●その鬼女、忠義者につき ――鬼ノ城。 ある日其処に、二人の女が訪ねてきた。 和装の、美しい女二人だ。普通なら、門番の鬼に――否、巡回中の鬼に見つかった時点で、獲物が来たと食い殺されている所であろう。 しかし、その二人は門番に何事か言伝た後、額を見せると、すぐさま中へと通された。周囲の鬼の視線も一向に意に介さず、悠々と、堂々と、進んでゆく。 やがて二人は、一人の鬼女が待つ一室へと通された。 「……お楓の姉御……アタシだよ」 お楓、と呼ばれた鬼女は、美しかった。名が表すように色付いたその楓の如く赤い髪は、彼の在原業平が詠った秋の川のよう。そして銀杏のように柔らかな黄色の帯に、楓の意匠を施された漆黒の小袖は――彼女を訪ねた黒髪の鬼女の紅の小袖と瓜二つだった。 そして、彼女は二人の女を顧みて、嬉しそうに笑んで見せた。 「ああ、良くぞ、戻ってきてくれました……お蕗、お千!」 ●その防衛線、強固につき 「皆は、良く頑張ってくれたと思う。でも、流石に鬼達も一筋縄じゃいかない相手だった」 伏し目がちに、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は告げた。それ以外に何と言って良いか、言葉を見つけられずにいるのだろう。瞳の色は僅かに苦しげだ。 先の大戦で、リベリスタ達が手にした矢は、二本。残る三本は、敵の手に落ちてしまった。 「でも、まだ全ての希望が奪われた訳じゃない。そもそも、敵が其処まで必死なのも、あの矢にそれだけの意味があるって事を、向こうが言外に証明してくれた事にもなる筈」 だから、諦めない。イヴも、リベリスタ達も。 「けど……今回はその希望さえ、見失ってしまいそうな程の未来が視えた」 何と、力を蓄えた鬼達が、前回以上の規模と暴力を以て暴れ出し、人間社会を滅茶苦茶に蹂躙し尽くし、壊滅させる未来が、万華鏡によって観測されたというのだ! 先の岡山での戦いの際にすら、彼等は日常に対し尋常でない程の被害を齎した。あれ以上の悲劇が、今まさに、幕を開けようとしているのだ。見過ごしておく訳にはいかない。だが、その未来に至るまでの時間的猶予も、最早、殆ど無い。 「だから、事態は一刻を争う。今回ばかりはのんびりやっていられない」 そしてイヴは、スクリーンに現在の鬼ノ城の様子を映し出す。 「作戦目標は勿論、鬼ノ城の制圧、そして温羅の撃破。巨城の護りは堅固で、簡単に攻め落とせる程ヤワじゃないけど……躊躇ってはいられない」 加えて、ただでさえ護りの厚い鬼ノ城攻略を更に至難の業とさせているのは、四天王含めた強力な幹部格の存在だ。 彼等はその全員が語るまでも無く強力だ。だが、彼等が率いる部隊を退け、周辺エリアを完全制圧する事が出来れば、見返りも大きい。 「『烏ヶ御前』の部隊を退け、城外周辺を制圧出来れば、後方回復支援部隊の支援効率がアップする。次に待ち受ける『風鳴童子』と『禍鬼』の部隊を撃退、城内を制圧出来れば、此方の進撃効率がアップする。彼等二人の間、御庭で儀式を行ってる『鬼角』を撃破出来れば、温羅の能力を向上させてる儀式を阻止出来ると思う」 また、風鳴童子、鬼角、禍鬼は先の戦いで手中に収めた残りの『逆棘の矢』を所有している。上手く撃破することが出来れば、或いはそれをリベリスタが奪取出来るかも知れない! 「……っと、いう訳だから、皆には禍鬼攻略部隊として、奴と共に本丸を護ってる“とある鬼の部隊”に夜襲を仕掛けて貰う」 その“とある鬼の部隊”が、スクリーンに映し出される。鬼とは思えない、美しい女が三人、其処にいた。 「部隊を率いるのは、お楓という鬼女。そしてその部下というのが――お蕗と、お千」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月09日(月)01:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その再会、運命につき 明かり取りの窓から、白金の月が覗く。 走る、走る。夜の回廊を、リベリスタ達は走る。 この果て無く続くのではないかとすら思われる回廊の何処かに、彼女達がいる。 「来たね」 何処か嬉しそうな艶笑を浮かべる、紅の小袖の女がいた。 「こうなる事を望んでたのかもな……お主等も、儂等も」 ぽつり、『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)の唇から溜息が漏れる。あの日、彼女達を――お千と、お蕗を見逃した時から、双方共にいつかこんな日が来る事を、心の何処かで考えていたのかも知れない。 「知り合いですか、お千」 鈴の転がるような声。それが女とは言え、鬼の口から発せられたものだと誰が思うだろう。けれどそれは、闇に微かに溶ける黒の小袖の鬼女――お楓の言葉。 「ああ、姉御が復活する前にやりあったのさ。気を付けなよ姉御、油断してるとアンタでも足元掬われるよ」 「では、貴女は一度負けたのですね。ふふ、どうりでお香とお篠がいない訳だと」 くすくすと笑うお楓と、柳眉を顰め軽く頬を掻くお千。しかし、次の瞬間には、彼女達は、それぞれの獲物をリベリスタ達に向けた。 「では尚更、負けられませんねお千」 「ああ、二人の仇取ってやんないとねぇ」 抱えるものの為に。二度と負けぬと鬼の眸は告げる。 その意志の光に、『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)が僅かに俯いた。 「ま、そう甘くないよな。鬼だって譲れないもんがあって戦ってるんだから」 譲れる程度のものしか背負っていないのなら、こうして今、此処で相対等していない。 何より相手はフェイトも持たぬアザーバイド。そうして葬られたアザーバイドが、鬼の他にも大勢いるのだ。共存の希望は、皆無に等しい。 「俺に出来るのは全力で戦うことだけだぜ!」 「そうだ。その通りだ」 お楓達を指し、宣言するラヴィアンに頷き、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が一歩進み出る。 「姉さん等には恨みは無いが、此処で退いたら日本は滅茶苦茶にされてしまう」 一人の人間である前に、義弘達はリベリスタなのだ。そして、敵も女である前に、鬼なのだ。 だから、リベリスタ達が、裁かねばならない! ●その決戦、壮絶につき 「お蕗さんは?」 『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が問うた。事前に聞いていた、黄の小袖の女の姿が見えない。 するとお千が、答える代わりに視線を自らの後方へと投げた。すると、遠くの方で手を振る人影が見えた。成程其処から援護射撃を行う手筈なのであろう。 この辺りは同じ後衛の視点から考えたラヴィアンの読み通りであったという事であろうか。 「伏兵は無いって納得してくれたかい?」 「十分に。尤も、血祭り出来るなら、何でも良いんですけど」 何処か虚ろな昏き瞳で、物騒な事を口走った『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)だが、お千はそれを一笑する。しかしそれは嘲笑ではなかった。 寧ろ、愉しげな笑みであった。 「言うねお嬢ちゃん、嫌いじゃないよそういうのは! アタシ達を紅葉(あか)くしてご覧!」 「いざ、参ります!」 「!」 言うや否や、お楓が緩やかに舞い、お千が自慢の棍棒を振り被り――そのまま、風を生むが如き渾身の一撃で、『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)に殴り掛かった! 「っ!」 「っと、大丈夫か?」 踏ん張りが利かず吹き飛びそうになる慧架だが、義弘に支えられ何とか堪えた。しかし痛むのは血の噴き出る身体ではなく、現実を突き付けられた胸の奥。 (鬼でも人でも、話が出来るなら判り合えるかも知れないのに) それでも、そんな余地等無いのだと。誰かに言われたその言葉が彼女を苦しめた。 余地が無いなら作れば良いと、思うのに。それでも、戦いは始まってしまった。 今はただ、桜舞う白の小袖が紅く染まるのも気にせずに。 再び前へと舞い戻る。 先手を喰らってしまったが、すかさずリベリスタ達も反撃に移る。 「俺のターン! お返しだぜっ!」 流れるようにすらすらと言の葉を並べたラヴィアンが、自らの血を解放し、奔流の如き黒鎖の結界を展開し、お楓、お千を共に呑み込まんと、一気呵成に雪崩れ込む。 「姉御!」 お千は持ち前の素早さでそれを振り払い、お楓も自らを護る、季節外れの紅葉によって鎖を受け止め致命傷を避ける。だが、リベリスタ達の反撃はまだ終わらない! 「親近感も覚えますが……戦いに手は抜きません!」 慧架は一見緩慢な、しかしその実、一切の無駄の無い動きでお千との距離を詰め、一教の構えを取る。その動きに只ならぬものを感じ、身を引こうとするお千の腕を取り、その身をいとも容易く地に伏せる! 「っ!」 しかし敵もさる者、腹這いの状態から身を捻って不利を逃れる。だが其処に更なる追撃が繰り出される。闇夜に映える光の糸、一条はお千を捕えんと、空を翔る。 「女性型の鬼とは初めてです。お綺麗です」 だからこそ――血染め甲斐があるというものだ。影時はほくそ笑む。 「っは、舐めんじゃないよ!」 お千は腕の力だけで、自らの身を後方へと投げた。それでも、軸にしたその左腕に気糸は喰い込み、傷口からぱっと、鮮やかに紅葉が散った。 「お千、無事ですか」 「姉御、治そうか」 お楓とお蕗の呼び掛けに、しかしお千はゆるりとかぶりを振った。大した事は無いと言いたげに。 (勇猛果敢にして姉妹愛に溢れた三人、ですか) この際人と呼べるかどうかとの疑問は頭の片隅に追いやって、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)はお楓達の姿に、ふと、そんな事を考えた。 「種は違えど、美しき姉妹愛と言うべきでしょうか。とは言え、敵である以上、私達の世界を守る為、全力を持って当たらせて頂きます」 仮面の下に思いは封じ。一切の感情を感じさせぬ無機質な、偽りの無貌の下、彼は天へと呼び掛ける。天は応えて、リベリスタ達に、透明に澄んだ翼を与える。 「敗けたのが悔しくて今まで隠れておったか? 折角出てきた所悪いが、今度も返り討ちにしてくれようぞ」 「そっちこそ、一回勝ったからって油断しなさんな。んな奴ブッ飛ばしても、雪辱を果たした、なんて言えないからねぇ」 互いに互いへと挑み、煽る。闘志を漲らせる陣兵衛が哂えば、既に身体の温まっているお千も嗤う。 その直後、鈍く光る金の輪が、突然、秋の冷たき川の流れが如く前衛のリベリスタ達に躍り掛かった。 「!」 それでも、京一の与えた翼は、少女達の身を軽くした。お陰で、ななせは突然のその攻撃も咄嗟に回避出来たし、慧架と影時も直撃は避ける事が出来た。 『アーク監視対象者』如月・達哉 【監視】(BNE001662)が見れば、回復をお千に断られたお蕗が、リベリスタ達の前衛に、ギリギリ攻撃が届く位置へと身を置いていた。 お蕗はそのまま、後方へ飛び退き再び距離を取ろうとする。が、義弘のメイスの先端が、彼女を捉えた。 「逃がすものか!」 聖なる十字の光が、お蕗へと一直線に向かってゆく。宙でお蕗は身を捻るが、完全には逃れられず、白熱で身を焼かれた。 床を転がり、やがてお蕗の動きが止まる。 「お蕗!」 「お千」 「!?」 お蕗を顧みたお千を、呼び掛ける声があった。それはお千も見知った顔。 「今が“その時”なのか?」 問い掛ける達哉は思い出していた。お千との遣り取りを。 ――また人間様に仇なすかも知れないよ。 ――その時はその時だ。また止めるまでさ。 「……なっちまったんだろうねぇ。こうして向き合って血ィ流してるのが何よりの証拠さね」 初めて、お千が寂しそうな表情を見せた。 ●その思い、相思につき 「出会う場所が違っていたら僕等は友人になれたと思うか?」 「さあてねぇ。そうだったら面白かったろうけどねぇ」 お千はお千なりに、達哉の事を気に入っているようであった。“この世界に生きる命”として、対等に接してくれた初めての人間だったのであろう。それでも潔い程に、からからと笑い、やんわりとした拒絶を口にする。 住む世界が違うのだと、彼女なりに判っているようであった。 一時の思いの交わりが終わる。それを見計らい、達哉は既に疲弊の色濃い慧架へと涼やかな癒しの微風を齎した。白に対する紅の侵食が、止まる。 (勝って、クリーニングに出しましょう) そんな事を思いながら。その為にも、この戦い、負けられないと、改めて強く認識する。 「申し訳無いですけど。作戦成功の為にも、勝たせて頂きます! いっきますよーっ!」 軽快な掛け声とステップで、ななせがお千へと駆け寄った。振り被るのは鋼鉄のハンマー。お千は、何と棍棒で受け止めた。想像以上の馬鹿力である! しかしななせは確かに手応えを感じていた。現にお千の顔色は良くない。左腕を影時の一撃によって負傷している事もあって、腕に痺れが来ているようだ。 だが、不意にお千が不敵な笑みを見せる。 「やるじゃないさ。本気で行かせて貰うよっ!」 彼女はななせのハンマーを弾き返すと、体勢を整え呼吸を鎮める。そして、風に紅葉舞うが如く、しかし、一分の隙をも見出させぬ動きで、緩やかに旋回した――その刹那。彼女の全身から爆発的な闘気が迸る! 先程までとは桁違いな戦闘能力を得た事が、火を見るよりも明らかに理解出来る。これが彼女の“本気”。 続けざまにお楓が、戦闘中にもかかわらず、独鈷を宛ら新体操のクラブでも扱うかのように、悠長に、舞い始める。しかしそれは――恐ろしき、魅惑の舞踊。 紅き風が、回廊を満たし始める。 「! 拙い!!」 「皆さん、気を付けてっ!」 異変を感じ取った義弘とななせが、声を張り上げた。しかし、視界が歪む。思考が溶ける。 「しまっ……」 風に裂かれ、夥しい血を流す達哉が頭を抱え、その場に跪いた。ラヴィアンも、紅く塗れた拳を握り締め、必死で抵抗を試みるも、意志が掻き乱され侵食され、言う事を聞いてくれない。 「お前なんかに……操られてたまるかあ……っ!」 しかしその奮闘も空しく、無情にも、彼女の意志とは裏腹に放たれた力は彼女の仲間を傷付けた。 幸いにして達哉までもが望まぬ攻撃を強いられる前に、京一が偽りの思慕を取り払った。 その間に、痛みを堪えて起き上がったお蕗が、自らを、そして、慕ってやまない姉貴分二人の傷を、癒す。しかしリベリスタ側も、達哉が傷付いた味方に癒しの歌を降り注がせていた。 持久戦が続く。 流石に敵も素早く堅い。簡単にリベリスタ達の思うような戦況へと事を運ばせてはくれない。 だが、リベリスタ達も各人の奮闘で、未だ誰一人欠ける事無く立っている。 「お千」 「何だい姉御」 唐突に名を呼ばれてお千がお楓を見遣る――と、彼女は何やら合点がいったように頷いた。 そして、次の瞬間、悪夢のような光景が、広がった。 ●その無念、悲痛につき 目にも留らぬ踏み込み。お千の放った一振りが、死出へと誘うかのように、前線で奮闘していたななせ、陣兵衛、影時の身体を、まるで飛来した弾でも打ち返すかのように、纏めて穿ったのだ! 「あっ!」 「ぐっ……」 「っ、う!」 辛くも防御した陣兵衛は兎も角、ななせと影時が打ちのめされた。 「そんな!」 余りの出来事に慧架が叫ぶ。しかしそれだけでは終わらなかった。 紅き風が再び舞う。紅く色付く楓の美しさに心奪われてしまえと。 「うおりゃああああっ!!」 二度は喰らわない。ラヴィアンの気合が、誘惑に勝った。仲間達もそれに希望を得る。それでも、風は誘惑のみに留まらず、リベリスタ達の身を容赦無く斬り裂いた。 森羅の力をその身に受け、猛攻に耐え続けてきた慧架が、遂に膝を着いた。 ぐったりと動かなくなった慧架を、京一が後方へ避難させる。残るななせと影時は、彼女達を愛する運命を燃やし、よろめきながらも立ち上がった。 「……まだ、頑張りますよっ」 「貴女との見解の違いは俺には苛つく……だから、殺すまで倒れない!」 リベリスタの底力。鬼は持たざるものを持つ者達の闘志。見せつけるように、ななせと影時は笑んだ。 「成程、運命を味方につける戦い方、変わっていませんね」 お楓はさして驚きもしていないようである。流石は本丸の警備を任され、お千やお蕗に慕われるだけの力の持ち主だ。四天王には遠くとも、強い。 「此方とて負ける訳にはいかないのです」 冷静さを保っていると窺える声で、真意の見えぬ仮面の下から放たれた京一の言葉。そして響くは、何度でも耳に心地良い癒しの歌声。リベリスタ達を奮い立たせる、希望の歌。 それを受けて、瞬時に、影時が踏み込んだ。 「貴女達の美貌、俺にはちっとも理解出来ない。大切な仲間――仕事道具を壊した罰、受けて下さい」 「!?」 今度こそ、お千に気糸の呪縛を以て、その身を縛り付ける! 「お千!」 「良い、姉御! アンタは」 ――お千の言葉が、止まった。 同時に、彼女は呪縛から解放される。そのまま、力無くその場に突っ伏した。 お楓も、数歩よろめいた。彼女達の胸には、それぞれ、か細き無数の閃光が、突き刺さっていた。 「お……せ、ん」 「姉御……ッ」 「……」 信じられないといった表情で、お楓とお蕗は崩れゆくお千に双眸を見開いた。 苦渋に眉を顰め、お千を見下ろしていた、気糸の主は、達哉だった。 「……姉御、お蕗……後の事頼むよ」 それきり、紅葉に憧れた女は、動かなくなった。 ●その紅葉、色褪せぬままに 「姉御……姉御! よくも……!」 瞬間、お蕗の放った金色の圏が、再びリベリスタ達を襲った。荒れ狂う金色の流れは、今度こそななせと影時の華奢な体を地に叩き伏せる程の怒りを伴っていた。 だが、その乱舞の最中、疾風怒濤の勢いで、お蕗に詰め寄った者がいた。 陣兵衛であった。 「お主も一足先に旅立った仲間の元へと向かうが良い!」 「くっ、人間風情が鬼を舐めるなよ」 しかし爆発的な気合と闘気を伴った陣兵衛の一撃、辛うじて直撃は避けたとて、当たるだけで激痛に身体が悲鳴を上げる。陣兵衛の力を幾分か跳ね返せるとは言え、お蕗にこの一騎討ちは分が悪過ぎた。 その間、義弘は半ば茫然自失となったお楓を抑え、ラヴィアンが援護を行う。回復は達哉と京一が共同で行う。お楓への備えは万全――のように、思えた。 けれども、ふと、京一の脳裏をある考えが過ぎる。 ――回復が必要になるのは寧ろ、陣兵衛の方ではないか? まさに、その直後だった。 今度は、紅い風等ではなく、本物の、季節外れの深紅の楓が、月明かりに照らされた回廊を舞い始めていた。 その異様な事態に、義弘の背にも悪寒が走る。 「拙い! 皆、防御しろ! 何か、仕掛けて来るぞ!!」 だがそれは、ほぼ同時。巻き起こった“それ”によって、掻き消された。 「……韓紅に水くくれ、紅葉の錦神のまにまに……」 紅の刃が、世界を切り裂いた。 立ち続けていた陣兵衛までもがその一撃の前に倒れ、ラヴィアンも京一から授かった翼で義弘の上空より黒鎖を飛ばしお楓の動きを止めようとするも間に合わず、撃墜され、地に墜ちた。 それでも。 「一度敗かした相手にやられる訳にはいかぬからのう……背負っているものの重みが違うのじゃ」 「……そうだぜ、絶対に譲らねぇ、絶対に負けねぇ!!」 宿る運命を魂の炎で焦がし、立ち上がる二人。その二人に、何とか未だ耐えている達哉と京一が、癒しを届けようとするも。 「届かない!?」 ラヴィアンの傷はたちどころに癒えてゆく。しかし、陣兵衛の下まで風を送り込むには、遠過ぎた。 元々お蕗の立ち位置は、リベリスタの前衛にも攻撃が届かない程、ギリギリの位置にいた。お楓とお千を回復する以外で前に出るのは、リベリスタ前衛にのみ攻撃を加えるヒットアンドアウェイのみ。 リベリスタ達のそのままの立ち位置では、後衛の癒しが届かないのは明白であった。 「ぬぅ……!」 陣兵衛がお蕗の放った圏に身を裂かれた。しかし彼女は歯を喰いしばり、踏み止まり、持ち堪えた。 そして、正真正銘、全力で、紅蓮の斬馬刀・羅生丸を振り下ろした。今度こそ避け切れなかったお蕗が、膝から崩れ落ち、血溜まりの中で息絶えた。 だが、陣兵衛が再び身体を折り、意識を手放したのは、それとほぼ同時であった。その背に、無数の楓が突き刺さっていた。 「……っ」 「だ、大丈夫か!?」 時を同じくして、自らを庇った義弘の負った、予想以上の深手に狼狽えるラヴィアン。達哉と京一も、倒れてはいないものの満身創痍で、すぐに癒しの歌を奏でようとするも。 「……退いて、下さいませんか」 「え……」 俯いたまま、お楓が、震える声で絞り出した。 「……私は、今すぐにあの方に、とどめを刺す事が出来ます」 「な!」 お楓が指したのは、彼女の背後でお蕗の亡骸と共に横たわる陣兵衛。 「ですが、彼女を連れて退いて下さるなら。私は手出ししないとお約束します」 ひょいと物言わぬお千を抱え、お楓は二人の下まで退がった。 「勿論、構わないと言うのならお相手致しますが」 彼女としても、断腸の思いであったのだろう。 本当なら今、此処で、仇のリベリスタ達を殺したい筈だ。しかし武人として生真面目な彼女は、それを良しとしなかったのだ。 ――白金の月光に今も尚微かに照らし出されるのは、全てを喪おうとも色褪せぬ春の紅葉のみ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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