● ばちん。 じぃんとした痛みが広がった。 「ね、これで、私のものだよね」 絡めた指先、口腔を過ぎ去る生温かい空気。 じっとりと肌を這う気色の悪い気配は朝から降り続く雨のせいだろうか。頬を這う細い指先が丁度良い温度だ、と感じた。 「他の誰も見ないで?」 「誰も」 「ええ、誰も、誰もよ――私以外を見てはいけないの」 約束して、と目の前で『彼女』が嫌に綺麗に笑った――そんな彼女の笑顔が好きなのだけど。 熱に浮かされたかのようにぼぅ、とした頭では彼女の言葉をうまく理解できなくて反復させる。 「約束、して?」 頷く。 彼女の唇が三日月を作って、世界の境界線がふと、消えた気がした。 ばちん、ばちん。 「大好き、大好き、好き、愛してる、もう離してあげないわ」 ● 「恋は盲目、愛は熱病」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声は雨だれの様に、静かに耳朶を擽った。 彼女の手には似合わぬ恋愛小説。最近では雑誌でもメディアでも見掛けなくなった作家のものだった。 「ところで、恋というのは人を狂わすそうよ」 ――まあ、そんなの、どうでもいいことでしょう?所詮は人それぞれだもの。 少女はその瞳を伏せて、嘆息。 「好きで好きで仕方がなくて、一緒に居たくて殺してしまう」 それも結局愛情でしょう? イヴの口から吐き出されたのは呪いの様に愛しくて、魔法の様に恐ろしい言葉。 「一つお使いをお願い。ノーフェイスを倒してきてほしいの」 愛に埋もれた、愛を求めた少女の名前は真弓。 彼女の愛は止まらない、一人、二人、動かなくても愛してる。 ぱちん。 「これ、ピアッサーっていうの」 ピアスホールを開けるのに使うの、知ってるでしょう。 イヴの問いに数人のリベリスタ達が頷いた。やや満足そうに笑んだ彼女は其のまま話を続ける。 「真弓は殺す相手の耳に必ずピアスを開けるわ。自分の物の証だと。 あと――これは、まあ、他人を殺した後で自殺未遂を繰り返す。ソレに使うカッターナイフを彼女は持っているわ」 もしかしたら後追いできるかも、と密やかな狂気を愛情を認めて、切る、切る、切る。 彼女の居る場所は思い出の場所――亡き愛しい人との優しい思い出を紡いだ場所。 君の好きな花水木を、と笑った愛しい人との思い出の場所。 「好きなものすらも狂気に冒すなんて――なんて可哀想」 彼女の愛しい花水木も今や他者を傷つける力を得てしまった。 ――好き、大好き、愛してる、もう離してあげないわ。 結局これも愛情だけど。 愛情で誰かが死ぬのは許せないでしょう?少女は、イヴはその目に悲哀を浮かべて俯いた。 ぱちん。 「そう言えば―― 花言葉は何だったかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月02日(月)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――愛してるの、だから、ずっと一緒に居て。 「花水木の花言葉は確か……」 「『私の思いを受けて』ね」 『』小鳥遊・茉莉(BNE002647)の言葉を繋いだのは『わたくさひめ』綿雪・スピカ(BNE001104)であった。優しげな黒い瞳を伏せ、少女は呟く。 ――ひとりでは成り立たない、と。 愛とは天秤なのだ。二人の愛情のバランスが保たれた天秤。一人ではその天秤は保てない。崩壊させるしかない。 少女は言う――強すぎる愛情がもたらすのは崩壊のみ、と。 それは茉莉も同じ考えであった。無自覚な狂気が繰り返すのは愛に溺れた所業。それはもう愛じゃない。惨劇でしかないのだ。 「エリスは……恋愛に……ついては……良く……分からない」 『』エリス・トワイニング(BNE002382)は呟く。彼女の金の髪が春の風に靡いて、金の糸のようにさらりと広がった。 彼女は悲劇を止める。それが彼女の気持ちだから。それが彼女の使命であるから。 だから彼女は共に戦うのだ。 少女はまっすぐに前を向く。 「殺して壊して……奪う」 そんな権利は、誰にもない。それがどれだけ深い愛だとしても。 少年は呟く。『フラッシュ』ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)は赤い双眸を細め、まっすぐ前を向いた。 彼女の愛はどこから始まったのだろう――そして何処から狂ってしまったのだろうか。 ――嗚呼、貴方の愛は貴女が果てる事で完成するのか。 それとも報われるのか。 彼の言葉を聞いて『トリックアンドトリート』冬青 えにし(BNE003662)はフィンガーバレットを握りしめる。 「哀れな女だな」 その双眸に宿るのは一種の失望。かわいそうなおんな。 彼は彼なりに信じている愛があるのだ。どんな愛の形があったとしても、真弓の歪んだ愛情を認める事が出来ない。 ――愛は、奪うものじゃなく。与えるものである。 まだ年若い少年はその手足、血液でさえ、彼の愛しの人に捧げる気持ちを溢れさせ、戦場へと向かうのだ。 ふと、そんな彼らの様子を『赤猫』斎藤・なずな(BNE003076)は燃えたぎる炎の眸を向け、下らんと呟いた。 「愛する者を殺めたからといってどうなるというのだ」 燃やせ、燃やせ。 彼女は燃やす事に固執する。狂った女の愛でさえも燃やしつくして灰へと昇華するのだ。 燃やせ。 「さっさと片付けるぞ」 少女の目の前に居たのは、一人の女であった――真弓。 真弓の姿を確認した柚木 キリエ(BNE002649)は決意する。 彼女が、ノーフェイスの女が愛した人が皆、自分の手で死んでいく悲劇を終わらすために。 「動かなくなった彼等は、本当に君のもの?ただ否定出来ないだけじゃない?」 「私のものよ、私のもの。否定?何がかしら――だって、私を愛してくれたんだもの」 キリエの言葉に真弓が笑う。 笑う、笑う。彼女の身に纏っていた白いワンピースの裾が春風で揺れた。 ● 「あらあら、こんなに花が舞い散って、綺麗ね」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は月のように輝く瞳を細めて楽しげにつぶやいた。 真弓の周りを浮かんでいる12個の花水木。見目は美しい花たちだが其の殺傷能力は高い。 「お嬢さん、ご存じ?こういうことわざがあるの。『花よりチェインライトニング』ってね!」 その言葉とともにマグメイガスの少女らが扇状に移動した。 体内の魔力を活性化し、癒しの力をあふれさせるエリスが不安げな表情で真弓を見つめる。彼女の超直感が告げているのだ。何か、何か大切なことを一つ見落としてるのではないか、と。 彼女の隣で風をも越える素早さを身に纏ったルークが『Luke』と『Sid』を構え花水木を見つめていたが考え込んでいるエリスへ不思議そうに問いかけた。 「どうしたの?」 「……離れて!」 エリスが声を荒げる、彼女の目の前には真弓に視認されないようにとキリエが立ちはだかっていた。 なずなやえにしも反応するが――遅い。 真弓の放ったピアスの乱れうちが彼らの体を貫く。 「っ……!」 しまった――そうキリエは直感する。 気をつけておかねばと思ったものの真弓が先に全体への攻撃を繰り出してしまった場合、ひきつける事に失敗してしまっているのだ。 しかしリベリスタ達はそれでは倒れない、真弓の周囲を飛んでいる花水木が6体、凄まじい勢いをつけて彼らへ襲いかかった。 花水木の合間をぬってキリエは走る。真弓へ対して放ったピンポイント・スペシャリティは花水木らを巻き込んで彼女へとブチ当たった。 「ふふ、痛い、これが貴方の愛なの?」 「愛の曲がお好みなの?壊れた貴女」 くすくす、とバイオリン奏者が奏でたのは鋭い旋律。 「初めて弾く曲なの」 ――お好みかしら? 少女の鋭い旋律は花水木達の動きを止める。奏でたのは失恋の鋭き痛み。 杏が自身を中心に魔陣を展開させる。彼女を包んだ魔力は花水木を捉えようとじわりじわりと狙っていた。 「嗚呼!お可愛そう!あなた達は愛を感じたことがないの?」 「残念だがお前の愛は間違っている」 そう告げたえにしは愛しい人の事を心に浮かべる。彼の愛してやまない最愛の人。 愛を感じる?――ああ、俺は報われなくったっていい。 彼のフィンガーバレットから打ちだされるのは彼の愛の形。花水木がはらり、と散る。 「貴女が望んだ愛とは、何でしょうか」 まるで真弓の愛を否定するかのような激しい詠唱であった。 ――その声は真弓を苛む様に、茉莉の体内に漲る魔力は真弓を捉えようと今か、今かと狙っている。 「可哀想な方」 茉莉の祈る様な詠唱が終わる。彼女はキッと花水木へと向き直った。 真弓の表情は恍惚に満ち溢れている。 愛しいの、愛しいの、いとしい、いとしい、愛してるの! 「愛してるかは知らないが、喜べ!私がお前の無様な後追いと言う願いをかなえてやる!」 「あら、素敵!」 真弓が笑う――それよりもなずなが楽しそうに笑った。 燃やしてやる。お前の愛など、私の前では無効だ! 広がる雷撃に花水木がくるくると宙を舞う。 「綺麗だね…Benthamidia florida、日本ではハナミズキっていうんだ」 とてもきれいな花だ、とルークは思う。 白いワンピースを纏い笑った彼女によく似合う、綺麗な花だ――そう思う。 「けど、とても哀しい色をしているね」 彼が繰り出す剣戟は花水木を散らす。散らす。はらはらと。 宙を舞う花が、彼らの体を切り裂いていく。 攻撃で傷ついた体をエリスの歌声が包み込んだ。耳朶へと直接語りかけるかのような切ない歌声。 その歌声を聴き、うっとりした様な真弓が笑った。 「愛して――そして傍に居て!」 彼女の言葉に呼応するように花水木が宙を舞う、その数4体もの花水木達がキリエの体を切り裂く。 スピカの奏でた旋律が激しく花水木を翻弄する。 ひゅ、と音を立てて杏へと迫ってきた花に、彼女はその黒き翼を羽ばたかせ跳躍する。 「露払いなら任せろー!」 笑いながら彼女の放った雷撃は惜しくも真弓には届かない。花水木の花がはらり、と舞った。 「愛に溺れて、お可愛そう」 「エゴなのは分かってるんだっ、俺がお前を否定してやる……!」 少年が叫ぶ、彼は、彼の望む世界の為に弾を放つ。 花水木達が彼の銃撃をひらりとかわし、愛を嘲笑うかのように春風にその身を揺らせた。 「貴女の愛が真実だというならば、」 ――私に見せてくださいな。 茉莉が呼び出したのは大きな鎌。目の前で襲いかからんとしていた花へとその呪いを刻みつける。運命を刈り取る死神のように。 「さあ、真っ赤な炎を吹き上げて転げ回れ!」 花水木の姿が少なくなる、この時を待ち望んでいたなずなの目に赤黒き炎が宿った。 彼女の召喚した赤黒き炎は彼女の欲望を映し出すかのように、ぼうぼうと燃え上がった。 しかしそれすらも愛に生きた女はかわしてしまう。女は炎を避け、もう一度攻撃を仕掛けようとしていたキリエへと走り寄った。 「ねえ、貴方、貴方は――私を否定するの?」 「君が本当に好きなのは、自分だけ。違う?」 くすり、と笑ったキリエの首筋に女のカッターナイフが切りつけられた。なずなの召喚した炎より鮮やかな赤――。キリエの目の前がカッと赤く染まる。 運命が、廻る。 「貴女の愛すら否定してやる!」 運命が、くるくる回る。 立ち上がったキリエが手にしたダガーで女を斬りつける――浅い。 「真弓さん、受け止めてあげよう」 他の人を傷つけないで、とルークが彼女の行く手を阻む。 何度も何度も、カッターナイフが彼へと突き刺さる。長く持たなくてもいい、誰かが傷つくよりはずっといい。 ルークの運命が燃え上がる。貴女を受け止めてあげる、とその手にした獲物で真弓を攻撃する。 少女たちの力もあまり残されていなかった。 滴る水のように静かな詠唱により、祝福を与える少女の瞳には敵の行動を読みとろうとする意思がはっきりと浮かび上がっている。 「――聞いて?」 バイオリン奏者の奏でたのは愛を求めた女への悲壮の歌。 貴女の言葉なんて、私には何も伝わってこない。 「アタシが素敵なんて程遠い、うるさくて、やかましくて、それでいて癖になる、ロックンロールを教えてあげるわ!」 彼女が放ったのは体からあふれ出た魔力。四色に変わった彼女の歌声が真弓の体を突き刺した。 踊りだしてしまいそうなほどノリのよい歌。 愛に満ちた真弓の体へと叩きこまれるある種の麻薬のような歌声。 エリスが顔をあげる。くる、と少女は直感する。 「私は、傍に居てほしかっただけなの!生きていたら何時か私を忘れてしまうのでしょう!?」 ――寂しいの、私を愛して欲しいの。 ――愛して!!お願い、傍に居て!! 真弓が――ただ愛にひたむきに生きた女が愛を叫ぶ。 茉莉が其の愛に体を震わせた。愛してあげるから、だから。 「忘れるなんて決めつけないでください」 「それで幸せかい?」 キリエが痛む胸を抑える。真弓に切り刻まれズタボロにされた腕から血が流れ出る。 機械化した心臓が痛む――嗚呼、これは心が痛いのか。 「命が消えればただのいつか朽ちて果てる肉塊だ。それすら消えてしまえば他に何もない」 だから燃やし尽くしてやる。お前はそう思っているのだろう? なずなが其の目に炎を灯した。 雨だれの様な詠唱が再度彼らの心を癒す。エリスは祈る――癒すことが使命だ、と。 「死につながる想いを、止めてやる」 「何も残らないのなら、止まらないわ!」 笑う笑う、真弓が微笑んだ。 「歓迎しよう、幾らでも燃やしてやる」 少女の炎が真弓を沈める。その炎は彼女の罪をも燃やすかのように。 「お前の愛なんて認めない!俺と『あの子』の世界に、お前は要らない」 少年の拳が愛に溺れた女の心を砕く。 「報われれば、いいね」 優しい少年が繰り出した剣戟は女の胸へと突き刺さった。 真弓が笑う。ああ、これであの人たちの後を追える 「ねえ、皆様、知ってらして?私の名前ってお花の名前なのよ」 ● 「ホント、綺麗ね」 祈る様に眠る愛に溺れた女の傍で、黒き天使が笑った。 力を失った花水木を手向けだ、とえにしは花弁を真弓の頭から降らせる。 ひらひらと、花弁が春風に誘われる――このまま、少しお昼寝をしてしまおう、そんなふうにも見える死に顔であった。 「俺も歪んだ愛なのは分かってる、エゴなのは分かってるさ」 それでも愛せずにいられない、自分自身の複雑な愛を胸にえにしは女の死に顔を眺めた。 「面倒だったな」 愚か者め、というなずなの表情は何処か暗い。 彼女の燃え上がる眸の炎は優しく、そして、未来を照らす様に輝いている。 「花言葉など、興味ないな」 真弓の花、となずなが呟く。彼女の隣でこてん、と首をかしげたエリスが花言葉は何でしょうか、と問うた。 優しい癒しの少女。 彼女の直感はもしかするとこの愛に溺れた女の名前の意味に気付いていたのかもしれない――。 「花言葉は『あなたの魅力を心に刻む』よ」 実家が花屋なの、と笑ったスピカは死に行く少女に別れの歌を奏でる。 彼女の優しいヴァイオリンの音色が春の空へと響き渡る。 「お疲れ様、君の愛、受け止めれたかな」 キリエが困ったように笑う。何もあの言葉は責めるつもりはなかったんだ――と弁解。 彼女の心へ語りかけれたら、とキリエは手にした花を少女の髪へと添える。 「もし、この花の下で違うで愛の運命があったなら」 そうすれば、もっと変わったのかもしれないね、とルークは笑う。 花弁の舞う丘の上、茉莉は空を眺めた。彼女の翼が春風に揺れる。 まるで天使が迎えに来たようだ、と杏は笑った。 少女のヴァイオリンに乗せて、優しい歌声で歌う天使。 悲劇は止まった。 貴女の愛の形、忘れないから。 其の言の葉に女が微笑んだ気がした。 ――さよなら、おやすみなさい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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