● 「争奪戦お疲れ様、ここからが本番ってところだよ」 その日、『首を突っ込みたがる幼き賢者』ミカ・ワイナミョイネン(nBNE000212)の表情はいつもより冴えなかった。 少し元気がなかっただけとも言えるが、分かる人にはその理由は察して余る。 鬼道は予想以上の攻勢を敷いてくれたお陰で、アークが得られた『逆棘の矢』は二本。 されど、温羅への切り札を二本も得られたことは大きい。それに彼らの動きから察するにこの『逆棘の矢』はそれ程までの威力を誇るとも考えられる。 だが、事態は休む間もなく進んでいる。『万華鏡』が観測した鬼道による大規模襲撃が実行されれば、この世界の崩界を進めるだけでなく人間社会にも大きな爪痕を残す事となるだろう。 当然、そのような暴挙を繰り返させる訳にはいかず、雪辱戦に当たる戦いとなるだろう。 緊張と自体の大きさに重くなる空気。 そんな空気に彼も気づいたか、ミカは1度深呼吸し――。 「僕等がやらなきゃ誰がやるってね、なにせ僕が日本で一番強いって思ってる革醒者組織なんだから、ここは」 そう言い切り、話を進める。 「今度はやられる前にこっちから打って出るよ。作戦目標は鬼道の本拠地『鬼ノ城』の制圧及び鬼ノ王『温羅』の撃破! 敵の本拠地に殴りこむんだから、当然一筋縄じゃいかないだろうね」 鬼ノ城自然公園に出現した『鬼ノ城』はその名の通り巨大な城。その守りは言わずもがな堅牢。 加えて要所には、以前倒しそこねた四天王を始めとする強豪揃いの鬼が陣を構えている。 場外周辺には『烏ヶ御前』率いる部隊、迎撃に打って出る彼女らを対処すれば後方からの支援が容易くなり、援護効率も増す事が見込まれる。 更に奥、城門には同じく四天王の『風鳴童子』の部隊。城門を抜けた先にある御庭には鬼の官吏『鬼角』率いる精鋭近衛部隊が戦いの時を待っている。攻城戦において立地や戦力差・練度、さらに士気において攻撃側の不利は免れず、2部隊共にその実力差は侮れない。 もっとも、ここを突破すれば先の戦い――鬼ノ城本丸への進撃効率が上がり、敵の強化が解除される。我々にとっては非常に有利になるだろう。 そして本丸下部の防御を受け持つのはあの『禍鬼』だ。何を考えているか分からない奴だが、手強い敵なのは間違いない。『温羅』との決戦に臨む部隊の余力を温存出来るかどうかは各戦場での勝敗にかかっている。 又、重要な事実だが『風鳴童子』『鬼角』『禍鬼』はそれぞれ『逆棘の矢』を所有している。彼等の撃破に成功すればこの矢を奪い取る事が出来るかも知れない。エリアの制圧と共に有意義な作戦目標になるだろう。 ● 「人の光が見える。人の作った光、忌々しい……」 鬼ノ城自然公園、鬼ノ城場外。 雪の如き銀髪に真っ白な肌、吊り上がった黒き瞳に宿るは狂気。 白地の着物姿に頭に二本の角を携えた女性鬼は、街灯に憎悪を滾らせる。 彼女の名は『お鶴』。人を愛し、されど人に疎まれ、いつしか人の世から姿を消した鬼。 長い時の中で彼女は人と決別し、他と同じ一鬼道として過ごしてきた。 「この世に人の一片も残さぬ。共感する者は同属に堕とし、従わぬものは皆殺しよ!」 だが、それでもなお彼女の行動は他と比べて矛盾に満ちている。 人を強く恨み、殺すと言いながらも、人を同属に引き入れようとする二面性。 その歪んだ情けこそが他の鬼とは異なっていた。 「人間がどれだけ恨めしくても、芯は変わらないわね」 場外を守る烏ヶ御前がお鶴を取り巻く鬼婆の姿を一瞥し、呟く。 「この城は落ちぬ。温羅様が居る限りは我らも、鬼の子らもまた不滅」 御前の呟きはお鶴の耳に届かない。ただそこにあるのは愛か、それとも執着か。 ただ狂気のまま彼女は日本刀を抜き、人の創り上げた文明をひたすらに憎悪する。 月は城を照らし、時は刻々と過ぎていく。 今宵全てが終わるか、それとも――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カッツェ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月12日(木)00:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●戦 人が憎い。 憎くて、愛しくて、それでもなお憎い。 鬼と人は分かり合えない、歩み寄っても排斥され、向かい入れても片輪が潰れる定め。 ならば、いっそ全てを無くせばいい。 全てをなくし、共感するものだけが居れば――。 「全力でお鶴にぶつかっていくよ!」 お鶴の待つ陣を確認すると、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)の一声と共に一斉に散開し、鬼達に飛びかかる。 「憎いか。人間が、憎いか。滅ぼしたい位に、人間が憎いか!」 一番先に鬼婆と相対し、組み合ったのは『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)と『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)。 彼らの俊敏な動きは同時に飛び出し、鬼婆を抑えこむと同時にギアを入れ、自身の速度を更に上げる。 「憎い、憎いとも。故に共感できる者だけを残す」 アッシュの問いに見下すように答えるお鶴と、「嘘だね」と返答を一蹴するアッシュ。 「本当だとしてもそれだけじゃねェ、てめえの行動に一番共感してるのもてめェなら、 拒絶してるのもてめェじゃねえか!」 「知った口を叩くな!」 激昂と共に、お鶴の体から漆黒が吹き出す。積年の恨みと憎しみが体現したかのような闇は彼女の身を守り、戦いに駆り立てる力となる。 「ルカは嫌いだよ、墓荒らしをする鬼は大嫌い」 ルカは墓守、世界の最底『ボトム・チャンネル』の墓守。故にこの世界を荒らす鬼道は何であろうと許しがたい存在と言える。 「一体どれだけの長い時間を人に裏切られ、憎しみを抱いて来られたのか」 やや遅れながらも影を己の武器に変え、明神 暖之介(BNE003353)も鬼婆と組み合う。 笑みを忘れず、眠たげな目をしっかりとさせて鬼婆の急所を打てば、苦悶の表情が鬼婆の顔に浮かび上がる。 前衛は四対四。数では拮抗し、肝心の戦力差でもリベリスタの方が大きく勝る。 「二人でもキツイかもだけど、いける?」 「これも騎士の勤め、その身に代えても抑えよう」 一方で、『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)と『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)の二人は戦場を迂回し、お鶴へと接近する。 周囲では既に血戦が繰り広げられ、剣戟の音と怒号が激しく入り交じる様はまさに修羅の世界を体現したかの様。 だが、鬼婆が迂回に気づきとっさに体制を反転させる。 「邪魔すんじゃねーよ! これでも邪魔したいか!?」 それに待ったをかけるように、『メンデスの黒山羊』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)のフレアバーストが鬼婆の背後に叩き込まれる。 「ヴオッ!?」 炸裂した魔炎に爛れ、未だ燃える背に怒りを露わにした鬼婆が包丁から真空刃を飛ばせば、ノアノアの脇腹を掠め、血が溢れ出す。 「めんどくせーよなー、ほんとめんどくせーぜ?」 傷を抑えつつも、浅い事を確認して攻撃を続行する。これで四対五。 二人の眼前に見えるお鶴は悠々と武器を構え、その身を纏う漆黒がより濃くなっていく。 早く来い、こちらに来いと言わんばかりに、お鶴は向かいつつある二人に視線を注いでいた。 ●争 「ギャアァァ!?」 ナイフから繰り出されたルカルカの乱撃が、鬼婆一体を一瞬にして肉塊へと変える。 刹那の間に彼女は四度の連撃を鬼婆に叩き込むその技量は、まさに完全にして瀟酒。 戦況に身動ぎした鬼婆達が身を固め出した所に、真独楽と暖之介が容赦なく一撃ずつ叩き込む。 「うまくいった、このまま――」 真独楽が手応えを感じて体制を変えるやいなや、鬼婆が咆哮と共に光を放ち始める。 「ブレイクフィアー……厄介ですね、とても打たれ強い」 暖之介が思わず苦笑いを浮かべる。硬い上に状態異常を立ち所に治されては与える意味を成さない。『女性らしい』という言葉を飲み込みつつ、人の持つ異質なものへの非寛容さを伴って、鬼婆を確実に削っていく。 「同情はしますが、同調は致しませんよ」 だが、その間にもお鶴の憎悪はリベリスタ達へと向けられていく。 「怨念の一端、刻みこんでくれる!」 「ヤバッ、みんな伏せて!」 瞑が伝えた時には既に遅かった。お鶴の刀を覆っていた漆黒の光が火線上のリベリスタ達を貫き、力を簒奪していく。 すかさずエリス・トワイニング(BNE002382)の聖神の息吹によって回復するも、その威力にリベリスタ達も足並みを崩す。 「鬼婆なんかよりもありがてー俺様の光だ、気張りやがれよ!」 ノアノアが重ねてブレイクフィアーをかける事で体制を立て直すも、このまま打たれ続ければ体力もままならない。 「惟ちゃん大丈夫!?」 瞑の連続攻撃がお鶴を斬り裂き、もう一撃の所で避けられる。 「痛い、痛い。その痛みの幾許を味わえ!」 「こっちは――瞑殿、前!」 反撃で飛んできたのは黒き光を纏った刺突。 庇いに向かおうと走る惟だが、暗黒を打ったばかりでは間に合わず、瞑の心臓を光が貫く。 「あ、あぁぁ!!」 その間に吹き出す闇が激しい痛みと苦しみを与えていく。一般人なら心臓が破裂してもおかしくないショックに、瞑の体が崩れそうになる。 「……まだ、まだ」 だが、瞑はその生を手放さない。 「うち、お鶴ちゃんのためにも、もう一回立ってみたいな」 必死に運命に縋って立ち上がり、瞑は意識を取り戻す。 「私のために?」 「そう、お鶴ちゃんは拒絶されるのが嫌なんですよね?」 訝しげに尋ねるお鶴に対し、瞑が光に触れると図星であったのか、貫通した黒い光が消え失せる。 痛みが和らいだのか、一息ついて瞑は語りだす。 「うちね、昔バスケ部でさ、一年生でレギュラーだったしすっごい期待されてたんね」 突如生じたオッドアイ。それがショックで学校にいけなくなり、次第と社会から離れていった瞑。 いきなりの語りに対し、瞑は「笑う?」と尋ねるも、お鶴は笑わない。 彼女も境遇とは言い切れないが、その気持ちは察して余るから。 だから――。 「人を恨んだりするのは人が人足りえるから、うちはお鶴ちゃんに共感する。 だから、アナタもうちを共感して欲しいよ」 ●乱 戦況は膠着し、リベリスタ達は劣勢へと追い込まれていた。 未だ決定打に欠け、鬼婆への状態異常も思った以上に成果を見せない状況下で唯一救いと言えたのは、鬼婆がブレイクフィアーのみに集中して攻撃が飛んでこない点だろうか。 「奏音は何があっても奏音だと思うのですよ~」 その中で魔陣を組んで神気閃光を飛ばす来栖 奏音(BNE002598)の攻撃は、徐々にではあるが鬼婆の体力を削っていく。 鬼になってはかわいい猫たちと一緒にお昼寝出来ないという理由だが、それも立派な拒絶の理由だ。 その一方でお鶴はと言えば、そのようなこともお構いなしに後方から黒の一閃、シュヴァルツ・リヒトを打ち込み続ける。 ただひたすら、無慈悲なまでにリベリスタの戦意を蹂躙し、追い込んでいく。 「これも全力だ……ッ」 惟が瞑を庇い、お鶴の猛撃を必死に受けては堪え、己の運命を削ってでも立ち上がる。 『惟』は騎士、守るべき者は瞑。一度は守れなかったその身を今度こそは守ってみせる。 並々ならぬ覚悟と誇りを持って、惟は『鏡盾鞘フォレース』を構えてボロボロの瞑をかばい、瞑も仲間が来るまで倒れまいと全力で防御し続ける。 一人、また一人と倒れてはフェイトを削り立ち上がる持久戦。鬼婆は瀕死ながらもその硬さ故に、まだ倒しきれていない。 「ボク達の敵は貴方達ではない」 もっと、もっと先へと、離宮院 三郎太(BNE003381)が各々との意識を同調させ、リベリスタの気力を満たしていく。 それでもまだ足りない。彼らは本格的な持久戦を覚悟するか、ここで一気に決めるかの瀬戸際に立たされる。 「いけるか?」 「いける」 ルカルカとアッシュが顔を見合わせ、意識を集中させる。 お鶴の主だった攻撃はシュヴァルツ・リヒトとペインキラーの二つ。 どちらも鬼婆という屈強な肉壁あっての連携であり、逆を考えれば鬼婆を大きく崩せば流れも変わる。 ならば、どこまで切り崩せるか。集中に集中を重ねた二人が呼応し、周囲もそれに合わせて動き出す! 「愛してたから憎いンじゃねェ、愛して『る』から憎いンだろう。 愛『されたい』から憎いンだろうが!」 怒号と共に、アッシュの澱みなき二連撃が磨耗しきった鬼婆の体を刎ね飛ばす。 「『仕方ない』で切捨てられるものでない事は理解していますが……ね」 暖之介が繋げた死の爆弾が、同じく体力の削れた鬼婆の体を四散させる。 屈強かつ自己再生の効いた鬼婆とはいえ、その回復量には限度がある。 長期戦によって消耗しきった状態下での威力を重視した攻撃の前には、流石の鬼婆も耐え切れなかった。 「行けルカ、おなじみの奴だ!」 アッシュが声を荒らげると、残った鬼婆がアッシュを向く。 「わかった」 穴が出来た、死体を埋めよう。死体は今作れば良い。 踊りましょう、さあ殺しましょう。 ルカルカは弾けるかのように隙間を抜け、無限とも言える刺突――アル・シャンパーニュを解き放つ! 「こ、小癪な!」 「まだまだいくよ」 一撃、二撃、そこまで入ったが三撃目までには至らない。 着物は己の血で染まり、魅入る心は己の闇に飲み下し、激痛に神経が研ぎ澄まされていく。 「貴様も、貴方達も私が選ぶ。すべて、全て私の闇を知って堕ちてしまえ!」 惟の発した魔閃光によって最後の鬼婆が倒されるのを確認し、お鶴が腕に爪を立てて震えだす。 させまいと真独楽が飛び込み、メルティキッスを打ち込むもまだ足りない。 最後の最後、あと数撃がまだ足りない。 「良いぜ? 来いよ、てめーの重い思い見せてみろやァ!」 ノアノアが声を荒げ、尊大に腕を広げる。 悲観症な甘ったれヒロイズムが何だ。教えてやる、この僕こそが『愛』だ! そう言わんばかりの尊大さ――否、人の傲慢さを以てして受け入れる。 彼女の言動に呼応するかのように、お鶴が内包している強大な思念が周囲を塗り潰していく。 塗り潰し、そしてお鶴と相対するリベリスタ達を飲み込んだ。 ●愛 幾度も幾度も裏切られ、幾度も幾度も報われぬ。 それは鬼であるからか、それとも人ではないからか。 子は死に、夫は逃げ、一人でただ生きる事は辛いこと。 けれども、悔いるまま死ぬるはあまりに辛い。 「なるほどなー、つっても良くわかんねーけどさァ! これが手前勝手なぐらいは私でも判るぜ、お鶴ちゃんよォ!」 そこにあるのは人への恨みと憎しみ、そして母の愛。 歪みに歪んだ愛は真っ当な形を作り、子を苦しめる。 ならばもっと愛を与えよう。その子がずっと、骨となるまで袂にいてくれるまで。 そんな心情を克明に読み取るにはリーディングなんて必要なかった。なにせお鶴の方から一方的に発信してくるのだから。 「貴様は憎んだ人間を恨み、共感する子はカゴの中に閉じ込めるとでも言うのか!」 そんなものは認めらないと拒絶する面々を襲うのは壮絶なる苦痛と怒り。 惟の全身を激しく揺らし、己の闇より深い憎悪は拒絶と混じり合って壮絶な怒りに変わる。 「他人に、別の生き方を強制するのは……」 人を守る事が騎士たるが故に、どう思われようと二の次だった過去の自分。 そんな自分に気づき、今こそ証を立てようと武器を構え、運命をねじ曲げようと誓いを立てる。 だが、その誓いは無常にも意識と共に黒く潰されていく。 「瞑、殿……」 惟が倒れる寸前に見たのは、お鶴に魅入られた、護るべきはずの瞑の姿――。 そう、お鶴に対して共感の意を持っていた瞑と真独楽のみは苦痛を抱く事もなく、むしろお鶴の考え方に正当性を抱き始めていた。 (なにこれ? 頭の中がおかしくなりそう……) 排斥する人間が全て悪く、鬼であるお鶴が正しいという真逆の倫理観が是となり、人を倒す。 否、お鶴に下り、鬼の子として付き従う事こそが最善と錯覚させる。 お鶴と向き合った時、共感するけど棒に振れない事があると、瞑は彼女に伝えていた。 想い人が待ってくれるから、好きで好きでたまらない人がいるから棒には振れない。 そう彼女はキチンと伝えたはずだが、その言葉はお鶴に届いていない。 仮に届いていたとしても現実にあるこの安堵と安らぎの前に心が折れかかる。 (まずい、うちは……!) 『堕ちる』 瞑は事態の深刻さを察し、とっさにナイフを自分の腕を刺すが痛みを全く感じない。 痛みよりもお鶴の念が勝ったか。流れる血は瞑に確かな現実味を与えながらも、その心と思考はお鶴の望むままに心が塗り潰されていく。 「何で、こんなに優しいのに……?」 真独楽も瞑と同じ境遇下にいるものの、遥かにその念に対して流されていた。 鬼達の所業を止め、人間の力をお鶴に見せつけようと息巻いていた真独楽。 だが、自分の親を知らず、その暖かみも知らない真独楽にとってお鶴の発する暖かみが親のものではないかと思えて仕方がなかった。 そして、お鶴の気持ちをよく知ろうとすればするほど、鬼であるが故に人間から迫害され、安寧も恋も叶わないお鶴の境遇に理解を示し始めていた。 「優しい子、このまま鬼の子として末永く愛してあげる」 未熟な部分の多い真独楽の身に歪んだ優しさは耐え切れるものではなく、全部を理解しきれてはいないが故に、彼女はお鶴の母性と不遇な一面『だけ』を理解してしまった。 今の真独楽の心には、お鶴と同じく歪な優しさと人間への憎悪が激しく渦巻いていた。 闇が晴れ、月が彼らを照らし出す。 ある者はお鶴のあまりに身勝手な母性に、そしてある者は人間全てに対しての憎悪が交錯する。 そんな中で、その念に囚われなかった者がいた。 「私の念を、払った!?」 「良い顔になったじゃねェか、今の顔が前より数倍美人だぜ」 運命が味方したか、はたまた信念が勝ったか。アッシュは奇跡的にお鶴の精神攻撃を無傷で乗り越える事が出来た。 その顔は鬱憤が晴れたかのような、どこかすっきりとした顔立ちだった。 「理不尽な手合いは、どこまでいっても理不尽」 「その結末を、今から見せましょうか」 そしてルカルカが、暖之介が立ち上がる。 己の運命を削り立ち上がった者達もまた、憎悪に飲み込まれずに済んでいる。 「ハ、カハッ。まだ、まだ私は倒れない」 お鶴の体が揺れる。思念を放出すると同時に自身の心身を傷つけ、苛んでいたのだろう。 「目を覚ますの、巻き込む優しさだなんて理不尽」 共感してしまった二人に声をかけるルカルカ。彼女は意思を曲げるまでもなく、墓守として世界から祝福される事のない鬼に対し、相容れない姿勢を貫く。 「幾年の時をもって、生まれた憎悪。小汚い獣の声、なんかに!」 「獣で悪かったな! まあ僕ちゃん獣でも人でもなくて魔王なんだけど!!」 ノアノアがすかさずフレアバーストを叩きこむも、憎悪のあまり的はずれな方向に飛ぶ。 共感した瞑も真独楽もまだ動かない。 「さぁ、同じ痛みを知った私の娘。危害を加える人間をまず討ち滅ぼしましょう」 打って代わり、お鶴が子どもに言い聞かせるような声で二人に語る。 このままリベリスタ同士で同時打ちが始まってしまえば、消耗しきった戦況に致命的な影響を与える事となる。 「あら、腕を怪我しているじゃない」 瞑の腕から流れ出る血に目が留まるお鶴。思わずその体を瞑に寄せた、その瞬間――。 ザクッ、ザシュッ。 「……え?」 繊維と肉を切り裂く音が、二度響く。 振り抜かれた腕、溢れ出る生の証。 子と称した瞑の腕は、血を流しつつも返り血に染まる。 「…………」 その目は正気、心もまた人のまま。 『絶対に堕ちない』という覚悟が、痛みと共に呪いめいた思念を断ち切り、お鶴ごと切り裂いた。 「あ、あぁ、私は、また裏切られるの!?」 胸に受けた二度の致命傷と、瞑から攻撃を受けたというショックに、お鶴は絶望の表情を瞑に見せる。 「お鶴ちゃんにも、うちの気持ちを共感して欲しかった」 後悔がないわけじゃない。だが、相容れないと判ってしまった。 断末魔と共にお鶴は倒れ、そのまま絶命する。 「うちも、少し疲れた」 瞑も疲れと痛みに倒れる。 涙が伝うように流れゆく血は、大地とお鶴の体を濡らし、その色を変えていった。 ●離 受けた被害は決して浅くなく、お鶴の感情次第によっては敗北も在り得た。まさに紙一重の戦いと言えよう。 だが、拒絶しつつも受け入れる者がいたからこそ、この戦いを勝ち抜く事が出来たのだろう。 かくして、強固な守りを誇ったお鶴と鬼婆勢を倒した事で戦況はアーク側にまた少し傾いた。 「この様なら抱き締めて襲っちまいたくなるぐらい可愛いぜ、お鶴ちゃん」 「ねーちょん、ルカ疲れた。おんぶ」 「あーはいはい、こっちを抱き締めてやるよ」 垂れかかるルカルカをおんぶし、戦場から引き上げるノアノアと一同。 「……ごめんね、お鶴。でも、もう裏切られないよ」 正気に戻った真独楽がお鶴の亡骸を見、一言呟いて戦場を後にする。 歪んでいながらも彼女の暖かさを一矢に受けた彼女の目には、若干ながら涙が浮かんでいた。 鬼があるが故に人と共感しようとした、優しかった鬼はもう居ない。 少し後味の悪い、月下の一幕はこれで終演。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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