れない鬼のタフさに辟易しながら、千歳は術式を組み上げる。 「きゃっ!」 幾度目かの鷹鬼の矢が身体の芯をとらえ、祥子が耐え切れず膝を付く。 癒しの力を紡ぎ続けても仲間の負傷が上回り、精神はすでに枯渇しはじめた。このまま倒れてしまえば楽になる―― ……そして、倒れたらどうなる? あたしたちが倒れたら、子供たちも死んでしまう。 一度地面についた手で、自分の顔をぴしゃりと打つ。弱気になった自分ごと運命を燃やし、祥子は立ち上がった。 「気合い入れて回復するわよ」 負けられないの。あたしの運命がカラになってもかまわない。子供を、みんなを―― 「護ってみせるわ!」 ゾグリ。 嫌な音は鉅の肩に鬼瓦が喰らいついた音。無形鬼が高笑いをあげる。 「一人でボクの相手なんて務まると思ってるの?」 だが鉅はおびただしく出血する肩を押さえもせず小さく笑った。 「大したものだが、お前の弟ほどでは無いな」 実際は過去に対峙した弟と戦った時より、鉅が腕を上げたというのが事実だが。 言葉に顔色を変えた無形鬼に対し、向けた笑みは肯定の証。 「お前が、弟を――!」 ――これでいい。引き付けの役目は十分だ。 防御の体勢を取り、鉅は無形鬼の弟の動きを反芻していた―― ――まったく、下手うったかなっと。 身体は限界、後方の仲間も被害甚大。山羊鬼ももはや倒れる寸前の自分をロックオン固定。 ……だったらやることは一つ。矛を構え、甚内は牛鬼に突進する。 視野の外、その首筋に強く鋭く突き穿つ! 「……一人で一殺なら大金星ってねー」 笑みを見せた甚内を、山羊鬼の放つ術が撃ち倒した。 「甚内さんナーイス!」 意表をつく一撃に牛鬼は足を鈍らせる。その隙は千載一遇のチャンスとなった。 千歳はまず四色の光を。それで足りなければとついで四色。合わせて八つの魔光を重ね放つ! ――人は好き、平和の中でこそ生きるべき存在。神秘に巻き込まれるなどあってはならない。 ――だからこそ、鬼に腹がたつ。 「ごめんなさい。怖かっただろうに、今終わらすからね?」 子供に目を向けて千歳は微笑んだ。その後ろで、身体に大穴を開けた牛鬼が大きな音をたて地に沈む。 「真琴さんお願い!」 祥子の声に、甚内の後を継ぎ子供をかばったのは真琴だ。位置的なものもあり、敵の前衛が減った今もっとも適任であろう。 「ここまで築き上げた世界を、譲ってなんてやるものか!」 牛鬼と戦っていた面々が一斉に無形鬼に挑みかかる。真っ先に叫び斬りかかった壱也の一閃が無形鬼の身体に突き刺さり―― 「心が折れない限り、何度だって立ち上がってみせる!」 決意の一撃は必殺の勢いで振り切られた。 鷹鬼の矢に射抜かれ千歳が運命を消耗する。激しい戦いに誰が倒れてもおかしくない状況、リベリスタを起き上がらせるのは負けられない意地であった。 その身体を支え、澪が懸命に癒しを施す。 「……支えてみせるわよ、必ず」 状況を見極め必要な対応を取る、澪のその心がけが仲間を助け支えていた。 回復手の献身は凄まじく、だからこそ激しい戦場で起きてしまう問題が近づいていた―― 「――っ、力が……」 精神力が枯渇し、祥子の歌が打ち止めになる。それでも手を休めるわけにはいかぬと、体内の無限機関を頼りに癒しの風を吹きかけていく。 戦いの終わりが近づいていた―― ●後ろの正面だぁれ 無形鬼の幾度目かの噛み付きに、全身は血に塗れ、それでも。 執拗に鉅を狙うその攻撃に、膝を屈することなく耐えていた。 「なぜ倒れない! ボクの攻撃をまともに受けて耐えれるはず――」 まさか――無形鬼の反応に。 「修正は、すでに終わっている」 鉅の言葉が響いた。 「お前と弟の動きのわずかな差。それを埋めた今、お前との戦いは二度目になる。二度も同じ敵に遅れは取らんさ」 感じたのは紛れも無い――恐怖。弱く脆い人間に、このボクが――! 「鷹鬼! こいつを殺せ!」 放たれた強弓は鉅を撃ち抜き、傷を負っていた鉅はあっけなく崩れ落ちる。 「やっぱり所詮人間……」 愉悦を浮かべた顔は再び青ざめる。倒れたはずの男がそこにいる。その運命を代償に―― 「慌てるな。最後まで付き合ってもらうぞ」 常人なら耐え切れない痛みも、痛覚遮断を持つ鉅には関係ない。まだ身体は動き、まだ負けてはいないのだから。 「――こいつはもういい! 他の奴からやれ!」 恐怖を悟られたくないと、無形鬼は対峙する相手を変更する。その矛先は真琴だ。 子供をかばい山羊鬼の攻撃を受け続けていた彼女はすでに傷だらけ。その肩に素早く無形鬼が喰らいつき致命傷を与える。 ボクの力が通じないはずが無いんだ。この通り、脆い人間共はボクの一噛みで―― 思考は断ち切られる。地に伏せる哀れな人間はそこにはいない。 毅然と。戦巫女は変わらぬ姿でそこに立つ。致命傷であったはずのそれに運命すら消費せず、真琴を支えたのは想いの力だ。 奪われた家族。心に秘めた憎悪。生ある限り開放されることはないこの気持ち。 ――死が、安息を得られるというのなら―― 「私の安息は、復讐を終えるまで無い」 誓いが命を繋げるのだ。 「なんなんだ一体――」 あっけに取られる無形鬼。その額にダガーが突き刺さり、無形鬼が絶叫を上げる。 「油断大敵だお。おっおっ」 子供をかばいながらも、チャンスを見逃さずガッツリが得意のスローイングダガーで一撃を加える。 この場の誰もが自らの役目をまっとうしながら無形鬼を倒す機会を伺っていた。 護る為に。勝つ為に。 戦況はぎりぎりのラインで支えられている。これが保たれている限りリベリスタ達は負けはしない。 ――負けはしなかった。 術が、矢が身体に吸い込まれる。 仲間を支えるべく運命を燃やして耐えた澪の隣で――ついに祥子が崩れ落ちる。 「――っ、悔しい……」 子供を護りたい気持ちは誰よりもある。それでも身体が動かない……悔し涙を零し、祥子は意識を失った。 「まだ、まだ負けてないから!」 「千歳いくよ、守って見せる!」 壱也の一閃が、千歳の魔光が無形鬼を穿つ。 それでも、動きの速い無形鬼の芯をとらえることは難しい。 その間も、鬼の攻撃がリベリスタを傷つけていった。 あと一歩だった。 無形鬼は深く傷ついている。その噛みつきで体力を回復するとはいえ、押し切れない敵ではなかった。 それを許さなかったのは状況。 支えであった澪がついに倒れる。 敵の精神が枯渇しはじめ、ついに鷹鬼の放つ矢に忌まわしい呪いの力が込められなくなっても、回復手の不在は戦況を決定づかせた。 子供の悲鳴に、ガッツリが平気な顔で大丈夫だおと告げる。崩れかけた身体を運命で支えて。 ――ここで虚勢でもなんでも張れなかったら子どもに心配かけるお。 ただの強がり。されど、ここまでリベリスタ達を奮い立たせてきた負けないという意思の表れ。けど―― (けど、ここまでかお) ガッツリの横で、千歳が音もなく崩れ落ちた。 部下鬼の精神は枯渇し、無形鬼の傷も多く深い。 けれど、鉅とガッツリは運命を消耗し、真琴も意思の力で立っている状態だ。 回復はもうなく、なによりも子供が二人いる。あと一人でも倒れれば、もはや脱出も不可能になるだろう。 ぎりっと。唇を噛む音は誰のものだったか…… ガッツリのテレパスを合図にリベリスタ達が一斉に動く。壱也と真琴が二人ずつ手を取り立たせると、ガッツリが子供を二人引き受け走り出した。 「――はっ! なんだい逃がすかよ!」 ようやく調子を取り戻せたと無形鬼が笑い、部下達が矢を飛ばす。 その全てを撃ち落としたのは鉅の放つ気糸。一人残りしんがりを務める彼の目は細く、鋭く。三人の鬼に対峙し、けれどその目は―― 唾を飲み込む音。呑み込まれたのは誰だったのか―― 再び矢をつがえる部下を手で制す。訝しげな部下の反応に目もくれず、無形鬼は鉅を凝視していた。 一瞬だけ目を合わせ、鉅はすぐに身を翻す。その姿は曲がり角の先へと消えていった。 沈黙。部下の戸惑いに答える余裕も見せず無形鬼は―― 「ふ、ふん。ボクの勝ちだ人間共!」 遠吠えが通路に虚しく響き――幕を引いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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