●花、風に煽られ 「おい、唐梨の」 背後から、不機嫌な声に呼び掛けられ、鬼の少女――花梨は肩を跳ね上がらせた。 振り返れば其処にいたのは、花梨も良く知る“あのお方”。男児とも女児ともつかぬ中性的な美貌を有する稚児装束のその鬼は、四天王が一角。 「あ……風鳴さま」 花梨は首筋に冷や汗を伝わせ、身を固くしながらも、風鳴童子の眸を見ないようにして、跪く。 「忌々しい人間共が攻めてくる。お前、いつもつるんでる連中と一緒に迎撃しろ。絶対に抜かせるな」 「う……え……はい」 深く深く首を垂れる。従う他無いのだ。何故なら。 「俯いてないと話せないのかな、お前は。あいつ等だってボク次第ではどうにでも出来る事を忘れるなよ」 「! お、おらが無礼でしただ、お詫びいたしますだ……」 外見は幼いが、実力では圧倒的に格上の相手に、花梨は躊躇無く平伏し、ややあって再び顔を上げる。 「ですからどうか、おらたちのおっとうとおっかあは……」 懇願する花梨の、澄んだ梔子色の双眸を覗き込み、風鳴童子は――嗤った。 精神的に幼いままの花梨でも判る程、妖しく昏き艶笑であった。 「唐梨の。案ずる事は無いんだよ、ボクの言葉に忠実でさえあればね」 「……」 踵を返す風鳴童子の背を見送り、花梨は思案する。従わなければ。機嫌を損ねれば、花梨やその仲間達の両親はどうなるか判らない。 だが、従う事が苦痛だとは思わなかった。確かに恐ろしい相手だ。しかし自分達が従っている限りは、両親の命は約束してくれるのだから。 ●剪定する者達 「少年兵……ソルジャーズ・オブ・チルドレン、か」 「何故わざわざ言い換えたんです」 相も変わらず謎の前口上で話を始める『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の隣には、冷静な突っ込みを入れる『転生ナルキッソス』成希筝子(nBNE000226)の姿があった。 「ひとまずは“逆棘の矢”争奪戦、お疲れさんだ」 「ですが……向こうも矢を渡せないという事でしょうか、何にせよ侮れない相手のようです」 先の争奪戦でリベリスタ達が手に入れた矢は、二本。残る三本は敵の手中に落ちてしまっている。 全てを奪われたわけではない。しかし、事態は芳しくないどころか、最悪の事態に転がり込もうとしているという。 「鬼共が、近い内に大規模な進撃を始める。でもってこの人間社会を徹底的にディストラクションするって話だ」 これは万華鏡により観測された未来。放っておけば程無くして現実となってしまう! 鬼達が、封印の破壊を狙い岡山で引き起こした大騒動は、リベリスタ達の記憶にも新しい。それと同じ、否、それ以上の暴挙を見過ごしておく訳にはいかない。 「其処で、だ」 伸暁が、慣れた手つきでパチンと指を鳴らす。その瞬間、スクリーンには敵の本拠が映し出された。 「鬼ノ城に夜襲を仕掛ける。ターゲットは、判るな?」 ――鬼の王、温羅。 リベリスタ達は一様に頷いた。 「それから、鬼ノ城そのものも制圧しなければなりません。勿論、簡単に攻め落とせはしないでしょうが……無理を通してでも、やるしかありません」 筝子の言葉に、リベリスタ達は息を呑む。 「繰り返しますが城は堅牢、敵も強力。厳しい戦いが予想されます。ですが、上手く四天王を撃退し、彼等の護る区画をそれぞれ制圧出来れば」 リベリスタ側に有利な状況が生じるのだと、筝子は言う。先を促され、伸暁が説明を引き継いだ。 「城外で遊撃・迎撃を行うユニットを統括するのは『烏ヶ御前』。奴を倒して城外を制圧する。そうすればこっちの後方回復支援のユニットの支援能率が上がって、打たれ強くなるって寸法さ」 「城そのものを護るのは『風鳴童子』と『禍鬼』の部隊。彼等を撃破し城内の護りを破れれば、必然的に此方の進軍能率は上昇するでしょう」 「で、御庭……ガーデンじゃあ『鬼角』ってのが温羅の護りを固める儀式を行ってる。それを、今度はアークでブレイクしてやるのさ。そうすれば温羅のガードも緩む筈だ」 そして、四天王や鬼角を撃破する利点はそれだけではない。 「三本の矢。未だ風鳴童子、鬼角、禍鬼が持ち歩いてるらしい。奴等を倒せばゲット出来るかも知れない」 尤も、此処に集まったメンバー任せたいのは、風鳴童子と戦う面々のバックアップだと、伸暁は告げた。 「相手は前もお前達が戦った、異様な硬さを誇るソルジャーズ・オブ・チルドレンだ。リーダーは花梨っつったか。覚えてる奴いるか?」 「当時の皆様の尽力により、能力も多少判明しています。加えて先の戦いで、彼等は九人にまでその数を減らしているとか。今回は数の上で言えば互角な戦いが出来るかと」 その一言に、リベリスタ達は首を傾げた。此処に集まったリベリスタは、八人。では、残り一人は? リベリスタ達の他には伸暁と筝子しかいない。フォーチュナの伸暁と、プロアデプトの―― はっとするリベリスタ達に、筝子は右手を胸に添え、恭しく会釈して見せた。 「皆様の立てる戦闘プランこそ上策、そう信じております。ですから、僭越ながら私も協力させて頂きます」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月06日(金)23:04 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●子等は嘆く、されど泣かず 幾つもの灯りが、華奢な体躯の子鬼達の姿を捉えた。 闇夜に灯る篝火の色した橙の童女。その双眸もまた、リベリスタ達を捉えていた。 「どこまでも、おまえらは敵なんだな」 乾いた風に声が重なる。其処に一切の悲しみの色は宿らない。幼いながらに悟ったような口を利く。ただ現実を受け入れる。寧ろそれは、幼さ故か。 その無知故に、清濁全ての現実を、受け入れる。だからこそ、恐ろしい。 「其方が憎悪で戦うなら、私は義憤で迎え撃とう」 応える声は、凛と響く。『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の、暗視ゴーグルに覆われた、澄んだ瞳がその決意を物語る。 無垢なる邪悪。糺す者が無ければそれは何処まででも、深く沈む。手を差し伸べる事叶わぬならせめて、何も知らぬまま逝かせはしない。 「いつかぶりだ。今度は最期まで付き合わせて貰うぞ」 『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518)の、ゆるりと向ける獅子の牙を、まっすぐに見据えながら、橙の童女――花梨はぽつりと呟いた。 「おまえが油断ならねぇのはわかってる。強かった」 覚えていたかと、マリーはそれと判らぬ程、微かに口元を緩めた。花梨達にそれが読み取れたかどうかは、判らない。しかし花梨は、マリーのその姿が美しいと思っていた。 「敵だけどな、おら、おまえらみてぇになりたいと思ってる。強くてきれいで」 アラストールとマリーを交互に見遣ってからの、花梨の一言。 きっと、生きていればいずれはそうなるだろう。だが、そうさせる訳にはいかないのだ。そうなった時には、恐らく人間社会は滅茶苦茶になっているのだから。それだけで、彼女達を止める理由になる。 (色々と思う所は有りますが、その気分に引き摺られて戦いが疎かにならないようにしませんと) 構えるは浅倉 貴志(BNE002656)。マリーと同じく、彼も花梨達とは因縁深い。そして少なくとも、花梨達の行動原理は以前と何ら変わっていない。 親の為に。それは人間の子供が親を想うのと何の変わりがあろう。それでも彼女達は、敵なのだ。 「鬼にも親を思う気持ちなんてあるんだねぇ~」 感心したような言葉が、間延びした声で紡がれる。何処か楽しそうにくつくつと笑うその声の主は、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)。人当たりの良い笑顔はこの戦場にあって、何処か異質だ。 「親殺しの俺様ちゃんは、あの子たちより鬼にちかいのかなぁ? まぁ、何にしても、哀れなお子様ちゃんたち、自分で何も決めれないのってほんとに哀れだよねぇ★」 悪戯っぽく、笑う。人に非ざる者の命で、殺戮衝動は満ちずとも、彼の殺しは平等だ。鬼でも人でも差別はしない。それが、アークの殺人“鬼”。 そう、事態は“殺人鬼”まで動く所まで来てしまっている。リベリスタ側の勝利は、花梨達子鬼の、死を以てしか、最早在り得ない。 (……誰も救えない僕は、無力だ……) 救いたかった。救えなかった。自責が、葛藤が、『アーク監視対象者』如月・達哉(BNE001662)の胸中を、苛んだ。 花梨達は、アークの前に立ち塞がる事を止めなかった。その時点で、相容れざる存在である事は確定している。それが判らぬ達哉ではない。それでも、一人の親として、彼女達を救えない現実に、少なからず打ちのめされているようであった。 「如月さん」 案じるように、筝子が彼の顔を覗き込んだ。彼女とて、話は聞いている。僅かに誤算があったとは言え、花梨達を救いたいとの思いは一時凌ぎにしかならず、挙句アークにまで目を着けられる羽目になった。これを無念と言わずして何と言えようか。 だが、達哉は目を瞑り、かぶりを振った。 「最後まで諦めたくなかった。しかしそんな事を言っていられる状況でも無い。なら……戦うさ」 その双眸で、彼女達の結末を、見届ける為に。 ●人は喰らう、鬼は吼える 「魔法少女ジャスティスレイン……推・参!」 ポージングと共に声を上げるは『超重型魔法少女』黒金 豪蔵(BNE003106)。今日も桃色纏う魔法少女の衣装が決まって(?)いる。しかし彼とて真剣だ。 「今回は、以前のようにはいきませぬぞ」 取り出したるは魔法のステッキを模したガードロッド。その先を、受け止めて見せるとばかりに花梨の棍棒の先へと向ける。因縁の対決は此処にもあり。花梨達子鬼も睨みを利かせてそれに応じた。 怯まぬ子鬼達。その姿に、幼いながらも大人顔負けの覚悟を見た。『月色の娘』ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)は、月の白金が如き髪が風に靡くままに任せ、ただ、ぎゅっと胸の前で手を握る。 彼女達には戦う理由がある、覚悟がある。だが、それはヘルガ達リベリスタとて同じ事。 (小さくても子鬼たちの首領、なのね。でも、私も子供だけれど、戦う理由があるんだもの) 負けられない。彼女の思いを察したか、『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)が学ランを羽織り告げた。 「どんな立場であれ、戦う者には理由がある。その点において、僕等と彼等は対等だ」 だからこそ、本気で。手加減や遠慮は無用というものである。 全てを今、終わらせる。 「行くぞ!!」 「おおおおおおおおおお!!!」 花梨が、子鬼達が、吼える。 向かい来るその小さな影を、リベリスタ達は迎え撃った。 まず動いたのは、貴志。 光と熱と、空間に漂う微かな憎悪の思いを読み取り、子鬼の一人へ肉薄。先の戦いでも感じたが、矢張り彼等、“石”のようと評されるだけあって、動きは遅い。 間髪入れずに、一切の迷いをも感じさせぬ、冷たき槍の如き氷の拳を叩き込む! 「ッ!」 子鬼の腹部から脚、そして腕の一部が見る見る内に凍り付き、その動きを封じる。 「みんな、がんばるだ!」 花梨の良く通るアルトの戦歌が、夜の戦場に木霊する。友を鼓舞し力を高めるその歌は、敵対関係にある筈のリベリスタ達の耳にさえ、称賛に値する程勇ましく伝わる。 だが、感心している場合ではない。 「今です!」 貴志の号令に、マリーの加護によって翼を得た朋彦が頷く。自身に向かい来る子鬼を往なし、先程貴志が氷漬けにした子鬼へと駆ける。 そして、一陣の黄金の風と化した、小さな無数の防壁の数々が、その身に纏う歌の障壁を破壊せんと、一直線に飛来する! だが、それは幾分か子鬼の身体を傷付けたものの、障壁を破壊するには至らず。 「ッ!」 跳ね返った黄金の粒がニ、三、主である朋彦の身体を傷付けた。 「土器殿!」 「大丈夫、掠り傷だよ」 エネルギーを防壁に己が身を護る手筈を整えていたアラストールの呼び掛けに、朋彦は苦笑いで返す。更にそのままひらりと軽く右の手を振って見せた。 ならばお返しだと言わんばかりに、葬識は錆びついた、鋏と見紛う刀剣を子鬼に振り下ろす。 「かわいそうだねぇ~、チルドレンソルジャーってやつぅ?」 言葉とは裏腹の、矢張り人の良さそうな笑み。その裏に隠れた狂気、否、狂喜のメタファーであるかのように、刃に宿った暗黒の熱光が子鬼の身体を遂に、貫いた。 斃れゆくその小さな骸を前に、彼は嗤った。 ●細く、しかし深い、それは 「おおおおおおおおおお!!」 仲間を屠られた事への激情で、子鬼達の猛攻が激しくなる。 ただでさえ彼等は堅い。簡単に押し切れる相手ではない。下手をすれば、此方が押されてしまう。だが、達哉の奏で歌う癒しの歌が、豪蔵の肉体美から放たれる逞しき浄化の輝きが、戦線を維持する。 ややあって、りんと響く鐘の音。筝子の放った音色の矢が、一人の子鬼の障壁を穿った。 タイミングを合わせて、肉体の枷を外したマリーが、飛び込んだ。 「鬼は皆、同胞すら利用し合うものだと言う。お前達は違うのか?」 「?」 目の前の子鬼に、花梨に、問う。彼等の言った『友情ぱわー』。それは、純粋な友情から来るものかと。 「みんな、昔っからともだちで、目的もおんなじで! だから!」 「力さ合わせて、頑張ってる!!」 「そうか」 「……マリーちゃん?」 筝子が怪訝そうな顔を浮かべるのも、無理は無かった。マリーの笑みが、少しだけ深まったように見えたから。 (ああ、私はお前達が好きだ) 相手は鬼だ。滅ぼすべき存在だ。けれど、彼等にも人間臭い情がある事実を、マリーは少なからず嬉しく思っていた。尤も、真意は本人にしか測れないのだけど。 恨まれても良い。嫌われても良い。しかし悲観も同情もしない。躊躇も無い。ただ、互いに全力でぶつかるのみだ。戦う事が、唯一の交流。彼等の嘆きも恨みも全て受け止めて、見つめ合う。 「ぐ!」 マリーの突き出した棍の先端に巣食う銀の獅子が、雷光を纏って眼前の子鬼に躍り掛かり、喰らいつく。子鬼は痙攣し、地に膝を着き、動かなくなった。 だが、子鬼達も黙ってやられてはいない。 「マリーさん、筝子さん!」 ヘルガが悲鳴を上げる。二人が、まだ動ける七人の子鬼に囲まれたのだ! しかし、矢張り何処か嬉しそうなままのマリーは、打たれながらも同じく傷付いた筝子を包囲網の外へ押しやった。 「待ってて、今回復を!」 「私は大丈夫。マリーちゃんを頼むよ」 筝子の傷は、然程深くないようだ。ヘルガは頷くと、癒しの微風をマリーに戦がせ、傷口を塞いでいった。駄目押しに、達哉が更に歌を歌い、二人や前線で戦い続ける皆の傷を癒す。 ――その瞬間。 「っ、このおっ!」 刹那に、花梨が放つは嘗て瀕死と封印の憂き目に遭った母の嘆く声。悲しく痛々しく響くそれは、葬識へと投げ掛けられた。精神を掻き回す程の、強き呪詛であった。 しかし、再び豪蔵がポージング。全身の筋肉から光が放たれ、葬識を含めた前衛のリベリスタ達の受けた穢れを清めてゆく。 「皆様、正気に戻りなされ!」 光の恩恵でいつもの調子を取り戻した葬識が、ふと突然、にっこり笑って告げた。 「君たちのご両親は俺様ちゃんたちの組織にもう殺されてるかもねぇ~」 「!?」 子鬼達が、反応を見せる。すかさず豪蔵も便乗し、二の句を継いだ。 「別の場所で鬼の一隊を捕縛したと言う情報も入っていますな。何でも子持ちであるらしいとか」 明らかに、目の色を変えた子鬼が四、五人いた。 「と言っても俺様ちゃんも君達を殺すつもりだからね、おとうさんにもおかあさんにも、もう会えないね」 君達と同じで、やりたい事やらせて貰ってるからね、と葬識は再び軽いノリでの目配せ。その言葉に、信じ込んだ半数以上の子鬼の中で、怒りの感情が一気に弾け飛んだらしかった。 「りべりすたああああああああああ!!!」 咆哮。 子鬼達はマリーと筝子を捨て置き、豪蔵と葬識へと突撃してくる。 其処へ、剣を振り翳しアラストールが割り込んだ。聖なる力を込めた一振りで、子鬼の一人を断罪する。 「友への情で力を合わせ、親への情を力に変える……成る程、麗しいものだ。だが、童、その為に、お前達は何をした?」 親を奪われ子が悲しむのは余程の事がない限りは世の常であろう。アラストールとてそれは知っている。だが、それが罪も無い人々を殺して良い理由にはならない! 「此処がお前達の帰属する世界ならそれは悪と呼ばれるものではない。しかし、此処はお前達の世界ではない。他人を憎悪するならば、己の所業を顧みて言え小童!」 憎悪は憎悪を生む。花梨達の行為はまさに自身の為のみに憎悪の輪廻を更に広く展開するものだ。 許しておく訳にはいかない。 「なら!」 子鬼達がたじろぐ中、しかし花梨だけは怒声を上げた。 「じぶんの世界なら、なにしてもいいってのか! なにもしてないおらたちを、この世界の生き物じゃねえからってだけで、フウインするのか、殺すのか!!」 それは――恐らくは嘗ての出来事。まだ、温羅達鬼が討伐される以前の話。 「たしかに、そのころからにんげんをおそってた鬼もいただ。おっとうとおっかあから聞いてた」 けど、と花梨の悲痛な叫びは途切れる事無く。涙こそ流していないものの、その声は湿っていて。 「おらたちは里であそんでただけだったのに! おっとうとおっかあだって、のらシゴトしてただけなのに! いきなり鬼だってひとまとめにして! みんな、殺すかフウインするかした!」 悪事を働く鬼の仲間だ。そう言われ、鬼は全て排除された。 鬼の、根本的な人間への憎悪は、其処にあったのだ。 (そういう、事だったの) ヘルガの表情までもが、悲痛に歪んだ。 花梨達が戦う理由。風鳴童子が怖いから。また親と共に暮らしたいから。それもある。だが、一番の理由は矢張り、突如現れ親を奪い、自分達を閉じ込めた人間達への、昏き憎悪だったのだ。 「僕もね、鬼の戦いの初戦は幼い鬼が相手だった」 朋彦が呟く。その時彼が失ったものは余りに大きかった。 無念の感情は、痛い程良く判る。達哉の、マリーの、貴志の、豪蔵の。そして、子供である事を許されない花梨達の。勿論、その全てを事細かく理解するのは無理だろう。それでも、“痛い”思いが共通しているのは判るから。 「互いの思いの為に、僕達は今戦場に立ってる。君達もそうだろう。なら、互いに悔いの残らないように……」 きりっ、と目尻を上げて子鬼達を見据え。 「責務を持ってその命貰う――ちぇすとーッ!」 掛け声と同時に放たれた黄金の風が、今度こそ障壁を打ち砕いた。 その瞬間を狙い前に出た貴志が、再び氷の拳を叩き込む。そして遂に、その子鬼もまた友の後を追った。 ●鬼の童子の現はれて舞へ 「さあ、決着は己で着けるんだ。撃て!」 朋彦に頷き、達哉と貴志は花梨の下へと駆ける。子鬼達が彼等に追い縋ろうと試みるも、他のリベリスタ達に阻まれる。 「遊びはこれからだよぉ?」 「此方も退けぬ。負けられんのだ」 いつの間にか彼等の背後に回り込んでいた葬識とマリーが、挑むように己の獲物を構えていた。 「鬼の恨みとはその程度ですかな?」 「私は違えた者に、敵に、優しくは無いぞ」 じりじりと、豪蔵とアラストールも子鬼達に迫る。 彼等に倣ってベルをしっかりと握り締める筝子のやや後方、ヘルガもきりりと表情を引き締め、魔術書を胸に抱えている。 (私も、チャンスを活かせるよう……頑張るわね。だから) どうか、優しい結末を。花梨に向かう二人に、祈り、託す。 (撃つしかないのか……!?) 花梨に一度向けた銃口を、しかし達哉は下ろしてしまう。そんな彼の様子を察したか、まずは貴志が花梨に向けて、空を切る蹴撃を見舞った。 「うう!」 「助けるべき存在がいるのは僕達も同じです」 だから、迷いは無い。此処で倒れる訳には、いかないのだ。 「それでおっとうやおっかあや、みんなを倒すってんなら許さねー!」 拒絶に声を荒げた花梨が、嘗ての父の無念を借りた、黒き疾風の嵐を自身の周りに展開。達哉と貴志を呑み込んでゆく。 しかし彼等は耐えた。痛めつけられても、罵られても。風当たりは強くとも、心までは折られない! 「済まない……!」 とうとう、達哉がその銃口で、花梨を弾き飛ばす。そして遂に、花梨を護っていた障壁が、崩れた。 「如月さん!」 苦虫を噛み潰したように眉を顰める達哉。そんな彼に、貴志は痛みと安堵の相反する感情を覚える。 しかし今は、目の前の敵に、真正面から当たらなくては。 遠くからヘルガの癒しの歌が聴こえる。達哉と貴志の下へも、届く。活力を得て、再び花梨の下へ。 再び憎悪の嵐に身を切り裂かれようとも、何度でも、進んでゆく。その手で、決着を着ける為に! 「うわああああああん!!」 半分泣き出した花梨。達哉に撃たれる痛み故か。貴志の生み出す氷の冷たさ故か。 否。味方がいない、孤独感。そして、父も母も、友すらも救えない、その現実が、痛くて。 ならばせめて。 「……死を以て」 「解放してやる……!」 達哉の牙が花梨の首を捉え、貴志の固き拳がその無力な魂を、この世の呪縛から――解き放った。 「鬼に殺されし人の怒りを、思い知りなされ! この筋肉の光で!」 ベアハッグ(至近距離ジャスティスキャノン)を受けた最後の子鬼が、崩れ落ちる。そして、アラストールの一撃がその命の灯を改めて掻き消した。 「終わったねぇ」 「そのようですね」 相変わらずけらりと笑う葬識に、此方も矢張り普段通りの凛とした表情で頷くアラストール。 「あ、如月さん、浅倉さん!」 戻って来た二人に、ヘルガが駆け寄った。 「こっちも、何とかなったわ」 「そのようですね」 頷く貴志。その時、ふとヘルガは気が付いた。 「如月さん、それは」 口元には花梨の血。そして手には、橙の髪一房。 「殺す時は食事を作る時だけだ。せめて僕の中で共存して欲しいと思う」 偽善に過ぎないと、誰かが言ったとしても。あの幼い戦士達が、余りにも、不憫で。 そして、遺髪を持って来たのだ。人ではなくとも生きていた、その命を弔う為に。 「さて、決戦の前に一服。コーヒーでも如何かな」 勝利を祝って。そして決戦に向けて僅かでも英気を養うべく。 朋彦は仲間達を引き連れ、一度後方へと下がるのであった。 「マリーちゃん?」 「ああ、今行く」 筝子の呼び掛けに、マリーは踵を返す。 しかし今一度、今まで見ていたもの――子鬼達の骸を顧みて。 「さらばだ」 せめて身体を離れ魂の向かう先は、平穏であるように。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|