● 「……」 女は窓越しに外の景色を眺める。 「あの人は……どうなったの……?」 心に思うは、引き離されたばかりの恋い焦がれる男の事。 あの日、家も財産も、名前も捨てて、翌日に仕組まれた婚礼から逃れるために手に手を取って飛び出した。 けれど、途中で捕まり、『彼』は男たちに暴行を受け、自分は黒服の男性に抑えられ、為す術もなく地に転がされた彼の姿を見ていた。 その時――その未来(さき)を視てしまった。 あの瞬間、自分の脳裏に閃いた『あの未来』が現実だとすれば、彼はもうこの世には居ないだろう。 「でも、あんな……。夢よね……、きっと……」 自分が視たのは、彼が死しても尚起き上がり、黒服たちを無残に斬り殺し、その後、不思議な力を持つ少年少女に殺される。というものだ。 死んでもまた生き返るなんて事、ましてあんな不思議な力を持つ少年や少女など、常識では考えられない。 女は、到底夢など見られる状況では無かったにも関わらず、『常識』という蓋を無理に閉めようとした。 けれど、あの日から我が身にも異常が起きている。女は、口元に指を当てた。 元からあった八重歯が、あの日からなぜか大きく目立つようになったのだ。 あの日から、何故そんな事になったのか――。 「……」 女は、再び窓の外を見る。 部屋からは噴水のある中庭。そして2人で大事に育てた花々が見える。 あの花は彼が育てた花。あそこで花の手入れをする彼を見詰めている時だけは、家柄も何もない『自分』で居られた。そのひとときが好きだった。 あそこで2人笑いあっていた頃に、戻れたらいいのに――。 「具合はどうだ」 唐突に部屋のドアが開き、女は現実へと引き戻される。 「お前が体調がすぐれんというから、先方に無理を言って新婚旅行を延期して式の後にこちらへ帰らせてもらったんだからな。早く体調を戻して貰わねば、ワシの顔が立たん」 「お父様……」 (あの人を殺せと命じ、私を連れ戻したのに、のうのうと現れるなんて……) 女の目に、かすかに怒りの色が宿る。 「あの名家と親戚となれば、この家は安泰だ。お前が嫁ぐだけでそれが約束されるのだから、安いものだろう?」 後は、さっさとあちらの家に入れるように体調を治せと、己が欲を満たす事だけを考える父親は、大きな宝石の嵌った指輪をいくつもつけた太い指で葉巻を取り出すと火をつけた。 「いいか、何があってもこの結婚は成功させるのだ。もう婚姻届も出してある。お前がいくら我儘を言っても通るものじゃない」 「お父様は、……あの人を殺したじゃない」 女の瞳から、涙が零れ頬を伝う。 「あの人? あぁ、お前に惚れてるとか言っていた、あの使用人の事か。……何を馬鹿な事を。ワシがそのような事をするわけがないだろう」 にた~っと笑う、その顔には驚く様子もなく。 「あの日、私とあの人を捕まえに来た男たちは、お父様の部屋によく出入りしていた男たちだったわ。あの男たちに命じたんでしょう? あの人を殺せって!」 その言葉に、父親は厄介なことに気付かれたと言わんばかりに顔を歪める。 「……だったらなんだと言うんだ。あの男は使用人だぞ。あの前日、お前と結婚したいから今回の結婚は取り下げて欲しいと言って来おった。使用人の分際でお前と結ばれようなどと分不相応も甚だしい。ゴミの分際で身の程をわきまえんから痛い目に遭うんだ」 父親は、上質な絨毯の上に葉巻を落とすと、ムートンのスリッパでそれを踏みしだく。まるで葉巻が男であるかのように、ぐりぐりとつま先を絨毯に押し付けた。 「あんな男の事は忘れろ。お前の人生の汚点にしかならん。そんな事より、立派な妻になることを考えろ。このまま閣僚として順調に進めば、将来は日本を牛耳るかも知れん。そうすればお前はファーストレディだ」 豪快に笑い声を上げると、父親は部屋を後にした。 「……そんなものに、なりたくない」 踏みつぶされた葉巻に視線を落とす。 この家も、嫁入り先も、家が大事なのであって、『自分』が必要なのではない。 あの人さえ生きていてくれたら――。あの人は、この場から逃げ出したい自分に手を差し伸べてくれた、たった一人の人だった。 「……探しに行こう」 深夜、女は家を抜け出した。 シーツやカーテンを結んで作ったロープを窓から下げると、それを伝って降りようと試みる。 「く……」 今まで力仕事などしたことのない女の力では、太いシーツを掴むのだけで手が震える。自分の体重を支えて、下まで降りることが出来るだろうか。 けれど、屋敷内は使用人たちが夜でも警備している。外も、警備員が巡回しているし、チャンスは今しかない。 「……!」 女は意を決して、シーツを伝い、下へと降り始めた。 「きゃ……っ」 長く綺麗に伸ばされた爪が、ばきりと音を立て剥がれ、シーツに血の染みが出来る。 それでも女は、必死で下を目指す。 「―――っ!!」 後1mほどのところで、女は力尽き、地面へと叩きつけられる。全身を襲う痛みは、今まで体験したことがないほどだ。 それでも、女は立ち上がる。 「……探さなくちゃ……」 あの人さえ見つけられれば。それだけが女の心の支えだった。 美しいドレスはボロボロ、爪は剥がれ、腕や足も傷だらけで。それでも、女は男を探す。 その前に――異形の者が現れた。 ● 「お集まりいただき、ありがとうございます。今回の内容について説明します」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、ブリーフィングルームのスクリーンに20代前半程度の女性の画像を映し出した。 「今回の救出対象です。彼女を救出し、襲っていたエリューション・エレメントを倒してください」 スクリーンの画像が変わり、青い色をした物体に変わる。 「エリューション・エレメントは2体です。フェーズは2、氷と吹雪を操ります。2体は偶然出くわした彼女を殺そうとしています。皆さんが急いで行っても、彼女の前にエリューション・エレメントが出現した後に到着することになります」 現場は此処です、とスクリーンが地図に変わる。 「湾岸にある港。深夜ですから、一般人の往来はありません。彼女は数日前にある男性と駆け落ちし、この港で男と引き離されています。その際に男はエリューション・アンデッドとなり、最後はリベリスタに討伐されています。ですが、彼女はその事を知りません」 そして、と、和泉は言葉を続ける。 「彼女は、その時にフォーチュナとして革醒しました。エリューションやアークの存在なども知りませんが、自分に宿った『未来を視る力』は自覚しているようです。彼女が覚醒し、初めてみた未来は愛する人がこれから死に、エリューション・アンデッドとして蘇り、リベリスタに倒される。というものです」 リベリスタ達の顔が一瞬驚きの表情となる。 「しかし、彼女は自分の能力をまだ理解出来ておらず、本当に彼は『視た』通り死んでいるのか、疑念を持っています。そして、彼を探すために港に来ました。そこでエリューションと遭遇したのです。可能であれば、彼女と話をし、エリューションやアーク、そして彼女の能力について話してみてください」 もし、その話を理解出来れば、あとはアークで受け入れることも可能でしょう。と、和泉は告げる。 「エリューションは、彼女を殺す事だけを考えています。皆さんが現場に到着しても、彼女を殺すことを最優先にします。まずは女性の保護が最優先でしょう」 和泉はよろしくお願いしますと頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月04日(水)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜の港。此処は、あの人と引き離された、場所。 その場に着くと、通路にたまった水たまりが膨れ上がって、そこから『人型の何か』が出現した。 それは、私に向かって手を伸ばしてくる。 「ひ……っ」 思わず息を飲む。 「付いて来て! ここから離れるのよ!」 後ずさろうとした私の手を誰かが引っ張った。 「きゃ……っ」 恐怖に声を上げてしまったけれど、その手の温もりに『人』であることがわかった。 助けてくれるの? 私を? 手を引かれるままに、走る。 振り向けば後方に小さくなる『人型の何か』は、数人の人だかりが囲み、動きを遮っていた。 その中に、見覚えのある姿があったような気がする――。 私は、手を引いてくれた少女と一緒に倉庫の中へと入った。 「貴女は……?」 この少女は何者で、『人型の何か』に向かっていった人達とは、どういう関係なのだろう。 あ、でも、それよりも。 「助けてくれたのよね? ありがとう……」 怪我とか、してない? と続けようと、傍に座る彼女の足に触れる。 すると、触れた手に不思議な感触を覚え、つい見つめてしまった。 「こんな足で驚いたでしょう。……失ったのよ。目の前で大切な家族と、両足を。この脚は、非常識の世界に突っ込んでしまった証」 「非常識の、世界……?」 ライトで照らされた足は、黒銀に輝いていて、不気味とは思えず美しささえ感じる。 「そう、非常識の世界。……貴女も最近、体に変異があるんじゃない?」 問われ、思わず口元を手で押さえる。不自然と思えるほどに伸びてしまっていた歯に、気づかれていたのだろうか。 「話は後で。今はここに隠れていて……必ず、貴女を守るから」 少女は、綺麗な黒銀の足で立ち上がる。 「あいつらを倒したら戻ってくるわ。それまで待っていて」 そう告げ、倉庫の扉を開く。扉の隙間から外の音が聴こえてきた。 誰かが戦っている音がする。きっと、あの場に現れた人たちだ。そして、彼女もその中に加わるのだろう。 「ここで、待っていればいいのね……」 閉まる扉を見つめながら、不思議と恐怖は消えていた。 ● 倉庫の扉を閉めると、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は駆け出した。 それは、先にエリューションと戦う仲間達と合流するためである。 倉庫と仲間達との距離は、およそ200m。リベリスタの脚であればそう時間のかかるものではなかった。 彼女が到着したのは、『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)の連撃が男性の形を模したE・エレメントを撃ちつけた時だった。 「きみの相手は、ぼくよ」 エリューションの前に立ち塞がると、ポルカは呟く。 「現状が彼女の描くしあわせで無かったとしても。神秘に触れないでいいのなら、それはしあわせだと、おもうのに」 かみさまはほんとうに、理不尽で迷惑。 空を仰ぐと、攻撃性の高い能力とは裏腹な、緩やかな光を放つ瞳で、空を一睨み。 必ずしも、『なるべき人がなる』わけではない現実。何故、『彼』でなければ。何故、『彼女』でなければ、なかったのか。 「全く、気まぐれだね、運命と言うやつは」 ポルカに次いで、氷を纏う拳を男性型に叩き付けたのは、『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)。 「将来を誓い駆け落ちした2人。男は運命を得られず残された女性だけが運命を得たか」 何故、そうでなければなかったのか。それは誰にも判らない。その理由は、この世に残された彼女が見つけるものだろう。 そして、そのきっかけを与えることが出来るかどうかは、自分達に与えられた機会だ。 「たまには運命の尻拭いも悪くないか」 ピキピキと音を立て、水のエリューションの腕が凍りつく。それは魔氷が導いたものではなく、氷の槍を作り出すためのもの。 ポルカは、バスタードソードを翻す。 「さあさ、――悲しき恋物語の終焉を、はじめましょう」 後衛に位置する『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)のヘッドライトが、戦場を照らす。 「……以前請け負った依頼の関係者か」 ミュゼーヌと共に倉庫へ向かった女は、以前の仕事で関わった女性だ。その時は接触する事はなかったが、それでも思う所が無いわけではない。 しかし、今はその気持ちはしまっておこう。 「まぁ、いい。やるべき事をやるとしよう」 まずは、眼前の敵を倒し、彼女を救うことが先決だ。 彼の弾丸は、その思いのように真っ直ぐに。男性型の頭部を撃ち抜いた。 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は、男性型E・エレメントの前に立つ。 傍らには、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)がブロックする女性型のE・エレメント。 男女を模しているのは、あの二人の想いが現れたのだろうか。 趣味が悪すぎる――涼子は憮然とした表情を浮かべる。 「あの2人に遺るものがあるなら。それはきっと、土の匂いがして、陽のようにあたたかいものだろうさ」 涼子の姿が一瞬にして消えると男性の背後に出現し、その一撃は男性型の首を落とす。 しかし、エリューションは涼子に首を落とされたまま、氷の槍を振り向きざまに突き刺した。 「はぁ!!」 『求道者』弩島 太郎(BNE003470)の掛け声に呼び出された天使の息が涼子の身を包み込む。 涼子を癒すと、太郎はミュゼーヌに連れられ此処を去った女性の姿を思いおこす。 (結局のところ、俺達があの女性にしてやれることは少ない) これから先、ずっと守り続けることが出来るわけでもないし、幸せにしてやることが出来るわけでもない。 けれど、ここで命を奪われる事は、決していいことではない。自分達は、それを防ぐことが出来る唯一の存在だ。 だからこそ、せめてこの場は何が何でも守ってみせる。その決意は、同じく後衛に立つ小鳥遊・茉莉(BNE002647)も、同様。 そして、この場に存在する全てのリベリスタ達に宿っていた。 ● 女性の気配を察知して倉庫へと向かおうとするエリューション達を、リベリスタは必死でブロックしていた。 男性型が氷の槍を振り上げると同時、ポルカとクルト、ミュゼーヌの攻撃が男性型の胴目掛けて炸裂する。 連携とでも言うべき三人の攻撃は男性型の動きが止めた。 「麻痺した」 次の手を放とうとしていた涼子が、男性型の異常に気づく。 男性型の動きが止まれば、女性型への攻撃とシフトする。それは作戦を立てた際に全員で決めたことだ。 涼子は女性を攻撃すべく、ナイアガラバックスタブを発動する。 それにあわせたのは福松。 その弾丸は、女性型のエリューションの頭部を撃つ。 女性型の頭部は、水飛沫となって砕け散る。けれど、その動きは止まらない。 飛沫は、氷の粒となったかと思うと猛烈な風を纏いリベリスタ達に吹き付ける。 「うわっ」 「皆、気をつけて!」 リベリスタ達は口々に叫ぶ。猛烈な吹雪は視界を防ぎ、傍らにいる仲間さえも見えないほどだ。 「混乱しているのは誰!?」 涼子が叫ぶ。 「わたしは大丈夫よ」 「私も」 仲間達は口々に返答する。どうやら、混乱や凍結を受けたリベリスタはいないようだ。 すかさず太郎は仲間達が受けたダメージを回復しようと試みる。 しかし、それより先に行動したのは、麻痺から回復した男性型のエリューションだった。 ザクリ、と。 吹雪で視界を奪われたままのクルトの腕に氷の槍が突き刺さる。 「麻痺から戻ったか」 バッドステータスから回復したことを理解すると、クルトは再度男性型のエリューションへと向かう。 氷を纏う拳が再度水を貫くと、クルトが腕を抜いた先から氷の層が広がっていく。 氷結した胴を、ミュゼーヌの弾丸が貫き、男性型の体が二つに折れた。 まるでスローモーションのように崩れ落ちる上半身を狙い、福松はダブルアクションリボルバーを構える。 「水を撃つというのも何か変な感触だな。だが生きている以上、殺せば死ぬ」 相棒の引鉄を引くと、その弾丸は落下していく頭部を寸分たがわず撃ち抜いて――男性型のE・エレメントは霧散した。 女性型のエリューションは、再び吹雪を巻き起こす。先ほどより強い吹雪は、まるで男性型を倒された事に怒っているようにも思える。 そして、後衛に位置していた太郎と福松を除くリベリスタは吹雪に巻き込まれた。 吹雪の中、仲間達のバッドステータスを訴える声が聞こえてくる。 「任せてくれ。せいっ!」 掛け声と共に発動したブレイクフィアーが、仲間達を癒し、回復する。 自由を取り戻した涼子のナイアガラバックスタブが、女性型の背中を打ち砕いた。 自らの障害物であるリベリスタ達を討つべく、女性型エリューションは攻撃を休めることなく戦い続ける。 しかし、1体だけとなった今、リベリスタ達がその攻撃を回避するのは容易な事だ。 太郎の癒しは仲間達へ常に行き渡り、決定的なダメージを与える事もできず、エリューションは追い詰められていく。 そして、ここにきて。戦闘の開始から女性型を抑え続けていた、『盾』たろうとする男の攻撃の成果が現れ始める。 その打撃の一つ一つは大きなダメージではなくとも。自らに攻撃を向けさせるために続けていたものだったとしても。 それは確実に積み重なり、エリューションの生命力を削っていっていた。 速度を増したポルカの体が多数の残像を生み出し、エリューションに次々とダメージを与え、『盾』――義弘の積み重ねたダメージに上乗せする。 ぐらり、と、エリューションの体が傾いだ。 傾いだ体を狙うように、ミュゼーヌの魔力を帯びた弾丸がエリューションを右足を貫く。 更に大きく傾いだエリューションに止めを刺すのは、今まで耐え続けてきた男。 義弘はメイスを高く振り上げると、魔落の鉄槌をエリューションに叩き付けた。 ● リベリスタ達は女性を倉庫から救出すると、今まで在った事を包み隠さずに伝えた。 女性が愛した男性の最期の事、エリューションの事、神秘の事。 フィクサードの事、そして、アークの事。 「あの人は……、エリューションになったから、殺されたの……ね」 「ごめんなさいね。お仕事だから、謝らないわ。恨んでも憎んでも、構わない」 女性の呟きに、ポルカは囁くように言葉を紡ぐ。 「騙したくないから、言うわ。ぼくたちのこと、みえたかしら。きみの愛する彼をもう一度殺したのは、ぼくよ。ぼくたちよ」 そして、女性の前に立つと、唇を少し捲る。彼女の視界に、尖った歯が映った。 「……最後は、これでね。みえる? ぼく、吸血鬼なの」 「貴女の事は、視えたわ。……解放してくれたのよね? あの人を……」 女性は、ポルカの頬に触れようと手を伸ばす。それは、あの時に『彼』にした仕草。 「とっくに気づいていたんだね。自分が視たものが、現実であると。確かな証拠がなかったから、信じきれなかっただけで」 クルトは女性の傍に膝を着く。女性は、その言葉に小さく頷いた。 「嘘であって欲しいとは……、思っていたわ……。でも……」 女性は胸元に手を入れると、中から何かを取り出した。 開いた手にあったのは、男性がつけていた、カフス――。 「これを置いてくれたのは、貴女ね」 少しだけ潤んだ瞳で、見つめた先に居るのは、涼子。 「……気づいていたんだな。それなら、視えただろう。彼が最期をすぎてもなお、手をさしのばしていたことを」 涼子の言葉に、女性は小さく頷き、是を告げる。 「あの男は蘇ってまであんたに会おうとするほど、あんたを愛していた。それだけは間違いない。まあ、ガキのオレが言っても説得力は無いかも知れんがな」 「いいえ、わかるわ。あの人が、命果てても私を愛してくれていた事は」 女性は福松に言葉を返す。福松も、彼の心を必死に救うべく戦ってくれていた。それも、視えていた。 「お前は既に革醒している以上、これからも色々と危険な目に遭うかもしれない。そして何より、あの屋敷に居続けることが望ましいとは俺には到底思えない。俺達は別にお前の力が目当てなんじゃない。ただ自分と同じように革醒した仲間を、守りたいだけだ。決して悪いようにはしない。……アークに、来ないか?」 太郎の言葉に、女性は俯く。 「……アークには、私のように『視える』人がいるのね? だから、私の家の事も……わかるのよね……? あの人の事が視えた以上、これからも色んな物が視えるだろうって言うことは、わかるわ……。でも……」 「未来を見る力を得てしまって、自分と同じような悲劇を予知してしまったら、あんた、見て見ぬフリができるかい?」 戸惑うように言葉を巡らす女性に、福松が問う。 その言葉に、女性はハッとしたように顔を上げ、首を左右に振る。 「そんな事、できないわ……、でも……っ」 「……これからどう生きたらいいかわからない、かな?」 言葉を詰まらせた女性に、クルトが声をかける。 「運命がなぜ君だけを選んだのかはわからない。その答えは、すぐ出せるものじゃないよ」 女性は、クルトに視線を移す。その瞳はまだ潤んだままだ。 「どう生きるか、どんな自分で生きたいか。それは生きながら探すしかない」 「そうだ。神秘に選ばれたことが幸せなのかどうかは分からない。どういう道を進むかも、自分にしか選べない」 クルトの言葉に続けたのは、義弘だ。 「だが、もし俺たちと来てもらえるならば、背中を押す事は出来なくても共にある事はできると思う。それに、父親と正面から対峙する位の強さを得られるかもしれないしな」 「……どういう意味……?」 「アークのバックは、『あの』時村家よ」 困惑する女性に、ミュゼーヌは伝えた。女性の家柄程度では屈する事はないほどの力を持つ時村の力があれば、政略結婚の事も、家の事も、気にせずにアークに来ることは可能かも知れない。 「でも、鳥籠に戻るか、そのまま抜け出すか。どうするかは、貴女が決めて……これは貴女の人生なのだから」 今まで、嫌だと思っていても家を飛び出すという決断は出来なかった。唯一度だけ、決断したその時に、愛する人を失った――。 だからこそ、選ぶのが怖い。女性はカフスを握る手を胸に当てる。 「ぼくはね」 ポルカは、俯いた女性の瞳を覗き込む。 「きみには、出来れば来てほしくない。もっともっと辛いことも、悲しいことも、凄惨なことも、きみは、みるの。辛くない? 怖くない? 泣いてしまいそうに、ならない?」 覗き込んだ瞳には、涙が潤んでいる。アークに来れば、その瞳から涙が零れる事も多くなるのかも知れない。 「それでもきみが、良いのなら。変わりたいと願うなら。ぼくたちはいつでも、きみに手を差し伸べるわ」 すっと、手を差し出す。 「きみが、この手を取るのなら。どうぞ、アークへいらっしゃい。きみが、この手を取らぬなら。ぜんぶ忘れて、しあわせになりなさい。彼のぶんまで」 手を差し出したまま、決断は、きみがするのよ。と告げた。 「そう。アークは戦うための組織。他の仲間も言うように楽しい事ばかりじゃない。他の道を選ぶのも君の自由だ。家なんか関係ない。君自身がどうしたいか、君が自分で決断をするんだよ」 女性は、ポルカの声に言葉を重ねるクルトを見つめ、その言葉一つ一つを噛み締めていた。 そして、決意したようにカフスを強く握り締める。 「……こんなに、細い手で……指で。……剣を握り、戦っているのね」 女性はポルカの手に触れる。 「貴女も……、自分で決めたの? この世界に来ることを」 貴方たちも? と、女性はリベリスタ達を見渡し、その瞳から、そうであることを理解する。 「今まで、全て父に命じられてきたわ。食べ物も、着る服も、進路も、将来も……誰かに決められて生きてきた」 ポルカの手に触れた手に、カフスを持つ手を重ねる。 「自分で将来を決めたのは、あの人と逃げ出したあの晩と……、今日この港に来ようと決めた時だけ」 俯く女性をリベリスタ達はただ見つめる。 「私が決断した事で、あの人を失ってしまったけれど、私がまた何かを決める事を、あの人は喜んでくれるかしら」 『彼』は、いつも、私が自由になることを願っていてくれた。その気持ちは天に昇っても変わっていないだろうか。 「ねぇ……、泣いてしまうかも知れないけれど」 女性は、唇を捲ると自分の歯をポルカに見せた。 「私も、仲間に入れてくれる?」 ポルカが『彼』を解放した力は、自らにも宿っているのだろうか。牙が同じだとしても、それはまだわからないけれど、アークに行けばそれも少しずつ判っていくのだろうと思う。 「きみが、それを決めたなら、ね」 ポルカが、掌を重ねた手を握り返す。 「ねぇ、皆の名前を教えてくれる……?」 女性は立ち上がり、リベリスタの輪に加わり、歩き出す。 『アークのフォーチュナ』として――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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